タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
さとみんとハルカちゃんとわたしは、病院の付属食堂に行くことにした。
日曜でも営業してる。ありがたい。利用時間は午前11時から午後2時までと、かぎられてるけど。
どれにしようかな。
学食にちょっと似た雰囲気。「カフェテリア ロザリア」って書いてあるけど、そんなにおしゃれじゃない。
最初に食券(プラスチックの、赤とか黄色とか白とかの楕円形の板だ)を買い、プラスチックのトレイを持ってカウンターで食券とごはんとを交換する。
プラスチックの背もたれと座板の金属パイプ椅子、そして味もそっけもない合板の天板と金属の脚のテーブル、ところどころに置かれた大きなポトスの鉢植え。
窓際の席を取ったけど、外は雨。垂れ込める雲ですこし暗い。
さとみんは鯖の竜田揚げ定食だな。あんかけがかかってるやつ。でも、さとみんはあんかけのあんがあまり好きではなさそうだ。あえてはがすことはしないが、よけてる。
ハルカちゃんはきつねうどんか。あったかくていいよね。七味とうがらしを振ってる。
わたしは。
「ええっ、それ!あり!?」
「さすがね、みなり。」
えへへ、と笑う。
うん、お子様ランチ。いけると思ったんだ。
あの区切りのあるお皿に、オムライスとか、キャベツのせんぎりサラダとか、ケチャップのソースがまぶされたヌードルとか、たこさんウィンナーとかが乗ってる。ちなみにちっちゃなゼリーもついてる。
この半楕円球状のオムライスの上の日本国旗が楽しい。いや、もう持って帰ったりはしてないよ?
なによりこれが安かったんだ。かけうどんとあまり変わらないくらい。
出血大サービスだよね。しいて言えばキャベツのせんぎりは少しぱさぱさしてみえるのが残念だけど、OKOK。
「少し味見する?」
さとみんが鯖を一切れくれた。代わりにパセリをあげると、眉が寄ったが、文句も言わず食べた。
さとみんでも、パセリは苦手だったのかな。悪いことをした。
ひとしきり、情報交換。いろいろほかのクラスのことも聞けると、楽しい。
根取くんは、ハルカちゃんと同じクラスらしいけど、心ある人は危険人物視してるみたいだ。
ほかの人の彼女に粉をかけようとするので、有名なんだってさ。
わたしにキスしようとしたのも、きっとそういう性癖のあらわれだったんだな。
一段落したとき、志野くんの話になった。
「それにしてもさ、あの男さあ、まれにみる好色男らしいっていうクラスでの噂だよ。」
ハルカちゃんが、ズズズとうどんの汁を啜りながら切り出す。
「みんな、なんか、変なことされてない?いやらしいこととかさ、」
ぴき、と空気が凍る。
うん、さとみんは志野くんがたぶん好きだし、救ってもらったからね。
怒り出すんじゃないかな。
そう思って横目で見る。
「いや、あたしは、特には。ーーほら、あたしこんなだし。きっと対象外なのよ。」
いや、すました顔をしてるけど、耳が赤い!ばれる、ばれるよ!
最近、同じ文化祭実行委員になったから、さとみんと志野くんの学校での接触は多い。
おそらく、さとみんが一番よく話す異性は、志野くんだろう。
それに、傍から見てたら、志野くんがさとみんの胸とか腰とかみてるのも、一目瞭然だから!
