タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
5/20 いくつか修正しました。(形式面、内容)
5/22 誤字のご指摘、ありがとうございました。
変化があったのは、東京に戻って2週間ほどたってからだった。
帰宅すると、厚い封筒が郵便受けに押し込まれていた。興信所に急ぎで依頼した調査結果だ。
少し映りは暗めだが、写真もつけられている。主な内容を流し読みする。
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(報告書の内容)
その1、羽立毛市に本社を有する、多くの産業にわたる子会社を抱える八津崎グループはまずまずの業績で推移している。(いくつか、会社の組織図や、構成図、業績等の基本データが示されている。)
その2、先代の谷津崎勇三氏は死亡している(死亡記事が添付)。羽立毛市の発展に大きな貢献をした氏であるが、引退し、代替わりから40年近くも経過し、代表も2度代わって、本人は俗世から離れた景勝地の別荘でほとんど世捨て人のような生活を送っていたこと、本人が100歳を過ぎ110歳に近く、ほとんど同年代の者がもはや存命でなかったこともあり、地元の名士ではあるが、葬儀はごく内々にすまされ、告別式のような行事はなされなかったようだ。
その3、紫藤の伯父である施場
その4、紫藤姉弟の羽立毛市での現実の在住は、現在も過去も確認できない。簡単に聞き込みをした限りだが、施場氏は独身であると周辺住民から思われている。長らく近所に在住している者も、姉弟の存在を全く知らなかった。確認できる限りでは、被扶養者として記録されたという事実もない。
その5、ただし紫藤弟については、3年次から羽立毛市の公立中学校への転入記録があった。ただし転居前に弟が通っていた私立中の側では、2年次末での退学処分とされたようだ(元同級生からの情報)。転入した公立中側では、当初から不登校であり、登校実績がないままに卒業した(当時、不登校の急増により原級留置の処置は取られなくなっていたため、こうした措置は必ずしも不自然とまではいえない)。
その6、紫藤姉弟の継父(旧姓は施場
その7、依頼事項やその他のことについて、可能であれば口頭でも報告したい。
その8、手付金を除いた料金を、○月○日限り、以下の口座に振り込んで欲しい。(口座情報あり)
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評判のいい調査会社を紹介してもらったのだが、流石はプロである。
伝聞情報も多いが、その点については裏付けなしと明示している点も誠実である。
ただ、情報の内容から浮かぶ真実については、なるほどと思う情報もあるが、俄かに信じがたい点、怪しい点も少なくはない。
おそらくそれを口頭で補ってくれるという趣旨なのだろう。
いずれにせよ一度報告を聞きたいところだ。
これだけの調査に対する感謝も伝えねばなるまい。
僕はその週末から月曜日にかけて、いつもは消化しない有給休暇をさらに申請した。
いつもは休暇を取らずに皆の代わりをしていることの貯金が効いたのか、あっさりと認められた。
その夕刻だったか、いつもはほとんど鳴らないスマートフォンに着信があった。高木だ。
会議中だったので無視し、終了後にコールバックするが繋がらない。
帰宅して報告書を読み直していると、今度は高木からメールが来た。
「すごく、先日は会えて話ができて懐かしかった。ありがとう。
偶然とはいえ、同じ教室で学んだ仲間は大切だと感じている。それで、あらためて調べてみたり、思い出したりしたことで話したいこと、見せたいものもある。また帰省した折に直接話せないか。
人に知られたくないし、急ぎたい。このメールも心配なので、時間と場所は明記しないし、返信もいらない。『前と同じところ、前と同じ時間』に、できれば土曜夜に。今週でも来週でも。どちらでも、その時間にその場所にいる。
現在はまだ大丈夫と思うが、後々が心配だ。このメールは、読んだらすぐ削除し、メールの『ごみ箱』からも削除してほしい。申し訳ないが、前回のときのメールのやり取りも、すべて同様に処理しておいてほしい。
