「魔法を一切使えないってのは本当かい?ハイド君」
「今さらなんだよ、ホルン」
「調べてみたら珍しいことでは無いみたいだが」
城のある一室で、二人は偶然顔を合わせた。
「君がここに来て一ヶ月、僕たちは副団長のミレラ君を除いて君の事をよく知らない」
「仲を深めたいって事か」
「その通り。何か話したくない事でもあるのかい」
「いや、俺は少し面倒なごく普通の人生を送って来た。むしろ…お前の方が何かあるんじゃないのか?偽名って言ってたろ」
「…確かに、自分の事を言わず、他人の事を聞くのは失礼だったかな」
「いや、いいよ。話したくないなら話さなくていい」
「そうかい?」
「俺はもう行くぞ」
ハイドは立つ上がり、部屋を後にしようとした。
「時期が来たら話すよ…僕の事。来ない方が良いけどね」
「……そうか。んじゃ、また後でな」
「あぁ。また後で」
それが一年と少し前…
彼は…ホルンが何かの悩みを抱えているのはわかっていたし、何か重要な隠し事がある事も分かった。
そして、今…
鏡の骸骨に連れ去られた彼が、目の前にいる。
「……お前は魔人にはなっていないのか?他の奴は…」
「僕は喋れるし、魔物になることも出来ないよ」
「それで、何か用か?こっちは聞きたいことが山ほどあるぜ…半殺しにされた時の借りもあるしな」
トールとローザに、目で"下がっていろ"と合図する。
二人はそれに無言で頷く。
「ホルン…お前は今…どっち側なんだ?」
「……僕は今…スレスレな場所にいる。魔人と人との境だ」
「なりかけてるって事か?」
「…その通り…魔人がどういったものか知っているか?」
「魔物と人間の間に産まれたもの…の筈が…何故か…あいつらも…」
「そう。無理矢理魔物を造る方法がある」
「そんな物が?」
「君はもう知っているだろう…鏡の骸骨、"ティトラカワン"の"魔力を与える"力…」
「あぁ」
「実は、魔力を与えられて平気なのは元から魔物の奴と自信の魔力を持たない人間のみなんだ」
「…それで?」
「魔力を持った人間に、魔物の魔力を無理矢理捩じ込むと…強い拒否反応を起こし、出来損ないの魔人が出来上がる」
「…?」
「安心したまえ、彼らも詳しく調べずに使ってる…僕が境にいるのは、"耐えた"からだ…」
「それで…次は僕からの質問だ」
眉間にシワが寄ったのがハッキリと分かった。
それに警戒し、刀の柄に手をかける。
「…君…"元に戻す方法を探さなかった"…な?」
「!」
「チャンスは幾つかあったし、君も気付いていたろう…何故…誰にも聞かなかったか、それを避けたか…」
「…」
「スティーブの奴を殺してしまったからだ。その後に元に戻す方法を見つけてしまうのが怖かったんだろう?」
「…その通りだよ。ホルン」
「君は素直だ。だから良い…」
「…戻す方法があるかは僕にも分からない…でも…君と後ろの彼が持つ…"奪う"力は、何かに使えるかもしれない…い…」
「俺と…トールが…?」
「正確には魔力を持たぬ者の力だね。それで、今日は一つ頼み事があってね…ね…あぁ…クソ…」
突然、彼は自信の指に噛み付いた。
「!?」
(様子が?)
