「それで、こいつらは何処のどなたさんだ?」
男どもの止血をするジェニファーに訊ねると、彼女は嫌そうに答えてくれた。
「彼らは、新進の貿易商ベンジャミン・パナイスのボンクラ息子とその一味よ」
「なら、こいつが噂の南蛮アヘン商人か」
「ええ、ボスはこいつの父親でしょうけど」
太一郎は、いささか気の抜ける思いだった。
お雪が調べを始めた途端、まさか向こうから出向いてくれるとは。
ジェニファーが男どもの手当を終えると、太一郎はまとめて寝台にふん縛ってしまった。
全員、太一郎に口を割らされてから、ジェニファーの与えた薬で昏睡状態に陥っている。
このまま数日は目覚めないだろうという話だ。
「流石はヴィンケルマン博士の薬だ」
太一郎は苦笑しながら、煙草に火を点けた。
「ねえタイチロウ、今日は泊まって行って」
「うん……しかしな……」
障子から覗く紅い夕陽に、太一郎は
女が何を求めているかは火を見るより明らかだし、そうなれば美樹に義理を欠くからだ。
「ねえってば……患者が来るかもしれないし、私はここを離れられない。あいつらの仲間が現れたら、きっとまた襲われるわ。だからお願い、タイチロウ」
ジェニファーは太一郎の腕にしがみつく。
「ねえってばあ」
「……分かったよ」
結局、太一郎は折れることにした。
「やった♪」
ジェニファーの顔がぱっと輝く。
通りに出て、その辺の籠屋かきに
そういえば女中を帰らせたので食べるものがない。
太一郎は通りの店で大坂風の箱寿司を買い求め、美樹への言い訳をあれこれと考えながら、ジェニファーの待つ部屋に戻った。
ジェニファーの部屋は板敷きで、西洋風の寝台が備えてある。
ジェニファーは着替えを終わらせていて、黒い
薄い絹の生地で、乳房や尻の線がはっきりと浮き出ている。
最も乳房が豊満に過ぎるので、蚊帳のように持ち上げられた布が腹部や足の形を隠してしまっている。
「お帰りなさい、タイチロウ!」
そのジェニファーが、童女のように嬉々として飛びついてくる。
「おっと……あのな、もう小娘じゃないのだし、いきなりは勘弁してくれ。重い」
「あら、失礼ね。 これでも、節制はしてるつもりなんだけど」
「よく言うぜ。こんな立派なもんをぶら下げといて」
太一郎は、服の上からジェニファーの乳房を持ち上げた。
ずっしりとした重みがあり、しかも縦に長いので、まるで二つの山があるようだ。
「やだ、タイチロウったら……」
ジェニファーが身をくねらせる。
美樹も大きいが、あれを八とすれば、ジェニファーのこれは十はあるだろう。
まさに桁が違う。
「何が、『やだ』なんだ? 全く、何を食ったらこんなにでかくなるんだかなぁ」
「ふふ、秘密よ」
「初めの時は、握り飯くらいの膨らみしかなかったのにな」
しみじみと、確かめるように、太一郎は二つの山を撫で回す。
「もう、タイチロウったら……昔の私が握り飯なら、今の私は突き立てのお餅みたいに食べ頃よ」
「へぇ、そいつは凄いな」
太一郎が感心したような声を上げると、ジェニファーは悪戯っぽく微笑んで、「タイチロウだって、昔は
やめてくれよ、と太一郎は笑った。
二人の間には、夫婦にも似た情感が漂っている。
横浜で出会ってしばらくした頃、太一郎に女を教えたのがジェニファーであり、ジェニファーに男を教えたのが太一郎だった。
生まれの違いから夫婦になることは叶わなかったが、抜き差しならない関係がずっと途切れることなく続いている。
