お英は口の端からよだれを流し、焦点の定まらない瞳を宙空にさまよわせ、何かにすがりつこうとしているかのように、両手を伸ばして彷徨わせている。
「お願い……助けて……たいちろー……ジェニ……! おいら欲しい、たいちろーのチンポコが欲しいよう……!」
〈お英さんは、これから極楽に堕ちるのです〉
お雪は全身の血が凍り付く音を聞いた。
◆◆◆
井戸があったのは、幸いだった。お雪は汲み上げた水で左腕の傷口を洗い、しっかりと止血する。
「よし、これで動かせる」
拳を握り、そして開く。痛みはさほどでもない。ただ、出血の量が多かったせいか頭がくらくらとする。
(それにしても)
お雪はお英を見る。あの後、悶えるお英を柱に縛り付け、何とか宥めようとした。だがお英はこちらを全く認識できておらず、うわ言のように太一郎の名を呼び続けるだけだ。
あの年増女たちも、こうやって狂わされ、覚念に支配されたのだろうか。
「豚だなんて言うんじゃなかった。あの女達も、きっと辛かったろうに」
ぶつぶつと呟くお英の髪をなでてやる。手のひらにべっとりと汗が付いてきた。
「お英、太一郎兄貴に惚れてたんだな」
「たいちろー……助けて……たいちろー……欲しい……たいちろー……たいちろー……会いたいよぅ……」
お英の目からは、涙が止めどなく溢れていた。太一郎は来ない。恐らく、まだ江戸の外だろう。
「ごめんな、お英。お前を助けられるのは、今はあたしだけだ。必ず何とかしてやるから」
「うう……たいちろー……!」
お英が身をよじるたびに、縄がきつく締まる。
お雪は忍び装束を脱ぎ捨てた。下着は最初からつけていない。
「お英、お前の暗示、必ずあたしが解いてやるからな。安心しろ、暗示の技は悪人の専売特許じゃあねえ。この十文字お雪が、きっとお前を助けてみせる。約束だ」
自分の体が、緊張で震えているのを感じて、大きく深呼吸をする。こちらが緊張していては、これからやることは上手くいかない。
まずは緊張の緩和が必要だ。濡らした手ぬぐいでお英の汗を拭いていく。
「うっ……! ああっ……!」
その刺激すらも今のお英にとっては快感になるのか、身体を大きく震わせる。
「いや……いやだ……気持ちよくしないで……助けて、たいちろー!」
『……安心しろ、お英ちゃん。おれだよ。出楠太一郎だ』
「あ……?」
お雪の作り声に、お英の動きが止まった。虚ろな視線を彷徨わせるが、相変わらずお雪の姿は見えていないようだ。
「たいちろー? たいちろーなの?」
『ああ、そうだぜ、お英ちゃん。お雪ちゃんがおれを呼んでくれたんだぜ』
お英は、しばらく惚けたような顔をしていたが、やがて小さく笑った。
「えへ……♡ たいちろー、来てくれたんだ。おいら嬉しぃ……」
『おう、来たぜ、お英ちゃん!』
「嬉しい……でも、ごめんね、たいちろー。おいら、頭がおかしくなっちゃったんだ。もう死んじゃいたいなぁ……」
『何を言ってるんだ。お英ちゃんはこれからとっても気持ちよくなるんだぜ』
お雪が思いつく限り、お英の暗示を解く方法は一つだけだ。
(暗示による願望を一旦充足させて、悪影響が最も弱くなる瞬間を狙う)
つまり、〈太一郎〉がお英に絶頂を迎えさせ、完全に燃え尽きさせる。精神の限界点でお雪が適切な処置を行えば、お英を縛っている暗示は解け、彼女は正気に戻るはずだ。
──
『さあ、お英ちゃん。おれの言う通りにしてくれるな。そうすれば、とても気持ちよくなれて、幸せな気分になれるぜ』
「ほんとう? たいちろーがおいらを幸せにしてくれるの?」
『もちろんだとも』
「じゃ、やるよぉ、おいら、なんでも言ってくれれば、頑張るからぁ」
『よし、いい子だ。じゃあ、まずは縄を解いて服を脱がすぜ』
