※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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96 文化祭(4)(志)

 

 緊張して一か所だけ台詞も噛んだが、相方のジュリエット役の部長さんがうまくかぶせてフォローしてくれて。

 僕は意外にうまく英語劇での役割を終えた。

 僕はやり遂げたという達成感に包まれて、ほくほくと舞台の袖に引き上げてきた。

 

 もともと通しで劇をやるわけではなく(そんなことしたら、何時間もかかってしまうし、うちの部にはそれをできるだけのマンパワーがない)、 簡単なイントロダクションのナレーションを入れたうえで、「ロミオとジュリエット」と「ハムレット」の特に有名な一場面だけを演じる、というのが今回の英語劇だ。

 

 何しろ部員が少ないしね。男子は特に少ない。英語劇ができそうな部員に限れば、各学年に1、2人しかいない。

 だから僕みたいな掛け持ちの不真面目部員でも、こんな大役が回ってきてしまったわけだ。

 

 でも、悪くなかったな。

 庭園と邸宅の2階とに分かれて、ロミオとジュリエットの掛け合いをする。

 台詞は少し時代がかったものも多いとはいえ、言葉を交わしているうちに、なんだか本当にロミオとなって、愛を訴えている気になって。

 それに応える清楚な部長さんの白い頬も赤らんできて、目が潤み、声が震えてきたようにすら錯覚した。

 部長さんは天性の役者さんかもしれない。僕と違って、一度も噛まなかったし。

 例年、あまり人気のない出し物なんだが、今年は。

 かなり多く入った客はしわぶきもせず、じっと聞き入っている、ーーように思えた。

 まあ、8割がた錯覚なんだけどね。周りを見回す余裕なんてなかったし。

 

 「志野君!良かったよ!」

 

 やはり幕が下りて、いったん引き上げてきた部長さんが、頬をバラ色に染めて僕の両肩に手を置き、ぐうっと顔を近づける。

 爽やかな甘い花の匂いと潤んだ大きな瞳に、僕は急に胸の動悸を意識した。

 部長さん、少しだけ距離が近いんだよな。ときどき勘違いしてしまいそうになる。

 

 「いや、僕、間違えて噛んでしまって。建て直せたのは先輩のおかげです。」

 

 「そんなことないよ。志野君、頑張ってたじゃない、カッコよかったよ!」

 

 じゃあね、と親し気に僕の肩を軽く叩いて、先輩は次の出番の準備を素早く済ませ、舞台に出ていく。

 

 うちの部員は数が少ないので、部長である先輩はこの次、脇役ではあるが連戦で出演するんだ。

 ハムレットの三幕目、例の"To be, or not to be, that is the question"のアレだ。先輩は女王様役。

 僕は以後は補助だけ。撤収の手伝いもあるし、事故対応もあるので舞台袖で待機になるが、気が楽だ。

 

 幕が上がり、王と女王とギルデンスターンとオフィーリアがやり取りしてる。

 オフィーリアはもう一人の3年生の女子の先輩で、ハムレットは3年の唯一の男子部員。

 ポローニアスは2年生の女子が、ローゼンクランツは1年の女子が男装して演じてる。

 もう一人の王子の学友、ギルデンスターンは1年の男子部員だ。

 わずかな衣装替えだけで、先輩はうまく役になりきって、女王ゲルトルードの佇まいを醸し出してる。やっぱり役者の気質があるんじゃないかな、ーー。

 

 「なかなかやるじゃないか。」

 

 耳元でいきなりささやきかけられて、僕はぎくっと固まった。

 もともと、僕は過度に注意力が偏ってしまう傾向がある。

 授業中も何かに気を取られてしまうと、指されても気づかないことすらある。

 今回も、舞台袖からじいっと劇の進行を見守っていて、後ろに忍び寄ったこいつに気が付かなかった。超感覚のない僕はただの雑魚なんだ。

 

 振り返ると、不意打ちが成功して、してやったりという顔の国領ハルカのドヤ顔。

 

