※この作品はR-18です。

タイムリープで同級生の残酷な運命を変えようと頑張る話。   作:Marchhatter

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 「──」の出し方、ありがとうございました!
 志野視点→三人称→志野視点です。細部は、また修正します。→少し矛盾点を修正しました(葉良先生、市議→県議とか)。



98 文化祭(5)(志、一部三人称)

 

 ひどいじゃないか。一緒に回るって約束したのに。

 

 そう、ハブられた女の子のような感慨を抱きながら、紫藤と調布を探す。

 みつからない。

 逃げ回ってるのか、それとも僕の思いもつかないところにいるのか。

 

 もしかすると。避けられてるのかな。急に心細くなる。

 そうだよな。調布や紫藤って、すごく人気もあるし、スペックなんぞ僕とは天と地ほどにも違う。

 もともと僕なんかとつるんでるのが、変なんだ。

 たとえば文化祭に訪れてきた、中学校時代のかっこいいクラスメイトとかに声を掛けられて、――。

 

 いや、悪い想像はよそう。

 紫藤はそんな子じゃない。調布も、――多分そうだ、と思いたい。 

 

 それ以外には何かあるかな。何も悪いことをした覚えはない、よな?

 いや、もしかして。

 あの朝の調布との約束。あれかな?

 あれがバレて、紫藤が怒ったり、――。

 

 悪い想像ばかりが、膨らむ。

 

 クラス。いない。すごい繁盛してるのはいいが、人員繰り大丈夫かな。後で入るよ、と言って次に行く。

 

 仮部室。いない。ただ、お泊り道具を入れてたかばんとか、朝置いたやつは残ってた。

 

 文芸部をもう一度。いない。クラスのシフトが終わった高木が、こっちでRPGのデモとかやってたからちょっと見せてもらう。

 他校の女の子、――あれ女子高の制服だよな?――に囲まれて、ちょっと決まり悪げながらうれしそうだ。

 

 そうなると美術部、か?

 

 旧校舎4階に上がり、美術室を覗いてみる。

 美術部の展示をしてる。お客さんもまあまあ入ってるけど、他の下の階ほどじゃない。

 エレベータなしの4階だからか、それとも孤立した場所にあるせいか。

 ちなみにもう4時を過ぎてて、他の学校からのお客さんも増えて他のところは大繁盛なんだけどな。

 せっかくだ、みていこう。

 

 ハリセンボンかハリネズミみたいな、巨大な粘土の丸い塊に鉛筆が刺さりまくってるオブジェ。いや、よく見るとこの塊、耳がある。人の頭を模してるのか?

 

 ちょっと不思議な、注ぎ口が人間の口をした形の壺とか、持ち手が耳の形をしてて、顔がついてるカップとか。

 

 顔の半分がにこやかに笑っていて、残り半分が怒っている、斜め正面を向いてる自画像(おそらく)。

 

 写実的な風景画。緑を背景にした、山荘の絵だ。一度この山荘、別の角度からの写真を見たことがあるぞ?

 有名どころかもしれない。フランク・ロイド・ライトの設計だったりとかかな。そんな風でもないけど。

 

 数枚の幻想画。廃墟で竜に手を差し伸べてる女性とか、幻想の生き物とか。

 技術的には、ちょっと稚拙だな。でも悪くない。

 

 その次の画を見て、僕はちょっとぐぶっと喉奥で情けない音を立てて息を詰まらせた。

 

 なかなかの力作、写実的なタッチの画。

 男と女が抱き合ってる、だけどそれぞれ手に短刀(短剣?)を持って、お互いに背中に深々と刺してる。

 女の顔は、こっちを向いてる。目を閉じてて、口から血を一筋流してる。その顔からみて、おそらく調布智美がモデル。

 男の顔はななめ向こうを向いてて、横顔ともいえないくらいしか見えない。

 でもこの髪型とか、耳の感じ。そして調布智美の周辺にいる人物。自意識過剰かもしれないが、あるいは、この男のモデルは、――。

 

 「ママー、このおとこのひと、あのえのなかでおんなのひとをころしてるよー。」

 

 「しいっ、カズくん。人を指差しちゃいけません!」

 

 ぐはっ。

 

 美術室を訪れてた、保護者と思しきお母さんと幼稚園児くらいの男の子の会話。

 ちょうど無邪気な幼稚園児の指摘に、まばらな観客が僕に注目する。非難の趣旨はないんだろうけど、なんか視線の矢がさっきのオブジェみたいに僕にプスプス突き刺さってる気がする。

