タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
病室から出た僕と紫藤弟は、顔を見合わせ、そして、仕方ねえな、という感じで黙ったまま、食堂へ廊下を歩きだした。
紫藤弟は、中学2年生だと聞いたことがある。紫藤にちょっと似てるところがあるが、線の細い美少年だな。
よく知らないけど、薄い本で受けに回らされる側だ。
いや、もしかすると鬼畜な攻めに回ってるのかもしれないが、そこらへんの業界事情は、よくわからない。
あくまで今日、顔合わせした限りの印象だが、あまり彼の僕に対する感情はいいとは言えないようだ。
たしか以前は助けてあげたような気がするけど、大きなお世話だったかもしれない。
僕が余計なことをしたせいで、その後、あのヤンキーどもにお礼参りをされたのかもしれないしな。
悲しく思いながらも、病院付属のカフェテリアに到着。もう30分しか食べる時間ないぞ。
カフェテリアのシステムは、学食とかと同じだ。いや、あれより原始的だ。
食券を買って、カウンターで注文して食券を渡すシステムだ。一応は自動販売機だった僕の高校の学食と違い、何とこちらは人が売ってくれるようになってる。
経営コンサルとかに相談すれば、人件費の無駄を指摘してくれるだろうか。
「ーー」
あ、紫藤弟が戸惑って固まってるな。かわいいところがあるじゃないか。
頭がいいんだろうけど、こういうところはまだまだ中坊だ。
差し出がましくもシステムを説明してやり、食券売りのおばさんから買うところを実演して見せる。
食べるものはなぜか同じになり、同じカウンタに並んで注文する。
雨が降ってることもあって閑散としているが、ラーメンの丼を受け取り、カウンターに備え付けてあるラー油と胡椒を入れたあと、窓際のテーブルに座ってみる。窓から、梅雨のうつうつとした空を見上げる。
「いっすか、ここ。」
ふと見ると、紫藤弟が向かいにトレーを置いて座っている。
「ああ、いいとも。」
心あらずで、そう答える。
そうだ。救出作戦のとき、晴れると仮定していたが、雨のこともありうるな。
せっかく実験室を借りて作ったアレ、どうしよう。使えないぜ。
「先輩、
いきなりぶちかましてきやがったな。
病室では「うす。」「ああ。」くらいしかやり取りがなかったんだ。その後、紫藤弟はムスッと黙り込んで本を読んでた。
実質的な会話は、これが初めてだ。
ちなみに、「オレの」はすこし強調されてた。関係の近さの強調?それとも、所有の意味での強調?
「ああ、ーー何か?」
「あきらめたほうがいいっすね。オレがきちっと面倒見るから、先輩は無理しなくていいですよ。」
ぬう。
なかなか強敵だ。
ハリネズミが体中の針を逆立ててるみたいに、敵意でいっぱいに覆われてる感じだ。
「それはできないな。無理もしていないし、」
僕は彼女を愛してるからね。もう自分でもどうしようもないほど。
そう言ってのける。
ちなみに周りには人がいない。雨だし、閉店時間も近いしな。だから言えた。
紫藤弟は、うっ、とのけぞった。100ポイントのダメージ(印象)。
彼はしばらくラーメンを啜りながら考えていたようだったが、反撃してきた。
「先輩、姉ちゃんの裸ってみたことありますか。」
ぬ?
「オレ、バッチリ見たことありますよ。」
椅子に浅く腰かけてふんぞり反ってる。勝利宣言かよ。
「そりゃ姉弟だからな。小学生くらいのころまでなら、あるだろうーー、」
「いや、ここ1か月の間っすね。」
クソッ!
「ちなみにここに黒子があるっすよ。」
なんだと!
僕が見たのはあのクソ動画だけだ。画像が荒くて黒子なんかわからなかったよ。
「ーー僕は残念ながらないな、だけど今の君の発言を聞いて、必ず近いうちにじっくり眺めて確認しようって、心に誓ったよ。」
うっ、と前かがみになった彼は、ナルトを箸でつまんで嫌そうに口に押し込みながら、さらに声を潜めつつも、えげつない攻撃をしかけてきた。
「先輩、姉ちゃんのアソコってみたことないっすよね。」
うがっ。
こいつ、見たのかよ。いつ。どこで。
まあ、裸を見たことがあるって言ってたけど、多分お風呂だよな。うん、そうだ。
だったら、ーー
「ちなみにオレ、お風呂以外でも見たっすよ。」
ぐはっ。
重傷だ!衛生兵、衛生兵!