 「見てたのか?」

 

 そうっと、声を潜めて問い返す。

 

 「ああ、後半の方だけだけどね。ほら、次はボクたちの演目なんだ。」

 

 なるほど、創作ダンス部の出し物がある。国領は一人だけ突出してこっちに来てるけど、気が付くとずっと後ろの方に落ち着かなげな様子でレオタードやその他の衣装の仲間たちも待機している。

 

 国領も鮮やかな黄色がベースのレオタードを着ていて、すらりと長い手足が薄暗がりの中でも白く浮き出ている。起伏にはやや乏しい体も、こうしてみると妖精のような美しさを湛えているように見える。

 思わず目が吸い寄せられてしまうが、無理やり目を引きはがした。

 

 「よく髪を括れたな?」

 

 関係ない、思いついたことをとりあえず口にする。

 国領の髪は短いからアップにまとめるなんてできそうにないと思っていたが、上手くまとめている。

 

 「まあね、要領があるんだよ。」

 

 「似合ってるよ。」

 

 そう言われても、国領は少し落ち着かなげに後頭部に手をやった。あまり慣れてないみたいだな。練習では普通に括らずにやってるのかもしれない。

 腕を上げて強調される体のなめらかなラインにまたも目線が引っ張られたが、幸いに国領は僕の粘度の高い視線に気付いてないみたいだ。

 

 幕間に、次の一幕の場面を説明するナレーションが入る。

 そして、いよいよ幕が上がる。盛大な拍手。

 ほかの出し物より、多分拍手とかは2割減って感じなんだろうけど、でもやっぱり感動的というかうれしいものだってことを知った。

 国領は、僕の横に立って、じっと舞台を見つめてる。特に、女王様、ゲルトルード役の部長を。

 

 「ねえ、あれは誰なんだい?さっきジュリエットしてたの。」

 

 声を潜めて、そっと指を差して問いかけてくる。

 

 「うちの部長さん。」

 

 「ふぅん。ーーいいのかい?その、見てたら。彼女は、ーー、彼女たちも、ーー」

 

 何かひそひそと言ってるが、そこで始まった台詞のせいで、あまりよく聞き取れなかった。

 だいたいこの会話自体、(当たり前のことだけど)僕も彼女も、ものすごく声を潜めてる。

 互いの耳元に口を近づけて会話を交わしてるけど、それでも劇の方で台詞があるとほとんど聞き取れない。

 たぶん、「彼女(部長さん)はすごく上手いし、彼女たち(ポローニアスやオフィーリア)もすごいじゃないか。君はそれに比べて大根役者だけどさ、出てよかったのかい?」とかだろうな。

 

 「いいも何も。ーーしかたないじゃないか。僕しかいない。やるしかないさ。」

 

 部員が少ないんだ。3年の男子部員は1人だけで、今回はハムレット役だ。2年の男子部員も僕しかいない。

 1年に一人男子部員が入部したが、今のところそこまで熱心ってわけでもないから、あまり大役を任せると逃げられるかもってことで、今回はギルデンスターン役をしてもらってる。勧誘に力を入れないとな。

 

 でもそれを聞いて、国領は少し体を離して、目を見開いた。

 

 「君。君ってやつは、ーー」

 

 何に驚いたのかな。多分僕がそこまで真面目にESSの活動に関与してるとは思ってなかったんだろう。

 僕もそこまで熱烈に打ち込むつもりはないよ。

 ただな、やっぱりね。

 2回目として、人生やり直しできるなら。

 全部いい加減に放り出すんじゃなくて、ちゃんとそれなりに、そう、納得できるくらいにはちゃんとしておきたい。

 もちろん2回目なんていうことは言えないけど。

 そう思って、国領に返事する。

 

 「僕は真剣だよ。もちろん。やると決めた以上は、ね。」

 

 国領ハルカも、一瞬後には立ち直り。

 そして頭を振って、笑みを浮かべた。

 

