タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
自宅のマンションの洗面台で鏡に映った自分を眺めながらそこまで回想したとき。
「さとみー!」と呼ぶお母さんの声がした。
「早く準備しなさい、そろそろ時間でしょ!?」
「分かってるって。──お母さん、」
「?」
「ありがとう。」
今、伝えておこうと思った。
中2のあたりから私は母がうざったくなり、あまり口をきかなくなっていたな。
特に、高校入学前後から。
話すのは必要なことだけ。しかも、たいてい命令口調。
言われたことには口答え、時には無視。
お礼なんて、全然言わなかった。
嫌な思いをさせただろうな。
子供でなければ、放り出すだろう、そんな不愉快な態度の人。
悪いことをした。
遅いかもしれないけれど。
「今まで、見守ってくれて、そして大事にしてくれて、ありがとう。」
昨日は、一時は死、あるいは死より悪い運命を覚悟した。
そして近い未来には、志野とともに危険に踏み込むことになる。
怪我くらいは負うかもしれない。
いや、貞操や命も。
まあ貞操の方は気にしなくていいのかな、あはは。
もう処女じゃないし。
私は親不孝の、悪い娘だ。
でも、だから思い切ることができる。
それで志野とみなりの役に立てるなら、悪くない。
ともあれ。
あなたたちの一人娘。またもあなたたちの知らないところで、勝手に身を危険にさらしてきます。
親の信頼を裏切ることへの、後ろめたさが、罪悪感がある。
せめて、今まで育ててくれたことに感謝を。
そう思ったから、言ったのだが。
あれ、ぎゅっと抱きつかれてる。
母が、泣いてる。
──────
なんか感極まった母をなだめすかし。
いつものバスに乗るために、駆ける。
急に若返ったようにさえみえた母。少しだけウザくまとわりついてくるくると世話を焼いてきたけど、邪険にはできなかった。
お母さん、あなたも仕事でしょ。忙しいだろうに。講義があるって言ってたじゃない。
バスには間に合った。よかった。
バスが動き出し、そしてまた停留所に止まる。
いつものように。
多分客観的にはなかなか好男子なんだろう、なかなか整った容姿の、私の高校のライバル校(?)的立ち位置の学校の制服を着た男子が乗り込んできて、ちらっとこちらを見た。
なんか意識されてるっぽい。まあいいや。
隣に座られたけど、軽く会釈して窓側から外を見る。
ここも、昨日二人で寄り添って歩いた道だな。
否応なく、私の頭は、また昨日の回想に戻っていく。
鬼畜のマンションを出たあとのことを、反芻する作業に。
──────
昨日の、その後。
鬼畜をやり込めて満足げな志野と私は、鬼畜のマンションを出て。
近くの公園に立ち寄った。
志野は公園の公衆電話ボックスの電話を使い、私の鞄と、彼が私を追いかけるときに駅に残してきてしまった資料の所在を、惚れ惚れするくらいに要領よく突き止めた。
私は、電話での問い合わせを彼に一任し、電話ボックスの近くのベンチに腰掛けて、彼の声に耳を傾けていた。
本当にもの馴れた、ビジネスライクで礼を失しない、電話での滑らかな言葉のやり取り。
漏れ聞こえてくる会話を聞いて、敵わないな、と思う。
まだ高校生なのに。経験を積んだ社会人みたいだ。
もう夕暮れで、電話ボックスに照明がついた。その光に照らされた横顔を、私は見つめた。
客観的には、平凡な範囲の顔だと思う。
でも、もう私の心に深く焼き付いてしまっている横顔。
志野が電話に集中していて、こちらに目をやる余裕がないことをいいことに。
一心に、ただ、むさぼるように見つめ続けた。
志野は、営業所に鞄を取りに行く私に、付き添ってくれるという。
正直、男の多いところに行くのがまだ少し怖かったから、助かった。
志野は、未だに私のことを「さん」付けで呼ぶ。
私はそれが少し不満だった。距離が遠いような気がするのだ。
普通の女の子は嫌がるし、私もあまり好きではないが、彼にだったら、「お前」呼びされてもいいと思った。
今みたいな、よそよそしい呼び方より。
だから志野に、呼び捨てにしてほしいとダメ元で頼んだ。
彼は私がそう願う理由をあまりよくわかっていないようだったが、了承された。
