隠密同心 心得之条
我が命我が物と思わず
武門之儀 飽くまで陰にて
己の器量を伏し
御下命 如何にても果す可し
尚、死して屍拾う者無し
死して屍拾う者無し
死して屍、拾う者無し
◆◆◆
悪漢共の巣は、鼠小僧の処刑が行われるはずだった
これは偶然ではない。骨ヶ原は、まともな者は近づかぬからだ。
ここで処刑された者はそのまま野ざらしとされる。または申し訳程度に土を被せるのみだ。当然、夏になると周囲に臭気が充満する。そして野犬やイタチの類が食い散らかし、あたりは地獄のような有様になる。
また大川(隅田川)が近いため、日本橋のような江戸中心部にも比較的行きやすい。隠れ家としては最適であった。
船で川を登り、悪漢たちは巣に戻ってきた。手足を縛られたままの鼠小僧を、床へと乱暴に投げ捨てる。
「あうっ!」
鼠小僧、すなわちお英は、小さく悲鳴を上げた。
悪漢たちは、浪人風の者もいれば、やくざ者もいる。一人だけかたぎ風の男もいた。
全員が、じっとりとした目つきでお英を見下ろしている。
「おい、やっぱり女じゃないか」
「ああ、乳もある。化粧した男じゃねえ」
「じゃあ何で鼠小僧なんてやってやがったんだ」
「鼠小僧の娘か」
「でもよう、異人だぜ」
口々に文句を言いながらも、かたぎ風の男が下卑た笑みを浮かべた。
「へへ、それにしても可愛い顔してやがんな。あんまり怖がらせちゃ可哀想だ。縄は解いてやろう。さあおいで、俺の女にしてやるからよ」
そう言って、男は手を差し伸べる。
お英は、その手に唾を吐きかけた。
「おまえ、でっちあげの瓦版を書いた奴だろう。気安く触るんじゃない! おいらの体に指一本触れるな!」
「な、なんだこのガキ……」
「クソアマぁ」
「ふざけんなよ」
お英は、身動きが取れないことに怯えながらも、しかし決然と叫ぶ。
「そうとも、おいらは
「はん、威勢のいい女だ……でもよお、女ってのは、一発やっちまえば大人しく従うもんだ。俺たちの下でアヘアヘ言わせてやるぜえ」
「そうだ、俺たちのガキをぽんぽこ産ませてやろうぜ。そのガキどもを新しい鼠小僧にしちまおう」
「ははは! そりゃいいや! 俺は賛成だよ! ひひっ!」
「とっとと
悪漢の一人が、袴を脱いで男根を露出させた。醜悪な肉塊が、お英の目に飛び込んでくる。
お英は必死で悲鳴を堪えた。小屋の中にいる悪漢は四人、だが外にはその倍はいたはずだ。十人以上の男から嬲られて、果たしてお英は正気を保っていられるのだろうか。
「おいおい、そんなに焦るなって。まずは着物脱がせようぜ、せっかく上玉なんだ」
「おめーの趣味はわかんねェなあ、異人だぜ」
「いいだろ、ほら、お嬢ちゃん、早く服ぬぎぬぎしようねぇ~」
悪漢たちが、お英の着物を剥ぎ取ろうとした。
「や、止めろっ!」
「大人しくしろ!」
悪漢が、抵抗するお英の手を踏みつけた。
「そのまま押さえとけよ。お嬢ちゃん、今からお前を瓦版に書いてやるよ。『鼠小僧は女だった!』『悪漢どもに輪姦されて快楽絶頂!』『おいらを孕ませて。異人女、涙の懇願』……くくく、みんな喜ぶだろうなあ。楽しみだなあ」
「う……うう……」
悪漢が、ついにお英の帯を解いた。白い肌が露になる。悪漢たちの眼光が、いっそう激しくなったように思えた。
「へへ、たまらねえな」
一人の男が、舌なめずりをした。
「ああ……ああ……」
お英は、目を瞑った。
「へへ、どうした? 泣きそうなツラして」
「……おいらは絶対に泣かないぞ……お前らの貧相なチンポコなんかに負けないんだ……!」
「チンポコ? ははっ、チンポコとは、おめえ
悪漢の一人が、口を突き出してお英の唇に吸い付こうとした。
──その時である。
「あぎゃああああああ!!」
「な、なんだ?」
「なんだよ一体!」
