※この作品はR-18です。

大江戸捜査網 ハーレム・サムライ   作:a-su

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 前回のあらすじ
 心中も辞さぬ覚悟で、美樹は太一郎とジェニファーを待ち構えていた。
 太一郎も決死の覚悟で美樹に相対し、ついに二人を同時に抱いて、子を産ませるために精を放ち尽くす。
 恋情を打ち明けたお英を、お雪は親愛の情をもって受け入れ、女同士の情交に耽る。
 お英から想いを寄せられている事を知り、どこか浮ついた気持ちの太一郎は、〈黒いデウス〉の正体を探るため、船で長崎に向かうのだった。


Aパート

 

 空に真っ赤な雲の色

  玻璃(はり)に真っ赤な酒の色

   何でこの身が悲しかろ

    空に真っ赤な雲の色

 

 

 ◆◆◆

 

 時は江戸。地は長崎。草木も眠る丑三つ時に。

 

 一人の男が、長い坂をゆっくりと上っていく。着流し姿の、若い侍だ。

 

 灯籠の陰から、一人の少女が現れた。巫女に似た赤い袴姿に、背には簡易な手槍を背負っている。二人は目線を合わせることなく、並び立って坂を登っていく。

 

 その目前に、音もなく黒尽くめの盗人が降り立った。体型からして、女であろう。二人が通り過ぎるとき、盗人も立ち上がって横に並び、共に歩き出す。

 

 三人の男女が、夜の長崎をゆっくりと行進していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隠密同心 心得之条

我が命我が物と思わず

武門之儀 飽くまで陰にて

己の器量を伏し

御下命 如何にても果す可し

 

尚、死して屍拾う者無し

死して屍拾う者無し

死して屍、拾う者無し

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 長崎は、「日本の病の一ツのうち」で、また「長崎の地ことに乱れて」いる。こう言ったのは、かつての老中・松平定信その人である。

 異国貿易御許しの地として、ここには異国の品々、文物、そして人々が集い栄えている。その光に応ずるように、影もまた色濃い。

 

「何しろ目新しいもの好きの殿上人らからすれば、ここは極楽浄土のようなものでしょう。高直(こうじき)(高額)な南蛮の品々も飛ぶように売れてございます」

「さよう、左様。ははは……」

 

 行燈(あんどん)の火が、悪党どもの薄汚い顔を照らし出す。でっぷり肥えた商人風の男が、頬のこけた侍に揉み手をしながらへつらう。侍は卑しい笑みを顔に貼り付けたまま、小判を一枚ずつ数えている。

 

 異国貿易で生じる巨大な富は、長崎に悪の芽を根強く深く広く育てていた。

 巨大な利権と暴力の渦巻く暗黒の街、長崎。この利権を操る者は一握りの豪商たちであり、貧しい町人たちは彼らの搾取に泣き、その暴力に怯えて暮らすしかないのである。

 

 今も、若い町娘が用心棒に引きずられ、悪党どもの前に差し出されるところだった。娘は後ろ手に縛られており、恐怖のあまり顔面蒼白だ。

 

「ああ……いやばい……だれか助けて……」

「ははは……なあに、怖がることはない。お前は南蛮人の船に乗って、外つ国で男相手に腰を振るんだ。それだけのことだ」

「え……?」

 

 商人が、猫なで声を発する。まるで地獄から這い出てきたような不気味さだ。彼は、娘の顎を指でなぞりながら続けた。

 

「驚くことはないのだよ。お前みたいな若い女は、高あい値段がつく。この国の女は、なにせ異国では珍しいからねえ。高く買ってくれるお客がいるという寸法だよ。わかるだろう?」

 

 娘の瞳に絶望の色が浮かび上がり、ついに大粒の涙が零れ落ちる。それを見て商人と侍はニタニタ笑い合うのだ。

 

「まあそう心配しなさんな。この薬があれば、すぐに気持ちよくなるからねぇ」

 

 そう言って商人は懐から小さな壺を取り出した。中に入っているのは何やら黒い粒状のものだ。それを小指の先に取り出し、娘の目の前にかざした。娘は涙を流しながら顔を背けるが、無理矢理頭を固定される。口を無理やりこじ開けられ、中に押し込まれる異物。

 

「さあ、飲み込むんだ。ほら、早く!」

「んぐぐっ……!」

 

 喉奥まで指を突っ込まれ、苦しさにもがく娘。涙と鼻水を流しながら、彼女は必死に抵抗した。しかしやがてそれも虚しく終わり、彼女の喉が動いた。涙はますます溢れるばかりである。

 

「ほほほ、若い娘さんは素直でよろしい」

「ひいい……」

 