漏洩を防ぐため、念のため、誰にも会うことについては知らせないでほしい。」
ずいぶん急な話だ。だができない話ではない。
というより、おあつらえ向きの話だ。調査が一度にできる。
それと別に、高木が抱いているらしい恐怖が感じられた。いったい何を見つけたというのだろう。
僕は帰省の夜行バスの便を予約し、興信所に口頭報告の日時について要望のメールを送りながら、思いを巡らせていた。
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あまり仕事が手につかないながら、木曜日に軽く残業をして休暇のめどをつけ、僕は池袋の夜行バスの発着所に急いだ。15年以上前、大学のころもよく利用したが、当時とは違ってインターネットで予約ができるのは大きい。
荷物は最小限にする。服は替えが一つあればいい。必要があれば買えばいいし、実家に寄ればダサい高校・大学時代の私服も残っていることだろう。
耳にイヤホンを突っ込み、シートをリクライニングして、僕は目を閉じた。
あの夢だ。
違っていたのは、僕が今、耳を削ぎ鼻を斬り、目をえぐり舌を抜き性器を引きちぎり、ペンチのような道具で随所の肉をひき潰している相手、それが自分自身だということだ。
夢の中の僕は、あの筋肉男ではないが、その夢の中で誰かの視点をとっていた、そしてその夢の中で、その作業に従事しながら、耐えられないくらいの愉悦を感じていた。
頭にくらくらするほどの快楽物質が分泌され、射精せんばかりの興奮と快楽を感じている。
さらに夢が最悪な局面に進む前に目覚めることができたこと、さらに言えば叫び声を上げなかったことは、僥倖に近い。
のどがひゅうひゅうとなるのを抑えた。体がガタガタと震え、全身にべたつく汗を感じた。
学校の夏休みシーズンではあり、2人掛けのバスのシートの隣には乗客がいた。
僕とそれほど年齢が変わらない、おそらくは少し年下と思われる女性だった。
寝ていたかと思うと急に目を覚ましてぜいぜい言っているのをみて、きっとドン引きだろう、そう思っていると、ーーー「大丈夫ですか?」
心配そうにそっと小さな声をかけられた。
幸いにしていい人だったらしい。
大丈夫です、ちょっとうなされちゃってごめんなさい、そう言い、一度バス後部の洗面スペースに行く(僕が窓際だった)。
戻ると、女性が良かったらどうぞ、と小さな個別包装の飴玉をくれた。
「すごい怖い夢を見てうなされました、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、そんなの仕方ないですよ。でもすごいうなされ方でびっくりしました」
「寝言言ってたりしてました?ごめんなさい」
「いえ、言葉は何も。でも何か震えてる感じで、ものすごく苦しそうな顔をしてましたよ」
まだ深夜でなく、車中にはカップルや友人同士でしゃべっている客も数人いる。
汗をまたぬぐいながら、今度はちゃんと眠るようにしますね、というと、大丈夫ですよ、気にしないで、と言われた。
「今日は法事で。帰郷するのは久しぶりなんです」
「多賀島ですか?」
「いえ、羽立毛市です」
多賀島県の県庁所在市は多賀島市だが、交通の要衝で隣県の県庁所在地にも近い羽立毛市は商業都市として相当に栄えている。
「あまり帰郷したくないんですよね。生まれ育ったところだし、いいところなんですが、最近はなんか治安が悪いっていうか」
「事件ありましたっけ。バスジャック事件だったら、多賀島の方でありましたけど」
「いえ、そっちの方は、暴力事件とか盗難とかの方はそれほどないんですけど。
ここしばらく、行方不明者とか、身元不明の死体がみつかったり、っていうのが多くてーー。
新聞社にいる親戚が言ってましたが、ほらあの隣国の誘拐じゃないかって。
身寄りのない人がいなくなることが多いって言ってました。
新聞とかには出ないらしいんです。
でも、私の父が谷津崎デパート勤務なんですが、勤務先でもときどきいなくなる人がいるって。
それってすごく多いってことじゃないですか。
