※この作品はR-18です。

大江戸捜査網 ハーレム・サムライ   作:a-su

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Dパート

 善三郎は懐から手拭いを出し、美樹の口に噛ませた。

 

「んーっ!?」

「姉上! ……あうっ!」

「一緒に来てもらうぞ。お主らだけは俺が命を助けてやろう。……ハハハ……ハ……ッ」

 

 ◆◆◆

 

 番町は、現代で言う東京都千代田区西部にある。徳川家康が江戸入りしたときに、家康の親衛隊である大番組の屋敷があった場所であり、後に旗本屋敷が建ち並ぶようになった場所である。

 そこにある安倍久右衛門の屋敷、その地下にある一室で凄惨な宴が行われていた。

 

「江戸の町は、火に弱い。それは何故だろうな、正之助君」

「…………木造建築が多く、人口密集地で家屋が密集し、また火元も多いからです」

「正解だ。褒美をあげよう」

 

 善三郎は、縛り上げた正之助の足に針を突き刺した。

 

「あぐうううう!」

「正之助君、君はどう思うかね? なぜ火元は増えるのか。なぜ火事は減らないのか。答えられるかね?」

 

 善三郎は正之助の肩を踏みつけながら尋ねた。

 

「正之助! 答えてはなりません!」

 

 叫んだのは美樹だ。

 

 肌襦袢(下着)に剝かれ、麻縄で縛られている。布地が薄かったのか、豊かな乳房が透けて見えており、善三郎の情欲をそそり立てた。欲情のまま、善三郎は正之助を嬲る。

 

「沈黙は不正解だ。罰としてもう一本追加しよう」

 

 善三郎は、正之助に針を突き刺した。

 

「ああ……っ!」

「正之助……っ」

「……え、江戸が経済都市でありっ……また、土地の大部分を武家地が占め、特に下町の人口が過密であるからですっ……あぎっ」

「その通り。日本橋、京橋、神田付近は特にその傾向が強い。さあ、褒美をあげよう」

 

 善三郎は正之助の尻に針を刺し、血を吸わせた。

 

「うああああ!」

「正之助、正之助……! 気をしっかり持ちなさい!」

「……はあ、はあ……わ、私は大丈夫です、姉上……」

「うむ。やはり、聡明なお主なればこそ、この程度の責め苦で音を上げぬか」

 

 善三郎は、正之助の頭を踏んだ。

 

「ぐ……ううっ! 明暦の大火以来、江戸は都市改造に力を入れてきたのです! たかが付け火で燃え尽きる街ではありません!」

「そうだ。だが、そのための大花火、そのための時限点火装置だ。泉政右衛門が得意げに語っていたよ。限られた手勢でも、同日同時刻、最も風の強いときに、江戸じゅうで同時に爆発させることができるとな」

 

 善三郎は正之助の髪を掴んで顔を引き寄せた。善三郎の目に、正之助の表情が映る。美樹に似た、どこか少女めいた顔に舌を這わせる。

 

「ぐ…………!」

「ふふふ。そうなれば、かの大岡越前守忠相による〈いろは四十八組〉と言えど、手も足も出まい。江戸をまっさらにして、そこで新しい世を作るのだ。富める者と貧しい者の格差をなくし、皆が平等に学べる国をな」

 

 善三郎は天井を見上げて呵呵大笑する。

 

「ハハハ……ハハハハハ……!」

「山上様、どうしてですか……! あなたは学問所でずっと努力されていたではありませんか……! 私にはわかります、あなたは環境に腐らず、懸命に学問に打ち込んでいたのだと!」

 

 正之助の言葉に、善三郎の動きが止まった。

 

「……誰が努力させてくれと頼んだ! 俺は、俺は……ずっと奪われてきたのだ! 生まれ持った才覚も、必死で身に着けた剣術も、全て全て全て! ……それなのに、俺と互角だった出楠太一郎は、気ままに武者修行して、主に恵まれ、美女を妻にし、お前のような才気溢れる義弟までいる……俺はな、出楠太一郎が憎くて憎くて仕方がないのだよ……!」

 

 善三郎は思いつくままに叫んだ。それが本当に本心なのか、もはや自分でも分からなかったが、後から後から憎しみの言葉が湧き上がってくる。

 

「だから、俺は〈虎の爪〉に入った! 出楠太一郎を殺すためだ! ……そして今度こそ、俺は俺の人生を生きる!」

 

 善三郎は、美樹の胸に手を伸ばし、鷲掴みにした。

 

「う、ううっ……!」

「姉上から手を放せ……いたぶるなら私を……!」

「ふふ、美樹殿はなかなか良い身体をしている。この大きさならば、さぞ子を産むのも楽であろうな。どうだ、美樹殿。俺の子を産んでみるかね? なに、心配はない。きっと出楠太一郎は種無しなのだ。俺の子を孕めば、奴も悔しがることだろうて」

 

 美樹はきっと顔を上げ、善三郎に唾を吐きかけた。

 

「わたくしは出楠太一郎の妻です! 誰があなたの子供など産むものですか……!」

 

