タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
学生の本分は勉強である、と言われる。
まあそれに反対する人はいないだろう。大事だもんね、勉強。
だけど学生のうちにやっておかないといけないことは、たくさんあるんだ。勉強以外にも。
ましてや僕は他にもいろいろ抱えてる。主に自分で自分に作った宿題ではあるが。
答えがないし、取り組み方さえわからない。だから、本当にこれでいいのか、すごい間違いに向かって突っ走ってるんじゃないかと心細くもなる。
でも何もせずに、ばっくれるわけには行かない。
だから使えそうなものは、何でも使うしかない。
今朝も、父に話を振ってダムの情報収集。捜したい人がいる、とある程度正直に話して、情報収集と再訪の根回しをした。父はそうなのか、と納得してたみたいだ。財政措置関係が仕事に絡んでるみたいで、話したり訪れたりする機会もあるから、と言ってくれた。頼りになる。
多賀島大学にも、早めにアプローチをかけよう。担任の先生を通じて理科系の学部に見学申し込みとか、できないかな。多分理学部だが、もしかすると医学部にも寄付しているかもしれない。どちらにしても地元の進学校だし、コネはあるんじゃないか。
1回目のときに調査を頼んだ、例の元さんの調査会社にも連絡を取りたい。いろいろと調べたいことが多すぎて手に余る。谷津崎グループのこと、紫藤の継父と実父のこと、などなど。
だが2回目の世界ではまだ繋がりもないし、だいたい未成年者の依頼を受けてくれるかな。秋月さんの名前は出したくないけど、使わざるを得ないか。
あとバイクが手に入ったら、羽立毛の調査に行きたい。偶然と幸運もあったとはいえ、日帰り温泉旅行であれだけ情報が入ったんだ。現地調査はすべきだろう。
考えつく対策は講じておこう、やり直しはないのだから。
ーーーーー
その多忙な僕は、ーー昼休み時間をも使って、同級生との交流に勤しんでいた。
ここは美術室。目の前には輝かしく日を浴びてる石膏像。
そのヘルメス像(多分)が、呆れた目で愚かな人間たちの営みを見下ろしてる。
そして僕の背中に、柔らかいが確かな重量。
うん、調布さんのお尻ですね。座られてる。
なんか、以前に妄想したような感じ。迫られて一喝されてお馬さん状態。
最近は願いがどんどん叶っていく。怖いくらいだ。
そうそう。僕の妄想の中では確か調布さんがさらにマウンティングとろうとして隙を見せ、そこで僕が下克上をして、わからせる。ねっとりねっちりと。
下克上をして、あんなことや、ーー。
「ねえ志野。何かけしからんことを考えてなんかいないわよね。その、あなたの愚かな頭の中の変な妄想のことだけど。」
「まさか。そんなわけないよ(嘘)。だいたい妄想なんかしなくても、撮り貯めた調布さんの実録脳内映像コレクションだけで、ぐはっ」
「あらあらどうしたのかしら。馬には拍車が必要だって聞くから試してみたのに。鞭の方を忘れてしまってたわ。ごめんなさい。」
「」
もちろん跨がって座られてる訳ではない。残念だ。
片側に脚を揃えて、普通のベンチと同じ感じに座られてる。拍車は、片足のかかとで腹をこう、お尻と挟む感じに蹴りあげられました。強めに。思わず、ぐぶうって豚みたいな声を上げて勃ってしまいました。
今朝は僕、先生に決勝リーグ進出を褒められた模範生なんですよ。なのに手加減なさらない。そんなとこが素敵っす。
「それで今回は何がいけなかったんでしょうか。ちゃんとデートして、進展ありましたけど。」
肌に感じるくらい怒りゲージ高いって。思わず敬語にもなろうというものだ。
「みなりがね、」
耳を引っ張られて無理な体勢で顔を向けろと強制された。ちょっと痛いです。でも耳元に口を寄せてて、息がかかるのはたまらん。
「嬉しそうだったわ。ーーホテルに入って休憩してきたんだよ!ってね。」
今回のポイントはそこかよ。
ああ、あれは旅館だ。ホテルじゃない。旅籠って感じ。
ただ、名前はホテルだったかな? だからイメージが違くて売れてないんじゃないか、とちらっと思ったっけ。