「…言ったろ…僕は今…境…にいる…!って…!!限界なんだよッ!!僕の希望は!僕を人に止めていた希望が…!!!」
「ホルン…!?どうしたんだ!?」
「いや無理だ引き込まれる!最後に…!!君に伝えておくよッ!!僕の名はッ!!!」
「!」
「"カーク•ハート"だ…!!」
("ハート"…メリシアと同じ…)
「………」
静かになった。
「…ハイド、剣、抜いておいた方がいいぜ」
「あぁ…」
「なに…これ…」
彼女、ララルーフが城へと辿り着いた時には既に戦いが終わった後だった。
城だけでなく周りの街まで大きく被害が及んでいる、人が住める形の物はもう何も残っていない。
「エンディ!!何処にいるの!?」
城があった筈の場所に積み上げられた瓦礫を魔法でどかしていく。
「!…これは…」
「よぉ…久しぶりだな…ララルーフ」
「エンディと…ハイズさん…!?」
瓦礫の隙間に身を小さくして、潰されるのを防いでいた。
「ほんと、死んだふりなんて趣味悪いわねぇ〜ハイズ」
「引っ付くんじゃあない。あの程度で死んでたまるか…だが、不死は無事手放せられたよ」
「え…何があったの?」
瓦礫を吹き飛ばし、二人を支えあげる。
「それは後で話そう、先に治癒魔法を頼むよ」
「わかりました…敵はどうやって誰にも見つからず城まで来れたんでしょうか?」
ハイズが身につけたボロボロになった布を破り取り、傷口に治癒の魔法をかける。
「恐らく、魔人の能力…」
「それしても、一匹も仕留められなかったのは痛いわねぇ」
「大物だらけだったからな」
「これまでどこに行ってたんです?」
「旅だ。ただ生きてるだけじゃつまらないからな…」
「旅って…ご自身の息子さんが、勇者と共に旅をしている事…ご存知ですか?」
「エンディに聞いた。だからここにいる…」
血が止まり傷が塞がっていく。
「国は崩れ、王は死んだ。本当の戦争は…ここからだ」
フレイジア最も国力が高く、故にこの戦争の主軸となっていた。
数々の権力者がこの国に集まり、できる限りの事をしていた。
「その国が崩れ、統率する者がいない今…皆が頼りにするのは、この戦争の象徴…勇者だ」
「なるほど。確かに生き残った者たちの中で一番力が強いのは…ハインツ君ね。無能な奴らは放っておいて…」
「彼を筆頭に、軍を再編成する。準備が完了すれば…"最終決戦"だ……痛いんだが?」
「中は完全には癒えませんよ」
「……」
ハイドは一瞬、刀を抜くのを戸惑った。
先ほどまで普通に話していた彼を。先の二人とは違い、話が通じていた彼を…
切らなければいけない。
(たった一年、一緒に暮らしただけで…ここまで…辛いのか…)
「ハイド!氷だッ!!」
近くを流れていた川まで押されてしまい、全身が水に濡れてしまった。
ホルンが川に手を突っ込むと、気が付けばハイドの両足は氷で固められていた。
(いや…それはスティーブもグスタフも一緒だ…こんな所で止まれるかよ…贔屓は無しだ)
強化魔法を使い氷の足枷から脱出する。
(奴の戦い方はメチャクチャな魔法…!いずれ魔力が尽きる筈だ…そこを叩けば勝てる!)
「俺たちは奴の動きを止める!ローザは後ろへ!奴の動きが止まったら風をぶち当てろ!」
「わかりました!!」
前衛の二人はホルンへと姿勢を低くして斬りかかる。
ハイドは首へ、トールは足に向かって剣を振りつけた。
「「!」」
瞬時に距離を取り、それを避けた。
「思ったより冷静だし、魔術師とは思えないほど身軽じゃねぇか。厄介な奴が敵になったんだな」
「確かにな。味方だったらどれだけ心強いか…何度も窮地を助けられたよ…あいつには…」
「……」
無数の氷の棘が、ホルンの周りに生み出される。こちらを狙っているようだ。
「あれは…見たことない魔法だな」
「俺も、ローザ!全部落とせよ!」
「簡単に言ってくれますね…」
氷の槍が二人に向かい飛来し、それを風が薙ぎはらう。
「出来るじゃねぇか」
「次だ。今度は挟み撃ちにする…おい。周りが火の海になってるぞ」
「!」
川の周りに生えている木や草に炎が纏い付いていた。
「いつの間に…!」
「…逃げ場がないぞ…いつ撒きやがった…」
「あ、あれ…?」
「どうした!?」