「ねえ、タイチロウのヴルスト、まだ元気かしら?」
ジェニファーが、妖しく
「ああ、おまえのおかげでな」
「私、タイチロウとしたい」
「俺もさ」
◆◆◆
寿司やら最中やらで腹を満たした後、二人は寝台の上にいた。
既に全裸になって、肌を重ねている。
お互いの手指を絡め合い、唇を重ねたまま舌を絡ませ合う。
太一郎は、胸元に手を這わせて乳首を弄ぶ。
柔らかな肉の塊が、太一郎の掌の中で自在に姿を変えていく。
ジェニファーの身体には、余分なものが何一つない。
腰も脚も腕も首も、全てが男を魅了するためだけに存在するように思えた。
「タイチロウ、私のこと好き? 私とこうするの、気持ちいい?」
「ああ。最高だよ。それに、何よりも美しい。お前と抱き合うなんて、お大名でも上様でも味わえない
太一郎の言葉に、ジェニファーは顔を赤らめる。
「もう、タイチロウったら……」
そう言って、太一郎の首に両腕を巻き付ける。
「じゃあ、私のショーグン様を可愛がってあげるわ」
「お手並み拝見といこうか」
「ん……」
ジェニファーは太一郎の男根を軽く握ると、口に含んだ。
温かく湿った感覚が、太一郎の全身に広がっていく。
「う……」
太一郎は小さくうめく。
細やかな刺激が、亀頭の先から竿へと伝わってくる。
「んっ……はぁっ……すごいわ……どんどん硬くなってる」
夢中になっているのか、ジェニファーの声からは普段のような余裕が失われていた。
太一郎の全てを知り尽くしたジェニファーは、的確に急所を攻めてきた。
裏筋を舐められ、襟首をなぞられ、鈴口をつつかれる。
「あっ……!」
太一郎は思わず声を上げた。
「あら、タイチロウったら可愛い♪」
ジェニファーはクスリと笑うと、今度は自分の乳房を重そうに持ち上げ、男根を挟み込んだ。
美樹にさせると男根の先が顔を出すが、ジェニファーの時は全てが包まれてしまう。
そして、上下に動かしながら、乳圧をかけてきた。
「どう、タイチロウ。おっぱいで挟まれるの、好きよね」
「お、おう……」
「ほーら、しこしこ……しこしこ……しこしこ……しこしこ……しこしこ……しこしこ……♪」
リズミカルに乳房を動かしながら、ジェニファーは囁く。
その動きに合わせて、太一郎のペニスはますます膨張していく。
やがて、射精の前兆が訪れた。
太一郎は、無意識のうちに腰を突き上げてしまう。
それを見たジェニファーは、太一郎に囁く。
「──出してもいいのよ?」
「ば、馬鹿を言え」
「遠慮しないで。出しちゃいなさいよ」
「だ、出せるか」
「本当に? 本当なの? こんなにしごかれておいて? 嘘つきね」
ジェニファーは、さらに激しく乳房を動かす。
「まあいいわ。このまま出させてあげる」
「ぬぅっ!?」
次の瞬間、太一郎は大量の精液を放出した。
それは、ジェニファーの顔にかかったり、豊満な胸元に散ったりした。
「うふ、いっぱい出たわねぇ~」
「すまん」
「いいのよ。タイチロウのなら全部受け止めてみせるわ」
ジェニファーは、口元についた白濁汁をぺろりとなめ取った。
「うん、美味しい! タイチロウも飲んでみる?」
「いや、結構だ」
「残念。とっても健康なザーメンなのに」
ジェニファーは、太一郎の股間にそっと触れる。
そこは、出したばかりだというのに全く衰える様子がなかった。
むしろ、より一層硬度を増しているように見える。
「若いわね」
「当たり前だろう」
「うふふ、それもそうか」
ジェニファーはクスッと笑い、再び唇を重ね、お互いの手指を絡ませ合う。
