タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
順番が前後してしまいますが、通算63話(「傾斜に逆らって進む(5)(志)」、土曜日に紫藤母のお見舞いをして、紫藤が紫藤継父に途中から面接に連れて行かれたところ)から、通算65話(「新しい分岐線(1)(志)」、で調布を志野が送っていったところ)までの裏、調布視点です。β版で、ところどころ細かい点を後で修正します。
みなりが、みなりのお父様とお医者様とで話をするということで、わたしと志野は待合室に向かった。
私と志野は、人気のない待合室で顔を見合わせた。思わず二人とも、苦笑が出た。
視線のやりとりでほぼ共通の理解に至ったことは確信していたが、一応言葉でも確認する。
その1。みなりのお父様が、直接的に手を下す行動に出る恐れは低い。
その2。みなりのお父様は、どうもひどい女好きのようだ。
その3。みなりは、みなりのお父様にかなり強い苦手意識がある。
その1。みなりのお父様は、一見、人好きのする人物に見えた。
かなりかっこいい方だろう、風采もよく、恰幅もいい。
少しラテン風な(?)いい加減さ、不良っぽさ。
こういう男性を好む女の子も多いだろう。
男性的な魅力があると言ってもいい。
また、志野の事前の危惧とは異なり。
それなりに社交性があり、外面、世間体をそれなりに気にするタイプだ。
表面的には暴力的ではない。いきなりみなりの小母様に危害を加えるような行動は、取らないだろう。
ただし。その2。
同時に私は、みなりのお父様の視線に少し荒んだものを感じた。
そう、私の胸や体をそれとなくチェックする視線。
どこか、あの私の元家庭教師だった鬼畜に似たものを感じる。
物として、あるいは獲物として見る視線だ。
そして、その視線は私を気に入ったようだった。
人から体を褒められることは時々ある。みなりからもときどきうらやましがられる。
それはそれでうれしいことも事実。デカ女と貶されるよりいい。高すぎる背などコンプレックスもあるが、自分でも意識的に鍛えたし、今では気に入っている。
ただ、その賞賛の視線に、妙な粘っこさが入ってくるのは嫌なのだ。
そして、みなりのお父様の視線は。
明らかに、狩るべき獲物として私を見ている視線だった。
そして、その3。
義理の娘であるみなりに対する態度にも、違和感がある。
みなりに、べたべたと触る様子。
それに対して、みなりは明らかに緊張している。父親を恐れている。
私の家で一度、一緒に勉強したときも、父親に対するみなりの感覚に違和感を持ったことがあった。
あまりいい関係とはいえないのだろう。
中学のころ、同級生に厳格な門限管理を親にされてる子がいた。その子に似てる。
多分、些細なルール違反に対して、しつけと称した体罰があるのかもしれない。
あと、もう一つ。これは気のせいかもしれない、そうだといいけれど。
みなりに対する視線も、私に対する視線と似て。
物、獲物に対する視線で、しかも性的な欲望も、わずかに透けて見えるように思えた。
もしそうだとしたら?
この男、みなりのお父様は、みなりにとって危険かもしれない。
まだみなりは、子供っぽいけれど、成長してきたら、ーー。
そのことを、私は頭のメモに書き込んだ。
あと、ついでにいえば、志野に対する態度もあまり気に入らない。
志野は眼中にないとばかりに、意図的でないにせよ軽視する態度。
学校のクラスでは、調子に乗った男がこういう態度を取ってたな。
たいてい、そういう奴はべたべたして甘ったれてくるので嫌いだった。
みなりの小父様と話をしている間、志野がすこしひやひやしているのがわかった。
心配をかけて悪かったと思う。そんなに怒ってはいなかったから。
でも、居心地がよくなかったのも事実。
だからお医者様が来て、私たち二人は待合室で待機となった時は、正直ほっとした。
お互いに意見を交換する。おおむね志野も私と同意見。
もちろん、視線を向けてくるのは志野も同じだ。
かつては鬱陶しかったけど、今はそこまでではない。
というより、もっと見てほしい。
最近、ときどき暑いふりをして胸元を開いてパタパタしたり、スカートを以前より少し短くしたり、裾を翻してみたり、目を引くようにしてみている。
ところが反応を確認しようと志野を見ると、きまり悪げに目を逸らす。あからさまに。
なんなの一体。
いや、そういう話じゃなかった。
志野が、僕も気をつけないとな、と変人にしては殊勝な、反省めいたことを言っている。
まあ、一般論としてはそうだ。
ただ、私にとっては、そして志野については、それはうれしくない。
「まあ、志野ならいいわよ。特別に。」
ちゃんと見て誘惑されなさいよ、とは口が裂けてもいえない、この性格。
だがこれでは、関心を持ってもらいたい、という思いが伝わらない。いや、伝わらなくてもいい、伝わったら大変だ。痴女みたいじゃない。でも、これだけじゃ、ちょっと言い足りない。
意地っ張りと見栄と欲望が綱引きしあって混ざりあった末に出てきた私の言葉のベクトルは、妙ちきりんな方向に向かってしまった。
「馬鹿な男子高校生だったら、脳内フィルムに記録されたり、夢として再生されて出演させられるくらい、仕方ないでしょう。」
なんだこれは。寛容さを示したいのか、自分を出演させろというウザい誘いかけなのか。
あんまりだ、顔から火が出そうだ。臍を噛んでもいいなら、今この場で噛みたい。いや、舌を噛んで死にたい。穴があったら自分を簀巻きにして放り込むだろう。
志野は、やはり彼らしい諧謔でその場を収めることを選んだ。顔を輝かせて跳ねるように立ち上がろうとする。自分がさらなるピエロとなることで私の体面を守ろうとしたわけだ。
彼にツッコミをいれながら、密かに感謝する。こんなわけのわからない女に気を遣わせてごめんなさい。
ただ、彼の夢なり脳内幻想なりに実際に出演させられてるなら。
やはり詳細が知りたい。
「お仕置き、ねーー、」
場合によっては、現実世界で再現したい。私が彼をお仕置きするのか、私が彼にお仕置きされるのか?