 「まあ、しかたないよね。蛾は灯に、蝶は蜜に集まるものだよ。」

 

 よくわからない、文学的表現。

 だが国領的にはそれで何かの心の整理をつけたらしい。

 国領は、またすり寄ってきて、僕の耳元にまた口をぐっと近づけてきた。

 かかる吐息がくすぐったい。

 

 「そうそう。さっきはぼうっとしてたみたいだけどね。ーー指されないように気をつけるんだ。」

 

 わかるでしょ?ボクが何のことを言ってるか。

 

 そう、囁いてきた。

 ああ、僕は注意力不足だからな。授業中とかのときのことを言ってるんだろうな。

 たしか国領のクラスのなんかの授業があの昨日僕と紫藤を捕まえようとしたアカハラ教師の担当で。

 そのことで国領が昨日のトランプか何かのとき、愚痴ってた気がする。

 

 たしかにな、あんな先生に当たったりしたらな。

 絶対、指されたときに気付かず答えなかったら根に持つだろう。

 「俺を無視してんのか!?」とかいう風に。

 気を付けないといけない。たしかに史実では、3年生で科目の担当があったはずだ。

 僕も注意力「不足」ってわけじゃないんだが、偏るんだよ。それに気づいたとは、さすがの観察力だ。

 

 「ああ。もちろんだ。ありがとうな。それに、あしたも、ーー」

 

 言いかけて、あ、まずい、と舞台の異変に気づく。

 ギルデンスターン役の1年生。

 こちらに向けずに、切羽詰まった顔をして、チョキの字を客席から見えないようにこっちに示してる。セリフのヘルプのサインだ。

 幸いにして、国領との会話より、舞台の方に注意力をまだちゃんと向けてた。だから気づけた。

 助けてやらなきゃな。まだ直前のローゼンクランツの台詞の途中だ、間に合う。

 舞台袖のカンニング用のホワイトボードに大きく、台詞を書いてペンライトを点けて示す。まったく!

 しかしこのヘルプで思い出したらしいギルデンスターンは、カンニングを気取られることもなく、少しつっかえ気味だが、無事に該当部分の台詞を言い終えた。

 

 よしよし、これでもうローゼンクランツとギルデンスターンは退場だ。

 後は王たちとオフィーリアとポローニアス、そして例の"To be,.."だ。

 ローゼンクランツたちを労ってやらねば。

 

 「悪かったね、邪魔したかな。」

 

 「そんなことはないさ、助かったよ。」

 

 そういうと、国領はなんか少しうれしそうに、あ、もし時間あったらボクたちのも見てよ、よかったらね!とささやいて、仲間たちのもとに帰って行った。

 そしてなんか、仲間たちに質問されて、ささやきかわしてる。

 何かを国領が言うと、仲間たちが驚きの表情を浮かべ、視線が一斉にこっちを向いた。

 

 あれ、なんか仲間たちが僕を見る目が、少し厳しい気がする。

 何を言ったんだ?「ボクの体をじろじろ舐めるように見てたよ」とか言ったのか?

 そんないやらしい目で眺めまわしたりはしなかったつもりなんだけどな。目はできるだけ逸らしたし。

 いや、そりゃ目は惹かれたけどさ。女の子のレオタード姿が、ほんのすぐそばにあったからね。

 だけど、正視せず目の隅で眺める程度にとどめて置いたつもりだったんだけどな。それでも露骨だったかな。

 まあ、見るのもセクハラになるって言うからな。

 反省。

 

 ーーーーー

 

 それから後は不安要素もなく、ハムレット役も堂々と演じ切って、拍手とともに幕が下りた。

 

 ふぁー、とか、はー、やったよー!とか言いながら、先輩たちが引き上げてくるのをねぎらう。みんなで衣装を脱ぐために更衣室に戻る。

 もちろん、1年生も褒めておいた。正直少し演技は少し硬かったが、ちゃんと台詞もほとんどは覚えてきてたしね。

 この次は国領たちだな。間に合ったら、ちょっと見てみようかな。

 

