タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
ーーと思ったら古い版でいっぱいバグがありました。修正中です。
0602 紫藤継父の「弟」→「兄」に修正しました。
放送に従って職員室に行く。そこで担任の先生から、事情を伝えられる。
お母さんが、勤務先で倒れてしまったという。
顔から、血の気が引くのがわかった。
「すぐ、準備をして入院している病院に行くといいでしょう。お父様、弟さんにも、ご連絡は行っているそうです。」
病院の場所、連絡先、病室を聞く。
意識がない、と聞かされる。
意識不明の重体。不吉な言葉だ。
気を落とさずに、学校のことは気にしなくていい、ついていてあげなさい、と言われる。
わたしはお礼を言って、すぐに下校することにした。
タクシーを呼んでくれるそうだ。タクシー代は、と頭をよぎったが、先生がこれくらいでたりるでしょうか、と言って三千円くれた。返す必要はない、余ったらおつりは使ってくれていいよと言われたけれど、返さなきゃだめだよね。
教室にもどり、さとみんグループの女の子に簡単に事情を伝える。
迷ったが、さとみんと志野くんにもメモを残した。
中途半端な情報では、かえって心配してしまうだろう。
校門前に待機していたタクシーに乗り込む。ごま塩頭の運転手さんに行き先を伝えると、へい合点、と答えて発車してくれた。
頭の中をぐるぐると不吉な考えが回る。
もし。
もしお母さんが、死んだら。
どうなってしまうのだろう。
まあ、わたしは今より悪くなることはない。
もともと、お父さんに引き取られるはずだから。
千里は、どうなるんだろう。
千里も、お父さんに引き取られる?それとも、施設に?
わたしだけ引き取って、千里は施設なんてことができるのかな。
いずれにしても、稼ぎ頭がいなくなってしまったら、千里は今の学校には通えないだろう。
千里、大丈夫かな。千里はあの学校、受かった時にはすごく喜んでたし。
小学校では軽くいじめられてたけど、中学校に入学して、クラスに馴染めて、勉強も大変だといいながら楽しそうで。
表には出さないけど、いろんなところでそれが分かった。
友達もできたみたいなのに、公立校に転校?
いや、それはまだ考えるべきことじゃない。
いまは、まず、こっちだ。
窓口で事情を話すと、看護婦さんに案内してもらえた。
ナースステーションみたいなところで、事情を知っていそうな少し年かさの看護婦さん。たぶん、看護婦さんの中でも、偉い人に引き継ぐ。
ああ、紫藤さんの娘さんね、と言って病室に案内してもらう。
集中治療室みたいなところにいるのかと思ったけど、もう少し状態はいいらしい。
入院のお金、どうやって工面しようか。
お父さんは、どういうかな。
個室の窓際だ。お母さんがいる。
仰々しい機械から伸びた管につなげられている。
呼吸器がつけられていて、定期的な音。
人工呼吸器、だな。
「もう少ししたら、お医者様から説明がありますが、」
看護婦さんが、私の話は不正確かもしれないけどね、と断って少しだけ教えてくれた。
職場で来客対応をしているときに、倒れたそうだ。
それまでは、全く異常は感じなかったという。
呼吸が止まっていたため、救急車をすぐ呼んでくれたらしい。
ライフセーバーの経験者がいて、なんとか人工呼吸させながら持たせ、救急車で送られてきたそうだ。
「婦長、息子さんです。」
千里も案内されてきた。
少し、取り乱してる。抑えてるけど、目がいっぱいに開いてる。
偉い看護婦さんが、千里にもまた簡単に説明を繰り返してくれる。
お医者さんが来た。お父さんはまだ、来ない。
説明は、看護婦さんとだいたいいっしょ。
問題は、本人の状態だそうだ。
お医者さん曰く、体が麻痺していて、動くことができない。そんな状態なのだそうだ。
脳に器質的な損傷は見られない。脳血管障害ではない(脳卒中や脳梗塞ではない)。
脳波を見ると、眠っている人に似ているが、当然ながら寝ているわけではない。
呼吸関係を含めて、一部の重要な機能が麻痺しているが、その理由が不明である。毒物かもしれないが、症状や発症の経緯などからは、可能性は低いと思っているようだ。
仮に未特定、未知の毒物であるとしたら、現在のところ、対症療法で体内での分解や排出を待つしかない。
栄養補給も、現在は点滴して様子をみるつもりだが、自分で食事をとれない状態が長く続けば、そのうち、ーー。
いろいろと説明を受ける。
途中から、お父さんも入ってきた。
どこか、上機嫌そう?