「そうかあ。みなりんは?」
でも他のクラスにいるハルカちゃんには、そこらへんはよくわからなかったようだ。
ふんふんと納得して、わたしに矛先を向けてきた。
「あ、えへへ。そんなことも、なかったこともなかったような?」
あいまいに笑ってごまかす。
うん、いろいろ変なことっていうか、キスもしたし、縛ってもらったし、うれしいこともしてもらったし、ーー。
「ねえ、調布さん。大丈夫かな?みなりんが変だよ。」
「え、ええ。噂は噂だわ、志野は結構紳士的なのよ。悪く言えばヘタレっていうか。」
「そうか、ボクには、ーーそんなふうじゃなかったけどな。」
「え? 何かあったのかしら?」
「いや!そういうわけじゃないんだ!あ、そういえばさ、調布さんのクラスも、文化祭はやっぱり、ーー」
わたしがトリップしてる間に、話は別の方向に転がっていったようだ。
だけどハルカちゃん、ちょっと何かどぎまぎしたような、わるいことをしたのがばれそうになったっていう顔をしてるな。
後で二人きりになったら、ちょっと揺さぶってみよう。うん。
ーーーーー
病室に戻ると、千里が来ていた。ただ、志野くんとの間には会話はなさそうだ。ソファの端と端に座って、千里は文庫本を、志野くんは怪しげなノートを読んでる。
「あれ、みなりんの弟さんかな?こんにちは!」
ハルカちゃんは、やっぱりこういう時は強い。あっというまに心の壁を乗り越えて、千里にいろいろ話を振っている。
ちょっかいを出されている千里も、戸惑ってはいるみたいだが、決していやそうではない。
ただ、ハルカちゃんは千里の座るソファの側にしゃがんでるけど、ちょっと膝の間に千里の視線が行ってるのに気が付いているのだろうか。
まあ知らぬが仏かな。
ちなみに志野くんは、わたしたちが入るとソファを譲り渡した。
ほらハルカちゃん、やっぱり志野くんは紳士だよ。
志野くんに近づく。
「志野くん。ごはん、まだだよね。2時で食堂がしまっちゃうから、行っておいでよ。」
「あ、オレも!」
千里もまだだったか。現金がなくなるのは痛いけど、仕方ない。
千里にお金を渡して、志野くんと一緒に食べておいで、と送り出す。
二人で肩を並べて食堂に向かうのを、廊下に頭を出して見送る。
ごはんを一緒にたべたら、少しは仲良くなるかな。
また黙りこくったままかもね。
ちょっと心配だが、志野くんなら大丈夫だろう。
ーーーーー
だべりながら過ごしていると、志野くんがまた話題に出てきた。
どうもハルカちゃんは、志野くんにあまりいい感情を持っていないらしい。
予測できたことではあるけれど、悲しい。
嫌っているというか、怖がってるという印象を受けた。
みかけはちょっと気難しそうかもしれないけど、志野くんが怒ってるところ、ほとんどみたことないんだけどな。
ハルカちゃんは、志野くんのことをあまり知らない。
だから、志野くんのことを知らない人としては一般的な反応かもしれない。
でもわたしや、さとみんはちょっと違う。
わたしは、あのカエル男から救ってもらったこともあるし、アルバイトを通じて助けてもらってる。
わたしの本当のお父さんを探しに迷い込んだときも、助けてもらったし。
そしてその本当のお父さんを助けるために、いろいろと骨を折ってもらってる。
一緒に開かずの間を探検して、その、いろいろしたことも。
でも、それらすべては、さすがにハルカちゃんに話せない。少なくとも、今は。
確かに、志野くんはいきなりわたしを好きだとぶち上げて、それでわたしもなんとなく付き合い始めたように見えるのかもしれない。
うん、それに視線がわたしの脚とかさとみんの胸とかいろいろ行ってるのもクラスの人たちには明らかだし、そこから噂だけ聞けば単なる女好きのむっつりさんだ、あまりいい印象はないのかもしれない。
ハルカちゃんとか、ハルカちゃんのクラスの人たちの中の志野くん像は、そうなんだろう。
だから、ハルカちゃんたちには、よくわかってないんだ。
わたしが、なぜ志野くんを好きなのか、ってこと。
でも、わたしが、志野くんを好きなのは、単に志野くんから好きだって言われたからだけじゃない。
いろいろ冒険を一緒にして、志野くんのことがよくわかって、ますます好きになっちゃったんだ。
でも、表からみてるだけじゃ、その二人の経験はわからない。
だから、それを伝えたい。伝えたいけど、今は、まだダメだ。
もどかしいな。
あと、ハルカちゃんは、もちろんさとみんと志野くんのことも知らない。
だから、どんなに志野くんがすごいのか。大変なことをしてさとみんを救ったか、知らない。
それで、うっかりとさとみんの地雷を踏みかねない発言もしてる。
もっとも、さとみんは男の子には超絶きびしいけど、女の子にはやさしい。
ときどきピキッときてるのかもしれないけど、表面上は志野くんの悪口みたいな発言があっても、穏やかに受け流してる。
あれ?
