タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
冗長なので読み飛ばしてOKです。後で整理したい。書きたいところまで進めませんでした。
寄せ場公園と呼ばれている公園。そこの脇に止まっているトラックの幌付きの後部荷台に、労務者の人たちが乗り込んで行く。
どういう思いなんだろう。仕事にありつけてうれしいのか、きつい仕事になりそうでうんざりしてるのか。見合ってない報酬に怒っているのか、性格のきつそうな仲間を心配してるのか。きっと労務者の人もいろいろなことを考えるのだろう。
だが酷薄にも、わたしはその朝、その様子を見たときに最初は特に何も感じていなかった。
彼らはただの背景だった。しいて言えば、わたしは路傍の石を見る目で彼らをみていたのだろう。
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多賀島駅からわたしの通う高校までは、徒歩で15分くらいかかる。
もちろん、大通りのみを使って通うことも可能だし、学校からはそれを推奨されている。
ただ、多くの生徒は裏通りを使ってる。わたしもだ。
表通りは不便で優しくないんだ。少しではあるが遠回りになるし、朝は歩道が混む。ビジネススーツのおじさんに舌打ちされたりする。わたしたちだって、早く先に行きたいのは同じなのに。
だからロータリーでバスから降りると、駅裏の通りを使う。ときどき自動車も通るが、基本的には道路いっぱいに人が行き交う。こっちの方が、小突かれたり邪魔者扱いされたりしなくていいんだ。
裏通りといっても、それほど治安が悪いわけではない。朝や夕方の登下校時は、同じ学校の登下校の人たちがいっぱいいるので、それほど危険を感じたことはない。
もちろん駅裏なので、特に帰りは、ゲームセンターとかが並ぶ一角で割と他校の生徒とのいざこざが多いというし、ラブホやピンク系の店が立ち並ぶいかがわしい一角もあって、すくなくとも女子はそちらにはよほどのことがないと足を向けない。もちろんわたしもだ。そもそも学校への最短ルートではないし。
それと別に、駅からほど近くに小さな公園がある。児童向けの遊具も置いてあるが、子供が遊んでいるのはあまり見ない。この公園は、学校への最短ルート上にあり、学校に行く大通りと直角に交わる、別のやや広めの通りに面している。
寄せ場だ、と大人がそこを呼んでいるのを聞いたことがある。
「寄せ場」というのは、たぶん、日本史で習った「人足寄場」と同じような意味なのだろう。仕事を必要とする人たちが、仕事を紹介していくれる業者に雇われていく場。
朝は作業服や少し汚れた服を着た、いわゆる労務者っぽい人たちが列に並んでたりする。あまり広くもない通りなのに、横にはたいていマイクロバスや大型バンが止まっていて、人を積んで出ていく。怖い系の人も多い。
ここは、あまり近寄らない方がいい場所だと思う。
飲んだくれたのか、奇声を上げて暴れているおじさんを目撃したことがある。少し怖い系の人たちに作業服のおじさんがぼこぼこに殴られているのを目撃したこともある。
どちらも横目でみた限りだけど、警察が呼ばれた気配はなかった。日常茶飯事という感じで、殴られているおじさんのすぐ横で淡々と人が集められ、トラックや大型のバンとかに送り込まれて行ってた。殴ってる人も怖いけど、周囲の人のその冷静沈着さ、というより冷淡さも怖かった。
ただ、わたしも何もしなかった。同罪だ。
あと、この公園、比較的治安が悪い。片隅で変わった髪型の学生たちがしゃがみ込んでタバコを吸ってたり。浮浪者っぽい人がぶつぶつと、だんだん大きくなって最後は叫び声になる独り言を言ってたり。仕事が終わって収入があったのか、赤ら顔のおじさんがしつこく言い寄ってきたり、するらしい。