もっとも、その後もときどき「さん」付けで呼ばれたけれど。
呼び捨てにされたときは、彼との距離が縮んだ気がして、うれしかった。
私はどこか夢の中のような、非現実的な多幸感に浸りながら、彼と路面電車に乗る。
窓からは、暮れきっていく灰色の町が見える。
何の変哲もない、黄昏の街に見える。
でも、それはどこか萩原朔太郎の「猫町」のような、奇妙な、非現実的な世界の一部のようにみえた。
この男だ。志野だ。
彼と一緒にいれば、この平凡な街も、夢の街になってしまう。
私はもう二度と見ないであろうその景色を、食い入るように見ていた。
私の後ろに、私を守るように、彼がいてくれた。
ときどき揺れたり、人に押されたりして、彼が私の背に触れた。
幸せだった。
こんな機会は、もうこれから先、ないだろう。
私は、みなりが受けるべき幸せを、盗んでいるんだろうな。
みなり、ごめん。
改めて、そう思った。
私も、彼への思いを抱いてしまった。
罪は贖う。だから、今このときだけは、この幸せに浸らせてほしい。
私は電車から外をみながら、熱に半ば浮かされたような脳で、そう考えていた。
電車から降りて、タクシーの営業所に。
相変わらずのきびきびとした言動で、彼は要領よく私の鞄の受け取りを進めてくれた。
そのうえ、家のそばまで送ってくれるという。
ひどい目にもあったけど。
私はこの日の幸運に感謝した。
繁華街を寄り添って歩いた。
猥雑な通り。場違いな私たちに、注がれる視線。
でも、私は半ば、心あらずだった。
せめて、彼のそばにいられる、このひと時を味わいたかった。
この甘美な罪を。
十字路で、早くも酔っぱらってる大学生の集団が声高に言い交しながら通り過ぎる。
二人で並んで、彼らが通り過ぎるのを待った。
一瞬、彼らの言葉が止んで、視線が集まる。
ひそひそと、何か私のことを何か言っている言葉が聞こえた気もした。
「おまえ誘えよ」みたいな言葉。
どうでもいい。
十字路から見上げたビルに、ラブホテルのネオン。
いつもなら、俗悪な色彩感覚に眉をしかめていたかもしれない。良くても、気にも止めない、単なる背景でしかない。
別にその業態に思うところはない。必要なのだろう。色やデザインは気に食わないけど。
もっとシックにすればいいのに、と思うだけだ。
だけど、その時は。
そのネオンに、奇妙な引力を感じた。目が吸い付いて、離れなかった。
彼を誘ったら、彼は応じてくれるだろうか?
ひどい裏切りだ。もちろん、私は絶対にしない。しないつもりだ。
でも、もし応じてくれたら?最後の思い出に?
それを最後に、死んでもいい。みなりによる折檻も甘んじて受けよう。
下腹が、子宮が熱い気がした。その時、私は脳で考えていなかった。子宮で考え、感じていた。
ふっと、手をひかれた。
はっとした。私は今、何を考えていた?
大学生の集団は、もう通り過ぎていたらしい。
ひどい。彼が私の手を引いてくれたのは、一瞬だった。もっと感じたかった、彼の手を。
でもそれは、みなりのものだから。
せめてと思い、私は彼の袖をつかみ、逃げられないようにした。
今日だけは、彼をそばに感じていたい。
──────
大通りに出て、国道沿いを歩く。
彼に謝罪する。あの鬼畜眼鏡家庭教師と同一視していたことを。
まとまらない、要領を得ない言葉。でも彼は察してくれたようだった。
いつも思うが、彼は不思議なくらいに察しがいい。
「僕は、あいつとは違う。」
彼は、そう言った。心外だったかもしれない。心の中で、再度詫びる。
彼は、ごく一瞬、何かの考えに没入し。
そしてかろうじて私にだけ聞こえる声でつぶやいた。
私にはわかった。本当はそれは、私に言うつもりがない言葉だったということが。
心の独白の一部が、漏れてしまった言葉だということが。
「──幸せにしたい、それだけだ。」
私の心を、再び幸福感が満たした。
私はひどく強欲な、裏切り者の、淫乱な雌犬になっていた。
みなりに向かうべき彼の関心を、横から銜え取っていたのだから。
顔が熱い。
ごまかそうと思って、鬼畜から取り上げたビデオや写真のネガ等のことを相談した。
彼はごく平然と、見てみるといった。興味がある、参考にしたいと。
参考にしたい?
