※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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8 距離の詰め方がわからない(3)カクテルバー

 おい、やめろよ、と神奈川がちょっと切迫した口調でまた背後から僕の腕をつかんだ。まあそうなるよな。

 

 「じゃあ、ここで言えよ、その話」

 

 高木は止まって、僕を睨み上げながら切り口上でいう。

 

 「頭冷やせよ!二人とも」

 

 神奈川が僕の腕を引いて訴える。別の1人が、高木の方を引っ張り、僕から距離を置かせようとする。

 

 「ここでいいんだな?」

 

 「ここで言えない話かよ!」

 

 「言っていいんなら言うけどよ、」

 

 そういって息を吸い込む。高木がちょっと身を固くして身構え、背後の神奈川も掴んだ腕に力を入れる。

 結局のところ、もしかするとぼかすか殴り合ってお互いもやもやを発散した方が、早く収束するのかもしれない。

 高木はやや小柄だが運動神経は悪くなく、結構手ごわいかもしれない(とはいえ、負ける気はしない)。

 ただ、こんなことで話を拗らせたくはないのだ。高木はそんな悪い奴ではないはずだ。

 もちろん、今にして思うと、僕が誘い出されたあのメールは怪しい。いかにも証拠隠滅くさいし、高木しか知らない情報をあの拉致未遂犯が知っていたのもおかしい。高木が情報を漏らしたのだろう。

 だが、さすがに、少なくともこの時点では、高木はシロだろう。

 

 「お前、紫藤が好きなんだろ?」

 

 まずここから切り込むか。

 しかし、僕がそういうと、はあ?という空気が高木のみならず神奈川や回りの奴らにも流れた。

 あれ、唐突だったか。高木が紫藤のことが好きなのは、傍から見て明らかなんじゃないのか。

 

 「違うし!それお前だろう!ジロジロいやらしい目で見やがって!」

 

 「ああ、俺は紫藤が好きだ。」

 

 対決の空気に乗って、大学で使ってた、「俺」という自称に切り替える。

 僕の発言に、ロッカールーム内は、僕を見つめてまた静まり返った。いや、中休み時間は15分しかないから早く教室に帰れよ関係ない奴は。こっちなんて見ていないで。

 あと本当は僕としては紫藤より調布がタイプなんだ。別に紫藤は嫌いじゃないが、近づくためにはこう言っとかないと不自然だろう。目的は手段を正当化するんだ。

 

 「だけど、別に俺は紫藤が俺じゃなくてお前を選んでもいいと思っている。」

 

 なんか驚愕した雰囲気を、高木のみならずあたり一面から感じる。

 でもまあ始めてしまったんだから続けるしかない。確信した調子で、大きな声で。日本社会は、結局、空気で決まるんだよ。間違ってても勢いで乗り切ればいいんだ。

 

 「お前は別に悪いやつじゃないし、頭もいい。」

 

 だから紫藤をちゃんと守っていけるかもしれない、と続ける。

 

 「紫藤には選ぶ権利がある。ーーだから俺としては、お前を選んで紫藤が幸せになれるってんなら、それでいい。あと、もちろん俺でも高木でもなく、だれかもっと良いやつがいたら、そいつを選んでもいい。俺は紫藤が幸せになれるなら、それでいいんだ。」

 

 だからよ、足を引っ張りあうようなことするんじゃなくて、お互い紫藤に認められるようになろうぜ。競争するにしても、お互いに自分をより高めるようにしたいんだ。俺は別に高木がそうする努力は邪魔しない。できれば高木、お前とも友達になりたいと思っている。

 

 そう、自分でもおっさん臭いと思う説教を自信満々に述べる。高木は目をぱちくりさせている。空気が緩んだ。神奈川も僕の腕を放した。

 

 何ともいえない白けた雰囲気が漂う。そこで神奈川が笑いながら、僕と高木の間に出て来て、僕と高木の肩をばんばんとたたいた。

 

 「そういうことでけんかは終わり!な?ほら、仲直りしなよ!」

 

