芳しい匂いが、部屋の中に満ちている。
「お
宿の女将がそう挨拶し、各人に椀が配られる。
お雪たちは、旅籠で
お雪が椀に口をつけるのを真似するように、忠太郎も恐る恐る啜った。忠太郎の母、サマンサは息子の様子をにこにこしながら見守っている。
「ん~、これが長崎の卓袱料理かあ。大きな机を皆で囲んでの食事とは、いかにも異国風だね」
「お味ん方はいかがでございましょうか」
珍しい魚の湯引きを平らげたお雪に、女将が問いかける。お雪は箸を置いて微笑んだ。
「美味いよ、女将さん。お江戸に店を出したら流行るんじゃないかと思うくらいさ」
お雪が褒めると、隣のお英も深く頷いて同意した。
「おいらもそう思うよ。それにこのカスドースっていうのも美味しいね。初めて食べたよ」
カスドースとは、"かすていら"の加工品である。鶏卵の液に漬けて油で揚げた後、さらに砂糖をまぶすという菓子だ。見た目こそ黄色く素朴なものだが、ふくよかな鶏卵の味わいと、どっしりとした甘さがたまらぬ逸品である。
江戸では中々手に入るまい。お雪としては本多のお殿様に食わせてやりたいと思うくらいだ。
女将はありがとうございますと一礼し、次の料理を準備しに下がっていった。
「……それで、先ほどは危ないところを助けていただきましてありがとうございました。おかげでこうして無事に過ごすことができております」
茶を飲み終えたサマンサが姿勢を正し、深々と頭を下げた。隣で忠太郎も同じように頭を下げる。
サマンサは、呂宋から阿蘭陀船に乗ってきた芸人だったという。本妻との間に子供がなかった忠太郎の父に見初められ、長男である忠太郎を産んだらしい。
「とは言え、ワタシは異人でございますから、本宅には入れてもらえず。旦那様は大事にして下さりましたが、それも長続きはしなかったのでございます」
忠太郎の父はある藩の重役だったが、江戸で侍に斬られたと言う。最大の庇護者を失ったサマンサと忠太郎の立場は、危ういものとなった。
「なにしろ、忠太郎は長男です。この国では長男が家の財産や家督を継ぐ決まりがあるとか。忠太郎が家を継いだなら、異人であるワタシに家を乗っ取られる、と。奥様はそう考えて……」
「あの女は、私と母様を追い出したのです! 体よく仇討ちを押し付けて、邪魔になった私たちを殺そうとした!」
激昂する忠太郎の背を、サマンサの手がそっと撫でる。怒りを抑えきれない息子に対して、サマンサの表情は穏やかなままだった。
「でも、お前は今ここにいるわ。生きていてくれてありがとう」
親子の間では、何度も繰り返されたやり取りなのだろう。その声音には確かな愛情があった。
そんな二人のやり取りを眺めながら、お英とお雪は顔を見合わせた。
(なんだか、聞いたような話だよね。子供のいない本妻と、異人の
(言うなよ、せっかくいい話でまとまってるんだからよ……)
お雪も思うところがないわけではない。自分もまた、父がない故に過酷な修行を課された子供だったからだ。
とは言え、それは過ぎ去った過去ゆえの共感に過ぎない。それよりも気になることがあった。
「江戸を出て、二年目のことです。豊前でようやく、仇の名を掴みました」
出楠太一郎。それが忠太郎の父を殺した仇なのだという。
十中八九、お雪が兄と慕い色めいた感情を向けるただ一人の男、隠密同心・出楠太一郎に相違あるまい。
(お英、兄貴はどこ行ったんだよ)
(煙草を吸うから、食事は他で済ませるって。無理ないよ、自分が斬った悪党の家族と食事なんて)
言うまでもないが、隠密同心の御役目を受ける者が、誰の恨みも買わないなどということはあり得ない。悪と戦う限りにおいて斬り捨て御免、限りのない人殺しの許可を与えられている。人生の裏道に身をやつし、明日という日を持たない影の侍。隠密同心とはそういうものだ。
