タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
「ねえ、あなた、ちゃんとみなりの相手してる?」
調布は心配性だ。紫藤ぬきに顔を合わせると、必ず一度はこう確認してくる。
まあ気持ちはわかる。紫藤は僕とのことを逐一調布に言ったりはしないから、保護者役としては心配なんだろうな。
「大丈夫だ、先週の土曜日も試合終わってから一緒に帰ったよ。」
「そう、良かったわね。ーーそういえば、決勝リーグまで行ったのよね。頑張ったじゃない、志野にしては。」
「ありがとう。」
微毒が入るのはこの娘の仕様です。慣れると癖になる味なんですよ。
文化祭の企画提案のことについて調整し(要するに女の子の間ですでに喫茶企画とコスプレ企画で派閥ができてるからやや紛糾するかもしれないけど、その場での調整は一任してほしいとのこと)、例の表企画・裏企画関係に進む。
「朝、先生が通りがかりにあたしに言ってた。大学見学の方、なんとかなりそう。」
「そうか。ありがとうな。」
ちょっと斜に構えてるけど、先生にも優秀と認められてる調布を使ったかいがあった。
正直、僕だけだとちょっと変な奴が一人で変なことを言ってる、で流されてしまう可能性あったからな。
最近は僕も主観的にはまじめに取り組んでるし、1回目とは違うと思うけど。
調布とそのグループ女子が関心を示してくれてる、ということだと、こっちの本気度が示せる。
大学にはOKもらったけど参加者1名なんて、それじゃ先生も困るだろうからな。
あと、調布は最近は昔というか1回目ほど、斜に構えた感じはしなくなった。
1回目だと、なんか男子をあからさまに馬鹿にしたような、敵対的なところもあったんだけどな。
それは男性である先生にもそうで、傍目に少しハラハラさせることもあった。
だけど最近(と言っても1ヶ月弱だけど)、そんなにツンツンしてなくて、人望が増してる。
先生に対しても丁重だし、男子にも少しマイルドになった。
調布が積極的に呼びかければ、参加希望者は増えるだろう。
まあ僕もちょっと仲間には声掛けするけど。
そう思いながら、調布に視線を向ける。
どうでもいいが、中間服の制服のシャツの襟から見える、調布の首元の白さが気になる。それと、胸の持ち上がりも。
少しだけ、大きくなってないか?男子の間の人望が増した理由は、むしろこっちか?
冬服と違って開放的だから、そう見えるだけかな。
脳内の記録画像と比較してみる。
じろじろ見てて大丈夫か、だって?
大丈夫、誰も気づいてない。調布は気づいてるのかな、何も言わないからOKOK。
「それであんた、なんで理科実験室の使用許可なんて取ったの?」
声をひそめて、調布が聞く。以前より少しだけ距離が近い。
「もしかして、あれ関係かしら。」
「ああ、ちょっと『メタルスライム』対策だな。でもまったく使えないかもな。わからない。」
うっかり第三者の聞いてるところで、紫藤父の救出プロジェクトのことをいうのはまずい。
だから聞かれないように声を潜めても、隠語を使って話すようにしている。
メタルスライムは、飯場の運営側を意味してる。
「結構、防御力高かったのよね。やっぱり搦め手を考えないとダメかしら。」
眉をひそめてる。
元さんがつながりをつけたその商売女の人、なんとか協力してもらえたらな。
ただ、結構な危険がある。身元の確認だけならまだいいが、脱走とかに動くとなると。バレたら、ただではすまないだろう。
仮に協力してくれるとして、それに見合ったどんな対価を提供すればいいか、よくわからない。
「そうだな。」
あいまいにごまかす。あまり有効手がなくて、焦っている。6月第4週に準備が間に合わなければ、7月第2週に延期か?
ごく微かに漂う、調布のシトラスの匂いを吸い込む。
調布も腕組みして考え込んでいて、眉を寄せたままだ。
紫藤の甘い香りと違ってて、これはこれでいい。
ーーふと紫藤の方を見る。
いかん、ちょっと黒いオーラが。
眉をひそめて僕を責めるような目で見てる。
匂い嗅いでるのバレた?露骨だったか、後で謝らなきゃ。
手をあわせて謝ると、微笑んで黒オーラが薄れた。
ごめんね。
ああ、そうだこれも調布に頼んでおかなきゃ。
「平日、理由をつけて、1日だけ時間をとれないか?」
「それ、必要なの?」
「ああ、無理ならしかたないんだが。」
「必要なのね。曜日の指定は?」
「平日ならいい。2時、いや3時くらいまで。無理か?」
「無理でもやるわよ。必要なんでしょ?