ぬるんぬるんと舌を擦り合わせていくうちに、身体の奥底から熱いものがこみ上げて来るのを感じる。
ジェニファーも同じように感じているようで、呼吸がだんだん荒くなり、唇を離すたびにはあぁ……と艶めいた吐息を漏らしていた。
ぎゅっと乳房の先端を摘むと、ジェニファーはびくんと身を震わせた。
そのままくにくにと弄っていると、おお、おお、と低い声を上げて身悶える。
たまらぬ快感を得ているようだ。
「タイチロウ、タイチロウぉ……」
涙声で太一郎の名を呼び続ける。
「もっと強くしてぇ……」
「わかった」
太一郎は親指と人差し指で乳首を強く捻った。
「おおぅっ!」
ジェニファーはぐねっと尻を大きく振り、女の悦楽に浸る。
ぷるぷる震える尻肉がなんとも淫猥である。
太一郎も、この女体のどこをどうすればどういう反応をするのか知り尽くしているのだ。
腰を引き寄せてやると、ぬるん、と唇同士が触れ合った。
「ん……ちゅっ……んっ……んふぅ……くんっ……んっ……んふぅう……」
ジェニファーは鼻から抜けるような声を上げながら、彫刻のような美貌をだらしなく蕩けさせる。
「タイチロウ、タイチロウ……」
何度も名前を呼ばれ、太一郎はその度に乳首を引っ張ってやる。
「おほぉ……あひっ……タイチロウ……ああ……タイチロウの匂い……。タイチロウの体温……タイチロウの鼓動……」
ジェニファーは太一郎の胸に顔を押し付け、頬ずりする。
その様子はまるで幼児のようだった。
太一郎は優しくジェニファーの黒髪を撫でる。
絹糸のような手触りが心地良い。
そうすると、ジェニファーは安心しきった表情を浮かべ、体重をすべて預けてくる。
乳首をひねってやると、痙攣が止まらなくなっ た。
「うっ……あっ……あうっ……だめ……おっぱい……いじめないで……」
「なぜだ? 好きだろう? おまえのここはこんなにも硬くなってるじゃないか」
「だって……気持ち良すぎるんだもの……ああ、くる、きちゃう」
「よし、イっちまえ」
「あふっ!?」
ひと際高い声を上げると同時に、ジェニファーは背筋を反らせた。
「っ……あ゛ッ、ア ゚ァー!!」
ジェニファーの身体が激しく跳ね上がる。
乳首を強く吸い上げると、彼女はビクンと身体を仰け反らせ、潮を吹き上げた。
「好きなだけイッちまえ」
太一郎は意地悪く笑み、しばらくは乳房への穏やかな刺激に切り替えてやった。
そうするとジェニファーは絶頂から降りる速度がゆっくりになり、長く愉しめるようになる。
「ふう……ふうぅ……ふぅうううううう……♡」
ジェニファーは陶然とした顔で荒い息を繰り返している。
「ジェニファー、前にこうしたのはいつだったかな」
頃合いを見て太一郎が問いかけると、ジェニファーは待ってましたと喜色を露わにしながら答えた。
「やあん……三週間と四日前よ」
「そんなになるか?」
「もう、タイチロウったら忘れんぼさんなんだから」
「しかし、お前ほど佳い女なら男には困らないだろう。何本ここに咥え込んだ」
言って、太一郎はジェニファーの女陰に触れる。
そこは既に愛液の洪水となっていた。
「三本……ううん、十本……もしかしたら百本かも……♡」
「じゃあおれは今、百本の魔羅を相手にしてるわけか」
「うふふ、う・そ♡ 私はずうっと一本だけ……♡」
これは番いが長く離れたとき、お互いを高め合うための言葉遊びである。
太一郎とジェニファーは逢瀬のたびに、こうやって淫靡な言葉を交わすのが習慣となっている。