 

 慧眼の幼稚園児のお母さんは、苦渋を浮かべつつ。

 ホホホという笑い声とごめんなさいねーという言葉を残して、その子供、カズくんと一緒に出ていった。

 だが、まだ廊下には。

 違うのよカズくん。静かにして。というお母さんの声と。

 えー、あのおとこのひとがころしたんだよー、ころしたんだよー!おかあさんもみたでしょー!と。

 わからずやの大人(たち)に主張している、義憤に駆られたカズくんのかわいい声が響いてる。

 カズくんは、きっとガリレオの気持ちを味わっているに違いない。

 それはともかく。

 

 うう。いたたまれない。

 

 でもな、気にしても変わるものではない。開き直ろう。

 すべての視線を無視して、絵の鑑賞を続ける。

 絵の女、たぶんこの画を描いた本人である調布智美は、片手では男を抱擁しつつ、もう片手では男の背中に深々と逆手に持った短剣を突きこんでいて、流血で男の背中は黒く濡れている。

 絵の男、――多分モデルは僕のような気がする、――は、おそらくは右手に逆手に持っているであろう短刀で女をやはり背中側から刺し貫いてて、先端がわずかに胸の中央部に飛び出てるのだろう、血がそこからも流れてる。左手では、女の顎を持ち上げて、おそらくキスを交わした直後か、直前か――。

 調布め、なんてものを描くんだ。お仕置きだぞ。

 

 「すみません。志野さん、ですよね。」

 

 ん?

 

 「この絵のモデルって、志野さんなんですよね、きっと?」

 

 背後から声がかかった。

 仕方なく、ぎこちなく振り向く。

 あ、この子は。

 あの僕がボールから守ってあげた(?)長い黒髪黒縁眼鏡の女の子だ。これでもかと地味に装ってるが端正な顔で、1回目で好きだった、この世界でも多分将来ヒットするハーフのシンガーソングライターさんに似てる。

 

 「あ、君はたしか、――」

 

 「突然すみません。私もサトミさんと同じ、美術部員なんです。あの画を描きました。」

 

 指差してみせる。

 山荘の画か。技術的にはこの中で一番かも。

 

 「サトミさん、その画をすごくいっしょうけんめい、力をいれて描いてたんですよ。モデル誰か聞いたら、すごく好きで、そして憎くてたまらない人なんだって、言ってました。サトミさんは、――」

 

 ぐぶぅっ!

 

 彼女の突然の爆弾発言のせいで、声を出そうとした喉の奥が引き攣れて。

 豚の鳴き声みたいな音がしてしまった。

 いや、頼むよ、観客少ないから多分、ほかに同学年の人はいないけど。

 僕たちの会話、というか彼女の話を聞いて、興味深げにこっちに視線を投げてる下級生グループとかがいるんだよ。

 えー、あの人?って、本人たちとしてはひそめてるつもりの声、そして好奇の視線。

 「ロミオ」とかいう単語も聞き取れたぞ。別の方向のささやき声から。

 なんの羞恥プレイなんだ、これ。

 

 「ごめんなさい、言い忘れてましたが中河原 桜って言います。この前は、守ってくれて、本当にありがとうございました!」

 

 深々と礼をする。いや、いいんだ、いいんだけどさ。

 

 「中河原さん。その、お願いだから。」

 

 こそこそと耳打ちする。ちょっと、僕がこの画のモデルになってるとかのことは、触れないでくれるとうれしいな、と。

 もうこれ以上なけなしの僕のライフポイントをゴリゴリ削らないでほしいんだ。もう少しでダメージが致死量だ。

 中河原さんは嬉しそうに僕の言葉に耳を傾けたが、僕の魂の叫びを聞いてるうちに、まずいことを言ってしまったとわかったのか、おろおろとして耳が赤くなってきた。

 

 「わかりました。――ごめんなさい!」

 

 俯いて、肩を少し丸めて、打ちひしがれた様子。

 あ、なんか僕がひどいことを言ったみたいな感じになっちゃった。

 さっきの、向こうの下級生グループが、こっちを非難混じりの目でみてる気がする。いや、怖くて正面から見れないけど。

 

 「いや、こっちこそごめん。」

 

 「いいえ、私が悪いんです。よく、変なことを言ってしまって、――」

 

 あ、この子。

 多分、僕の女の子バージョンだ。人づきあいがヘタクソで、言ってはならんことを言ってボッチになっちゃうタイプなんじゃないかな。

 うん、同病相憐れむというやつで、親しみは覚えるんだけど。

 ただ、今は。今はね、困るんだ、――。

 

 「志野さんって、かっこいいですよね。」

 

 「ぐむっ!」

 

 フォローのつもりだというのは何となくわかるが、どうしてそう的確に抉りにくるの!?

