タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
毒食らわば皿まで。
あれって、毒入りの料理を食べてしまったら、
ーーよそってあった皿までペロペロ舐めろ、ってことだよな。
現実逃避して、そう思いながら、僕は
「無事か、調布!」
スーツケースの中に押し込まれてた女の子に、呼びかける。
「ーー」
あれ、返事がない。呼び捨てにしちゃったから気を悪くした?
ふー、ふーっと息の音はするので生きているはずだ。
僕の超感覚も、おそらく生命に異常はないことを察知する。
ただ心拍数は非常に高い。緊張やストレスのためだろう、発汗も多い。
それをもとに、感情が読み取れる気がする。
安堵、羞恥、そして、ーー恐怖?
そりゃ怖かっただろう。
スーツケースの中にぎゅうぎゅうに詰め込まれて、誘拐されてたわけだから。
スーツケースの中には、僕の学校の制服を着た、大柄な女の子が拘束されて、ぎっちりと詰めこまれていた。
みだれた髪の毛が汗や何かで濡れた頬や額に貼り付き、顔ははっきりとは見えなかったけれど。
その息遣いに、汗の匂いに覚えがある。
調布智美だ。
頭も切れるし、警戒心の高い彼女が、どういうわけでこういうことになったのだろうか。
それはあとだ。早く解放してあげなければ。
調布は、かわいそうに窮屈に体を曲げさせられて、いわゆる三角すわりのように膝を(正確には、膝の裏に腕を通して)抱えるような恰好で詰め込まれている。
調布の脇に手を入れ、引き上げてスーツケースの中に座らせる姿勢にした。
僕の手が触れると、びくっと調布は体をこわばらせた。息遣いが激しくなる。
手足が拘束されてるので、そのまま座っていてもらう。スーツケースのヘリがあるので、一応は倒れないくらいには安定している。
調布の頭部につけてあった目隠しを取る。見上げる目。
気丈な子だけど、目元が赤くぐしゃぐしゃに濡れてる。
あと、その、鼻水も。
こんな顔をさせとくべきじゃない。ハンカチを出して目元を軽くはたくように拭き、鼻水をぬぐう。
口に、黒い革製のベルトで固定された口枷のようなもの。
いわゆる猿轡、ボールギャグではなく、口を開けたままにして息を通す形状のもの、ーーリングギャグというのだろうか、ーーがつけられてる。
それをむしり取ろうとして頭の後ろのベルト金具に手をかけると、調布がびくっと抵抗するような気配。恐怖の色が強まる。
手を止めて、よく観察する。何か、管のようなものが調布の喉奥に押し込まれている?
「素人が無理に取れば、傷がつくぞ。」
声がする。みると、拘束されて床に転がる男がこっちを見ていた。
喉の管。そっと軽く引っ張るだけで、調布の緊張が増す。
うん、どうなっているかはわからないから無理はよそう。まず手足からか。
手足は革手錠のような拘束具がつけられている。
膝を抱えるような格好で、膝裏に腕をまわしたところで両腕が革手錠に似た拘束具で固定され、さらに両足首が足錠で固定されている。
こんな緊迫した局面だけど、まくれ上がったスカートから見える脚がなまめかしい。思わず、勃ちかける。
そんな場合じゃないな。
鍵が必要だ。鍵はどこだ?
