タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
志野から呼び出しが来た。
わたしは、不機嫌なふりを装いつつ。
軽い足取りで美術室に向かった。
ーーーーー
調子がいい。
体には、気力が充実している。
長時間の運動で体をいじめ抜いても、寝て目覚めると驚くほど回復している。
驚くほど頭が澄んでいる。
どんな難問も、たやすくほぐす糸口が見つかる。気が付くと真夜中まで憑かれたように集中して机に向かっている。
人との何気ない接触が、快い。
女の子との友達との、いままで惰性的にこなしてたやり取りが、楽しい、いとおしい。
男の子は、ーーまだ少し隔意というか抵抗感を覚えてしまうけど。
ただ、これまでみたいな生理的嫌悪は覚えない。抵抗感も少しずつ減っていってる。数か月くらいで完全に消えるだろうか。
画を描きたい。
数週間前までは、美術室でキャンバスの前に座っても何も思いつかず。
適当に石膏像とか花とか風景とかの写生しかしてなかったのだけれど。
今は描きたいものがたくさんある。構想やアイデアが沸いて手が追い付かない。
先生のような大作でなくていい。そこまでの技術も、まだ私にはない。
でも、心に映るこの世界を描きたい。そこに、ある人物をさりげなく描き込みたい。
恥ずかしいから、本人には決して言わないし、だれにも気づかれたくないけど、その、志野を。
別に志野を自分のものにしたいわけではない。
いや、自信がないわけじゃない。やろうと思えばできるだろう。
底知れない懐の深さを持つあいつだけど、今の私には不可能なんてない、そんな気がする。
だけど、親友のみなりから志野を奪いたいわけじゃない。
あいつは多分みなりが好きで、みなりはあいつが好き。
私は見守るだけだ。今は。もしかすると、これからずっと。
でももし、二人の道が分かたれたら。
慰めるくらいのことは、していいはずだ。
精神的にも、肉体的にも。
その二つは、結局、同じだ。精神=心とは、肉体=脳なのだから。
でも、わたしのエゴのために、みなりを介してしかつながっていないという状態を変えたかった。
だから、実行委員に立候補するとともに、志野を相方の男子の実行委員に指名した。
うん、認めよう。
私のあいつに向ける感情。それは、「好き」という分類には、一応入るんだろう。
奇妙に拗ねてねじくれた厭離や、共犯者意識めいた独占欲みたいな夾雑物が大量に混在してはいるが。
だから、とても強欲な私は、あいつに近づきたかった。
近づきたい、接近したい、邪魔な服など脱ぎ捨てて、肌であいつを感じたい。
噛みつきたい、引っかきたい、握りしめたい、締め付けたい、この身に受け入れたい。
とりあえず欲望に負けて、前回と同じように志野を這わせて尻に敷いてみた。
志野は、どうしてなのかも問わず、従っている。
(冤罪だったけど)前回と違って、志野は特に責められるようなこともしていない。
私の意図を察しているのか、敗者の宿命と思っているのか、それとも私の勢いに押されているだけか。
志野の背中の上に座りながら、私は脚を優雅に組み替えてみる。
私の下着と薄い夏服のスカート、そしてあいつの薄いシャツ。
二人を隔てるのは、それだけだ。
現に、志野が下を向いたりして背中を丸めると、お尻にあいつの背骨の突起を感じる。
我慢できない。
足を組むのをやめて、伸びをするふりをして体を反らし、腰を突き出して。
そっとあそこをあいつの背中に擦り付ける。
快感。
妄想する。
しっとりとあそこが濡れ、ついにそれがあいつのシャツまで浸透したら。
それが志野に気づかれ、脅されて、いろいろなことをされてしまう私。
口に憚るような、いやらしい、汚らわしい屈辱の数々。
そう、私はそれを知っている。思い出したくもない、汚された経験。
でも、もし。
こいつに。志野に私がそれをされるのだったら?
わきおこる嫌悪と歓喜の衝突に、頭の芯がくらくらとする、ーーやはり心は肉体と一体だ。
考えただけで、平衡を保つのが難しいほどの悪酔いに似た陶酔感。
あぶない、本当に濡れてきてしまいそうだ。まだ大丈夫。
そして思う。
やっぱり志野は気づいているのだろう。なぜ私がこんなことをしているのか。
だって、さっきから言葉少なに、私の様子に注意を払っているのだから。
わたしはまた、姿勢を変えるふりをして。
自分のそれ、脚の間のその裂け目をあいつに擦り付けた、わずかな背骨の突起にねじりつけた。
こいつ、志野はみなりのものだから、少し後ろめたさがある。
でも、こうしないともっと愚かしい行動に出てしまいそうな、どうしようもないほどの欲求。
もっと直接に。あいつとここで繋がりたい。その大きな槍で貫いてみてよ。
でも、絶望的に鈍感なふりをしているこいつは。
私の思惑をおそらくは知ったうえで、こんな無粋な発言で、私の気持ちを逸らそうとするのだ。
「それにしても、良かったのか?僕なんかで。手堅く青山とかあたりで良かったんじゃないか。」
青山じゃなくて、あなたがいいの。
わかってないのかしら。そんなはずはない。
わかってないふりね?