旅館○○とか、△△屋とかへの改名を勧めよう。そうしよう。
「進展、ありすぎでしょう!?ーーあなたさあ、覚悟はできてるんでしょうね。まさかと思うけど、
耳をつかんだ指に力が。いかん耳なし芳一になる。
「待ってくれ。冤罪だ。」
事情を述べる。なるべく客観的に。弁解しようとすると嘘っぽくなる。
耳の手が離れた。
「そういうことね。ーー」
あ、張りのあるお尻も離れた。近くの椅子に移った。まだ上に座っててよ。僕は堪能しきってないぞ。
「勘違いだったみたいね。まあ志野は馬鹿だけど、そこらへん弁えてるかと思ったから、変だと思ったの。他の子の耳があるからちゃんと問いただせなくて。ーーごめんなさい。」
「いいさ、僕も楽しんだからね。」
紫藤との休日を。じゃなくて、調布さんのお尻をね。現代文の問題にしたら正答率低いだろうな、これ。
「なんか連休が明けたらみなりが急に変わってて。焦ったの、その、ーー経験したんじゃないかって。」
「そうだな、調布さんもそう思ったか。少しきれいになったよな。」
「少しじゃないわよ!だから心配したの。」
脚を組み換える。窓の外の新緑に目をやってて、僕の視線に気づいてないな。膝の横とその少し奥くらいしか見えないが、貴重だ。顔は床に向けたままで、相手の顔が見えない角度で上目遣いに観察。ふむふむ。
「土下座してないで、座んなさいよ。ーークラスの子たちも気づいてるのよ。急に雰囲気出てきたって。」
「それ、わかるもんなのか?僕はいつも見てるから分かるが、ただのクラスメイトが?」
「いつも見ないから分かりやすいの。色づいた唇、白く透ける肌、目の伏せかた、愁いの表情、胸を押さえる仕草、扇情的な腰つき。少し、その、ここを、ーー」と言って、調布は脚の付け根のあたりを叩いた。「ーー無意識にかばってて、痛みがある様子。女の子ならよほど鈍くない限り、一目瞭然ね。」
「待て、最後のは何だ。」
僕は何もしてないぞ。冤罪だ。
ーーいや、さんざん歩かせたな。それか。
「さあね。まあ思春期に入ったんでしょう。あの子ずっと中学生みたいだったけど、女になりかけてるの。」
ーーあるいは、生理のことか?
「ーーー」
「もともと素材は悪くない、でも本人まるでその気がなかった。それが急に色づいてきて、焦る子もいるかもね。まあ、このクラスは、大丈夫だと思うけど。」
「ライバル出現、って意味で?」
紫藤は僕に内定だから、別にほかのやつが気にする必要ないんじゃないのか?
それとも、僕をいいって思っててくれた人が、やっぱりいたのか?そこんとこ詳しく。
「男の子抜きでも、女の子にはいろいろあるの。変なカースト意識とか、仲間意識とかね。下にみてた相手に逆転されそうと思って焦って圧をかけたり、仲間だと思ってたのに抜け駆けされたと思って恨んで仲間外れにしたり。」
「面倒だな。」
「そうなの。でもこのクラスは大丈夫。何かあっても何とかするわ。あとは志野、あんたよ。」
「何でもするよ。でも何すりゃいいんだ?悪いが、そこらへんがさっぱりなんだ。」
「別に何もしなくていい。変に動かなくていいけど、絶対にみなりの味方でいること、話を聞いてあげること。クラス外で多少孤立してもいいの、クラスは大丈夫だから。」
「よくわからないが、了解だ。」
「あとはあなたね。浮かれて成績とか落とさないように。みなりも同じね、あたしが言っとくけど。」
あたしも偉そうに人のことは言ってられない、実際に志望校落ちたしね、と調布が言っているのを聞きながら、僕は確かにその手の話はありがちだな、と1回目のことを思い出していた。
この先の高校3年。最後なので狂い咲きというか、思い出告白でカップルができる。
個人差なのだろうけど、僕の周囲では女の子は堅実に決めて現役合格、男の子は浪人というパターンが多かった。男は不器用なんだ、勉強と恋愛の両立ができない。
そして、たいていその女の子は上京して初めて近づいてきた男の先輩に食われて、男の子には夏休みにお祈り電話。先輩のクズさに気づいて、翌年夏くらいまでには再破局。