 僕は更衣室で衣装を脱ぎ、制服に戻り、照明を落としたくらがりの客席に入った。

 舞台の照明の照り返しの中、目を凝らすが、でこぼこコンビの二人の姿が見つけられない。

 どこかにはいるんだろうな。多分、国領たちの演技も見るんだろうし。幕間で探すか。

 適当な空いてるあたりの席に座る。

 あれ、横の子に会釈された。

 

 長い黒髪。伊達メガネみたいな、少し前に流行った黒縁眼鏡。

 ちょっと内気そうなたたずまいだが、僕を認めて少し嬉しそうに笑顔を向けてくれたので、僕も笑顔を返す。

 どっかで見た気がする。ああ、あの子だ。

 球技大会のとき、あのボールが飛んできて当たりそうになってた女の子だ。

 僕がうまく取ってボールが当たるのを防いだから、恩に思ってるのかな。

 たいしたことじゃないんだけどな。

 

 まあいいや。

 思いだしてすっきりしたところで、舞台をみつめる。

 

 国領たちのグループの演技。創作ダンスは創作ダンスだが、体操競技の要素やバレエ的要素が強いみたいだ。

 床に薄いマットをひいてて、それなりにダイナミックな技も使ってみせてる。

 黄色の国領に加えて、青、赤のレオタードを着た子たちが、一斉に揃って、ひらりひらりとゆっくりめの速度で大きく連続側転をしてみせ、最後に優美にロンダートしてみせて、腕を後方に引いて胸を突き出し、客席に向けてポーズを取った。大きな拍手。

 この3人はあれかな?多分、信号機の比喩なんだろう。

 次の黒っぽい衣装(レオタードではない)、白っぽい衣装の子たちはアスファルトと横断歩道かな。

 

 

 青の子、次に黄色の国領が。

 手足を伸ばして中央で側転してみせた後、すぐ両足を前後に開いて床に沈み、一度胸を張ってポーズを取ってみせた後、上体をぺたんと折って隠れてみせる。

 最後に、赤のレオタードの子が、同じように。しかしこれは隠れない。

 これ、信号の切り替えを表現してるのかな。

 あ、やっぱり。

 BGMで流れてた曲に、急ブレーキの効果音が重なる。

 自動車を表現してるのか、レオタードでなく黒い創作衣装の子たちが3人でどどどど、と寄せてきて、小さな歩行者役の子と思しき子が恐れを表現。

 でも、無事に切り抜けたのか?また青の子が現れて演技、そして歩行者や自動車の暗喩であろう子が流れるように移動。

 一日の交通のめまぐるしい流れを表現してるようだ。さまざまな暗喩が続く。

 

 やがて背景が黒くなると、信号は赤点滅と黄色点滅になる。田舎の交差点って設定かな。

 そして自動車もライトをつけて走行、そしてひとどおりがなくなり、朝を迎えて。

 また忙しい、せわしない一日の始まりを告げて、終わりになった。

 

 下りてくる幕の後ろで、幕演技者がいっせいに横に並んで、深々とお辞儀。客席からの拍手。

 僕も拍手に加わる。

 なかなか面白い。

 

 その次に、やはり比喩的なストーリー性のあるダンスがもう一つ、そしてモダンダンス。

 どれも、かなりの完成度だ。

 そしてその中で躍動する国領ハルカの身体能力の格付けを、僕は脳内で上方に改定しなおした。

 国領は、相当できる。

 戦闘力も、調布ほどじゃないがかなり高いかもしれない。

 

 幕が下り、一度小休憩がある旨のアナウンスがあった。客席に明かりがつく。

 紫藤たちを探さないとな。

 

 ーーーーー

 

 客席を見回していると、とんとん、と肩を叩かれた。

 振り向くと、白百合のように清楚な美少女。

 部長さんだ。

 

 「あ、先輩。」

 

 「どうしたの?志野君。だれか、探してる?」

 