 娘は悲鳴を上げた。体が熱くなり始め、下腹部の、奥の方が疼き始める。視界が少しずつ薄ぼんやりとなり、まるで水の中にいるかのように何もかもが歪んでいく。

 

「もう効いてきたようだね。これから、すーっと楽になるからね」

 

 商人はそう言うと娘から離れた。娘の目つきが虚ろになり、全身が弛緩して、床の上に崩れ落ちた。着物の裾が大きく乱れはじめ、白く柔らかそうな太腿が露出する。腰のあたりがぴくぴくと震え、彼女の肉体に変化が起き始めたことを知らせた。

 

「あ……あ……あ……あ……あ……あ……!」

 

 呼吸が荒くなり、頬が紅潮しだす。目は潤みを帯びて蕩けだし、口元からはだらしなく涎が垂れていく。その様子を見て満足そうに頷いた後、商人は言った。

 

「お味見なされますかな? なあに、南蛮人の盆暗どもは、少しくらい男に抱かれた女のほうが良いと申しますから。ささ、どうぞご遠慮なく」

「ほほう……生娘だが頭の中は夜鷹並みとは、面白いではないか。どれ、一ついただくとしよう」

 

 侍も下衆びた笑いを浮かべつつ近づき、娘の体を弄びはじめた。白い首筋を舐め上げ、裾をまくり上げて尻を撫でまわす。男の太い指が柔肌に食い込み、娘の尻を蹂躙した。それだけで娘の体は反応してしまう。

 

「うぅん……あぁ、あはぁ……んっ」

 

 甘い吐息を漏らす娘に興奮しきった様子で、侍は帯に手をかけた。しゅるりと衣擦れの音がし、胸元が開かれて乳房がこぼれ出る。乳首は既に固く尖っており、桜色の蕾のようだ。男がむしゃぶりつき舌で転がすと、少女はさらに激しく悶える。

 

「ふふふ……感じておるようだな」

「ああ……これ以上は許してくれん……」

 

 恐るべき薬の効果が、彼女を苛んでいた。娘の運命は、この世の生き地獄に続いている。薬の影響下でただ一度でも男に貫かれたが最後、真っ当な人間としての尊厳など完全に失われてしまうのである。

 侍が、娘にのしかかった。

 

「くくく、案ずるな。薬さえあれば何も怖くはないのだから」

 

 娘の衣服を引き裂き、生まれたままの姿にする。白磁のように滑らかな肌が露になった。まだ生娘で男を知らぬであろう秘部は綺麗な桜色をしている。侍はそこに顔をうずめ、執拗に舌で責め立てた。唾液によって卑猥な水音が鳴り響き、娘を羞恥で狂わせる。

 

「おっ、おおおっ、だめぇっ! そがんところばねぶらんでぇ!!」

 

 激しい快楽に翻弄されながらも、娘は必死に逃れようとする。しかし拘束されている以上それは叶わず、されるがままだ。

 男は舌を離すと娘の陰核に吸い付いた。包皮に包まれた敏感な突起を舐められ吸われ弄ばれたことで、娘は悲鳴のような声を上げる。

 

「ひうっ!?」

 

 鋭い快感が電流となって背筋を駆け上がる。あまりの刺激の強さに娘の目が大きく見開かれた。だがそれでも容赦なく攻めたてられる。彼の指技に翻弄されるまま娘は昇りつめていった。

 

「あ……あああ……ああっ!」

 

 びくん! びくびくっ!!

 背中を大きく仰け反らせながら絶頂を迎える娘。卑劣な男たちの前で痴態を晒してしまったことに絶望感を覚えつつも、肉体を支配する甘美な痺れには逆らえない。

 

「おお……これは凄いぞ……! こんな淫らな体で外を歩こうものなら即座に襲われようほどに淫乱よ」

 

 侍が感嘆の声を上げた。絶頂の後ぐったりと脱力していた少女であったが、その声を聞いて慌てて身をよじり逃げようとする。だがもちろん逃げられるはずもなく、再び押さえつけられた。

 

「ひぃぃっ!? いやぁっ! ああぁぁっっ!!!」

 

 もし肉槍を突き立てられれば、その瞬間、娘は偽の極楽に旅立つだろう。そして、肉の人形として弄ばれることになるのだ。もはや彼女には、ひとかけらの希望も残されていない。

 

(ああ、太助さん、お英ちゃん、さようなら……)

 

 快楽の沼に溺れながら、心の中でもがく。娘の脳裏に浮かんだのは、昨日町で出会った若夫婦であった。彼女を暴漢から助け、親身になって身の上を案じてくれた彼らに、この地獄から連れ出して欲しかった。

 それが叶わぬ願いだということは、よくわかっていた。この長崎で、豪商たちに逆らえるものなどいない。

 