お英の縄を解いてやると、お英は自ら着ている盗み装束に手を掛けた。
「あっ、やっ、ちょっと待って? こんな格好で、たいちろーに見られるなんて、恥ずかしいよ……」
『大丈夫、すぐにそんなことは気にならなくなるよ』
「そうなの? うん、わかった。脱ぐよ、脱げば、気持ちよくなれるもんね」
──十二の段、己が利益を享受するための方、此れを知らせる可し。
お英は素直に従い、忍び装束を脱ぎ捨てていった。そして、ついに全裸をさらす。
「あの、どうしよう。おいら、裸になっても、全然恥ずかしくないよぅ。きっと、たいちろーが見てくれてるからかな。ああ、ずっと、ずっと見せたかったの。おいらが見るだけじゃなくて、たいちろーにも見てほしかったの」
お英ははしゃいで、両手で乳房を持ちあげてみせる。筋肉質なお英の体の中で、そこだけは柔らかそうで、指でつまむと餅のように伸びそうだ。
「ねえ、もっとこっちに来て。触ってみて、お願いだよ!」
『ああ、触るよ。いいかお英ちゃん、おれが触ると、お英ちゃんの乳はとても、すごく気持ちよくなるよ』
──十三の段、暗示による快楽の有り様、此れを知らせる可し。
「とても……? どれくらい?」
『……お英ちゃんが今まで一番気持ちよくなった時と同じくらいさ』
お英の乳房にそっと触れてみる。すると、お英は体をビクンと震わせた。
「あ……? あっ、ああっ!? ぁ、ぁ、ぁ、ん、ぁぁ……っ……♡ き、もち、ぃい……んんっ! あ、だめぇ、すご、い! たいちろぉ、すごい、よ! 気持ちよすぎて、もう、わかんないよ! ひゃ、ぁ、ふ、ぁ……き、きもちいいの、おっぱいだけで、頭おかしくなり、そ、な、なっちゃ、なっちゃうよ、や、やだ、やだやだやだ……♡」
『お英ちゃん、落ち着くんだ』
お英を抱きしめて、肌と肌を触れ合わせてやる。こうすればきっと落ち着くはずだ。
「たいちろー……ああ、たいちろーの肌、あったかいよ……」
しばらく抱き合っていると、お英は安心したのか、落ち着きを取り戻したようだった。
──十四の段、快楽による反応、此れを知らせる可し。
『お英ちゃんの血がドックン、ドックン、って脈打ってる。わかるかい?』
「うん、すごく、ドキドキしてる……。たいちろーがおいらを気持ちよくしてくれるから、こんなになってるんだよ」
『そうか、嬉しいな。じゃあお礼をしなくちゃな。まず、お英ちゃんの胸を優しく揉んであげるよ。そうしたら、お英ちゃんの体は物凄く気持ちよくなる。気持ちよくなって、胸のドキドキが止まらなくなるんだ』
「うん……♡ たいちろーがおいらの乳を揉んで、おいらは心と身体がバラバラになるほど気持ちよくなって、ドキドキするんだね」
『そうだ。そして、もっと触りたくなってくる。さあ、胸を撫でてあげような』
「うん、わかった。たいちろーがおいらのおっぱいを、ゆっくり撫でて、それから、たくさん揉むんだよね」
『そうだよ。それじゃ、いくぞ』
「うん♡」
両手をゆっくりと、お英の美乳に這わせていく。
「えへ……♡ あー、ぁっ、あ、ぁんっ、んんんん~ッ! や、やば、い、これ、すっご、い、い、いや、いやいやいや、いやいやいやいやいやいや……!! やばい、やばいの、きもちいい……! はうぅ、だめぇ、もう、たいちろー、たすけてぇ! すごい、すごすぎるよぉ!」
『お英ちゃん、大丈夫だ。落ち着いて、深呼吸をしてごらん』
「あっ、は、はい、すうー、ふー、すうー、ふうー……」
『よし、それで良い。続けるぜ』
お英の乳首をくりっ、と摘まむと、
「ひゃ、あう、んんんんん!? な、なにこれ、なにこれぇ! 体が、熱く、て、やばいよ! 助けて、たいちろー!」
『落ち着け。おれが側にいるから安心しろ』
お英を抱きしめると、頭をぽんぽんと叩いてやる。