ーー美術部の行事で、公欠が取れる日がある。あたしは参加しないかな、って思ってたけど、参加してフける、あるいは後から参加する、ってできると思う、顧問の先生に頼みこめば。それでいい?」
「恩に着る。」
「もしかすると、輸送関係?」
これだけでわかるのか。流石だな。
「お見通し。もし『荷物』を乗せることになったら、法律違反なんだけどな。」
「しかたないわよ。街中にはいかない、途中で下ろして、待機かバトンタッチね。」
目と目を見かわす。
要は、調布に原付免許を取ってもらう。あれは試験場で適性試験、学科試験と講習だけで取れたはず。
中免(自動二輪)が本当はいいんだが、さすがに無理だろう。僕はESSの公欠日を使って、中免狙うつもり。書類とか準備しなきゃ。
原付免許で運転できるのは排気量50ccまで。原付に2人乗せるとしても、排気量の大きいバイクを調布に運転してもらうにしても、どちらも違法だ。
リスク高いな。
まあ、撹乱工作を省くなら僕が紫藤実父を載せるつもりではある。あと、紫藤には計画に加わってもらうが実働はさせない、現地にも行かせない。
そうすると足のない国領は待機か?
離れたところでタクシーで待っててもらい、紫藤実父をリレーしてすぐ一緒に逃げてもらうのがいいだろうか。
「ふふっ、学校サボって、ーーそれ、取りに行くって。
優等生だったはずのあたしが、そんなことすることになるなんてね。」
珍しい!調布の微笑みゲットだぜ。レアだ。
「窓口チェックが、心配だな。」
調布の胸元にまた視線を注ぐ。
うん、普通の範囲だと思うが、国領とかに比べると格段に大きい。
外見なら大学生に紛れ込めるだろう。
だが行事なら、制服着ていかねばならないか。
「大丈夫、世の中には定時制ってのもあるし、口先にはちょっとは自信が、ーー」
少し機嫌がよさそうに胸を張った調布の視線が動き、そして凍った。
あれ?
調布が恐ろしいものでも見たように青ざめてる。ウルトラレアだ。
「どうした?」
「志野、その、アレ、」
「?」
一瞬、凍ったあと再起動した調布に促され。
調布が見てた方向に、視線を向けると。。
紫藤が僕を見ている。いや、少し目線が下。
手がハサミを示すようにチョキになって、何かを切り取るように開閉。
目付きは鋭く、漆黒のオーラが、ーー
鈍い僕でもわかる。紫藤、怒ってる。
あ、見てたんだ。調布の胸、見てたの。
たしかに、わずかに勃ちあがりかけたけど。
切り取るぞって、言ってる!?阿部定!?
顔から血の気が引くのがわかった。
「ね、ねえ志野。わからないけど、謝ってたほうがいいんじゃないかしら。」
「そ、そうだな。」
細かいことはその後で。
そういうことにして、自席に戻る。
お詫びをしようとメモでお昼を予約したら、わざわざ振り向かれてにっこりときれいな笑みで威嚇された。
ああもう、胃が痛い。
ー
お昼休みに、なんとか関係修復が図れた。
なんと、下の名前呼びしていいという大金星つき。
要は、蚊帳の外で拗ねてたのかな。
だったら、ちょうどいい。紫藤実父救出計画に参画してもらえば。
3人寄れば文殊の知恵。いいアイデアも浮かぶかもしれない。
そして紫藤を「おみそ」にしなくてもすむ。
帰り道。
どこで切り出そうか。
内容が内容だけに、あまり人に聞かれたくない。でも、ある程度のことはぼかして話しておきたい。早めに。
紫藤もすこしそわそわしてる。何かあるのかな。
紫藤が何か言おうとしている。大事なことなんだろうな、この子はそういうとき、ぎゅっと握りこぶしを作るんだ。
でも、僕の何かの感覚がそれを妨げるように僕を動かした。
キーンという、耳鳴りのような音。
いや、本当に音がするわけじゃない。強いて表現すれば、音がきこえるみたいな、そんな感覚。
それがある方向から響いてくる。
唇に指を当て、ちょっとまってね、と紫藤に目配せする。この子は賢い、何も聞かずにそっと黙る。
僕が目を走らせるのに対して、無防備に同調することもしない。