(ごめんなさい……)

 

 心の中で呟くと同時に涙が一筋こぼれ落ちた。もう二度と会うことはないだろうけど、せめて二人の幸せを祈ろう。

 そんな思いを抱きながら意識を手放そうとした、その時──。

 

「そこまでだ」

 

 凛とした、男の声が座敷に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆大江戸捜査網    

   ハーレム・サムライ◆

 

第七回 長崎の鬼

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様ら、恐ろしい薬を使ったな。アヘンを煮詰めた、人間を壊す薬を」

 

 その声には、刃物のような鋭さと冷たさがあった。姿は見えない。目も耳も、全てがぼんやりと霞んでいる。娘には、どこか遠い世界の出来事のようだった。

 

「誰だ貴様ら!」

 

 商人の声だ。続けて、侍の怒鳴り声。

 

「狼藉者が! この儂を薩摩藩・長崎居役、佐久間半平太ぁ、とお、知ってのことか!?」

 

 先程まで娘を嬲っていた侍は、佐久間というらしい。上ずって震える声。

 それに対して啖呵を切ったのは、女の声。

 

「知ってのことかだあ? 舐めんじゃねえ! 知るから来たのさ。悪党どもを三途の川にぶち込むためにね!」

 

 その声は低くドスが利いているものの、まだ年端もいかぬ少女のものと思われた。

 ふと、娘の顔に誰かが触れた。また別の少女の声。澄みあがって悲しいほど美しい声だ。

 

「怖かったね。もう何も心配しないで」

 

 哀れみからか、声は優しく語り掛け、娘の口に何かを含ませる。何か返事をしようとしたのだが、舌がうまく回らない。それになんだかとても眠かった。瞼を開けていられないのだ。

 

「おやすみ。目が覚めたら、家に戻ってるからね」

 

 再び少女が囁いた。それは慈愛に満ちた聖母の囁きのようでもあり、死を誘う天使のささやきでもあるように思われた。

 

(まりあ様……?)

 

 そのまま意識は薄れていく。眠りに堕ちる直前、娘の耳に勇ましい名乗りの声が届いた。

 

 

「隠密同心、十文字お雪!」

 

「同じく、出楠太一郎」

 

「鼠小僧次郎吉の娘、女ねずみ!」

 

 

「お、隠密同心…………? で、出合え出合え!!」

 

 どかどかという足音。嵐のような剣戟の音。悲鳴と怒号が次々に上がる。だが、それらが娘の耳に届くことはなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 翌日、長崎の町に流れた噂話。

 

「聞いたね、薩摩ん佐久間様が、昨日お屋敷でお亡くなりとか」

「おう、何でんひどか有り様だそうやなあえ」

「噂じゃ部屋に火ば放って自害なさったそうばい」

「えすか(恐ろしい)ことばいまったく……いったいどがん悪かことばしたんやろうねぇ?」

「いやなに、たいしたことやなかね」

「なんね?」

「実はあんお方、最近人売りに手ば染めたとか」

「人売り? まあ、確かに大した事やなかね」

「やろう? ちんちょう(珍しく)もなか事だが、なして腹なんか切ったんやろうねえ」

「……ちょっと聞いたんやけどよ、なんでん、江戸表から怖ぁいお侍さんがやってきて、そいつば成敗してん話だぜ」

「まさかそがん……ばってんそいつはおっかねえな」

「ま、おいたち庶民にゃ関係なかこったな」

「そりゃそうやなあ」

「それよりよ、どがんな一杯、ぶどう酒でも……」

「おおよかねえ……」

「……うぃ~……」

 

 

 ◆◆◆

 

 びゅう、と風が強く吹いた。

 

「風が身に染みて、かなわねえな」

 

 この年、長崎の秋は例年になく寒かった。町人に化けた太一郎も、寒さをこらえきれず上着を着込んでいる。

 町外れの丘にある寺院を出たところだった。太陽は真上に輝き、空は秋晴れ。しかし空気だけは冷たく乾き切っていた。

 丘の上からは町の様子がよく見渡せる。港には大小様々な船が停泊しており、その周りでは男たちが荷運びを行っていた。彼らが運ぶ異国の荷を、長崎奉行所の指揮で地役人たちが改めている。

 

「なんだい、いい男が情けない。しゃんとしなよ兄貴」

 

 隣を歩くお雪は、風にも負けず平然としたものだ。彼女はおきゃんな着物の上から赤い首巻き(マフラー)を巻き垂らし、カラコロと下駄の音をさせながら歩いている。その姿は爽やかささえ感じさせて、快活なお雪の気性には良く似合っていた。

 

「お雪ちゃん、寒くないのかい?」

「いいや? ちっとも」

 

