誰かの痴態を眺めている私の隣に座った、どこかで見たような女は、どこかで聞いたような声で、私に誘いをかけてきた。
※行為の内容が多分に変態的です。苦手な方はご注意ください。
※ノクターンノベルズでも掲載しています。
新月の夜。
全ての準備を済ませ、床にチョークで簡単な図形を描く。
ふたつの弧を繋いだ紡錘形。人間の目のようにも、女のあれのようにも見えるその中心に、作者不明の黒いカードを置く。
図形そのものは魔法陣じゃない。私のような魔法使いでなくても、誰でも描ける。ただ、カードに仕込まれた術の発動条件になっているだけだ。
カードの表にはその図形が、裏にはその使用法が、やはり黒いインクで書いてある。黒いカードに黒い文字。だからぱっと見には、ただの真っ黒なカードでしかない。ある種の欲求を持つものだけが、それに興味を持ち、夜の闇の中でのみ浮かび上がる図形と文字に気づくことができる。
それは、秘密の招待状だった。
傍目には何も変わっていないが、すでにカードは発動している。私はそこに足を踏み入れ、次の瞬間には、よくわからない部屋に転移していた。
よくわからない、というのは、形容が面倒なわけでも、ごまかしているわけでも、なにかの比喩でもない。本当によくわからないのだ。のっぺりとした壁の何もない部屋のようでもあるし、家具や何かが壁際に置かれた生活感のある部屋のようでもあった。そこがどこであるのか、どのような場所なのか、その認識を阻害する術だな、と私は推測する。たぶん今回も、そう推測した。以前にもきっと、そう推測したはずだ。本当にそうだったかは、わからないけれど。
そして、よくわからない何かが、そこに立っていた。
人間のような形をした、白くて薄っぺらい何かだ。同じものをどこかで見たような気がするけれど、それもよくわからない。
「いらっしゃいませ」
そいつはたぶん女の声で、一言そう挨拶をすると、私の体を
ここを訪れるときのルールは、三つ。
身につける衣服は一枚のみで、容易に局部を露出できるものであること。
前後の穴に、何かを入れておくこと。結果的に、男子禁制。
筆記具やカメラを持ちこんだり、所持品や自身の体に外部の情報を書きこんだり、術のたぐいを施したりしないこと。
私は、黒のロングコート一枚だけを羽織って、へその下あたりをボタンひとつで留めていた。体内にはガラスの瓶が一本ずつ。特に仕掛けはしていない、ただのコート、ただの瓶だ。
「結構です。お通りください」
すぐにそいつはそう言って、奥にある扉を腕で示した。
何の感情もない、どこかつぎはぎしたようにも聞こえる、極度に無機質な声。きっとその印象どおり、何の感情も思考もないのだろう。ただ定められた作業を忠実にこなすだけの、魂のないからくり人形。
ゆっくりと、その扉へ向かう。瓶は結構太く、しかもデコボコしているので、足を動かすたびにゴリゴリとぶつかって、刺激がすごい。入れるためにかなり時間をかけてほぐしたせいで、もう体はすっかり出来上がってしまっている。コートに擦れる胸の先端が、じりじり熱い。
扉をくぐると、そこは大きな暗いホールだった。
ホールの中央には、ライトアップされたステージ。それを囲むように、いくつものテーブルとソファ。それらに腰掛けた、何人もの女たちが、ある者は隣に座る者と見つめあい、ある者はステージの上を見つめ、ときにそこで行われているものに対して歓声を上げる。
みんな、どこかで見たことがあるような、ないような女たちだった。おおよその印象や、格好はわかる。でも、どれだけその顔を見つめようとしても、それが一体どんな顔の誰なのかは、よくわからないようにされていた。それは自分自身にも及んでいて、いま卑猥な格好でここに立っている一人の女が、一体どこの誰だったのか、もう私にはよくわからなかった。
自分が誰なのかよくわからないということは、自分に何ができるのかもよくわからないということだ。そうやって、参加者の能力を封じる意味もあるのだろう。現に私も、自分がどんな能力を持っていたのかさっぱり思い出せなかったし、なんとなく何かをやろうとしてみても、やっぱり何もできなかった。
体内をえぐる瓶の刺激に震えながら、うっかり無様に転んでしまわないよう、私は慎重に足を進め、ホールの中へ踏み出していった。床はかすかに素足が沈む心地よい感触で覆われていて、上質の絨毯か何かのように思われた。
