タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
54 失敗は最悪のタイミングで起きる(1)
その日は、僕は家に資料を持ち帰るつもりだった。
昼休みは文化祭関係で少し打ち合わせをしたので、放課後に持ち帰るために紫藤と開かずの間に行く。
調布は最近は部活に行っていないから、様子だけ見に行ってくるとか言っていた。
部活に行かず何をやってるんだろうか。いや、実は少し見当はついてるんだけどな。
珍しく、トゲもなくさよならと手を振り、美術室に向かう調布を紫藤と二人で見送る。
そして僕は紫藤と目を見合わせて、少し微笑む。
さて、開かずの間に行くか。
持ち帰ろうとしていたものは、例の開かずの間の実験ノートの類。
はっきり言って、この実験ノートの類には非常に雑多なものが含まれている。
中のいくつかは、学生の夏休みの宿題ノートだ。延々と幾何や代数の問題が解かれている。
ただ、ノートの中には、かつて僕らの高校に勤めていたのであろう教員の手になると思われる実験ノートや、この地方の伝承等をまとめた民俗学の研究ノートのようなものがある。
そしてその内容には、興味深いものが散見される。
そう、たとえば例の竜神沢の竜神に関する伝承だとか。
現在、竜神沢の近辺を占拠している修験道を装っている宗教団体は、昔の地図や記事にはない。
ふとどこからかやってきて、集落ごと土地を買収(あるいは強奪)しているのではないかと思われる。
ただ、竜神伝説自体は昔からあり、竜神を祀る神社もかなり古くから存在していたようだ。
この宗教団体が、竜神伝説を見込んでその土地を得たのだとすれば。
竜神の伝承にも、何らかの意味があるのかもしれない。
そこに僕は期待していた。
もちろん、竜神なる超自然的な力を持つ何かが存在する!と信じているわけではない。
竜や蛇などの地名は、多くの場合、土砂崩れや突然の鉄砲水を意味すると聞いたことがある。
十中八九、竜神沢もそのたぐいだろう。
仮にそうでなく、巨大な蛇や蜥蜴が存在しているとしたらそれはそれで興味深い。
もっとも、それが存在しても谷津崎老人と咬み合わせることは非現実的だが。
ただ、溺れる者は藁をも掴むのだ。
研究ノートは研究ノートで興味深い。
中の数冊は、執拗にアレルギーについて書かれていた。
そのうち数冊は、スギ花粉について。
そのうち数冊は、アレルギーを和らげるともいわれる寄生虫の感染について。
ぱっとみたのはここまでで、とにかく膨大な資料がある。
ノート類は当然ながらすべて手書きで、読みづらい。
仕方なく、僕はそれを持ち帰り、夜の隙間時間、勉強が終わってから12時までの間に読もうと思っていた。
もちろん、無断持ち出しは犯罪かもしれない。誰が所有者なのかわからないが、すくなくとも高校が管理してるものだろうから。
でも、手続きもないだろうし、先生たちに頼んでも、ほぼ100%ダメと言われるだろう。
紫藤も、持ち出すことについては少し不安そうで、浮かない顔だった。
ちゃんと大事に扱うんだよ、約束だよ?ちゃんと返してね、と念押しされた。
約束は守るさ。
でもね紫藤。あの部屋ではもっと他のことをやりたいじゃないか。
せっかく紫藤と二人で密室にいて、何が悲しくて古臭いノートを眺めなければならないんだ。
そう僕は心の中で思った。
問題は、ものすごく多量で重いことだ。
正確な重さは不明だが、数十キロに上りかねない。
この、僕が借りてきたスーツケースにほぼいっぱいになってしまっている。
このスーツケースは、先に訪問した多賀島大学の事務部署から、学校にパンフレット等を配布してほしいと頼まれ、その持ち運びに借りてきたものだ。
パンフレットは2年生・3年生にも配ることを想定し、相当な量で紙袋には収まらなかった。しかも重くて腰を痛めそうだった。だからスーツケースを借りたのだが。やや大きすぎたかもしれない。
帯に短したすきに長し、だ。
