タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
次の週。
期末考査までは部活がない。僕は一応試験勉強を進めつつも、救出の準備に入った。
物品を調達。場合によっては電話料金を気にしながら電話をかけて根回し。試験後にアキさん、元さんとの食事会を設定。
ちなみにナギさんと接触した後すぐの週末の土日に、飯場にナギさんが派遣されているはずだ。
ナギさんには、紫藤父に接触して、脱出作戦のことを口頭かメモで伝えてもらいたいと頼んである。
最悪の場合、次々週の救出作戦の当日、実行直前に接触して伝えるという考えもあるが、あまりに危なすぎる。
この回以前の飯場派遣では、2回連続して紫藤父が利用してるので、多分今回も利用があるのではないか?というのが、あの時、接触した限りでの僕とナギさんの希望的観測だった。
ちなみに紫藤父は2回とも、ごくノーマルで優しかったそうだ。いや僕が聞き出したわけじゃない、ナギさんが言ってたんだよ。
そのときにナギさんは、次も是非お願いします、と営業しておいたらしい。だから、希望がもてる。
もし利用がなければ、何か適当に口実を作って取次ぎを頼み、軽く話をしたり、ということになる。ただ第三者を遠ざけられるかわからない。リスク高いよな。
まあ最悪、多少不自然に見えてもそうするしかないかもしれない。話した感じ、ナギさんも結構頭はいい方だと思う。遣り手婆に苛められるところをみると立ち回りが上手くないのかもしれないが、今回はなんとか上手くやってほしい。
飯場への派遣中は、女たちには見張りというか用心棒がつく。ただ、この飯場ではこの用心棒にあまり出番はない。
用心棒は、万が一利用客の労務者が女に対して乱暴しようとしたときの抑えだ。女たちの脱走を止めるという発想はあまりない。
特にあの飯場、普通の労務者ですら逃げられないからな。
この用心棒を買収でも出来たらよかったが、今回は無理だ。
もっとも、この飯場では女相手に問題を起こす労務者は少ないので、用心棒もかなりたるんでるらしい。
ごく稀に入る順番とかサービスの中身(あいつにやったんだから俺にも!とか、金も払わず変なオプションを強要するやつとかいるらしい)でいざこざがあって呼ばれることもあるが、普通は飯場の管理側の奴らと別の建物で酒を飲みつつ博打をしてたりしている模様、との元さん情報。
作戦実行日も、そうだといいが。
この飯場からの救出作戦の直前くらいに、ナギさんの子供を連れ出さねばならない。
子供が連れ出されたという情報が先に伝わると警戒されるよな、だから連れ出しをいかに自然に疑問を覚えさせずにやるか、ってのが勝負だ。
幸いにも、託児所の場所は分かってる。子供の預入れや連れ出しのシステムも、一応ナギさんに聞いた。そして元さんにも観察を頼んである。それらの情報で、自然な呼び出しを工夫したい。
実行日までの間に、どれだけナギさんと子供が会えるかがわからないが、頻繁だとは、到底思えない。だから最近会えていないから飯場への派遣に同行させたい、っていう口実にしようと口裏を合わせている。うまくいけば発覚はかなり遅らせられる。
そしてこの口実、一応、他の嬢の飯場への派遣では前例があるらしい。ただ本当だとすると、その子供の情操教育的にはどうなのかな。よくわからない。
もちろんナギさんの場合、飯場に連れていくというのは口実で、早めに子供を確保する。飯場には連れていかせない。守る人が増えると、難易度が上がってしまう。
半分忘れかけてたが、日曜日の紫藤母へのお見舞いのときに、調布から遅くなったことのお詫びの言葉とともにあの鬼畜眼鏡のPCも受領した。これで仕事が捗る。
まだまだ貧弱かもしれないが、インターネットにつなぎたかった。
幸いにもパソコン通信は可能だし、バグもあるみたいだがインターネット接続環境もインストールされていた。
なんとか専門雑誌を読み、親に不審そうな顔をされながらも固定電話の回線を借りて接続。
うん、この時代は、まだすごいシンプルなサイトが多い。白い背景にテキストオンリー。機能美だな。
むしろ写真や凝った意匠は歓迎されないのかもしれない、だって回線がすごく細いから。