わたしの知ってる範囲で、そうしたおじさんに、一発一万円でどうだ!と声をかけられたことがある子がいる。安すぎよね、馬鹿にしてる、って怒ってたのを横で聞いてたけど、怒るポイントはそこじゃないと思うよ。
らしいというのは、基本的には一人で登下校するときは避けてるからだ。たしかに少し遠回りにはなるが、大通りだけを使うよりは、この公園だけ遠回りした方がまだ近道だ。友達と登下校していて、その友達がこの道を選んでしまったときはこの横を通る。だけど親しい友達だったら、こっちの道はやめとこうよ、と言えばたいてい遠回りに同意してくれる。
どうしても急いでるとき。そのときは思い切って公園の横を通る。小走りで走り抜ける。
わたしは女子の中では足が速いし、今のところそれで困ったことになったことはない。一度急いで帰ってる途中に立ちふさがれたことがあったけど、立ち止まらずに本気で走り抜けたら追ってこなかった。
ただ、この公園の横はやっぱり通り抜けたくない。ここの人たちには冤罪だろうけど、業務用大型バンとかが怖いんだ。中学生のとき別の場所で腕を引っ張って引きずり込まれそうになったことがあるから。
だから、どうしても、というときだけだ。あまり親しくない人と一緒になっちゃったとき、本当に急いでるときとかだ。
この日は、別の事情があった。
たまたまこの公園を遠回りしようとした道の先に、見たことのある顔を見つけた。
わたしには、それはあのバイトで一緒になった大学生二人、茶髪の諫早先輩と黒髪冷徹眼鏡の大浦先輩に見えた。
二人は自販機の横で、冷徹眼鏡先輩は小さな缶を片手に、茶髪先輩はタバコを片手に何か話しながら、道行く人に目をくれているように見えた。茶髪先輩は運動部だっていうけど、タバコはいいんだろうか。
こっちを通ったらまずいな。直感的にそう思った。
もしかすると二人ともわたしなんか忘れてるかもしれないけど、つい先日のことだ。油断はならない。
しかも二人とも、道行く人の中でも、女の人や女子をとくにじろじろ見てる気がする。
引き返して大回りしても良かったかもしれない。
でも面倒くさい。今日も公園の横を走り抜けようかな。
それに仕事が決まる時間帯なので、朝は公園もそこまで治安は悪くない。もう遅めではあるけれど。
悪いのは、仕事にあぶれてしまって自暴自棄になってる人がいたりする少し後の時間帯、仕事からくたくたになって帰ってきて機嫌が悪い人や、収入があって気が大きくなってる人がいる夕方以降の時間帯。
だから大丈夫だろう、と思って公園横をすり抜けようとした。
労務者の人たちが車に乗り込んでる、ごく変哲もない光景。何も最初は思わなかった。いつもの光景だから。
だけど、いきなり胸がぎゅっとした。驚き?恐怖?懐かしさ?自分でもよくわからなかった。
その後、気づいた。労務者の一人が、お父さんに、前のお父さんに見えたんだ。
前のお父さんは、眼鏡をかけてて少し丸顔で太目で、あまり風采がいい方ではなかった。
私が見たそのお父さんに似た人は、斜め後ろから見えただけだけど、もともとは太ってたんだろうなっていう感じの骨格。白シャツと少し機械油とかで汚れた薄い色のジーンズで、どっちも少しぶかぶか。白シャツは普通の会社員の着るようなシャツで、皴がついてよれて見えた。髪が少し薄くて、べたっとしてた。後ろの人に早くいけよって感じでつつかれて、背中を丸めて、少しおぼつかない足取りで荷台に上がっていった。
その人が大き目のナップザックを背負ってた。そのナップザックで気づいたんだ。わたしが小学校の修学旅行で、昔使わせてもらったことがある、お父さんのやつと同じだったから。
走り抜けようとしてた足が止まった。
ごく一瞬だったけど、お父さんに見えた。お父さんかもしれない。
けど顔はわからなかった。お父さんより痩せてる気もする。別人かな?