ほとんど透けている長い布一枚をふわりと巻いただけの紫の髪の女が、ゆるみかけたネクタイ一本のみという、いっそ潔すぎて淫猥に見えない赤い髪の女と肩を組み、熱烈な口付けを交わしている。
あちこち破れたレインコートを着ている長い青髪の少女が、同じく長い青髪の、乳首と割れ目だけをかろうじて隠すただの紐──いや、もう乳首は隠れてすらいないが──を肩にひっかけた少女を膝枕に抱き、何かを囁きあっている。
三角の耳を頭に乗せた茶髪と赤髪の少女たちは、ソファに並んで座って頭をくっつけ、お互いの手を握り締めて熱い吐息を漏らしていた。赤い浴衣と黒のナイトドレスの腰のあたりでは、布の下で細長い何かが小さな水音と共に
さまざまに睦みあう面々の間を抜けて、やがて辿りついたステージにほど近い無人のソファに、私はゆっくりと腰を下ろした。体重で瓶が深くめりこみ、思わず高い声が喉を鳴らす。だけどそんな声を気にするものは、多分どこにもいないはずだ。もうとっくにそこかしこから、似たような音が響いているのだから。
さっき私を検分した何かと同じ感じの、すこし小さいやつが、何種類ものグラスをトレーに載せて運んできた。私はちょっと迷って、たぶんソフトドリンクだろう黒い一本を手に取った。なんとなく、今日は酒を入れないほうがいい気がした。そう思ったのも今日だけではないかもしれないが、どうせよくわからない、どうでもいいことだった。
煙くさい液体をストローから吸い上げながら目をやったステージの上では、すでに見世物が佳境を迎えていた。
といっても、この会場には、用意された演目はない。見世物を演じるのは、すべて参加者たち自身だ。
長い赤髪の女と、短めの銀髪の女が、ステージ上で絡みあっていた。
二人は二本の双頭ディルドで、互いに両方の穴でつながりあい、激しく腰を振っていた。服装は二人とも、何か民族的で複雑な刺繍が施された、ノースリーブのワンピース。色がそれぞれの髪と同じであること以外、やっぱりデザインの詳細はよくわからないが、おそらく揃いではないかという気がするその服の、丈は異様に短くて、きっと普通に立っていてもギリギリ見えてしまうだろう裾が、深すぎる左右のスリットのせいで完全にまくれあがっており、その股間に淫具が出入りする様子も、二人が自分の陰核を指先で激しくこすりたてている様子もよく見えた。そのうち二人は同じことばを大きく高く何度も叫び始め、その言葉どおりに同時に全身を硬直させてから、クッション張りの丸いステージの中心に崩れ落ちた。
やがて起き上がりステージを降りた二人に代わって、今度は獣耳と太い尻尾を生やした、長い黒髪と短い白髪の女たちがステージに上がった。白髪の女は、腰の前に何かの面──なんだっただろう? 赤くて、鼻の長い、有名な妖怪の顔だった気がする──をつけていて、四つんばいになった黒髪の女の白装束をまくりあげ、突き出された尻に面の鼻先を押しこみ、目の前の黒い尻尾を手でしごきながら、後ろから激しく犯しはじめる。
そんな様子を見ながら、片膝を立てて開いた足の間に手をつっこみ、自分の中に逆さまに埋まっている瓶の、入りきらずに飛び出している先端を指先でもてあそんでいた私に、誰かが横から声をかけた。
「隣、いい?」
気のせいか馴れ馴れしく感じるその声も、どこかで聞いたことがあるような、同時に初めて聞くような、よくわからない声だった。
「ああ、どうぞ」
見やった先には、胸まわりを大きな赤いリボンで結んだだけの、黒髪の女が立っていた。垂れたリボンの長い端が、申し訳程度に股間を隠している。
あるいは少女かもしれないし、熟女かもしれなかった。ちょっと離れて見ればもう少し見当がつくのだけれど、近くに寄れば寄るほど却ってよくわからなくなる。そういう法則が、この場所には定められているようだった。顔も声も、プロポーションも同様だった。わかるのはただ、この女がひどく淫らな格好をしていて、そして間違いなく淫らな行為を求めてここにいるということだけだった。他の全ての参加者と、そして私と同様に。
お腹を抱えるようなしぐさをしながら、女はゆっくりと私の隣に腰を下ろした。私がそうだったのと同じように、甘い吐息が漏れる。
