タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
卓球の朝練を、午前10時半頃とかなり早めに上がって求学館(高校の図書室)に向かう。
連休明けには総体の予選を兼ねた大会があるから、本当はもう少し練習すべきだろうけど。
早く紫藤に会いたい。
だが、紫藤はいなかった。
続いて、文芸部の部室がある、旧本部棟4階に向かう。
やはり、紫藤はいない。
というより、文芸部の部室のカギ自体が開いていない。
トイレか何かだろうか?
図書室で30分ほど自習し、再び文芸部を訪れる。
やはりカギは開いていない。
紫藤は、来ていないようだ。
何かあったのだろうか?
一つの考えとしては、疲れていて今日は休んだ、ということが考えられる。
連休中、紫藤は休みなく朝早くから(おそらくは)かなり夜遅くまで仕事をしたり家事をしていたりしていたと思われる。母親が完全休日をとったという日も、紫藤は例の啓発のアルバイトで出ていた。
うん、休んでもらうことは必要だったかもな。
ただ、紫藤が何も連絡してきていないことについて、僕は違和感を持った。それは、紫藤の
紫藤は基本的に真面目できちんとした性格だ。この手のことは、すぐに連絡するだろう。
もし昨日のうちに、今日学校に行かないとわかっていたら、昨日のうちに連絡があっただろう。
もちろん紫藤父の仲間が来て宴会でもしていたら電話が使えないだろうし、公衆電話を使うにしても門限とかの関係があるから確かとは言えないが、常識的な時間なら。
とすると、今日になって支障が出たのだろう。
その場合も、発熱やその他の体調不良があったとかでも、よほどでなければ連絡してくれると思う。
紫藤父がいて連絡できていない、という可能性は、もちろんある。
仮に連絡できたとしたら、僕の自宅に電話を入れて、伝言を残しているかもしれない。
携帯電話の普及していないこの時代、直接の連絡は難しいからだ。
伝言を求めて、自分の家に連絡してみる。
母がいたが、特に何の連絡も受けていないとのことだ。
途中、郵便局に行っていたので、その間はわからない、とも。
とすると、途中で何か事故にあった?
その可能性はゼロではない。
僕と紫藤との申し合わせでは、紫藤のバイト先は高校の最寄り駅の近くだと設定していた。
その架空の勤務先は9時から営業開始で、8時半くらいに家を出ることにしていたはずだ。
ただ、本当はそんなに早く来る必要はない。僕も朝練があるから、途中で別に用事があったら、そっちに行ってからでいい、ということにしてたはずだ。
一度、早いうちに電話をかけてみるべきだろうか。
時計を見る。
11時を過ぎている。
普通のアルバイト先であれば、到着していなかったら確認の電話を入れるのが普通だ。
電話を入れるには、今さら遅すぎるかもしれない。
でも、何があったのか、心配だ。
紫藤父は外面はいいと聞いている。紫藤のバイトのことも聞いているはずだ。
家の電話を連絡先として把握してない勤務先なんてないだろう。電話をかけても不自然ではない。
僕は電話をかけてみることにした。
外の音が入りにくい公衆電話を探すのに少しだけ苦労した。部活の掛け声とか聞こえるからね。
電話を掛ける。
コール1回の例の約束、試してみるべきだろうか。
いや、これは勤務先からの電話ということになってる。ストレートにやってみよう。
コールが続く。
7回くらい続いた後に、「はい紫藤です。」という応答があった。
男の声だ。しかし、若い気がする。
「もしもし、こちら仙図里商事の輿抜毛といいます。紫藤みなりさんのご自宅でしょうか。」
示しあわせていた、偽名を名乗る。
「はい。そうです。」
「みなりさんは、アルバイトで今日ご勤務のはずなんですが、まだいらっしゃってなくて。今そちらにいらっしゃいます?」
「いえ、もう出かけたんですが。」
「何時くらいでしょうか?」
「えっと、ぼくが起きたころだから、ーー8時半くらいだと思います。」
だいたいいつもの時間に出ているという。
「そうですか。それ以降、ご自宅にみなりさんからご連絡とかは?