「鍵はどこだ?」
男に聞く。
「答えるとでも思ってるのか。」
忌々し気に男が言う。
先ほど服を探った時は、見つからなかった。
再度男のところに行き、服を探る。見つからない。
しかたないな。
僕は男の手首を握る。
男の発汗量が増す。鼓動が高まる。恐怖、だな。
できるかわからないが、試してみよう。まだ超感覚は続いてる、ただあまり長く持たないような気がする。
顔をじっと見つめる。
「鍵はどこだ?今、お前が身に着けてるのか?」
「誰が言うか!」
殴ったりはしない。
この反応。身には着けてはいないな。
超感覚を使い、鼓動や発汗、あと顔の表情をもとに判断する。
一種のうそ発見器だ。
「この部屋の中にあるのか?」
「ーー。」
そっぽを向いた。この部屋の中だな。
「テーブル、ソファ、棚、スーツケース、そうか。」
反応があった。
思いついたようにそう言って、スーツケースに戻る。
蓋にファスナー式のポケットがある。
中を探ると、2段ある下の方のポケットに鍵があった。
これだな。
手足の拘束具を外す。
調布は立ち上がろうとしたようだが、しびれているのか、よろめく。
肩に手を置いて、そのままでいい、と伝えると、おとなしく従って座り込んだ。
血行を回復させようと手足を軽くさすってあげると、発汗量と緊張が高まった。なぜだ。
信頼関係のなさを悲しく思いながら、男に向き直る。
「この喉に押しこまれてるものはなんだ?どうやって外す?」
「知るか、勝手に外してろ。」
目を反らして言う。
喉に入れられているものを観察する。
ソフトな材質の管だ。
指を這わせて、調布の喉奥に指を入れる。
調布の緊張が高まる、だけど、抵抗せずなされるがままになっている。
喉奥を何かがふさいでいる。
管の周りに、柔らかい材質の風船みたいなものがある。それが喉を完全にふさいでる。
ただ、管があるので息は通る。声帯を止めるためのものだな。
バルブのようなものを緩めると、風船のようなカフがしぼんで、管が抜けるようになった。
そうっと慎重に抜く。抜き終わる。
とりあえず、テーブルの上に置く、置く間もなく調布が襲い掛かって、いや、抱き着いてきた。
うおっ、力も強いな。あと、その、胸も大きい。
「志野、ーー」
聞こえづらい、ひどいかすれ声だ。
また涙が伝ってる。ひくひくと、声には出さないがしゃくりあげて泣いている。
仕方ない、さぞ怖かっただろう。
「大丈夫だ、よく頑張った。」
しばらくしゃべらなくていい、後は任せろ。
そう伝える。
とりあえずぎゅっと抱きしめて、背中をぽんぽんとたたく。それくらいしか人を落ち着かせる手段を知らない。
頃合いを見て、紫藤と違ってちょっと大変だが、えいっと抱き上げて、ソファにそっと安置した。
涙がまだ出ているな。ハンカチを渡しておく。
まだやることがある。
男に向き直る。
男はふてくされたように横を向いていた。
「返してもらおうか。」
調布の鞄がない。
たしか、スクールバッグがあるはずなんだ。
「返すものがあるだろう。どこだ?」
男は横倒しになったまま、僕を見上げた。
「本当に知ってて、こんなことをしたのか?あきれたやつだ。そんなヨゴレ、ーー」
「当たり前だろう。」
鞄はあるはずだ、って知ってる。
調布は多分、学校帰りにさらわれた。だとしたら、当然にバッグは持ってたはずだ。
地面に落として汚れたってことを言いたいんだろうが、返してもらわねば。
鞄は校則で指定されてるんだよ。
また男のそばに膝をつく。男は顔を反らした。
まずい、僕の超感覚がもうすぐ時間切れになるような予感がする。今のうちに聞かなきゃ。
男は、囮に嵌められたのは俺たちの方か、とかぶつぶつ言ってる。よくわからん。
「どこだ?この部屋か?」
男の反応を伺う。
Noだな。
「隣の部屋か。こっちか?いや、こっちだな?」
ドアが二つある。片方のドアノブに対して反応があった。
こっちだな。
ドアを開ける。
うん、すぐ閉めたくなった。
確かに。男が開けられたくなかったのは当然だ。よくわかる。
いわゆるハダイロの本とかビデオとか。
うん、君、クールな顔してそんなに大量に好色なコレクション持ってたのね?みたいな棚がある。
また、おそらくはソレ用の器具とかも。
ああ、さっきのリビングにあったのはごく一部だな。
壁一面にシェルフがあり、性具や拘束具やよく用途がわからない器具が大量に、しかし丁寧に並べてある。博物館かよ。
人間が入りそうな大型ケージもある。というか、人間を入れるんだろう。
マジかよ。まさしくマニアの部屋だな。
だが、鞄は見当たらない。どこだ?