ーーーーー
夜の道を送ってくれるのは、二度目になる。
一度目と同じく、私には刺激的な、夢の中のような幸福な時間。
みなりに言われたように、3人での話し合いの時間のアポを志野に取る。月曜日でいいとのこと。急な話だけど、あの子も月火のどっちかならいいって言ってた。明日の朝、忘れないように伝えよう。
志野は球技大会に関心があるようだ。やっぱり老成してるように見えても男の子だ。
もちろん男の子としての闘争本能があるんだろうけど、女子の応援とかにかこつけて意中の子、みなり、を見るのが楽しみなんでしょう。
わたしは運動は好きだし、自信もある。
ただあの学校の体育服は好きでない。あのぴっちりしたブルマね。
体の線が露骨に出てしまう。気を付けないと、お尻とか、はみ出たりしかねない。
できるだけジャージを着るようにしているが、さすがにこのじめじめした蒸し暑い季節には無理だ。
しかたない。プラスの面にも目を向けよう。志野もみなりのついでに、少しは見てくれるかも?
天気が崩れてきた。ぽつぽつと降り出す。
今日は午前中の予約の後にそのまま来てしまったから、雨具を持ってきていない。失敗だ。
志野は、ーー。
彼は私に、いわゆる相合傘をしようと申し入れた。
ーーーーー
志野は私に折り畳み傘をかけて、すぐ後ろに、そう、息がかかるくらいにぴったりと後ろに接近して歩いている。
勘違いしてしまいそうだ。彼が、私のことを好きだと。
違う、あくまでこれは。折り畳み傘が小さいので、はみ出さないようにするには、こうするしかないのだ。
彼は私のことを大事には思ってくれてるのだろうけど、好きなわけではない。
視線がよく追うのも、まあこの胸とかへの興味関心だろう。ほかの男子からも似た視線は飛んで来る、特別なものじゃない。一般的な性的関心だ。
そう、浮つく心に言い聞かせる。
「それでさ、志野。この前、話したことだけど、ーー」
そっと、あの契約のことを確認しようとする。
あくまで、志野は不健全な性欲のはけ口に私を使うだけ。私を愛してのことではなく、みなりを裏切るわけではない。
志野を愛していて、関係を持つことでみなりを裏切るのは私であって、志野ではない。
ただ、この事情は傍目にはわかりにくい。
明日、もしみなりと3人で話合いをするのであれば、このことをどう伝えるのか、あるいはぼかして伝えないことにするのかということは、再度、確認しておく必要がある。
志野はこうみえて、変に気を使う。私にすら、気を使おうとする。
私に気を使って、みなりに志野が裏切ったと誤解されるようなことを口走らせてはいけない。
直截的なことは言いたくないので、少し回りくどい聞き方になった。
志野は、じっと聞き入っている。
「みなりには、誤解されないようにするべきだと思うの。だからあたしは、あなたの、その、あくまでただの、その、ーー性欲関係の処理担当。男の人が結婚しても時々行くっていうお店みたいなもの、ってことで、(伝えても)本当にいいのかしら。」
そうしたお店の名前、何かあったはず。国名はダメってことで変えられて、今は、そうぷ?とかに変えた、ってニュースを昔、みたと思う。
本当に聞きたいのは、やっぱりみなりには伏せるか、ぼかしておくべきじゃないか?ってことだった。
あのとき。
みなりに、断罪を乞うたとき。
みなりは、恐ろしく美しい笑みを浮かべて、姉妹になりましょう、って言っていた。
つまり、みなりの弟と付き合わないか?ってことだ。
みなりの弟と付き合えば、みなりとは義理の姉妹になる。
そういう関係でいよう、親しく付き合う仲でいよう。それなら許す、と言いたかったのだろう。
みなりの弟は、前、写真を見たことがあったかな。とてもかわいい美少年だった。頭もよさそうだった。
みなりも、弟について不平を言っていたが、とても大事にしてることが伝わってきた。
みなりの弟と付き合うとなると。
ーーいや、私にはそんな気はないのだけれど。
もし仮に付き合うとすると、もちろん志野と体の関係を持つようなことはできない、というほかない。
相手、その少年を、裏切ることになるし。
しかも、みなりは潔癖だ、ーーと思う。あくまで私たちのは体の関係だっていうことに、納得してくれる気がしない。
いや、体の関係はなくてもいい。志野と言葉を交わすこと自体、禁止されるかもしれない。
それだけは、ーー。
でも、私は罪人。もしみなりがそれを求めたら、従うしかない。
だけど、小狡く汚い私は、それを恐れる。
何も伝えなければ、知らなかったこととして、ばれるまでは見逃される可能性もあるのでは?
