タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。 作:Marchhatter
少し時間戻っての、志野視点です。
(追記)「16日」→「13日」に修正
調布に女の子スペースに呼びつけられ、どぎまぎしながら混ぜてもらってトランプと怪談話をした後(僕も負けて話をする羽目になったが、インターネットで有名な怪談話を語らせてもらった。未来チートの一種?)、僕たちは一度、おやすみを言い合って就寝したのだが。
僕はうまく寝つけなくて、起きだした。
みんなを起こさないよう、用足しを兼ねて、階下に下りて、風に当たりながら涼もうかと考えて部屋を出ようとしたところを、紫藤につかまった。
いや、ちょうどよかったんだ。
紫藤と一緒にいたい、ゆっくりしたい。
女の子たちが華やかにきゃあきゃあしてるのに混ぜてもらえるのも楽しくないわけではないけど。
やっぱり場違いな気がするし、ちょっと疲れた。
紫藤を身近に感じたい。清潔な、微かな石鹸の匂いに癒やされたい。
そういうわけで。
開かずの間を開けたとき、正直少しだけやましい気持ちがなかったわけじゃない。
事実、僕は紫藤の声に、姿に、つないだ手の感触に、漂う清涼な香りに。
感覚を集中させるあまり。
開かずの間に上がる鉄の階段で、超感覚を発動させてしまっていた。
暗闇の中でも、盗撮イメージ風AVの赤外線画像みたいに見えるんだぜ、紫藤の膝裏が。
もちろん、勃ち上がった。
でも。
部屋で目にしたものに、背筋が凍りつき。
そんな邪心が吹き飛ぶような思いがした。
「!」
あんまりびっくりすると、声も出なくなるんだな。
「え?何かあるの?」
「みなり!あれ、ーー!」
紫藤には、見えていない!?
僕には、見える。見えてる。
部屋は、ほぼ真っ暗に近い、と思う。普通の視野なら。
ただ、ごく小さな鎧戸の隙間から、月光が一筋、二筋、差し込んでる。
それが当たってる、一つの物体。
本棚にある、小さな頭蓋骨。
それが、光ってる。いや、月光に照らされて、というわけじゃない。
何か透明な炎に包まれているように。
そして、そこから数条、光の筋が出てる、走っている。
強い光、弱い光。幾筋か。
僕は、目を閉じて、頭を振った。そして再度、目を開ける。
見える。はっきり見えてる。
透明な炎に包まれたような、小さなしゃれこうべが。
「みなり。落ち着いてよく聞いて。」
そこに、小さな頭蓋骨があったよね。
僕には、それが見える。
光って見えるんだ。
そう言ったとき、僕の片腕の中にいた紫藤が、びくっと震えた。
「こいつ、何言ってるんだ。」かな?
いや、「幻覚みてる人。ヤバい。」かな?
「志野くん。たしかに、ぼんやり光ってるのかもしれない。だけど、ーー」
紫藤が、慎重に目を凝らしながら、尋ねる。
「ーーそれって志野くんには、どんな風に見えるの?」
「ああ、透明な緑の炎に包まれてるように見えるな、ーー」
僕は、僕なりに丁寧にそれを描写した。そのうちに、心も少し落ち着いてきた。
紫藤がいてくれて、本当によかった。
一人だったら。
まあ一人だったら、そもそもここには来なかっただろうけど。
一人だったら、一時的に正気を失いかねない気がした。
「志野くん。わたしには、見えないんだよ。いや、言われたら、確かにうすーく、光ってる気がするよ。ーーでも、照り返しって言われたら、そうかもな、気のせいかな、って思うくらい。」
ーーだけど、志野くんにははっきり、その炎がみえるんだね。
確認される。
そうだ、と答える。
「志野くん、それから、光の線が出てるって、言ったよね。」
そうだな。
「どこに向かってる?その光?」
ああ、いくつか、別々の方向だが、一番強いのは、こっち方面だな。
ーーまさか、紫藤?