問いただすと、みなりとのプレイの参考にしたいらしい。
いや、だめだ。だめだ。だめだ。
社会人みたいに物慣れた様子に騙されたけど、こいつもまだ年頃の男の子だった。
確かに興味はあるんだろうけど。
みなりとそれをやるのは、そんなことを夢にも知らないみなりにはあまりに可哀そうだし。
それで破局を招く恐れは、高い。
二人が不幸せになることだけは、私は阻止したい。
そのことだけは、私は心からそう思った。
せめてそんなプレイは、汚れても構わない、もう汚れた女に対してしなよ。
そう、私に。
みなりには、優しくしてあげてほしい。
喉が本調子でなく言葉足らずだが、彼にそう説得した。
あの子は幸せになるべき、いい娘だからだ。
そして。
口には出さないけれど、心の中で思った。
私はそうではない、悪い娘だから。
親に隠れて火遊びをして、犬に噛まれるような娘なのだから。
察しの良い彼は、私の断片的な言葉でも、すぐ理解したらしかった。
ごく一瞬考えていたが、その提案を了承した。
そのとたんに、また私の体が、そう、特に下腹が熱くなった。
彼との共犯関係が、成立した。
みなりに対しては、ひどい裏切りかもしれない。
でも、同時に彼女を救うことになる役割でもある。
汚れ役。それが、みなりと志野、二人の間での私の立ち位置。
そう、彼の変態性欲処理担当、彼の精液を拭く雑巾のような扱いでいい。
どんな倒錯的な、屈辱的なプレイでもいいから。
彼と、したかった。
それが、裏切り者の私の報酬。
ユダの受け取る銀貨30枚。
他の人には、なんて馬鹿な女と嘲笑われるだろう。
それでいい。
私には、お似合いだ。
彼の腕に、自分の腕を絡めた。
この一瞬だけは、彼は私と思いを共にしている。私の共犯者だ。
彼はともかく、私の側はみなりを救うためであるとともに、汚れきった性欲のためでもあるのだけれど。
──────
自宅のマンションに着いた。
収奪品の処理も一任してもらえた。
PCの扱いも。
もう一緒にいる口実もない。
悔しい。
彼に伝えたい。彼への想いを、どんな形でも。
ぼんやり思いにふけっていると、彼が別れを告げた。
ああ、この一瞬しかない。
私は離れようとしていた彼に近づき。
決心を固めた。想いを伝えたい。
抱きしめて、体を押し付けた。下半身も。
(倒錯的な性欲を処理するという)約束は守る。みなりには、謝る。
そう伝えて、頬にキスした。
口へのキスは、恋人のキス。
私がやってはいけないことだ。その一線は引く。
だけどせめて。愛おしい、彼の頬にキスしたかった。
体中が熱い。顔が赤くなっているのがわかった。
無様だ。恥ずかしい。
でも、元気が出てきた。
これから先、いばらの道が続く。それでもいい。
私は彼に別れを告げて、エレベータに飛び込んでいった。
エレベータが上がりきるまでに、いつもの私に戻らないと。
父と母にばれてしまう。
でも志野。志野といられて、よかった。あんなことがあって波乱万丈な一日だったけど。
顔を整えながら、私はそんなくだらないことを考えていた。
家に帰った。母は、何かに気が付いたようだったけど、私には何も言わなかった。
年頃の娘にあれこれと口出しすることは、良くないことだと思っているのだろう。
その心遣いはうれしい。他方で、非常に遅く帰ってきた私に、取り乱して安否を問うてほしいような気もした。
ないものねだりだな。
夕食を母と一緒にとる。父はもう少し帰宅が遅い。
私の帰宅が遅くなってしまったことについては、何食わぬ顔で普通の一日だった、ただ文化祭が近く部活に行った、そして帰りがけに書店で新刊書につい夢中になってしまった、というような物語をつくってごまかした。
私は外面のいい、悪い娘だ。
入浴して、寝ることにする。
シャワーを浴びる。
あの茶髪の店員に揉みしだかれた胸を洗う。
自分で胸をつかみ、少し力を入れてみる。
志野に乱暴にわしづかみにされたら、と想像してみる。
じわっと、シャワーによらず、自分の中から濡れてくるのを感じる。
股間に、シャワーヘッドからのお湯を当てる。
志野が、私をめちゃくちゃにすることを想像する。
細く見えるが、やすやすと私を抱き上げられるくらいに強靭な筋肉の束が隠れている、あの腕で。
志野は背が高い、腕も長い。
志野が後ろから私の両腕を片手だけで羽交い絞めのように拘束し、そのまま乱暴に貫くことを想像する。
想像の中の私は、そのように拘束されて下半身を貫かれながら背中を強く反らし、顎を持ち上げられて志野に接吻されていた。
いけないことだと分かっていながら、温水の勢いを上げて、私は志野を思い浮かべながら、自涜に耽った。
くたくたになってシャワーを上がる。
布団に倒れ込む。もう予習も復習も、今日はなしだ。
志野。
今頃あいつは、どうしてるんだろう。
悶々とする。
寝付けない。
やっと寝入った後。
私は、みなりと二人で志野に裸に剥かれ。
一人ずつ、乱暴に犯される夢を見た。
夢の中のみなりは、都合よく、私に反感を抱いていなかった。
志野は、恐るべき精力で私とみなりを責め抜いていた。
そしてその夢の中の私は、罪深いことに。
痺れるような、強い幸福感を感じていた。
──────
そして、朝、起きてから罪悪感と睡眠不足に憔悴したわたしは。
冒頭に述べた経過をたどり、今、ここにバスに揺られている。
高校最寄りのバス停に着く。
窓際の席に座っていたので、隣の席の名前も知らないハンサムな彼に会釈して、通り道を開けてもらい、バスを降りる。
ハンサム氏の視線を感じる。
ごめんなさい、私は多分貴方が思うような娘じゃない。
外見だけで、惹かれてるのなら。
失望させるだけだから、やめときなさい。
中身はドロドログチャグチャ。
人の男に横恋慕して、淫夢に股を濡らす雌犬だ。
ろくなもんじゃない。
──────
みなりにアポを取り、早々に告白するつもりだった。自分の罪を。
しかし、それが妨げられ、そしてあんな事件が起こるとは。
全く予想もしていなかった。