「風の制御が上手くいきません!」
「はぁ?炎のせいか…?」
「た、多分…」
「まずいな。見た感じ、氷の魔法が得意なようだぜ」
「さっさと離れておくべきだったか…」
炎はその勢力を拡大し続ける。その弊害か、ローザの魔具は上手く使えない状態にあった。
さらに状況は悪くなる。
ホルンは巨大な岩を川に叩き込み、周り一帯に雨のようにして降らせた。
「なんだ…!?」
「ますます魔術師とは思えない奴だなぁ…全部凍らせる気だな」
既に刀身に氷が張り付いていた。
剣を伝い、指にまで薄い氷が張り付く。
(炎は…暑すぎるな…一見相性が悪く見えて…かなり面倒な場を作り上げやがった…)
「さっさと殺しておくべきだったな。あんな魔人初めて見たぜ…」
(下手に近づくのも得策では…かといってこのままでは…凍死だ)
「さっぶ…いい加減、奴の魔力も切れるだろ?我慢比べだ我慢比べ」
「…我慢比べか…さっきから、向こうからは来なくなったな」
「あぁ。戦闘中にこんな喋ったのは初めてだぜ」
「様子…見てるみたいですね。魔人とは思えません」
「全くだ…でも、もう終わりだ」
「何か閃いたか?」
「…飛び込んで奴に一太刀浴びせる…単純に、敵が"できない"と思ってる事をやれば良いだけだ」
「それで?」
「トール。あの川の巨大岩を奴に返してやれ。ローザは少しだけでいいから炎の壁を風で薄くしてくれ」
「…?わかりました」
「我慢は大の得意でな…悪く思うなホルン…いや、カークか…」
「…ただの魔物か」
「それじゃあ行くぜ!!」
トールは全身に強化を施した後、川に飛び込み巨大岩を持ち上げた。
「想像より軽いな!」
そしてそれを…
「潰れろ!」
魔人へと投げ返す。
「!」
当たれば死は間違いない。
だが速度が遅く、簡単に避けられる。
魔人の両足が地上から離れ、身動きが取れなくなったその一瞬。
「ガアッ!」
炎の外から飛び出してきた、火傷を負ったハイドが魔人の背中に刀を突き刺した。
「…」
刃を横に捻り、傷を更に切り開く。
そして、そのまま地面へと叩きつけた。
「ッッ!」
強張っていた筈の全身から力が抜け、暴れる事も無くなった。
「…ホルン…」
「………ハイド君…」
「ッ!俺がわかるのか?」
「……君には…話しておくよ…」
刀を収め、膝をつく。
「…僕は…妹の無事と引き換えに…君達の情報を売った…ガフッ…」
「…」
「居場所を奴らに教えていたのも僕だ…でも…奴らは妹を…」
「メリシア…か…」
「あぁ…だから僕は…最後に…やれる事はやっておいた…」
「少し待て、この程度の傷なら…まだ…」
「…今助かっても僕はまた…死にたいんだよ…だから…」
「いや、わからないだろ。一緒に元に戻る方法を…」
「聞いてくれ。ハイド君…」
「………わかった」
「……君の父は生きてる…」
「…え?」
「彼は人柱になった…僕が…遠国から読んだ…不死なんだよ…彼は…」
「なに言ってるんだ…不死?」
「……言っておきたい事は沢山あるんだが……クソ……とにかく……」
押さえていた傷口から、止める事が出来ない量の血が溢れ出し始める。
「………"君が継げ"。奴らに…不死を返すことだけはなんとしてでも…避けろ…」
「継ぐって…俺が不死を?」
「………不死だけじゃ…ない…グスタフ…スティーブ…そして僕……騎士団の…意思を…」
「意思…」
「………全部…終わらせろ…ハイド…あの世で……君と二度と合わない事を…願ってる……よ」
「いや…待てよ…いきなり過ぎて理解できてないんだよ…まだ逝くなよ…おい…!」
返事は聞こえなかった。
「………あぁああアアッ!!クッソ!!もう訳がわからねぇよ!どいつもこいつも謎ばっか残して死にやがってッ!」
「ハ、ハイドさん?」
「不死ってなんだよ…!クソ…俺に…不死になれって…無責任な事を…」
「落ち着けよハイド」
「……意思ってなんだよ……あぁ…でも…これで…」
「?」
「……」
「ホルンさんでしたっけ…こんな場所ですが、弔いましょうよ」
そうだ…消えかけていた、忘れかけていた…"復讐の炎"
その篝火に今、大きな蒔が捧げられた。
「仇は絶対に獲る。骸骨だけじゃない」
「行きましょう。ハイドさん」
「……ハインツ達と合流する」