考えがまとまらないうちに、手配師のお兄さんたちが何か言い交して、人をのせたトラックと、もうひとつ別の幌つきトラックの運転席にそれぞれ乗り込んだ。
どちらのトラックも、エンジンがかって動き出そうとしている。運転席に回って、どこに行くかを聞くべきだったかもしれない。でも、もう動き出そうとしている。気づいたときには体が動いていた。
幌の入り口は上下を止めてあったが、横は封鎖されていなかった。わたしはたぶん、体を滑らせてその口から入ったのだと思う。
気が付くと、人を載せなかったトラックの暗い荷台に潜り込んでた。
何かの強い獣臭がした。うすぐらい中に目が慣れると、奥にはカップラーメンなどの食料品やトイレットペーパーなどの生活雑貨などが入っていると思われる箱がぎっしりと積んであった。そして、手前にはケージに入っている羊とヤギ。どちらも一匹ずつ。ケージは荷紐でしっかり固定してある。
「ーーー。」
好奇心はある。しかしあまりに意外だった。
わたしが揺れる中でこわごわとちかくににじり寄ると、甘えるように羊たちも寄ってくる。だけど、あまり鳴き声を立てられたりしたら、見つかってしまうかもしれない。
トラックは多分、2tの中型ないし小型のタイプ。軽トラだったら、乗り込んだときに見つかってただろう。たまたま、後部の窓が積み上げた荷物でふさがれていたのが幸運だった。
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恐怖が襲ってきたのは、そこからだ。
まず、見つかったらものすごく怒られるのは確かだ。悪い人でなかったとしても、わたしを送り返すのにすごく迷惑をかけてしまうだろう。学校にも通報がいくかもしれない。忙しくしてるお母さんにも。アルバイトだと言ってた嘘もばれてしまう。志野くんにもとんでもない迷惑がかかってしまうだらう。
そして、お父さんに連絡が行ってしまったら。格好の罰の対象だろう。
ましてやこの人たちが悪い人だったら。よく考えたら、いい人だという保証はない。労務者の人たちは、どれも結構よれよれな格好のように見えた。人への扱いが悪い、怖い人の可能性もある。
しかも、わたしが勝手に乗ってしまったのは、よくわからないが何かの罪にあたるかもしれない。彼らが何かをわたしにしても、自業自得だとされてしまうかも。学校に通報するぞ、と脅されて、何かされてしまう、そんなこともありうるのでは?そもそも通報もされず、山の中で殺されたり、ーーただ殺されるより、もっとひどいことをされてしまったり。
頭の中が真っ白になり、気温は高いのに背骨に氷柱を刺し通されるような気がした。なんてわたしは馬鹿なことをしたんだ。もともと揺れるトラックの上だから、しゃがんで荷台のフチをつかんでたけど、力が抜けてしまい、立ち上がる気力もでない。
トラックが止まったら、すぐ飛び出して逃げる。それしかない。
しかし、トラックは走り続けた。どこに向かっているかわからないが、ずうっと走り続けてる。多分、南の南頃支ハイウェイと呼ばれてる自動車専用道路を走っているか、それとも国道か。
ちらっと後部の幌の隙間から外を見る。太陽は右手奥の方にある。今は朝、太陽は東南の方向にあるはず。多分、このトラックは西に、おそらくは国道を辿って走っている。
トラックのスピードが上がった。何か不吉な気がして荷台の縁にしがみつく。トラックは急に右折した。不満げにヤギがいなないた。
荷物もゴムのベルトで固定してあったが、段ボール箱がずれてすべり出た。大きくはないが、かなり重量のありそうな箱。
まずい、これが荷台を動き回って音を立てたら、運転手が気づいて車を止め、様子を見に来てしまう。私はそっと近づき、その箱を元の場所に押し込もうと引き寄せた。
しかし、大きさの割に重いこの箱は何だろう?
本か雑誌か。わたしは上の封がなかったその箱の中をちらっと眺めて、顔を赤らめて閉めた。
うん、男性用の肌色の多い雑誌だ。たぶん飯場の人も女の人に飢えるんだろうね。
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山道に入ったのか、道がひどくうねるようになった。かなり車酔いしてしまった。
そのとき、最初のストップが訪れた。
自動車が止まる。気分が悪くなってたわたしは、反応が遅れた。
すぐ出ようか?