さっきのアレがまた飲み物を運んできて、彼女は白い液体が入ったグラスを手に取った。匂いすら曖昧なこの空間では、それが酒なのかそうでないのかも、見た目ではよくわからなかった。
「ここは何度目だか、覚えてる?」
グラスに一口つけたあと、ステージのほうを見ながら自分の下腹に手を伸ばし、そこ全体を撫でさするようにゆっくりと動かしつつ、女はそんな質問をしてきた。
私も同じようにステージを見ながら、質問に答えることにした。
「さあね。何十回も来てるような気もするし、まだ数回かもしれない。今日が最初じゃないってことだけは、間違いないけど」
「私も同じ」
「なんならあんたとも、以前にこうやって並んで座って、同じ会話をしたかもしれない」
「そうだね」
たぶん洗練されていない素人どうしの、生々しいセックスショーを間近に見ながら、たまたま座った隣どうしで自慰にふける。それもきっとこれが始めてではないはずだけど、そんな状況にやけに興奮してしまっていることに気づき、そして今、この女の横で先にイッてしまうのがひどく恥ずかしいことに思えて、私は少し自分の身体を責める手を緩めた。
「あそこに上がったことはある?」
新たな質問に、少し沈黙する。
あそこというのは、もちろんステージのことだ。
ここには、入るときのルールのほかに、もういくつか中でのルールがある。その一つ。
客席では、自慰はしてもいいけれど、セックスをしてはいけない。
誰かと同席し、気が合って、セックスしたくなったら、ステージに上がって交わること。
もちろん、さっきの誰だったかのように、口付けをしたり、手をつないで一緒に自慰するくらいは許されているけれど。
つまり、ここで誰かとセックスをしたことはあるか、と同義の質問。
あるかもしれないし、ないかもしれない。ごく当然で、そうとしか答えられないはずの答えが、どういうわけかすんなり口から出てこなかった。
黙ったまま、そっと先をいじった瓶の底が、お腹の奥で大きく響いた。身もだえしながら、その音が聞こえてしまったんじゃないかと急に不安になった私は、ふと思った言葉を慌てて口から出した。
「ないような気がする」
「どうして?」
「それは……」
少し考えて、頭の中を整理し、その直感の答えを探す。
「……今、なんとなく、あそこに上がる気が起きないから。たぶん、以前に来たときの私も、そんな風に思った。だから……ないんじゃないかって、気がする」
「そっか」
かすかに鼻にかかった響きで、そう短く返した女は、少しばかり身をよじりつつ、また短く言葉を続けた。
「私は多分、あるよ」
その返事に、私は少し動揺した。そして、なぜ動揺したのかがわからなくて、そのことで更に動揺したせいで、それに対して発した言葉が、ちょっとうわずってしまっていた。
「なんで、そう言えるのさ」
言いながら見た彼女の表情は、やっぱりよくわからなかったけど、私と同じように片膝を立てて股間をいじっているその顔が、たぶん色っぽく笑って私を見て、ゆっくり口を開いた。
「あなたと同じで、逆の理由。
今、なんとなく、あそこに上がりたいと思っているから」
私は息を飲んだ。
その言葉の意味がわからないほど、察しが悪いつもりはない。
一緒にあそこに上がって、みんなに見られながら、セックスをしないか、と。
彼女は、私を誘っているのだ。
「……まだ、そんな話してもいないだろ」
どうせどこを見てもよくわからないにも関わらず、視線の先が落ち着かなくなって、私はその向きをステージに戻した。
全裸で髪にリボンをつけただけの少女と、ねじくれた翼を生やした前掛け一枚の女が、相手の股間を激しく舐めあっている。
「話の長い短いなんて、関係ある?」
小さな、けれど確かな笑い声が、隣から聞こえた。
「したくなったからする。それだけでしょ。もちろん、あなたがしたくないなら、別の相手を探すけど」
「えっ」
別の相手を探す。
その言葉に、また私は動揺した。
さっきと同じく、理由もわからず。そして、さっきよりもずっと激しく。
彼女の言葉に対して、今すぐ何かを言わなければいけない、でも何を言ったらいいかわからない、そんな混乱した感情に、私は襲われていた。
彼女は、過去にもこんな風に、私を誘ったのだろうか?