もちろん、もらったものではない。このスーツケースも、次回訪問時に返さないといけない。だけど、借りて使わせてもらおうと考えた。
スーツケース自体は、ごく普通のものだ。ただ、多賀島大学のロゴが入っていて、結構かっこいい。
あ、今回は開かずの間に上がったけれど、あまり不埒なことはしなかった。
せいぜい抱きしめあって、キスをして、そしてちょっとだけ、勃ったあれを押し付けてきただけだ。うん。
今日は僕も傍目にわかるくらい睡眠不足で、気を使った紫藤の勧めで、早めに帰ることになってしまった。
めちゃくちゃ重いスーツケースなので、階段を降ろすのに僕が腰を痛めないか心配して、紫藤が手を貸してくれた。
重さはあまり分散されなかったけど、寝不足でダウナー気味だった気持ちが引き締まったよ。
男の子というのは見栄っ張りなんだ。女の子の前ではいい格好しいをしてしまう。
先生や用務員さんも特に見とがめなかった。相当目立つから、何か言われるかと思ったけど。
もし見とがめられたら、文化祭の準備で材料を持って帰っている、というつもりだった。
ーーーーー
駅まで、紫藤と会話を交わしながら歩く。
「その後、変わったことはない?」
「うん、実はね、ーー」
この前、大学で気を付けろと警告を受けた茶髪のチャラ男先輩と、鬼畜眼鏡先輩。
一度、見かけたことがあったらしい。この通学路で。
待ち伏せしてるってのは、本当かもしれないな。
しばらくは、帰りだけでも僕が送るようにしたい。
だが今回は何事もなく、いつもの駅のロータリーについた。
「じゃあね、志野くん。バスに乗るときは気を付けてね?」
返す時は少しずつ持ってきてよ。もしいっぺんに持ってくるのなら、手伝わせてね?
そう言って、紫藤は心配そうに眉を下げながら、バスに乗り込んでいく。
大丈夫大丈夫、と答えて僕は手を振って紫藤のバスを見送った。
さて、帰るとしよう。
だが、確かにバスは危険かもしれないな。
座れず立つことになればスーツケースが通路をふさぐ。そして万が一倒れたり滑りはじめたりしたら。
このクソ重いスーツケースは危険だ。
父親の職場に電話して、迎えを頼む?
そっちのほうがまともな気がする。
昨日は計画を見直してたりしていて、寝たのが遅かった。
ちょっと体も頭も疲れているな。
しかし、周りを見回しても空いている電話ボックスがない。
駅の階段を上ったところ、駅ビルのテナントに続く通路入口近くに2つ、空いている緑色の公衆電話がある。だが、階段かよーー。
慎重な僕にしては珍しく、いつもなら絶対にしない失敗をしてしまった。
このスーツケース、非常に重い。
はっきり言って、持ち逃げできるようなものではない。そう思ってしまったのだ。
すぐ電話して、スーツケースも片目で見ていれば大丈夫、大丈夫。
僕は階段上から見える、邪魔にはならなそうな壁際にスーツケースを置き、階段を上った。
悪いことに、テレホンカードが見つからない。度数切れを起こしている。
鞄を探って財布を取りだす。
その間、目を離してしまっていた。
電話をしようとして、階段下をみる。
しまった。
スーツケースがない。
ーーーーー
スーツケースは重い。階段を降ろすのはともかく、持ち上げるのは相当に苦労する。
ということは。
僕の目は、そのとき、駅前のロータリーをタクシー乗り場に向かっている若い男を捉えた。
片手持ちの鞄に加えて、とても重そうなスーツケースを引いている。
重たそうだ。あの資料と、だいたい同じくらいの重さ?
そして、僕はさらに、スーツケースに、あの多賀島大学のロゴを見つけた。
そんなもの、めったにあるものじゃない。
まちがいない。この男、ギルティ。
どこかで見た男のような気がしたが、そのときはスーツケースの特定に集中力が飛んでしまっていた。
僕はあわてて階段を駆け下りる。
男はとても重そうなスーツケースを、運転手の助けを断り、非常に苦労して独力でトランクに入れた。
叫ぼうか?いや、間に合わない!