男をずりずりと引きずり、部屋をみせる。
「どこだ?教えてくれないか?」
そっと表情を観察。
不自然に、男が見ない一角がある。だが、目の端でとらえているような、そんな一角。
何かあるな。
このビデオや本や性具コレクションより触れられたくないもの。
部屋の窓際の隅のデスク。これだ。
だが、鞄は見当たらないがーー。
「それ。それ全部、お願い。」
いつのまにか、調布が入ってきてた。
この異様な空間に、さほど感銘を受けた様子はない。顔を顰めてはいるが、もう復活してる。
さすが調布さん。パねえっす。
調布の指さす方向。ファイルケースがある。ご丁寧に、テプラか何かで女の子の名前が一つ一つラベリング。半透明で、中にはビデオテープや写真、ノートが透けて見える。
ああ、こいつ。
女の子とのデートやらなんやら、ファイル化してやがるな。
ビデオもあるのか。リア充は違うな。
20個以上もあるじゃないか。
ファイルケースの中には、調布の名前もあった。名前の上に赤い丸いシールが貼ってある。
ああこいつ、調布の元カレなのね。
まだ調布に執着してたってわけだ。
調布の気持ちはわかる。この男との交際は、黒歴史なんだろう。一切の記録を消したいんだな。
この男も、こんなにたくさんの子と付き合えてるんだから、忘れりゃいいのに、執着しやがって。
あれ、男が笑ってる。
「おい智美、過去を知られてて付き合ってんのかお前ら。おめでたいな。」
「っ、ーー」
立ち直ったかに見えてた調布が、泣きそうになってるじゃないか。ウルトラレアだ。
だけど、調布をいじめるな。
「付き合ってるわけじゃない。僕と彼女は釣り合わないだろう?」
つけつけと言ってやる。
調布さんは素晴らしい女性なんだ。僕なんかに釣り合うはずないだろう、と。
そのまま微に入り細を穿って朗々と賛美の言葉を並べた。勢い勢い、空気空気。
うん、どうでもいいようなことが多かった。胸の形がきれいとか口を滑らせた。
調布がおそらくは怒りと羞恥で赤くなってる。
男は、僕の勢いに気圧されたように黙り込んだ。
空気が、白いーー。
クソ、でも腹が立つな。NTRってこんな気分か。
ふと、僕の消えかけてる超感覚の訴えかけるままに、机の上の一方の袖の引き出しを開け、そこにあるカギを手にする。
男の表情が変わる。
机の反対側の袖の引き出しにかかってるカギ。このカギで開ける。
流れるように、一番下の大きな引き出しを開けて。
「○○○○ マスター」
そう書かれたビデオテープとフィルムの類を発見。
うん、全部ボッシュート。
男が叫び出しそうな顔をしてる。調布も、驚愕を隠し切れない様子。
調布が詰め込まれてたスーツケースを持ってきて、収獲物をすべて詰め込んでみた。
少し入りきらないが、仕方ない。
適当にそこらへんにあったオシャレなL.L.Bea○のトートバッグを徴発して入れておく。
調布の鞄は見当たらない。
「調布さん、鞄はわかる?」
首を振る。まあ詰め込まれてた人が知るわけないか。
男を見ると、ため息をついてうなだれている。
急に十歳、いや二十歳ばかりも老け込んだような印象。
「タクシー、だろうな。」
うわあ。調べるの大変だぞ。
ただ、多賀島第一タクシーだったな、たしかあの黄色い行灯のマーク。
後で電話かけて調べよう。
そういえば調布さん。拐われてたんだよな。
超感覚が切れはじめてて、急に不安になってくる。
合意の上じゃないよな。合意の上の高度なプレイだったら、ーー僕とんだ道化者じゃん!
警察に通報する?と調布に聞く。
切れかけの超感覚でも、男が急に緊張し、恐怖に襲われているのが分かる。
「志野の言うとおりにするわ。」
いや、任されても困る。
突き出すか?