誘い受けってやつかしら。
いいわ、何度でも言ってあげましょう。
「あら自信がないのかしら、かわいいわね。あなただから良いのよ。」
ついでに、しなだれかかって耳元に囁きながら。
こいつの髪に指を絡めてくるくる巻いてみる。
抜けたら、大事に取っておこう。
「ーーできないことに自信があるぞ。」
「何も心配しないで、あたしに任せてなさい。それに、これでみなりと一緒にいられて、自然に受け入れられる下地も作れるわよ。」
さりげなく恩を着せてみる。
ちょっと複雑な思いもあるけど、みなりとのことは応援してる。
「これで、あの中間テストの分の負債は返したってことでいいのか?」
甘いわね。
私はそっと唇の端を吊り上げる。
これは自発的にやったのよね、と一発牽制しておいて。
「でも、そういうことにしてもいいわよ?おつりで少しお手伝いしてあげましょうか?」
「お手伝いって、その、ひざまずいたり、」
いわゆるボケとツッコミってやつね。心得てるわ。
軽く踵で志野の腹を蹴り上げる。
あら、でも咳き込んでる、思ったより強く入ってしまったかしら。
それにも、ぞくぞくする。
志野の、あの引き締まった体を蹴り飛ばしたり、打ち据えたりする妄想。
認めよう。私は変態かもしれない。
志野を苛みたい。そして同時に、志野に苛まれたい。
勝負を持ち掛けたときに、志野に負けたら、と言った内容に嘘はない。
一番身分の低い奴隷のようにひざまずき、かしづいてみたい。志野の目の前で、与えられた屈辱に塗れてもみたい。
また濡れてきてしまいそう。
ごまかすため、それ以外で何かないの、と耳を軽く引っ張りながら言う。
そこからの志野の切り返しは、わたしの予想を超えるものだった。
「それなら、なんだが。もしかすると、ーー」
志野が妙な提案をしてきた。
志野が望むことは、どんなことでも協力するつもりではあったけど、その計画は私自身がやってみたいことでもあった。
この力を、何かに注ぎたい。高い壁をこの手で叩き破りたい。
今の私たちはただの高校生だ、でもそれに甘んじなければならないいわれはない。
高校生だなんだってのは、人が勝手に与えた枠でしかない。
そんなものに縛られるのは、まっぴらだ。
「あら、面白そうじゃない。何か考えがあるのね?わたしもそれに噛ませなさいよ。」
だから、わたしは口の端を吊り上げ、先を促したのだった。
ーーーーー
その後、みなりにまとわりついてきてる、根取とかいう男について警告して。
わずかな志野との逢瀬が終わる。
今回は、志野を先に返す。あいつには、みなりと上手くやってほしいから。
志野の足音が階段を下りていくのを聞いて確認すると、そっと美術準備室の扉を開ける。
施錠されているが、私は先生からそのカギの場所を教えてもらっている。
部屋の中には、テレピン油の匂い。
慣れないと(あるいは慣れても)人によっては嫌な臭いなのかもしれない。
私は好きだ。
ただ、毒性があるから気をつけろと先生に言われているから、換気扇の紐を引く。
揮発油の臭いが排出されていく。
大きなキャンバスがイーゼルにある。
縦も横も大きい。縦は2.5メートルくらい、横は2メートルくらい、扉をぎりぎりくぐらせることができるくらいか。
200号ぐらいかな。ただ、この枠は既製品でなく、適当な端材を使って先生が組んで、麻布を張ったものだ。
画を、息を止めて見入る。魅入られる。
赤銅色の筋肉の男たちが、重たい荷に呻吟する。先の方では、盗賊なのだろうか、馬に乗った男たちとの戦い。子供が倒れた父親にとりすがって泣いている。さらに進むと、胸元をはだけた豊満な女が泣きわめくむちむちした赤子を抱き上げている、輝くような笑みを浮かべて。
彼らは塔に向かっているのだ。天を摩する巨塔に。バベルの塔?
ただ、そこはまだ空白が多い。多くの部屋があるが、描かれているのは一部だけ。
人ならざる、神話的な者の姿も。途中のテラスの酒場には、古代神のような獣頭人、有角人、そして骸骨の姿も。フードに包まれているのは、双面神かな。暗い一角には、巨大な烏賊のような触手。一部で火災も発生しているようだ。空には鳥男や奇妙なクラゲのような生物が遊弋している。
正直、構図はすこしごちゃごちゃしてる気がした。でも、筆に感じられる情熱というのだろうか、思いの熱さが感じられるような、思わず見入ってしまうような、そんな画だ。
先生は、透析を受けていると聞いた。命の灯火が消えるまで、彼はどこまで筆を進められるだろうか。
我に返って、時計を見る。
ほうっと息をついて、換気扇を止め、元通り、白い布のカバーをキャンバスにかけて美術準備室を後にした。
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放課後。
スケッチブックを持って構内を歩き回り、いくつかの風景を写し取る。
美術室に戻ってきて、ふと思い立って、しばらく結ばないことに決めた髪をなびかせて外階段を上がる。
屋上に上がることは禁止されているが、屋上に到達するこの外階段は美術室の奥のテラスから上がれる。屋上と同じ高さまで。
簡単な柵で屋上と隔ててあるから、その気になれば乗り越えて屋上に侵入することもできる。
そっとあたりを見回す。見ている人はいないだろう。
すばやく柵をつかみ、横格子に足を掛け、ちょっとはしたないが柵の上部をまたいで、屋上に飛び降りる。
正規ルートの、内階段の出口となっている階段室の塔室の影になっている階段に腰掛ける。
ぽってりとした太陽は傾きかけている。
絵の主題を考えながら、四方に目を走らせる。
旧本部棟、突き出ている四つの矢倉というか天守。
そのうちひとつは、いつも鎧戸が閉められている。
その閉め切られた鎧戸の格子越しに、わずかに明かりが見えた気がした。
もちろん、中は見えない。
どこかの部活の部屋か、倉庫か。多分いつも締め切られているので、倉庫だと思う。
あの中はどうなっているんだろうな。明かりがあるってことは、今は人がいるんだろうけど。
そう思いながら、こんどはだらしなく階段の段に横たわって、雲の流れる青空を見上げた。
文化祭までに描こうと思っている画の構想をめぐらしながら。