 でも彼女は、画の話じゃないからいいでしょう?なんで?と言わんばかりの、きょとんとした顔。

 ああ、この子。ある意味、僕よりも、もっと僕だ。ズレっぷり半端ない。

 ここは、三十六計逃げるに如かず、だよな。

 

 「ありがとう。中河原さん。――またゆっくり、お話したいな。」

 

 ああ、そうだよ。

 ちょっと時と場所を改めてじっくりOHANASHIしようじゃないか。

 でも今はとにかく、逃げなきゃ。僕のゲージが赤いんだ。

 

 「あ、志野さん!――」

 

 まだなんか中河原さんが言ってるけど、僕はほうほうの態で逃げ出した。

 こんな強敵がいるなんて、聞いてないよ。

 

 ─────

 ─────

 志野の去った美術室で。

 

 「あれ?よかったんですか?」

 

 なぜかわからないが突然逃げ出した志野の後ろ姿をあっけに取られて見送った後。

 中河原桜は、そう、背の高いスチール棚の裏側に呼びかける。

 

 部室の奥側に近いところのスチール棚で、美術教室は区切られている。

 その奥が美術部の部室に相当するスペースになっているのだ。

 そこから現れる二人。紫藤みなり、調布智美。

 二人とも、なんとも言い難い表情をしている。

 

 本当は二人とも、中河原の声で志野がいると知って、出ていくつもりだったのだ。

 さっきの一幕。ロミオの件についても少しだけ頭が冷えた。

 志野に悪気があるわけじゃなかったんだろう。

 でもなんかあんなもの見せられて、心が収まらない。

 ちょっと困らせてやりたい。そう思っていた。

 いや、今でもそう思ってるのだが。

 

 しかし。

 二人が部室スペースで休憩して怒りを紛らわそうと、口の中に(調布智美持参の)お菓子を入れた、まさにその時に志野が美術室に来てしまった。

 そして二人が慌ててもぐもぐとお菓子を飲み込もうとしていた間に発された、この女、中河原の爆弾発言の数々で。

 お菓子を噴き出すことこそ、免れたものの。

 あまりの恥ずかしさに、出てこれなくなってしまったのだ。

 

 「桜!――いや、もういいけど。」

 

 調布智美は何か苦言を呈しようとして、諦めたようだ。

 深々とため息をつく姿に、人知れぬ苦労が伺い知れた。

 これ以前から、桜のことで苦労しているのであろう。

 

 「ねえ、さとみん。」

 

 紫藤みなりは、少し黒いものが漂う口調で、姉のように慕っている、この庇護者の袖を引いた。

 

 「何かしら。」

 

 「志野くん。桜さんに、『ゆっくりお話したい』って、言ってたよ。」

 

 「――そうね。そうだったわ。」

 

 確かに。

 かっこいいと言われたあとに、あきらかに勢い込んで。

 

 ぎりっ。

 

 また、奥歯をかみしめる音がした。

 空気に、緊張感が漂う。

 

 「志野さんって、さすが、サトミさんたちの想い人だなって思いました。すごく、かっこよかったです!」

 

 そこへ平然と、地雷原でサッカーのドリブル練習をするような発言。

 中河原桜は、少し斜め上を見上げるように。

 ――ちょうど、さっき志野の顔があったあたりなのだろうか?

 顔を斜め上方に向けて、そう言った。

 うっとりとしたように、少し顔を赤らめて、恋する人のような表情で、手をまるで祈る人のように組んで。

 

 ぷしゅ、ぷしゅーと。

 

 何かが。

 紫藤みなりと調布智美の怒りというか、不満というか。

 とにかくそれらで膨らんで、はりつめていた二人の魂から、何かが抜けていく音がした。

 

 ─────

 ─────

(志野視点) 

 

 しかたないよな。

 僕は一度クラスに戻って、手伝うことにした。

 いや、シフトは入ってないんだけど、さっき見た行列、結構ヤバかった。人手足りないんじゃないかって。

 

 クラスに戻るために、廊下を急ぐ。もう5時過ぎだ、でもまだまだ人が多い。

 よし、人手足りなかったら、手伝ってやるか。

 この時間帯だと、共働きとかで仕事帰りの保護者もいないことはないが、むしろ他の学校の生徒が多い。

 あれ?でも。

 軽く、ひぃぃんと音がしてる。警戒音だ。教室から?