とは言え、太一郎の場合は少し事情が異なる。はっきりと聞いたことはないが、太一郎は人殺しを好んでいる。三年の間、相棒として共に修羅場をくぐってきたお雪である。聞かずとも、血煙に濡れる太一郎の顔を見ればわかる。彼は、お雪には到底理解しえぬ人殺しの恍惚を、股ぐらに隠しているようだ。
お雪は、皿から果物をつまみつつ尋ねた。
「サマンサさんはこれからどうするんだい?」
「はい、ひとまず長崎で芸をして、お金を稼いで……それからのことは決めておりませぬ」
サマンサは少し寂しげに笑った。彼女の中では答えは決まっているのだろう。しかし口に出すことは憚られたに違いない。忠太郎が意を決したように口を開いた。
「母様がどう言おうと、私は仇討ちをやりとげます。母様と大手を振って浅見の家に戻れるように」
「忠太郎、無茶を言うものではありません」
「いいえ! 私は必ずや父様の無念を晴らす! そして母様を幸せにするんです!」
母の制止を振り切って忠太郎は立ち上がり、拳を握って天を仰いだ。
「私の名は浅見忠太郎! いずれ浅見家の当主となる男です!」
「まあまあ……そう逸りなさんなって」
思わずお雪は苦笑いした。若いというのは良いことだ。勢いがありすぎるのが玉に瑕だが……いや、これは若さというより幼さだろうか。お雪が言うのも妙な話ではあるが。
ともかく今は彼を止めるべきだろう。客観的に見て、忠太郎が太一郎を討てる可能性など、万に一つもない。年の割に体格は良いが、それだけだ。剣術の心得はなさそうだし、なにより実戦経験が足りていないだろう。そんな人間を送り出すわけにはいかない。
お雪は小さくため息を吐いた。
「なあ、お英。この坊っちゃんをどうやって……お英?」
「お英さんなら、先程出ていかれましたよ。太助さんに会いに行くって」
「あ、あのアマ……」
どうやら出し抜かれたらしい。お雪は憮然として、お英の取皿からカスドースを一つつまんだ。
◆◆◆
長崎の民謡に、『ぶらぶら節』なるものがある。
♪ 遊びに行くなら 花月か中の茶屋
梅園裏門たたいて 丸山ぶらぶら
ぶらりぶらりと いうたもんだいちゅう
そこに唄われる『丸山』は、長崎を代表する色街だ。大本はポルトガルの船乗りを歓待するために造られたそうだが、次第に遊女たちの園へと変貌していった。今では九州のみならず京大坂からも多くの女がここに集うという。
旅籠を離れ、太一郎の姿はそこにあった。組み敷いた女郎が、切なげに身をよじらせている。
「ひ、あっ……旦那ぁ……っ」
上方訛りの女は必死に唇を噛み、声を殺している。
「我慢するな」
太一郎は優しく声をかけた。二人の吐息が混ざり合い、夜の闇に溶けて消える。
女の白い足が宙を蹴るたびに行燈の明かりが揺れる。薄暗がりの中に浮かび上がる白魚のような足指を見ていると、なぜか心がざわついた。
「あんっ、あふっ……旦那の魔羅、ホンマにすごいわぁ……」
「お前も最高だよ。こんないい女は初めてだ」
心にもない事を言いつつ、太一郎は女の足指を一本ずつ口に含んだ。女体がびくりと震え、肉襞が収縮する。快楽を感じているのだ。
舌を動かすたび、足の指が開いたり閉じたりするさまが愛らしい。やがて辛抱できなくなったのか、女が自ら腰を振り始めた。
「あっ……かっ堪忍して、あぁ、あっ、あひぃ、あんんんんっ! んっ……!」
女の声は甘美だった。まるで脳髄がとろけるような錯覚を覚えるほどに。もちろん実際にとろけているのは女のほうで、太一郎はといえば冷静そのものだ。