「そうか。その道では今のところ君が先輩にあたるのかな。ハハハ。」
「ええ、追いつかせるつもり毛頭ないですけどね。」
強敵だ!
だが。こっちにしかないアドバンテージもある。姉弟では、まさかこれはしてないだろう。
「そのうち追い抜いてゴールに駆け込むさ。残念ながら今は
「ッ!」
よしよし、ダメージを与えたぞ。
悔しげだ、歯を食いしばっているな。イケメン顔が歪んじゃってるよ。
これみよがしにいちゃつきやがって、とかつぶやいてる。背筋が寒い。
どうやら誰にも見られてないと思ってたけど、家のそばの公園でいちゃついてたのを目撃されたらしい。それくらいしか思いつかない。
それはさておき、敵への追い討ち材料はないのか。
そうだ、こいつあの濃厚なエロ漫画本を所有してやがったな。
「ーーそれにしても弟君は○○◎◎の漫画にでも迷わされたかな。姉弟ものは、ほとんど全部、悲劇に終わってたと思うが。」
「先輩、『○○荘の少女』忘れてるっす。あれ、ハピエンっすよ。」
「ああそうだな、それに『◆◆の挽歌』も、ハッピーエンドと言えなくはないな。」
「いや、あれハピエン違うっすよ。社会から完全、脱落してるじゃないっすか。」
「だけどさあ、姉弟ものって、社会に受け入れられるのが無理じゃないか。だから、ーー」
議論に熱が入り。
キモいけど意外と面白い奴だ、と思った頃には、もう営業時間が終わりかけてた。
二人であわてて冷めて延びきったラーメンをかきこむ。味なんて、わからない。
「先輩の言うとおりっす!オレも思いますよ。古代エジプトに生まれてたら、オレ絶対勝ち組だったのにって。現代社会は間違ってるっすよ。」
食器の返却口で並んでトレーを返しながら、目を輝かせて熱心に言い募ってる。うんうん分かったから。
外見でイケメンリア充組に分類してごめんよ。君、こっちグループの人だったのね。
彼女いないだろ。
「ちなみに君、彼女は、」
「突然セクハラっすか?いるわけないじゃないですか。それにみなり姉を超える存在なんてないっすよ。ふざけてるんすか先輩。」
「だよな。」
彼の熱弁を受け流しながら、思う。
究極のところでは、彼はライバルだ。
だが、紫藤を守るという一点では、共闘できる、と。
ーーーーー
病室に戻る。
女の子3人は、仲良くおしゃべりしてる。
紫藤弟とさっきまで紫藤のどこがいいのか議論してたんだが、続けられる空気じゃない。
ちょっと惜しい気がする。いろいろ僕の知らない紫藤情報も得られていたんだが。
また機会があったら聴取しよう。
どうも紫藤弟もそう思ったらしい。
少し名残惜し気な波動を彼からも感じる。紫藤がめざましい関係改善の気配に気づいて、目を瞠っているな。
その後、3時くらいには紫藤弟も含め、僕と紫藤以外は返すことにした。
まあ個室だからしゃべってても邪魔にはならないんだが、明日も学校だ。連日遅く返すわけにいかない。
僕と紫藤も、面会終了時刻を待たず、少し早く引き上げることにする。
「ねえ志野くん。」
千里(紫藤弟ね)とは仲良くなったんだね、何話してたの?と聞かれて、いや漫画の話とか歴史の話とか。みなりの話も出たよ、とごまかす。
ふうん、とちょっと半信半疑でこちらを見ているな。嘘は言っていないぞ。
国領情報とかを聞く。人の交際に口出して馬に蹴られるであろう根取の情報とか。
まあおせっかいが度を過ぎてこうなる人いるよな。
話がひと段落したときに、その話が出た。
「ハルカちゃんが、病室に『悪い気』があるってさ。わたしはそんな信じてないけど、ーー」
うん?