激痛に男は絶叫を上げ、他の悪漢たちは騒然となる。
お英は床に落ちた椿の花を見た。それは、椿の枝を鋭く尖らせた、即席の手裏剣だった。ご丁寧に、真っ赤な椿の花がそのまま付いている。
「誰だ!」
悪漢たちは一斉に扉の方に目をやった。
「へっ、なかなかいい女っぷりじゃねえか」
侍は、手にした短刀でお英の縄を切る。
「た、太一郎さん……ううっ、たいちろぉ~」
お英は太一郎の胸にすがって泣く。太一郎はお英を抱き寄せて、背中をさすってくれた。
「お英、もう大丈夫だぞ」
「うっ……ぐすっ……うん……ありがと、たいちろー」
太一郎は、お英を横抱きに抱え上げ、素早く小屋から脱出した。
◆◆◆
小屋から出てきた侍と鼠小僧を見て、外にいた悪漢たちは十重二十重に取り囲む。
「どこへ行く、貴様ァッ!」
「てめえ、俺たちが誰だか知っててやってんのか!?」
「知るわけねえだろう、馬鹿が。てめえらは殺す必要もなけりゃ殺したいとも思っていない五つの娘を、寄ってたかって嬲り殺しにしやがった。名前を覚える価値もねえ、ただのクズどもだ」
「ふざけやがって! ぶっ殺せ!」
「そうかい」
侍は、懐から取り出した煙玉を地面に叩きつける。すると、あたり一面に白い煙が立ち込めた。
「な、何も見えねえぞ」
「くそっ、卑怯だぞ!」
悪漢たちの罵声が林に響く。
その声を圧するように、怒りに満ちた大音声が響いた。
「なあにが卑怯だ、このクソ野郎共!! てめえらの悪事、たとえ世間が黙って見逃したとしても、この十文字槍が許さねえぜ!!!」
嵐のような音を立てて、槍の穂先で白煙が薙ぎ払われる。
そこには、巫女のそれにも似た赤い袴姿の少女が立っていた。
「な、なんだこいつ!?」
悪漢たちの間に動揺が広がる。整った顔立ちの美しい少女であった。さらりと流れる黒髪は、背中の中ほどまで伸びており、それを後ろで束ねている。だが、彼女の美しさを最も際立たせているのは、その瞳であろう。鳶色の澄んだ目は獲物を狙う猛禽類のように鋭く、そして明確な殺意を湛えている。
恐ろしいのは、その得物だった。戦国武者かと思うような長い十文字槍である。
「な、なんだてめえは……! な、名を名乗りやがれ!」
一人の悪漢が叫ぶ。
少女は嫌悪感を露わに、ぺっと唾を吐き捨てた。
「名を名乗れだあ? 女の影に隠れるしか能がねえ ど
「な、何だと!?」
いつの間にか悪漢共の後ろに回っていた侍が、少女に言う。
「おい、お役目だぞお雪ちゃん。ちゃんとやるんだ」
「……えい、兄貴が言うんじゃ仕方ねえ」
少女は嫌々ながら十文字槍を振り、見得を切る。侍も進み出て、刀を構える。
「隠密同心、十文字お雪!」
「同じく、出楠太一郎!」
侍の横から、いつの間にか黒ずくめの盗み装束となった鼠小僧が進み出た。
「鼠小僧次郎吉の娘、お英!」
名乗りを上げたお英が、太一郎の肩を蹴って鳥のように跳躍する。
そのつま先が、二間(約3.7m)は離れていた悪漢の顔面に突き刺さった。男は悲鳴を上げる間もなく、鼻血と砕けた歯とその他諸々と撒き散らしながら吹き飛び、背後の悪漢を巻き添えにして倒れ込む。
「ええーい、野郎ども、何をモタモタしてやがる! 殺せ殺せ!」
悪漢共が一斉に襲い掛かる。だが、お英はまるで柳に風とばかりに、軽業師の如く攻撃をかわしていく。
斬撃をかわされた悪漢の一人がよろめいた隙に、その体を飛び越えたお英が、前方の悪漢を強かに蹴り飛ばした。
「こ、こいつ鳥か! それとも猿か!?」
「決まってるだろ、鼠小僧だ!」
お英はそう言い放ち、また別の男を踏み台にして木の上に飛び上がった。
上だと言って見上げた隙だらけの悪漢たちを、お雪と太一郎が次々と斬り伏せる。
「なによそ見してんだ、このクソ野郎共!!」