未成年者と付き合うのは、条例違反になるんだっけ。他の罪状もあるかもな。
でもなあ、調布が晒し者になるのもな。消極的かもしれないが。
男に向き直る。
「お前、医学生なんだってな。」
おっさんムーブその3。
「"First, do no harm,"」
どこかで聞きかじった医師の心構えみたいなのをぶちかます。
調布も驚愕してるよ、なんでここでこんな陳腐な説教、みたいな感じだろう。超感覚消えてるので、よくわからない。
でももうこうなったら、勢いで乗り切るだけだ。
うんうん、自信たっぷりに。機械の動きのように。
なぜか男が泣いている。なぜだ?
まあこいつの方からしたら、まさに自分がNTRなのかな。
「今日からお前は、俺の手駒だ。」
そのうち連絡する。
逆らったら、破滅だ。わかってるんだろう?
ああ、突き出されないなんて思うなよ?罪は償え。
そう恫喝する。具体的なことは言わない、っていうか言えない。
こいつはまあマニアックな奴ではあるが、表の罪状は調布をさらったくらいか(僕にとってはすごい重罪だが)。
だが結果としてだが、そんなに調布は取り返しのつかない害を受けてない。警察に行っても多分、起訴猶予あたりだろう。
医学部生だと将来もある、って感じになるよな。
むしろ泳がせていろいろ調べてもらったりしよう。使いでがあるかもしれない。
僕は正義の味方じゃない。紫藤の運命を変えたいだけの、凡人エゴイストだ。
最後に、ふと思い立って机の上の、この当時の最新機種っぽいノートPCをかっさらう。もちろん電源ケーブルと若干のメディアごとだ。
「これは慰謝料の一部な。」
男は、本当に_| ̄|○という感じに打ちひしがれてる。いや、まだ拘束を解いてないから床に転がってるけどさ。
だけど悪いな。PCが欲しいんだ。そしてこの時期のPC、高いんだ。
善人どころか、悪人あるいは犯罪者だね、僕。
ところで、パスワードはかかっているか?
「qwertyasdfgですーー、」
なんか敬語になってる。
ともかく、ここまでにしておくか。調布を促して、ーーあれ、男の手錠のカギは?
場所わからん。超感覚消えた。
しまらないが、適当にごまかそう。
「手錠はしばらくつけておく。ーーどうせ仲間に助けてもらえるだろう?」
仲間も悪いことに手を染めてるんだろうが、大学生ならまだ若いんんだから、やり直せよ。
そう伝えとけ。
そう、高校生の僕が、秋月さんみたいにおっさんロールプレイ(とみえて、実は地)をかます。
そしてドアのカギを開けたまま、出ていくことにする。ここはオートロックじゃないのね。
男は茫然とした感じで見送る。まあそうだよなあ。
いきなり踏み込まれて、恥ずかしい趣味を暴かれ、過去の彼女ダイジェストを取られ、挙句の果てにPCを奪われる。
最悪の一日だっただろうな。
調布を促し、かなり中身が軽くなったスーツケースと入りきらなかったものを入れたトートバッグを手に引き上げる。
あ、もちろん自分の鞄も。これは例の階段のところに置いておいたんだった。回収回収。
僕の古資料は?
これは頭が冷えたけど、駅と警察の遺失物係に聞いてみよう。
エレベータに乗り込む。
「あ、しまった。」
「今度は、何?」
調布がまだ少し赤い目で見上げる。心なしか、しおらしい感じがする。新鮮。
「どうせなら電話、使わせてもらえばよかった。タクシーと駅と。電話代もったいない。」
「何言ってんのあんた、」
まだぎこちないが、笑ってる。
少し調子が戻ってきたな。あれ、急にすすり泣きになった。
大荷物で手が離せない僕に、調布が抱き着く。
「ごめん、ごめん志野。こんなことまでさせて、ーー」
僕にだってデリカシーはあるさ。
調布が何をしてもらいたいかくらいは、わかる。
スーツケースも軽い、床が絨毯ばりのエレベータ内で動いたりもしないだろう。スーツケースから手を放す。
自由になった腕で、そっと抱き返す。ぎゅっと調布の腕に力がこもる。うお、胸大きいな?
