年明けを目前に控えた、大晦日の朝。
太陽は高く昇り、凍てつくような空気を貫いて燦々と輝いている。
石川島から二里半(約10km)ほど離れた小島の入江で、太一郎とお雪は何も言わず抱き合い、ただじっとお互いの温もりを確かめ合っていた。
この島は、
江戸が東京へと変わり成長していく過程で、時代に埋もれて消えてしまった。
いずれ夢と消える島で、太一郎は今この瞬間の現実を噛み締めるかのように目を閉じる。
こうして彼女と触れ合うことも、もう無いかもしれないのだ。そう思うと胸の奥が締め付けられるように痛み、息苦しくなってくる。
「……お雪」
名前を呼ぶのが精一杯だ。それ以外に何も言葉が出てこない。
愛は、偉大だ。だが恐ろしくもある。
死に別れる可能性は、いつも覚悟して共に闘ってきたつもりだった。
だが星空の下で愛を確かめあったあの日から、生きたまま別れを告げる日が来るとは夢にも思っていなかった。
びゅうと、冷たい風が吹き抜ける。
だが、別れなければならない。大納言殺しの下手人が分からぬ以上、その領袖は当然太一郎と忠興に追求の矛先を向けるだろう。太一郎は一人ではない。守るべき人達がいる。だから江戸を離れなければならない。
「兄貴……」
お雪はそうではない。元より偽りの身分で生きているからだ。
何より、彼女こそは隠密同心・十文字お雪。お江戸にはお雪が必要だし、お雪もその生き方を望んでいる。彼女がいなければ、隠密同心は成り立たない。
太一郎は無言で髪を梳くように撫でていく。お雪もそれに応え、自ら頭を押しつけてくるような仕草をした。
「どこまで行くの?」
「まずは、長崎だ。美樹とジェニファーが安心して子を産める場所に落ち着かにゃならん」
「その後は?」
「そうだな……義父上に頭を下げて、
「そう……遠いね」
「向こうは国を二つに割った内戦状態らしい。おれの力を活かせる場もあろうというものだ」
それに、殺してよい人間もたくさんいる。
それは言わなかったが、お雪には伝わったようだった。尻を軽くつねられる感触に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「お前への愛にかけて誓う。決して顔向けできないような真似はしない」
「気障だね」
「そんな事はない。全て、おれの
「……信じてるよ、兄貴」
「おう」
しばし無言の時が流れる。ふと太一郎が視線を下げると、お雪が唇を一文字に引き結んでいた。何か言いたいことがあるときの癖だ。
「どうした?」
太一郎の問いに、お雪はしばらく視線を彷徨わせていたが、やがて意を決したように息を吸い込んだ。
「……あのね」
「ああ」
「あたし、こないだ月の役(月経)がきたんだ。十八日前だよ」
「あ、ああ」
「分かる? まだ、お腹の中に兄貴の子はいないんだ。でも、でもね」
声音に、少しずつ興奮の色が混じってくるのが分かった。胸の中の女体が、燃え上がる炎のように熱くなってゆくのが分かる。
「今日か、明日くらいに、あたしの胎は一番孕みやすくなるんだ」
太一郎の胸に手を置き、お雪が顔を上げる。その目にははっきりと情欲の光が宿っていた。もはや一刻の猶予もないという必死さが、伝わってくる。
その先を言うのは、自分の役目だと思った。
「お雪」
「……はい」
「お前の胎は、おれのものだ」
「そう、そうだよ、兄貴! あたしは、兄貴の女だ!」
歓喜の叫びを上げるお雪の顔は喜びに満ちている。今にも泣きそうなくせに、懸命に笑ってみせる健気な姿に、両脚の間から頭の天辺まで熱いものがぐんぐんと昇ってくる。