お雪の十文字槍が、悪漢の土手っ腹に深々と食い込んだ。
口から血を吐いた男が崩れ落ちる前に、お雪は次の獲物に飛びかかる。
「でえええええええええええい!!!」
気合と共に振るわれる十文字槍の刃が、悪漢の頭蓋を一つ、首を二つ、胸板を二つ、腹を三つ、瞬きの間に叩き割っていく。
血煙の中、返り血を浴びたお雪は、悪鬼羅刹もかくやという凄まじい形相で、次の敵に狙いを定める。
「ひいいいっ!」
慌てて逃げようとした男の背を、太一郎の刀が容赦なく両断した。
「逃げるな。どうせ死ぬなら、おれたちに殺される方が幸せだぞ」
その様子を見ていたお英が言った。
「二人とも、やり過ぎじゃないの」
「いいんだよ! 悪党は死んで当然だ」
お英が、呆れたようにため息をつく。
お雪の背後から、忍び寄ってきた男が短刀を構えていた。
「ほら、後ろ」
だが、お英が投げた小石がその手首を打ち抜き、男は悶絶した。
「……おおっと!」
「おい、お雪ちゃん! あんまり調子に乗るなよ!」
「うへっ、ごめんなさい兄貴」
太一郎が、悶絶する悪漢の喉笛を一突きにした。
ぐえっと声がして、辺りは静まり返る。
「ふぅ……」
お英が木の上から飛び降り、お雪の隣に着地した。
「どう、兄貴? 全部片付いた?」
「いや……後一人、瓦版屋がいるはずだぜ。小屋の中だ」
果たして、小屋の中には、かたぎの姿をした中年の男がいた。腰を抜かしたのか地面に座り込んだまま、じりじりと後退りをする。
「なっ、なあ、助けてくだせえお侍さま!」
「もう、観念しろ」
太一郎が、一歩ずつゆっくりと近付いていく。
「ひぃっ! ゆ、許してくれぇ! そうだ、瓦版! 鼠小僧さまと隠密同心さまを瓦版で宣伝させてください!」
往生際の悪い中年男に、お雪とお英が冷たい視線を浴びせかけた。
「ああん? なんて書くつもりだ、おっさん」
「あることないこと書きまくって、おいらたちを陥れる気か」
「い、いやその! 『大江戸に正義の味方、現る』とか、『世直しねずみ小僧と隠密同心のお手柄物語』『お手並み拝見! お奉行様対ねずみ小僧!』とか! 他にも色々書けます! 売上も全部差し上げます! ですから、命だけはお許しを!」
「そうかい、そいつはいい事を聞いたな」
太一郎が、男の胸ぐらを掴み上げる。
「なら貴様、今すぐここで瓦版を書くんだな。『いたいけな子供を殺害した〈にせ鼠小僧〉の正体、すべての罪をここに告白します』ってな」
「……そ、そんな事書いたら
「そうだな。だから今死ね」
太一郎は脇差しを引き抜くと、躊躇なく振り下ろした。
首筋に深々と刃が食い込み、血が噴き出す。
男は絶命した。
「ふーっ……♥」
太一郎は、自分の頬についた返り血を拭いながら、満足げなため息をついた。お英が呆れたように見やる。
「ねえ、たいちろー。気持ち悪いから止めようよ、その顔」
「え……そうか?」
「うん、お雪も嫌だと思わない?」
「あたしは別に気にしないけど。まあ、兄貴はきりっとしてる方が男前かな……」
こうして、〈にせ鼠小僧〉騒動は幕を引いた。
◆◆◆
さて、その後、鼠小僧はぱったりと江戸に現れなくなった。
代わりに現れたのが〈女ねずみ〉という
「……まあ、相変わらず〈ねずみ様〉と呼ばれておりますがね」
大川端の診療所に現れた青木源造は、紅茶を恐る恐る飲みながらそう言った。
ジェニファーは「あら、そうなんですか」などと素知らぬ顔で答えている。
「いずれにせよ、拙者が必ず捕らえてご覧にいれますよ。盗みは盗み、法は法だ」
「でも青木様、なぜ〈女ねずみ〉が女だと分かるんですか?」
ジェニファーが尋ねると、源造は少し顔を赤らめながら答えた。
「それがまあ……身体にぴったりと張り付いた盗み装束を使っておりましてな。なんというか……女の体つきが、こう、はっきりと見えるわけですな。それに、声も妙に艶っぽくなりましてですね……いやはや、参ったもんで。ははは」
