※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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93 文化祭(1)(志)

 

 大数の法則。

 あれは人間には当てはまらないのかもしれない、と時々考える。

 

 たとえば運がいい、悪いというのは、言ってみれば確率の問題だ。

 ごく1回の事象では、運という骰子の出目はばらつくだろう。運がいい結果も、悪い結果も出る。

 だけど、ある程度長い期間を均してみると、それほど人によっては違わなくなる、ーーはずだよな?

 大数の法則って、そういうことじゃなかったっけ。

 

 でも、僕のごく身近な人たちを観測範囲として測定すると、運のいい人と悪い人というのが存在しているように思える。

 サンプル数が少なすぎて、それこそ大数の法則を使えないくらいなのかもしれないが。

 

 運の悪い人だと、もういったいどうしてこんな不幸が重なるのかって思うくらいに重なってたりする。

 運ではなくて、別のものが悪いのかもしれないけどね。

 家庭環境とか。生まれた時代とか。

 いや、それも運による結果だと仮定すれば、やっぱり運の悪さが重なってるのか。

 

 あるいは、もっと不吉な想像だが。

 人間の一生というのは、大数の法則を当てはまるのが難しいほど短い、っていうだけのことなのかもしれない。

 人間も数百年生きるようになれば、少しは違ってきたりするのかもしれない。

 

 ともかく、僕は絶対零度の波動が、目の前に立つ人影から伝わってくるのを感じながら。

 そんなどうでもいいこと。

 要は、僕は不運で不幸な人間のかもしれない、なんてことを現実逃避のように考えていたのだ。

 

 ーーーーー

 

 朝からの経緯を説明しよう。

 朝、調布にたたき起こされた。というか、一つ布団の中にいる僕と紫藤を見つけて、鬼女と化した調布によって、布団から蹴り出された。

 一方紫藤に対しては、調布は。

 荒っぽく見えながらも心配しているのがわかる手つきでパタパタとチェックし、僕になにもされなかったか尋ねてた。

 不公平だ。男女同権じゃないじゃないか。

 いや、この場合に悪いのは僕かもという気はするけど。でもふとんにもぐりこんできたのは紫藤なんだけどな。

 

 ちなみに国領は蹴り飛ばされた僕をみて笑ってた。

 実は先に起きてこの事態を発見し、ワクテカしながら調布に通報したのはこいつ。

 ある意味調布よりタチ悪い。ギルティ。いつか泣かす。

 

 朝ごはんは、パンと飲み物を職員室に取りに行くシステムだったので、罰ゲームとして僕が取りに行ってきた。

 4人でちゃぶ台を囲んで朝ごはんを食べた。

 ちなみに、調布に怒られた僕を揶揄しながら、ぴーちくぱーちくさえずってた国領は、あっボクそろそろ行かなきゃ、生徒会の仕事があるしね、と言って、食べ終わると薄情にも出ていき。

 紫藤も、調布に用事を依頼されて出ていった。ちょっと僕の方を心配そうに振り返りながら。

 

 クラス会が始まるまで、小一時間ある。

 紫藤をにこやかに送り出した調布がこちらに向き直った時。

 極寒のブリザードが吹き荒れてる様を幻視したね。

 整った顔に、夜叉の風格を載せた調布を見たときに、さ。

 もちろん土下座したよ。

 当たり前じゃないか。誰だって命は惜しい。

 調布はおもむろに、部屋の隅にあった椅子を持ってきて、腰かけて足を組んで。

 平伏している僕を、尋問し始めたというわけだ。

 ーーなんだか既視感があるな。この状況。

 ちなみにこのどさくさのせいで、この日、調布には。

 昨夜の冒険のこと。頭蓋骨と鏡の話は、できないままになってしまった。

 

 ーーーーー

 

 「さて、志野。言い訳を聞きましょうか。」

 

 「いや、言ったとおりなんだ。やましいことなんて、ないんだ。」

 

 ただ、紫藤が入ってきたから入れてあげただけ。僕は無罪。

 そう、主張する。

 

 「ほほう。ーーねえ志野、教えてくれないかしら。」

 

 浅学菲才なこのあたしに、参考までに教えてよ。

 みなりって、かわいいわよね?