暗闇の中、超感覚の赤外線アイで確認できる、紫藤の決然とした表情。
そして、いつものほわんとした感じを裏切る、きっぱりした口調で。
そう、紫藤がごく時たま垣間見せる、そう、運命を告げる御使いのような、断固とした態度と口調で、ーー。
「うん。志野くん。突き止めてみようよ。その光の先を。」
そう、紫藤は言った。
ーーーーー
僕はもちろん、反対した。でも、紫藤の意思は固かった。
紫藤は主張する。この機を逃すと、謎は解けないと。
この小さなしゃれこうべ。七不思議の一つではあるのだろうが、その背後の物語は失伝していて、それが持つ意味や文脈は、現在では全く不明。
この機に、それがわかるかもしれない、と。
僕は全力で反対した。
紫藤を危険にさらしたくない。
光の筋を辿っていったら、壁に塗り込められた胴体を見つけそうじゃん。
それが、壁を崩しながら掴みかかってきたら。とか。
そもそも、こんなのは予想外だ。この世界、ファンタジー世界じゃないんだろ?
これがみえるのって、僕の特別な力か何かか?
あ、今もそうだけど、超感覚が発動してるからか?
今の僕は、ドアの向こうに人がいるかどうかどころか、半径10メートルくらいの気配まで感じ取れそうだ。
実際、光に集まってる昆虫や、それを狙う蝙蝠やヤモリと思しき気配はわかる。
その超感覚のせいで、この発光にも気づいたのかな。
普通の状態なら、気づかないかもしれない。
結局紫藤に説得された僕は。
しゃれこうべを持って、そっと開かずの間を出る。
戻ってこれるかわからないので、鍵は掛けた。
階段を降りる。
一番太い光の筋が示す方向。この方角は、おそらく、ーー。
「旧校舎の端のあたりかな。」
真夜中の学校を抜けていくことになる。
鍵掛かってたら、アウトだよ。
ーーーーー
文芸部の鍵束。こいつはチートだ。
旧校舎の正面玄関のカギが入ってた。
誰か過去にコピーに成功したやつがいたんだろうな。
すごい。
そうっと、暗い正面玄関を突破。ちょっと迷ったが、万が一逃げるときのことを考え、かぎを開けておく。
新校舎よりは小さいが、かつては正式の校舎として使われていた旧校舎。ロビーも簡素だが整えられてる。
蒸し暑い暗がりに、観葉植物、校歌の額、タペストリとなにかの優勝旗、ブロンズの腕を広げた女性像。最後のは、それと分かっていながらびくっとしてしまう。
人の気配は、ーー今のところ、周囲には感じないが。
だが、ひしひしと、怖さを感じる。超自然的な何かへの畏怖を。
誰かに、いや、何かに、見られている気がする。そっと、追跡されているような気が。
気を付けて見回すが、それらしい人影は見当たらない。
紫藤も、僕につられて、少し怯えたように周りを見回す。
いつしか、固く僕たちは手をつなぎ合っていた。
渡り廊下で旧校舎と新校舎は繋がってる。
どの階の渡り廊下の出入り口もカギがかかっているが、4階の渡り廊下だけはカギがかかっていない。
このことは、一度用事で呼び出された職員室で、先生たちの間の会話から聞いたことがあった。
だから、場合によっては新校舎の正面玄関から入って4階を経由して侵入しようと考えていたが。
そんな回り道をしなくてよかったのは、ラッキーだった。
新校舎には宿直室もあるし、職員室もあるからな。
光の筋の指す方向は、旧校舎の先、廊下の先の闇を指している。
僕たちは、廊下をそっと歩いた。
静かに物音を立てないように歩いているつもりでも、かすかにキュッキュッとリノリウムの床で上履きのシューズが音を立てる。
抑えようとしても、少し弾んでしまう息遣い。
柔らかい紫藤の手。
目と目を見かわす。
大丈夫。紫藤は絶対に守る。
廊下の端。上に昇る階段。
光の筋は、その奥の何かを指してる。光の筋の太さもいよいよ太くなって、他を圧している。
「志野くん、」
紫藤が、ぎゅっと僕の手を握る手に力を強めた。
「ああ。光ってるな。紫藤にも見えるか?」
「うん。ーーきれい。ふわあって、光ってみえるよ。」
踊り場に設置された鏡。
月の光を受けていて、光ってる。
だけど、紫藤が言うように、ふわっと光るなんてもんじゃない。
僕の目には、その鏡が、燃え立つような緑色の炎に包まれて見えた。
そして僕の手にある頭蓋骨からは、光の奔流。
心なしか、引っ張られる気がする。
ーーこれが、もしかすると七不思議の正体か。2つの不思議に分かれてるが、実は一つなのか?
そのとき。
ばたん、と離れた場所で音がする。正面玄関?
開いていたドアから、誰かが入った?