 善三郎は美樹の胸から手を離し、正之助の方へと向き直った。刀を抜き、正之助に突き付ける。

 

「では、正之助君。君の血を使って、美樹殿の体を温めるとしようか」

「あ、姉上……絶望しないで……きっと、義兄上が助けに来られますから……っ」

「ふふふ……姉弟愛というやつか。実に美しいことだ」

 

 正之助の声を聞きながら、その肩に刃を突き立てた。刃を濡らした赤い血を、美樹の腹に垂らす。白い肌襦袢に、血の染みができた。

 

「いや……いやああっ! やめて下さい……!」

「姉上ぇぇぇぇ…………!」

 

 善三郎は美樹の縄を斬り、部屋の中央に突き飛ばした。

 

「踊ってみろ。俺の目を楽しませるのだ。時間を稼げば、あるいは前の旦那様が駆け付けて下さるかも知れぬぞ」

「……く……うう……!」

「さあ、どうした? 踊り方がわからぬか?」

 

 観念した美樹が、善三郎の前で舞始めた。夫のために習い覚えたであろう、優美で流麗な舞いである。

 

「うむ。中々のものだ。これは俺の好みに合う」

 

 善三郎は満足そうに言う。

 

「しかし、足りない。もっと淫らに踊るが良い。そら、まずは上下の動きを加えるのだ」

 

 言われた通りに、美樹は腰の動きに上下を加えた。汗に濡れて透けた肌着が、乳房の揺れで上下に踊る。美樹は唇を噛み締めながら、それでも懸命に善三郎の指示に従って見せた。

 

「ふふ、それでいい。さあ、次は床に這いつくばり、尻を振るのだ」

「くうっ……」

 

 美樹は屈辱に震えながら、床に這いつくばり、尻を高く上げた。赤毛の陰毛がちらりと覗く。

 

「おお、素晴らしい……! …………誰だ!」

 

「いい趣味をしているなあ、山上善三郎殿」

 

 割り込んできたのは、泉政右衛門だった。

 

「泉、貴様何のつもりだ。仕掛けるのは夜明けだろう。邪魔立てすれば容赦せんぞ」

「まあ、そう言わずに。ほら、安倍様も美女を鑑賞なさりたいと仰っていてね」

 

 頭巾を被った安倍久右衛門が姿を現した。

 

「ほう、確かに。中々の器量良しだな。景気づけにはちょうど良い」

 

 安倍が着物を脱ぎ始めるのを見て、善三郎は色を失った。

 

「待て! 約束が違うぞ! この女は俺の物にすると言ったはずだ! この女はもう俺の物だ。この女を好きにして良いのは俺だけだ!」

「はっはっは…………何を言っているのかな、山上善三郎殿。これから来る世の中では、個人の持ち物などなくなる。全てがみんなの共有物になっていくのだ。それに、安倍様は新しい世の中心になっていくお方。その子種を頂けるのだから、感謝すべきではないかな」

 

 泉は笑いながら言った。

 

「う、ううう──」

 

 善三郎は、またかと思った。また、奪われるのか。また、誰かが作った箱に押し込められて生きねばならんのか。

 また、また、また、また──

 

「──うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ──────────っ!」

 

 気づけば、抜き放った刀が泉政右衛門を切り裂いていた。

 泉は悲鳴も上げられずに倒れる。首が胴から離れていた。

 

「な、なんと……! まさか、裏切ったのか……! 貴様ァ! よくも政右衛門を……!」

 

 安倍が怒声を上げるが、善三郎は無視して美樹の元へと走った。

 

「来い!」

 

 困惑した様子の美樹と正之助を引っ張って地上に上がる。

 

「や、山上様! あなたは一体何を……! なぜ突然裏切りを…………!?」

「正之助、お前もだ! 俺に付いてこい! 俺と一緒に新時代を作るのだ!」

 

「正気ですか! 仲間もなく、計画もなく、刀一本でどうしようというのです! 私は学問所でずっとあなたを見ていました! あなたは学問所でも優秀で、尊敬され、慕われていたではありませんか! 義兄上だって! それがどうしてこんな事に……!」

 

「正気かどうかなど知ったことか!」

 

 善三郎は怒鳴った。正之助は絶句し、何も言えなくなった。

 

 敢えて言うなら、善三郎を突き動かすのは、動物としての、オスの本能だろうか。他のオスに奪われる前に、自分のメスを奪わなければならない。メスの胎内に精を注ぎ込み、自分の子孫を残さなければならない。自分の力が他のオスよりも優れていることを証明しなければならない。

 

 そうした物の考え方は、最早、善三郎が人間と呼べぬ事を意味していた。

 

「であえ、であえーっ! 皆の者、山上善三郎が裏切った! 切り捨てい!」

 

 安倍の声と共に、屋敷の中庭に〈虎の爪〉の面々が殺到してきた。旗本、御家人、浪人どもだ。三十か、四十はいるだろう。

 だが、善三郎は怯まない。いや、激しく勃起していた。メスを背にしたオスが、どれほど強いかを知らしめる時が来たのだ。

 