 あんなに小さくて守ってあげたいって思わせるし、けなげだし。

 だから、あなたもみなりと、付き合うようになったんでしょ?

 

 ーーそう、調布が聞く。

 なんだか朝起きたばかりのときと違って、少し怒りが収まったのか。

 しかし、その代わりに。

 捉えたネズミをいたぶる猫のような残酷さを感じる。

 怖い。

 どっか間違ったところを踏んだら、暴発が起きそうな緊張感。

 

 「ああ、そうだな。もちろんだ。」

 

 地雷が埋まる美しい草原をフラフラと歩く頼りない人影を脳裏に幻視しながら。

 僕は、慎重に答える。

 

 特に、どんなとこかしら。

 みなりのどんなところが、志野は気に入ったの?

 教えてくれない?

 

 「あの笑顔かな。」

 

 笑顔ねえ。ふーん。

 それだけ?

 笑顔が良かったら、志野は。

 たとえば青山くんとも同衾するのかしら?

 

 「いや、もちろん、それだけじゃないんだ。いろいろあるんだが。」

 

 いろいろねえ。

 いや、性格とかの内面は、いいわよ。

 あの子、性格がいいってのはあたしも知ってるし。いい子よね。

 だけど、異性の。

 そう、男の目からみて。

 どんなところが魅力的なのかしら。

 たとえば?

 

 「たとえば、だな、ーーあの足もいい。」

 

 足って?あの足?

 

 「ああ、みなりの生足はいい。細くなくて、結構筋肉もあって、ーー」

 

 なるほどね。

 あ、そんなに細かく描写してくれなくて、いいわよ。

 もし、だけど。

 みなりの足。

 自由にしていいって、言われたら?

 

 「そりゃ、頬を擦り付けてみたり、舐めたり、いろいろするさ。ええと、それと。」

 

 あの腿にV字に首とか挟まれてみたい、ですって?

 あ、あんたねえっ!

 ーーでもまあ、いいでしょう。

 それ以外は? 

 

 「うん、どれも好きだ。あの柔らかい体も、小ぶりだけど敏感な胸も、ーー」

 

 わかった、わかったわよ。それくらいで。

 それでさ、志野。

 わかってるかしら。

 そういう女の子。

 あなたの言葉を信じるならば、あなたが魅力を感じて、いろいろしてみたい女の子。

 あなたはその子と、一つのふとんの中に、同衾してたの。

 一晩。

 なのにあなたは、やましい思いは何一つ抱かなかった、ってこと?

 あなたたちの指先は、少しも触れあわなかったってこと?

 ただのふとんとか、抱き枕とかと同じように思っていた、っていうことなのかしら。

 よく、男の子の考えてることはわからなくて。ごめんなさい。

 ーーあら、答えてくれないの?

 悲しいけど。志野がそういう態度なら、ーー。

 

 「う、うん?そりゃ、紫藤と一緒に寝てうれしかった、けどーー」

 

 ほほう。

 やましい思いは抱かなかった。

 わずかな接触すらなかった。

 そういうこと?

 

 「あー、いや。うん、少しは性的な思いも抱いたさ。抱きあったりもしたさ、そりゃ。少しはね。ほら僕も、男だし。」

 

 被告人志野、有罪。

 

 「え!?」

 

 有罪っ!!

 

 ーーーーー

 

 手足をあちこちに振り回しながら、地雷によって空中高く吹き飛ばされていく人影の幻影が、脳裏に浮かぶ。

 そして。

 ぐりぐり、と。

 正座した僕の腿が、椅子から立ち上がってこちらにやって来ていた裸足の調布の足に踏まれる。痛い、体重かけてる痛痛痛あっ!