足音は、近づいてくる。
紫藤が、はっと僕を見る。僕も見返す。
まずい。誰かくる。
「こらあッ、誰かいるのか!」
鈍重な、しかし急ぎ足の足音。
怒号。
この声、足音は。
まずいじゃん、あのアカハラ教員のだ。泊まり込み要員だったのかよ、よりによって。
しかも。
ばたん、とはるか上で音がして。
誰かが下りてきたのだろう。ゆっくりとした、重い、少しおぼつかない足音に聞こえる。
このままじゃ、はさみうちだ。
しいて言えば、上の足音は遅い。多分、僕と紫藤なら、上の足音が来る前に2階か3階に上がって廊下を入口側に走れば逃げることは可能だ。ただ後姿は目撃されるかもしれない。だったら途中の教室に隠れるか?いや、それこそ教室に入る姿を目撃されたら、つぶさに教室を調べられて詰むか?だが、そのまま本館、新棟に逃げると、そっちにおそらくいる用務員さんとか先生とかにはさみうちにされる可能性が、ーー。
「志野くん!」
声を潜めて、紫藤がいう。
「あの中!」
僕は、正気か、という目で紫藤を一瞬見返したが。
同時に、理解してもいた。
何か、常識では計り知れないことが起きてる。
そうだとすれば、今、ここでは。
七不思議の伝承こそが真実なのかもしれない。
僕は、紫藤の手を引いて。
階段の踊り場の鏡面に頭骨をつかんだままの手の甲を触れさせてみた。
鏡面は、ごくわずかな違和感を僕の手に伝えたが。
僕の手はその鏡面を突き抜けた。
僕は、紫藤の手を握ったまま、さらに手をつき込み、肩を入れ、鏡の枠に足を入れ、またいで乗り越えた。
向こうの世界に。
ぐりゅっ、となにかの断層を越える感覚があった。
紫藤の手を、さらにそうっと引いて、招じ入れる。
紫藤が、はっと息を飲む。この感覚を、感じたな。
この断層を超える感覚、一度、以前に感じたことがある?
階段をゆっくり降りてくる足音、廊下を急いで近づく足音。
間に合うか?
なんとかいけるか。
僕と紫藤は、鏡の枠の中に、完全に入った。
一瞬、鏡の中の世界(?)にいる僕たちの周りに目をやり、直ちに危険なものは存在しないと告げる超感覚を信じ。
僕はまだ、そっと頭だけ出して様子をうかがう。
足音が、階段下に来た。階段を、昇り始める。
はあっ、はあっという、追いかけてきたアカハラ教員の荒い息遣い。
潮時だ。
頭を引っ込める。頭蓋骨を、懐に隠す。光が遮られ、暗さが戻ってきた。
鏡を窓に見立てた場合、その窓から簡単には見えないように、そっと紫藤を抱き寄せ、鏡と同じ側の壁際に張り付く。
多分だが。向こうの世界、頭蓋骨のない元の世界では、鏡はもう光っていない。
こっちの世界でも、頭蓋骨と鏡の間に障害物が置かれたため、鏡の発光はかなり弱まった。
普通の感覚だと、よほど注意しないとわからないくらいだと思う。
鏡面を潜り抜け、鏡の中の世界に入った途端に。
急に、向こうの世界。いや、僕たちがいた、元の世界。
その物音が、聞こえなくなった。いや、聞こえづらくなった。
超感覚でなら、何とか聞き取ることができる。でも超感覚状態の僕でないと、まずまともに聞き取るのは無理だろう。
聞こえる音が、妙に、引き伸ばされたり急になったり、一定しないんだ。伸びたテープを無理やり再生するみたいに、ゆがめられて聞こえる。
だけど、なんとか聞き取ると、ーー。
鏡の外を、荒い息が、ーー通り過ぎていった。
だが、すぐに、足音が途切れたことに気付いたらしい。
「どこだ!」
階段の踊り場は通り過ぎて、2階のあたりかな。叫んでる(実際には、「デュコデュァ!」みたいにゆがんで聞こえる)。
それにしても、どこで僕たちは気づかれたのだろう。
超感覚を張って警戒してたのだけどな。あの見られてた感覚か?
どのくらいはっきり目撃されたのか?足音で気づかれたのか?