 その仕草や言葉遣いは少々男じみているが、お雪は整った顔立ちの美しい少女だ。さらりと流れる黒髪は、背中の中ほどまで伸びており、それを後ろで束ねている。特に魅力的なのは目で、一流の木彫り職人が丹精込めて彫り上げたような美しい形である。きりっとした眉の下で、鳶色の瞳が輝いていた。

 

 〈特に笑顔の時がいい。この娘は、お天道様のような笑顔を見せてくれる〉

 

 周りに人がいないからか、太一郎はついそんなことを考えてしまう。

 太一郎は十八で、お雪は十四。江戸を離れて、既にひと月が経っている。加えて、お雪は太一郎への好意を隠しもしない。二人が男と女になるのも、そう遠いことではないかもしれない。

 

「なんだよ、太一郎兄貴。人の顔をジロジロ見て。もしかして惚れ直したのかい?」

 

 冗談っぽく言って、お雪が笑う。太一郎は少し赤くなった。

 

「馬鹿、御役目で来てるんだぜ? そんなこと考えていられるかい」

 

 太一郎は慌てて答えた。本当は図星だったが、それを認めるわけにはいかなかった。

 太一郎の反応に気をよくしたのか、お雪は悪戯っ子のように笑い出す。

 そんな二人の様子を見て、クスクスという笑い声が上がる。一緒にいたお英だった。

 

「二人ともさあ、おいらの前でいちゃつくの止めてくれないかなあ」

 

 楽しそうに、少年のような口調で話すお英は、洋装に身を固めていた。

 長い睫毛のぱっちりした目は緑の色をしていて、まるで西洋人形のようだ。銀に近い薄い金髪(プラチナブロンド)は旅の途中に少し伸びて、彼女のうなじにかかるくらいになっている。

 西洋の愛らしいシャツに、茶色のスカート。足には革のブーツを履き、手には黒い手袋をはめていた。江戸ではまず有り得ない、異人であることを強調する服装だが、この長崎ではむしろ自然な装いである。

 江戸で美女を見慣れた太一郎の目にも、今のお英は可憐に映る。芳紀十六歳、知り合った頃の少年じみた印象はすっかり消えて、娘盛りの雰囲気が漂っている。それでもやはり、笑うとまだあどけないところがあり、そこがまた魅力的であった。

 

「なんだいお英、妬いてるのかい?」

 

 お雪の言葉を受け、お英は冗談めかして言う。

 

「そうだよう。おいらだって女らしい恰好なのに、たいちろーはお雪のことばかり見てるんだもの」

「悪かったよ、お英ちゃん」

「謝るならちゃんとこっち向いて言ってくれないとねえ」

 

 お英はそう言ってくすくすと笑う。

 するとお雪も切り返す。その手は、自然にお英の腰に伸びている。

 

「そうかい、じゃあ今夜あたしが可愛がってやるよ。兄貴のことなんか忘れるくらいにね」

「できるかなあ? だってお雪、夜はすぐ寝ちゃうじゃないか」

 

 二人は楽しげにじゃれ合う。その様子を微笑ましく眺めながらも、太一郎は内心穏やかではなかった。

 二人は初めて出会った頃とは比べ物にならないほど親密な様子である。いい仲、しかも相当深いところまで行っているのではないか。

 太一郎は江戸を発つ前、女房であるジェニファーから、お英が自分に懸想していると聞いた。お雪も肯定的な言葉を口にしていた。船旅で女日照りだったこともあり、娘らしさを増していくお英に邪まな感情を持ったことも、一度や二度ではない。

 

 ところが、娘二人のほうが怪しげな雰囲気を深めている。

 

 こつんと、足元の小石を蹴り飛ばす。考えてもみれば、自分はお英について深く知らない。身の上話は聞いたし、純朴で無邪気な娘だから、つい知ったような気になっていた。だが、それは思い上がりなのかもしれない。

 

 俺は本当に惚れられているのか、それとも。

 

 そこまで考えてしまい、慌てて打ち消すように首を振る。まるで気が抜けている。美樹と祝言を挙げる前のような、あるいはジェニファーで女を知る前のような、餓鬼くさい思いに囚われている。隠密同心として、恥ずべきことだ。

 

「兄貴!」

 

 不意に声をかけられ、我に返る。気がつくとお雪の顔が間近にあった。鼻と鼻が触れ合いそうな距離に顔がある。

 

「っ! なんだ、どうした!?」

「いや、急にぼうっとしだしたからさ。大丈夫?」

「ああ……すまん」

 

 それだけ答え、すぐに顔を背ける。心臓がばくばくと脈打っていた。

 

「まったくもう」

 

