タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
とりあえず、どのようにこれから将来の悲劇ルートを回避するかを模索しなければならないのだろう、と僕は考えた。
できれば諸悪の根源(まだ限られた情報しかないが、僕は谷津崎氏、及びその周辺が極めて怪しいように思っていた)をどうにかしたい。
だが、今の僕は中途半端な未来の記憶しか持たない一学生だ。とりあえずは身の回りの人を救うことだけを考えよう。
ところがこれが難しいのだ。普通の人たちには簡単なのかもしれないが。
まず僕も彼女も、そこまで積極的に人とかかわる性格ではない。
高校時代の僕はそこまで孤立していたというわけでもなく、学級でも部活でもそれなりの友人はいた。
だけど、そこまでぐいぐいと異性に迫れるほどコミュニケーション能力が高いわけではなかった。むしろ非常に低い。
さらに悪いことに。
大学そして社会人として生活していくうちに、僕の中には人に対する回避的な姿勢が育ってしまっている。
ひねくれてしまっている、といってもいい。
小説に出てくる主人公のひねくれ具合は、いっそ正直で誠実でストレートだ。人もそれをそれと認識できるわけだし。
僕の場合は違う。
症状がはっきりわかる程度に重度だと、周りの人々もそれをそれと認識して、治療なりなんなりの対応をしてくれる。
でも症状が下手に軽度だったり隠れていたりすると、周囲には気づかれず、表面だけが覆い隠された虫歯のように、病根を深くしていく。
僕のように深くでねじくれてしまった人間は、表面に異常が分かりやすく表出しなかったので、治療もされず放置されたままだ。簡単に言えば、こじらせている。
もう、頑張ってなんとかしようとはしない。
わかってもらえないなら、その程度の人だ、と諦める。
そのうち、わかりやすいが自分ではない
そして、もはやその仮面が取れなくなっている。
表面の自分の仮面に好意を寄せる人には、所詮、本当の、深層の自分は理解されない。付き合いが深まると失望される。
深層の、本当の自分には波長が合うかもしれない人は、僕の仮面をみて忌避する。
自分で自分に行った心の粉飾決算の結果、人間関係のB/SもP/Lもぼろぼろ、破綻寸前。
そもそも自分の経営者である自分が自分を信じていない。
自分すら信じない人間が、信じてもいない相手に近づき、しかもその信頼を得る?
無理ゲーだ。
仕事なら仕事を口実にドライに接触できるが、所詮、仕事の浅い付き合いでしかない。
ぐだぐだと書いてしまったが、当面の問題を単純に整理すると。
紫藤に近づきたいが、どう近づいていいかわからない。
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おそらく単純に何か事務的なことを糸口にでも話ができるようになれば、ゆっくりであっても人間関係が醸成できていくのだろう。
事実、「一度目の僕」は、そうして、どうでもいい軽い話はできるようになり、結果、紫藤から思いもかけず一種の告白(?)を受けるに至っている。
だがそれでは遅すぎるのだ。
それに、僕はたまたま紫藤が悲しみか寂しさにくれていたところに出くわした、紫藤が特に嫌だとは思わなかった相手だった、というだけのこと。
僕と紫藤の間には、何らの特別な記憶も関係もなかった。
多分僕より外見も中身も良い級友があの場にいれば、それが男子であれ女子であれ、全く同じように泣きつかれ、その場で僕が受けたのと似たような告白を得たのではないかと思う。
そう、僕は紫藤にとっての自分の特別さ、特別性を否定せざるを得ない。
今回は、高度の信頼関係の構築を前倒ししなければならない。
それも、純粋に家庭内の事情、それこそ「他人は口をはさむな」というのがもっともなレベルのことを打ち明けてもらえるくらいに。
もっと言えば、その家庭内の話に対して僕が述べることを信じて、行動に採り入れてもらえる程度に。
そしてそれは難しい、相手が紫藤でなくても。
そして紫藤だとさらに困難。
考えてみると、紫藤は、あの夕日の教室で抱きついた僕に対しても、具体的な悩みは何も言っていない。
それに、紫藤は教員はおろか、1年生以来の友人で、おそらくはこの学校で最も親しいと思われる調布にすら、家庭内の悩みを相談していない。
ましてや十数年後の証言から推測するに、異性への嫌悪や恐怖を持っている可能性すらある。
異性に対して、表面上は友好的に相手をしてくれているとしても、実は心の中ではすごく距離を置きたがっているという、同情すべきではあるが、とても面倒くさい子である可能性が高いのだ。
ストーカーされていたとすれば、接近してくる相手には警戒心maxでもおかしくない。
そういうことを僕はぼんやりと紫藤の背中を見ながら考えていたわけだ。
もしここで明朗で闊達な性格だったら、ぐいぐいと相手の抵抗を押し切って近づくこともできただろう。