「悪い気」か。
考えもしなかった着眼点だ。
「あの」病室に何かがあるとは、全く思わない。そもそも紫藤母は、入院前に倒れてる。
幽霊とか風水とかいったものが全くないとまでは言えないが、実証はされていない。
ただ、実証されないとして、存在しないと扱っていいかとは別だ。
神がいないのならば、地鎮祭なんて意味がないはずだが、たいていの建築現場でやってる。
人間側の心理的な何かの問題を、あれで解決してるんだろう。
また、僕は妙な機縁で2回目をやり直すことになっている。
実証はできないが、この世界は脳死状態の僕が見ている夢の可能性もあるわけだ。
今のこの2回目の世界が脳死状態の僕が見ている夢であれば、妙な論理、「気」みたいなものがあってもおかしくない。
他方、2回目の世界が現実だとしても(夢にしては多すぎる情報量から、現実だという可能性が高い)、超自然的にみえて、科学的な背景を持つ何かがあってもおかしくない。
何かあの紫藤母をみていて、僕の超感覚センサーに訴えかけるものがあるのは事実。
現在の医学ではマークしてない何かの可能性。あるか。
そもそもこの超感覚(と僕は便宜上呼んでいるが、一種のゾーン状態だろう)もある意味、変だもんな。
僕が考え込んだのに気が付いて、紫藤があわあわしてる。
どうも本人的には、「ハルカちゃんがまたこんなこと言ってぇ」みたいな感じだったらしい。
んで、唯物論者の僕に否定してもらいたかった、と。
うん、そんなものは信じてない。ただ、お医者さんは、紫藤母の状態は「深い眠りに落ちている人に近い」とも言ってたな。
息を忘れるくらいの眠りというのは、どういうものかわからないが。
暗示?催眠?火傷の症状を催眠暗示で発生させることができるという都市伝説はあったが、ーー。
うん、素人がいろいろ考えてもわからないな。
古来からの伝統医療が、科学的には説明がつかなくても病気の症状を癒すように。
お守りを置いたりお祓いをしてもらったりして、ある種の心理的な影響を取り除くことも試みてみようか。
そう、心の中で整理をつけた。
その後、紫藤を家まで送っていった。
正直にいおう、いちゃつきたかったんだ。
ただ、従来の4倍くらい、周囲に気を付けた。
でもその価値はあった。
ほとんど人の乗っていないバスに乗って、家に戻る途中。
紫藤とのキスで生じた多幸感を感じながら、僕はそう思った。
あ、しまった。今日は国領に勝負を持ち掛けるのを忘れたな。まあいい。
家では、もちろん遅くなったことを怒られた。しかたない。
ーーーーー
月曜日。
調布はすっかり元気になって元通りだ。その弁舌で級友たちをきゃいきゃいと喜ばせたりしてる。
今日と明日は午前中のみ授業。午後は正規の授業がない、クラス対抗での球技大会だ。
すこし空気が、浮足立ってる。
僕はお昼休みを、チームメイトと取った。紫藤たちもおそらくチームワーク重視なのだろう、出場予定のバレーボールのチームの仲間たちと取ったようだ。
僕のチームの初戦は、さほど苦労せず突破した。
相手チームは、そのクラスから出てる2チームのうちサブの方だ。経験者も1人いたが、力押しで勝てた。
2戦目はかなり接戦。青山の3ポイントシュートが節目で決まって、勝つことができた。
トーナメント形式だが、同じクラスでの対戦は原則、避ける。同じクラスでの対戦になったとき(ベスト4とかになるとそういうケースがある)、くじ引きでの決定になる。
公式ルールより試合時間の設定は短い。同士討ちもなく勝ち進んでる。僕も得点はあまり取れてないが、リバウンドはかなり。
準決勝、決勝は明日だ。今日はこんなところだ。ほかのチームの応援に行くか。
紫藤と調布が出ているバレーボールの試合を見に行く。
うん、なかなか。
調布がアタッカーで、破格に切れのいいスパイクを打ち込んでる。そのたびに体育館が歓声と悲鳴とで揺れる。
踏み切って、体を反らしてボールを打ち、着地する一連の動作が流麗だ。運動部ではないのに、それに匹敵するパフォーマンスに見える。
打ち返されることもあるが、紫藤がひゅうっとボールの着地点先に飛び込んでレシーブを打ち上げる。懸命で献身的な動きが、なんかスポ根の劇画のヒロインのようだ。
この時代、女子の体育服はまだショートパンツになってない。下半身は、あのレオタードみたいなアレだ。体育は男女別なので、体育服の女子を間近にみる機会は乏しい。思わず食い入るように脚を見てしまう。