 お雪は呆れたようにそう言うと、太一郎の手を取った。そして指を絡め、そのまま手をぎゅっと握る。ひんやりとした感触が心地よい。

 そのまま歩き出したので、太一郎も手を引かれて踏み出す。横に並ぶと、彼女は上目づかいで見上げてきた。視線が絡み合うと、にっこりと微笑む。それはいつもの快活さとは違う、妖しい艶を含んだ笑みだった。

 

「あたしは、いつでもいいよ」

 

 お雪はそう言った。何がい(・)い(・)のかは言うまでもないだろう。思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「でも、今はしゃんとおしよ。〈黒いデウス〉の尻尾を掴むまではね」

 

 そう言って、お雪が寺院を見上げる。元はキリシタンの寺院であったのか、十字架こそ破却されているものの、西洋建築の名残がある。中からは僧侶の念仏が聞こえるが、戦国の世にはデウスを讃える歌が響いていたのだろうか。

 

「ここも空振りだったねえ。やっぱり、天草か島原にいるのかしら」

「いや、そうは思えねえ。奴らが御大名や御旗本から貢がせた金子は、十万両を超えているんだ。とても天草や島原なんぞで使い切れる額じゃねえ。必ず、この長崎に奴らの手足が潜んでいるはずだぜ」

 

 そう答える太一郎の表情は厳しい。隠密同心としての経験が、自然と意識を鋭くしている。そんな太一郎の様子を見て、お雪は頼もしそうに笑った。

 

「そうそう、兄貴はそうやって怖い顔してるほうが似合うよ。男っぷりが上がるってもんさ」

「……ったくよく言うよ。お雪ちゃんが一人で〈黒いデウス〉の延命寺に乗り込んだと聞いた時には、心臓が止まるかと思ったぜ」

「もう、それは言いっこなし。ちゃんと反省してるってば」

 

 そう言って妙に愛らしい仕草で舌を出すお雪。

 軽口を叩く妹分に苦笑しつつ、思考を切り替える。〈黒いデウス〉が恐ろしいのは、手口の想像がつかないところだ。

 大名家や旗本から金をせしめた時は、おりんという女が暗躍していた。おりんは暗示術により武家の子女を虜にし、意のままに操った上でその家の財産を搾り取るという恐るべき女だ。事実、伊勢亀山藩の若君は三人の妻をおりんによって洗脳され、藩の金を使い込んだ挙げ句切腹したという。おりん自身は両腕を断ち切られて再起不能だと聞くが、同じことができる人間が複数いればどうなるか分からない。

 お英がひょっこりと覗き込んでくる。

 

「名前に『デウス』って入ってるのが、また厄介だよね。長崎の人はキリシタンの話をしたがらないし」

 

 その通りだ。長崎でキリシタンを話題にする事の忌避感は、太一郎たち江戸の人間には理解しがたい。

 デウスとは本来キリシタンの神らしいが、かつてキリシタンへの大弾圧が繰り広げられた長崎では、その名は禁句中の禁句となっている。

〈黒いデウス〉との関連もまるで見いだせない。実際に戦ったお雪の意見では、〈黒い〉という形容詞はむしろ神(デウス)を冒涜するために用いられている節もあるらしい。となると、ますます謎が深まるばかりだ。

 

「とにかく、ここであれこれ考えていても始まらないしさ。腹が減ってちゃ頭も働かないし、宿に戻って美味しいものでも食べようよ」

 

 なんとも気楽な様子でお英が言う。太一郎は苦笑しながら首を縦に振った。彼女は隠密同心ではなく、金と情でつながった協力者だ。時に暢気なことを言い出すのもご愛敬だろう。

 そう思った矢先、突然悲鳴が響き渡った。続いて大勢の怒号。

 

「行くよ、たいちろー、お雪!」

 

 言うが早いか、駆け出すお英。流石は義賊〈女ねずみ〉と言うべきか、弱いものに対する嗅覚は抜群だ。太一郎はすぐさま後を追うが、お英が速すぎて全く追いつけない。

 

「た、助けて! 誰かお助け下さい!!」

 

 悲鳴の主は、年若い一人の少年だった。身なりからして、おそらくは武家の息子。年のころはお雪とそう変わらないように見えるが、元服前なのか髪は髷を結っていない。日に焼けた浅黒い顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、着物も乱れている。

 少年は足をもつれさせながら走り寄ってくると、お英の足に取りすがった。

 

「母が! 私の母が、黒卍党と名乗る男たちに囲まれているのです! どうか、どうかお助けください!」

 

