長崎の街に、新たな怪人〈金色の夜叉〉が現れた。悪党ばかりを狙い、黒塗りの十文字槍で次々と成敗していく謎の少女。言うまでもなく、〈黒いデウス〉に囚われた十文字お雪その人である。
太一郎は島原の漁村に潜み、体力の回復に専念していた。自然の恵みと、新妻・お英の献身が彼の肉体を強く太くしていく。お英の若く激しい性欲を満たしながら、自分も満たされる日々。その中で、太一郎はお雪の夢を見る。太一郎を成敗してしまったお雪が、何度も何度も傷つき続ける悪夢。同じ頃、お雪も太一郎との出会いを夢で思い出していた。
決着の日、クリストファーの元へ戻ったお英は、共謀して長崎奉行所へお雪と忠太郎を誘い出すことに成功する。暗示は解けぬながらも、太一郎の腕に抱かれるお雪。初雪の中で、太一郎はお雪に
そして鬼一の乱入を受けながらも、忠太郎を正気に戻すことに成功する太一郎とお雪。だが、鬼一は既に長崎奉行所の面々を虐殺していた。〈終末兵器〉なる、恐るべき人食いカビの威力をもって。一行は急ぎ江戸に舞い戻る。〈終末兵器〉による、大江戸大虐殺を阻止せんがために。
Aパート
その女は、淫らな風体をしていた。
白粉を塗りたくった顔の中で、口紅だけが異様に赤い。唇の間から覗く歯は黄色く、まるで肉食獣の牙のようだ。豊満な肉体には、けばけばしい柄の着物を纏っている。表面に陽の光が反射すると、
彼女は酒瓶を片手に、砂浜に立つ
「あんたも飲みねぇ」
そう言って女が差し出した杯を、若者は手で制した。彼も船手組同心としてそれなりに
「よ、寄るな、
そう言いながらも、若者の目は泳ぎ、視線は定まらない。女の放つ妖艶な雰囲気に呑まれてしまわないよう耐えているようであった。女はそれを面白そうに眺めると、
「そんな事いわずにさあ……あたしの
そう言うと、女は着物をはだけて見せた。豊かな乳房に、形よく引き締まった腰回りが露わになる。若者は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「……一杯だけなら……」
若者がおずおずと言うと、女は嬉しそうに笑った。
彼が杯を受け取るや否や、女は素早く彼にしなだれかかる。彼女の手がするりと彼の股間へ伸びたかと思うと、次の瞬間には下帯の上からまさぐられていた。
「あッ……!」
思わず声を上げる若者の顔を上目遣いに見ながら、女はゆっくりと手を上下させる。やがて若者のモノが完全に勃起しきると、今度は直接、亀頭を弄び始めた。
「ああ……」
ため息にも似た声を洩らす若者を見て、女は満足そうに目を細めた。それから紅い唇を近づける。そのまま一気に根元まで咥え込むと、音を立ててしゃぶり上げた。
「ああっ!」
堪らず腰を突き出す若者だったが、女の口からは逃れられない。むしろもっと深く呑み込もうとするかのように、頭を前後させ始める。その動きに合わせて、女の舌が生き物のように絡みつく。
少し考えれば、異様な成り行きであろう。だが女の淫らさと、御役目の分からなさが、若い侍から判断力を奪っていた。
ここは深川、平井新田の塩浜である。製塩のために開削された土地であるが、潮の便が悪く永続せず、かと言って漁にも向いておらず、半ば忘れられた土地となっている。
そんな場所で、公にできぬ船の入りを見守り、守れとのお達しだった。御頭は船手組の与力を二人ほど連れて見回りに出ていたが、残った者たちはただ突っ立っているだけだった。退屈に耐えかねたのか、中には居眠りを始める者さえあった。
それがまさか、このような事になるとは。
まだ経験の浅い彼は、夢見心地であった。女にされるがままになっていた。じゅぶじゅぶという水音が耳をくすぐるたびに、腰のあたりから
しかし、そこで女が口を離してしまう。彼は思わず落胆の声を漏らしてしまった。
「ふふ……どうしたの? そんな顔して」
女は妖艶な笑みを浮かべながら尋ねる。彼は顔を赤くしながら、何も答えられなかった。そんな彼の様子を楽しむように眺めながら、彼女は再び口を開く。