太一郎はジェニファーの肉体を〈深山〉の体位で捉えた。
これは四十八手の一つで、女の片足を男の肩に掛け、正常位で貫く形だ。
この姿勢では、女の一番奥まで届かせることが容易になる。
ジェニファーの膣内は、熱く潤っていた。
「あぁ、タイチロウのペニス、入って来る……久しぶりのおチンポ様……嬉しいわ」
「おれもだよ。おまえのヴァギナ、おれのマラを締め付けてきて最高だぜ」
「タイチロウったら、またスケベなことを。でも、私も感じてるわ。あなたのおっきなおペニス、私の中でびくんびくん脈打ってる。早く動いてちょうだい。子宮の奥が疼いて仕方がないの」
「おう、任せろ」
言うなり、太一郎は腰を動かし始めた。
最初はゆっくりとしたストローク。
次第にスピードアップしていく。
「あっ! いいっ! いいっ!」
ジェニファーは乳房を両手でしっかり固定しつつ、上体を反らすようにして喘ぐ。
乳房が大きいと、必然そのような体勢を取らざるを得なくなる。
「おくっ、ウテルスいっぱい突かれてっ、あひっ、感じるのぉ……おっぱいもビンカンになってぇ……気持ち良すぎておかしくなるぅ……」
「そうだ。もっと狂っちまえ」
「あああ……あへぇ……タイチロウ、タイチロウ……ああ、タイチロウ……好きぃ」
「おれも好きだぞ」
「んひぃ、うれしいっ!」
ジェニファーは太一郎の肩に載せた脚をピンと伸ばして痙攣する。
どうやら軽く達したようだ。
「ああ……ハア……タイチロウ……わたしのこと、ずっと好きでいてくれる……? もし、私があなた以外の男のものになっても、それでも私のこと愛してくれる?」
「当たり前だ。お前はおれが所帯を持っても変わらずにいてくれた。だから、おれもそうするさ」
「タイチロウ……ありがとう。ねえ、今度は宝船の姿勢で繋がりたい。私からいっぱい動いてあげたいの」
「わかった。やってみよう」
太一郎は繋がったまま身体を反転させた。
「あぁん、やっぱり素敵、なんてたくましいの……タイチロウ……あいしてるわ」
宝船とは、騎乗位の一種で、女が男の片足を抱えて身体を上下させる体位である。
男の脚が支えとなるので、騎乗位が得手でない女も動きやすい。
ジェニファーの場合、大きな乳房が災いして通常の騎乗位は苦痛の方が大きいが、この体位ならば太一郎の太い脚が乳房の支えとなり、快感だけを得られるのだ。
ジェニファーは、カクカクと前後に揺れながら、激しく腰を動かす。
「あん、タイチロウ、きもちい? きもちい? 私、は、すごくいいわ、もっと強、く、突いてっ!」
「おおっ!」
太一郎が激しく突き上げると、ジェニファーは「あうう!」と叫んで仰け反った。
「タイチロウ、すご、い、イってるのに、まだくるのね、すごいわ」
「お前こそ、おれのマラをぎゅっと締め付けて離さないじゃないか」
「だって、タイチロウのおチンポ様、太くて大きくて長くて凄くて、大好きなのよ」
太一郎の脚に卑猥な乳房と蕩けた顔を擦り付けながら、ジェニファーは言う。
「タイチロウのペニスがお腹の中を行ったり来たりしてるだけで、もう堪らない……。このまま一つになれたらどんなに幸せかしら」
「だったら、そんなことを考えないくらい、メチャクチャにしてやる」
太一郎は腰を大きくグラインドさせ、ジェニファーの膣内をかき回す。
「ああっ、それ、いいわ。すごくいいわ。タイチロウ、あなたのことが大好き……!」