しかし、まさに荷物崩れをチェックするためにこちらに来てて、鉢合わせるのでは?
わたしは入口からはすぐに見つからないところに身を潜めた。まだ動きがない。
そっと、幌の側面前側の合わせ目に隙間を作り、外を見る。
山の中だ。前の車、労務者の人たちがのった車の運転手さんが下りてる。道をふさいでるゲートを動かしてるんだな。ああ、こっちの車の運転手さんも加わった。
ゲートが結構な重さだったのか、運転手さんは顔をぬぐいながら運転席に戻った。バタンと戸を閉める音。
しまった。千載一遇のチャンスだったのかもしれない。
このまま、工事現場に着いてしまうのだろうか。
こんどは、どんなことがあっても出る。
入口近くに待機した。
2、30分くらいだろうか。待っている身には長く感じられた。
トラックが止まる。いまだ!
すばやく入口をすり抜ける。羊が寂しそうに鳴いた。しっ、静かにね。
真後ろは見えないが、横だとミラーで見えてしまうかもしれない。だけど、もしゲートを動かしてるなら、まだ向こうを向いているはず。
素早く路肩の茂みに走りこむ。
ラッキーだった。気づいた様子はない。
バタンとドアが閉まり、車が走り出す。
でも、ここはどこだろう?
来た道を下ることにする。自動車ではすぐだと思ったが、意外に高低差があって難渋する。
小さな集落に出る。人影を求めて彷徨う。
雨戸も閉められてなかったり。電灯の消し忘れもあったり。引っ越しの途中のような乱雑ぶりを残した家も多い。
生活感がまだあるのに、誰もいない。マリー・セレスト号のようだ。
絶望と恐怖を覚えて、集落の中心、橋の近くにあった商店にもどる。
ピンク電話がある。10円玉しか使えない、あれだ。
家、さとみん、ーー志野くん。
息を吸い込んで、まず家に掛けた。お父さんにつながって、この状況を知られたら、手酷く折檻されるのは目に見えてる。でもわたしの愚かさから生じた結果、身から出た錆だ。しかたない。それに別に何も変わらないかもしれない、もともとこれがなくても罰を与えられるだろう。最近はとくに頻度と過酷さを増していることだし。
ーーだけど、誰も出ない?
お父さんはいない。千里もまだ起きていないか、どこかに出かけたか、たまたまトイレとかだったのだろうか。切る。だけど、まさにその時に誰か出た気がした。
千里だと思う。だけど、怖くてもう掛けられなかった。お父さんだったら。そう思ってしまったから。
さとみんの家に掛けてみる。いつもは物静かなお父さんか、声の若いお母さんがでる。
だけど今回は、留守番電話が出た。予想外で、思わず切ってしまった。
切ってしまってからひどく後悔した。せめて、今の状況を吹き込んで、つないでもらえばよかったんだ。
貴重な10円玉を一つ無駄にした。
自分の馬鹿さ加減に絶望してしゃがみこんだ。しかし、何も状況は好転していない。
時計を見る。11時少し過ぎ、か。
志野くんの家にかけよう。わたしは結果的には、志野くんとの約束を、契約を、無断で踏みにじった。
詰られても文句は言えない。
もちろん家に志野くんはいなかった。実家の人にお詫びを伝える。
3分間を知らせるブザー。続いて手短に状況を伝えようとしたところで電話が切れた。
しまった。また失敗だ。
折り返し連絡ができる電話だったら、電話番号を伝えておけばよかったのに。
迷惑かもしれないが、恥を忍んでもう一度かけよう。
この電話はピンク電話だ。この手の電話は店の電話を兼ねてることが多いって聞いた。
苦労してピンク電話の後ろを見ると、ラベルに電話番号が書いてある。最初に確認しとけばよかった。
周りを見回す。この商店の看板に書いてあった電話番号と一致した。
よし、この番号でいいんだろう。
念のため、自分でこの電話にかけてみようか。そうして話し中なら、確認が取れる。
しかし、それでもしつながってしまって、10円玉がなくなってしまったら。
それは最悪だ、確認はやっぱりやめておこう。
これが最後の10円玉だ。わたしは祈る気持ちで、10円玉を投入口に入れ、電話をダイヤルした。
志野くんの実家の人にまた繋がった。志野くんからわたしのことを聞く電話があったらしい、しかも今すぐ!
