「あの堅物と同じような匂いのする……おまけに隙も見せずに奴を支える、酷く優秀で、邪魔な部下だと思っていたから。
探り回すような無遠慮な手つきで小さな体を撫ぜてくるのとは裏腹に、淡々とした口調で不穏な台詞を呟いた黄髪の大天使は。
「……そちらから言い寄ってきたなら話は別だな♡」
どろり、と声が豹変する。
ヘパイスティーネの口角が粘着質に弧を描くと同時に、大きく広がった純白の翼がプロメスティンの全身を覆い隠す。次に視界が開けた瞬間──いかなる転移の術か、妖しい灯影のみに照らされた薄暗い空間に仰向けの体勢でいつの間にか押し倒されていた。
薄く甘い香の漂う、大天使ヘパイスティーネの私室。幾重にも垂れた紗幕が灯りをぼやかし、まるでそこだけが天界から切り離されたような、淫靡で濃密な空気に支配されていた。
冷静に状況を分析する……
必要もないということを、プロメスティンは分析した。どこに飛ばされたとか、何をするつもりとか、そんな事を考える必要は無い。
今から始まる行為の上で、この大天使をただ満足させることができれば何の問題もありはしない。
内心では粛々と、しかし表に見せる反応は相手を楽しませることを意識した物に。顔を赤らめ、目を伏せる──どうやら自分には多少の演技の才能があったらしいのが心底ありがたかった。興奮に目を眩ませている相手ぐらいなら案外あっさりと騙せるだろう。たまに一人の男を夜に揶揄って遊んでいたのが活きてるというか、やはり彼の言う通り何事も経験なのか……こんな意味で言っていたのではないような? という気もしないではないが。
「うう……」
せめて無駄に動かされる面倒だけでも省きたい。そういう思いから”とても緊張して声も出せない乙女の顔”を意識していると──
「私は気位の高い女を屈服させるのが好きだ」
「っ」
プロメスティンの肩がわずかに震えた。だが彼女は反論の言葉を飲み込み、ただ眼鏡の奥で、息を殺し、まっすぐに上官を見返していた。
「一番興奮する。他の何よりも、その事実を深く実感する瞬間がだ。私の愛しい花よ、だから私に、私の言う実感というものをここで与えてはくれまいか?」
ヘパイスティーネはゆったりと大きな枕に仰向けで背を預ける形となった。ゆるく波打つ黄髪を片手で払いながら、低く笑った。官能的な笑みを浮かべた彼女は、わざとらしく脚を組む。裸足の足先が絨毯の上でするりと動く。その姿勢を見せ付けるようにして何かを促す──……
「受け身の其方をただ暴いていくというのも悪くはないが、それでは本当の征服とは言えぬなぁ……。どうした? 私に”実感”をさせてくれ」
その声には、もはや命令に近い甘さと圧が混じっていた。片膝を立て、そこに顎をのせながら、じっとプロメスティンを見つめる。
聡明なプロメスティンは自分に何が求められているかを的確に理解できた。できてしまう。
顔の火照りを途切れさせるな、目は伏せがちに、所作の一つ一つに気を配れ──心の中で幾つも言い聞かせながら、にやつく笑みを浮かべて癖のある自身の黄髪を弄ぶ上官のもとに、すす……と這い寄った。
一瞬の静寂──
やがて、プロメスティンはわずかに身体を前へ傾けた。片手を床に突き、伏せるように膝を折る。唇を結び直しながら、躊躇うように上官の足先を見つめる。震えるまつ毛越しに見えるその目には、羞恥と覚悟が交じっていた。
「……私が、貴女の思うようなことを、うまくできるかは分かりません」
声は小さく、しかし凛としていた。
「ですが私がここにいる理由は……私が決めたことです。どうぞ、私を──お好きなように」
そう言い終える頃には、プロメスティンの唇が、ゆっくりとヘパイスティーネの足に近づいていく。
プロメスティンの唇が、ヘパイスティーネの甲に触れた瞬間――
黄髪の大天使は吐息を漏らした。
「……ふふ。やっと、愛らしくなったな」
プロメスティンの顔は紅潮していた。額に浮かんだ汗が、慎ましい震えとともに頬を伝う。
舌先をわずかに覗かせながら、彼女は躊躇いがちに足の甲を舐めた。ぬめるような感触。甘い香の中に混じる、ほんのりとした汗の塩気。それが現実であると、彼女の矜持に刻み込まれていく。
「もっとだ。足先まで、指の間も――そう、恥を知るほどに、舌を這わせよ」
淡々と告げられる命令。