「でえりゃあ!」

 

 最初の一人を、正面から蹴り飛ばす。二人目は下段から逆袈裟に切り上げる。怯んだ者どもに片手で刀を突き付けながら、ゆっくりと前進する。

 

「隙ありィ!」

 

 背後から切りかかってきた三人目を、善三郎は振り向きざまに一閃した。三人目の腹から血が噴き出す。

 

「くそ! この野郎!」

「死ねえ!」

 

 左右から二人が同時に襲い掛かってくる。

 

「どおぉぉぉっ!!」

 

 善三郎は右の敵を上段から真っ二つに斬り捨て、左を横に薙いだ。

 

「ぐわああぁっ」

「ひいっ」

 

 斬られた二人は断末魔の叫びを上げながら倒れ伏す。善三郎は止まらない。次々と〈虎の爪〉の刺客を切り伏せていく。

 

 正之助もまた善三郎に続く。まだ小さな体を〈虎の爪〉から奪った刀に振り回されながらも、美樹を庇って襲い来る敵を何とか凌いでいる。

 

「このガキ!」

 

 一人の男が、正之助の背後に回り込み、手槍を突き出した。正之助はかわして槍をつかみ取る。

 

「うおっ!」

「うわああっ!」

 

 男と正之助はもつれ合って倒れるが、男の胸を正之助の小刀が貫いていた。

 

 善三郎はそちらに目もくれず、目の前の敵を倒し続ける。

 

「フハ、フハ、フハ」

 

 善三郎は笑っていた。戦いが楽しくて仕方がない。だが、いつの間にか〈虎の爪〉は二人を遠巻きにしていた。

 

「なんだ…………?」

「山上様、弓です!」

「なにぃ?」

 

 矢が一斉に飛んできた。正之助は美樹を庇いながら刀で弾き落とすが、善三郎の左肩に矢が突き立った。

 

「がっ……小賢しい真似を……!」

 

 善三郎は怒りに燃えた。矢が飛んできた方向を見ると、屋敷の屋根の上に何人かの姿があった。

 眼前の安倍久右衛門が嘲笑を浮かべている。

 

「山上善三郎! 貴様はここで死ぬのだ! その女もな! そしてこの安倍久右衛門が日ノ本を支配するのだ!」

 

 ──その時である。

 

「世迷言も大概にしやがれ!」

 

ひ(・)ゅ(・)う(・)と音を立てて、安倍の右目に薔薇の花が突き立った。

 

「うぎゃあぁあ!」

 

 安倍はのたうち回る。

 

「な、何が起こった……?」

 

 善三郎が見たのは、薔薇の枝を鋭く尖らせた、即席の手裏剣だった。ご丁寧に、真っ赤な薔薇の花がそのまま付いている。

 

 赤い薔薇には、このような花言葉がある。

「君を愛す」「愛情」「美」「情熱」「恋」「熱烈な恋」──

 

「美樹! 正之助殿! 無事か!」

 

 屋敷の中門から、皺だらけになった紋付きの、黒の着流しを身につけた、汗まみれの若い侍が、息せききって入ってくるところだった。

 

「で、出楠どの………………!」

 

 太一郎は、善三郎の肩から流れ出る血を見て、顔をしかめた。だが、何も言わずに美樹と正之助に駆け寄り、二人を抱きしめた。

 

「太一郎様……!」

「義兄上…………」

 

 太一郎は、美樹と正之助の頬を確かめるように撫でると、美樹の唇に自分のそれを重ねた。

 

「うっ…………うう……良かった。本当に……おれはもう二度と、お前たちに会えないかと……!」

「太一郎様、美樹は信じてました。太一郎様は必ず来てくれるって」

「だから言ったでしょう、姉上。義兄上は、姉上に首ったけですから」

「美樹、正之助殿……! おれは、おれは……!」

 

 太一郎は美樹と正之助を力強く抱き締める。善三郎はその様子を呆然と見ていた。

 

「出楠どの……! なぜ、なぜここが分かったのだ…………足跡は何も残さなかったはず!」

 

 女の声が響いた。

 

「天知る、地知る、人の知る…………お前らの悪事、疾っくの疾うにお見通しよ」

「もしくは、愛の力かな。藤吉も逃がさせてもらったよ」

 

 善三郎が見上げると、屋根の上にいた〈虎の爪〉どもは姿を消していた。代わりに、二人の女がいる。

 

 一人は、槍を持った少女だった。さらりと流れる黒髪は、背中の中ほどまで伸びており、それを後ろで束ねている。装束は巫女のそれにも似た赤い袴姿であるが、裾や袖口には豪奢な金糸が入っている。だが、彼女の美しさを最も際立たせているのは、その瞳であろう。鳶色の澄んだ目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、そして明確な殺意を湛えている。

 

「じゅ、十文字槍だと…………!?」

 

 その少女は、戦国武将かと思わせるような長い十文字槍を携えていた。

 