そして乗り込み、バタンとタクシーのドアが閉まる。タクシーが走り出してしまう。
僕は、とっさに次の客待ちのタクシーに乗り込んだ。
「あのタクシーの後を追ってください!できれば気づかれないように!」
「へえっ!は、はい?」
「あのタクシーの後を追って。気づかれないように!」
「はい、了解!」
壮年のごま塩頭の運転手は、あわててギアを入れ、タクシーの後をつける。
1台、間に入られてしまったが、ちょうどいい目くらましかもしれない。
「お客さん、いったい?」
「ああ、あの前の車のお客に用があるんです!重要なことなんです!」
「へ、へえ。」
あまりうるさいことを言わずに、運転手さんは従ってくれた。
もしかすると以前も似たような経験をしたのかもしれない。まあ、寝不足だったのもあって、僕も目が血走ってたから、怖かったのかな。
僕たちの追跡していたタクシーは十数分ほど走り、多賀島大学にほど近い高級マンションの前に止まった。
前の車はすでに清算が終わり、非常に重そうなスーツケースを痩身の男が苦労してやはり独力で地面に下ろしている。
僕らの車はそのすぐ手前だが、信号待ちだ。まずい!
「運転手さん、ここまででいい。3000円で足りるよね!」
多すぎます、お釣りを、という運転手に対し、領収書いらないからチップでいいよ、と言い捨ててドアを開けてもらい下車し、歩行者用の信号を走り渡る。
スーツケース男は、オートロックっぽいマンションの共用エントランスをくぐっている。
僕も、かろうじてオートロックの閉まる前にすりぬけた。
幸運だ。窓口があるが、管理人は席を外している模様だ。ちょっとマンション内で工事をしているのか、ガガガガと工事音がする。立ち合いで出払ってるのか。
エレベータのボタンを押して、男は、やましいことがあるかのようにそわそわしている。僕のことが気になるようだ。
この男、ギルティ。僕は確信を強めた。
あと、この男、見たことがある気がする。
端正だがやや神経質そうな痩せ型の眼鏡をかけた男。
ただ、ゆっくり思い出してる時間はない。
同じエレベータに入って、詰問するか?
しらを切られて、違う回で降りられるとまずいかもしれない。
でも同じ階で降りるんですよー、ってのは変だよな。
見たことない奴がいきなり同じ階に行きたがる。怪しまれるだろう。
回らない頭でそう考える。
僕はどうぞ、と譲るふりをした。男は頭を下げ、スーツケースを引いて入っていく。
スーツケース、相当の重さだ。人一人分くらいの重さはある。
スーツケースのせいで通常の入口側横の行き先ボタンが押しにくいらしい。入って横の低い位置にある車いす利用者用のボタンを押してるのがみえた。最上階だな。
よし、強盗みたいに後から押し込もうか、と思ったところで、折りしも、隣のエレベータも来た。
いけるかもしれない!
僕はすうっと隣のエレベータに乗りこみ、最上階の一つ下を押した。
1回も引っかかることなくエレベータが登っていく。
着いた。
隣のエレベータの表示を見る。途中で止まっているな?僕を避けたのにだれかが途中階で入ってきたんだろう。
ざまみろ。悪いことするからだよ。
僕は階段を使い、最上階に上がる。まだ廊下には出ない。様子をうかがう。
チンと音がして、エレベータが来たことが分かった。
「重いぜまったくーー、」
独白が聞こえる。
「しかしこれで苦労が報われるぜ。ひさしぶりだ、楽しみだなぁ?ハハッ、」
誰かに語り掛けるような独り言。
なんだこいつ。アブない奴じゃないか。
だが、この短い言葉からの推測だが、僕はもともと、狙われていた?
いつから?どこから?こいつ、この資料のことを知ってるみたいだがーー。
こんな古臭い研究ノート、存在自体知ってたのか?
いや、ちょっと変だ。
こんな設備も整っていて壁も厚くて防音効果も高そうなリッチなマンションに住む人間が、わざわざ置き引きするか?
急に疑問が湧いてきて、僕の足が止まりかけた。
あれ、何か勘違いしたか?
ええい、間違っていたら謝ろう。だけどこいつだ、こんなクソ重くて同じスーツケースがあるなんて偶然、ないだろう!