「はいぃ、はい、はい、はいっ! ああ……! ちくび、きもちい、きもちいいちくび、しゅごく、いい、いいです……! あ、あ、あ、あ、や、や、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ、こわい、こわ、こわくて、おかしくなりそうなの、たいちろー、いく、いきます、おいら、イキ、ます!」
『ああ、構わないぜ、何度でもイッちまいな』
「は、は、はひ、ありがとうございま、す、イ……い、っちゃ、イク、イクイクイクイクイク、イグゥウウッ! 」
ビクン! と全身を痙攣させ、お英は女の体液を噴き出した。
「ひーっ……♡ ひーっ……♡ ひーっ……♡ ひーっ……♡ ………………」
お英の大きな尻に手を這わせると、その筋肉がピクッピクッと小刻みに震えていることがわかる。手を動かすたびに、お英の体は面白いように跳ね上がる。まるで陸に打ち上げられた魚のように。
(…………お英、あたしと一緒で
ふとそんな疑問が脳裏を過ぎるが、今はそれどころではない。
『なぁ、お英ちゃん。どんな気持ちだい?』
「う、えへ、あはは、嬉しい、たいちろーの指、すごく優しくて、あったかくって、すごく、幸せ♡」
『おれのこと、どう思ってる?』
「え……それは……」
お英は不意に口ごもった。
ここだ。この壁を越えれば、終着点まで一直線だ。
──十五の段、暗示による感情の変化、此れを知らせる可し。
お英の顔を両手で挟んで、じっと目を覗き込む。
「……ダメ、たいちろー、おいら言えない。言ったらダメなの。おいら、きっと、もう戻れないから」
『いいんだよ、お英、言ってごらん。大丈夫だ、お英は気持ちよくなったから、いつもと違う気持ちになって、夢を見ているんだ。何を言っても、おれたちは変わらない』
「本当?」
『ああ、本当だよ。ほら、早く言っちまいな』
お英には、お雪が〈太一郎〉に見えているだろうか。見えろ、とお雪は祈った。
「あのね、たいちろー、おいらのこと、好きになってほしい。おいらも、たいちろーのことが、大好きだから。でも、おいらが好きだって言うのは、いけないの。だって、たいちろーにはジェニーがいて、おいらジェニーも大好きだもん」
『……………………ああ、そうだな。でも良いんだぜ。これは全部気持ちよさのせいなんだ。気持ちよさが見せている夢なんだ』
「うん、そう、そうなの、たいちろー、おいら、ずっと、たいちろーとこうしたかったんだ。こんなこと、しちゃいけなかったけど、我慢できなかったの。ごめんなさい、ごめんね、たいちろー、ごめんね、ジェニー、ああ、好きっ、大好き、愛してる! たいちろー、たいちろー、おいらに子供産ませて! たいちろーの子種を、おいらの中にいっぱい注いで! お願い! 孕ませて! お願いします!」
『……良いよ、お英、おれも、お英を愛してる。だから、何も悪いことはないんだ。おいで、お英』
「ありがとう、嬉しい、たいちろー、おいらを、たくさん可愛がって……」
お英を四つん這いにして、後ろから尻を撫で回してやる。
(お英、でかくて硬え尻だな。だからあんなに速く走れるのか)
女陰に手を添えると、お英は尻でぎゅっ……とお雪の手を挟むようにして、ゆっくり、もぞりもぞりと揺する。
「う、あ、あ、あ、あ、あぁあ、あ、あ、あ! いい、たいちろー、気持ちいぃ、あああっ!」
『お英、こっち向けよ』
「や、やだよぉ。恥ずかしい、その、だって、その、おいらの顔、きっと変だから、たいちろーに見せたくない」
『そんな事ないって。可愛いぜ、お英ちゃん』
「たいちろー、あんまり、いじめないで、よぅ。恥ずか、しいよ。ふ、ふう、はぁ、は、は、は♡ だめ、だ、めぇ、あ、あん、あん、ひゃうん! あう、は、は、はーっ♡! やだ、やだ、やだよう、おいら、おかしくなる、おかしくなっちゃうよおお!」