「ないです。」
まずいな。
「行き違いがあったのかもしれませんね。また、確認してみますね。」
「はい、すみません。」
「ありがとうございます。失礼します。」
電話を切る。
電話に出たのは多分、弟だろうな。中二にしては大人びているが、まだ世慣れてない感じがした。
元の世界では、紫藤と同様に殺されたはずだったな。
たしか紫藤とヤらされた後に。
どこにそこまで紫藤姉弟に屈辱の限りを舐めさせねばならない理由があったのだろうか。
雑居ビル内に設置されていた公衆電話の受話器を置く。連休中ゆえ、ほぼ全フロア休業状態だ。
あまり期待していなかったが、再度僕は自分の自宅に電話を掛ける。
「電話があったって?」
朗報だ。
ーーーーー
母の話によると、電話が来たのはすぐ前。
紫藤は僕に、遅れてしまったことのお詫びを述べ、そして今日の約束は無理かもしれないことを伝えてほしいと言っていたという。
母曰く、切迫したような様子はなかったが、何か心細い様子だった。背景は静かだったが、鳥の声がしたから屋外だろう、とも。
なんだろう。
自宅に戻るか?
母に、もし紫藤に折り返し連絡が入れられる場所にいるなら連絡先を聞いておくように頼み、いったん戻ると伝えて電話を切った。
いつもは自転車で30分かけて帰る道を、15分で駆け上がる。
だくだくと汗をかきながら家に飛び込む。
母がのんびりと新聞を見ていた。
「ああ、おかえり。ーー電話、あったよ。」
ーーーーー
聞くと、紫藤はかなり憔悴していたらしく、手元にお金がなく、これ以降は電話が掛けられないかも、と言っていたらしい。
はて。テレカはかなりの度数のものを支給したが。
電話番号を幸いにも伝えてくれた※。
かけてみるか。
自宅からコール。紫藤は1回で出た。
「もしもし、志野くん?」
そうだよ、というと、ほうっという安堵の息らしいものが聞こえた。
「志野くん、ごめんね。」
いかにも泣き出しそうな声で紫藤はいう。
迷子になってしまったらしい。
ふとしたきっかけからトラックの荷台に乗ってしまい(どうしてそういうことになったのか。問い詰めよう。ただ、今じゃない)、降りることができたが、まったくわからない場所に来てしまったとのこと。
周りに人はいないのか、その電話はどこにあるのか?と聞く。
紫藤曰く、人はいない。小さな集落なのだが、誰もいないように思える。古い商店の店先にピンク電話があり、それを使っているとか。
この古い商店の店先のピンク電話、10円玉しか使えないそうだ。僕の家以外に自分の家、調布の家にもかけたらしいが、目的を達せず、最後に僕の家に掛けたので尽きてしまったという。
聞くと、10円で3分くらい話せたという。ということは、市内だな。
また、道を聞くと、おそらく国道沿いにしばらく走った後、山道に入ってカーブで振り回されて死ぬかと思ったらしい。時間は1時間くらい。
紫藤がなんとかトラックから降りた後、トラックはさらに先に行ってしまった。工事現場がトラックの行先なのかもしれないが、どのくらい先かわからない。
雲をつかむような話だ。地名らしい看板がないか探すように頼む。
20分後に再度電話することにして、地図を睨む。
ふと思い立ち、母に、市内で大きめの道路工事とかダムか工事が計画ないし実施されている場所はないか聞く。
そんなもの知ってるわけないよ、と母は言っていたが、ふと思い出したように言った。
「ダムだったら、たしか龍神沢がどうこうとか、お父さん言ってたね。仕事の関係で、このまえ視察に行ったみたいだよ。」
龍神沢?