二階にある職員室は、明かりがついてたっけ。そこから目撃されたのかもしれない。
「誰かいるんだろう!見つけてやる!」
ちょうど回線の不安定なIP電話越しの会話みたいに、歪む音声。
誰かが下りてきた足音。ゆっくりとした、少しおぼつかない足音に聞こえる。
おそらくは、4階の美術準備室にいたんだろう、美術の顧問の先生だ。
年老いていて、定年後再雇用で勤務しているとか、聞いたことがある。
「どうしたんですかな。阿加原先生。」
「ーーああ。あの。こっちに、誰か、多分不埒な生徒が逃げ込んでね。追ってきたんですよ!」
「ああ、そうですかな。すみません、私がさっき出入りしたときに正面玄関のカギを%%%%%。。
ーー%%、%%%、%%%%が4階の渡り廊下を本館に行った足音が聞こえたので、わたしも注意しようとして起き出してきたところでした。」
一部、聞き取れない。だいたいの想像はつくが。
「本館だと!ちっ、鬼ごっこさせやがって!」
お礼の言葉も言わず、アカハラ先生は唸り声をあげながら、また玄関の方に引き返していった。
バタン、と遠くで音がした。
おそらく出ていって、また本館(新校舎)を探索するつもりなのだろう。
「はあ、忙しないことですな。ーー危ないことはせず、早めにお戻りなさい。」
そう大き目の声で、ゆっくりと独りごちて。
ーーいや、おそらくは僕たちに伝えて?
美術の先生は、また階上に戻っていった。
ゆっくりとした足音、そして、こちも、カラカラと美術室の引き戸を閉める音が。
僕がそうして鏡のすぐそばの壁際で、一心に音を聞き取っている間。
紫藤は、それを察して、まわりを見回しながら静かにしていた。
僕が肩の力を抜き、紫藤を見やる。
紫藤が、見つめ返す。
ここは?
「志野くん。」
「鏡の中、だろうな。」
僕たちは、鏡の中にいる。
僕の懐にしまわれたしゃれこうべは、相変わらず光を放っている。
僕はまだ超感覚が続いてる。多分光がなくても、周りがある程度は分かる。
紫藤も、頭蓋骨の発する光を、ごくかすかに見ることができるらしい。
「すごいよ、志野くん!七不思議は、本当だったんだ!」
「本当だったんだな。だが、危険かもしれない。」
鏡の裏の世界。そこは、あの学校と同じ建物の中のようだった。
なんというか、点対称?線対称?
鏡の中だから左右が僕らの学校と逆、ーーというわけじゃない。
僕は鏡の向こうの世界は僕たちの元いた世界と鏡を介して線対称の世界、左右あべこべの世界だと思って入ったが、そうではないようだ。
まさしく鏡のように、反射されて。
僕たちは鏡に入ることによって、別の世界の(?)学校の鏡の前に出てきたようだ。
この別の世界の学校は、僕たちの学校と全く同じように見える。
しかし、ーー少しだけ違う?
壁の色は、こんなにくすんでいただろうか。
壁のひびは、こんなに深かっただろうか。
蛍光灯は、こんな風に末期的に瞬いてたっけ。
高い位置にある窓からは、月の光。これは変わらない。
僕は月をちらっと見上げた。
超感覚が、元の世界の月の欠け具合とほとんど同じだという判定を告げた。
今日は13日。月齢は、15.1。満月をわずかに超えた状態、16夜だが、ほぼ満月と言っていいだろう。
「どうする?すぐ戻るか?」
「ううん、ちょっとだけ見ようよ。気になるよ。」
この世界は、何の世界なのか?
異次元?裏世界?並行世界?
確かに、知りたい。
「現在の世界と同じで、先生たちもいるかもしれない。気を付けて。」
「わかってるよ、志野くん。」
そっと足音を忍ばせて、4階に昇る。
元の世界と同じく、4階の端に美術室がある。
しかし、かすかな違和感。
廊下の窓から見上げる、月影に照らされた中庭のメタセコイア。
こんなに高かったか?
調布に呼び出され、4階の美術室から以前みたメタセコイアは、目の下に青葉を広げていたような気がする。
張り出した枝の若葉が、緑の海のように見えた。
こんな風に、見上げる位置ではなかったような、ーー?