『ほら、もっと声出せよ。感じてんだろ?』
「うん、うん、感じる、感じるよ! たいちろーが触ってるところが、熱くて、ビリビリ痺れて、身体が溶けちゃいそう! は、は、はは! すごい、すごすぎるよぉ♡」
お英は女体の中心を何度も何度もお雪の手に擦りつけるように、ぐいっ、ぐいっと激しく動く。その度に愛液が飛び散った。
「ああ、たいちろー、たいちろー! たいちろー! もうすぐ、もうすぐなんだね! おいらも一緒に行く! ずっと一緒だ! ずっと、ずうっと!」
お英の全身に、ぎゅーっと力が入って、背中を丸めてぶるぶると震えている。絶頂が近いのだ。我慢して、耐えて、お雪の手が肉芽に伝える圧迫感を少しでも長く味わおうとしているかのように。
「たいちろー! たいちろー! あっ! き、きた! くる! イク! イッく! イ、クゥウ!」
お英の声は途中から裏返って悲鳴になった。全身の筋肉を波打たせて、弓なりになったまま硬直する。そして、ゆっくりと弛緩した。
「あ、ああ、たいちろー……」
お英が脱力した。ぺたんと畳に座り込む。
『どうだった? 気持ちよかったか?』
「うん……すごく良かった。こんなに幸せでいいのかなって思うくらい」
『そりゃ良かった』
「でも、でもさ、おいら、やっぱり、おいら、子供じゃないもん。これで終わりなんて、嫌だ。最後までしたい」
『……』
(だよなあ)
お雪は嘆息した。ここまでは、いい流れでお英を誘導できている。だが、おりんの暗示の中核は男のマラを突っ込まれること、そしてお英の願望の本体は太一郎の男根を受け入れることだろう。〈太一郎〉を演じて男役をすること自体はできるだろうが、一物ばかりは、お雪にはどうしようもない。
(えい、ままよ。お英が本物を知らない事に賭けるしかねえ)
お雪は、自分の指をじっと見つめた。何本必要だろうか。太一郎のマラと言って違和感のない太さで、かつお英が苦痛を感じない本数を見極めなくてはならない。お雪は太一郎のマラを見たことはない。こればかりは、当て推量より他にない。
「よし」
お雪は自分の人差し指、中指、薬指を唾液に濡らした。お英を仰向けに転がし、脚を開かせる。股間から、ぷうんと独特の匂いが漂ってくる。お英の顔が真っ赤になる。
「お、おいら、恥ずかしいよぅ、そんなところ、見ないでぇ……」
『大丈夫だ。おれに任せておけ』
お英の秘所は、髪と同じ薄い金の陰毛に覆われていた。下半身の筋肉が発達しているせいか、割れ目は縦長で、ぱっくりと口を開けて中身が見えてしまっている。
「うわぁ、おいらの、見てる……。おいらの、見られてるよぉ」
お英が顔を手で覆った。
「お、おいら、もう、死にたいよぅ、恥ずかくて死んじゃうよう……」
『馬鹿言うなよ。お英はこれから、おれの子を産むんだぜ。この程度で死ぬわけにはいかないだろ』
お雪が太一郎の声色で言った。
「そう、そうだよね、おいらは、たいちろーの子供を生むんだ……たいちろーがお父ちゃん、おいらがお母ちゃんになって、二人で一生懸命、育てていくんだ……」
お英が目を輝かせた。
『ああ、一緒に頑張ろうな、お英』
「うん、分かったよ、たいちろー、じゃなくて、ええと……お父ちゃん……♡」
三本の指が、お英の膣内へ侵入する。ぬらぬらとした粘膜の壁が、きゅっと締まる。
「あうっ」
『痛いか? 無理もないな、初めてだもんな』
「ううん、ちょっとだけ……ちょっとだけしか、痛くないよ、お父ちゃあん、あっ、気持ちいいかも……んんっ、あふぅんんっ♡」
『我慢できるな?』
「んんん、んー、だいじょぶ、あんま、気にしない、よ、あん、お腹の中、ぐちゅってなってる、なんか変だよ、はぁ、はぁ、はぁ」