 少年の泣き叫ぶような声。そこでようやく、太一郎とお雪が追いつく。あまり人も通わぬ丘の中腹である。この騒ぎを聞きつけてやってくる者もいないようだ。

 見れば丘の上には、十数人の男たちが立っている。みな黒袴を身に着け、腕に卍の入れ墨を施している。

 過激な攘夷思想を掲げる異人排斥集団、黒卍党の構成員に違いあるまい。

 

「また黒卍党かい! 性懲りもなく……お英、お前は下がってな」

 

 苦々しげなお雪の言葉と同時、見るからに異人であるお英を見とがめて、黒卍党員たちが色めき立つ。

 

「てめぇら、この坊っちゃんの母親をどうした!?」

「ふん、知れたこと。異人女が侍の息子に親面してるから、ちょいと躾けてやっただけさ」

「異人女ぁ?」

 

 先頭にいた白鉢巻の頭目と思しき男が、一人の女性を引きずり出した。少年の母親と思われる中年の女は、浅黒い肌と彫りの深い顔立ちに、大柄で横に太い体型を備えていた。

 集団で殴られたのか、顔に青あざを作り鼻血を出している。それでも息子の姿を見るなり、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。

 

「忠太郎!! ああ、よかった……! 無事だったのですね……!」

「かあさまぁ……」

「行っちゃ駄目、忠太郎。あの二人に任せて」

 

 お英が少年を抱えて後ろに下がった。少年はじたばたと暴れるが、お英の腕力でズルズルと引きずられていく。

 

「おい、お雪ちゃん。あの母親、恐らく呂宋(ルソン)辺りから来た南洋人だぜ」

「へえ…………」

 

 太一郎が小声で囁くと、お雪が得心したように頷く。その目じりがぐいと吊り上がり、どう猛な怒りの炎が灯る。

 まずい、と直感した。お雪の美点にして最大の欠点は、悪を憎む心の熱さだ。悪人と見れば躊躇いもなく皆殺しにしてしまうような、そして自分自身も燃やしてしまうような、危うい正義感が彼女をつき動かしている。

 

「異人ってだけで…………親が子供に親面する事が怪しからんだって? 世迷言はあの世で言いな!!」

 

 言うなり、腰帯に挟んでいた短刀を抜き放ちざま投げつける。狙い違わず一直線に飛んだ刃は、今まさに腰の刀に手を伸ばさんとしていた男の肩に突き刺さった。悲鳴を上げて倒れる男の手から刀を奪い取ると、そのまま切り込んでいく。

 もはやこうなっては止めることなどできない。太一郎は手ぬぐいを拳に巻き、自らも飛び込んだ。

 

「野郎、くそったれめえぇぇ!!」

「こっちの台詞だ馬鹿野郎!」

 

 鬼の形相で切りかかってくる男の顔面に、右の拳を叩き込む。太一郎が得意のエゲレス武術だ。一撃で鼻骨を砕き昏倒させたところで、もう一人の顎をカチ上げる。脳震盪を起こした男はその場に崩れ落ちた。

 お雪の方はといえば、一対多数の乱戦にもかかわらず一歩も退かず奮戦していた。刀の扱いは槍ほどではないはずだが、まるで達人のそれのように鋭い刀筋を見せる。黒卍党たちも手をこまねいている訳ではないのだが、お雪の動きが速すぎるのだ。次々と倒れていく仲間に業を煮やしたのか、頭目の男が大声で叫んだ。

 

「てめえら、懐のもんを抜け! 構うこたあねえ、ぶっ放せ!」

 

 太一郎の顔から血の気が引く。

 

「拳銃(ぴすとろ)だ! 下がれお雪ちゃん!」

 

 黒卍どもが、一斉に懐から拳銃を取り出すのが見えた。火縄銃を切り詰めただけの短筒(もどき)とは異なる、細長い銃身の中折れ式単発拳銃だ。異国貿易御許しの土地は伊達ではないということか。

 

 身構えたお雪に、一斉に照準が合わされる。次の瞬間、轟音と共に無数の鉛玉が放たれた。

 それは一瞬の事であった。弾道を見切ったお雪が横っ飛びに飛び退いた直後、先ほどまで彼女の立っていた場所に弾丸が殺到したのだ。もし少しでも遅れていれば、蜂の巣になっていたに違いない。

 

「ば、化け物かこの女!」

 

 硝煙の臭いが鼻をつく。

 狼狽したような叫びとともに、第二射が放たれる。短筒とは比較にならぬ連射速度だ。今度は避けきれずに被弾しそうになるが、倒れていた黒卍の男を引きずり起こして盾にする。男は二発ほど銃弾を受けてしまったようだが、それでもまだ息があるようだった。

 

「ありがとよ、おっさん」

 