美術室は、ーーカギがかかってない。
そっと入る。
窓際に並んだポトスの鉢植え、白いデッサン用の石膏像。
見慣れた佇まい。
しかし。
黒板に書かれた日付。
「志野くん。平成二十○年って、ーー」
「ああ。ーー冗談でなければ、未来だな。」
僕は、そう。
そっと紫藤に返した。
ーーーーー
4階の渡り廊下をとおり、本館に移ってみる。
壁新聞の日付。平成2○年7月8日。
別の教室の黒板の日付。平成2○年7月10日。
時計は、もうすぐ夜の12時。
未来の日付だ。
おそらくは僕が1回目で死んだ。そのすぐ未来。
「志野くん。日付みた?」
「ああ。ここは、未来だな。おそらく。」
手の込んだいたずらでなければ。
僕らは、未来にタイムスリップしていた。
紫藤の肩を抱き寄せると。紫藤がきゅっと頭を胸に埋めてきた。
ーーーーー
いろいろ、見て回っても良かったのだが。
この不気味な現象。本当の奇跡を前にして、なぜか言葉少なになった僕たちは。
何をするということもなく。
新校舎と、旧校舎を結ぶ渡り廊下に戻り。
欄干にもたれ、空に見える月を見ていた。
未来の月を。
僕も紫藤も、見ることのなかったはずの月を。
暑い夏の夜。だけど吹き抜ける風で、それほど不快ではない。
ありえない時間と空間に、迷い込んだ僕たち二人。
世界にただ、二人だけだった。
がたん、と音がした。
振り向くと、ーーー。
超感覚は起動していた、はずなのに。
ひぃぃんという、ごくごく軽度の警戒音を、聞き逃してしまっていたのだろう。
渡り廊下の、新校舎側のドアを閉め忘れていたのだが。
廊下の先。中央階段からこちらに少し進んだあたりに。
呆然と僕たちをみつめる、女性教員の姿。
どこか、見覚えのある姿。
「紫藤、」
「わかってるよ、志野くん。」
僕はいかにも普通に、見知った先生をみかけた生徒のように。
ぺこりと頭を下げる。
紫藤も。
そして、示し合わせたように、先生に背を向けて。
そっとすべるように、旧校舎に、僕たちが来たあの踊り場の鏡のある校舎に向かっていく。
振り向かない。
顔をみられたかな?見られても多分、この距離だ。よほど目が良くないと、わからないだろう。
それに僕たちをよく知ってる、在学生のころの担任の先生の誰かでなければ、大丈夫、大丈夫。
ばたんばたん、と遠くで、先生のいたあたりで音がした。何か、手に持った書類を取り落としたように。
しかし、あえて振り向くことはしない。
旧校舎側の渡り廊下のドアを開け、紫藤を通し。
そして僕も続く。
ドアを閉めるときに、再度、僕は先生に礼をした。
僕の視力では、はっきりは見えなかったが。
先生は、正座をくずしたような女の子座りで、床に呆然と座り込んでいるようにみえた。
ーーーーー
「そろそろ、戻ろうよ。その、ーー」
紫藤が、少し心配そうにいう。
「ーーその光。すこし薄れてきてない?」
「そうだな。」
僕の目にも、わずかに炎の勢いが減じたように見える。
階段を、ゆっくりと下りる。あの踊り場の鏡に。
手に持った頭蓋骨の炎は、まだ持ちそうではあるが。
これが消えたら、こちらの世界に閉じ込められる?
ーーそんな気がした。
鏡を前にする。
燃え立つような、謎の炎が、鏡面を包んでいる。
しばらく、目を奪われて佇む。
バタバタ、と階上に複数の足音がする。
「こっちです。4階の渡り廊下に、いたんです!」
叫び声。
あ、さっきの先生が、不審者ありって通報したのかな。
まあそうするよな。不審者だもんな。
長居は無用だ。
鏡の前に立つ。
紫藤を促し、再び、鏡を乗り越えた。
体が一瞬、ねじれ、裏返されるような違和感。
そして僕と紫藤は、元の世界に戻ってきた。
少し月の角度が変わった以外は、何も変わっていないように見える。
ーーさて、戻らねば。
ーーーーー
帰りも、手をつないで。
慎重に物音を立てずに帰った。
超感覚のおかげで、多分、今度こそ大丈夫。
部屋に戻ると、まだ12時過ぎだ。
凄い時間がかかったような気がしていたが、ーー思ったほどの時間は経過していないな?
体感時間と現実時間の差がひどい。
部屋に入る前に、僕と紫藤はキスをした。
柔らかい唇。
絶対に、紫藤は死なせない。
おやすみなさい、を言い合って、静かに部屋に戻って。
僕は自分のふとんに戻り。
頭蓋骨は、後で返すことにしようと自分の荷物の中に入れた。
紫藤も、自分のふとんの場所に戻るのかと思ったけど。
僕の横にそっと、滑り込んできた。
いいのか?
いいや。
僕はそっとその体を抱き寄せ、再度のキスをして。
夢のない眠りに落ちていった。