 もう一人は、黒ずくめの盗み装束に身を固めていた。女と分かるのは、胸の膨らみと腰つきからである。足は長く、尻は大きい。善三郎は、飛脚の鍛え上げられた下半身を連想した。

 

 薔薇の花を引き抜いた安倍が狂ったように喚きたてる。

 

「き、貴様ら! 何者だ! 名を名乗れ!」

 

 ニイッと笑った少女が十文字槍を振り、見得を切る。太一郎と黒ずくめもそれに続いた。

 

「隠密同心、十文字お雪!」

「同じく、出楠太一郎!」

「鼠小僧次郎吉の娘、女ねずみ!」

 

 槍の少女と黒ずくめが、屋根を蹴って〈虎の爪〉どもに襲いかかる。

 

「うわあああっ!!」

 

 悲鳴を上げながら逃げ惑う〈虎の爪〉たち。

 

「でぇぇやっ!」

 

 槍の少女が振り下ろした十文字槍が、〈虎の爪〉の一人を袈裟懸けに斬り裂く。さらに返す刃でもう一人の首を掻き切る。その動きに無駄はない。あらかじめ定められた手順の通りに、〈虎の爪〉どもが死の旋風に飛び込んでいくかのようであった。

 

 善三郎は、一目見て〈あれは、勝てない〉と直感した。

 

 一方、黒ずくめは蹴り技で、瞬く間に四人を地に這わせてしまった。人を台に鳥のように跳び、人を柱に猿のように昇り、縦横無尽に駆け回っては、次々に敵を叩き伏せていく。

 

 〈虎の爪〉たちは次々と倒されていく。まるで、蟻が象の群れに挑むかのようだ。いや、それは事実に近かった。善三郎は、己の目と耳を信じられなかった。

 

 勃起していた陰茎が、萎んでいった。善三郎は思った。

 

(オスだとか、メスだとか…………俺は馬鹿だ……)

 

「おのれ…………山上! 貴様の手引きか!」

 

 はっ、とした。安倍久右衛門が、刀を抜いて善三郎に向かってくる。

 善三郎も応戦するが、一撃を受け止めるのが精一杯だった。久右衛門の目つきは尋常ではなかった。まるで飢えた獣のような、あるいは、鬼神の如き眼光である。

 

「あと少し…………今少しで、私は日ノ本を……!」

 

 久右衛門は善三郎の刀を撥ね上げ、そのまま上段に構えて振り下ろす。善三郎は咄嵯に刀で受けるが、久右衛門の刀を受け止めきれずに刀身が折れた。

 

「山上様!」

 

 駆け寄ってきた太一郎が、善三郎を押し倒すようにして久右衛門の斬撃を避ける。

 

「出楠どの!?」

 

 倒れた善三郎は、久右衛門の胴に何かが張り付いているのを見た。導火線が付いていて、火花が散っている。咄嗟に、耳を塞いで頭を伏せた。次の瞬間、爆音が轟いた。

 

(火薬玉だと?!)

 

 爆風が吹き荒れ、善三郎は思わず目を閉じた。しばらくして目を開けると──久右衛門は白煙に包まれ、全身から血を流していた。ぴくぴくと震えながら、やがてど(・)う(・)、と倒れこむ。

 

 〈虎の爪〉は全滅した。

 

「とりもち玉です。対馬に伝わる暗具の一つですよ」

 

 太一郎が手を差し伸べてくる。善三郎は、それを払いのけた。

 

「出楠どの、なぜ俺を助けた」

「山上様……」

 

 善三郎は立ち上がり、拾い上げた刀を構えた。

 

「隠密同心だと? 美樹殿を鮮やかに助けたかと思えば、俺のことさえも…………! 分からぬ振りをしているのか!? 憐れんでいるのか!?」

 

 善三郎は歯を食いしばり、太一郎を睨む。

 

「お雪ちゃん、お英ちゃん、悪いが家族を頼む。おれはこの人と話がある」

 

 太一郎は真剣な表情を浮かべる。二人の女は気遣わしげに太一郎を見上げたが、すぐに踵を返した。

 

「太一郎兄貴のお内儀(かみ)さんだね。さあ、行こうか」

「は、はい、出楠太一郎の妻です。あの、あなた方は…………」

「おいら達のことは気にしないで。いずれ、じっくり話をする機会が来ると思うから」

 

 お雪とお英はそう言って美樹と正之助を背負い、屋敷から立ち去った。太一郎は二人の姿が見えなくなるまで見送ると、善三郎のほうへと向き直った。

 

「山上様…………今ならまだ間に合います。〈虎の爪〉と戦うために、ここに来たのだと言って下さい。この出楠太一郎が命に代えても、お守りします。ですから……」

「なぜ俺を憐れむ…………」

 

 太一郎の言葉を遮るように、善三郎は言った。

 

「俺が今、お前の妻と義弟に何をしたか、分かっているのか!? お前には、俺を殺す理由があるんだぞ!!」

「…………正之助殿から聞きました。ええ、分かっております」

 

 太一郎は静かに答えた。

 