 ふんわりと微笑む。ただごとでない包容力。

 美人と言われる子はたいてい人が勝手に寄ってくるから、あんまりこういうフレンドリーさは期待できないものだと思ってた。そんなフレンドリーさ、備える必要性がないし。

 でも部長さんは、そうじゃないんだな。

 あと多分、眼鏡をかけるほどじゃないけど少し近視気味なんだろう。

 距離が近くて、近くで目を覗き込んでくるんだ。

 控えめに言って、最高です。

 

 「ええ、連れがいたんですが、ーー」

 

 「あの背の高い美人さんと、小さくてかわいい子ね?」

 

 私も気になって見たけど、いないみたいね。ちょっと動いたんじゃない?

 だけど人手が足りなくて。部室に衣装とかセットとか運ぶの、ちょっとだけ手伝って?

 その途中で見つけられるかもしれないよ。

 

 そう言われて、そうだよな、と思い返す。

 服は後でまとめてクリーニングだ。セットは持ち帰り、再利用できるやつはそうするし、ダメなら破棄する。

 いずれにせよ、いったん部室に持ち帰らねば。

 

 他の都合がある部員たちが抜けてしまったので、僕を含め4人しか残ってないんだそうだ。しかたないね。

 舞台横に移ると、書割や小道具の類いが残っている。大き目の段ボール箱に入れていく。

 一つ一つはたいしたことないが、まとめて持つとちょっと力が要るな。これは僕で。

 そう思ったんだけど。

 重たさだけで言えば持てなくはないんだが、持ち手がなくてとても持ちにくい。

 かなり大型の、干し海苔か何かの卸用の長くて大きい段ボール箱なんだ。

 すると部長さんが自分が持ってた布袋をぽん、と段ボール箱に乗せて。

 結局、一緒に二人ではこんでいくことになった。

 

 「その、ちょっと聞いていい?」

 

 廊下を横に並んで箱を運んでいくと、人の流れをふさいでしまう。

 仕方がないから、部長さんが先行して、段ボール箱の端を後ろ手に持って進み、僕が後ろからもう一方の端を持ってついてくる、ということにした。

 部長さんの可憐な後ろ姿をみつめながら、進む。

 できるだけ僕が段ボール箱の真ん中に近いところを持つようにして、重さを引き受けてるつもりだけど。

 そうしてたら、少し人のいなくなったところで、そう問いかけられた。

 

 「あ、もちろんです。」

 

 「志野君は、あの子たちのどっちかと付き合ってるの?」

 

 うわ、一気に核心に来たよ。

 つきあってる、って言っていいのかな。紫藤と調布に迷惑じゃないかな。

 どっちとも付き合ってる、って答えると人非人だよな。

 しかも つきあってるって感じがあまりしない。ろくにデートもできてないし。

 迷って口ごもってると、部長さんが助け舟を出してくれた。

 

 「あ、こんなの答えられないよね。ごめんね。でも、」

 

 ふたりとも、すごくかわいくて、きれいだし。

 お友達ってだけでもうらやましいな、って思ったの。

 でも、志野君の好みとしては、どんな感じかな?

 