聞いたことがある。
この年か次の年の夏、多賀島に集中豪雨で被害が出た。
登良川が氾濫し、多賀島市も床上浸水が起きていた。
その中で、ダム工事の現場が泥流に押し流されたとの報道。現場中継を見た覚えがある。
たしかそれが、竜神沢という地名だったかもしれない。
記憶ははっきりしない。ただ、時期的に平仄があう。
地図を睨む。竜神沢はざくろが丘よりはるか山合い、ただし市内だ。登良川の支流を上がったところに集落がいくつか。おそらくその中の一つか。
もちろん、僕が見ているこの地図はまだダム建設前。ダムで立ち退きにあった集落かもしれないが、どの集落がそれにあたるかわからない。そもそも、ダムでの立ち退き中、あるいはその準備中の集落だという仮説も、不確かで、雲をつかむような話だ。
ただ、紫藤が何らかの道路標識や看板を見つければ絞り込める。
ありがとう、わかったよ、と母に言う。
「そこ行くつもりかい?結構遠いよ?」
たしかに。ざっと30キロから40キロ?もう少しあるかもしれない。
山道で坂も多い。自転車は厳しいだろうか。しかし集落のいくつかは点線で示されたルート沿いにある。
紫藤はトラックの荷台に乗ってきたと言っていたから、道路は通じているものと思うが。
いくつか案を検討した後で、電話を掛ける。紫藤が出た。
「看板だけど、---」
あまり大きな集落ではない、ぶっちゃけ小さく、小学校や中学校のような公共施設は見当たらない。
商店らしいものも、この一軒のみ。
子どもは、(もしいたとすれば)下流の別の大きな集落に設置された小学校に行っていたのだろうな。
道路標識はある。ただいわゆるあの青地に白い道路地図の、わかりやすいものじゃない。川を渡る橋が川沿いの道路に突き当たるところに、川沿いの道路の行き先の看板がある。文字通り両側に矢印の惹かれた小さな看板で、一方、川下方向がクランクのような道行が略図的に書かれており、その先が国道X号線と示してある。川上方向には、沢上神社という文字があったそうだ。
国道X号線は、僕が紫藤の住むざくろが丘に行くときに使った、登良川沿いの国道だ。
縮尺の関係もあって、沢上神社は僕の地図では発見できなかった。ただ、沢上峠という峠がある。
そしてその手前、竜神沢。
紫藤がいるのは、この地図の中には名前が書かれていない、登良川の支流か、あるいはそのまた支流にある小さな集落だと推測される。
そうだとすれば、離れてはいるが、行けなくはない。
トラックは紫藤曰く、段ボール箱に詰められた雑貨類のほか、ケージに入れられたヤギと羊を積んでいたそうだ。僕の推測どおり、このトラックが工事現場行きだとすれば、雑貨類はわかるにしても、動物は極めて奇妙に思える。そもそもこれらを一つのトラックで運ぶだろうか?
単にトラックが配達用途で、雑貨が工事現場行き、動物は近くの農家行き、ということなのだろうか。
幌があったので発見されなかったとか。まったく危ないことをする。
なかなか降りられそうな場所でトラックが止まらず、どうも交通制限がかかっているらしい、この附近で2度ほど道路のゲートを退かすために止まったので、思い切って2回目のときにに、飛び降りて逃げたそうだ。
ゲートで降りることができたが、山の中で皆目道がわからない。下りになっている、トラックが来た方向に戻っていき、30分以上も歩いてこの集落に出たそうだ。
おそらく住民が退去中、あるいは退去準備中なのだろう。だから、住民以外の立ち入りを防ぐためにそうしているのか?
ゲートで封鎖している趣旨にもよるが、タクシーだと接近できない可能性もあるか。
「紫藤、2時間、いや1時間半待てる?」
「うん、待つよ。大丈夫。ちょっと川の方も探検してみるよ。」
「お腹空かない?」
「大丈夫だよ、お弁当もあるし。志野くんこそ、食べてくるならもう少し後でも。」
いや、早く会いたいんだよ。
この子、妙に行動的なことがあるし、アクシデント遭遇率高いし。何か起きる前に回収したい。
ゲートねえ。通っても怒られるだけならタクシーで入ってみるのも手だが、本当の意味で入れなかったら問題だな。
あほらしいけど自転車か。それも怒られる可能性があるけれど、道が細かったり悪かったり、許可がないと通れなかったりする可能性があれば仕方ないか。
早くバイクが欲しい。二人乗りできる排気量で。
ーーーーー
ざくろが丘へ向かう道路。今回は多少危険だが、国道沿いをギア比を一番大きくして飛ばす。
傾斜地も勢いをつけて乗り切る。昨日とはうって変わって暑い日差しが照り付けている。
坂の上には、白い入道雲。
またいきなり天候かわったりしないだろうな。今回は雨具を持ってきてないんだ。