ジェニファーの動きがいよいよ頂点に向かって加速していく。
「タイチロウ、私、イクわ。イッちゃうわ……!」
「おれもだ。一緒にいこう」
「ええ、いっしょにいきましょう、タイチロウ、あぁ、ぁぁぁぁ、ぁぁぁ、ぁぁ、ぁ!!!!!」
二人は同時に果てた。
「ああ……あっ……タイチロウ……タイチロウ……ああ……」
ジェニファーはしばらく余韻に浸っていたが、やがて太一郎から降りて横に寝そべった。
太一郎は横向きになると、後戯を施してやる。
「んふぅ……んん……タイチロウったら、甘えん坊さんねぇ」
「まあまあ、そう言うなって」
もみほぐすように乳房や腰の筋肉を刺激しながら、唇で何度も啄む。
ジェニファーはあたかも天国にいるような表情だ。
ジェニファーは交合の後、こうして愛撫されることを好むのだが、それは単に肉体的な快楽だけが理由ではないようだ。
太一郎にはそれがわかる。
どうやら、ジェニファーにとって交合は、いわば神聖な儀式のようなものらしい。
愛の営みの相手として自分を選んでくれたことに感謝し、また、その行為を通じて、自分が相手のことをどれほど深く想っているかを相手に伝えることで、愛情を深めているのではないか。
太一郎はそのような印象を受けていた。
つまり、ジェニファーは、性行為によって相手を自分のものにしようとしているのではなく、むしろ、逆に、相手に自分を捧げようとしているのである。
太一郎は、この美しい女を生涯大切にしたいという気持ちを強くするばかりであった。
身を起こしたジェニファーが、寝台の横にある棚に手を伸ばして丸薬を取った。
それは太一郎もよく知ったもので、また良い気持ちのしないものである。
「なあ、その丸薬、飲まねばどうなる」
ぴくんと震えたジェニファーは、背中を向けたまま小さく言った。
「子供ができるわ。サムライと異人女の合いの子よ。きっと不幸になるわね。私の国にも、あなたの元にも居場所のない子供が」
ジェニファーは丸薬を二粒、水と共に飲み下した。
「心配しないで、タイチロウ。私だって子供は欲しくないの。研究の邪魔だから。だから、タイチロウは何も気に病まないで。あなたは、私が心底惚れ込んだ男なんだもの。私は充分過ぎるほど幸せなんだから」
ジェニファーは寝具の中に戻り、太一郎を抱きしめた。
その目に涙が光っていたのは、太一郎が見た夢だったろうか。
◆◆◆
翌朝、戻ってきた女中が風呂を沸かし朝食の準備をしている間、太一郎は縁側に座り、庭を見ながらぼうっとしていた。昨晩、あんなことがあったせいで、少し気疲れしているのだ。
しかし、こんな時でも朝飯前に鍛錬だけは欠かすことができない。太一郎は、ここでも自宅と同じように鍛錬をこなした。
風呂から上がった時、ジェニファーはまだ寝ているようだった。徹夜続きの上に斬り合いに巻き込まれ、その上男と寝たわけだから無理もない。
女中に言われ、太一郎は一人で
太一郎がここに泊まるのは初めてではないから、女中も心得ていて素早く給仕をしてくれる。ただ、時折〈また旦那様を泣かせる悪い男が〉と言いたげな視線を感じることがある。太一郎は苦笑して手を振るのだが、内心は痛いところを突かれた思いであった。
◆◆◆
忠興への報告を済ませた太一郎は、昼前に深川の茶店でお雪と落ち合った。お雪は変装を替えていて、今は武家の娘ふうになっている。太一郎の姿を見て軽く頭を下げ、何も言わずに店に入っていった。
座敷に上がって茶を一口飲んだお雪は、早速首尾を報告した。