ことの切迫性を考えると、たとえ苦手でも、僕もそうすべきなのかもしれない。
だが数十年かけて形成された僕のひねくれ過ぎた空虚さが、その方法についての僕の失敗を強く予言しているのだった。
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その僕のこじらせによる停滞状態が、むしろ1度目に比べてもマイナスに働いてしまったようだ。
ある日、プリントを回すときに、僕がじろじろと(本人的にはぼんやりと)紫藤を見つめていたことに気づいた(ように思われる)紫藤は、どことなく寒気を覚えたように、無意識のうちにか、自分で自分の肩を抱き。
その後、休み時間や昼食時間ともなると、いそいそと庇護者である調布のところに行ってべったりとすることが増えてしまった。
ーー気のせいかもしれないが、1度目よりも頻度が高い気がする。
そして僕は別の角度からの妨害にも悩ませられることになった。
高木は、1度目の世界では一応は僕に対してニュートラルだった(好意も悪意もないか、しいていえば弱い好意があった)
しかし、この2度目の世界では、どうも僕に対して警戒心と競争心を抱いているようなのだ。
それはたとえば、周囲に話す相手がいない僕が紫藤に話しかけようとすると、インターセプトするように、あるいは機先を制するように、紫藤と話そうとする行動として表れた。
最初は気づかなった僕だが、少し試行実験した結果、この仮説がおおむね検証された。
どうしてそうなったのか。
一つの考え方としては、同じ部活である紫藤が高木に「後ろの志野君が怖い」とか何か相談したという可能性がある。
しかし、これはさすがに被害妄想だろう。
紫藤は、多分そのくらいの悩みを簡単に異性に頼って相談できるような性格ではない。
もしそういう性格なら、そもそもその後、ああいう事態になっていないだろう。
僕の推測は、僕が紫藤をみつめていたのに気づいた高木が、僕に対抗心を燃やしているのではないか、ーーというものだ。
この推測には一定の根拠がある。
高木は同じクラス、同じ部活だから調べた、と言っていた。
それは嘘ではないだろうが、おそらくは高木はもっと強い感情を紫藤に持っていたのだ、だから調べたのだ。
単に同じクラス、同じ部活(しかも部門は別)というだけなら、卒業後、長期間が経過した後までも、それを調べ、十数年後の同窓会(二次会)でそれを告げたりしないだろう。
そう、高木は多分紫藤に片思いしていたのだろう。
原因はともあれ、高木の僕への対抗心は、ますます事態をややこしくしていた。
簡単にいえば、紫藤は過剰に距離を詰めてくる高木に対しても間を置きたがっている気配がある。
そして高木は、紫藤を懸想している(と高木が考えている)僕を紫藤から引きはがそうと、あるいはもっと直截的に、仮想恋敵である僕を攻撃しようとしてくる。
その結果、ますます紫藤が自席に戻りたがらない、殺伐とした空間ができつつある。
高木はすでに僕の彼に対する言葉や挨拶を軽く無視するようになっている。
大声で名指しで話しかけたり、あいさつしたりすると、いかにも気がなさそうに返答し、紫藤が気を使っておどおどするという悪循環。
その態度のせいでかえって紫藤が引いてるじゃないか。そのくらい分かれよ。
対する僕も、対人技能の偏差値の低さから、打開の糸口を見つけられないし、若い体に引っ張られてか、はっきり言って高木の態度が頭にきている。
三十数年の人生経験が聞いてあきれる、何も役に立っていない。
我ながらほとほと自分の無能さに嫌気がさす。
そして僕と高木の緊張関係は、ちょうど国際関係もそうであるように、ごく些細なことを発端に爆発することになった。
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僕は高校のとき、卓球部に所属し、そしてESSにも所属していた。どちらも第一線級ではなく、あまり熱心な部員とは言い難いが、まあそこそこだったと思う。
そして大学のとき、僕はバスケットボールに嵌っていたことがあった。
たまたま通学路線から見える、やや近くの公園にバスケットボールのゴールが設置されていたため、ヤンキー少年たちが集っていないときはシュートの練習をし、また大学のギムナジウムの一般開放の時間帯にボールを追った。
この球技の良いところは、相手がいなくてもシュートの練習だけはできることだ、そして僕はそうした機械的な反復練習は、結構好きで得意なのだ。
その後、あまり強くないサークルに、たまたま同じゼミの同級生に誘われて所属し、3on3の対戦を主にしていた。
フルコートの試合もあったものの、やはり強制の契機のない大学サークルでは、易きに流れて体力的に無理しなくても済む3on3が多かったのだ。
バスケ経験者もいたもののあまり熱心でなく、どちらかというとインカレの相手である女子大との交流を重視したがっていた、ちょっとチャラくなりたいが、なりきれていない部員の多いサークルだった。