ゆっくりと腰を動かしながら、今度は唇を奪う。歯列をなぞり、舌を絡め合ううちに、いつしか腰の動きが激しくなっていった。
「んんーっ!! ん゛ーッ!!」
くぐもった嬌声とともに絶頂に達したのだろう。びくびくと痙攣しながら身体を仰け反らせる。膣内が激しくうねり、精液を搾り取るようにうねった。太一郎は低く呻き、男根を引き抜いて射精した。
「あづいっ! 熱いよぉぉ……こんなにいっぱい出されてもうたら……ウチ、おかしくなってまうよぉぅ」
「ああ、好きなだけ狂うといいさ」
懐紙を取り出し、軽く拭った後、女の横に身を投げる。そのまましばらく余韻に浸っていると、女が上体を起こした。
「ねぇん、だんな、名前はなんちゅうの? ウチ、すっかり旦那の虜になってもうて……」
「太助だ。相模無宿の遊び人、太助さ」
いつもの偽名である。本名を名乗るのは危険な稼業だ。
「太助さまぁ……初回からこんなに女を狂わすなんて、今まで、どこの女郎衆を迷わせとったん? 罪なお人……」
「馬鹿野郎、俺を誰だと思ってるんだ」
くすくすと笑う女の髪を撫でた。柔らかな髪が指に絡みつく。
豊満な乳肉を揉みほぐすと、女はまた小さく鳴いた。可愛らしい反応に気を良くし、首筋に舌を這わせるとくすぐったそうに身を捩る。
ふと悪戯心を起こした太一郎は、女の首筋を強く吸った。白い肌に赤く痕が残る。女は困惑しながらも顔を紅潮させた。
「やぁぁん……あかんよ、
「いいじゃねえか、間夫なんか捨てちまいなよ」
太一郎は戯れに、女を屈服させようと試みる。
「はうぅ、すっ吸わんといてぇ……」
涙声で懇願されても止めるつもりはない。わざと音を立てて女陰をくじり、羞恥心を煽るように乳房にも愛撫を加える。膣壁を擦るように指を動かすと、女が甘い声を上げた。先ほどよりもさらに熱く潤んでいる。
「あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ だめだめだめ……!」
拒絶の言葉とは裏腹に、太一郎の動きに合わせて腰が動いている。時折思い出したように歯を食い縛るものの、すぐに喘ぎ声が漏れ始める始末だ。もはや限界が近いのだろう。
「やっ、あぁっ!? なんでぇっ!?」
絶頂を迎えようとする直前で手を緩めてやると、女の身体が弓なりに反り返った。寸止めされて息を荒らげる様子はなんともいじらしい。太一郎は再び秘所に指を差し入れた。
「やぁっ! もぉっイクっイックっ、イぅぅっ……」
絶頂寸前で刺激をやめると、女は腰を踊らせて刺激を求める。眉をヘの字にして快楽を請う姿は愛らしくすらあった。
「お願いっお願いやからっ、イカせてぇっ!」
「駄目だ」
冷たく言い放つと、女は涙を浮かべて太一郎を見上げた。
「そないないけずなこと言わんで……! もっとシてぇや……ウチイキたいんや……!」
哀願の言葉を耳に心地よく聞きながら、太一郎はそっと女の頬を撫でた。一瞬で女の表情が蕩けきる。その表情を見て満足げに笑いつつ、乳を満遍なく揉みほぐす。それだけで女は陶酔しきっていた。
この様子、そろそろ頃合いだろう。そう考えた太一郎は、女の耳元に口を寄せて囁く。
「いいかい、お前は今日から俺の女だ。間夫なんか捨てちまえ」
女はぶるりと身体を震わせた。どうやら軽く達してしまったようだ。呆けたような表情を浮かべながらもこくこくと頷いている。
「ぁ、ぁ……旦那、旦那ぁ……」
恍惚とした表情で尻を物欲しげに振ってみせる女に、再び怒張した男根を押し当てる。
「ふぁぁああああっ……♡ はよ、はよう……♡」
焦らすように擦り付けながら問いかける。
「どうされたい?」
「ぁ、奥ぅ……奥までズブズブ突いてほしいねん……旦那の太いのでメチャクチャにしてほしい……」