だがその声の中には、音律のように心地よく抗いがたい何かが込められていた。内心でどう思おうとも相手は天使としての格が違う存在──そんなものが加減せず流し込もうとする魔性の心地良さは、単なる意志で易々と無にできるような脆弱の波ではない。それが厳然たる事実。
認めなくてはならない、見積もりの甘さを。
これは、理性に届きうる。
プロメスティンの手が、慎ましくヘパイスティーネの足首を支える。唇が、足指を這う。舌が、まるで聖なる契りのように、その間をなぞる。
「──よし。そのまま膝をつけ。額を下げ、私に祈るようにしてごらん?」
その姿勢は、もはやただの「忠誠」ではない。屈服という名の、美の儀式。
プロメスティンの背筋が折り畳まれ、頭が差し出される。その姿を見下ろすヘパイスティーネは、目を細めて微笑む。
「お前のような女が、私の足を舐めながら震えている……それが、堪らんのだ」
彼女は静かに立ち上がり、プロメスティンの背後に回る。赤髪のうなじに、息を吹きかけるように口づける。
「──さて。私の仕事を学びたいと言っていたな。ならば、ここからが“本当の授業”だ」
ゆっくりと、彼女の手がプロメスティンの背に触れて衣服を剥ぎ始める。
プロメスティンはその手を拒まなかった。いや、拒めなかった。自らを差し出す覚悟で来たのだ。地上の彼を救うために。そして今、彼女はその覚悟の重みと、自身の身体の震えの意味を、深く、深く感じ始めていた。
ぎゅむっ、ぎゅむっ……
素肌同士の密着が否応にも脳の働きを蕩かせる。仰向けで大きな枕に背を預けるヘパイスティーネが、その体と重なり合わせるようにプロメスティンを抱いていた。
互いの裸体が擦り合わされる。胸中に渦巻く嫌悪感や屈辱は確かなものだが、種族としての格上である
「ほうら……恥辱に染まり、愛らしく乱れる姿を私に見せておくれ……」
「はあ、んっ……」
白魚のような指が腹を這い、ついに少女の女性器が暴き立てられる。
それからの時間は壮絶なものだった──無遠慮でありながらも繊細なテクニックに裏打ちされた性技。
数々の女を堕としてきたのだろう。抵抗もせず受け入れなければならないそれは、下位の天使風情が備える快楽への耐性など容易く飽和させてしまう。じんわりと、気持ちよさが広がり、湿らされていく。
「ふうん、思っていたより身体がほぐれているな」
意外そうな顔をして、先程まで膣の入り口を丹念になぞっていたニ指を眺める。愛液の付着したそれに向けた目つきを淫靡に歪めて、プロメスティンの震える耳に囁きを流し込んだ。
「さては見た目と裏腹に一人遊びが激しいのか……いけない子だ……」
的外れな事を……そう思いつつも、まさか地上で何年も男を定期的に抱いていたのだとも言えずに顔を俯かせる。そんな様子をどう解釈したのか、ヘパイスティーネはその凛とした美しい声色を愉快そうに鳴らした。
「そんな名残も残らぬほど……私の存在を其方の身体に刻み付け、上塗りしてくれようか……♡」
プロメスティンという強い矜持を抱く存在の
ちっぽけな娘に過ぎない肉体の限界を分からせられるかのような、女の弱点を的確に捉える激しい手淫に次第に追い詰められていく。心まで甘く溶かす周到な前戯かと思えば、執拗なほどに熱烈な身体への責めへとすり替わっている。卓越した緩急の巧みな愛撫は、一人の少女の誇りを我が物にせんとする大天使の俗悪が思う通りに最初から進んでいる証だというのか。
「ん、ちゅ、ちゅぱっ、はあ……くくっ」
「ああ、う……やめて、くだ……」
首筋に吸い付く唇は内出血の赤い痕跡を次々と力強く付けていく。衣服の下には隠れる程度に、しかし確かな独占の証明が刻み込まれていく。
支配されている、委ねている。そんな本来の彼女にとって屈辱的であるはずの実感がぞわぞわと心を浮つかせて仕方がない。やがて唐突に訪れた、痺れるような登り詰める感覚──
止めようとしたが、波濤の如く肉体を決壊させる。顔を紅潮させて目を瞑るプロメスティンの、裸体がぎゅっとのけ反った。
「あ、ああ……っ!!」
びくびくと痙攣し、しなやかな素肌に全身を包まれながら、秘部を強く押さえる美しい手の中で絶頂する。
そのあられもない恥ずかしい様子をじっくりと舐め回すように鑑賞して、ヘパイスティーネは満足そうに顔を歪めるのだった。