そして相手チームにショートカットの端正な横顔の女の子を見つけて、少しだけ胸が締まる。
1回目の3年生で、何かの機会で言葉を交わして好きになってしまった子だ。もちろん、何も進まなかった。
たしか2学期目の終業式の寒い日、彼氏と一緒にいるところを見て、僕の仔犬の恋が終わったんだったな。
もう終わった、いやこの世界では始まりもしない話だ。
女子バレーボール部だったと思う。彼女は奮戦してるが、流れはこちらチームか。
うん、今、紫藤がレシーブに走った。
あのすごい速さのボールに、よく飛び込んでいけるよね。僕はこの球技、苦手だったな。
躊躇もなく飛び込んだ紫藤を、目が追ってしまう。いや、似たような奴ら多いけど。体育館の床にダイブした衝撃で、うっ、と可憐な声。前屈みになるなお前ら。
僕の目線はばれやすいんだったな、調布に言われてたのに、油断してしまった。
調布や紫藤のちょっとデリケートな場所を見てるのがまたばれてしまう。
だって、特に調布。あの体を反らして打つときの下腹。そして腰。見逃せないでしょう。弓なりに脚まで後ろに反らして打つ瞬間、腰骨や恥丘がかすかに浮いて見える気がするんだ。ネコ科の肉食獣みたいな滑らかな動きの美しさも半端ない。紫藤母の病室では作動しなかった超感覚が作動しかけてる。
高木がこっちをみて、苦笑してる気がするが、今はそっちを見る余裕はない。高木からみても僕のガン見ひどいのかな。お前は鶴見さん見てろって。ほら、調布より大きいし揺れてるから。
そして折しも、強烈なスパイクへのレシーブが流れて、すごい速さで飛んで来るボール。悲鳴。
騒がなくていい、こんなの朝飯前だ。
そのまま一人はさんだ隣で僕と同じように観戦してた女子生徒に当たるコースだったそのボールを、ゆっくりとした初動で隣の席の人の前に身を乗り出し、手をいっぱいに伸ばして軽々とキャッチする。勢いはついてるが、超感覚で回転と強さを察知できれば、それを柔らかくいなして巻き取る動作を取ればいい。普通にパスを片手で受け取るのと同じようなものだ。
うん、あっけにとられた感じが周囲に走る。ほいっとなんでもなさそうに、サーブ権の移動した側のチームに投げてやる。
一瞬ざわっとしかけたが、審判の笛で試合が再開すると、試合の熱狂の中にまぎれていった。
「ありがとうございます。」
「あ、いや。よくあることだよね。無事でよかったよ。」
当たりそうだった女の子の礼に答えると、ポッと赤くなった、気がした。うん、ワンチャンある?
違うクラスの女子生徒だな。少し前に流行ってた、黒い縁の眼鏡をかけてる。長めの三つ編みの黒い髪。ある意味、紫藤よりも正統派の文学少女っぽい。
眼鏡に当たったりすると大変だからね。よかった。
反対側の横の高木が、よく取れたなと感心してる。超感覚発動の結果だ、つまり偶然だよ。
時計を見ると、そろそろ隣のコートに行くべきかな。うちの男子のバレーのチームの試合がある。
紫藤たちの試合は、まず勝てそうだ。うん。
最後に紫藤がセットしたボールを調布が打ち込んでポイントになるのを見て、僕たちはコートを移動した。
ーーーーー
放課後。
球技大会後は、たいていみんなお祭り気分だ。
定期試験前の部活休止は1週間。ただ、期末試験は水木金なので、その前の週の月火の球技大会までは部活OKなのだが、多くの部活では休みにしてしまっている。やってるのはゴリゴリ体育会系の野球ラグビー吹奏楽くらいだ。
だからいつもは見ない組み合わせで教室に残ってしゃべってたり、三々五々帰っていったりしてる。
あまり帰りがけに遊ぶのはいい顔はされないが、禁止はされてない。マックに寄ったりするくらいは、十分に許容範囲。
そんな中で。
僕は事前の約束どおり、試合が終わると(球技大会の日は、流れ解散でホームルームはない)、調布と紫藤との会談のため、例の仮部室である資料倉庫にやってきた。
ノックして入る。
「志野くん?どうぞ。」「ーーー、志野。」
紫藤と調布がいた。紫藤がにこにこと答える。
調布が緊張した顔をしている。
なぜか机が周囲に除けられ、中央に広いスペースが開いた部室。
なんでレイアウト変えたんだろう、と僕は疑問符を頭に浮かべながら。
紫藤に導かれるままに、ソファに腰かけた。