ぬらりと
「う、お、おぉっ……!」
若者の
女は、そんな視線などまるで意に介していないかのように、両手で自らの肉体を愛で続けていた。乳首を指で押し潰し、捏ね回し、爪を立てて引っかく。そうするうちに、乳首は次第に固く尖り始め、ピンと張り詰めていく。その先端からは透明な液体がにじみ出てくるが、それすらも指先ですくい取り、舌で舐める。
目を皿のようにしている若者は気づいた。いつの間にか、自分の腹に湾曲した短刀が突き立てられていることに。
「は……?」
女はなおも両手で自慰を続けている。この場には、自分と女以外には誰もいない。だのに、五本目の腕がどこからか伸びてきており、その掌が刃物の柄を握っているのだ。
やがてその手はゆっくりと腹を切り裂いていった。不思議と痛みは無いが、恐怖がこみ上げてくる。
ふと気付くと、いつのまにか目の前に女の顔があった。その顔には笑みが浮かんでいる。だがその眼は獲物を狙う獣のものだった。
若者は自分の
◆大江戸捜査網
ハーレム・サムライ◆
第十回 デウスの鐘
女の名は、
今殺した若侍は、長崎から出戻った彼女らの標的を護衛しに来た御船手組の同心見習いであろうか。実に愚かだ、と思うと同時に、哀れみも感じた。
(人なんぞという、愚かな生き物に生まれなければね)
いっそ魚にでも生まれていれば、あるいは幸せだったかも知れない。水の中を自在に泳ぎ回り、餌を求めて泳ぎ回るだけの一生であれば、苦しむこともなかっただろうに。
秋乃は不具の身に生まれ、この世を呪って生きてきた。不具であることを除けば優れた容姿と才覚を持って生まれたが、それも人生を捻じ曲げた。同じ
やがて彼女は知った。この世に神も仏もいないことに。いや、そんなものがいたとしても何の救いにもならないということに。この苦しみから逃れるには、死ぬしかないと思った。だが死ねなかった。
そんな彼女にとって、〈黒いデウス〉の存在はまさに救いであった。この地獄のような世の中で、悪の在り処は人を造った神と人そのものだと言うのだ。そんな愚か者共は全て死ねばいいと言うのだ。全てを殺すまで、悪徳を愉しめばよいと言うのだ。
なんと素晴らしい教えなのだろう!
秋乃は〈黒いデウス〉と、そこに導いてくれた巫女頭、〈
岩陰から飛び出した秋乃は、大声で叫んだ。
「さあ皆様方ぁ、存分に愉しんできなさいな。命乞いも無意味なほどに切り刻め! 血の雨降らせてやりましょう!!」
彼女の合図と共に、一斉に放たれた暗殺者たちによって、浜は阿鼻叫喚の巷と化した。
〈黒いデウス〉の巫女や黒坊主たちが、殺戮の宴を始めていく。彼らも元は、世の中から爪弾きにされて来た者たちである。今ではすっかり心を入れ替えて、〈黒いデウス〉の教義に忠実に従っている。彼らの働きにより、浜にいた多くの侍、船頭や人足たちが次々と殺されている。
もちろん、彼らは人殺しを楽しんでいる。信仰の告白なのだ。人間がいかに価値のない存在であるか、この世に生きる全ての者が罪人であるかを、自ら証明していくのだ。そうすることでしか、己の存在を確かめられぬ者達だった。
「ぎゃああああああ!」
また一人、男が殺されたようだ。断末魔の叫びと共に、血が飛び散るのが見えた。男は仰向けに倒れたまま、黒坊主たちによって四肢を押さえつけられ、刀を突き刺されてゆく。傷口から流れ出る血で、砂浜が真っ赤に染まっていく様は、何とも壮観であった。
「あはははっ」
巫女たちが笑っている。ある者は男根を踏み潰したり、男の喉笛に噛み付いたりしながら笑い続けている。
「あ~あ」
一人の老爺の首を掴み、絞め落としながら、少女は言う。
「結局は金なんだよねぇ」
それから死体を海に投げ込みながら呟いた。
「銭さえなかったら、私らだってさあ……」
また別の者は男を裸に剥いて縛り付け、逆さに吊って晒し者にしながら言う。
「やっぱ女だよなあ。酒に酔い潰れたとこを襲うのさ。そうすりゃ誰でも簡単に騙されるんだぜぇ?」
他の女たちはげらげらと下品に笑う。