唇を奪われる。口内までも粘膜同士で犯される。蹂躙される。歯の隙間さえ征服するように、舌でなぞらえ磨き抜かれる。
初めて体を重ねて以降いたく気に入られでもしてしまったのか、来る日も来る日も私室へ呼び出されては愛欲を満たすための道具として好きに使われる事になっていた。心は屈さずともその身は止めどなく、転がり落ちるように
ある時は無理やりに口を吸われ、片足を持ち上げ覆い被さられながら体を求められる。交差位、松葉崩しの姿勢で互いの女性器が擦れ合う。
こんな女と大事な部分同士を触れ合わせる、しかし強制的に気持ちよさを刷り込まれるようなあまりに一方的な貝合わせ。こちらが貪られる側なのだという事が、もはや誰の目からも明らかなまでの。
それなのに──上の口からは、ねっとりと丁寧に愛を注ぎ入れられているのが分かってしまう。それが堪らなく嫌だった。
ある時は、何名かの見知らぬ
「愛しき花々よ、其方らはこの私のもと平等であり──つまりは姉妹のようなものだ」
斯様に蒙昧な目をした連中と姉妹だなどと言われるだけでも怖気が走るが、本当の屈辱というものは正にここからだった。
「其方らが姉妹の愛を深める様子は我が心をも満たしてくれる……さあ、存分に楽しみ合え」
ぐいっと手を引かれ、振り返った先にある、狂躁の面持ちの数々を認めた時には遅かった。
引き摺り込まれる。ヘパイスティーネがただ見ているというだけで異様なまでの熱の高まりと共に行われる乱交の宴。
狂っている。あらゆる体液でぐちょぐちょに汚れながら誰の手によってかも分からない絶頂を何度も何度も迎えさせられ、やがて気が付けば知らない顔の女の膝で慈しむように介抱されていた。
ある時は、ある時は、また、ある時は……
一糸纏わぬ裸体を晒し。無造作に敷布が波打つ天蓋に覆われた寝台の上で、さまざまな体液に塗れて倒れ込む酷い格好をプロメスティンは晒していた。
情事の疲労と性的絶頂による他者からの聖素侵蝕で立ち上がることすら儘ならない状態に陥っていて。それでも、今回はヘパイスティーネただ一人に愛されていただけ幸運な日と言えるのかもしれなかった。
違う。こんなものは幸運ではない。
シーツを強く握り締め、ゆっくりと目の焦点を合わせながらそうプロメスティンは思った。気を強く持て。試練のどん底に揺蕩い、浮き沈んでいる自分の今の立ち位置を冷静に正確に把握しろ。
「今宵も実に良かったぞ。其方の可愛らしい姿をまた今度も見せておくれ」
鼻歌の一つでも唄いそうな顔をして、天衣を羽織り私室を後にしようとするヘパイスティーネ。普段ならそのまま解放されていた所だが──
「おお、そうだ。すっかり其方を愛でるのに夢中で一つ言い忘れていたな」
振り返り、こちらを見下ろす黄髪の大天使は、倒れ込みながら胸を上下させて息をあげている裸体のプロメスティンに向き直ったかと思うと、膝を折ってその頭を撫でてきた。
「最初に約束しておろう、我が蔵書を見繕っておくと。それの都合が付いた、其方が良ければいつでも知識を手渡せられるが──」
「……お願い、します」
間を置かずに返答してきた少女に、ヘパイスティーネは少し驚いたように目を見開いた。
「ふむ……大抵の場合。私に愛でてもらえるのなら他には何もいらないと、かつての自分を見失う者が多いのだがな。其方はどうやら違うようだ」
「……」
「聡明で、強い女だ。そして私を愛している。ますます気に入った」
ヘパイスティーネは薄く笑い、プロメスティンの細い腕を強く握る──じゅっと焼け石に水を撒くような音と焼け付くような痛み、そして僅かな煙がそこに生じた。
しかしそれも一瞬のこと。掴まれた箇所の熱さが消えると同時、ヘパイスティーネが手を離したそこには──刺青のような長い紋様が黒い跡として手首の内側に
「案ずるな。好きに消すのは難しいかもしれぬが、百年も経てば自然に薄れて見えなくなろう──魔力を通してご覧、いつでも蔵書の内容を頭に浮かべることが出来るはずだ。時間がある時にでもゆっくり読みなさい」
手首に刻まれた紋様を、仰向けに倒れながらプロメスティンは一人で眺めていた。
ようやく得られた確かなもの。人間を作り変える秘術、新たなものを産み出す知識。ここまでやってただ一つ手にしたそれが、確実に役立つかも分からないながら──
薄闇の中。ゆっくりと目を瞑った少女は、疲労した意識を静かに手放していった。