それ以外だといいんですけど。
町おこしも珍しく上手く行っているし、最近は海外からの観光客がすごく好調で、明るいニュースも多いんですけど。新しい運動施設も出来たし」
「少年犯罪とかは、羽立毛は最近はあんまり聞かないですよね。
もともと公立校も荒れてないし。まあ、ヤンキーとかそんな時代じゃないのかも」
ぽつぽつとそれぞれの近況を聞いたりしていて、ふと思いついて聞いてみた。
「僕の知り合いが羽立毛の中学校に転入したんですけど、ずっと不登校だったって。
結構、ご在学のころも不登校って多かったですか?」
「私のころはヤンキー全盛、ていうほどじゃないですけど、チーマーとかがいてそれなりに荒れてました。
不登校もいましたよ。3年生のときに転入してきた子がいたけど、一度も出てきませんでした」
「もしかすると、ムラサキのフジって書いて、紫藤君じゃないですか?」
「えーっ、多分、それうちのクラスです。
すごく珍しい苗字じゃないかってクラス名簿見て思ったことがあります。」
なんという偶然か。
「あんまり詳しいことは覚えてませんが、たしか保護者の名前が本人と違ってて。
私、別の学年でそういう子がいたので、ああ結構複雑な家庭なのかなっておもったことがありますよ。」
「多分それです。叔父さんに引き取られた子なんですよね。」
「私、3年生のとき、学級委員長だったので、何回か保護者宅に迎えにいったことがありましたよ。
でも一度も会えなかったですね。」
「そうかーー。昔の学級委員長って、大変だったんですね。」
それからいくらか情報交換し、宮崎さんというその女性と思いのほか仲良くなった。
しばらくしてどちらからとなく口を閉ざし、目をつぶって休みについた。今度は、悪夢は見なかった。
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早朝に多賀島駅のバスターミナルに着くと、さらに羽立毛駅に乗り換える宮崎さんと僕とは分かれ、僕はとりあえず実家に避難して仮眠をとった。
バスでの移動は安いし良いのだが、どうしても疲労がたまるのだ。
昼過ぎに起き出すと、僕はしばらく自宅の部屋で持ち帰った仕事をノートPCで片付け、3時前に調査会社に向かった。
調査会社は繁華街の表通りから一本入った、ややうらぶれた細い通りに面していたが、設備などは旧いながらも清潔な作りだった。
今日は出勤している事務員は少なく、電話もときどき鳴る程度だ。
オフィスとは一続きの、観葉植物で軽く区切られたオープンの応接スペースで、やや頭が寂しいが実直で誠実そうな、がっしりとした体格の男から報告と資料提供を受ける。
聞けば、本人はたたき上げの探偵(?)だが、柔道をたしなんでいたそうだ。
警察OBや自衛官OBも多数いて、現在は警備にも力を入れているそうな。
渡された資料は、前に郵便で送付されたものより、写真資料や内容が増している。
「この紫藤さんの叔父にあたる施場さんという方は、こういっては何ですが正体不明ですね。
「20年ほど前までは普通に通勤して勤務先に通っていたのですが、その後、元会長付きになってから、おそらく別荘の方にほぼ住み込みで働いているのだと思われます。
「また、ここ5年間は、対外的な用務に顔を出したことはありません。谷津崎勇三元会長がお亡くなりになった後も、そのまま住み込みのままのようです。普通は、居住者がいなくなったら規模を縮小するなどするのでしょうが、お亡くなりになる前とほぼ同程度の人数がまだ住み込みでいるらしいですね。」
「元会長がお亡くなりになったのは、確かなのでしょうか。」
「志野さんもそうお考えになりましたか。そう、まるで今でも生きているような体制なのです。若干人数は減っていて、たとえば身の回りをお世話する、女中さんというのでしょうか、などは付かなくなっているらしいのですが、食料品などを週1で卸している店の情報によれば、ほとんど食材買い付け量とかは減っていません。来客等に応じてでしょうか、増減がありますが、微増している気配もあります。」
「施場氏の自宅には、戻っていらっしゃらないのですね。」
「はい、ここ数年は全く目撃証言はありません。」