そう、聞きたかったのだ。
汚く、小狡い、卑怯な考え。そう、私は汚れた盗人、泥棒猫だ。
心配で、立ち止まって志野に向き直る。
距離が、近い。
志野は、私の懸念を読み取ったのか、頷いて答える。
「ああ、大丈夫だ、ちゃんと考えてる。心配するな。」
何も具体的なことは言わず、やすやすと請け負う。
なぜか知らないが、その言葉に安心する。ーー安心してしまう。
一抹の寂しさと哀しさがあるが、志野なら加減を考えて、うまくやるだろう。
それでいい。
それで、いい。
しかた、ない。
「ありがとう。」
その言葉は嘘ではない。
私の恋。それは、もともと破れる宿命だった。いや、生まれたときには破れていた。
だから、大丈夫。
私は、強いし。耐えられる。
私の親友は、幸せになる資格のある子だ。
私は、違う。
多分、私には普通の人生は送れないだろう。送るつもりもないけれど。
でも、その私に。
ひとときでも、想う男の子に大事にされる、っていう、幸せな幻想を抱かせてくれた。
いや、過去形にすべきじゃない。今もそうだ。
こんなに私のことを思って、わざわざ暗い道を自宅まで送ってくれている。
雨に濡れないように、私にだけ、小さな傘を差し掛けて。
どうでもいい相手には、そんなことはしないだろう。そう勘違いしてしまうほどに。
多分私が気づいていないとでも思ってるんだろう、志野の向こう肩はびしょぬれだ。
中学生までのボーイフレンドやクラスメイトたちの誰も、そんなことまでしてくれなかった。
本当は、志野の心はここにない。
でも、私は、志野が私のことを考えてくれてるという幻想で、ひとときの幸せに酔うことができる。
それだけで、十分だ。
十分すぎる。
だから。
ーーありがとう、志野。
ーーーーー
我ながら、貪欲すぎるのかもしれない。
でも私は、せめてもの思い出作り、偽りの希望の創出を試みた。
悪あがきだ。
ずうずうしいにも、ほどがある。
「ーーそれでさ、志野。こんども、勝負したいんだけど。」
期末テストを利用した、命令権の獲得。
彼の成績は、目に見えて上がっているらしい。彼の元クラの子がそう言ってた。
でもおあいにくさま。まだ私が上だ。
一日だけでいい、デートみたいな気分を味わいたい。
彼を振り回してみたい。動物園でも、どこでも。
いや、デートの約束ができるかもしれない、という幻想だけでもいい。
ただそれだけの、ひどく子供っぽい思い付きで、私は彼に勝負を申し出た。
彼はあっさり承諾した。
志野、あなたは優しい。
どうしてそんなにまで、わがまま女の言うことを聞いて、付き合ってくれるのかな。
でもそれで少し元気になった私は、揺れる心を落ち着かせ、楽しい気分で残りの道を歩くことができた。
自宅のマンションにたどり着く。
駄目元で自宅に誘ってみたが、やっぱり辞退された。
先導しようとする広い背中。抑えていた感情が、弾けた。
「志野、」
後ろからぎゅっと抱きついた。
下半身まで密着させる。太腿で志野を、挟み込んだ。
あそこを彼に、押し付けた。
みなりは私たちの体だけの、汚い性欲でつながった関係を認めないかもしれない。
その場合は、これが志野に触れる最後になるかもしれなかった。
いや、下手をすると、言葉を交わす最後の機会に?
万感の思いを込めて、耳元にキスをした。
「勝負、楽しみにしてるわ。」
それでもあえて、笑いを含ませて、彼の耳にささやく。
ささやかな、未来の希望。偽りの希望になるだろうけど。
私はあえて振り向かずに、じゃあね、とロビーのドアをくぐり、エレベータに駆け込んだ。
動悸の激しい、上下する胸を抑える。
ドアを閉じ、目的階を押した。
目を閉じて、燃えるように感じた唇を、そっと押える。
ひどくなまなましくも、非現実的にも思えた、彼の感触。
「志野、どうしてあなたは、ーー」
誰も聞くことのない言葉が漏れて、ーー感情が溢れ出てしまう前に。
チン、と目的階への到着を告げる音が、冷たく響いた。