説明をしましょう、と言ってお医者さんがもう一度言おうとするのを遮り、いい、大事なところは聞いたから、とずけずけと言う。
「それで、どれくらい費用等がかかるんですかね。入院日数も。」
「詳しい点は、追って担当に聞いていただければと思いますが、ーー」
今後の推移で大きく変わるが、場合によっては長期化もありうる。
健康保険等である程度はカバーできる。でも、それ以上は。
ずうんと心が重くなる。
「正直な話、もちろん生きていてほしいですよ。でも、今後の話がある。
脳死なんでしょ?いつかは治療を止めないといけない。」
「脳死では、ありません。脳波も観測されていて、ーー」
何か話している。
お医者さんとしては、とりあえずは対症療法でつなぎ、軽快を待つべきという考えらしい。
お父さんは、延命治療だからやめるべきだ、ということをずっと言っている。
心が、すうっと冷えた。
お父さんは、お母さんに死んでもらいたがってる?そんな気がする。
あのドラ○もん女と、くっつくつもりだろうか。
そんなことになったら、わたしは、わたしたちは、ーー。
お医者さんはかなり無礼にも聞こえるお父さんの勝手な言い草をうまくいなして、しばらくは入院というところで話をまとめた。
わたしは、お父さんの、悲しんでいるようにみせた作った表情、少しだけわざとらしい嘆きの口調に違和感を覚えた。
これに、このことにお父さんが関与しているのではないか?
ただ、やり方がわからない。食べたものに何か仕掛けた?
無理だろう。
お母さんは、お父さんとはもう食事を一緒にしていない。
今日だって、わたしたちと同じものを、同じように食べた。そして何もなかった。
まあ、推理小説みたいに時間をかけて溶けるカプセルという考えもあるか。
だけど、お医者さんがわからない毒をどうやって調達?
お父さんは家のことをいろいろやらなきゃな!といって、帰っていった。
わたしと千里は、まだ立ち去りかねて、お母さんの病室にまだ残っている。
千里が、呆然とお母さんの顔をみている。
人工呼吸器をつけられた、お母さんを。
千里、と呼ぶと、泣き顔でまた抱きつかれた。
あんた、しゃがみこんで、椅子に座った私の膝に顔を埋めてくるのはやめてよ。
くすぐったいじゃないか。
ーーーーー
家に帰りたくない。
少しずつ日は傾き始めてる。4時すぎくらいか。
このまま、ここで泊まり込みたいけど、もちろん無理だろうな。
こんこん、とノックがあって、看護婦さんが顔を出した。
お見舞いに来た人がいる。学校のお友達です、と。
その後ろに、背の高い男の子の姿。
志野くんだ!
わたしの膝から顔を上げた千里が、うげぇ、と言いたげな顔をしてる。
千里、志野くんを知ってるのかな?