 細かいことはいいからいいから、と無理やり僕の右手と高木の右手を握手させて(ほんとうに形だけの握手だが)、はいはい授業始まるよー、と声を皆にかけて高木の背中を押して外に送り出していく。

 高木はすごく不本意そうな、納得のいっていない表情で掃き出されていく。

 その顔に、どっと笑いが起きる。

 そしてあたりで見ていた同級生たちも、高木を入口まで送って戻ってきた神奈川に促されて、慌てて荷物をまとめて、ロッカールームを出ていく。

 

 「あー、神奈川君、ありがとう。」

 

 礼を言うと、神奈川は頭をガシガシとかきながら、何か困ったような、嬉しそうな表情で言った。

 

 「いーや、全然。でもさあ、」

 

 そして、溜めをつくった神奈川は、今や満面の笑みを浮かべて言った。

 

 「志野って、紫藤さんが本っ当に好きなんだね。っていうか、もう、これは愛だね、愛。」

 

 まだ周りに残って推移を見ていた奴らが、また笑った。そういえばカクテルバーのCMって、この頃、流行ってたな。

 

 「聞いててよ、こっちが恥ずかしかった!」

 

 「『紫藤が幸せならそれでいい』だぜ?」

 

 「すげえ熱烈だったな!」

 

 じゃあ行こうぜ、とようやく着替え終えた僕を含めて、皆で本校舎に走っていく。

 チャイムが鳴りだし、僕たちは教室への階段を急いで駆け上り、かろうじて授業開始に間に合わせた。

 どやどやと入ってきた僕たちに、女子たちが、男子はこれだから、という呆れの視線を投げた。

 

 ーーーーー

 

 これで高木との仲はどうにか修復された。

 

 表立っては、このことについてのやり取りはなかったが、高木とは友達になり、体育のグループで組んだり、なんでもないよしなしごとなどを話すようになった。

 高木はいろいろ物知りで、雑学においては部分的には三十すぎの僕を凌いでいた。また結構ものの捉え方やバックグラウンドに共通点もあったことを発見した。

 そういえば高木は友人の若原に、志野ってすげえや、と漏らしたらしい。なにが凄いのかわからないが、恥ずかしげもなく好きだと言える点が、なのだろうか。

 まあ30年以上人間やってれば、神経にも脂肪がついて図太くなるのだよ。

 

 思うように行かなかったのが紫藤方面だ。

 高木と僕が仲直りーーというか、この時間線では初対面なのだから、単に仲良くなったというだけだがーーしたため、高木志野ラインの通信量は増えた。

 しかし高木紫藤ライン、紫藤志野ラインは変わらず。

 

 いや、悪化したことがある。

 冷戦中はせいぜい居心地が悪そう、という程度だった紫藤の僕への態度だ。今ではなんか怯えられてる?

 休み時間には紫藤は一目散に調布たちのところに逃げてしまう。目で追うと、調布の後ろに紫藤がちょこんと隠れ、目を上げると、庇護者である調布の顰めた、咎めるような目とかち合ってしまった。

 仕方ないのでにこっと笑いかけてみせたつもりなのだが、世にも胡散臭いものを見たと言わんばかりに、腕組みしている調布が柳眉を逆立てた。

 

 こうなったのは噂のせいだ。僕は神奈川たちにはとても感謝している、少なくとも彼のおかげで高木とは仲直りした。

 僕をダシにしてという怪我の功名ではあるが、クラスの男子たちの一体感も、心地良い。

 

 しかし一人歩きしているのだ、噂が。

 噂では、僕はクラスの男子どもの前で、紫藤を幸せにしてやるんだ!と情熱的な、熱烈な愛の宣言をしたらしい。皆を威圧せんばかりに。

 

 噂はクラスを超え、学年まで超えている。

 この前はESSの3年生の部長(僕たちの高校では、3年生の一学期で部活を引退する)からも訊かれた。

 志野くんって、みんなの前でクラスの女子に愛を告白したんだって!?私も言われてみたい!と。

 はあそうですか、部長さんの方が僕はタイプなんですが、と口に出したらド外道と叩かれそうなことを思いながらも。

 いやそうじゃなくて、本当はこうだったんです、と僕から見た真実に訂正する。

 