「アヘンの元締めが掴めたよ。深川の酒問屋、徳田屋久兵衛だ。やつらは、エゲレス船の船長や船員を仲介し、アヘンを買っているらしい」
「そうか、よくやった」
お雪はどうだ、という顔で澄ましていたが、褒め言葉をかけて団子を頼んでやると、たちまち元のお雪に戻ってうまいうまいと頬張りだした。
「そんな矢継ぎ早に食べると、喉を詰まらすぞ」
「平気だって。子供扱いしちゃ嫌だよ、兄貴」
お雪はそう言って、四本目を平らげたところでお茶を飲んでいる。
「朝飯を抜かせてしまったのは、すまなかった」
「いいってことさ。あたしゃ、一刻も早く悪事を止めてえんだよ。徹夜ぐらい、なんてこたぁねえ」
そう言って笑うお雪に、太一郎はもう一皿団子を注文をしてやった。
それから、昨日の顛末をかいつまんで話して聞かせた。
「異人が向こうから来たぁ? なんだよ、あたしは無駄骨かい」
お雪は口を尖らせた。
「いや、そうでもねえさ。徳田屋の仕業と分かっていれば、そっちは奉行所に任せられる。おれ達は異人に専念できるってわけよ」
「兄貴がそう言うなら……でも、お奉行所はあてになるかね」
お雪は疑わしそうな顔をした。隠密は奉行所の手に負えないような悪事によく直面するため、自然そういった発想が身につく。
だが、太一郎は笑って言った。
「おれ達が斬っちまった方が、そりゃあ早いがね。しかし、末端の売人がどれだけいるかは分からねえんだ。やみくもに斬りまくるより、奉行所の数を頼む方がいいだろう。それに、今度の深川奉行様は
これは事実である。
そもそも江戸城から見て隅田川を越えた東側一帯に当たる本所・深川の街は、「江戸御府外地」と呼ばれ南北町奉行所の支配地ではなかった。町奉行の力が及ばぬのをいいことに様々な犯罪の巣窟となっていたわけだが、最も荒れた時代には、深川奉行自ら〈江戸の掃き溜め〉と形容するほどの無法地帯であったのだ。
新任の深川奉行・速水右門守は、町人の信頼厚く、短い間に治安を回復してみせた。それどころか、商人同士の訴訟沙汰では、速水が仲裁に入っただけで、相手が素直に負けを認めることも珍しくないと評判だった。
「兄貴がいいと言うんなら、あたしもお奉行所を信じるよ」
お雪はそう言い、運ばれてきた六本目の串を手に取った。
「どうにせよ、異人の方は早速にも片を付けにゃならん。御前の許しが出次第、横浜に向かわねばなるまい」
「その前に、腹ごしらえは済ませちまわないとね」
お雪はそう言って、七本目の団子にかぶりついた。
「お雪ちゃん、早ければ明日の夜明け前には船で出るぜ。団子はその辺にして、精のつくものを食って風呂に入って寝ちまいな」
「また、兄貴はそうやって子供あつかいをなすって! あたしはもう子供じゃねえからね!」
「へいへい、そうかい」
お雪は不服そうだったが、それでも最後の一本を口に放り込んで立ち上がった。
「じゃ、船の中でお会いしましょ。桜の花も三分咲きだぁ、花見の前にアヘン商人を叩っ斬ろうじゃないのさ」
◆◆◆
日が落ちる前に、ジェニファーは船で横浜に帰っていった。太一郎が手配した、身元の確かな用心棒も何人か同行させた。
「くれぐれも気をつけろよ。お前を見て破廉恥な気持ちになる男は掃いて捨てるほどいるんだからな」
「タイチロウこそ、若い娘さんたちの視線を独り占めしないように注意なさい」
ジェニファーが手配した人足が、診療所を襲った三人組を戸板に載せて運び出している。
「あいつら、どうするつもりなんだ?