 その一方で。

 目の前にある肢体に。女の子の匂いに。

 頭が少し、くらくらして、もちろん勃ち上がってきた。

 

 「ねえ、どんな罰がいいかしら。」

 

 調布が、サド気あふれる微笑を浮かべながら。

 僕の顔を覗きこみつつ、ねっとりと聞いてきた。

 まだジャージだけど、上半身を傾けてるから覗き込める襟元や、そこに覗えるふくらみの気配に目が吸い寄せられる。

 勃ち上がったものが、固く硬直する。

 

 「ば、罰ですか。ーー」

 

 思わず敬語になってしまう。

 

 「そう、罰。どんなことをされたいのか。志野、教えてくれるわよね。」

 

 あたしとあなたの仲なんでしょう?

 包み隠さず、答えてくれるとうれしいんだけど。

 そう、調布が言う。

 

 ああ、調布の足指をねぶってみるとかいいかもな。考えるとぞくぞくする。

 そう答えようとして、ふと、ん?と思いなおす。

 まて。冷静になれ。

 勢いで騙されてたけど、話が見えないぞ。

 いや、調布の足の指を舐めるのはいいんだけどさ。うん。

 いったいなんで僕が調布に罰されないといけないんだ?

 

 まあ、学校で紫藤と同衾しちゃったのは、慎みが足りなかったかなと思う。

 たしかにそこは非を認めよう。

 学校からも、それは気をつけなさい、って言われて禁止されてたことの一つだしな。

 

 でも、それは学校が気にして罰することだろう。

 調布が処罰権の行使を代行するのは、変だ。

 それ以外の処罰の理由はどっから出てきた?

 調布は僕の何に怒ってるんだ?

 

 以前話した時は、調布も紫藤が僕と、その、セ○クスすること自体には反対してなかった。

 むしろスキンを提供するようなこと言ってたしね。

 だったら、僕を処罰する理由は、紫藤と寝たこと(誤解だけどね)じゃなくて、学校で紫藤と寝たことなんだと思う。

 でもそれは、学校が気にすることだ。

 

 しかも僕はちゃんと、調布の問いにも正直に答えたじゃないか。

 僕は紫藤が好きだ、もちろん性的にも。あ、もちろん調布のことも好きで、調布を性的にも好きだ。

 それは以前、包み隠さず真面目に伝えたことでもある。

 好きな子と同衾する。それは自然なことだ。

 そう、口を尖らせて言ってみる。

 

 「あら、情状弁護ね。一等減刑してあげましょうか。

 じゃあ、はっきりさせましょう。

 志野は、性的な欲望を抱いて、みなりと寝た、そして褥であの子を抱いた。

 ーーそのことに、間違いないわね?」

 

 あ?ああ、まあ、そうだけどさ。

 その表現だと誤解されるじゃないか。そう、寝たとか抱いたとかっていうと、ほら、ーー

 

 「そして、みなりのことを好きだけど、あたしのことも別に嫌じゃない。そうね?」

 

 あ、ああ。当たり前じゃないか。調布のことが好きだ、ーー。

 

 「それなら、あたしも。」

 

 えっ?

 

 「あたしも、そうしてもらえるわよね?」

 

 「あ、ああ。ーーん?」

 

 どういうことだ?

 日本語をしゃべっているはずなのに、話がわからん。論理が跳びすぎだ。

 

 「志野は、あたしと寝る。あたしを抱くってことね。」

 

 ええっ?

 

 「武士に二言はないって言葉、本っ当に便利よね。

 ーーまあ、それくらいで許してあげましょう。」

 

 嵌められた!?

 よくわからないが、難癖をつけられた挙句に、なにか大変なことを約束させられてしまったような気がする。

 吹き飛ばされてなんとか着地したら胸まで泥沼にズブズブ嵌まってしまい藻掻いている人影を幻視する。

 怖い。

 今度は、紫藤が怖い。

 どうしよう。

 こんな約束したって、バレたら。

 紫藤は、表面上はいいよいいよ、って言うだろう。

 だけど、きっと罰。そう、何かの罰を、ーー。

 

 ーーーーー

 

 要は、調布は自分が仲間外れにされて怒った、ってことかな?