「おれは、あなたに再会できて嬉しく思っていました。その内、家に招いて酒を飲もうとも思っていた。荒れていたおれを世話してくれたあなたに、御恩を返したかったのです」

「その家だ! お前の家が、家族が、俺を惨めにさせた! 貧乏旗本の三男坊だからか! だからこんなに俺は惨めなのか! 俺はな、ただ……!」

 

 ただ、お前のようになりたかった。

 その言葉は、喉の奥で消えていった。

 

「……山上様、おれは、あなたに告白しなければならない事がある。聞いていただけませんか」

「何だ」

「おれは、人殺しが好きなんです」

 

 善三郎の動きがぴ(・)た(・)り(・)と止まった。

 

「おれは、人を殺したくて殺したくて仕方がない。でも、おれは幸せに生きなければならない。だから、悪事を働く奴らを殺しています。そのために、武者修行の旅にも出ました」

 

 太一郎は、黒こげになった安倍の死骸を指さした。

 

「見てください。美しいでしょう? とりもち玉を使いましたから、一瞬で目と鼻と耳をやられて、熱と痛みだけを感じながら、訳も分からずに死んでいくのです。そう思うと、おれはたまらなく興奮する」

 

 太一郎は着流しの前を開いた。褌を押し上げて、そこは膨張していた。

 

「……出楠どの」

 

 善三郎の声は、掠れていた。

 

「悍(おぞ)ましいでしょう。でもね、山上様。こんなおれでも、幸せに生きて欲しいと願ってくれた人たちがいます。美樹もその一人です。その気持ちに応えたい。そのために、おれは隠密同心になりました」

「…………」

 

 善三郎は、黙り込んだ。

 

「やり直しましょう、山上様。家を捨てて、名前も変えて、一人の剣客として、もう一度やり直すのです。山上様…………」

 

 太一郎が手を差し伸べる。

 

「出楠どの。俺はな、お前のようにはなれないよ。俺は、そんなに強くない。強くないんだ……」

 

 善三郎は首を振って、太一郎の手を拒んだ。

 

「俺はな、出楠どの。俺は、俺のためにしか、戦えないんだ。俺自身を、壊させないためにしか、俺は戦えなかったんだよ。出楠どの」

 

 善三郎は刀を肩に担いだ。神明一刀流、必殺剣の構えである。

 

「俺は今から、お前を斬る。斬って、一人の罪人として地の果てまでも逃げよう。それが、俺の武士道だ」

「……分かりました」

 

 太一郎も、善三郎と同じ構えを取った。

 

「神明一刀流、出楠 太一郎」

「同じく神明一刀流、山上 善三郎。いざ!」

 

 二人は同時に踏み込む。二つの必殺剣が、互いの首を狙ってぶつかり合う。

 

「はああああっ!」

「おおおっ!」

 

 二人の刃が擦れ合って、火花が飛び散った。押し負けたのは、太一郎の刀であった。

 

「出楠太一郎、破れたり!」

 

 善三郎の切っ先が、太一郎の首筋に迫る。

 太一郎は刀を捨て、地面すれすれにまで上半身を伏せた。

 

「なっ!?」

 

 太一郎のすくい上げるような拳が、善三郎の顔に炸裂した。鼻柱を折られた衝撃で仰け反りながらも、どうにか踏ん張った善三郎だったが──その腹を、太一郎の脇差が貫いた。

 

「ごほっ……」

 

 善三郎は地面に転がる。致命傷だった。

 

(俺は死ぬのか)

 

 善三郎は空を見上げた。夏の夜空に、北斗七星が輝いている。そばに、寄り添うように小さく存在する星がはっきりと見えた。

 

「出楠どの…………今の拳は、一体…………」

「横浜で習い覚えた、エゲレス武術です。この国では、まだ馴染みがありませんがね」

「ふっ……そうか……そうだったのか……隠密同心とか言うの…………伊達じゃないな…………」

 

 太一郎が善三郎の隣に座り込み、星空を見上げた。

 

「ついでに言うと、女の味も横浜で覚えました。健気な女でね、今でもおれの情女(いろ)なんです」

「死ねよ…………俺は童貞のまま死ぬというのに……くそ……悔しいなあ……羨ましいなあ……俺だってなあ……一度くらいは……」

「ははは……どうせおれも地獄に行く身です。一緒に閻魔様に裁かれて、生まれ変わったら二人で岡場所にでも行きましょう。…………山上様?」

 

 ◆◆◆

 

 善三郎は、暗闇の中にいた。太一郎の声だけが響いてくる。

 ぱちぱちと炎の音がする。身元が割れないように、太一郎が死骸を焼いてくれているのだろう。

 太一郎は、何かを唱えていた。

 

「隠密同心、心得の条……我が生命、我が物と思わず……武門之儀……飽くまで陰にて……己の器量を伏し……御下命、如何にても果す可し……」

 

 聞いたこともない文句だったが、それは太一郎なりの弔いだったのかもしれない。

 