 「でもさあ、その子も恥ずかしいかもしれないけど、私はちょっと羨ましいよ!私もそんなに想われてみたいかも。

 もう、その子にはコクったんでしょ?どうだったの?」

 

 キラキラした目で、白い頬が少し紅潮している。

 ヤバい、部長さんマジ可愛い。形式上は歳上だが僕からみたら年下のめちゃ可愛い少女だ。それと30cmの間合いで話してる。簡単にいうと事案だな。

 

 しかし、まだなんです、というとええっと引かれた。

 

 「それって生殺し?いや、晒し者っていうの?そこまでいっといて告ってないって、その子的になんなのってならない?」

 

 「最近避けられてるんです。なんか話しかけようとしても席から逃げちゃって、ーー」

 

 「それって絶対、怒ってるよ!謝らなきゃ!あー、でも、そのシチュエーションもいいなあ。私だったら、薔薇の花束を持ってこさせて、片膝をつかせて謝らせるの。そして、ばちっと頬に平手打ちするの。彼はショックを受けた顔で、花束も取り落として。でも、いいよ、今ので許してあげる、って私は言って、落ちた花束を拾って、その赤くなった頬にキスするのね、そして耳許で小さく意地悪しすぎたの、ごめんねって言ってーー」

 

 マジかよ。深い闇を垣間見た気がする。

 

 「早く受験終わらないかな。東京の大学に入れたら、そういうラブラブな生活がしたい。

 ーーでもそれとは別に、その子とは早くちゃんと話したほうがいいと思うよ。きっとね。」

 

 そうかもしれない。

 でもリカバリーできんのかね、この状態から。

 いやリカバリーしないと、紫藤が串刺し+中からの焼き鏝コースになっちゃうんだが。

 

 そう思って僕が紫藤に近づこうとすると逃げられる(なぜか最近、高木も紫藤捕獲に協力しようとしてくれるようになったのだが、それでもぬるぬると逃げられる)。

 しかし、僕から行動を起こす前に事態が動いた。

 

 ーーーーー

 

 朝、登校して学校の靴箱で靴を履き替えていると、爽やかな朝日を遮って、横に人が立った。影が顔を隠した。

 

 おはようといいながら向くと、腕組みした背の高い人影。

 高い位置で結んだポニーテール。

 紫藤の守護者(ガーディアン)、調布智美だ。

 

 おはよう、とにこりともせずに返される。

 挨拶というにはあまりに挑戦的。

 ものすっごいこの子は僕の嗜好に合うんだけどなー、こんなところも。

 

 友達のために体を張って立ち向かってきたわけだ、その心意気があまりにも尊い。友情に殉じるその誠実さ。

 向こうからみれば、得体の知れないサイコパス的ストーカー野郎かもしれない奴と対決しようとしているのだ。

 向き直ると凄い圧力を感じる。

 こちらに、眦を決して対峙している。

 凄い勇気だ。

 

 「今日、話がしたいんだけど。」

 

 「いいよ。教室?」

 

 「美術室、お昼。お弁当とか持ってきて。」

 

 「わかった。現地集合?」

 

 「そう」

 

 用は済んだ、もう一言も交わしたくない、と言わんばかりに、ぷい、と向こうに向いて行ってしまう。

 

 渡り廊下から校舎へ向かうその後ろ姿をじっと見つめる。

 高い身長、コンプレックスに思っていたことを十数年後に本人から聞いている。気にする必要なんてない、むしろすごい美点だと思うよ。僕とぴったりシルエットが合うじゃないか。

 

 身長からすれば全然適正体重未満なのに、少し重すぎるかもと悩んでたことも知ってる。

 ギリシャ彫刻みたいな健康的な均整美で、いいと思うんだけどな。

 