僕も力を入れる。調布が、顔を反らす、目を閉じてて、あれ?これって、
ーーチン、という到着音に救われた。
うん、人も待ってるしね。あたふたと僕たちはエレベータから出た。
中から外に出るときは、ロックなしなんだな。よかった。
あとはタクシー会社と、駅だな。遺失物係に電話だ。
急に安心したせいか、疲れてきたよ。
調布が横目で、恥ずかしそうに微笑みかけてきてる。あれ、あなた本当に調布さんですか。
ーーーーー
その男、松浦
驚くべき器の大きさを持つ、その男のことを。
松浦は、幼少から優秀だった。自分がひとかどの者になることを、疑っていなかった。
順調に進学し、大学でも医学部に入学した。
勉強漬けだった高校までの生活からの激変。
急にちやほやしだす周囲。
それで、勘違いしてしまったのかもしれない。
ジゴロ気取りで、女遊びにうつつを抜かした。
全国区の名門男子校で、免疫がなかったのもある。抑えられてた欲求が噴出してしまったのだろう。
気が付くと、似たようなクズたちとつるんで、女の子をひっかけて。
だんだんと、その遊び方もえげつないものになっていった。
バイトやナンパで女の子をひっかけ、仲間たちと輪姦。
それどころか、風俗店に沈めたり。
ビデオを撮って脅すという手法も学んだ。
学業は続けていたけれど、成績は最底辺に近い。
留年も繰り返し、そのままでは在籍年限ぎりぎりという感じになってきていた。
だんだんと、サディスト的傾向が目覚めた。
女の子を縛ったり、痛めつけたりすることを好むようになった。その種の嗜好の仲間と交際し、特殊なクラブにも出入りした。
その手のブルーフィルムの監督に取り入るため、一番のお気に入りになりつつあった、当時中学生の、落としたばかりの美形の女の子を生贄にした。
この勝ち気な少女を嬲りつくしたい、絶望に喘ぐ姿がみたい、そう思ってのことでもある。
監督もいたく喜んでいた、撮ってしばらくは。ーー警察に嗅ぎつかれるまでは。
まだまだこれから調教しつくしてやるつもりだったのに、監督は青くなって手持ちのビデオをすべて処分した。
結局捜査が及び、証拠がそろったものによって立件されたようだった。
松浦には捜査が及ばなかった。監督は東京近辺が活動場所で、たまたま招じられて多賀島にきただけだった。別案件だけで十分に有罪に持ち込めたのだろう。
松浦が関係したフィルムはこの一件だけだったし、顔にぼかしが入れられたものしか監督の手元には残っていなかった。
だが、松浦の手元には残っていた。
その子、調布智美の処女を奪うときの隠し撮りテープと、その次に男たちと凌辱の限りを尽くした、編集前の生フィルムが。
何度も見返して、抜いた。
監督まわりでの捜査の余波を恐れて、しばらくはおとなしくしていた間も、それ以後も。
ひとときの活動停止を経て、欲望が溜まってきていた。
そして。
この前の連休中。
松浦は悪友の諫早と女漁りの目的で参加したバイトで、ある女の子を発見する。
調布智美とはタイプが違う。いかにもロリっぽい女子高生だ。
その手首に、しかし松浦は縛りの跡をみつける。豊富に積み重ねてきた経験から、すぐに判断できた。
これは上玉だ。落とせる、落とそう。
だれかにヤられてるなら、俺たちがさらにヤってもいいじゃないか。
二人はそう考えて行動を開始した。
最初のアプローチはよくわからん奴に邪魔され、失敗。
そこで、多くのその子と同じ学校の生徒が通学ルートにしている、駅の近くに張り込んでみることにしたのだ。
しかしその過程で、松浦は思わぬ収穫を得る。
高校生になった、調布智美だ。
東京の学校に進学したいと言っていたが、やめたのか。
駅近くで見かけた調布智美は、一層綺麗になっていた。