「尚、死して屍拾う者なし……死して屍拾う者なし……死して屍、拾う者なし……」

 

 善三郎は、やがて白い骨となった。

 

 ◆◆◆

 

 夏の日差しが、障子から入り込んでくる。自宅の八畳間は、いま美樹の舞台となっていた。

 美樹は舞う。心尽くしの手料理で酒を飲む、太一郎の視線を感じながら。太一郎のために習い覚えた、優美で流麗な舞いである。

 

「太一郎様…………わたくしを、見ていて下さいませ」

「ああ」

 

 太一郎は短く答えた。

 敢えて薄着になった美樹は、扇情的な仕草を見せる。豊満な乳房を揺らしながら、太一郎の前で踊り続ける。

 

「……」

 

 太一郎は目を逸らした。美樹の胸元が、太一郎の股間を刺激したのだ。

 

「ふふ……太一郎様、目を背けてはいけません」

「分かっておる」

「本当に分かっておられますか? ……わたくしがどれほど、あなたの事を想っているのか……あなたに分かって欲しいのです」

 

 美樹は太一郎の目の前で舞い続ける。

 まろやかな弾力を感じさせる美尻を突き出したり、腰を捻ったり。豊満な乳房が揺れて、肌襦袢の下から溢れてしまいそうだ。

 太一郎の股間が痛いほどに勃起しているのが分かる。美樹の扇情的な姿に、太一郎は釘付けになっていた。

 

「もっと見て……♡ もっとご鑑賞下さい……♡ 美樹が太一郎様だけのものだと、どうか確かめて……♡」

「ぐぅっ……!」

 

 太一郎が歯を食い縛っている。美樹の心に、強烈な優越感が満ちていく。

 

「美樹の身体はいかがですか……♡ あなたの妻が、これほどまでに淫らだと知って、幻滅なさいましたか? それとも……欲しくなってしまわれましたか……?」

 

 美樹は微笑みながら、太一郎を誘惑する。

 

「美樹……もういい。もう十分だ」

「まぁ、太一郎様ったら」

 

 美樹はくすりと笑った。

 

「まだ始めたばかりではありませんか」

「おれはお前の旦那様だぞ。見ているだけなんて、耐えられぬよ」

「駄目ですよ。ほら、美樹の女陰(ぼぼ)から生えた毛が、太一郎様のお顔に当たってしまいます」

 

 美樹は太一郎に近づき、ゆっくりと腰を下ろした。その動きに合わせて、美樹の陰部を覆う布地がずれていく。太一郎の鼻先に、美樹の秘部が近付いてくる。

 

「美樹……お前は綺麗だよ」

「嬉しい……ありがとうございます」

 

 美樹は微笑んだ。

 

「でもね、太一郎様。太一郎様はもっと、わたくしの事を褒めるべきなのです。だって……怖い思いもしたんですよ? あの安倍とかいう男に犯されそうになったんです」

「すまなかった」

「許さない」

 

 美樹は太一郎の上に跨がり、妖艶に笑う。その笑顔には凄みがあった。

 

「謝っても、許してあげません。罰として、わたくしの乳を吸わせて差し上げます」

 

 美樹は両手で自分の乳房を持ち上げて、太一郎の口に押し付けた。太一郎は夢中で乳首を吸い始める。

 

「あんっ♡」

 

 太一郎は赤ん坊のように無心でしゃぶり続けた。美樹の背筋に快感が走る。

 

(うふふ)

 

 美樹は優しく微笑むと、指先で太一郎の髪を撫で始めた。

 

(ああ、なんて可愛いのかしら)

 

 美樹にとって太一郎は宝物だった。この世のどんな財宝よりも美しく、そして貴重な存在なのだ。

 この人の子供を産むために、自分は生まれたのだ……美樹にはそう思えた。

 

「太一郎様……♡」

「美樹……美樹……」

 

 二人は唇を重ねた。舌が絡み合い、唾液を交換し合う。太一郎の唾液は、美樹にとって甘露だった。

 

(幸せすぎて、どうにかなってしまいそうなの)

 

 太一郎は、まるで獣のような激しさで美樹を求めてきた。

 

「んッ……ふッ、んッ……んんんんんん~!」

 

 太一郎は美樹の口を塞ぎながら、乳首を摘んで引っ張ってくる。

 

「ぷはっ! だめっ、太一郎さまっ、そこはっ、ああっ!」

「ここが好きなのだろう? 知っているよ」

「ああっ、あっ、あっ、あっ! びりびりって、あふっ、あっ! 背中を、びりびりがっ、頭まで走ってきちゃうっ! あんっ! あっ、そこぉっ!! おっぱいこねこねしながらぁっ!!」

 

 美樹は必死になって両手を伸ばし、太一郎の首にしがみついた。そうすると胸と腹に彼の身体を感じられて心地よかったからだ。

 太一郎の指先が乳房を絞り上げてくるたび、下腹部の奥底で熱いものが弾ける感覚があった。じくじくとした疼きが子宮に広がっていく。

 もう、どれくらいこうされているだろうか。美樹にはわからない。ただ、永遠に終わらないのではないかという恐怖心と、永遠に続けて欲しいという願望が入り混じるだけだ。

 