 それだけ言ってお雪は走る。再び距離を詰めようとするお雪に対し、男たちは距離を取って射撃を続けるしかないようだ。しかし、このままでは数で劣るこちらが不利になる一方だろう。

 ならばどうするか。太一郎は、倒れた一人から拳銃をもぎ取った。

 

「おりゃああっ!!」

 

 お雪が裂帛の声を発して突進する。その後ろから、太一郎が放った銃弾が黒卍の一人を撃ち抜く。

 

「ぎゃぁっ!! な、なんで町人風情が拳銃をッ!?」

「誰でも使えるから拳銃は恐ろしいんだよ」

 

 飛び上がったお雪の膝が、相手の顔面を打ち砕く。

 

「さん!」

 

 さらに空中で身体をひねって回し蹴りを放ち、二人目を地に沈めた。

 

「にぃ!」

 

 着地と同時に反転して、三人目の鳩尾に肘打ちを叩きこむ。

 

「いぃち!」

 

 最後の一人は、お雪の掌底を顎に受けて吹っ飛んでいった。これで、ほとんどを倒した事になる。残るは頭目のみだが──

 

「ちっくしょう、ふざけやがって!!」

 

 頭目は素早く逃げ去ろうとしていた。仲間を見捨てるつもりなのだろうが、太一郎の照準は既に定まっている。走る頭目の膝を狙って引き金を引くと、一発で命中させる事ができた。

 

「ぐああっ!!」

 

 足を押さえながら地面に転がる頭目のもとに駆け寄ると、頭目が取り落とした小刀を拾い上げる。太一郎はそれを大きく振りかぶると、躊躇なく振り下ろした。

 

「ぎゃぁぁぁぁああああ……あっ?」

「命が惜しいなら、黒卍だの攘夷だのほざくんじゃねえ」

 

 太一郎は頭目に馬乗りに跨り、首筋に刃を当てて言った。頭目の目が恐怖に見開かれる。太一郎は首の皮一枚だけを斬り裂きながら言った。

 

「分かったか?」

 

 凄む太一郎だが、流石に頭目は肝が座っていた。強がるように笑い、太一郎を睨み返す。

 

「……へへっ! 誰がそんな脅しに乗るかよ! この長崎はなぁ、俺達黒卍がいなけりゃ立ち行かねえんだ!」

 

 太一郎は、ほう、と呟いた。

 

「幕府のお偉方は賄賂で異人の言いなり、地役人だってそうだ! お前らみたいな余所者に何が分かる!」

 

 頭目は出任せで言っているわけではなさそうだ。目には怒りの炎が燃えている。事実はどうあれ、本気でそう思ってはいるのだろう。

 

「俺たちゃこの国のために戦ってるんだ! 殺したきゃあ殺せ!」

「殺したきゃあ、だあ?」

 

 殺したい。太一郎は殺したい。

 なぜなら、人殺しが好きだからだ。

 好きで好きでたまらないから、武芸を身に着け隠密同心になったのだ。

 

「ひ……」

 

 何を見たのか、頭目は引き攣った声を上げた。無理もない、太一郎の顔は笑っていたのだから。それも闘争の興奮によるものではない。快楽に期待するような、浅ましく卑しい笑みだった。

 

「だったら死ねよ。おれが殺してやるぜ……♥」

「……っ、…………っ!!」

 

 首に当てられた刃を押し返そうとするが、力が入らないらしい。やがて白目を剥いて気絶してしまった。

 

「ふん」

 

 太一郎は立ち上がり、小刀を放り捨てた。

 いつの間にか傍らにやってきていたお雪が尋ねる。

 

「仕留めなくていいのかい、兄貴」

「殴った蹴っただけで、いちいち殺すわけにゃあいかねえよ」

 

 お雪は太一郎の下半身に視線を這わせた後、倒れている黒卍たちの中から一番若いのを引っ張り起こす。

 まだ、少年だった。どうやら気を失っているらしく、ぐったりとしている。お雪はその頬を叩き始めた。

 

「おいこら起きな! あたしらは忙しいんだよ!」

「……う……」

 

 少年が目を覚ますと、お雪は容赦なく胸倉を掴んで締め上げる。

 

「おう、耳の穴かっぽじってよっく聞きゃぁあがれ。今ここで見た事は忘れな。一言でも喋ったり、仕返しに出たその時ゃあ、お前も、お前の親兄弟も、指先から一寸刻みにして長崎の港に蒔いてやるからね。分かったかい」

 

 お雪の口からは、脅し言葉が立て板に水とばかりに溢れ出てくる。腕前と恐ろしさを見せた後だけに、効果は絶大だ。少年は青ざめた顔でこくこくと頷いた。それを見たお雪はようやく手を離し、立ち上がった。

 