それまでも見かけていたのかもしれない。しかし、今の調布智美には、内からほとばしるような美しさと生命の躍動感があった。
そう、いったんは監督の収監でヤバいかと思い、活動を停止していた松浦に、再会と調教を決心させるほどに。
何度か通学路を確認し。
人気のない街路で声をかける。
松浦を見た調布智美からは、まさに混乱と恐怖が感じられた。
松浦はほくそ笑んだ。そう、この反応だ。さらに美味しく育て上げてやる。
警戒心をあらわにした調布は、しかし気丈に対決を選んだ。
松浦を詰問し、告訴をちらつかせて。
しかし、警戒が足りなかったと言わざるを得ない。
松浦が話をしようと言って誘い込んだのは、悪友の諫早がバイトしている、駅のすぐ近くのカフェバーの個室だったのだから。
スタンガンを押し付けられて、調布は抵抗力を奪われた。
用意していたスーツケースに押し込み、松浦の自宅マンションに行く。
後から諫早が合流するが、先に自分で味見しておくつもりだった。
そう、あの男が来るまでは。
ーーきっと、あの男は違うんだろうな。
松浦は男のことを思い返す。
制服こそ着ていたが、それは捜査のためで、本当は何らかの情報機関の敏腕エージェントだと言われても信じてしまうほどの能力。
チンピラ同士のいざこざも経験し、喧嘩慣れしたと自負する松浦をあっさりと無力化した。
驚くべきことに、調布智美の過去もすべて知っているようだった。
そのうえで、彼女を受け入れていたのだ。
もしかすると、調布智美は、松浦を捉えるための囮として行動していたのかもしれない。
二人の様子を見て、松浦にはわかった。
彼女も、彼に全幅の信頼を、そして愛を寄せていると。
悔しいと思ったが、もはや悔しいと思う以上に、圧倒されていた。
男は、あっさりと過去に調布智美への許しがたい凌辱をした松浦を許した。
いや、許されたというわけではない。罪を償うことを求め、さらに松浦を手駒にしてしまったのだ。
ただ単に、犯罪の証拠を回収したのだから、それをもとに松浦を脅せば済むはずだ。
しかし、男は熱く、医師としての心構えを語りかける。
陳腐な言葉かもしれないが、数々の衝撃でガードが下がっていた松浦には、その言葉が直撃した。
涙ぐんでしまうほどに。
男は松浦に説教した後、すべての証拠物品を持ち去った。
そう、すべてだ。
どうやったのかわからない。ーー男は的確に、ピンポイントに、これまで餌食にした女たちへの脅迫材料としていたビデオや写真の類を、ネガからすべて、文字どおりすべて奪い去った。
さらには、最近一部ではやり始めたPCを使って公開してみようと考えていたことまで見越して、PCも、根こそぎ。
ちょうど資料が入っていたメディアだけを選んで取っていった。
どうして彼がそれを知っていたのか、わからない。
神の如き洞察というのだろうか。
松浦にも、そう、医学部に現役で入学し、神童とかつては言われていた松浦にも、わからなかった。
ただ、これだけはわかった。
この男は、違うと。
凡人ではないと。
その後松浦は、松浦と一緒に捕えた女の子を嬲ろうとして浮き浮きとこのマンションにやってきた諫早に拘束を解かれ、救出されたが。
松浦は、変わってしまっていた。
この生活から足を洗うと宣言し、そのせいで諫早とは殴り合いの喧嘩になった。
諫早を追い出し、顔の傷を消毒し。
ゆがんだ眼鏡をどうにか直しながら、松浦は思う。
明日からは、ちゃんと学校に行こう。まだ間に合う。
あの男が、そう言っていたのだから、きっと!
償いもしなければ。連絡先すべて失ったけど。
別の形での妄信が、彼の女泣かせの切れ長の、しかし勘違いに曇り切った目に宿ろうとしていた。