「美樹、美樹」

 

 太一郎は耳元で囁き、また唇を重ねてくる。二度目の口吸いは最初と違って、愛欲に満ちた舌と舌の交尾だった。

 

「んふっ、ちゅっ、んぅ、れるっ、んっ、ぢゅるっ、んんっ」

 

 美樹は目を閉じて、太一郎の舌の動きを感じる。夫も自分と同じように、快楽を求めているのだと思うだけで嬉しかった。

 

「んふっ、んんっ、んふふふふふふふ」

 

 美樹は太一郎の頭を抱いて、髪の毛を弄ぶ。夫が髪の中に手を差し入れてくると、美樹の全身が震えた。

 唾液を混ぜ合わせるような濃厚な口づけの後、太一郎の顔が離れていった。二人の間を銀の糸が伝い、やがて切れてしまう。

 

「美樹……好きだよ……お前はおれだけのものだ……」

「えへ……♡」

 

 美樹は熱に浮かされたような目で夫を見ていた。

 

「……すみません、すこし頭がふわふわして……もう一度おっしゃっていただけますか? 美樹は、誰のものですか?」

「美樹は……美樹は、おれだけの女だ」

「うふ……嬉しいです……♡」

 

 美樹は太一郎に抱きつき、首元に頬擦りした。

 

「…………美樹……おれは…………おれは…………」

 

 太一郎の獣のような呼吸を感じ、美樹は男を迎え入れる準備をした。壁に手を突き、がに股かそれ以上──下品なほどに股を開いている。

 

「お、お願いします……♡」

 

 美樹はふり返り、期待を込めて言った。突き出したお尻が円を描くように揺らす。

 

「太一郎様のものを……美樹の女陰に入れて下さい……♡ ああ……♡」

 

 美樹の口から歓喜の声が漏れた。太一郎が覆い被さってきた。硬く反り返った剛直が、美樹の割れ目をなぞる。

 

「太一郎様……♡」

 

 美樹は待ちきれない様子で腰を振った。

 

「焦らすのはやめてください……早く……♡」

「ああ、わかっている」

 

 太一郎は美樹の腰を掴み、己の肉棒を押し当てた。亀頭の先から滲み出た透明な液が、美樹の膣内に入り込んでくる。

 

「……あ、は……♡」

 

 美樹の喉から声にならない音が発せられた。汁が入ってくるたびに、彼女の下半身が反応してしまう。太一郎の性器を受け入れるのは久しぶりだ。美樹は今から訪れるであろう悦楽に思いを馳せた。

 

(太一郎様の……すごい……)

 

 美樹の意識が太一郎の逞しくエラを張った男根に集中していく。それは美樹の心をかき乱し、狂わせるほどの存在感を持っていた。

 

「太一郎様……きて下さいませ……♡」

 

 濡れそぼった美樹の中に、にゅるん、と呆気なく、しかし力強く太一郎のものが入ってきた。

 

「んぉ゛っ……♡」

 

 美樹は一瞬にして絶頂へと導かれた。身体を痙攣させながら、膣を締め上げる。

 

「お゛っ、お゛っ……」

 

 太一郎の腰がゆっくりと前後運動を始める。美樹の身体はそれに合わせて蕩けた声をあげながら、尻を揺すってしまう。

 

「美樹……気持ちいいか?」

「はいぃ……っ♡」

 

 美樹は答えた。太一郎は腰を回すようにして、美樹の弱点を突いてくる。

 

「あ゛ぁっ♡それだめぇ♡ お゛っ! ♡ お゛ーっ!!」

 

 美樹は、自分と太一郎が一つの線を越えたと感じた。夫婦という枠組みを越えて、魂が交じり合ったのだと。

 

(わたしたち、ひとつになっている……)

 

 美樹はうっとりと太一郎を見つめた。彼は自分のことを見てくれている。自分のことだけを。そう思うと、美樹は堪らなくなって、電流に打たれたように身体を痙攣させた。

 

「美樹……好きだ」

「ああ……♡」

 

 太一郎の言葉は麻薬のように脳髄に染み込み、美樹の思考を奪っていった。

 

(好き……太一郎様……♡)

 

 美樹は自分の中にいる太一郎を愛していた。彼が自分の事を見てくれていることが何より嬉しかった。

 

「あ、ああ~♡」

 

 美樹が甘い声で鳴く。太一郎はそんな妻の姿を見ながら、少しずつ動きを強くしていった。

 

「あ、あっ! あ~♡ お゛っ、おくッ……! もっと奥ぅっ!」

 

 子宮口を突かれるたび、美樹の視界で火花が散る。彼女は自分が何を言っているのかさえ理解していなかった。ただ本能のままに快楽を求めていたのだ。

 

「もっとッ! もっと強くぅっ! あッ! あッ! あッ! ああッ! ああああッ!」

 