僕はスーツケース男がそのフロアの角部屋のドアをくぐったのを見て、音をたてないように走り寄り、ドアが自然に閉まる前に押し込んだ。
ーーーーー
「なんだ貴様は!」
まあそうなるよな。
「返してもらいに来た。」
そう告げる。後ろ手にドアのカギをかける。
男は、広いリビングにスーツケースを運び込んで、開けようとしてか、横倒しにしたところだった。
手洗いも済んでないだろう。よほど早く開けたかったのか。
僕をみて、あきらかに驚愕してる。
眼鏡をかけた、怜悧そうで整った顔。こういうタイプ、好きな女の子はいるだろうな。
あの鬼畜眼鏡だ。
あの連休中のバイトの日、紫藤に脅しをかけてたやつ。
そしてあの多賀島大学訪問のとき会った、きりっとした女子大生の先輩が、気を付けろと言ってたやつだ。
紫藤に手をだすだけじゃなくて、僕の資料までちょろまかそうなどと!
白状しよう。
寝不足なところに重たいスーツケースを運び、そのうえ横合いから置き引きされた僕はすごく苛立っていた。
零下30度くらいの主観的温度の冷たい声で、糾弾した。
「返してもらいに来た、僕のものを!」
「なんだと!?」
「返せと言っている。それはお前の玩具じゃない。それは、ーー僕の大事なものだ。」
僕の高校の大事な資料だ、と口走りそうになったけど、あやうくとどめた。
「なんだと!?つけられてたのか!?どこから!貴様、何者だ!」
「お前が知る必要はない!ーー僕は、お前のことは知っている!」
そう、紫藤にいやらしくちょっかい出してた奴だろ!覚えてるとも!
しかし、相手は僕があのとき紫藤を横合いからかっさらっていった男だとは気が付いていないな。
そうだよ、女好きの奴は男の顔なんて覚えたりしない。
でも僕は執念深く覚えてる。
「貴様、女から聞いたのか?いや、まさか!」
「聞いたとも!」
紫藤から、お前たちから脅迫を受けたってことを聞いたよ、というか僕も見たよ!お前は覚えてないみたいだけどな。
ただ、そういうえばあれで紫藤が僕に縛らせてくれることになったんだっけ。
あれ、寝不足もあって思い出した途端、ばてマラが勃ちかけてる。いかん。
「人の大事な女に手を出しやがって!ーー早く返せ!」
「知られたからには、貴様はただでは返さない!」
シュッと何かが振るわれた。あやうく躱す。
なんだ?靴ベラ、ーーじゃないな。鞭のように見える?
なけなしの集中力が研ぎ澄まされ、次の瞬間、再度振るわれた鞭を僕はつかみ止めた。
超感覚っぽいものは、まだ発動しかけ。まだ全然だ。
だから止めたとはいっても、あまりきれいにじゃない。痛てて。
でも、顔には出さない。
「わかってるのか?こんなヨゴレ、どうでもいいだろう!」
わかってないな。埃もついてて、インク染みもある汚れたノートだけど、大事(かもしれない)と思われる資料なんだ。
何より、それちゃんとあの部屋に返さないとすごく不味い気がする。呪われそうな気がする。
なにより、紫藤と約束したし。ちゃんと返すって。
「汚れがどうした!そんなのどうでもいい、大事なのは中身なんだ!」
「へッ、どれだけ汚されてるかわかってて言ってるのか?」
「知ったことか。僕がわかるのは、それが僕の大事なものだということだ。奪う奴は許さない!」
こいつ、この資料のことを知ってる!?
そういえば。
ーーそうだ、こいつは大学生だ。しかも超優秀な部類。医学部だもんな。
うちのOBか!そうだな!?