「うおっ、おおっ、おれの女! おれの女だ!」
「もっと! もっと言って! そしたらなる! 体があつくなってっ、兄貴の子を孕めるカラダになる!」
叫びながら、お互いの下穿きを脱がせ合う。女の手が太一郎の帯を、男の手がお雪の袴ひもを解く。
「お前はおれの女だ! この先誰がお前に惚れたとしても、お前の胎にはおれの種がついてるんだ!」
「そう、そうですっ、兄貴の種がついたカラダで、隠密同心やりますっ! みんなを助けます!!」
太一郎の褌とお雪の腰巻きが同時に外され、お互いの性器が完全に露わになったところで、太一郎は叫んだ。
「一人じゃないっ! いつも一緒なんだ!! おれの心は、お前とともにあるっ!!!」
「うれしいっ! あたししあわせっ、これからずっとっ、兄貴といっしょ! ずっとずっと!」
ぷしっ、ぷしっ、と液が噴き出す音がして、女の股間から勢いよく迸り出た。お雪はそれを隠そうともせず、むしろ見せつけるように腰を突き出したまま恍惚の表情を浮かべていた。
背の低いお雪とは、立ったままでは繋がれない。お雪を抱え上げ、そのまま怒張した一物をあてがう。
「行くぞお雪、行くぞ、行くぞ、いいな、行くぞぉ!!」
「来て、来て、来てぇっ!!」
絶叫が重なり、肉と肉のぶつかる音が辺りに響き渡る。
女の空き家は、きゅうっと締まって若い夫を迎え入れた。
ずぶ、ぐちゅ、じゅぷっ、と卑猥な水音が続く中、お雪がのけぞりながら絶頂を迎えた。
「あはっ、ふあっ、もういく! 気がイク! あはぁっ、ううっ……」
この体勢だと、まるで串刺しだ。などと益体も無いことを考えながら、妹妻の熱い粘膜に包み込まれる快感に身を任せる。
ずっぽりと奥まで嵌め込んだ状態で一度動きを止めると、お雪が小さく息をつきながら呟いた。
「ああ、あたしだけ先に昇っちゃた……」
「構やしねえよ、それより、おれも限界だっ」
「あ……」
お雪はうっとりと目を細め、それから嬉しそうに頷いた。その拍子に膣内がきゅっと締まり、甘い痺れが下腹部に走る。
「うん……きて、いっぱい出して……」
それを合図に、律動を再開する。熱い肉のうごめきが、出して出してと訴えかけてくる。お雪はしっかりと両足を腰に絡めて抱きついてきた。柔らかな二つの膨らみが胸板に押しつけられ、互いの汗の匂いが鼻の奥を刺激してくる。
「ああ、ああっ! もう出る、出ちまうっ」
「いいよ、いいから、だしてっ、おねがい、ちょうだい……!」
亀頭の先端で子宮の入り口をぐりぐりと押し上げる。最後の瞬間までお雪の胎内にいたかったのだ。そして、彼女はそれを望んでくれた。だから、あとは何も考えずに射精するだけだ。
お雪の
「いっしょにいこ、ねぇ、このままいっしょに」
「ああ、いいぞ、いこうな、一緒に、いっ」
「好き、すっ」
言い切らぬ内に、二人は果てた。
お雪の胎内で陰茎が大きく脈動し、先端から大量の子種が噴出される。どくんどくんと脈打つ度に白濁の塊が吐き出され、結合部から溢れ出てきた。
しばらく痙攣していたそれがようやく収まると、どちらからともなく唇を重ねる。
「おゆっ……んっ……はぁ……」
「あにきっ……んむっ……んん……」
抱えられたお雪が上になり、太一郎は下でお雪の唇を堪能し続ける。とろとろと重力に従って唾液が落ちてきても気にしない。一滴残らず飲み干してやろうと舌を絡ませ合う。その間も、太一郎の一物は固く張りつめたままだった。