涙でいっぱいの瞳には、期待の色が浮かんでいた。淫蕩な笑みをたたえた表情からは、理性が失われていることがわかる。太一郎はほくそ笑むと、ゆっくり静かに挿入した。
「早うして、意地悪せんで、はよぉウチを狂わしてぇ……♡」
媚びきった猫撫で声。
太一郎はそれに応えるべく動きを速めた。ねっとりと濡れた肉襞が絡みつき、極上の快感を与えてくれる。
「あぁ……おっ、あはぁあっ……♡ あっ……♡ あっ♡」
だらしなく舌を突き出し、涎を垂らしながら喘いでいるその姿は見るに耐えない。だが太一郎はむしろ興奮していた。嗜虐的欲求がむくむくと湧き上がってくるのを感じる。この女を徹底的に貶めてやりたいという欲望が沸き起こる。一度動きを緩めてやった。すると、女は泣きそうな顔になった。物足りないのか切なげに腰を揺らし続けているあたり、相当飢えているのだろう。
「あっ……なんでやめてしまうん……?」
「俺がまだ楽しんでねえだろうが」
言いながら結合部を指でなぞってやると、女はひっと小さく悲鳴を上げた。おずおずと腰を動かし始める。その様はさながら発情した犬のようだ。腰の動きを合わせながら太一郎は言った。
「おいおい、へっぴり腰じゃいつまでたってもイケねえぞ? ほらちゃんと自分で動いてみな」
「……こ、こない? こんでええの? こう? あんっ、気持ちええっ……旦那の魔羅最高やぁ……♡」
女の腰使いはなかなかのものだった。抜き差しのたびにぐちゅぐちゅと水音が響く。それを恥じ入る余裕もないのか、一心不乱に大腰を振って快楽を貪っているさまはいっそ哀れですらある。
「あ゛ー……お、おくまできとるぅっ……♡ すご、しゅごいぃ……っ! あぁーっ!!」
大きくのけぞったかと思うと、ぐったりと脱力して動かなくなった。どうやら絶頂に達したらしい。荒い呼吸を繰り返すばかりで微動だにしない女を抱き起こし、平手で乳をひっぱたく。
「休んでんじゃねえ。さっさと動け」
「ひゃっ、あ ゙っ、あ ゙っ、あ ゙ーっ……堪忍してぇ……♡ ええのう、ええのんよう、あ ゙ーっ……♡ あ ゙ーっ……♡」
女は許しを乞いながら、尻の動きを再開する。亀頭に絡みつくような締め付け具合。そして何よりこの乳だ。乳首を掴んで乱暴に揉みしだくと、女は歓喜の声を上げて泣き叫ぶ。
「ひぐぅうう~っ!! ふ──っ♡ ふーっ♡ ふーっ♡ くうぅんっ♡ ひぃんっ♡ あへぇええぇ……♡」
絶頂に達しかけているのだろう。痙攣するように震えているが、まだ完全に上り詰めてはいない様子だ。そこで動きを止めてみれば、途端に女が焦れたように尻をくねらせ始めた。
「ああっ、いややぁっ、そんな殺生なぁ……イキたい、イキたいぃっ……!」
「だったら上手におねだりしな。俺とお前の間夫、どっちがいい男なんだ?」
女がぐっと言葉に詰まった。逡巡するような表情を見せた後、意を決したように口を開く。
「んっ……旦那さんの方がずっと素敵です……あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ 旦那さんの逞し、たく、逞しい、たくまっ」
「言えてねえぞ、やり直せ」
乳首をつねり上げながら言うと、女が悲鳴をあげた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに媚びるような笑みを浮かべて見せた。
「んんっ、旦那さんの逞しい魔羅、魔羅さま、すごいですうっ……太くって硬くって立派な魔羅さまぁ……こんな素敵なお人おらんよぉ……ああっダメッイクイクイッちゃ……!」
「ダメだっつってるだろ」
また動きを止めた途端、女は半狂乱になって腰を振り立てた。まるで獣のように叫びながら悶えている。