 そう、無邪気に聞いてくる。

 うん、セクハラの判断基準って、受ける個人が不快かどうかだってことで。

 個人の感覚で、同じことを言っても判断が分かれておかしい!て聞いたことがある。

 まあそうなんだけど。

 たとえば嫌いなおっさんから、「ゲヘヘ、どっちが好みだっていうんだ?あ?ええ?」と聞かれたらそりゃセクハラだろうって思うけど。

 部長さんみたいな可憐な美少女から「どっちが志野君の好み?よかったら教えて?」って聞かれて全然悪い気がしない。たぶんセクハラですって人はあまりいないだろう。

 世の中、理不尽だ。

 だって、何しろこれ、人と言葉の組み合わせを入れ替えても、やっぱり結果が同じなんだ。

 部長さんみたいな可憐な美少女から「ゲヘヘ、どっちが好みだっていうんだ?あ?ええ?」って聞かれても、やっぱり僕なら、それはご褒美(以下略)。

 つまり、性的なことを尋ねる言葉じゃなくて、発言者であるおっさんという存在自体が不快だ、ってことになってしまう。

 おっさんという不快な存在から聞かれたから不快でありセクハラであるってことになってしまうが、ーーそれでいいんだろうか。

 それは差別。まぎれもない差別だと思うんだ。言葉じゃなくて人が、発言者が嫌だ、ってことだから。

 でも確かに、言われたら不快なんだろうしな。

 将来的にはその嫌われるおっさんになるであろうこと確実な僕がそう思ってしまうんだ。問題の根は深い。

 それはともかく。

 

 「その。いいえ、どっちかって決められないっていうか。両方好きです。」

 

 「あら、そうだったの。」

 

 ほろほろと笑ってる。

 

 「ふたりとも、すごくモテそうな感じだね。志野君も、ーー?」

 

 「いや、僕ダメダメですんで。」

 

 そう伝えてみる。

 実際には交際してます、ーーって言っていいのかな?この状態。

 自分でも自信ない。

 

 「そんなことないよ!今日の志野くんのロミオ、胸がきゅん、って痛くなるくらい良かったし。」

 

 あの情熱で、迫られて。

 陥ちない子なんて、いないんじゃないかなー。

 

 そう、半分こっちを振り向いて言ってる。

 あぶない、前見てないとぶつかりそうですよ。

 まあ部長さんの場合、オーラがあるからみんな注目して避けていってくれるんだけどね。

 

 「二人とも、僕なんかには到底釣り合わない、すごい子たちなんです。」

 

 それに前も思ったけど。

 調布も、紫藤も僕にはもったいないよ。

 客観的にみると超高スペックで、男嫌いっていう男女交際には致命的な不都合さえなければ、おそらく僕なんかが話せる相手じゃないだろう調布は、もちろんなんだけど。

 紫藤だってクラスでは相当人気がある方だ。たまたま僕が紫藤を援助して恩を売ったってことがなければ、僕みたいなゴミカスが付き合うなんて夢のまた夢って感じだよ。

 

 だから二人とも、やがて僕の本当のところを知るようになったら。

 僕に失望して、いなくなってしまうかもしれない。

 そんな思いをオブラートにくるんで、僻みまじりに、そう言ってみた。

 客観的にみて、事実だし。

 だけど。

 

 「志野君、どうしてそんなに自信がないの?」

 

 やっとたどり着いた部室で、荷物を置いて。

 二人きりの部室で、部長さんが少し心配そうに、そしてちょっと怒ってる感じで、そう尋ねる。

 僕たちの前に衣装とかを運んでいった先行部隊は、物を置いてどこかに行ってしまってるようだ。

 

 もしあの子たちが、そんなこと志野君に言ってるんだったら。

 ちょっと私たちが付き合ってみせてやりましょうか?

 もちろん、付き合うふりでいいよ。焦らせてやろうよ。

 そしたらあの子たちも、わかる、わからされるよ、自分たちの本当の気持ちが。

 それに志野君。自分では、気づいてないのかな?

 私は志野君、とってもいい男だと思うよ!

 

 冗談なんだろうけど、そう、顔を覗き込むように言われた。

 いたたまれない、顔が熱い。

 

 「いや、大丈夫です。とにかく。その。」

 

 先輩、ありがとうございました。

 あの子たちも、いい子ですから。彼女たちからそんなこと言われたことないです。僕が勝手に。

 本当に大丈夫ですから、僕も頑張ってみますね。もちろん。

 そういって、その場は難を逃れた。

 

 あ、正確にいえば、調布からはそれっぽいこと言われたことあったかもな。

 ほら、僕がみなりに公開告白仕掛けた、って思われたときに。

 

 それにしても紫藤たち、どこに行ったんだろう。

 クラスを覗いてみて、あと美術室と僕たちの仮部室に行ってみるかな。

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