 一応は分かった。ちゃんと構ってほしい、ってことか。

 女の子の考えてることはよくわからないが、一応はそれならわかる。

 でもまあ、3人もひとつのふとんには入らないよ。そこは大目に見てほしい。

 

 ともかく僕が約束したこと(させられたこと)で調布の機嫌は好転した。

 今は、何かのCMで聞いたような曲をハミングしながら、甲斐甲斐しく片づけを進めている。

 この部屋は文芸部の部室なので、休憩などで文芸部が使うこともある。

 だから僕らは撤収しないとな。 

 荷物は仮部室にでも、置いておこうか。

 

 「ねえ、志野。」

 

 「なんだ?」

 

 「衝立を片すの、手伝ってよ。」

 

 「ああ。」

 

 一緒に、衝立を片付ける。

 下の方は木で出来てて、そこまで重いって訳じゃないんだが大きくて持ちにくいんだ。

 二人で衝立を持とうとしたとき。

 衝立の端を持ち変えた調布の手の上から、僕もうっかり手を重ねてしまった。

 

 柔らかい感触に、一瞬血の気が引いた。

 

 身体的接触。セクハラの典型的パターンだよな。

 約20年後の会社でやらかしたなら、懲戒もありうる事態だ。

 確かに調布とは、その、いろいろと身体接触をやらかしたから、今更って思うかもしれないけど。

 でもそれは、学校の外の話で、調布も分かっていて、望んでの接触。

 今回みたいな、学校での望まない接触じゃないよな。

 セクハラの定義って、望まない接触で、不快な思いをさせたことだよな、だったら、ーー、

 僕に対する脅迫ネタをまた一つ、調布に握らせてしまった?

 

 硬直した僕が、そっと衝立の上から、目の端で様子を伺うと。

 同じく硬直した調布が。

 顔を赤く染め、目を瞠ってこちらを窺ってる。その目とかち合った。

 

 「ーー」

 

 誰も何も言わない、微妙な沈黙が数秒。

 

 「あ、悪かった。」

 

 「いいのよ、あたしも、ーー」

 

 あれ、大丈夫みたいだな。

 良かった、調布は訴える気はなさそうだ。

 いや、わからないぞ。後から実はイヤだった、って通報もできるんだ。

 働いてたとき、そんな事件も結構あった。

 ゆっくりと手を調布の手から自然に引き剥がし、何もなかったように作業に戻る。

 調布も、表面上は何もなかったようにしてる。

 ただ、耳が少し赤いままだ。

 無言のまま、紫藤が戻ってくるまで、僕たちはそうして撤収を続けた。

 

 ーーーーー

 

 文化祭の初日は、少し遅く始まり、少し遅く終わる。午前10時から午後6時30分まで(撤収含め)だ。

 他校からの参観者や保護者の参加も見込んでのことだと思う。

 午前の部は、ステージ発表がメインだ。クラスでの催事は午後だな。

 朝の会も、いつもより少しだけ遅く始まる。9時からだ。

 先生が嬉しそうに挨拶をして、今日の予定について確認し、激励する。

 

 午前中、9時40分から開会式、校長先生や来賓の挨拶。

 その後10時から引き続き全学年参加で、来訪者も参観できるステージ発表。

 特別講演、合唱部、応援団&チアリーディング部、演劇部、吹奏楽部だね。

 午後と土曜日は、任意参加のステージ発表。吹奏楽とかチアとかは、こっちでも発表する。

 ESSも金曜午後だ。あと、文芸部(マジックやるんだ)、創作ダンス部、体操部、あとクラス企画とか個人(有志)参加とか。

 もちろん鉄板で人気のある発表もあるが、意外にも有志企画の即席バンドも聞きごたえがあるし、創作ダンスもなかなか評判がいい。

 ESSはそこまで人気ないんだ。でも伝統もあるからね、人気企画の間に挟んでもらってやってる。

 この文化祭の任意参加部分、受験生向けの部活紹介みたいなところもあるからね。

 空手部とかの体育会系の部活も、演武したりする。結構カオスだ。

 