「いやああぁっ……! お願いイかせてぇっ! もうあかんのっもう我慢出来へんからぁ! もうあかんよおぉ……! お願いやからっ! なんでも言うこと聞くからぁっ! 旦那さんが一番や! 日本一やからぁ!」
泣きながら懇願する女に満足したのか、ようやく太一郎が動いた。女をひっくり返し、後ろから責め立てる。激しい抽送に女は獣のような声で叫んだ。
「ああああっ♡ 激しゅうしすぎっ……! だめぇっ、ほんまにあかんよぉ……! 壊れるっ壊れてまうよぉぉっ!」
「それが好きなんだろう? ほら、こんな突き方はどうだ?」
女陰を深く抉るように突き上げ、そのままゆっくりと抜いていくと、女は啜り泣くような声を漏らした。
「ふぇぇ……嫌やぁ……抜かんといてぇ……」
甘えるように縋りつく女陰から、男の体液が逆流してくるのが見えた。どうやら潮を噴いたらしい。女郎にあるまじき醜態だ。しかし太一郎はそんなことは気にせずに続けた。今度は子宮口を押し潰すように穿つと、女の身体が激しく痙攣し始めた。
「いぎぃぃぃっ……!! そこ、らめえぇぇぇっ……♡ ウチ女郎やのにぃっ……そこはアカンのよぉっ……ああ ゙ぁーっ♡」
女は土下座するように布団に突っ伏し、必死に敷布を握りしめていた。顔は紅潮し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。その姿を見下ろしていると自然と気分が高揚していくのを感じた。嗜虐的な気分になり、更に動きを速める。腰を叩きつけられる度に、たわわな乳房が激しく揺れた。
「やぁぁあっ……♡ 死ぬっ、死んでまうぅっ……♡ もうウチ死ぬぅぅぅっっっっ……♡」
「…………!」
死ぬ、という言葉を聞くと、太一郎は血液が逆流するような錯覚を覚えた。
「なら死ねっ! よがり死ねっ! この
怒鳴りながら一層強く腰を叩きつける。同時に肉芽を指で摘まみ上げた。
「あがっ……♡ イグゥっ♡ イグぅううぅぅっ♡」
絶叫しながら絶頂を迎えると女は絶叫しながら絶頂を迎えた。白目を剥きかけながら身体を仰け反らせ、口の端からは泡立った涎を垂らしている。だがそれでもなお男根を抜き差しすると、女は狂ったように身を捩った。
「あへっ♡ へへっ、ひっ、ひっ、ひっ、へひひひっ♡」
駄馬のいななきのような笑い声を発しながら、尻を上下に振ってみせる。その動きに合わせて膣肉が蠢いた。子種を求めているのだ。
だが、それに応えてやる気はない。代わりに女の背中に向けて精を放った。どくんどくんと脈打つ度、女は切なさげな声を漏らす。
「はへぇ……♡ 旦那ぁ、旦那ぁ……なんで子種出してくれへぇんのぉ……? ウチの中に出してぇな……」
蕩けきった表情でねだる女に一瞥をくれると、太一郎は畳んであった着物を取り上げた。袂から小判を一枚取り出して、女の掌の上に載せる。
「……ふーっ、お前さん中々大した役者ぶりだったぜ。さすが、音に聞こえた長崎丸山の女郎だ」
太一郎は感心したように言った。
「えへへぇ……」
褒められて嬉しかったのか、照れ笑いを浮かべる女郎。うっとりとした表情を浮かべながら、小判を握る。虚ろな目つきで小判に頬ずりする姿はどこか滑稽でもあった。
金を払い受け取れば、そういう事、になる。女の実がどこにあるかなど問題ではない。 そもそも、この女郎に間夫がいるかどうかさえ、確かではないのだから。
狐と狸だ。
「その小判で、間夫を呼んでやんな。喜ぶぜ」
「へ、へへ……毎度おおきに……おおきによ……」
一盗二婢三妾四妓五妻と言うが、嘘だな。美樹とジェニファーを思い出しながら、太一郎はそう思った。
一に女房二に女房、三四がなくて五に女房。太一郎の偽らざる気持ちであった。