そして僕は、見つけたものに、冷たい指でぎゅっと心臓を握られたような不快感を覚えた。
あの「筋肉男」がいる。
1回目の世界、僕は紫藤の拷問惨殺動画を観た。
そのとき、紫藤をさんざん嬲り、最後に杭を心臓に突き立てて殺した男がいる。
(その男自身も、その直後、おそらくは谷津崎老人と思しき老人に殺されている。)
その男。仮に「筋肉男」と言おうか。そいつが、あるいはそいつにそっくりな体のやつ。
動画では仮面を被っていたが、今は、仮面はない。だが、体つきがそっくりだ。
筋肉も脂肪も両方程よくついた、いい体格をしている。
皮膚は日に焼けた茶色、どの人種かとっさに判別しがたい。
頭は剃り上げている。黒い目。
入れ墨かと疑うような、
剥き出しの肩から腕。動画では気づかなかったが、いくつか入墨がある。十字と月の組み合わせ、Sの字を横にしたような、太極図にも少し似ているが違う、奇妙な幾何学模様。
向こう側から、こちらに歩いてくる。
目は無関心に僕を撫でて通り過ぎたが、一瞬、彼に背中を向けている紫藤に止まった。
そして僕が彼を目視した途端に高まっていたキィィンという音が、その瞬間にさらに大きくなる。
僕の感覚が感じた危険性が、この音に翻訳されている?
そして僕は、ある直感から、紫藤をこの男から隠した。
軽く電柱の陰に押し込み、紫藤を抱きしめて、頭を胸に抱え込む。
あの男は、紫藤にある種の執着をしていた。
それは、全くの初見であっても、この時間線でも、同様なのではないか。
そういう恐れを抱いた。
あの男は、危険だ。
秋月さんももちろん、危険な香りはある。
でも、筋肉男のそれは、秋月さんのそれより、はるかに無軌道な、そして残酷な何かを感じさせる。
男が僕の背後を通り過ぎる。
足は止めず、しかし一瞬口笛が止んだ。
僕は全く知らないふり、恍惚としているカップルを装う。
だけど、ひそかに恐れていた。
背後から、いきなり一撃で心臓を貫かれるのではないか。
頭を砕かれるのではないか。
いや、それはましな方だ。
乱暴に引きはがされ、紫藤を、ーー
口笛が再開し、去っていく気配があった。
僕は、そのままじっと紫藤を抱きかかえたままにしていた。
ぎゅっと必要以上に力が入ってしまっていた、紫藤に回した手を緩める。
紫藤と体が離れるとき、一瞬、紫藤が男の後ろ姿を見たようだった。
僕も振り返る。
男はこちらを見ていない。
助かった。
キィィンと脳内に響いてた音は、ヒィィンと小さくなり、やがて止んだ。
「志野くん、後をつける?今の人?」
僕が何に脅威を覚えたか、正確に読み取ったらしい。
しかし、ここは逃げの一手だ。
あまり回らない頭で、適当にごまかす。
ごまかしには、気づかれただろうか。
だけど、僕には全く余裕がなかった。膝が笑っている。
谷津崎老人にあっさり殺られたあいつに、このざまだ。
どうすればいいんだ。
僕は、紫藤に提案して彼の来た方向に足を向ける。
パトカーと救急車のサイレンの音。
被害者は、若い女性二人。二人とも血だらけ。
そんな言葉を事情を聞いた道端の人から耳にする。
ダメだ。
僕の心は半ば、折れかけていた。
自分には脅威はなかったのに、この体たらく。
僕は、バスで帰る紫藤に、家の近くまで送ることを持ち掛けた。
紫藤を守るというより、むしろ自分が紫藤といないと、どうにかなってしまいそうだったから。
脚の震えは止まっていたが、心の震えがとまっていない。
とんだチキン野郎だ。
バスの車内、紫藤を見つめる。
紫藤はそっと目を伏せて、僕とつないだ手を見てなにか考えている風情だった。
今までにないほど、紫藤がきれいに、だけど儚く見える。
何か悲運の影が、みえるような気がする。
できるだろうか。運命を覆すことが。
だけど、しばらくして僕の心は復調しはじめた。
まだ戦う前から尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
こちらには、ある程度のアドバンテージもある。