そうだとしたら、知っててもおかしくない。
聞き出してもいいな。
「そういうお前は、どれだけ知ってるんだ。」
鎌をかける。相手は僕が持った鞭をぐい、と引っ張り取ろうとして果たせず、脚で蹴りを出した。
結構鋭い!だが避けた。
「知ってるさ、俺がもともと奪って、汚して、痛めつけてやったんだからな、徹底的に!」
読めなくなってるページがあるということか?あと、意外に重要な資料なのかもしれない。
わざと汚して読めなくしないといけない情報があったということだ。
「なんだと?お前か、やったのは!やったことのつけは、返してもらうぜ?」
そうだ、こいつが汚して読めなくしたってんなら、責任を取ってもらって、こいつから書いてあったことの情報を引き出そう。
自分で解読するより、もしかすると早いかもしれない。
そのためには、制圧するか。できるかな?来い、超感覚!
だけどまだ半分も、いや四分の一も発動してない。
だが、第三者かペットがいるのか?近くにこいつ以外の人の気配がする、気がする。
まずいな、加勢に来られては困るのだがーー。
まあいい、すぐに来る様子はない。来る前に、まずこいつを片付けよう!
集中力のすべてを注ぐ。
急に男が矛先を変えて、スーツケースを蹴り飛ばそうとする。
確かに僕と男の間にあって、戦うのに邪魔なんだ。でも重いから無理じゃないかな。
でも気に入らない。僕はようやく発動してきた(on/offすらいまだに任意にできない)超感覚で、脚をさらに出して、その蹴り足を掬い、蹴らせなかった。
無様に後ろに倒れこんだ。ざまみろ。
「お前が守るような価値はないぞ、わかってんのか!?」
「いや、あるね!」
「それは、お前のものにはならないぞ!」
「わかってるさ!」
高校の資料だからな。
だけど、読んで自分のものにしないといけない。
「僕のものにならなくてもいい!それは、しかたない。だけど僕は約束した!」
資料を持ち出す、と言った時の、紫藤の不安そうな顔が浮かぶ。
まったく紫藤は、自分が大変なのに、こんなどうでもいいことを心配して。
自分のことを心配しなきゃ。
「だから守るんだ、文句は言わせない!」
男がいきなり鉄アレイのようなものを投げてきた。危うく躱す。
次の物を投げようとして男の目線が一瞬、下を向いた。
隙ができたな。
ばっとタックルのようにして押し倒す。嫌がって体を回転させるのに逆らわず、腕を取って捩じ上げて床の絨毯にうつぶせに押し付けて制圧した。
周りを見回す。壁に寄せてあるテーブルの上に、ーー手錠?
マニアックだな。
空いていたので、手首にばちっと嵌めて、もう片腕にも嵌める。
筋力ではこちらが勝っていて、相手の腕の動きを完璧に予測できたからできた技だ。
脚で蹴ろうとするが、上に乗っかる。
男はぜいぜいと荒い息を吐いているが、もう抵抗しなかった。
そこでようやく周りをゆっくり見まわす余裕ができた。
お洒落な、かなり広めのリビングだ。しかし部屋の真ん中にテーブルがなく、広く開けてある。テーブルはあるが、片方の壁に寄せてある。
天井にフックと、懸垂に使うようなバー。
もう片方の壁には、手すりのようなバーがつけてある。バレエの練習に使うようなやつ。
何に使うかよくわからない道具が隅にある。
その中に、男の拘束に使えそうな皮ベルトの類があったので、片手で男を引きずりながら取りに行き、脚も拘束した。
さて、スーツケースを開けて無事か確認しなければ。
しかしそのとき、あることに気づいて、僕は心臓が凍り付く思いがした。
スーツケースに、カギがかかっている。
僕はかけた覚えがない。借りたとき、付属してた覚えもない。
僕は、間違ったんだ。
ーー大失敗だ。
開けてから、あちゃー間違いましたーっ、て言って、許してくれるかな。
許されないよな。
しかも、中身はこれ、すごいやばいものだ。超感覚でわかるよ。
古ぼけた資料なんかより、全然やばいものだ。
ーーーーー
恨めし気に見上げる鬼畜眼鏡の服を探る。ポケットにカギがあった。
鬼畜眼鏡には、もう抵抗の様子は見えない。
おそるおそる、スーツケースを開ける。
僕の資料ではないという覚悟はついていた。中身についても予想はしてた。
だけど実際の中身が僕の予想を裏切っていて、僕は反応できず固まってしまった。
大失敗だ。
最悪のタイミングでやってしまった。