◆◆◆
そろそろ夜明けだ。
ベタベタと甘えようとする女郎を追い出し、太一郎は窓を開けた。部屋の中にこもった情事の匂いが薄れ、新鮮な空気が流れ込んでくる。冷たい風が心地よい。
「ふう……」
煙管をくわえる。火種を探していると、窓の外から声がかかった。
「点けてあげよっか。お代は千両でいいよ」
「風が冷たいだろ、中に入れよ。あと千両は暴利が過ぎらぁ」
苦笑しつつ振り返ると、窓枠に腰かけて足をぶらぶらさせているお英の姿があった。
スカートの中から、ちらりちらりと筋肉質なふくらはぎが見え隠れしている。彼女は上半身の筋肉だけで跳躍し、天井付近で宙返りしてから畳の上に着地した。
ねずみと言うよりまるで猫のようだ。
「やっぱり気づいてたんだね」
「まあな」
女郎を抱いているときから気配を察してはいた。何を考えて、自分が女を抱いている間待っていたのかは、とんと分からなかったが。
「煙草、吸うか」
「止めとくよ。おいら、走るのが命だから」
お英はそう言って笑った。
それから左右を見渡したかと思うと、おもむろに押し入れを開き、中から煙草盆を出してきた。火打ち石を打ち下ろし、火花を
「よく分かったな」
「おいら、大泥棒の女ねずみだよ? これくらい朝飯前に決まってるじゃない」
煙管に火が灯り、ゆっくりと燃え始める。立ち上る紫煙が部屋を漂い始めた。座布団に腰を下ろし、煙を肺一杯に吸い込む。吐き出す煙が白く濁っていた。
「いい匂いだね」
「分かるか? 行きの船で、
「すごい、強いんだね……んふふ」
お英は太一郎の隣に座り込み、しなだれかかってきた。うるんだ瞳がこちらを覗き込んでくる。彼女の熱い息が顔にかかった。
(これはまずい)
としか、言いようがない。ここは遊郭で、太一郎はつい先程まで女郎を抱いていたのだ。否が応でも女体を意識してしまう。
洋装の下から十六の
太一郎は慌てて煙草をふかし、煙で顔を覆い隠した。それでもなお、お英の視線を感じてしまう。居心地の悪さを覚えつつも平静を装っていると、お英が囁いた。
「ね……たいちろーは、辛い? 自分を恨む人と会うのは」
「なんでい、藪から棒に……」
突然の問いかけは、あの忠太郎の事を指しているのだろう。
太一郎も思い出していた。かつて自分が御役目で斬った、忠太郎の父、浅見甚兵衛の事を。和泉国・岸和田藩の江戸留守居役を務めていた奴は、有り体に言えば外道だった。堺より困窮した異人を買い付けては、幕閣の大物に売りつけるという商売をしていたのである。忠太郎の母サマンサも、そうして売り飛ばされるところを、たまたま彼奴の目に止まったものであろうか。
「そりゃあ、辛くないと言えば嘘になるが……」
太一郎はお英の瞳を見つめ返した。緑の瞳は、行燈の淡い光の中でゆらゆらと揺れているように見えた。その奥にある感情は分からない。ただ、真摯なものだけは感じ取れた。
「うむ……」
太一郎は唐突に理解した。お英が求めているのは、単純な肉の交歓などではない。太一郎が心に隠した本質、下衆な欲望の尻尾に触れようと試みているのだ。
ならばこちらも相応の態度で応じるべきだと、太一郎は思った。それが誠意というものだろう。
煙管を置き、改めて向き直った。寄り添うお英の腰を抱き、そっと囁く。
「辛くはない。初めて会った時、俺は言ったな。生まれつきの人殺しなんだ、鬼なんだって」
「うん。生まれつき、生き物を殺すのが好きで好きでたまらないんだよね」
その秘密を告げた時、この娘は恐怖と嫌悪の表情を見せたものだ。だが、今のお英は違う。太一郎の恥部に恐れることなく触れようとしている。