 美樹は何度も達していた。その度に、下腹部から潮を吹き出させていたのだ。

 美樹の身体は汗まみれになっていた。だが、太一郎の体にも玉の汗が流れており、二人の肌は溶け合うようだった。

 太一郎の手は細い腰をがっちりと捕まえて離さない。美樹はされるがままになっている。

 顔を上向かせ、舌を出して喘ぐ。瞳は焦点が合っておらず、快楽の虜となっていることは明らかである。

 美樹は太一郎の妻であり、彼の所有物であった。

 

「ひいーっ♡ しゅごいっ♡ まら様のっ♡ おまら様ぁっ♡ こんなに硬いの初めてですぅっ♡」

 

 美樹は淫語を連発しながら、自らも激しく腰を振りたくっていた。結合部から飛沫が飛び、太一郎の着物を汚している。

 夫が性感をたっぷりと開発してくれた子宮口は、彼の巨大な魔羅によって幾度も蹂躙されていた。

 

「あ゛っ! あ゛っ! あ゛っ! イっ、イぐっ……! イぎますっ! あ゛っ! あ゛っ! あ゛っ! あ゛っ! いぎまずっ! いぎまずっ! いぎまずっ! いぎっ……!!」

 

 美樹は身体を仰け反らせ、絶叫した。美しい顔は涙と鼻水で汚れきっており、知性の欠片も感じられない。

 

「うっ……」

 

 太一郎が苦しそうな声をあげる。彼の陰茎が震え、子宮口に大量の精液を流し込んだからだ。

 

「お゛おっ……♡」

 

 美樹は身体を大きく震わせて、夫の射精を受け止めた。精液が奥を叩くたび、甘い子宮絶頂が脳を焼き尽くす。

 

「熱い……♡あついの、お子種さまがいっぱい……♡」

 

 美樹は自らの下腹を撫でて、うっとりとした表情を浮かべる。太一郎のモノが入っているのがはっきりとわかる。愛する人の子種を授かることは、彼女にとって何よりも幸福なことなのだ。

 

「……まだだ、美樹。まだ日は高いぞ。夕食の支度までにはまだ時間があるだろう?」

 

 そう言うと、夫は美樹の胸を鷲掴みにした。乳首を強く引っ張られると、「おほぉっ!?」と間抜けな悲鳴が漏れた。

 

「は、はい……♡」

 

 美樹は夫に従うしかない。いや、従うことが喜びだった。

 

(太一郎様……♡ 愛しております……♡)

 

 美樹は夫への愛情を再確認する。この男になら、殺されても構わない。美樹は本気でそう思いながら、何度も何度も太一郎の精液を受け入れた。

 

 ◆◆◆

 

 お雪とお英は、上方に旅立つ藤吉とその家族を見送っていた。藤吉の一家は江戸を出て、大坂でからくり職人としてやり直すと言う。

 

「お雪さん、お英さん。本当にありがとうごぜえやす。お二人のおかげで、家族全員無事に江戸を離れられました。江戸でお世話になった方々にも、ご挨拶をしたかったのですが……」

 

 藤吉は申し訳なさそうに言った。

 

「気にしないでいいと思うよ。青木様だって、薄々感づいてると思うけど、追いかけてこなかったし。きっと、そういう事でしょ」

「そうそう。しっかりやんなよ、藤吉のとっつぁん。益田屋にも奉行所の手が入ったし、あんたが心配するような事は、何もないんだからさ」

 

 お雪が笑いかけると、藤吉は照れくさそうに頭を掻きながら、旅立っていった。

 

「…………なあ、お英」

 

 お雪は小さく呟いた。

 

「なに?」

 

 不思議そうなお英の声を聞きながら、お雪は自分の髪を弄んだ。

 

「兄貴のお内儀さんさ、えれえ別嬪さんだったな」

「そうだね。まあ、ジェニーも負けちゃいないけど」

「そうだな……乳もでかいし」

「うん。お尻も丸くて大きかったよね」

 

 二人は自分のそこを撫でながら、同時に溜息をつく。

 

「羨ましいよな」

「うん。おいらも、あんな風に大きいおっぱいが欲しいよ」

「あたしもだよ。それに、あの尻も欲しい」

「うん。あれはいいね」

「それに、脚だって綺麗だ。白くて細くて、男に触られた時、柔らかいんだろうな」

「おいらたち、足、硬いもんね」

 

 二人は同時に溜息をつく。

 

「あたしら、勝ち目あるのかなあ……」

「どうだろ。でも、諦めたらそこで終わりだしさ。やれるだけやってみようよ」

「……お前って、強いよな」

「そっかな? お雪だって、結構しぶといじゃん」

「……そうかもな」

 

 お雪は空を見上げた。夏の青空が広がっている。蝉がけたたましく鳴いていた。

 

(第四回 昌平坂の美樹 了)




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
感想・評価大歓迎です。

今回は嫉妬をテーマにして、男の転落を描いてみました。いかがだったでしょうか?
善三郎のこと、気持ち悪い、嫌な奴だと思っていただけたなら幸いです。
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