 文化祭の開始は10時だが、ステージ発表があるので、実質的にはクラス企画は午後スタートだ。

 初日の午前中は、展示系の教室は開けるけどデモンストレーション系の教室は開けない。

 特に午後3時以降は、本校を受験したい近所の中学生とか他校の学生とかが訪れて書き入れ時だ。

 そんな感じ。

 

 そして僕と調布は朝礼が終わると、文化祭実行委員ということで本部の、学校全体の運営の手伝いに駆り出されてる。

 実行委員、受付とか、ステージ警備とかが割り当てられるんだ。

 僕たちは受付を担当した。10時から11時までのシフト。

 本部棟のロビーで、折り畳み机を出し、パイプ椅子に座って、来訪者の受付をする。

 受付はもちろん、クラスのシフトとか所属する部活の発表などと重ならないようにしてもらえる。

 ただ、こんな風に全校参加のステージ発表と重なってしまうことはある。

 

 ちなみに展示のみのクラスだと、企画委員が交代でステージ発表の時間帯、所属クラスの警備につくらしい。

 企画委員とかじゃなくて、何もせずただ乗りしてる人に割り当てるべきだよな。

 でもそういう人は意欲も低いので真面目にやってくれず、割り当てしてもかえって有害無意味なのかもしれない。

 

 「結構忙しかったわね。」

 

 体育館でステージ発表が始まり30分ほどたって、来訪者の波が途切れた。

 隣に座って受付をしていた調布が、伸びをした。

 横目でその突き出された胸のふくらみを計測しながら、僕も応える。

 

 「ああ、記帳してもらうだけだけどな。ーー本当に悪い奴が来たら、どうするんだろうな。」

 

 用務員さんやそこらの先生を呼べ、いなきゃ職員室へ、ということになってはいるが。

 かなり不用心だよな。未来に起きることになる何件かの小学校襲撃事件とかを思い出して、そう言ってみる。

 

 「性善説システムなんでしょうね。でも、たかが地方の一県立高校の文化祭にそこまで悪い奴は来ないでしょうけど。」

 

 いや、調布も結構甘いところがあるな。

 地域の名門校の一角ではある。まだこの時期はそうでもないかもしれないが、面白くない人もいるかもしれない。

 たしかちょっと未来に、バスジャックとかやった奴がいるんだ、この地方。

 

 「あたしたち、11時までだっけ。」

 

 特別講演も聞きたかったわ、と言っている。真面目だな。

 ただ、本校出身者の有名人とか呼ぶから、意外に面白かったりする。今年はOBの作家を呼んでたっけ。

 体育館からは、ときどきどよめきが聞こえたりする。面白い講演なんだろうな。

 ちょっとハズレくじ引いたかもしれない。

 

 「間に合うとしたら、チアリーディングの後半あたり、演劇かな。」 

 

 「ちょっと損よね。ーーそれでさ、アレなんだけど。輸送機関。」

 

 「もう、借りられるか?」

 

 バイクだな。

 

 「ええ。今日、受け取りに行くつもり。帰りがけに、一緒に行きましょうか?」

 

 「頼む。ーーメット、あるか?」

 

 「ええ、卒検のときに買ったわよ。あなたは?」

 

 「悪い、まだ買ってない。」

 

 引き取りに行くときに、買わないとな。乗って帰りたい。メットも途中で買おう。

 紫藤は昨日は、紫藤母のお見舞いをお休みした。だからもちろん今日は行くだろう。

 その裏の時間に受け取りに行くか。

 

 「なあ、原付なんだが。」

 

 今日、早速借りて乗って行ってもいいよな?