「お邪魔してすみません。この度は、何と言ったらいいか、ーー」
「ありがとう!志野くん!」
こういうときだけど、すごく心強い。
でも志野くんは、憔悴した表情をしている。
看護婦さんたちからは、説明は受けていないらしい。
まあ、見舞客だからね。
過労での脳卒中などじゃないか?と志野くんに聞かれた。
ちがう、でも理由がわからない、呼吸関係の機能が止まっていると先生が言ってる、というと、考え込むような表情になった。
「それで、回復の見込みは?」
「実はまだわからないんだって。もし毒物なら、特定して解毒できればよいが、そうでないのなら時間をかけて排出・分解されるのを待つしかないかもしれない、ってーー」
「毒物か。その、来客中に発症した、って言われたけど、その来客は?」
「お医者さんは、警察じゃないから。でも、周りの人たちは何も異常と思わなかったって。」
「そのまま帰らせた?普通なら、異常だと思うんだろうけどな?」
考え込んでいる。
お父さんが、治療を止めたいようなことを言っていると伝えると、目が細まった。
ちょっぴり怖い。殺気というんだろうか。
「紫藤さん、ーー」
千里を気にしてか、改まって話をされる。
要は、長期戦になるかもしれない、あきらめずに人工呼吸器やその他の生命維持装置は維持してもらうようにする。お金は、何とかする。そう言われる。
そのことは病院に、お医者さんにもそっと伝えて、お父さんが治療を止めたいといっても、簡単には聞かないようにしてもらうようにしてほしい、とも。
お医者さんは回復の見込みありと踏んでるのなら、そんなに簡単には治療中止にうんと言わないはずだから、と。
お金、お金か。
お父さんにそれを盾に延命治療中止とか主張されると、つらいところがあった。
志野くんには悪いけど、ここは仕方ない。
志野くんは、大丈夫大丈夫、臨時収入もありそうだから、と言っている。
なぜかさっきから、千里が親の仇をみるような目で志野くんを見ている。なぜだ。
あんた、もっと感謝してしかるべきでしょう。
目つき悪いよあんた、とこつんと千里の頭を小突いておいた。
ーーーーー
家まで送っていこうか、という志野くんの言葉はありがたかったけど、今日は千里もいる。
だから、大丈夫だろう。
さとみんのことを思い出す。
どう伝えたらいいかな?
「その、さとみんだけど。」
「ああ、早退してたな。大丈夫かな。」
志野くんも少し心配そうだ。
だが、後ろめたいような気配は見えない。純粋に心配してるようだ。
うん、志野くんはシロだよ。サルは間違ってる。
「わたしとの間で、その、ちょっとした事件があってショックをうけちゃったかもしれないんだよ。
学校に来てくれれば、お話して誤解とか解けると思うんだ。でも、わたしも学校にいつこれるか本当はわからない。ーーわからないけど、もしさとみんが休むようなら、お見舞いに行ってみようかと思う。
わたしは、お母さんに付き添うつもりだけど、その後でも、行けたら行きたい。」
わたしが原因のところはあるからね。さとみんが罪悪感覚えてるのは。
「そうだな。ーー電話とか、してみるか?」
「うん、帰りに電話してみようかなと思うけど、公衆電話じゃ長く話せない。」
明日は金曜日だ。今週は6月の第4土曜日で、明後日は授業がない。
だから、明日だ。明日話せたらそうしよう。学校に来なかったら、お母さんの付き添いを少しして、それからさとみんの家にお見舞いに行こうかな。
さとみんの家には、一度勉強会に行ったことがある。なんか頭のよさそうなお母さんだったな。
大学で教えてる、って言ってたっけ?
その後、着替えなど、お母さんの入院に必要なものについて看護婦さんから説明を受けた。
病院から外に出ると、もう暗くなりかけている。雨が降り出している。
困ったな。傘がない。
「傘、よかったら使っていいよ。」
志野くんが、折り畳み傘を差し出した。
「志野くんは、いいの?」
「大丈夫、今日は迎えを頼んであるんだ。ーーよかったら、乗せて行ってもらう?」
なんでも、この前の資料。さすがに重すぎて、バスで持って帰るのをあきらめたらしい。
駅で預かってもらってるので、今日、志野くんのお父さんに車をだしてもらって、受け取って帰るらしい。
「いや、それは悪いよ!」
すごい勢いで固辞しまくった。まだ、その、志野くんのお父さんにご挨拶する心の準備が。
志野くんはかなり押してきたけど、勘弁してもらった。
志野くんはちょっと残念そうだったな。いや、本当のことをいえば私も残念だった。
ーーーーー
バスに乗り込むと、ずっと黙りこくってた千里が話しかけてきた。
「今のやつ、みなり姉をヤったやつ?」
「!」
ブフッって吹いてしまったじゃないか。あんた、周りで聞いてる人いるじゃないか。なんてことをしてくれるんだ。
「ヤってないって!志野くんはまじめな、いい人だよ。」
「ふーん。」
何か言いたげだ。
「三角公園で抱き合ってた。」
「うぐ、」
み、みられたのか。
「みなり姉を抱き寄せて、顔を上を向かせて、」
「あーあーもういい!」
ちくしょう。千里ごときにやり込められた。
「まあ、いいけどな。まあまあ、ましなんじゃねえの、みなり姉にしては。」
千里がぼそっと言った。こっちを見ずに、ほとんど真っ暗になってしまった、ガラス窓の向こうを見てる。
志野くんか。
志野くんと、わたし。
どうなるのかな。
もし、だけど。
さとみんが本当に志野くんを好きになったら。
そして、志野くんを落とそうと思ったら。
わたしはたぶん、太刀打ちできないよ。
うん、ちょっと腹立ってきた。
さとみんはあんなにきれいで、強くて、賢くて、いろいろできるじゃないか。
もう!