志野くんのお母さんにこのピンク電話の電話番号(推測)と伝言をお願いした後、じっと電話を待つ。
1時間、いや2時間してかかってこなかったら、失敗だということにして、歩いてひたすら進んでみよう。
そう決心したときだった。
志野くんから電話がかかってきた。
そこからは話が早かった。
状況を伝えると、志野くんは、わたしには皆目見当がついていないこの場所の当たりをつけたらしい。あまり手掛かりらしいものもなく、商店の看板にも電話番号しかなかったのに。
迎えに来てくれる、とわかってうれしくなり、無人の集落に一人きりという心細さも消えたと同時に。
深い罪悪感が襲った。
わたしは志野くんに、何一つプラスになることをしていない。
アルバイトと称して、お金をたかっている。
何も対価なく、服を買ってもらっている。(古着が対価になってないことぐらい、わかるよ。)
そして貴重な休日に、おそらくは大事な部活の大会の前日に、こんなことで迷惑をかけている。
わたしは、彼の何なんだろう?
心に、きりきりと罪悪感の錐がもみ込まれる。
いっそ、彼に厳しく詰られ、責められたい。
許されるなら、跪いて許しを乞うてもいい、ーーでも、そんなものでは追いつかないだろうな。
わたしの馬鹿さ加減、愚かさ加減もあるけど、そんな卑小な罪とはまた別に、わたしの原罪がある。
わたしにかかっている、このどうしようもない重力。わたしが嵌ってる泥沼。宿命?
そこへの傾斜に志野くんを巻き込まないようにするために、どうすればいいのだろうか。
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暗い考えに落ち込んでいたが、迎えに来つつある途中の志野くんから電話がかかってくると、いったんは雲散霧消した。我ながら現金だ。
会えた時には、思わず抱き着いてしまった。
志野くんは、まるでマンガの主人公のように、汗を滴らせていても爽やかな笑顔で。
わたしはその、濡れたシャツの胸に顔を埋めた。
志野くんはちょっと汗を気にしてたけど、胸に吸い込んだ。ーー本当はちょっと舐めてみたかったな。志野くんの味だから。
立派な変態さんだ、わたしは。
二人で川沿いの適当な場所に陣取り、わたしが準備してたお弁当を食べた。
状況を補足した。でも、労務者の中に本当のお父さんがいたかもしれない、ってことは、このときは言えなかった。
志野くんのことだ、きっと無理をして探してくれようとしてくれるだろう。だから言わなかった、適当にごまかした。
それでも、志野くんは何か感づいたようだ。飯場を探してくれた。
飯場は見つかったが、志野くんは今は行かない方がいいという。志野くんより目がいい私も、ちょっと踏み込まない方がいいなと思った。
どういったらいいのだろうか。
わたしはこの手の施設を知らない。だからこれで標準的なのかもしれないが、雰囲気が荒れてるように思えたんだ。
本部と思われる人家は、いい。でもそれに加えて、どうもすごく古くてぼろい、家畜小屋とか納屋みたいなところ、そしてプレハブの簡易住居に分かれて寝泊まりしてるのでは、と思われる気配。
あちこちに、ごみが散らばっている。
トイレと思われる、周りを申し訳程度に布で覆った野外のスペース。わたしには無理かも、あそこで用を足すのは。
そして周りの鉄条網。外からクマを防ぐ用途なのかもしれない、でも私には中の人を逃がさない構えに思えてしまった。
お父さん(もしお父さんだとすればとすれば)、こんなところで、大丈夫なんだろうか。
また、別のアプローチで確認する、と志野くんは請け合ってくれた。
お父さんが心配なのももちろんあるけど、それに加えて志野くんに無理させてることに、ふたたび心臓を締め付けられるような思いがした。
その日は、帰ることにした。
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二人で、自転車を押しながら帰途につく。
こんな迷惑をかけていながらも、二人で歩いてると、まるでデートのように心が浮き立つ。