「冗談きついわ」
ジェニファーは笑って答えた。
「私は医者よ。一度治療した以上、最後まで面倒を見るつもり」
「なに?」
「あの三人、アヘン中毒よ。ボンクラ息子はともかく、あとの二人は自分でアヘンを吸ったわけではないようなの。アヘンで無理やり働かされていたみたい」
「……アヘンってのは、それ程までに恐ろしいものなのかい」
太一郎は背筋が寒くなった。
「麻薬の禁断症状は恐ろしいものよ。沢山の患者を治療してきたけど、完全に元に戻れた人は一人もいなかった。一生、飢餓感と苦痛がつきまとうの。ごろつきを操るくらいならまだ可愛い方だわ。海の外には、薬のために奴隷にされた女子供もたくさんいる」
ジェニファーは太一郎の頬を撫で、瞳を覗き込んだ。
「タイチロウ、私はこの国に骨をうずめる覚悟よ。絶対にアヘンの蔓延を食い止めて。あなたなら、私をアヘンから守ってくれると信じているわ」
◆◆◆
自宅に戻った太一郎は、美樹の酌で一杯だけ酒を飲んだ。
「美樹、おれは明日の夜明けには船で横浜に出立する。準備を頼むぞ」
美樹は一瞬表情を曇らせた。
「明日の朝早く、ですか」
「ああ。留守の間は任せたぞ」
美樹はため息混じりに言った。
「わかっております。美樹は武家の女房です。太一郎様のお帰りを、心よりお待ちしております」
美樹はそう言うと、太一郎の前に三つ指ついて頭を下げた。
太一郎は一人になると、
油を塗りながら、太一郎は刀に血を吸わせる瞬間を想像する。昨日指を落としてやったエゲレス人は、江戸の人間と同じ色の、同じ臭いのする赤い液体を流していた。太一郎の口元が歪む。明日は何人斬れるだろう。血飛沫の美しさを思い浮かべ、太一郎は期待に胸を高鳴らせる。
しかし、刀身に指を滑らせているうちに、太一郎は神妙な気分になってきた。
──ジェニファーの奴、無事だろうか。
ジェニファーを乗せた船は、まだ海上にいるはずだ。江戸よりは異人の多い横浜のほうが安全と思い、彼女を船に乗せたのだが、今更心配になってくる。
太一郎はふと顔を上げ、障子越しに庭を見た。美樹が丹精している桜の若木が、月明かりを受けて青白く輝いている。お雪の言った通り、
美樹のことが愛しいと思う。ジェニファーのことが案じられてならない。
もしあの二人が、アヘンの毒牙にかけられたら……。
幻に、エゲレス人に頭を垂れる二人が見える。幻影の二人は、口々にエゲレス人に
〈ご主人様、どうかどうか、わたくし達をお救いくださいませ。どうか、アヘンを……〉
〈どうかどうかお願いします。私の身体を好きにしてくださって構いません。どうか、アヘンを……〉
いつしか太一郎は、二人の首に手を回し絞め殺す幻影を見ていた。
「馬鹿な」
首を振り、刀身を柄に納め、納刀の後一礼する。手入れを終えた太一郎は、ふと顔を上げて縁側に出た。
夜風に乗って、三味線の音が流れてくる。美樹の部屋からだ。太一郎は足音を忍ばせて美樹の部屋に近づいた。襖の向こうからは、切ない唄声が聞こえてきた。
♪今宵は 帰らぬ人 思えば 恋しさ あえかに 降る雪 思い起こせば 面影 胸に染み せつのうて
太一郎は息を殺して耳を傾ける。美樹の声は震え、悲痛な響きを帯びていた。
庭に降りた太一郎は、刀を抜き、一心に素振りをした。
太一郎に命を下した主、本多左門守忠興はこのように言った。
〈太一郎、必ずやアヘン商人を討ち取ってくれ。お前の命に代えても、天下万民のため〉
太一郎は刀を振るう。エゲレス人は、大勢の手下を従えているだろう。恐らく、
〈関係ない。おれとて、酔狂だけで隠密の──〈隠密同心〉の役儀を務めるわけではない〉
隠密同心。
それはかつて徳川家の密命により組織され、旗本寄合席・本多左門守によって差配される影の侍だ。彼らは変装、
太一郎は、刀を肩に担ぐように構えた。目を閉じて静かに
「隠密同心、心得の条……我が命、我が物と思わず……武門の儀……あくまで陰にて……己の器量を伏し……御下命、いかにても果たすべし……エエイッ!!」
気合と共に、太一郎は目を見開き、刀を振るった。二筋の斬撃。月光が舞い散る桜の花びらを照らし出す。
太一郎は、再び
「なお、死して屍拾う者なし……」
刀身を鞘に収め、納刀の一礼をし、
唄声はまだ続いている。
♪愛しや 愛しや わたくしの人 愛しや 愛しや わたくしの人 ああ
(続く)