秋乃もその輪に加わり、吊られた男を眺めながら嘲笑っていた。愉しい。心の奥底に溜まっていた泥が流れ落ちていくような快感を覚える。
もっとこうやって遊びたい……もっと大勢を殺し続けたい……。
そんなことを考えながら、秋乃はほくそ笑んでいたが……不意にある気配を感じ取った。懐に手を入れ、素早く暗器を取り出すと、その人物に向けて構えた。
「来たな、隠密同心……!」
殺戮の宴が続く浜に、一組の男女が現れた。秋乃たちが待ち受けていた獲物である。
整った顔立ちの美しい少女であった。さらりと流れる黒髪は、背中の中ほどまで伸びており、それを後ろで束ねている。だが、彼女の美しさを最も際立たせているのは、その瞳であろう。鳶色の澄んだ目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、そして明確な殺意を湛えている。
「〈黒いデウス〉の悪党ども! 出迎えご苦労!」
少女が叫ぶと、周囲の空気がざわめいたような気がした。殺戮を楽しんでいた黒坊主や巫女達が、ぴたりと動きを止める。まるで何かに魅入られてしまったかのように、彼女を見つめるばかりであった。
彼らの視線の先には、少女の得物があった。戦国武者かと思うような長い十文字槍である。穂先まで全て黒く塗られており、陽光を反射してぎらりと輝く刃は、禍々しささえ感じさせる。
秋乃は呻く。
「金色の夜叉……! 寝返りは本当だったのか……!」
「寝返り? 冗談言うない。帰るべき人の
せせら笑った少女は、おもむろに傍らの侍を引き寄せた。そして、その唇を奪う。
「は……?」
浜には、血の匂いが漂っている。生きているのは、〈黒いデウス〉の殺戮者と少女たちのみだ。その中で堂々と口づけを交わすとは、何という胆力であろうか。さすがの秋乃も度肝を抜かれた。
「……っ!?」
接吻を受けた方の侍も驚いたらしい。目を白黒させながらも、何とか少女を引き離そうとするが、なかなか離れない。それどころか逆に抱きつかれてしまう始末だ。そのうち諦めたのか、自らも少女の腰をしっかりと抱き寄せた。
くちゅっ、じゅぷっと湿った音が響く。やがて二人は口を離すと、唾液の糸を引いて離れた。二人の口元を銀色の橋が繋いでいる。その光景を目の当たりにした秋乃は、ただ呆然とするほかなかった。
「ぷは。ああ、やっぱりいいね。太一郎兄貴の味は格別だ。生きてるって感じがするよ」
恍惚とした表情で呟く少女。侍は苦笑している。どうやら彼は、妹分の熱烈な愛情表現に戸惑っているようであった。
「あのなあ、お雪ちゃん。これから仕事なんだから、あんまりふざけるのは……」
「分かってるってぇ」
そう言って屈託なく笑うと、彼女は再び前を向いた。同時に表情が変わる。そこには既に、先程の艶めかしい色香は無くなっていた。代わりに現れたのは、抜き身の刀を思わせる鋭利な雰囲気である。それはまさしく、彼女が隠密同心としての顔を取り戻したことを示していた。
彼女はゆっくりと歩を進め始めた。目指す先は〈黒いデウス〉の巫女や黒坊主たちの所である。一歩進むごとに、その威圧感が大きくなっていく。
〈黒いデウス〉の巫女たちは戦慄した。金色の夜叉の恐ろしさは、彼女らも聞き及んでいたらしい。やがて緊張に耐えきれなくなったのか、一人の巫女が短刀を手に襲いかかった。だが次の瞬間、彼女は首を刎ねられていた。
「──ひぃっ!」
悲鳴を漏らしたのは誰だったか。少なくとも、秋乃ではなかったはずだ。しかし誰もそれを確かめることはできなかった。
「でえええええええええええい!!!」
秋乃は驚愕した。この〈金色の夜叉〉と呼ばれた少女は、恐るべき手練れである。槍捌きは豪胆でありながら神速の速さで、それでいて一切の無駄がない。まさに天才的な槍使いと言って良いだろう。
しかも驚くべきことに、彼女の動きは全く鈍っていないのである。槍を振るえば振るうほどに速く、強くなっているようにすら感じられるのだ。疲労など微塵も見られない。
(これが噂に聞く、隠密同心の力……!)