「へえ……」
その話を聞いていたお英は、〈青木様って実は純なお人だったんだ〉と思った。
〈女ねずみ〉として何度か相対したが、変な力みが取れて余裕が出てきたような気がする。そのせいか、同心としての源造は以前よりも手ごわくなったように感じていた。
「ところでヴィンケルマン先生、あちらの娘さんは?」
「ああ、今度私が横浜から連れてきた看護婦で、エイミーと言います。身元は確かですよ。なかなか優秀な娘さんで、助かりました」
「ほほう、それはまた。拙者、北町奉行所の定町廻り、青木源造と申す」
源造は感心したように何度もうなずいて名を名乗った。
お英はエイミーです、と小さな声で挨拶し、そそくさと退室した。
ジェニファーはお英の身元保証人になるにあたり、条件を出した。
「盗みや施しを止めろとは言わないわ。でも、商家や小さな子供がいるところを狙うのは止めなさい。また模倣犯が出るかもしれないわ」
「うん、分かった」
「よろしい。それと、私が江戸にいる時は、診療所を手伝うこと。お金や食料を渡すばかりが人助けじゃないわ。傷や病を癒すのも立派な人助け」
「それも分かった」
「よろしい。……あと、私のことはジェニーでいいわ。そういうの、愛称って言うの。仲良くしましょ? 妹ができたみたいで嬉しいのよね。よろしくね、お英ちゃん」
「こちらこそ。………………ジェニー」
◆◆◆
その日の夜、診療所で一人になったお英は、日課の自慰行為に取り組んでいた。
「はあ……あんっ、あっ、んんっ! んーっ♡」
このところ、病みつきであった。お英の若い好奇心は、もはや抑えようがなかった。
「はぁ……気持ちいい……もっと……」
快楽に溺れる己の姿を思い浮かべ、お英の秘裂からは愛液が滴り落ちる。
特に〈女ねずみ〉として盗みと施しをした日は、昂ぶりが止まらない。修羅場をくぐるほど、その興奮は増していく。
おかずは、いつも同じだ。
「たいちろー、ジェニー……♡」
あの日、悪漢に組み敷かれたところを太一郎に救われてから、お英はどこかタガが外れたようになってしまっていた。太一郎とジェニファーが交わる姿を何度も覗いた。そのたびに子宮がきゅんきゅん疼いて、どうしようもなかった。
「も、もう一回……」
腰の下に枕を挟み込んで、両足を開いた体勢になると、両手で二つの性感帯を刺激する。右手の親指と人差し指で肉芽を摘まんで持ち上げると、ゆっくりと擦り始める。お英は、身体の中心に熱が溜まっていき、それが背骨を通って脳まで駆け上がってくるのを感じて、思わず身震いした。指先で肉芽を押し潰すと、快感が弾けて、下腹部の奥底がキュンとするのを感じた。
右手を動かしながら、左手で胸への愛撫も再開させる。左の乳房を下から掴んで、ゆっくり搾るように揉みしだく。乳輪の周りの柔らかい肉に指を埋めて、乳首を摘まみながら引っ張ったり離したりする。
「んっ、くぅっ」
指の間で乳首を挟んで、そのままコリコリと転がすように刺激する。
「あふっ……あぁ……あぁ……♡」
右手が刺激している肉芽は、既に勃起しきっていて、包皮が剥けてしまっていた。
指の腹で押し込むようにすると、強烈な性感がお英の身体を支配する。
「ひいっ……あううっっ……ひっ………♡」
以前のお英は、自分の性器にこんな気持ちいいモノが隠されていたなんて知らなかった。
「ひっ……ひっ……アっ……♡」
指の動きを止められない。
(ああ、きた、また、きちゃった……)
大きいが、きっと浅い絶頂がすぐそこまで来ている。
(これじゃない、もっとお腹の奥に深く突き刺さるような、パッと頭の奥に閃光みたいなものが走るような、そういうのが良いの!)