 

 僕は教室の前まで進み、並んでる人(椅子を置いてよかった!)にそっと断って、廊下から中を覗き込んだ。

 普通に、予備卓除いて全部満席って感じだが、――あの席が変だな。

 女の子たちがお友達数人で来てる席。

 だがな、その子たちの中に、一人だけ簡単すぎる間違い探しみたいに、おっさんが混じってる。

 でっぷり太った、脂ぎった感じの初老にさしかかったくらいの赤ら顔の男。好色ヒヒ爺って感じだな。

 何か、その女の子の中の一人の手を握って何か言ってる。女の子はもちろん嫌がってる。

 あのカエル男と似てるが、こっちはもっと大物って感じがする。

 

 「あれは、どうしたの?」

 

 僕は僕の姿を見て駆けよってきた、この時間の責任者の女の子に聞く。

 

 「あの人で、困ってるんです!」

 

 切れ切れの言葉をつなげると。

 この男、つい今、数分前に来たのだが。

 俺は議員だ、お前らの父親なんぞすぐ首にできるんだ、と最初にウェイターに言い放ち。

 短い時間の間に、、酒を持ってこいと要求し、勝手にお触りセクハラを始め。

 注意など、聞くはずもなく。

 そして隣の先客の席に勝手に移動し、お客さんである北高の子にちょっかいを出し始めてる。

 

 「先生、呼んでいいよ。というか、呼ぼう。」

 

 僕はあの担任の顔を思い浮かべながら、言った。

 あの先生は、変人ではある。ただ、相手が権力者であろうがなかろうが、筋を通してくれると思う。

 その意味では、いい先生なんだ。

 ただな。あの騒ぎを起こしてるやつ。

 あの脂肪分多めの顔は、見たことがある。選挙ポスターか何かで。

 本当の「センセイ」だな。

 厄介だ。

 

 「もう、やめてください。」「やめろよ、あんた!」

 

 ついに、手首をつかまれた女の子が抗議し。

 たまりかねて、ウェイターの男の子も割って入ろうとしてる。

 えらいぞお前。怖いみたいで少し腰は引け気味だが、勇気があるよ。

 

 「ああ?いいのかお前ら。そっちの制服、北高だろ。校長知ってるぞ。教育委員会のときは俺にペコペコはいつくばってたんだ。この学校もな、俺のおかげだ、俺のおかげであのーー」

 

 見てらんない、止めてやろう。

 幸いにも、こいつのことは少しだけ知ってる。それで、止められるかな?。

 

 うん?

 僕も教室に入ってこれ止めよう、と思ったとき。

 僕は見覚えのある顔を視野の隅、廊下の向こうに見つけた。

 使えるか?上手くいけば使えそう!

 

 「中村さん、先生呼びに行ってもらおう。それと、とりあえずこれ止めよう。」

 

 「志野くん、ーー」

 

 この茶番劇をな。

 学校で、酔って絡んで暴言乱行。いや、ダメだお前。議員さんなんか、やる資格ないよ。

 

 僕ら二人の近く、つまり入り口近くで、お盆を胸にギュッと持って立ちすくんでた別のクラスメイトの女の子に声を掛けた。

 

 「職員室に行って、すぐ。誰でもいいけど、来れる人呼んで。できれば担任の先生か、浦和先生を。」

 

 女の子を送り出す。廊下を走っていく後ろ姿。

 

 そして、あやうく急ぎ足で通り過ぎていくところだった、ちょっと無精ひげが残っててくたびれた感じだけど、精悍な横顔の、その人。

 僕が一方的にその顔を知ってる、その人の袖を引く。

 

 「すみません。記者さんですよね?」

 

 「え!ええ!?そうだけど。君は?」

 

 すごく驚いて、不審そうにこっちを見てる。

 

 「それは後で。すみません、こっちの教室、これから起きることを見ててください。ほら、記事ができるかも。できたら記録、お願いしますよ。」

 