離れたくないという思いは同じらしく、お雪は足を絡ませたまま体を密着させ続けている。二人の体温が混じり合い、一つになっていくようだ。そのことが無性に嬉しかった。
ただ、
「くしゅん!」
という娘らしいくしゃみをお雪がすると、二人ははっと我に帰った。
「あ、ご、ごめん、汚くて」
「いや、いい……おれが先に気づくべきだった。寒かったな」
日が出ているとはいえ、入江の風は冷たい。着物は乱れ放題だし、体中汁まみれだ。いくら鍛え抜いた二人でも風邪を引いてしまうだろう。
「船に戻ろうか。お前に風邪を……」
「いやっ!」
思わず目を剥く太一郎に、お雪は縋り付いてきた。そのまま首に両腕を回して顔を近づけてくる。
「やだ、だって兄貴まだ固いままじゃないか。もう一回、ね?」
「いや、船に戻ってからでも」
「やだったらやだ! 戻ったらお英に子種取られるかもしれないもん! あたしには今日だけ! 今日だけしかないんだから!」
「いや、いくらお英でもそこまでは」
「ぜったい?! あのお英だよ?! 船に入ったらすぐ兄貴を咥え込んで離さないに決まってる!」
「人聞き悪いなあ」
小舟から一飛びして、お英が浜に降り立った。盗み装束を着替えて着物姿である。銀に近い薄い金色の髪が潮風になびいている姿は、さながら海から現れた女神のようでもあった。
その女神が、お雪の背中から抱きついて、うなじの匂いを嗅いだり胸をまさぐったりし始める。
「あっ、やめっ、いま敏感になってるんだってばっ」
「じゃあ尚更したい、お雪ぃ、お雪すごい匂い、たいちろーの種が欲しくてたまんないって匂い、はぁっ、これだけでイケそう」
「……あのなあ」
新妻の痴態を見せられて、一物の方は萎えるどころか逆に猛っているのだが、それとこれとは別問題である。
「いいでしょ? 私が温めてあげるから、たいちろーは前から突いてくれればいいんだよ?」
そう言って太一郎の肩に手を回し、ぐりゅっと腰を押し付ける。するとお雪が
「ひぐっ!」
と喘いで身を仰け反らせた。お英はそれを見て
「あは、すごっ……おいらがお雪を犯してるみたい……うれひぃ……えーぅ……」
と言いながら、首を伸ばして太一郎に舌を差し出す。
「だんなさまぁ、舌、舐めてぇ……」
「……わかった」
素直に頷いて応じてやると、待ってましたとばかりに舌を絡めて来た。
「れろぉ……ちゅっ……んんっ……」
空中で二枚の舌が妖しく絡み合う。お英の舌は熱く濡れており、時折口の隙間から溢れる吐息がくすぐったい。
「お熱いわねえ」
「太一郎様、わたくし達も温めて差し上げますから……」
小舟に乗ってきていたのか、太一郎の左からジェニファーが、右から美樹が身を寄せてくる。
身重の二人は厚い生地の着物の上から更に長羽織を着込んでいた。そのまま左右から包み込まれると、まるで二人に抱かれているようで心が安らいでいく。
「あにき、あにきっ、あたしもっあたしも舌っ」
「だぁめ、れるれるぅ~、ちゅぴっ」
「私は耳をいただくわ……ふーっ、ちゅっ、ちゅううっ」
「わたくしは反対側のお耳を……♡ はぁむっ♡ じゅるっ♡」
お雪に一物を、お英に舌を、ジェニファーに左耳を、美樹に右耳を刺激されながら、太一郎は桃源郷のような時間を味わっていた。
四人の妻達がそれぞれの方法で快感を与えてきて、その感触が鼻の奥あたりで混じり合う。どこが一番気持ちいいのかも分からないほどに全身が痺れていた。
暖かい。冬の風も問題にならぬほど温かい。ここが世界の中心なのではないかと思えるほどの多幸感に包まれる。