『……しっかり息を吸って、吐いて、力を抜いて、すう、ふう、すー、はー、すう、ふう、すー、はー、よし、少し楽になっただろう。続けるぞ』
「うん、もっとしてぇ、お父ちゃん、はぁ、はぁ、はぁ、あん♡ 、あん、あん、あん、あん、あふ、ふわ、すごい、何これぇ」
お英は全身を震わせて感じ入っているようだ。
(くそ、自分のにだってここまで突っ込んだことねえのに、この後どうすりゃ良いんだよ)
奥に突っ込み過ぎて処女の証である膜を破いてしまうと大変なことになるし、浅い部分を弄りすぎてもいけないという知識はあったが、丁度よい程度というものが、お雪には判断つかなかった。
こうなれば、口先が頼りだ。
『お英、おれも気持ちいいよ。アっ、アっ、イイッ』
お雪は腰を振る真似をした。
「ほんと!? 嬉しい! おいらも、お父ちゃんのチンポコ、すごく感じる! はぁ、はぁ、はぁ、もうすぐ、おいら、逝っちゃうかも!」
『あっ、イクッ、おれもいくぞ、……………………精が出る!』
「あっ、出そう? 出る? いっぱい出して、お父ちゃん! おいらも、一緒に逝くから! ああ──ー!」
一瞬ボロが出そうになったが、何とかしのいだ。お雪は三本の指を別々に動かして、お英の秘裂を激しく刺激した。
『おおー、でてる、でてるぞ、お英! おまえの中に、たっぷりと、出てるぞ! 俺の子種汁が、どくんどくん、脈を打って、子袋に注ぎ込まれていく……』
「うっ、んんんん──ー! 熱い、熱くて、溶けちゃいそうだよぉ、お父ちゃん! おいら、今、すっごく幸せ! おいらたち、ひとつになって、死んでもいいよ!」
『まだだ、お英、まだまだ終わらないぜ! 俺たちは、これからだ! ほら、こうすると、もっと気持ちいいだろ?』
「ひゃん! それだめぇ! おかしくなるぅ! 死ぬ! 死んじゃう! こんなの、知らないよ! こんなの、はじめてぇ!」
お英の顔はすっかり蕩けきって、目は虚ろになり、口からはよだれが垂れている。
「ジェニーごめんね! おいら、お父ちゃんの子供産む! 産みたい! 産ませて! お願いぃ! ああん、またくる! すごいのが、キテる! あ、あ、あ、あ! あぁあ──ー!」
『あー、出た、でたぞ、お英! これで、二回目か! どうする、もう一回するか! それとも、もう止めておくか! さあ、どっちにする、お英!』
太一郎の声色でそう告げると、お英は目をぎゅっと閉じて、首を横に振った。
「やだよぉ、やめないでよぉ。おいら、もっともっとしたいのに、どうしてやめちゃうんだよぉ。お父ちゃんのいじわるぅ!」
『じゃあ、続けるぞ、お英! ほら、こんどこそ、一緒にイクぞ、お英!!』
「うん、いく、いきたいよ、お父ちゃん! いっしょに、いこうよ!!」
お英の両足を押さえ込み、お雪は激しく指を動かした。お英が甲高い悲鳴を上げる。
「あああっ、イく! ああ、 いっちゃう! いっちゃう! いっちゃう! いっちゃう! ああ、いっ、っ、っ、く!」
五体を強く引き絞ったお英は、やがて全身から力が抜けていくように、ぐったりとなった。
お雪の動悸も早鐘のように高まっている。いくら同性とは言え、一人の女が頂きに達する瞬間を間近で目にするのは、やはり興奮を禁じ得ない。
「ぷはーっ! ふう、ふう、ふう、ふうぅぅぅ……げほっ」
(あー、喉が渇いた)
〈太一郎〉を止めたお雪は、汗を拭った。
お英は荒い息をついている。顔には玉のような汗が浮かんでいて、涙と鼻水もだばだば出ている。
見るに忍びなくて、お雪はお英の全身を清めてやった。
(お英、もうちょいだからな。もうちょいで、暗示が解ける。元に戻れるぞ)
お英の耳許に口を寄せたお雪は、彼女の耳元で囁いた。