 すごく早口にまくしたて。

 驚きが抜けきってない風のその人を、ぐいっと引っ張って入り口に据え。

 そして教室に入り、センセイにつかつかと歩み寄る。必死に割って入ってくれてた男の子の肩を軽く叩いて退かせて、代わりにヒヒ爺に正対する。

 大きな声で、言う。

 

 「お客様、おやめください。恐縮ですが、ご退席を願います。」

 

 まだ今まで気づいてなかったお客さん含めて、教室のみんなの視線が僕に刺さった。

 男は、赤く濁った目をじろっと横目で向けて、鼻で笑った。

 

 「なんだ若造。俺が誰か知ってるのかぁ?」

 

 知ってるよ。でもな。お前もう長くないよ。

 

 「県議会の葉良(はら)先生。葉良(はら)益三(ますぞう)先生ですよね。」

 

 「知ってるんなら邪魔すんじゃねえっつうの。わかってんのかお前。」

 

 クソが、と口汚く呟いてる。もうこっちを見てない、女の子を見てる。クソはお前だろ。

 

 「わかってますよ。――先生、本当はそれで「魔女」にご関心あるんじゃないんですかねえ。」

 

 ちょっと小声にする。

 

 「なに?」

 

 「『小さい魔女』さんですよ。よくお呼びでしょ?」

 

 「!」

 

 目が飛び出しそうって、こういうのを言うのか。

 僕はこいつのことは、実はよく知らない。

 ただ父の話と、本当にうろ覚えの未来知識とで、こいつがいくつかのスキャンダルで失脚した、って知ってるだけだ。

 全国版のニュースにも乗った話でね。不名誉なことで郷里が有名になったんだ。

 

 「紫色のアレも!たしか上手くいってないんですよねー。息子さんじゃご無理なんじゃないかな、とか。っていうか、誰でも無理ですよ、アレ。せっかく集めたのに、返せるんですかね。――ところで出資法って、知ってます?」

 

 「馬鹿っ、黙れ!」

 

 ぷるぷるして、はじめて体全体をこっちに向けて一喝した。おおすごい迫力。

 でも、アキさんの足元にも及ばないよ、そんなんじゃ。

 

 「あれ、いいんですかそんな言い方。議員さんって、良き市民の模範じゃないんですか?」

 

 挑発してみよう。

 プルプルしてる、いや、単純に怒ってるだけじゃない。

 赤黒くなったり白くなったり。

 極度の怒りと困惑とが混ざると、こんな感じになるのか。

 教室は確かに冷房がなくてぬるいんだけどさ、でも借りてきた扇風機も回してるからそこまで暑くはない。

 でも、ただごとでない汗。汚らしく首回りに染みてるじゃないか。

 あ、呼吸が早くなってきてる。卒中とか大丈夫かな。

 周りのお客さんも、スタッフのクラスメイトたちも、息をのんでみつめてる。

 恥ずかしいな、騒ぎに気付いたのか廊下の外にも人だかりができはじめてるじゃん。早く終わらそう。

 

 「お前、お前、名前を言え、わかってんだろうなぁっ!」

 

 「記者さーん、こんなん言ってますけど、どう思います?」

 

 「あ、ああ。――県議会の葉良先生ですね。一度ご挨拶差しあげたと思いますが、●●新聞の記者です。」

 

 「新聞、だとぉ!?」

 

 乗ってくれるかは、一か八かだと思ってたが。乗ってくれたみたいだ。

 サギヌマさん、だったかな。ごめんね。もしマズったら左遷かもしれない。

 だけど、もうこいつ、破滅寸前のはずなんだ。上手くいけば大スクープだぞ。

 

 「おや、記者さん。そういえば、この先生のやってる共済団体でしたっけ、――」

 

 「やめろ、やめてくれ!」

 

 ちょっと悲鳴っぽくなってきた。よし、いいぞ。

 

 「ちょっと調べると面白いと思いますよ。あと子女の模範たるべき議員さんが、学園祭に来て酔って管を巻いて他校の生徒さんの手首をつかむ。どう思います?」

 

 「おいそっちの記者!●●新聞のデスク、知ってるぞ!」

 

 「記者さん。記録取れてます?」

 

 「はい、葉良先生。私は本校のOBでたまたま居あわせましたが、そのお振るまい、どうかと思います。ちなみにここに録音が。」

 

 よかった、録音ちゃんと取っててくれてるのか。

 こっち側に味方してくれるよな?