だが今この瞬間こそ幸福の頂点なのだろうか。いいや違うはずだ。懐胎への期待に震えるお雪の子袋が、ちゅっ、ちゅっ、と先端に吸い付いてそれを否定しているではないか。
ならばもっと先へ行こう。果てへと至ろう。お雪を孕ませて、お英も孕ませて、美樹とジェニファーも再び孕ませて、この幸せの輪を広げていこう。
「あにき、泣いてるの……?」
「やだ、お雪と口吸いしたかった? ごめんね」
「違うわよ、幸せすぎて涙が出たのよ」
「うふふ、わたくし達四人に愛されて幸せですか?」
「当たり前だろ……おれは果報者だ……ああっ、おれは幸せだ!!」
太一郎は天に向かって叫んだ。
目から、耳から、鼻から、口から、肌から、その全てから幸せが伝わってくる。
一物から、胴体から、手足から、頭から、体の全てから幸せが溢れ出すようだった。
「ジェニファー! 好きだ! お前がおれを男にしてくれた! おれに世界を教えてくれた! 愛してるぞ!」
「タイチロウ……! 私も! 医学しか知らなかった私に愛を教えてくれた! 私を女にしたのはあなたよ! あなたのおかげで母親になれた! 私のお腹の中で新しい命を育てる権利をくれた! 本当にありがとう!」
ジェニファーの舌が左耳を這い、涙の粒が頬に落ちて首筋に流れていく。
さらに叫ぶ。
「美樹! おれなんかの女房になってくれて本当に、本当に嬉しかった! お前のおかげで毎日が楽しかったんだ! ずっと一緒だ! これからもずっと!」
「はい、はいっ、わたくしこそ嬉しゅうございます! 太一郎様の妻になれて、わたくしはっ、天下で一番幸せな女です……!」
泣きながら笑う美樹が右耳を甘噛みし、熱湯のような涙が流れ込んでくる。それが脳髄にまで染み渡っていくような錯覚を覚えた。
「お英、お前に惚れられてどんなに嬉しかったか分かるか!? 二人の父親のどっちにも、ちゃんと向き合ったお前が尊かった! お前の全部を愛してる!」
「おいらも! たいちろーの全部が好きっ、お義父さんの愛に応えようと必死に生きてる旦那様が愛しい! 世界一の旦那様っ!」
お英はぐっと肩をつかんで、お雪の体を押し付けながら揺らしてくれる。妹妻の濡れた肉壺と紫色雁高の男棒が擦れ合って、淫猥な水音が奏でられた。
そしてそのままお雪と唇を重ねる。
「きたきたぁ♡ はぐぅ、ちゅっ、んっん~~♡」
いつも悪漢たちには容赦のない唇が、自分の唇や舌には甘えるように絡まってくることが嬉しくて仕方ない。
涙が混じった口内液は複雑な味と香りの構造で、舌で味わうたびに頭がくらくらした。
思わず尻を掴む手に力が入ると、お返しとばかりに腰をくねらせて責め立てられる。
ぬちょぬちょとした粘液質の音が耳朶を打ち、下腹部で亀頭と子宮口が接吻する音が響いて、ああ自分は妻たちに犯されているのだと強く実感させられた。
「ぷあ、あにきっ好き、好き好き好き好き!」
「たいちろー好き! 大好き!! 大好き!!!」
「太一郎様、愛してる! 愛してるの!」
「タイチロウ、愛してるわ! 愛してる!!」
全方位から情熱を叩きつけられて、太一郎の頭はいよいよおかしくなってしまったようだ。
「おれもだっ! お前たちが好きでたまらねえ! 生まれてきてよかった! お前たちに愛されて嬉しい! 幸せ過ぎて死んじまいそうだ!!」
ありったけの気持ちを込めて叫ぶ。冬の風が寒いはずなのに、体の内側だけは春の陽気のようにぽかぽかと暖かいのだ。幸せで幸せで死んでしまいそうだった。
そんなだから、睾丸がぎゅーっとせり上がって射精の準備を始めるのに時間はかからなかった。