「じゃあ、仲間を起こしてとっとと帰りな。二度と半端に異人さんと関わるんじゃないよ」

「は、はい……!」

 

 少年は脱兎のごとく駆け出していった。お雪はそれを見送りながら嘆息した。

 

「ま、こんな事ばっかやってるとね。どうにも荒んでくるってもんだね」

「そう? お雪は怖い顔も素敵だよ」

 

 からかっているのか慰めているのか、戻ってきたお英がそう言った。武家の少年と母親を伴っている。

 母親は、ひしと息子を抱きしめて涙ながらに言った。

 

「ありがとうございます……! 何とお礼を言ったらいいのか……」

「構やしねえよ。災難だったな」

 

 太一郎の言葉に母親が頭を下げる。ただ、傍らの息子は這う這うの体で逃げていく黒卍共を睨みつけ、悔しげに歯噛みしていた。

 

「なぜ命を取らなかったのだッ、あいつらは異人というだけで母様を殴ったのにッ!」

 

 浅黒い頬を紅潮させて言う少年に、母親が慌てて叱り飛ばした。

 

「忠太郎! お礼も言わずになんてことを! それでもサムライの長男ですか!」

「っ……! サムライなどくそくらえです! 私がサムライの息子でなければ、母様だって殴られなかった!」

「ワタシの事などどうでもいいのです! お前さえ立派に育ってくれれば……!」

 

 母親は感極まったように我が子を抱きしめたが、忠太郎と呼ばれた少年はその腕を振り払った。そして改めて太一郎に向かって深々と頭を下げた。

 

「ご助力、感謝致す! それがしは浅見忠太郎、父の仇を追って、母と共に諸国を旅しておる!」

「こりゃあ、ご丁寧に。あっしは太助、そっちの娘っ子はお雪、それからお英でございます」

 

 忠太郎は顔を上げた。幼いながらも意志の強さを感じさせる瞳がまっすぐに見つめてくる。

 太一郎が町人に化けているためか、板についていない武家言葉でハキハキと喋る姿は微笑ましくもあった。

 顔を見合わせて微笑むお雪とお英に、忠太郎は再び頭を下げた。

 

「そなたらにも迷惑を掛けたな! かたじけない!」

「滅相もありません。お武家の跡取り様にそこまで丁寧な礼を言われるようなこっちゃありませんので、どうかお顔をお上げくださいまし」

「あ、いや、まだ跡取りではないのだが! しかし仇討ちを果たした後にはそうなる予定なのだ!」

 

 顔を上げて弁明する忠太郎を見て、娘二人が思わず吹き出した。

 

「傷の手当もしなきゃいけないし、良かったらおいら達の宿まで来なよ。お武家さんの口に合うかは知らないけど、美味い物を出してもらえると思うよ」

「そうか! それは助かる……???」

 

 改めてお英の顔を見た忠太郎が、ぽっと顔を赤くした。

 

「ん? おいらの顔がどうかした?」

「て、天使さま……」

「はい?」

 

 そう言って固まってしまった忠太郎の顔を、お雪は手で押しやった。

 

「はいはい。見惚れるのは結構だけど、まずは宿に行って怪我の手当てをしましょうや」

 

 そのまま忠太郎の背中を押して歩き出す。お雪の後をついていきながら、太一郎は思案気に眉を寄せていた。

 

(あの忠太郎……どこかで見たような顔だが……)

 

 思い出せず悶々としていると、ふと、お雪が振り向いて尋ねてきた。

 

「兄貴? どうしたんだい?」

「あ、ああ……なんでもねえ」

 

 適当に誤魔化してお雪について行くが、やはり何か引っかかるものがあった。首を捻りながら歩き続けるうちに、次第に記憶は遠ざかっていったのだが。

 

 

 ◆◆◆

 

 先導する三人の男女から少し離れ、忠太郎は母の手を引いていた。

 母は気丈に振る舞っているものの、その顔には疲労の色が濃い。それに気づいた時、不意に熱い物がこみ上げてきた。父に代わって、母を守らねば。

 

「母様……もう大丈夫ですからね」

「ワタシなどよりも自分の心配をなさい」

 

 優しく頭を撫でられる。母が優しい笑みを浮かべるのを見て、涙が出そうになったが何とか堪えた。

 

「私は平気ですよ! 母様が無事でよかった!」

 

 努めて明るく言うと、母の顔に安堵が浮かぶ。二人は手を繋ぎなおして再び歩き出した。

 

(そうだ……私は、母様を守らなければ。父の仇、出(・)楠(・)太(・)一(・)郎(・)を討ち果たし、跡取りとなって母様を家に迎えるのだ……!)

 

 その決意に嘘はなかった。少なくとも、この時までは。

 

(続く)

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