そして電話代がすごいかかるはずだ。ダイヤルQ2と間違われると僕の社会的信用が死ぬ。だから、ちゃんと親には事前に説明した。あまりよくわかってないみたいだったけど、サイトを見せて実演してみせた。
深夜のテレホもまだ始まってない。新聞記事で、今年8月くらいから始まるという記事を見た。待ち遠しい。
最近、親の視線が心配げだ。あいつ何やってるんだ、って感じで。
親からみれば、息子が急にバイクだ女の子だPCだと遊び呆けて見えたりするのかもしれない。事実だけどな。
ーーーーー
水木金、3日間にわたる期末考査が終了した。
一応、かなり手応えは良かったんだけどな。相手3人はどうかな。
言い訳をするわけじゃないが、僕は試験勉強以外にも、いろいろと活動があった。
調布と紫藤という成績上位陣と病室で一緒に勉強はできたが、その後も街で元さんに接触したり、物品の調達をしたりで時間を使ってしまった。この差がどう出るかな。
まあ、調布と紫藤はそこまで理不尽なことを言ってはこないだろう。国領に負けてしまうと頭数が減ってしまって痛手ではあるが、やりようはある。また国領をどこまで当てにできるのか、つまり信用してもいいのか、いざというときに持ちこたえられるのか、予測がつかない。不確定要素は少ない方がいいのかもしれない。
今日は第2土曜日で、補習授業だけだ。
お昼までの授業が終わると、部活に行く子もいるし、今日は休んで友達と遊びに行くというのもいる。
もちろん、早く帰って足りない睡眠に当てるという子も多いだろう。
僕たちはいつものルーティンをちょっと変更し、紫藤母のお見舞いを遅らせ、先に仮部室に集まることにした。
次週には、文化祭がある。もっともこれは、期末考査の前に調布と烏丸の手腕で相当準備が進んでいて、無事にうちのクラスは開催できるという見通しがある。
紅茶の準備、部屋のレイアウトや担当決め、接客の台詞や歴史背景の説明や飲み物の豆知識の提供などを含め、準備は進んでる。後は完成させるだけ。衣装の一部が未完成だが、それも多分間に合うとは思う。
まあ、この調子だったらなんとかなるだろう。
だから今日は、僕たち3人で最終的な紫藤実父救出作戦の検討を入れた。
ちょっと奮発して、お昼は期末考査の打ち上げを兼ねることにして、デリバリーでピザを頼んだ。
高校生だと、すごく豪華に思える。 一人暮らししてると食べ飽きることすらあるんだけどな。田舎では日常的に食べるものじゃないし、しかも高校に呼んで配達してもらえるってのが、すごい非日常的に思えたっけ。
好きなピザを取り、ウーロン茶を飲みながら、意見を戦わせる。
紫藤実父とナギさんの救出は、文化祭直後の土日を想定した。これは、ナギさんにもあのホテルで伝えてある日程だ。
土曜日午後から日曜日にかけて、飯場から現場監督たちの多くがいなくなる。一時帰宅したり、街に出て遊んだりしているのだろう。
そして隔週で、土曜夜遅くから日曜全日、飯場にナギさんを含め、女とその用心棒が派遣されてくる。
土曜日に街の需要が高い場合、土曜日の派遣はなく、その代りに週を置かず連続で日曜に女が派遣されることがあるらしいというのがナギさん情報。
最初の元さんの情報で、隔週日曜だという情報があったが、実は需要の多い5月前半のイレギュラーだったみたいだ。
6月から7月は梅雨に入り、街の風俗への出足も落ちるらしい。ただ、7月はおそらく土日の派遣ではないか、とナギさん。要はナギさんには街で客を取らせたくないからだ。
飯場なら逃走も防げるしあとくされもない、ってことなんだ。
もともと飯場は気の荒い労務者もいるし、下手すると延べ何十人をも1日強で相手にする、きつい仕事だ。
入れ替わりが多く長続きしない、それは客も知ってて、嬢が一人いなくなって気にする人もいないってことだ。
だとすれば、土曜日の夜が救出作戦。
土曜の午後にナギさんの子供を引き取る。避難場所に避難させ、一人は子供の見守り兼、情報センター。これが紫藤か国領だ。多分、紫藤だろう。
そして土曜日の夜、発煙筒で火事と思わせる。あるいは、近くの現場で爆発を起こして、確認に向かわせる。