胸、もぐぞコラ。
まあ、明日だ。
明日、話そう。
そう思って、気持ちを切り替えた。
ーーーーー
家に戻る。
千里が複雑な表情をしている。
わたしが、先に戸口をくぐる。
靴をチェックする。女ものの靴はない。
お父さん、だけか。
リビングに行く。
「ただいま、戻りました。」
「ああ、おいで。」
最初だけは、紳士的というか、偽善的に優しく振舞うんだ、お父さんは。
そして、何か理由見つけて、わたしに罰を与えるんだ。
お父さんからの罰はいやだ。
でも、志野くんなら。
この前、志野くんに、罰してもらおうと思った。
頼みこんで縛ってもらい、罰を与えてもらった。
でも、志野くんは優しかったな。
たしかに、罰は罰なんだろう。
でも、くすぐられて、苦しいけれど笑えて。
あ、でも、胸を触られた。かっと体が熱くなった気がした。
いやらしい声が出てたかもしれない。恥ずかしい。
こんどは、もっとちゃんとした罰を、ーー
「おお、立ってるじゃないか!」
お父さんが、妄想に耽っていたわたしの制服のブラウスのスナップボタンを外し。
そこから手を入れて、ブラの下に手を入れて。
そこを胸の突起を触った。
うん、志野くんのことを考えていて、なんかぞくぞくして、そうなっちゃったんだ。
お父さんのことを考えてじゃないんだ。誤解してほしくないな。
あいまいに笑ってごまかす。
千里の前なのに、こんなことしないでほしい。
千里の姿は見えない。
千里は挨拶せずに2階に行ったのかな。
階段の足音は聞こえなかった。
「ほう、なかなか。」
さわさわと数分間、先を撫でられた。
そしてスカートの裾から手を入れられて、下を撫でられてから、解放された。
「ところで、あいつはどうした。挨拶はないのか。」
「はい、ーー」
後ろをみる。千里の姿はない。
「ごめんなさい、お父様。挨拶なく上がったみたいです。」
「ほほう、ーー」
「罰してください、わたしを。」
面倒くさいから、先に言って省こう。
「ハハッ、よい心がけだ。」
口をあけて笑う。
歯が悪いのかな?歯が見えない、うつろな口がなんだか怖い。
「それはそれとして、」
急に、意地悪そうな目でこちらを見る。
「わかっただろう、お前の母親はもう長くない。」
そんなわけない!志野くんが、できるだけ治療を続けて、って言ってた。
それに、わたしのお母さんだけど、お父さんの妻、奥さんでしょ?
もうすぐ離婚するけど。いや、離婚はどうなるんだろう?