いや、ちがうのかもしれないぞ?
わたしも、志野くんの悪口っぽいこと(もっともハルカちゃんも、一応わたしが志野くんとつきあってるって知ってるから、そんなに露骨にはいわないけど)を言われても、そこまでピキッとこない。
覚えるのは、むしろ、優越感なんだ。
あー、知らない人にはそう見えるのかー、ふうーん。
でも、わたしは知ってるんだよ☆志野くんの本当の姿を!
っていう、優越感だ。
さとみんも、わたしと同じなのかもしれない。
しかも、さとみんはさとみんで、結構意地っ張りな女の子だからねー。
悪口の言い合いをして張り合ったりしてるけど、おなかの中では、優越感に浸っているのかも。
「そうだよ、意地悪だよ!ボクはそう思うね。」
「そうね、意地悪なところがあるかも。ーーでも、もっと意地悪にしてくれていいんだけど。」
「ええ”、調布さん、ーーなんかすごいね。」
さとみんがうふふ、と笑ってる。そして、ハルカちゃんが少したじろいでる。
うん、わたしにはもうぴーんときてるよ。
さとみんの心の内が。
確かに志野くんには、ちょっと意地悪なところがあるよね。
わたしをあんなにくすぐって、悶えさせて。
でも、その後ですごく優しくしてくれた。
さとみんも女の子だよ、きっと志野くんの意地悪なところも経験したのかもしれない。
でも、その後で、きっとそれに倍する優しさをもらったんだろう。
あれ?ちょっとさとみんが、うらやましくなってきた。
どんなことをしてもらったのか、あとで聞き出そう。
「それにしてもさ、この病室。」
ハルカちゃんが、お母さんのところにまた戻って、そして周りを見回してる。
「気のせいかな、ちょっとなんか、陰鬱な『気』があるっていうか、ーー」
うん、出たよ!ハルカちゃんのオカルト趣味!
ハルカちゃんは、養殖系の不思議ちゃんとして、もちろんオカルトにも一時嵌ってた。
廃病院や謎の集落に突撃!ってやってたな。よく無事でいたものだ。
ただ、たぶんハルカちゃんにはほとんど霊感らしいものはないと思う。
これも、たぶんそんな不思議言動の一つなんだろう。
さとみんは、それでも女子相手には無限に発揮できるらしい包容力で、うんうん、と聞いてあげてる。
陰鬱な気があるのかー。わたしにはよくわからない。
まあ、病院だしね。しかもこんな雨の日だから、陰鬱でない方が変だろう。
幽霊は怖いけど、お守りでも置いとこうかな。
2時少し過ぎに志野くんと千里が戻ってきた。
気のせいか、二人の距離が近くなっている、気がする。
いわば、良きライバルのような?
強敵と書いて「とも」と呼ぶような?