そのすきに、鉄条網を切り破って道を開け、ナギさんと紫藤実父、そしてその他の逃げたい労務者を逃がす。
番犬が難問だが、睡眠剤入りの餌を考えてる。ダメなら強行突破。バイクで逃げる。僕が攪乱して犬と追手を引き付ける。
ナギさんと紫藤実父は、特別扱いで最優先に逃がすつもりだ。
それ以外の逃げたい労務者たちには、地図を与えて援助するが、そこまで手厚い面倒は見れない。
ただ、たくさん逃げてくれた方が僕たちにはありがたい。
追跡が拡散してくれるし、後々での組織側での逃走調査も困難になるから。
逃走手段が苦しい。逃がすのが紫藤実父だけでなく、ナギさんも加わってるから。
紫藤実父が原付には乗れるそうなので、前もって原付を用意しておくか、調布の原付に3人乗りで逃がすか、事後の攪乱はあきらめて僕と調布がそれぞれ2人乗りで逃がすか、ってなるよな。
もちろん3人乗りなんて無理はそうそう効かないし、原付も車を回してくると簡単に追いつかれるので、ある程度近くにタクシーを待機させて置き、そちらに移ってもらうことをメインシナリオに考えてる。
そのタクシーの待機番が、多分国領。タクシーだけ待機も考えたが、リスクが高い気がした。時間が遅くなるといたずらだと思って帰られたりするかもしれないしな。
もちろんタクシーの待機場所に至るまでの道路には障害物を置き、車両での追跡を阻止する。飯場にはスーパーカブが一台あるが、ほとんど使われていない。原付で行くには遠すぎるのだ。
念のため、タイヤのエアーを抜いて動かないようにしておくとか、ガソリンを抜くとかしておきたいが、できるかな。
実のところ、逃走ルートは2案ある。
第1案は、道に障害物を置いて妨害しつつ、タクシーにつなぐ。これがメインシナリオだ。確実性はある程度高いと思う。
第2案は、普通の道を行かない。山道に入り込む、あるいは山道すら外れて、修験道の勢力範囲をかすめて進む。修験道に嫌疑を着せ、追跡の足を鈍らせ、また逃走手段の貧弱さを補う。
ただ、僕たちに土地勘はない。不確実でリスクは高い。捕まったら命をなくす可能性もあるナギさんのことを考えると、分の悪い賭けだ。
「逃走手段のことなんだけど。」
第1案の達成可能性を上げられるかもしれない、と調布が言う。
「取ってから言うつもりだったけど。多分、中免が取れるわ。」
「なんだと?」
素人が一発で取れるほど、中免の一発試験は簡単ではない。
「指定教習所に通ったのよ。ーー褒めてくれてもいいのよ?」
ドヤ顔。
どうやらいろいろ調布が忙しくしていたのは、これだったらしい。
親に話を通して通学を認めさせ、予約を取りまくって、卒検をこの前パスしたそうだ。後は学科試験と適性試験のみ。親も、よく認めたな。
クソッ、喜ばしいけど先に取られるとプレッシャーを感じる。僕の責任、半端ないな。
「だが、バイクはどうする?探したけど、借り出すときに親の同伴が必要ってところばかりだったんだ。」
電話をかけまくり、またいくつかの店では粘っても見たけど、どうもこの県の統一ルールのようだった。
そこで途方に暮れ、最悪の場合、バイクの無断拝借も一瞬頭をよぎった。でもそれはもちろんやりたくない。
悪いことの中にもグレードがあると思うが、個人的にはそれはかなり悪い方に入るし、何より、無関係の人に迷惑をかけることはしたくない。
「そっちも、何とかなると思う。」
中学のころからの、ヤンキーな悪友がいらっしゃるそうで。
十分な礼をする代わりに、借りられる手筈になっている。
「志野くんは、大丈夫だよね。免許とバイク。」
ぐはっ。紫藤の無垢な信頼が重たい。
免許は一発試験狙いだ。大丈夫、と信じたい。1回目では大学3年から、15年以上乗った。
最後の数年は、ちょっと乗ってやれなかったけど。
バイクも、一応、期末考査後、一発試験に合格したら納車してくれる約束になっている。何とか間に合うはず。
そう説明する。
「いざとなったら、言ってよ。その子に頼めば、ぼろっちい原付バイクでよければ用意できると思う。」
「さすが、さとみん!」
「ああ、すまないが、もしかすると頼むかもしれない。
ーー紫藤のお父さんは、バイク乗れるって言ってたけど。いきなり乗れるかな?」