そうなるために必要なことを、今のお英はもう知っている。
妄想の中に、太一郎とジェニファーが現れた。
二人は、お英に手を伸ばして、乳首と肉芽を優しく触ってくれる。そして、耳元で囁いてくれるのだ。
『お英、気持ちよくしてやるからな』
『可愛いお豆ちゃんよぉ、いっぱい弄ってあげるわねぇ?』
(う、うん、お願い、たいちろー、ジェニー)
お英の意識の中で、二人の手が乳首と陰核を同時に責め始めた。
お英の全身に鳥肌が立ち、背筋にゾワリとした感覚が走った。お英は、二人の名前を呼ぼうとしたが、舌が回らない。
「……ああ……ん……っっ♡……んっっ!」
再び指を動かす。
「あ゛、あっ、あぁっ」
腰が跳ねる。お英は、夢中で指先を動かし続けていた。お英の頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなっていた。
(すごい、これ、これ、この感じ、あたまに閃光が走って、バチッってなって、それで、おいら、おかしくなる、ぜんぶ、よくなっちゃう、おわらなくなっちゃう、でも、これで、おわりたくない、ずっとつづけたい、ほしい、もっと、ほしくなる、だめ、だめ、もう、むり、くるっ、くるよぉっ!)
『お英、イッちまえ。おれはお英に何度だってイッて欲しいんだ』
太一郎の声が聞こえた気がした。
「あ、あうぅん、あっ、あっ、あっ」
『あら、イキそうなのかしら? ふふ、可愛らしい声ね』
ジェニファーの声も聴こえてくる。
お英は泣きながら妄想に懇願する。
「あ、イク、いく、いきます、たいちろー、ジェニー、イッていいですか、イッていいですか、言って、良いよって、良いよって言って!」
『ええ、もちろんよ、お英。あなたは本当にかわいい子。私達の愛しい人。大好き。私達はあなたを愛してるの。だから、ほら、イケば良いの。それが、幸せってことなのよ?』
『ああ、もちろんだ、お英。おれたちはお前のことを心の底から想っているんだ。お前のことを大切に思っているんだよ。お前のことが、好きだ。お前の笑顔を見るだけで、幸せになれる。だから、ほら、イケば良い。これが、本当の幸せなんだ。そうだろ、お英。イッてしまえ!』
「はい、おいらもです、おいらも好き、好き、おいら、しあわせ、あ、あ、あ、あ、あ、あ………………あ♡♡♡♡!!!!!」
お英はビクンっと身体を大きく痙攣させ、声にならない声を上げた。その瞬間、お英の脳内で閃光が弾けた。それはお英の魂が肉体から離れたかと思うほどの衝撃だった。脳髄の奥の奥まで痺れるような快感の奔流が駆け巡り、お英の視界は一瞬にしてホワイトアウトしてしまった。
それから数秒後、お英はゆっくりと現実に戻ってきた。
「…………あぁ……」
お英は放心していた。
「……あ、あぁ……あ……ああ……」
涙やら汗やらが混じった液体が、お英の顔を流れ落ちた。
「……は……あ……う……ああ……ああ……ああああ……」
お英はしばらくの間、呆然としていたが、やがて寝台の上で丸くなった。
疲れ切ったお英は、そのまま眠ってしまいたかったのだが、眠れない。深い絶頂はとても素晴らしいが、代わりに何とも言えない寂しさをもたらす。
寂しさに耐えかねて、もう一度太一郎とジェニファーを思い浮かべてみる。妄想の二人は、今度は包み込むように抱きしめて、頭を撫でてくれた。そうすると、寂しさがふんわりと和らいでいく。お英は、目を閉じて、その妄想に浸った。
(えへへ……)
いつしか妄想は夢に変わっていった。
◆◆◆
太一郎は、美樹を伴って小野寺家を訪れていた。
勘蔵は二人の訪問をいたく喜び、茶だの菓子だのともてなしてくれた。
「義父上、こちらは先日の
太一郎がそう言うと、美樹がそっと風呂敷包みを差し出した。
「おお、そんな気を遣わんでもいいのに……。だが、せっかくの品だ。遠慮せず頂戴しよう」
勘蔵は、包みを受け取ると嬉しそうな顔をした。
「父上、中身は
「……ほう、そうか! 八十八夜の新茶か。いやあ、これは嬉しいのう」
八十八夜の新茶は、春から夏に変わる日と言われる八十八夜に摘まれたものだ。不老長寿の縁起物である。
「義父上には、いつまでもご健勝でいていただきたいと存じまして」
それは太一郎の本心だった。勘蔵は、少し照れ臭そうに頭を掻いた。それから、太一郎の肩をぽんと叩く。
「太一郎殿、
「左様……身は甘く、柔らかく……それがしと美樹も、蛤の貝殻のように、ぴったりと心が合わさりました」
美樹が顔を真赤にして、太一郎の尻をつねる。
「もう! 太一郎様のばか!」
勘蔵は、声を挙げて笑った。もうすぐ江戸に梅雨が来る頃の話である。
(第二回 女ねずみ只今参上 了)