50分ほど走る。緩やかではあるが上りルートだが、相当飛ばした。市内から30キロほど来ただろうか。
目星をつけていたところで国道から折れ、支流沿いに走る、北の山中に入る道に入る。これから先は、カーブの多い、細い道だ。道は、山すそ沿いを走っている。交通量は少ないが、トラックやダンプカーが時折自転車を抜いていく。安全のたびに、そのたびにカーブのふくらみに退避して道を譲る。ときどきプォンと礼(?)を鳴らして通り過ぎる車もいる。
そしてここからが勝負だな。紫藤は川が太陽の方向に下っていると言っていた。途中で、この登良川の支流も向きを変える。支流もまっすぐではないだろう、ただ、北の方向に分岐する支流だと見当を付けた。
途中、なんとか見つけたドライブインの公衆電話で、紫藤に連絡を取る。
「紫藤さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ!さっき川に行ってきたんだ。探検してみるよ。まだ人は見つけてない。昔のバス停があったよ、「しもたつがみ」って書いてあった。」
「また迷子にならないでね。」
「失敬な。でも、ごめんね。わたしの勝手な行動で迷惑かけてるって知っているよ。本当にごめんなさい。」
「結果オーライさ。多分大丈夫。」
元気そうだ。
僕の10円玉も決して潤沢ではないので、3分間で会話を切り上げた。
思ったとおり、この支流沿いの道を上っていくと、とある分岐路にゲートがあった。
この先工事現場中、通り抜け不可、とあり、回避路が示してある。
紫藤が言っていた1つめのゲートがこれだろう。もちろん、僕が思うより工事現場の範囲が広く、似たようなゲートがまだある可能性もあるがーー。
ただ、このゲートである可能性は高い。試してみよう。
問題は、どうも小さな山を途中で超えないといけないことだな。
かなりの急坂。ここまできたら焦っても仕方ない、肚を決めて自転車を押した。
下り坂は相当にスピードが出せる。ただ、路肩に落ち葉も積もっているので、慎重に進む。
下っていくと、細い支流沿いに道が出た。
橋があり、ごく小さな集落がある。20戸もあるかどうか、山間の集落だ。
そしてその橋を通る、おそらくは集落のメインストリート沿いに、小さなさび付いた看板の商店。
紫藤の名前を呼ぶと、隠れていた物陰から、ぴょんと飛び出してきた。
自転車を道の横に放り出して。僕は紫藤と思わず抱き合ってしまった。うん、汗だらけで多分引かれたと思う。
ーーーーー
そして今。
ふたりでお弁当を食べている。
橋の横から小さな川沿いに降りている。倒木に腰掛けて、川をみながらお昼をいただく。
紫藤は迷惑をかけたことを何度も謝っていた。
詮議の時間だな。
尋問の結果、紫藤曰く。
駅までは無事についた。駅からショートカットで裏道があるのだが、そこで数人の男たちが手配師と思しき男らに集められ、トラックに載せられていくのを見た。
法律違反のはずだが、幌付きの荷台に乗りこんでいっていたそうだ。労務者風の男、10人くらいもが。
それを手配していた手配師とその仲間は、その労務者のトラックと、紫藤が乗り込んだ雑貨配達のトラックに分かれた。おそらく同一場所に向かうものと思われた。
紫藤はとある関心があり、これらの人々が向かう先を知りたかった。運転手に聞けばよいのだろうが、この子、運転手と手配師が乗り込んで出発していくのをみて、いても立ってもいられず、人が乗っていないと推測した雑貨側のトラックに乗り込んでしまった。
もっとも乗り込んでから、すぐに後悔した。すぐに降りたいと思った。しかし、どういうわけか途中の信号にほとんど引っかからず、トラックは紫藤の思うより遠くに紫藤を運んでしまった。
本人曰く、心細さと罪悪感のあまり、気が狂いそうになったそうだ。
もう少しやりようがあるだろうとは思うが、そうしてしまう気持ちもわかる。
おそらく、どうしても知りたい情報だったからだ。
紫藤の口は重く、その関心事が何かという点は、明言してくれなかった。
無理押しすれば聞き出せるだろう。それくらいの信頼関係は築いた。
だが、無理に聞き出す必要はない。ほぼ確実な推測があるからだ。
そこまで紫藤が関心を寄せた誰か。
おそらくは紫藤の家族。だが、同居の家族以外に、紫藤家に親交のある親族はいない。
父方の交友関係や親族には、おそらく紫藤は関心をもたないだろう、というより忌避するだろう。
とすると。
その労務者の中に、多分、離婚して家を離れてしまった、紫藤の実の父親がいたのだろう。
※たまたま裏に電話番号書いてあったか、その店が自店の連絡先として看板とかに電話番号を書いてたという設定。食堂やお店設置のピンク電話では、普通に受信できるようにしてあったものが多かったらしいです。