初めての経験だった。女房たちは秘密を受け入れてくれたが、あれらは表の住人だ。本質を理解する事はできまい。お雪は相棒として見て見ぬふりをしてくれるが、正義感の強い少女だ。心の底では軽蔑しているだろうと思っていた。
誰も、この娘のように踏み込んできたことはない。
〈この娘は、鬼としての俺にとって、初めての女かもしれぬ〉
そう思うと胸が熱くなるのを感じた。
お英の汗ばんだ肌が妙に艶めかしく感じられる。緊張で微かに震える唇。無理もないことだ。だからこそ余計に愛おしい。衝動のまま唇を奪いたいところだったが、さすがにそれは
代わりに手を握り、じっと目を見つめる。
「次郎吉親分が、お英ちゃんを育てたように。お英ちゃんが、親分を愛するように……」
お英もまた目を逸らさなかった。太一郎の心を見透かすかのように見つめ返してくる。その眼力に気圧されぬよう踏ん張りながら、言葉を紡いだ。
「俺の父上も、俺のような狂った鬼に、愛情を注いで下さった。だから辛くはない。俺を包んでいるものは、間違いなく俺の宿業よりも強くて、確かなものだろうから」
父だけではない。忠興も、勘蔵や正之助も。美樹やジェニファー、お雪、そしてお英。多くの人達のために。
「俺は幸福だ。忠太郎殿には悪いが、辛いなんて口が裂けても言えねえよ」
「そっか……」
お英は何事かを考え込んでいるようだった。しばらく経ってからようやく口を開いた。
「……じゃあさ……もしもの話だけど……もし……仮に……例えばだよ……おいらが……」
「ああ」
「おいらが、たいちろーの子を産んだら……たいちろーは、その子を愛せる?」
お英の指先が、太一郎の手に触れた。汗ばんで、しっとりとした感触が心地よい。
「それとも、殺す?」
太一郎は答えなかった。沈黙に耐えかねたのか、お英が言葉を継いだ。その声はかすかに震えている。
「ねぇ……答えてよ……どっち……?」
「ああ」
自分もお英も、闇の世界の住人だ。その間に生まれた子は、太一郎の狂気、宿業を受け継いで生まれて来るかもしれない。その時、自分はどうするのだろう。考えたこともなかったが、答えは自然と出てきた。
「愛する……愛するよ、お英ちゃん」
愛せるかどうかではなく、愛する。そう答えた瞬間、太一郎は自分の心が晴れやかになるのを感じた。
そして次の瞬間には、今自分が口にした言葉が恐ろしくなった。嘘偽りのない本心であるが、しかし、もはや以前と同じ目でお英を見ることはできなくなってしまった。
ほんのひと時で、太一郎はお英に参ってしまっていたのである。
「……たいちろぉ」
お英の声は甘かった。まるで砂糖菓子のように甘い響きを帯びていた。彼女の瞳に吸い込まれそうになる。心臓が高鳴るのを感じた。それを誤魔化すように口を開く。
「茶でも飲むかい」
立ち上がろうとすると、お英の手がそれを制した。彼女が身を寄せてくる。吐息がかかるほど近くに彼女の顔があった。
「ううん。お茶はいらないから……ね? こっち来て……」
引き寄せられるまま、太一郎はお英を押し倒す形になった。乳房が胸板に押しつけられ、柔らかな感触を伝えてくる。心臓の音が彼女に聞こえてしまうのではないかと心配になった。
「たいちろー……」
ぎょっとしたのは不意に彼女が顔を近づけてきたからだが、どうも口づけではなく匂いを嗅いでいるらしい、と分かって胸をなでおろした。
女郎を抱いた直後である。そんな時にお英を汚すわけにはいくまい。この娘を大切にしたい。心からそう思う。
「お英ちゃん、ここは遊郭だから、な? 俺以外の男もいるし、お英ちゃんの声を誰かに聞かせたくないんだ」
「やだあ……おいら、今すごく胸が熱くて切ないんだよぅ……もう我慢できないよ……」