まあ、そこまでかっこいいものじゃないのかもしれない。
でもなによりだよ。
その日は、次の日授業だし、あまり遅くなってもよくないよねということで、さとみんとハルカちゃんには3時過ぎには帰ってもらった。
千里はまだ残りたがっていたが、宿題もある。先に帰らせた。
そして今、6時半。
ずうっと夕方みたいな天気だったけど、いよいよ夜になってくる。
「志野くん、帰ろうよ。」
この言葉を聞いて、志野くんがとても複雑な表情を浮かべたことに、わたしは気づいた。
何か懐かしむような、愛おしむような、そして、哀しむような。
それがなんだか、分析しきれていない。
とても複雑で、ほっとして安堵したような、うれしいような感情も混ざってる気がするんだ。
前も、この言葉を言ったとき、似たような表情を浮かべていた。
そのときに、この言葉が嫌いなのかな?と思ったけど、でも口癖だからか、つい言ってしまった。
別の言い方をすればよかったかな。
あまり立ち入って心の傷を痛ませるのは嫌だからあえて聞いたりしないけど、その言葉自体を嫌ってる感じはしない。
志野くんが以前に知ってた人が、この言葉をこの口調で言ってたのかな。
前の彼女とか?
そう思うと、少し妬ける。志野くんは、わたしのものなのに。
でも、志野くんは志野くんで、過去や将来はともかく、今はこうしてわたしと一緒にいてくれる!
大好きだよ、志野くん。
手を引いて、廊下に歩き出す。
ナースステーションで看護婦さん(志野くんはときどき、かんごしさん、とよぶ。業界用語なんだろうか)に挨拶して、廊下を歩き、階段を下りる。
今日は一日雨で人影も少ない。ホラー映画の中みたいだ。
そういった印象もあって。
志野くんと一緒に寄り添って帰るときに、ハルカちゃんの「悪い気」発言について言ってみた。
まあ、女の子はそういう話題が好きだからね。わたしも幽霊は信じてないけど、怖いから、つい、安心したくて。
志野くんは、合理的な人だから、きっと笑い飛ばしてくれると思ったんだ。
ところが志野くんは、ちょっと不意を突かれたように目を瞬かせた。
「そういうものが、あるのかなーー。」
「あまり気にしなくていいと思うよ。ハルカちゃんって、」
いろいろそういう奇矯なことを言ったりしたりしてみたい人だから。
そういうが、志野くんはちょっと気になったらしい。
いいお守りでも、買いに行こうよ!ほら、神社とかにね。
そういうと、そうだね、と目をほころばせた。
市内には、大きな神社もある。デートスポットにもなってる。
近くに、その、恋人たちが安らぐホテルもある。
うん、最初の場所って、そういうところになるのかな。
開かずの間を使うのは、不謹慎すぎるよね。
ちょっとどきどきする。
「あの飯場の近くの集落。上流に、竜神様の神社があるんだ。」
志野くんが、考え込みながら言った。
「天気が悪いとつらいけど、一度いってみてもいいかもね。」
「そうだな、ーー下見もしたいし。」
そう、それがあるんだ。
わたしも、お父さんを助け出すために頑張らなきゃね。
ーーーーー
志野くんは過保護だ、と時々思う。
そう、こういうとき。
まだ7時前だ。バスに乗っても7時半、そんなに危ない時間帯じゃない。
にもかかわらず、こうして家のそばまで送ってくれる。
わたしのことを、心配してくれてるんだな。
あと、もしかすると、わたしとその、キスしたいのかな。
今日も、家の側で、あたりをいつもの2倍以上の慎重さで確かめてから、ぎゅっとしてくれた。
そして、キスしてくれた。
相合傘で来てたけど、傘を取り落としそうになってた。
わたしもどきどきして、顔に雨粒がはらりと落ちても、全く気にならなかった。
よし、元気の補充ができた!
来週は試験前週だけど、試験に向けて頑張ろう。志野くんに勝って、お願いを聞いてもらうんだ。
それに奨学生になるんだったら、生半可な成績じゃ恥ずかしいしね。
そう、わたしは思った。
スーパーに行き忘れたのに気付いたのは、家に到着して冷蔵庫を開けた時だった。
うん、明日だ。明日がある。