 ちょっと行きたいことがある。

 そういうと、調布は少し眉をひそめた。

 

 「現地視察かしら。それだったら、あたしも行くわよ。」

 

 「いや、それも考えたんだが。今日明日と目に留まったりしたら、藪蛇かもな。そっちじゃない。」

 

 「そうね。それと、あのナギさんとかとは?話さなくて大丈夫?」

  

 そういえば、できたらもう一度話をしようか、と言うことになっていたな。だけどな。

 

 「ちょっと無理かもな、ーー」

 

 連絡はつけたい。いや、僕のやましい欲望のせいじゃなくて。

 一番大事なところだからな。ぎりぎりまで調整しておきたい。

 この期に及んで裏切られるとは思わないけど、よく意思を固めておきたいのは確かだ。

 

 でも、なんだか今日呼び出すのは危険な気がするんだ。

 まあ一応、前回のときに相当詰めたから大丈夫だとは思う。

 ただ、例の私設託児所。そっちは見ておきたい。

 そういうと、調布は納得したようだった。

 

 「近場よね。そっちならあたしも行く。いいでしょ?」

 

 「そうだな。基本僕が行くつもりではあるけど。」

 

 ーーん?

 人波が外れて、ちょっと緊張感がなくなっていたが。

 ごくごく小さい、ひぃぃぃんという音を感じて、僕は姿勢を正した。

 周りに視線を飛ばす。

 入口方向か?

 講堂からは、拍手の音。そっちじゃないな。

 

 「講演、終わったみたいね。次、演劇だったかしら。途中から行っても没入できないし、ーーって、志野?」

 

 僕が突然佇まいを改めたのに気付いて、調布はちょっと面食らったようだが。

 勘のいい彼女も、すぐに口を閉じ。

 僕に倣って、警戒態勢に入る。

 

 あれだ。外の、視野ぎりぎりに。

 迷子と思われる3、4歳くらいの女の子。心細そうに小さなぬいぐるみをひしともって途方に暮れたように、正門方面に歩いてる。

 親を見失って、正門から出ようとしている?

 思わず席を立ち、数歩歩きかける。

 調布も僕を追ってきて。そして僕の視線をたどって、合点がいったらしい。

 あたしが行くわ、と言って席を立ち、走り寄って行く。

 

 

 小さい女の子の側に、膝をついて。

 やさしくちょっと見上げる感じに、調布が話しかけてる。

 初夏の光が、二人を包んでる。

 吹き過ぎる少し強い風が、調布の制服の襟と長い髪を乱した。

 髪を片手で押さえながら、顔を覗き込む感じに、調布が女の子に話しかけてる。

 

 ちなみに風はスカートも乱していて、ゲスな僕はそちらにも気を惹かれてはいたのだが。

 それ以上に僕は、調布が女の子に寄り添う姿に。

 その情景に、何か冒しがたい、泣きたいほど尊い何かを感じた。

 母性、とでもいうのだろうか?

 ごくごく小さい物心のつかない子供のころに抱いたことがある感情。

 寂しいような、果てしなく慕わしいような。

 

 手伝いに行くこともせずに。

 日射しの中の二人を、ただ、見つめ続けた。

 

 女の子は調布が優しく何か語り掛けてるのに、何か頷いてて。

 やがて、ぬいぐるみを片脇にはさんで、調布に手を引かれて、歩き出した。

 お母さんを呼んできてあげるから、涼しいところで待ってようか、とか言ったのかな。

 迷子が出たときは、2階の放送室横に設置してある総合案内に連絡することになってる。

 そこに連れて行くんだろう。

 

 校内放送が入った。

 親もすぐ見つかるだろう。

 調布が戻ってきた。

 親指を立ててみせたが、調布は決まり悪げにふん、と横を向いた。

 ツンデレ娘め。

 

 ーーーーー

 

 時間が着て、ともかく中々の活躍でお役御免になった僕と調布は、ステージ発表に二人で急ぐことにした。

 いや、やっぱり見たいし。

 

 「ねえ、志野。あんた午後、時間ないんだっけ。」

 

 「ESSの演劇があって、あとクラスのシフトが少し入ってるな。それくらいだ。」

 

 「それ以外は自由よね。ねえ、みなりとあたしとあんたとで回らない?」

 

 「そうだな。」

 

 決行日前日だけど、それもいいよな。

 ただな。まさしく二股男って感じなんだが。しかたないよな。

 表面上は平然としているが、少し機嫌のよくなった調布の様子をみながら、そう思った。

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