切なげにお英が呻く。潤んだ瞳を見てしまうと、とても拒絶することはできなかった。太一郎は覚悟を決めて、唇を──
「おっほん!」
襖の向こうから咳払いが聞こえた。はっと我に返り、慌てて身を起こす。
ぱあんと襖が開かれて、遊女が一人姿を表した。
「お、お雪ちゃん!?」
「お雪ィ……!」
遊女に変装したお雪であった。急いで化けたのか化粧が雑だが、それ以外は完璧な女郎ぶりだ。
彼女は部屋に入ってくるなり、ずいと身を乗り出して来た。
「兄貴。このあたしを差し置いてお楽しみとはどういう了見だい。お英ばっかりずるいじゃないか」
お雪が拗ねたような表情を浮かべるのを見て、お英は観念したように笑った。
「ごめんごめん、たいちろーが誘惑してくるから、ついね」
「何を言いやがる」
二人は顔を見合わせると、声を上げて笑い出した。それから、ひとしきり笑った後でお雪が言った。
「ところで兄貴、宿に客が来てるぜ」
「客? わかった。すぐ行く」
頷いて立ち上がると同時に、お英が抱きついてきた。ふわりと甘い香りが漂ってくる。耳元で囁かれた声は妙に色っぽかった。
「おいら、待ってるからね……♡」
またどきりとしてしまう。その一言だけで逢瀬を諦められるほどに魅力的だった。
◆◆◆
宿の一室。鹿威しの澄んだ音が響いていた。
「どうも、出楠太一郎さん。クリストファー・アップルホワイトです」
そう言って、自分の名を記した和紙を差し出してくる。
クリストファーと名乗った中年の異人は、エゲレス風のスリーピースに身を包んでいた。仕立てが良いらしく生地の光沢がよく分かる。髪はよく手入れされた
太一郎は頭を下げて挨拶を返す。
「どうも、アップルホワイトさん。出楠太一郎です。お名前は存じ上げております」
クリストファー・アップルホワイトといえば、裏の世界で最も有名な異人と言って過言ではない。
黒卍党の首領。
異人でありながら異人排斥集団を率いる彼は、幕府にとって頭痛の種だ。
「ミスター・アップルホワイト。あなた御自身が、何故それがしのような公儀の者に接触を? 確かに昨日、お若い衆とご縁がありましたが」
クリストファーの笑みが深くなる。
「私は御公儀と敵対しているつもりはありません。この国の治安を守るため、不逞な異人を排除することは、お互いの利益に叶うことでしょう」
黒卍党は攘夷集団である一方、大坂や横浜そして長崎では、食い詰め者や犯罪者の異人を排除することで裕福な異人から金をもらっている。いわば治安維持活動も行っているのだ。
それらの土地を管轄する遠国奉行たちは、むしろ黒卍党と結託して異人を取り締まろうとする向きさえある。幕府にとっては、切っても切れない厄介な相手というわけだ。
「共存共栄。私の好きな言葉です」
にこやかに笑う男に、太一郎は冷ややかな視線を向けた。
「それがしの名をご存知なら、神奈川奉行所、藤尾七蔵の事件についてでしょうか。あなた方黒卍党は、異人の娘を玩具に変えて売りさばこうとしていた。件の事件、どのようにお考えですかな」
太一郎の言葉にも動じない様子で、クリストファーは笑みを浮かべたままだった。
「その件については、むしろ御礼を申し上げたい。我が黒卍党の不心得者を成敗してくれたのですから」
「なんだと……?」
太一郎の表情が険しくなったのを見て取り、クリストファーは懐から一枚の絵図を取り出した。
「人身売買など、私個人としては絶対に許容できない。だが私にも、制御できない事態なのです」
絵図を見て、太一郎は瞠目した。人身獣面の〈はりつけ像〉。
「これは……!」
「そう、我が黒卍党に浸透している邪教団、〈黒いデウス〉。彼らを討つために力を貸してほしいのです。隠密同心、出楠太一郎さん」
(続く)