向こうはこちらをおそらく知らない。こちらは知っている。
守るべき紫藤も、まだ無事だ。
1回目より、希望的観測では、ずっとうまくやれているはず。
大丈夫、大丈夫。
紫藤は、僕を見上げて、にこにこと影なく笑った。
紫藤もここにいる。大丈夫。
紫藤が元気づけようとしてか、僕の腕をきゅっと胸に抱いた。
うん、大丈夫だ。
その柔らかなふくらみに反応して、主に股間が復調してきた。
とんだクズ野郎だ、僕は。
バスを降りたときには、かなり心も復調してきた。
いきなり打倒すべき中ボス級敵キャラが出現して恐慌に陥ってしまったが、ありうることと予測すべきだった。
少なくともあの惨殺動画の時点では、奴は谷津崎老人の館にいたはずだから。
むしろこれからも接触する可能性がないか、注意しないとな。
今なら奇襲も効くかもしれない。返り討ちに会いそうだが。
そんなことを考えていて、少し気がつくのが遅れた。
ぞろぞろと前を歩く不良少年たち、チーマーたち。
その中に、金髪頭と紫メッシュ、坊主頭がいて気が付いた。
あれ、この前、紫藤弟を思いがけなくも助けた時の、あのヤンキー少年たちじゃないか。
うわっ、気づかれてたらまずいところだった。
ちょうど帰るときだったとは、幸運だ。
さっきの筋肉男も、出くわしたのは不幸かもしれないが、何事もなくやり過ごせたのは幸運だ。
もしかすると今日は、むしろ幸運なのかもしれないな。
紫藤を自宅近くまで送り届けて、すかさず周りをチェックしてその唇を奪いながら。
うん、やっぱり今日は幸運だ。
僕はそう考えていた。
肝心の紫藤への相談、計画参加のお話ができなかったことには、帰りのバスの中で気が付いた。
ーーーーー
それからしばらくは、ニュースと新聞に注意していた。
大事件だと思うのだが、それほど報道は多くない。
ただこの事件、1回目でもあったかもしれない。うん、あったような気もする。
ただ、注意を払ってなかった。大手の新聞報道は、あまり手口等について詳しい内容がない。
その週は注意して、おっさんたちが読み捨てたスポーツ新聞を拾って読んだ。こっちの方が詳しい。
接待を伴う店舗の女性従業員が刺殺、というのが大手新聞報道。
ある種の風俗店の女性従業員が拘束されて膾切り、というのがスポーツ新聞報道。
とにかく残酷な殺され方をしてるらしい、手足の腱を断ち切られ、臓物をつかみだされ。
気分が悪くなる。
紫藤もこのノリで殺されたんだな。
そして、不思議なことに。
犯人は、まったく足がつく心配をしていない。
おおらかに殺した後も血だらけの手をカーテンに擦り付けて拭き、シャワーを浴び、アイスを食べ、そして2人目の女性従業員が同僚の惨事に気づき、助けを求めようとしたところを刺殺。
そして悠々と大手を振って歩いて逃走。(ここで僕たちとすれ違った)。
女性従業員が最後にかけた電話で、警察、そして救急車が到着。
この二人目の女性従業員も、助からなかった。
犯人、あの筋肉男の足取りは、途中消えている。
もちろん指紋も体液も、遺留品は大量に残っているだろう。
警察はタクシーを洗ってるみたいだけどな。僕には見当違いのように思える。
タクシーやハイヤーじゃない。谷津崎老人関係じゃないだろうか。
地元の名士の乗るような、高級自動車が途中で男を拾っていく。
あるいはもっと日常的で違和感を覚えさせないように、業者の使うようなハイエースが拾っていく。
そんな感じだったんじゃないだろうか。
途中までの目撃証言は豊富だろうのに、その部分の目撃者がいないのがやや腑に落ちないが。
強面の奴らが待機、誰も目を合わせたくない、入っていきたくないような一角を作り。
そんなところにすっと入っていったのかもしれない。
まあそれを突き止めるのは、僕の仕事ではない。
僕の任務は、紫藤の運命を変えることだ。
でもともかく、計画を進めないと。
こんなクソ野郎を野放しにしておくわけにいかない。
紫藤を嬲り殺しにした、クソ野郎を。