「さあ、目を開けて。ゆっくり、ゆっくりと、目を開けるんだ。……そうだ、いいぞ。……見える? あたしの手が見える?」
「……んんん……たいちろー……? たいちろーだよね」
ぼんやりとした様子で、お英が呟く。
「おいら、いったいなにしてたんだろ……これ、夢……?」
「まずは、深呼吸をしようか。吸って……吐いて……もう一度、すって……吐いて……今度は、もっと深く……。そう、その調子……」
お英が素直に従う。
「次に、あたしの声を、よく聞いておくれよ。あたしの言葉が、頭の中に入って、ぐるぐる回るようにして、それから、あたしの言うことを、なんでも信じてしまうようになるんだ。あたしの言うとおりになるんだよ」
「わかったぁ」
「あたしの目を見て。そうそう、そのままじっとしてるんだよ」
お英の瞳を見つめながら、お雪は語りかけた。
「今から、十数えるよ。そうしたら、夢から覚めるんだ。十まで数えたら、全部忘れちまうんだ。いいね」
「うん……」
「じゃあ、始めるよ。ひとつ、ふたつ、みっつ……」
「………………よっつ、いつつ、むっつ」
「なな、はち、きゅう」
「じゅう」
「はい、終わり」
お雪は、両手を広げた。お英の瞳孔が開いて、きゅっと閉じた。
「どうだい? 気分は」
「…………お雪? あれ……おいら……」
お英はガバっと起き上がる。お雪が慌ててその肩を押し返す。
「おっと、まだ寝てるんだ。疲れてるだろ? 悪い夢を見ただけさ」
「ゆ、め……」
「そ。どんな夢だったか覚えているかい」
首を振るお英。お雪はため息をつく。
「覚えていないなら、それでいいさ。ただの夢だから」
「でも……なんだか変な感じなんだ。おいら、妙にはっきりとした意識の中で、誰かと話していたような気がするんだ。その人の名前を呼んだりしてさ……」
「夢、夢だよ。気にしないこったね」
「うん……」
お英はうつらうつらしている。その頭を撫でてやる。
「さ、もう少し眠っときな。悪いけど、起きたらすぐに働いてもらわなくちゃならないんだ」
「……」
「大丈夫さ。あんたがそんなに思い詰めることはないんだよ」
「……」
返事はなかった。代わりにすうすうという寝息が聞こえてきた。
◆◆◆
夜明け前、お雪はある社にいた。滅多に人が来ない小さな神社である。
白装束に身を包み、
「よしっ!」
気合いを入れ直すようにそう呟き、立ち上がる。そして社の扉を開いた。暗闇の中、足を踏み入れる。
そこに安置されていたのは、お雪の十文字槍であった。
その柄を握る。握り慣れた感触が、手に馴染んでいく。その重さに、心が落ち着いた。お雪は目を閉じ、精神を統一させる。呼吸を整え、そして一気に走り出した。
「……っ!」
境内に躍り出たお雪は勢いをつけて槍を振り、突き、跳ね上げ、踊るように動き続ける。お雪の動きに合わせて、空気が震えた。
「ふんっ!」
怪我をした左手一本で、槍を突き出す。びしぃ! 鋭い音が鳴った。びたっと静止した槍は、髪の毛ほども揺れていない。
「おりん。覚念はともかく、あいつを逃がすわけにはいかねえ」
おりんの暗示術は、あまりにも恐ろしい。市中に紛れられては、追跡は困難を極めるだろう。居場所が知れている今この瞬間に攻め込むしかない。
太一郎はいない。消耗したお英を連れては行けない。たった一人で、お雪は戦わなければならない。
「上等。やってやるぜ、あたしゃあ」
お雪は笑い、十文字槍を天に向かって突き上げた。
「隠密同心、心得之条! 我が命我が物と思わず! 武門之儀 飽くまで陰にて、己の器量を伏し、御下命 如何にても果す可し!!」
朗々と響くお雪の声が、夜明けの空を切り裂いた。十文字槍の穂先を、昇り始めた朝日が照らしている。
「なお、死して屍拾う者無しだ! 悪党ども、首を洗って待っていやがれ!」
(続く)