一時期だけとはいえ、それなりに熱心に練習には参加した結果、僕はある程度は力を伸ばすことができ、サークル対抗戦にときどき出してもらえるくらいになっていた。
勝ち進むことは少なかったが。
そこそこ身長が高く、ジャンプ力もかなりあったせいか、巧緻なドリブルなどは望むべくもないものの、リバウンドやポストプレーではある程度貢献できたと思う。
サークルの部員の力の差がそこまでなく、その中で素人ながら熱心さを認められて、比較的上手い部員に相手してもらったのも励みになった。
まあ、2度目の高校では比較的得意な球技になったのだ、バスケットボールが。
その日、クラスの体育の授業の一環で、僕たちはバスケットボールの試合をしていた。
練習をしていない「この体」では無理かなと思ったが。意外にも頭が覚えていた記憶も関係するらしい。
僕は比較的きれいに離れた位置からのシュートを決め、リバウンドを拾い、パスを投げ、ポストプレーをこなすことができた。
こちらのチームには、現役のバスケットボール部員である神奈川がいて、結構いい調子で連携を決めている。神奈川も楽しそうだ。
相手チームにも経験者である青山がいて、ブランクを感じさせない、切れのある動きで奮戦していたが、こちらの優勢でゆっくりと点差がつき始めていた。
相手チームは、僕と神奈川にマークを付けた。僕についたのは、身長差があり、またインドア派であるとはいえ、敏捷で俊足な高木だった。
高木はかなりの強引さで役を果たした。
おそらく僕への対抗心もあったのだろう、当たりを強くし、ボールにしがみついて離さず、僕へのパスを積極的にカットしようとした。そしてその中にはラフプレーに近いものも出てきた。
体育服を握って離さない、もつれて倒れ込む際に肘をあてる、等々。
僕もいい加減イライラして、多少あたりを強くして対抗した。
神奈川が気づいて、少し心配そうにプレー間に僕の肩をたたく。
試合は結局僕たちのチームが勝った。
神奈川が嬉しそうにハイタッチを求め、「やるじゃん」と言って背中をたたいた。こちらも同じように笑ってたたき返す。
相手チームの経験者である青山や、その他のチームメイトも、負けて悔しいけど久しぶりに楽しかった、またやろうよ、と言って白い歯を見せた。
高木は、ちっと舌打ちして後片付けもせず、水を飲みにか先に行ってしまった。
感じが悪いな、と思った。僕の中にも、どこかいうに言われぬ不快感が少しずつ水位を増していた。
ロッカールームに戻る。悪いことに、僕は服を高木のロッカーの使っていたロッカーのすぐ下に置いていた。
「悪いけど」そう言って僕は自分の服を取るためにロッカーを開けようとした。高木は動かない、ロッカーの扉が開かない。
「ちょっと場所をあけてくれないかな?」
高木は無言で場所をあけた。
だが、「ありがとう」と言って、服を取るため、かがみこんだ僕に扉あたるように、上のロッカーの扉を強引に開けた。
兆しに思わず避けた頭を、しかしある程度の力で扉の角がかすった。
「おい」
頭の一筋の擦り傷が熱く感じ、怒りが急速に膨らんできた。
高木は知らぬ風に、憎々しげにバンと音を立てて自分の使っているロッカーの扉を閉めた。
「わざと当てようとしただろ」
「だったらどうした」
頭が、正確には頭の後ろが軽くくらっとする感覚があった。僕はこぶしを握り締めた。
高木は荒っぽい手つきで、ものに当たるように服やシューズやを袋に詰めていく。
「なんでだよ」
「知ったことか」
深呼吸をする。あたりの会話が止んで、静まっていた。
神奈川が、青山との楽しそうなバスケ話を止めて、こっちに来て、間に入ろうとした。
「どけよ」
服を詰め終わった高木は、神奈川を突き離し、僕にぶつかるルートで強引に出口に出ようとする。
神奈川は、今思うと(というべきか。現在のクラスメイトなのだが)実に人格的にもいいやつで、クラスの中心の一人だった。
スクールカーストの上位者にありそうな傲慢なところは全くなく、学業も部活も頑張っていて、性格も円満だった。
美男子というわけではないが、人好きのする笑顔をいつも浮かべていて、女子にも男子にも。人望が高かった。
たしか2学期、3学期と学級委員長に2期連続で就任していたな。
それに対し高木は、悪い奴ではなく頭も良いが、物静かでそれほど友達が多い感じではない、内向的な性格だ。
こんな行動にまで出るのは、予想外だった。
神奈川は高木を止めるというより、逆らわず押されて自然に離れ、僕を止めるように、僕を脇に誘導するように肩を軽く引いた。
僕の方が危険に見えたのかもしれないし、僕の方がまだ話が分かると思ったのかもしれない。
だが僕は、ちょうどその日の授業のイディオムでいえば、「赤を見る」(seeing red)の状態になりつつあった。
神奈川の手を軽くぽんぽんと叩いて放してもらい、僕はもう一度深呼吸すると、今にも僕を突きのけようとする高木の手を躱し、低い声で言った。
「高木、話がある。表に出よう。」