 高い位置にあるポニーテールのため、滑らかな首筋が露になっている。

 脚を見せたくなくて人より少し長めのスカート。

 巨乳というほどでは全くないが、少し大きめの胸を少し反らせる癖。

 授業終わると上半身をぐいっと捻ったり、上半身をぐっと反らして腰をつき出したりする癖。

 全てが僕に刺さる。

 

 別の同性の級友に会って、僕への渋面が嘘のように花のような笑顔を見せている。

 そう、異性には絶対靡かないところも好きだ。

 お昼休みの二人きりのデートが楽しみだ、うん。糾弾会になるんだろうけど。

 

 そのせいで反応が遅れた。

 恐々とした、聞こえるか聞こえないかというくらい小さな挨拶の声、多分聞こえないことを願っていたのだろう。

 ばっと振り向くと紫藤が今にも逃げ出したいという色合いを濃厚に浮かべて、靴箱から上靴を取り出しながら、上目遣いにこちらを見やっていた。

 

 「ああ、おはよう、紫藤さん」

 

 「!」

 

 できるだけ刺激しないように、穏やかな声を作って、爽やかな感じを心がけて笑いかける。

 でも紫藤はビクッとして、震えんばかりの緊張した手つきで靴を履き替え、逃げるように去って行った。

 

 まあ可愛いよな、と異常な速さで小さく遠ざかり行く後ろ姿を見て思う。

 調布さんほどタイプじゃないけど、なんか紫藤は庇護欲をそそる。

 それに痩せて小さいと思ってたけど、純然子供体型ってわけじゃないんだよな。

 拷問されてた最期の場面で見たけど、串で刺し貫けるくらいの胸もあったし。

 ーーって、あんなことになっちゃいけないよな、頑張らなきゃ、とぶんぶんと頭を振る。

 

 なに、話せたの?のぼせてるんじゃん、熱いねーと冷やかしてくる、遠くから見ていたらしい、友好的な級友たちがやって来て。

 僕も物思いから覚めて慌ててクラスに向かった。

 

 ーーーーー

 

 楽しみは中々来ない。僕は右のそのまた右の最前列の調布さんを盗み見る。

 背筋をぴんと立てた、姿勢のいい後ろ姿。

 僕のわき見が先生に気づかれて当てられる、でも難なく返す。伊達に繰り返しちゃいないんだ。

 

 2度目だからといって何もかも覚えてる訳じゃない、でも仕事で要求される程度の集中と徹底をもってすれば、高校レベルの勉強は何とかなる。

 またじっと取り組むと、国数英理社音楽体育書道格技家庭科、全てに改めて学べる発見がある。

 2度目の高校生活は、思いの外、楽しかった。

 

 ようやく4時限目が終わる。

 調布さんがギッとこちらを、「忘れてないでしょうね」あるいは「逃げなさんなよ」と言わんばかりに一瞬睨んで、パステルブルーのお弁当箱入りと覚しき袋を持って先に出ていく。

 僕も頃合いをみて腰をあげる。

 

 「あれ、志野は今日は学食じゃないの?」

 

 高木が声をかけてくる。

 そう、最近はクラスの男子どもの一部でつるんで、学食→一般開放の体育館でバレーかバスケというコースをとっていたのだ。僕も高木も一味なのだ。

 

 「ああ、今日だけお昼休み会議でな、今日は無理だけどまた明日な。」

 

 二人きりの密会なんですけどね。

 

 「ああ、またな。」

 

 高木は悼ましそうな顔をしてる、でもお前の考えてる美化委員会の会議じゃないんだよ、悪いな。

 

 ーーーーーー

 

 美術室は旧校舎の最上階の端にある。嘱託の美術の教員は木曜は午後からいない。密会にはうってつけだ。

 美術室の前の水道には緑の髪ゴムで髪を縛り直している調布さんの横顔が。髪を整えててくれたらしい、僕のために?

 足音に気づいてこちらに向き直る調布さんに、僕はまるでヂャニーズの少年グループのメインボーカルのように、底に愉悦を潜めて、わざとらしいほど爽やかに声をかけた。

 

 「待たせたかな、調布さん?」

 

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