睾丸も、精管も、前立腺も精嚢も射精管も竿も包皮も雁首も亀頭も鈴口も、すべてが子種を吐き出そうと収縮運動を始めているのだ。
しかし、膣内のぜん動に気づいたお雪は涙声で訴えてくる。
「いやぁ、いやだいやいや、出さないで、出しちゃだめ……!」
「どうしてっ、どうしてだっ、こんなに幸せで気持ちいいのにっ」
涙をこぼしながら、尻の穴に力を入れる。
なぜそんなことを言うのか──理由を尋ねる必要はない。射精に向けて知能が下がっていく頭だって、それくらいのことは分かっていた。
「出したら終わっちゃうっ、この幸せがおわっちゃうっ、兄貴とお別れしなくちゃいけないっ……」
お雪もぽろぽろと涙を流して、子供のように駄々をこねている。なのに膣壁はうねりながら男根を責め立て、続々と白く濁った淫ら汁を吐き出してきているのだ。
そうだ、射精したら最後だ。それを最後に、お雪とは二度と愛を交わすことは出来なくなる。
「いやだっ、だめっ、別れたくない別れたくない別れたくないよぉっ!」
「お雪っ、お雪お雪お雪っ! おれだって、おれだってっ!」
涙でもうお互いの顔が見えない。
なのに女性器と男性器は残酷で、織姫と彦星を気取って段差とヒダで何度も抱き合う。
淫汁の一滴すら余さず搾り取り、なんとしても種を子袋にたどり着かせようと真っ赤に充血してうごめいている。
ああ、これが男と女なのか。
互いの体を貪ることでしか生きられない動物なのだと思わされる。死んでしまいそうなほど悲しく、命が燃え尽きそうなほどに愛おしい。
「離れちゃやだぁっ、一緒がいいっ、ずーっと一緒がいいっ! 一生死ぬまであたしのナカにいてぇっ!」
「ああぁっ出るぞ、出ちまうぞ、おれの子供を産んでくれ……孕めっ孕めええぇっ!!」
「許さないからっ出したら許さないからっ、一生恨み続けるからっ! 呪ってやるからああっ!」
「恨んでもいい、呪ってもいいっ、おれはそれでもお前が好きだああああっっ!!」
「いやぁぁぁぁっ! 好き! すきぃいいいっ!! うああああぁぁぁっっ!!!!」
太一郎の一物が膨れ上がり、大量の白濁液を解き放った。同時に、絶頂の快感に打ち震えるお雪が仰け反りながら、泣きじゃくるような極まりの声を上げる。
びゅーっ、びゅるるーっ、どぴゅるっ、どくんっ、どくんっ、どくっ、……
「あーっ!」
喉を絞るような甲高い女声。
お雪の裸身が引きつるようにわななく。子宮口に密着した鈴口から勢いよく放たれる濁流を受け止めて、歓喜に打ち震えている。
一方で妻は快楽の波に押し流されまいとするかのように、しっかりと夫の腰に脚を絡めていた。決して離すものかと言わんばかりにすがりつく。
「ああ、しぼまないで、ずっと硬いままにしてぇ……!」
甘い哀願。
だが、悲しいかなそれは無理な相談だ。愛する人の膣内で発射すればするほど、男の一物は萎えていく。
「お願いします、お願い……ずっとビュルびゅるしててください……ずっとずっとお雪の中にいてください……」
そうしたい。
そうしたいが、幸せの頂点で行われた射精は太一郎の全てを動員している。射精の勢いが少しずつ弱まっていく。
「あっ……入ってきた……あにきの汁が、あたしの子袋に入ってきてる……!」
悲しみに歪んでいた顔がふっと穏やかになり、口元に笑みが浮かんだ。
涙をこぼしながら、おんなの幸せに酔うようにうっとりと目を閉じる。
それからまた大粒の涙があふれてきた。
「……まだ出てるぅ」
その呟きを聞いて太一郎は気づいた。