 議員先生の耳もとに、もっと口を近づけて、声をさらに潜めてささやきかける。

 

 「困りましたね、先生。明日の朝刊とかに載っちゃうかもしれませんよ?」

 

 ぷるぷる。

 

 「県議選、結構、近かったですよね?」

 

 「う、うう――」

 

 ぷるぷるが加速。畳みかけよう。

 

 「さて、紫色のアレ。倒産なんて、しませんよねー。出資法違反って、刑事罰ありましたっけー。」

 

 うまくいってれば、誰も何も言わないけど。

 うまくいかなくなれば、話は別だ、と続ける。

 

 一度、耳元から口を離し、様子をみる。

 

 ふう、ふうと荒い息をついてる。

 こっちを見上げた小さい目に、恐怖がある。

 もちろん、ずっと前に女の子の手首は放してる。中村さんが、そっと女の子たちを誘導して少し離れた場所の予備席に置いた椅子に案内してくれてた。

 よし。続けるぞ。また身をかがめる。ささやきかける。

 

 「紫色のアレの方は、まだ知ってる人多いかもしれませんね。でも、宅配される魔女さんの方は、――」

 

 「知らん、知らんぞ!俺は帰る!」

 

 なんか急に急いで立ち上がり、僕を突きのけるようにして(もちろん、こっちから避けたよ)。

 ちょっと滑稽なくらい必死な急ぎ方で、逃げ去っていく後ろ姿。

 若く見えるけど、本当は結構な歳なんじゃなかったかな。70過ぎとか。

 

 紫色のアレ、ってのは。

 名前をよく覚えてないけど、たしかこの議員先生、共済団体と称してお金を集めて高い利率で運用して配当する、ってうたってお金集めてたんだよ。その共済団体名が、パープル何とかか、ヴァイオレット何とかだったと思う。

 本当に運用してたのか、単に集めてねずみ講してたのかは覚えてない。前者だとしても、上手くいったのはせいぜいバブルのころまでだっただろう。

 ボンクラ息子を理事に据えて、そのボンクラ息子もいろいろ使い込んでたんだよな。変な外車とか、カジノとか。

 罪状は、出資法違反と詐欺罪だったかな?うろ覚えだけど。

 ちなみに僕が「紫色の」とか、変なぼかし方をして話してたのは、別に狙ってそうしたわけじゃない。

 正式名称とかの詳細をまったく覚えてないから、こんな話し方しかできなかっただけだ。

 

 魔女さんの方も同じ。これもちゃんとした名称は忘れたけど、要は下半身関係のスキャンダルでも名前が出て有名になっちゃったんだよね、あの議員先生。

 こっちはただ、すっきりした解決はしなかった。それどころか、たしか、すごく後味の悪い終わり方で、――

 

 「志野君!どうしましたか!?」

 

 浦和先生か。ああ、担任がいいと思ってたけど、こっちがベストかもしれない。なぜか、って?ほら。

 

 「あ、浦和先輩!」

 

 「サギヌマ君!これ、どうしたの?」

 

 二人で話してる。やっぱり。こうできるからだよ。

 顔見知り同士、話が早いだろう。さて、僕はこのへんで退場しよう。紫藤と調布も探したいし。

 でも、なんか注目浴びてるな。こほん。

 ぱんぱんと手を叩いて、お騒がせしましたー、とか言って、解散解散!と冗談半分に野次馬にも促す。

 あと、被害受けてた女の子に、フォローしておかなきゃ。僕は苦手だから、中村さんに頼もうかな。

 

 「ありがとうございました。あの、確か、シノさん?」

 

 向こうから来て、礼儀正しく挨拶してくれてるけど。

 あれ、この子。僕のこと知ってる?

 

 「北高ESSの島原です。この前、たしかご挨拶に来ていただいて、――」

 

 世間は狭いな。でもありがたい。謝るのも含めて、何を話していいかわからなかったからさ。

 適当にそっちの話でごまかそう。

 被害届とかの話には、ならなそうだな。いや、出してもらうのも一案だと思うけど。

 クラスメイトたちや他のお客さんの方も、正常運転に戻りつつある。周りの野次馬も散っていった。

 さて、島原さんとのやりとりも終わって。

 僕も本当にこのへんで。いや、人手も足りてるみたいだしさ。

 

 「そこのみなさん、そして志野君。ちょっとだけお話、いいわよね?」

 

 逃げようとしたところを見咎められた。浦和先生だ。

 事情聴取だな。

 やっぱりこうなるよな。畜生。

 

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