秋乃は恐怖を覚えた。確かにこの強さならば、敬愛する〈絢爛お燐〉が味方に引き入れようとしたのも分かる気がする。これは恐らく、並の武士では束になっても敵わぬほどの強者たちに違いない──そう確信できるだけの力が、この娘にはあるのだ。
「ならば、男の方だけでも!」
我に返った秋乃は、侍に向かって駆けだした。両の手に苦無を構え、跳躍する。侍は刀を抜き、黒坊主達と切り結んでいるところだった。
「死ねえ!」
鋭い気合いと共に、右手の苦無を投げる。狙うは男の眉間だ。だが侍は一瞬のうちに反応し、半身になってこれを避けた。
「むっ!」
侍の背後に着地した秋乃は、間髪入れずに左手の苦無を放った。男はこれにも反応すると、刀を振り上げて弾き飛ばす。刀の切っ先が天を指し、太陽を浴びてきらりと輝いた。
「ほう」
侍は感心したような声を漏らすと、刀を振り下ろす勢いを利用して砂浜を蹴り、大きく跳んだ。鋭い突きを繰り出すが、秋乃はこれをかわす。
それは異様な身のこなしであった。秋乃は砂浜に背がつくほど仰け反りながら、手足を使わずに身を回転させ、後転したのだ。さらには後方に一回転すると同時に立ち上がり、すぐさま身構える。
体勢を立て直した秋乃に対し、侍は間合いを取りながら声をかけた。
「貴様、ただの女ではないな」
対する秋乃もまた、油断無く答える。
「あんたらこそ……本当に人間かい? 特にあの娘、ありゃあ只者じゃない。まるで鬼神じゃないか」
すると侍はにやりと笑う。
「あれで意外と可愛いところもあってな。口づけしてやると甘噛してきたりとか……」
惚気なのか何なのかよく分からない事を言い出したので、秋乃は思わず吹き出した。
「はっはァ! あんた、女泣かせだろ?」
「さて……どうかな?」
そこで会話が途切れる。二人とも、次の攻撃をどう仕掛けるか探っているのだ。じりじりと摺り足で円を描きながら隙を窺う様は、さながら二匹の蛇が絡み合うようだった。
先に動いたのは秋乃だった。低い姿勢から一瞬で懐に入ると、喉元を狙って左の苦無を突き込む。しかし侍はその腕を絡め取り、締め付ける。ならばと繰り出した右の苦無は、手首を捻られ、そのまま握り潰されてしまった。
「ぬっ……くっ……!」
「ぐっぐぐぐ……!」
傍から見れば、女の身でありながら若い侍と四つに組み合う秋乃の力は大したものだ。しかし、相手は鬼神の少女と肩を並べる隠密同心なのだ。徐々に押し返されてゆくのが分かった。
「出楠太一郎! アンタ、人殺しを好む鬼畜のくせに、何故アタシらの敵になるんだい!?」
このままではいけないと思った秋乃は、焦りを覚えながらも必死に叫んだ。その言葉に、侍は笑みを消して答えた。
「それが愛の証だからだ」
「愛ィッ?!」
思わず聞き返す秋乃だったが、その間に彼女の両腕はがっちりと固められている。万力のような力で締め付けられ、骨がみしみしと悲鳴を上げた。
このままではまずいと悟った秋乃は、奥の手を繰り出すことを決意した。既に着物は開けて半裸に近かったが、その背中がもぞもぞと
「なに!?」
「見ろ、隠密同心! あたしの
その言葉とともに現れたのは、なんと三本目の腕であった。背中から、腕が、もう一本生えている。これが、秋乃を正常な人の社会から追いやった秘密であった。
「死ねえええええ!」
叫びと共に、背中の腕が湾曲した短刀を突き出す。その刃は真っ直ぐ侍の顔に向かう。既に両腕はお互い封じあっているのだ、これは必殺の一撃、致死の刃であった。
かに思われた。
秋乃の総身から、がくんと力が抜ける。身体がぐらりと傾いたかと思うと、力なく崩れ落ちた。
「あ、あ、あ、ああ~……」
口から洩れるのは、まるで死にかけの獣の声である。倒れた彼女はひくひくと痙攣していた。侍はそんな秋乃を一瞥すると、脇差しを胸に突き立てた。
「一手、おれの方が早かったな。含み針で痺れ薬をお見舞いさせてもらった」
言いながら引き抜いた脇差しには、どす黒い血がべっとりとこびりついていた。秋乃の身体は、ぴくりとも動かない。
戦いは終わったようだ。周囲の殺気は既に霧散している。お雪は既に、黒坊主や巫女達を皆殺しにしていた。
「……世話になったねえ」
お雪が語りかけているのは、自身が振り回していた黒い十文字槍である。〈黒いデウス〉がお雪に持たせたそれは、この一戦で使い物にならないほどに損傷してしまったのだ。お雪の力に耐えきれなかったのである。
「行こうか、お雪ちゃん。おりんと鬼一を討ち、お江戸を〈終末兵器〉から守らにゃならん」
「その前に、兄貴はお内儀さんに頭を下げてきなよ。女房を二人も増やしちまったって」
「生意気言うない。お前も挨拶してもらうぞ、俺の女になったってな」
お雪は笑った。何の屈託もない、純粋な少女の笑顔だった。そうして、二人は歩き出した。
後には、数え切れないほどの死骸が残された。幸い冬の風に晒されて腐敗はせず、奉行所の役人が改めたときも、その姿を保っていたと言う。
(続く)