確かに先ほどより量は少ないものの、いまだに一物からは子種が吐き出されている。
その全てを、愛しい妻の胎内に送り込もうとしているのだ。
「うっ、ぐすっ、出して、最後まで出して……ごめんよ、困らせてばっかりでごめんよ……」
お雪の両腕はがっしりと夫を抱きしめており、その両脚もまた同じく絡みついて離さない。
子袋を突き抜ける種付けの法悦に酔いながら、ごめんごめんと謝罪の言葉を繰り返していた。その拍子に合わせて子種を吸い込んでいく。
太一郎は、お雪の奥底にこれほど深い味わいが眠っていたことを初めて知った。魂まで抜き取られそうなほどの快感を味わいながら、ぶるぶると頭を揺すって、
「おれこそ……おれを許してくれ……お前を愛してるんだ……」
何度も謝ることしかできない。そしてそのたびに彼女の腕に力が入り、結合部がぎゅっと窄まるのだった。
そうやって二人はしばしのあいだ繋がり続けたのだが、やがてそれも終わりを迎える。
「たいちろ、お雪。離すよ」
「あっ、待ってっ」
お英が後ろに下がると、肉棒はずにゅんという生々しい感触とともにお雪の蜜壺から抜け出ていく。
その瞬間、太一郎もお雪も力尽きてその場に崩れ落ちた。
「あっ出ちゃうっ」
名残惜しそうに痙攣する肉びらから、泡立った愛液がとろとろとこぼれて落ちる。
そこに混じった白いものを、お雪は慌てて腰布を当ててせき止めた。
「ううっ……終わっちゃった…………最後の……最後だったのに……ううっ、ああ、ひぐっ、ふえぇん……」
子供のように泣くお雪を見ていられず、太一郎は視線を逸らしてしまう。
「泣かないでお雪、ほら立って」
「タイチロウも立ちなさい。だらしない所を見せちゃいけないわ」
「そうです、男らしいところを見せてくださいませ」
妻たちは三者三様に優しい声を掛けてくれるが、その内容は厳しい。
男はぐっと唇を噛み、立ち上がった。女の前で情けなくしては、いられない。
「お雪、ほら」
差し出した手を取ろうとしない妹妻に向かって、夫はそっと呼びかける。
それでようやく顔を上げたお雪だったが、その顔は涙に濡れているばかりか鼻水まで垂れている有様だった。
「……ひっく……ひぐっ……」
嗚咽のせいでうまく言葉が出てこないようだった。
太一郎は無理やり抱き起こして、懐紙を取り出しお雪の顔に当ててやる。
「これで鼻をかんで……大丈夫か?」
「……うん」
素直に頷いた後、今度は自分の番だとばかりに手を伸ばすと、夫の涙を拭い始める。
そんな妻に微笑みかけると、太一郎はお雪を横抱きに抱え、小舟に向かってゆっくりと歩き出した。帆船に戻り、体を温めてやらなければ。
二人の後ろをついていくようにして、三人の妻が続く。
「恥ずかしいよ」
「今更だろう。お前が立てないときは、助けてやるのがおれの役目だ」
「うん。……それも、今日で終わりだね」
「……ああ。いや……」
それ以上は言葉にならなかった。
太一郎もお雪も、命をかけて切り合う以外の生き方を知らない。時間が全てを解決してくれるだろうが、果たして生き残れるかどうか。
「できたかな。あたしと兄貴の子供……」
お雪はお腹に手を当てながら呟くと、視線を海の方へ向けた。つられて太一郎も視線を追う。
希薄で澄んだ冬の光を浴びて海面がきらきら輝いている。その向こうに見える大きな塊は江戸城だろうか。
「……きっと、な。きっと……」
それ以上は、やはり言葉にはできなかった。
◆◆◆
「もう行くのか。せめて、年越しを一緒にしてからでも」
