番外編 最初の教訓
これは…彼ではなく、僕の物語だ。
僕、ハインツは城で産まれた。
僕は勇者の一族の血を引いていた。それと同時に、人類の力となる事が決まっていた。
そして、産まれた時から三人の"師"が付いた。
一人は剣術の男性
一人は魔術の女性
一人は話術の…両方
僕が最も苦手だったのは間違いなく話術だった。術というより師が苦手だった。
三人は長寿のエルフらしく、初代勇者が三人の才能を見て"これから"のために雇ったらしい。
つまり三人とも百歳を越えているのだ。
最初に始めたのは剣術だった
師の名前はクリフ。
いくらエルフといえど、百歳を越えているとは思えない容姿だった。
二メートル近い身長と黒髪が特徴だった。
僕は城の稽古場で木で出来た剣を握らされた。
「ちょ…!と待ってよクリフ!」
「おいおい、もうダウンか?」
「一撃が重いんだよ!手が痺れる…」
「昨日の疲れが残ってたか?なら今日は少し趣向を変えようとしよう」
「へ?」
「剣を置け。外に出るぞ」
「なんで?」
「前にも言ったろう。剣術とは名ばかりで、戦いの全てを教えると」
呆れた顔が辛かった
その後、二人で城を、街を出て近くの森へ向かった。
馬は苦手だ
「…観察というのは非常に重要だ。人を、魔物を観察するのは勝利を望むなら必須」
「こんな森で何するの?魔物も静かなのしかいないんでしょ?」
「それはどうかな…」
クリフはそう言って森の奥へと向かった。僕はそれに黙って付いていく。
「護衛とか…大丈夫なの?」
「俺たちの特権だ。賊や魔物程度なら何体いようが守れる。それより…」
視線を移した先にあったのは、死体。
「…狼?」
「あぁ、頭が綺麗に切られてる。が、人間じゃないな…顎の傷は浅く、喉に穴がある」
「ふーん、どゆこと?」
「デカイ牙で噛まれたってトコだろう」
「頭を…デカすぎないかな?」
「デカイな。だがそれだけだ…見ろ、唾液と血が混じったヤツが道案内してくれてる」
この時に嗅いだ臭いは今でもハッキリと覚えている。
「追うとするか。放っておくと、人間も餌食になりかねない」
「餌食って…この狼、食べられてなさそうだけど」
「ふむ。よく気がついたな。1ポイントあげよう」
「ポイント制なんだね」
「大体分かってきたな、行くぞ」
まだそれほど時間が経っていないのか、鮮やかな色の血の後を追った。
岩場や大木の隆起した根っこ、更には川の向こう岸…
「跳んだって事!?」
「ふむ」
地面に大きな足跡が一つついていた。見た感じでは、馬のようだ。
「蹄だな。馬か…確定だな」
「へ?何か分かったの?」
「この前教えただろ。昔話の馬だ」
「この前?えっと…"レイジ"?本当にいるの?」
「本当の事しか俺は教えない。他の二人はしらんがな」
「僕の記憶では怒ったレイジが城を落としたって聞いたんだけど…」
「あぁ。俺も見たからな」
「へ?」
「レイジは森の精霊のようなもの。滅多に現れず、見た奴はまぁ少ない」
「…」
「何故かは知らんが奴の体に流れているものは腐ってる、この血と唾液の異臭にも納得だ…川の向こう岸まで跳べる脚力…それも一本で…」
「おぉ」
「更に、殺しておいて喰わないのもレイジの特徴に当てはまってるな」
「うん、じゃあ帰ろうか」
「バカ言うな、ますます放って置けない。奴の凶暴性は個体差があるようだがヤバい奴なのに変わりはない」
「えぇぇ…」
帰りたかった。切実に。
そんなに凄い魔物は兵が大隊を作って狩りに行くのが基本…だと思っていた。
僕は完全に彼を…彼らを。三人の師を嘗めていた
「ふむ…近いな」
「分かるの?」
「血の匂いだ」
鼻良いんだなぁ程度しか思わなかった
いま思えば…僕が合った"凄い人"は皆、血の匂いが分かるようだった。
「うわ、泥だらけだよここ」
「おかげで足跡がくっきり残ってるな。蹄が幾つか…一頭だな」
「それにしてもなんで泥が…」
「……いたぞ」
「え"」
僕はその言葉で足を止めた。
その黒い馬を見た瞬間。心臓も止まりそうになった。
「ちょっとまって、心の準備が」
「戦に準備の暇なし。だ」
枯れた草木の中央にその馬は佇んでいた。城の馬より2倍は大きい。
青く透き通った目が僕の事をハッキリと見ていた。
綺麗だった。その姿は忘れない。異臭と共に。
口の端から大きな牙が姿をちらかせていた以外はだけど。
「あっ!?」
影が太陽の光に照らされるように、その馬は消えた。
生暖かい風が頬を撫でた。
「速いだけだ」
クリフは一歩前に出た。
僕が見えたのはその一歩だけだった
大きな音…岩に大砲を放ったような音が森に響き渡った。
その次に聞いて音は布袋を落としたような音…
目の前でレイジが倒れていた、頭から血を流して。
「こいつは色々と調べたいんでな、生け捕りだ」
「な、何したの!?」
「拳をぶつけただけだ」
「すごい…」
「それにしても…観察の訓練のためにここに来たのに、思わぬ結果だな」
「今度こそ帰ろうよ。当分この森は嫌だよ」
「本当に勇者の血引いてるのか?…お前は色々とあいつに似ているな」
「あいつ?」
「初代様だよ。帰ろう、魔女にこいつを調べてもらう」
「うん」
僕があの馬と出会って腰を抜かして頭が割られてないのは彼のおかげだ。間違いなく…
「城に戻ったら次は魔術の訓練だぞ、魔女に殺されるなよ」
「やっぱもうちょっといようかな…」
(こいつ…ビビってなかったな…)