「姪甥にあたる、二人の姉弟がいたはずなのですが、―――」
「考えられるのは、自宅でなく、その別荘で住み込んでいる可能性ですかね。そのまま付き人や女中として雇われている可能性は、ありうるかもしれません。」
「確認はできませんか?」
「非常に警戒が厳しいところなのです。―――山一つどころか、3,4つあるくらいの広大な敷地なのですが、崖地で登れない場所が多く、またそうでない箇所は鉄条網と高圧電流と思われる警戒設備が備え付けられています。やや過剰警備ですね。また、別荘の本館にお住まいだったようですが、そこだけでなく、廃村がこの敷地の範囲に一つ含まれていて、住民登録はなされていないのですが、中の建物のいくつかはまだ管理されていて、利用されたりしているようですね。」
「ハンターとか警察官とか、通りかかったり訪問したりしないのですか?」
「先に申し上げたとおり、非常に警戒が厳しいのです。
勇三氏は、社長引退間際のときに、一度、とある政治がらみのごたごたで襲撃を受け、負傷したことがあるようですね。
それからは、本社や自宅に常駐の警備員を多数配置し、会長職も引退後は、ほとんど表舞台には出ず、別荘地を半要塞化して引きこもっていますね。
もっともすっぱりとそれまでの付き合いをやめた点は、潔いとして賞賛を浴びていたようです。
また、会長時代には不老不死に興味を抱き、多額の資金を投じて海外から様々な健康に良いとされる薬や食材を集めたり、地元の国立大学の理学部に寄付をしてアンチエイジングの研究を進めさせたりしています。」
「そうですか。」
ホラー映画の舞台になりそうな感じだが、在任中の勇三氏の評判は悪くないものだった。
高度経済成長期と同時期でもあり、非常に地元の発展にも寄与し、尊敬を集めているということだ。
僕はそこで、ふとバスの中での宮崎さんという女性とのやり取りを思い出して、聞いてみた。
「羽立毛市について、治安が悪い、とかいうことはありますか?失踪者が多いということを聞いたのですが――」
「羽立毛市の犯罪認知率自体は、平凡でしょうね。
ただ、ご指摘のとおり、失踪者がかなり多い傾向にあると、警察OBの所員に聞いたことがあります。
ただ、これは羽立毛市だけでなく、この県と隣接県は、同じ傾向があるらしいのです。
見栄っ張りな県民性で、あまり尾羽打ち枯らした姿を見せたくない、そんなみっともないことするより黙って蒸発しよう、という人が多いのでしょうかね。」
それからいくつかの補足の情報提供を受け、帰り際に追加依頼について話していたそのとき、オフィス側のドアが開いて所員らしい者が帰ってきた。
自衛官OBなのだろうか、もう頭はだいぶ白くなっていて、50がらみくらいにみえるが、すらりとした、しかし力強い筋肉に覆われた体躯は、しなやかな凶暴さをその動きに秘め、いかにも強そうである。
サングラスをかけているが、はっきりとただものではない風格がある。
「元さん、戻ったぜ、ここに受領証を置いとくぜ」
意外にも明るい口調で男は事務員とやりとりし、こちらに視線を投げた。そして、その視線がふと僕に止まった。
ずかずかと男は近づいてきた。
「アキさん、ちょっと今打ち合わせ中だから」と、僕の相手をしていた担当者(後で知ったが、取締役である部長さんらしい)が言って止めようとしたが、男はものともせずにぐいぐいと近づいて僕をじっと見下ろした。
「こんにちは」
「あ、おう、こんにちは」
悪い人ではないのかもしれない、男は礼を返し、しかしじっと僕の顔を見つめた。
「僕に何か?お会いしたことがありましたっけ?」
「いや、そうじゃねえんだが――」
男は言い淀みながら、ちょっと深刻そうな口調で言った。
「あんた、何があった?今から何をしようってんだ。」
「いえ、特には。友人と会って食事をするくらいですが――」
「悪いことは言わねえ、キャンセルできねえか?」
「キャンセルして何をするんですか?」
「何もしなくていい、家にいろ。」
「いや、約束ですし――」
ちゃんとした理由があればですが、と言いかけるのを遮って、男は言った。
「――やめとくんだ。あんた、死相が浮いてるぜ。」