夕日に染まる甲板でそう言うと、身支度を整えたお雪は笑った。
「そうはいかねえよ。目出度い時ほど、悪党は悪さをするもんさ」
ははっ、と快活に笑う。甘えも涙も全て拭い去って、彼女は隠密同心に戻っていた。
お英が泣きはらした顔ですがりつく。
「じゃあね、お雪。……うう、ぐすっ。必ずまた会おうね」
「わかってるって! しつこいねえお前も」
「だってえ……」
泣きはらすお英の肩を、後ろからジェニファーがそっと抱く。そして耳元で何事か囁くと、お英が離れていく。
「じゃあね、お雪さん。体に気をつけて」
「先生も何度目だい。心配されなくたってお雪様は大丈夫だってば!」
呆れ顔で肩をすくめるお雪の前に進み出ると、ジェニファーは言った。
「そうね、心配しすぎよね。あなたはタイチロウを守れるくらい強いんだもの」
「そうそう、だから」
「でも無茶をしがちなのは良くないわ。いい? 妊娠が分かるのは早い人で二十日後、でもこれは最後の月経を起点に数えるのよ。あなたは今十八日目だから、およそあと七日で初期症状が現れるわ。その時にはおりものに僅かに血が混じって、胸とお腹に張りと痛みが……」
「分かった分かった分かりましたから、そんなに言わなくても大丈夫ですよぉー」
うんざりした様子で耳を塞ぐので、太一郎は苦笑した。
ジェニファーはまるで我が子のように心配しているが、それが彼女の性分なのだ。きっと厳しい母になるだろう。
「お雪さん、これをお持ち下さい」
美樹が荷物の中から取り出したのはお守りであった。まじまじと見つめてから、お雪は嬉しそうに受け取った。
「ありがとうよ、姉さん。水天宮の安産祈願かあ……ふふ、子宝じゃないところが嬉しいねえ」
「はい、きっと大丈夫です。無事にお子が生まれますように。それから、この子も……」
そう言って美樹は自分の腹に手をやった。お雪が優しく手を伸ばし、美樹のそこを撫でる。
「大きいね」
「はい」
頷く美樹の顔は穏やかだ。すでに母親の顔つきになっている。
「お雪」
「兄貴……いや」
最後に太一郎が声をかけると、お雪は首を振った。
「さよならだ、あたしの太一郎」
「ああ、さよならだ、おれのお雪」
最後に一度だけ唇を交わそうと顔を寄せる。
だが、唇が触れる直前になって少女は後ろに下がった。
次の瞬間、お雪が短刀を抜き放つ。正確に喉元を狙ったそれを、太一郎は逆手に抜いた脇差しで払い除けた。
きぃん、と甲高い音が響く。
「……やるね。これなら、亜米利加でも生き残れそうだ」
「そうだな。……そう、『あたりきしゃりきのこんこんちき』だったか?」
どちらからともなく、二人は笑い出した。それは決して楽しげなものではない。この一瞬を惜しむかのように、寂しげに。
互いの目を見つめ合い、声を立てずに笑うと、そのまま背を向ける。
「さらば、隠密同心。また会おう」
「ああ、さらば人斬り。また」
太一郎の背後で、隠密同心が駆け出す。
甲板から跳躍し小舟に飛び移る
さらば、大江戸。さらば、隠密同心。
おれを愛し、守ってくれたお前たちに、幸多かれと祈ろう。父が、おれにそうしてくれたように。
「さあて……行くか」
「はい」「ええ」「うん」
三人の声が重なる。江戸の町から、気の早い坊主がついた除夜の鐘が聞こえてきた。
(第十二回 さらば隠密同心 了)
そして、十年の月日が経った。
(エピロォグ 祝言 に続く)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回投稿で、最終回となります。お楽しみに。