「うーん、集金とかで乗ってたから、乗れると思うけど、ーー」
紫藤は、少し自信なげだな。そっちはあまり期待しない方がいいか。原付になるだろうし。
紫藤実父にバイクに乗ってもらうかもしれない、ってのは、ナギさんには言ってない。
不確定要素は外そう。紫藤実父単独バイク騎乗は、なしだな。
「あとハルカちゃんだけど、話はしてあるのかな。ハルカちゃんなら、こんな危険で面白そうなことを知ったら秘密にしておけなくて、ぺらぺらと、ーー」
がさっ、と物音。そう、この資料倉庫となってる教室の後ろ側、本棚の並ぶあたりから。
よく見ると、窓際のカーテンに不自然なふくらみ。
僕たちは凍り付いた。
うかつだった。ちゃんと密談前に、部屋のクリアリングをしておくべきだったのだ。
国領ハルカは、奔放で行動が予測しがたい。そしておそらく空想家で冒険好き。結構人望があり、情報は早い。
僕たちがこの部屋を借りたと知っただろうし、もしかすると紫藤たちとの病室での会話を漏れ聞いて興味を持ったのかもしれない。
そして、今日。
紫藤に部活に来るか尋ね、来ないと知る。
けど旧本部棟で姿を見かけ、興味を持って追跡する。
紫藤がこの部屋に来てカギを開け、お茶を用意するために一時席を外すのを見守る。
調布が文化祭関係で先生に呼ばれ、僕がピザを注文していて、ともに到着が遅れている隙に、部屋に入り込んで隠れる。
そのくらいのこと、やりかねない。
「志野くん、そっちだよ!」
逃走しようとする影の前に、立ちはだかる。
影は方向を変えようとするが、そこには、調布が構えている。
二人でゆっくりと資料倉庫になってる、この教室の角に追い詰める。
人影は、もちろん国領ハルカだった。
僕はその前に歩み出た。精一杯、悪の一味の頭領を意識して発声する。
「国領ハルカ。ーーもうここまで聞いてしまったからには、足抜けは許さない。」
「ふ、ふぇ、ーー」
がくがくと震えてるな。ノリ良すぎ。
しかし、そこに紫藤たちが友好的に声を掛けてくる。
「手伝ってもらいたいんだよ、ハルカちゃん!」
「国領さんが加わってくれるのかしら。うれしいわ、これで志野がポカをやっても安心ね。」
「え?うん?うん、頑張るよ!」
ちっ。僕とそれ以外とで態度違いすぎるだろう。
でも、情報が駄々洩れになる危険性はあっても。
国領ハルカが手を貸してくれるかどうかという点は、一応クリアできそうだ。期末考査の結果如何にかかわらず。
一応こいつもかなりハイスペックのはずなんだ。いままでの行動からはあまりそう見えないけど。
使いようだ。うん、使いよう。
ーーーーー
その後、国領ハルカは、仲間に加えられて見事に溶け込んでる。下手をすると僕以上に。
手を付けてない僕のピザをかじりながら、紫藤たちと密談してる国領の目が輝いてる。
今も向こうで、嬉しそうにアピールしてやがる。「志野はどうみてもみなりんには釣り合わない、無能なサディストだけど、ボクがいれば大丈夫だよ。」って。
かなりのリスクのある計画だって聞いて分かったと思うけど、全く気にしてる様子がない。
僕みたいな小市民とは、やっぱり思考回路が違うのかもしれないな。冒険好きというか。
だから、たしかあんなことに、ーー
あれ?あんなことって、何だ?
こいつ、卒業後はどうなったんだっけ。
約20年後、紫藤の情報をくれなかったのは覚えてる。だけどそもそも期待してなかった。メールに返信があったこと自体に驚いた記憶がある。なんでだ?
多分、連絡してくれないと思うよ、って、国領の連絡先を教えてくれたやつも言ってたな。
思い出せない。たしか、あいつは、ーー
うん、やっぱり思い出せない。
国領に関する事件が、何かあったはずだ。あまりいいニュースではなかったはず。
顔もあまり知らなかったくらいで、仲間意識がなかったから、ああそうかで流してしまった。
死んだわけではない。連絡は取れた、だが、短い断りの返事が来たはずだ。そうだよな、って思った。
また後でゆっくり、思い出そう。
ピザの次にポテトも国領に奪われつくされてしまいそうだ。
僕も少しは食べておきたい。だが、手を伸ばそうとして。
すでにボクのもの認定して幸せそうにしている国領をみて、ため息をついてあきらめるのだった。