誰もいない新緑の中の道を二人で歩くのが楽しくてしかたない。
高い位置にある顔を見上げる。視線に気づいたのか、自転車を押しながら顔を綻ばせてくれる。
顔がにやけてしまう。
照れ隠しに明後日の方向を見る。
瓜坊、またでないかな。
下り道では、自転車の後ろに乗せてもらう。
薄いシャツを通じてわかる、志野くんの汗ばんでいる、しなやかな肉体。
本人は体が細いと気にしてるみたいだけど、ボルゾイとかの大型犬みたいに引き絞られた体をしてると思う。
頬を寄せてみる。目を閉じてみる。
もう何もいらない。
でも、こんなふうに事情も知らせず、恩恵だけ受けるのはおかしい。
最低限の誠実さとして、少し勇気を回復したわたしは、知られたら嫌われるかもしれない、家の事情の一端を伝えることにした。
今のお父さんが実父ではなく、継父だということ。
前のお父さんみたいな人を、見たということ。
多分それだけで伝わったんだろう。カエル男事件もあったしね。志野くんは、自分からは何も聞かなかった。ただ、じっと聞いていてくれた。
それだけで、受け入れられてるって感じがして。
また少し元気が出た。
そして、その元気で、また自分の心を確認して、決心を固めた。
わたしにかかわりあうと、志野くんにろくなことはない。
ましてやいまのわたしは、ただの足手まとい。迷惑ばかりかけて、まだ何も返せていない。
それに、わたしには予感がある。
このままだと。いつかわたしは、私の宿命は、これどころではない、もっと大きな禍を志野くんにもたらすだろう。
志野くんの身に、危険が及ぶような何か。
お父さん関係かもしれない。ストーカー野郎関係かもしれない。
あのろくでもない、わたしの幼馴染の金髪野郎のゴウジ関係も、ーーないとは思うが全くないとは言えない。巻き込まれて殴られるみたいなことは、あるかもしれない。
でも、何か志野くんには、それより大きな危険がふりかかる気がする。
何かはわからないけれど、志野くんは、わたしのために、きっと無理をしようとする気がするんだ。そう、今回みたいに。
そのなかで、命の危険にさらされてしまうことが、出てくる気がするんだ。
そのときは。
志野くんの身が、危うくなるようなことが生じてしまったとき、せめてそのときには。
わたしは、どんなことをしてでも、わたしを好きだといってくれた、わたしの好きなきみのために、この身を使うつもりだ。
わたしにできることでも、いやできないことでも。
どんな無理、どんな横車を押してでも、どんなに利己的でみっともない行動に映じるとしても。
理解なんてされなくてもいいんだ。
いつも守られてばかりいるこのわたしだけど。志野くんだけは、わたしが守るよ。
そのときは、ただ自己陶酔の中で、強迫観念のように、そう思っていただけだったかもしれない。
でもわたしが後になって取った選択。その原点はここにあったのかもしれない。
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その後、公園によって休憩して、まるでデートのように過ごした。
またざくろが丘の坂を上って、家のそばの公園まで送ってもらった。
そしてまた、キスしてもらった。
誰にもみられてないだろうか。こんなに家に近いところだと、すごくどきどきする。
お父さんや千里とかにみられたら、大騒動が起きかねない。
でも、志野くんを感じたい。キスしたい。
そしていつかは、キスよりもっと進んで、ーー。
わたしは志野くんには見えないように、そっと悪女の笑み(主観)を浮かべた。
まあ、たぶんにやけてるようにしか見えないかもしれないけどね。
だって、何ごとにも格好のつかないわたしだもの。
そして暖かく甘く優しい夢の時間は終わり。冷たく苦く残酷な現実に戻る時間がきた。
志野くんに見送られて、わたしは家という名の監獄、異端審問所に戻される。
力を失っていく足を必死で励まして、歩を進める。
油をさしてない扉が開き、そしてきしみながら閉まった。