あるコラムニストが言ってたな、地方出身の女の子はローレンツのアヒルだって。※
どこか詐欺に引っかかるのを傍観してるみたいで、少なからずむかついたけど、本人の目が眩んでるから仕方ない。誰も馬には蹴られたくない。
「まあ、年上の男というのは頼りがいがあるように見えるからな。」
調布みたいにしっかりした子は、そういうこともないんだろうけどな、と思いながら、しみじみとそう、調布を見つめながら言ってしまう。
しかし、調布はぎょっとしてこちらを見つめ返した。
「志野、もしかして、ーーまさか、知ってる?あなた何者よ、いったいどこまで、ーー」
知ってるかって?そりゃ大学入学のときにまわりでさんざん見聞きしたからな。狼ならまだしも、駄犬に羊が食われるのを。
どこまで考えてるのかって?そりゃ大学卒業や就職までだよ、当たり前じゃないか。
まあ僕が紫藤に釣り合うくらいになれればいいが、少なくとも僕以外の変な奴に引っかからないようにガードしなきゃ。
紫藤を幸せにするために、それは最低限だ。
「過去のことはどうでもいい、大事なのは今、そしてこれからの未来だ。」
「志野、あなた、--」
1回目のときの後悔。それは、どうしようもない。
2回目の、今の紫藤を大事にしなきゃな。
「大丈夫だ、余計なことは言わない。守って見せる、心配するな。」
そう言って笑いかける。
幸いにして、女の子の面倒な人間関係は調布が頑張ってくれるらしいから、僕はあまり何もしなくていいってことみたいだ。余計なことを言わずに、紫藤のことだけガードすればいいんだよな。そのくらいならできるだろう。
あれ、調布が顔を赤くしてる。すごいレアだ!しかし、なぜだ?
これまでのどこにも調布の琴線に引っかかりそうなやりとりはないよな。単純に暑いからかな。
窓の外に目をやる。光る太陽。眼下に照り返す新緑。
「ーー綺麗だな。」
「あ、ありがとう、志野。でも、あたしは、その、ーー、そう、ちょっと用事思い出した。ごめん。」
「おう、あまり背負い込まないようにな。」
紫藤と他の女の子の人間関係の調整、大変だろうからな。
それにしても、どうしたんだろう。調布が顔を赤らめたまま、そそくさとお弁当箱の入ってる袋を持って出ていく。
慌てすぎてて入り口で躓きかけた。
委員会か何かを忘れてたんだろう。わかるよ、僕も会社勤めで良くダブルブッキングやったし。
調布は冷静沈着っぽいからな。こんなドジは初めて踏むんだろう。
声を掛けてきた時の調布、魔王かってくらい圧がすごかったからな。多分、紫藤が僕にヤられたって思って頭に来て、ほかのことなど頭から飛んでただろう。まさに駄犬に喰われる羊だもんな。
でも調布は「弁えてる」って好意的に言ってくれたけれど。たしかに僕にはそこまでできるような行動力も甲斐性もないよ。ただのむっつりスケベな男子高校生だ、中身が三十過ぎの。なにひとつこの頃から進歩してない。
考えてて悲しくなってきた。よしさっきの
ただ、脳内映像を整理しながら。
調布の言っていたことの一部が、僕のなかで引っ掛かっていた。
紫藤が急にきれいに、つまり俗っぽく言えば、色っぽくなったという調布の指摘。
僕の自意識過剰な勘違いでなければだが。それは紫藤が恋をした=発情期を迎えたからなのだろう。
1回目のときも。たしか紫藤の退学前に、化粧や色っぽくなったことを指摘されていた。鈍い僕は気付いていなかったが。
紫藤に恋をするような余裕はなかっただろう。だとすると。
多分、強制的に発情させられた=犯されていたのだろう、誰かに。
谷津崎関係でないなら、やっていたというバイトの関係か、学校関係か。わからない。
だが、何者かの悪意がある。頭の隅に置いておこう。
ーーーーー
中途半端に終わった会合から教室に帰ると、紫藤がちょっと黒い気配を漂わせている、気がする。
前の席にいるのに、こっちを向いてくれない。
僕と調布さんの逢瀬に入れず、すねてるのかな。しかたないな。
そっと紙を渡す。
”ごめん、話してた。伝えたいから、いつもの場所いかない?”