「ーーー。」
「どのみち、お前は俺のものだ。」
答えられない、答えたくないけど、そうなんだろうな。
もともと、そういう話になってた。
離婚したら、お父さんがわたしを引き取るって。お母さんもそれに同意したって言ってた。
お母さん。
少し恨めしくも思ったけど、お母さんも苦しかったんだろう。わかるよ。
この前、志野くんからのお金を手渡した時の、疲れたお母さんの感謝の言葉と笑顔を思い出す。
せいぜい土日の高校生バイトで稼げる額じゃない、ってわかってるだろうけど。
もう、どんな出所のお金かも聞かなかった。聞きたくなかったのかもしれない。
お母さんの笑顔をみて、胸がきゅっと締まるような思いがした。
そう、お母さんもわたしたちのために必死に頑張ってたんだって。
そんなお母さんを、恨めるわけないじゃないか。だから今は、もう、恨んでない。
お母さん、生きてほしい、って願うだけだ。それだけだ。
「ところが、あいつはそうではない。」
「はい。」
「お前の母親が面倒をみるはずだった。ところが、あいつも俺が面倒を見ないといけなくなった。」
「ーー。ありがとうございます。」
「ああ?俺はちゃんと対価をもらうぞ。」
読めてきた。きっと、お父さんは言うはずだ、ーー。
「お前が対価を払え。」
「この、家は、ーー」
「もちろん売る。」
当然、俺のものだと言わんばかりの口ぶり。
まあ、お母さんが死んだらそうなるだろうし、お母さんが生きてても、働けなければもう維持できないだろう。
「だが、ほとんど戻らない。借金だけ残るな、今のままでは。」
わたしの体を、舐るように見ている。貧相でたいしたことのない体だよ、そんな見ても仕方ないのに。
「それも俺が払うことになる。ーー何か言うことはないか?」
何も言えないけど。
「申し訳ありません。」
「それでだ、」
ビールをぐいっと飲んでる。
「この家のものとして、お前が払う。お前自身で払う。ーーいいな?」
「ーーはい。」
満足そうにうなずいている。
「それでだ、金を出してもいいというところがある。」
ごくりと唾を飲む。
解体ショーとかに売られるかもしれない女の人の話を、お父さんとドラえもん脂肪女が話してた。
わたしの運命も、それとあまり変わらないようなことも。
現実逃避したい。
志野くん。志野くんのことを考えよう。
あの力強い腕。優しいまなざし。うん、ちょっと時々意地悪で、わたしをくすぐり倒して、ーー
「奨学金も出してくれるし、お前の弟の学費も出してくれる。」
「!?」
奨学金、って、わたしのかな。
そんなうまい話が、ーー。
「ヤツザキグループを知ってるな。ーーあそこの本社に、俺の兄がいる。」
「ーーはい。」
地元の優良企業グループの一つだ。
志野くんが、何か調べたいようなことを言ってたっけ。
志野くんは、地元に残らないんじゃないかって思ってたけど、興味あるのかな。
「その兄が、話を持ってきた。」
また、ビールを飲む。飲み干したビール缶を、こともなげに片手でつぶして適当に放る。
それ、わたしが掃除するんだけどな。まあいつものことだけど。
「お前の話をしたら、お前を御前屋敷に住み込みの女中兼秘書見習いの特別奨学生として採用したいそうだ。
学業を優先していい、ただし、帰宅後は御前様、先々代でご隠居様だな、その身の回りの世話をしろと。」
夜、身の回りの世話を?
それって、もしかするとーー?
「ああ、夜伽のことを心配してるのか?それがあるかどうかはわからん。
ただ、仕える相手は、80過ぎの老人らしいぞ。
ーー詳しい話は、またしてくれるそうだ。」
お父さんが手を振って、新しいビールを要求した。
あわてて、台所の冷蔵庫から出して捧げる。こうして、片膝をついて渡せと言われてる。
お父さんが、満足そうに受け取る。
「対価は十分に払うそうだ。給料も出る。
そしてこの家の借金、お前とお前の弟の大学進学費用まですべての費用、そしてお前の母親への最高レベルの治療、そして介護費用。
そして俺にもいくばくか紹介料をくれるそうだ。豪儀だな。」
心臓がどきんと打った。
さらっと言ったけど、お母さんをちゃんと治療してくれる?
わたしも、そして千里も学校を辞めずに、大学まで行ける?
給料が出る。そしたら、志野くんにも、ちゃんとお金を返せる。
そして、お金がたまったら、仕事を辞めて、その、志野くんと一緒になれたり、ーー?
「嫌とは言うまいな。嫌といえば、お前の弟を退学させ、俺がお前の弟を働かせて回収するだけだ。」
もちろん、保険をかけてな。
すぐ回収できることになるだろう、心当たりがいくつもある。
そう言って、ニヤニヤしながらこちらを見る。
わたしは、あいまいに笑う。
選択の余地は、ないってことだな。
うん、でも、この話に応じれば。
しかもこの人から円満に手を切れる、ってことじゃないか。
つらいこと、苦しいこともあるかもしれない。
でも、これは自由への一里塚だ。
おじいさんの介護か。きっと食事の介助とか、糞尿の始末とかがあるんだろうな。
いいよ、大丈夫。望むところだ。
わたしは、まだ若い。頑張るよ。
お母さんのために、千里のために。
そして何よりも。
わたしを好きだと言ってくれた、志野くんとの明るい明日のために。