紫藤はちょっと固まってたが、さりげない(と本人は思っている)風情で荷物をまとめ、とことこと教室を出て行った。出ていく際に目を合わせてくれた。
なるほど、少し歩き方がぎこちなかった気もする。ここ数日、すごい歩かせたからな。申し訳なかった。
ぼくもさりげなく(と僕は思っているのだが、周りにはバレてるんだろうか)、まるでトイレに行くような風情で3分後に後を追った。
ーーーーー
いつもの第二体育館横で落ち合う。
紫藤はむくれていた。そんなところまでかわいい。
「うー、さとみんは志野くんと二人っきりでお話なんてずるいよ。わたしはがまんしてるのに。」
そう、学校ではまだ露骨には付き合いムーブは見せまい、と決めていた。ときどきお話してる、一緒に帰ってる、くらいから始めたいと。紫藤も賛成していた。
「なあに大人の話だ。面白い話じゃない。」
「大人の話?」
顔を赤らめている。想像力豊かすぎだろう。
「そういう意味じゃなくて、まじめな話ね。」
調布は教室に戻って来ていなかった。だから紫藤は調布から話を聞けていないらしい。
やっぱり委員会か何かがあったのだろう。
最近、一層きれいになったよね紫藤さん、だから、ーーと言い始めると、トマトのように赤くなってふざけないでください志野くんはいつも!と多分照れ隠しにぷりぷりし始めた。
しかたないので、まじめに聞こえる嘘ではない理由として、紫藤さんが誰か(僕)と付き合い始めたとわかったら、やっかみを受けるかも、といった話をしておく。
「それはあるかもしれないんだよね。」
紫藤も目をさまよわせている。
「わたしはいままで目立たなかったし、相手にされてなかったからよかったけど、志野くんとその、そういう関係になったとしたら。ちょっと面白くないって子は、いるかもしれない。」
「クラスの中は調布さんが何とかするって言ってた。」
「さとみん、人望があるからね。あとは、」
ちょっと迷ったが、つづけた。
「部活かな。たとえば、ハルカちゃん。」
国領ハルカか。
「もしかすると全然気にしないかもしれないんだけど、ね。」
動きが読めないらしい。まあかなり奔放な感じの子だったな。
あれで文芸部で引っ込み思案の紫藤の親友だったというのだから、世の中わからない。
でも、お互いに自分にないものを求める、ってのもあるよね。
そこで僕は何かを思い出しそうになっていたが、思い出せなかった。
まあいい、思い出せないのはそれなりの理由があるんだろう。
ーーーーー
ついでに今週中の計画を立てる。
文化部も運動部も、試験期間中とその前の週は部活が中止になる。勉強に集中できるようにという配慮だ。
まあ運動部のガチ勢は、こっそり自主練してるらしいけれど。
卓球部もESSも文芸部ももちろん活動しない。どうしようか?
「わたしとしては、閉館で追い出されるまで図書室かどこかで勉強したいな。」
家に帰りたくないらしい。
図書室で粘るか、公立図書館に寄ってみるかしてみよう、ということになった。
気分転換に、帰りに服でも見ていってもいいよね。
そうだ、この際に元さんにつなぎを取ってみるか。
あと街で調達したいものもあるし、公立図書館とか登記所で調べたいこともある。新聞や雑誌のバックナンバーとか、郷土資料とか。
「志野くんも頑張ろうね。目指すは文武両道だよ。」
ぶんぶんぶん、と口ずさんでいて楽しそうだ。
勉強も頑張らなきゃな。うん。
※「ローレンツのアヒル」→コンラート ローレンツ「ソロモンの指輪」の、アヒルが生まれて初めて目にする動くものを親と思い込む「刷り込み現象」についての逸話から。コラムニストのOさんが昔、大学生女子についてこの話を引いて書いてましたね。