そうだとして、そのとき私はどうしたのだろうか?
いや……誘ったのが私だと、どうして言い切れるのか。
まったくの他人である可能性のほうが、はるかに高いのに。
……その、誰か他人を、彼女は誘ったのだろうか。
そして、あのステージの上で、その誰かと────
「私とじゃ、ダメかしら?」
誰かの声が、上から降ってきた。
振り向いた先に、長い金髪の女。
透けた紫のショーツ一枚で、股間に挿さった淫具らしき棒を押さえつけているそいつが、ソファの背ごしに黒髪の女へ話しかけていた。
「そっちの人は、乗り気じゃないみたいだし。ねえ?」
そう言って、静かに上向きの手を差し出す。
「そうね……」
その上へふと伸ばされようとした黒髪の手を、慌てて私は掴みとり、金髪に向かって少し声を荒げた。
「ルール違反、だろ」
この中でのルール、その二。
誘われた者が明確に断るか、誘った者が席を立つまで、その誘いは継続中。
誘いの最中には、どちらにも声をかけてはいけない。
ちなみに、中でのルールは、カードに書かれていない。最初にここを訪れたとき、入り口のアイツから説明されて、訪れるたびにそのルールだけは思い出せるのだ。私や黒髪の彼女が、今日が初めてではないと言い切れるのは、それが理由だった。
「あら、失敬。では、私はここで待ちますわね」
手を引っこめた金髪は、くるりと後ろを向き、この何もかもがよくわからない場所ですらわかるでかい尻を、すとんとソファの背に乗せて、たぶんそれでめりこんだ淫具の刺激に、あぉん、と下品な声を上げた。
黒髪はそれを見て軽く首をかしげ、半分ほど空けたグラスをテーブルに置き、それからゆっくり私のほうを振り向いて、言った。
「行く? 行かない?」
正直なところ、さっきの言葉は嘘だった。
私は、なんとなくステージに上がる気が起きないのではなかった。
自覚的に、はっきりと、上がりたくなかったのだ。
客席に混ざって自慰をするだけならともかく、皆の視線の真ん中で、誰かとまぐわってみせるなんて、恥ずかしくて、嫌だった。たとえ、私がどこの誰なのか、私を含めた誰にもわからないとしても。
それは、今も変わらなかった。恥ずかしくて、嫌で、行きたくなかった。
でも。
「行く」
少し震えた声で、私はそう言った。
自分のその恥ずかしさよりも、この黒髪が、あのステージでそこの金髪と、いや他の誰とでも、セックスをするのが、そして私がそれを見なければならないのが、どうしてだか、たまらなく嫌だった。
同じく少し震えた手で、黒髪の手を握り締めたまま、私はソファから立ち上がった。
重なりあった二人の手が、それぞれ自身の粘液で濡れていて、それが指先で混ざりあっていることにいまさら気づき、そのことに今度は動揺ではない何か大きな高揚を覚えて、それと立った弾みでぶつかった瓶の鳴る音とに、また腰を大きく震わせながら。
「うん。行こうか」
そう笑った彼女は、座ったときと同じように、お腹を抱えるようなしぐさでゆっくりと立ち上がった。
実際に何かを、その中に抱えこんでいるのかもしれない、と思った。
そして、そうだとしたら、それが何なのかをすぐに知ることになる、とも思った私の背中が、ぞくりと熱く痺れた。
ひどく渇きを覚えた喉に、まだ手にしたままだったグラスの残りを流しこみ、私は空になったそれをテーブルに置いた。
テーブルの真ん中には、黒い半球状の何かが据え付けてある。てっぺんには小さなボタンがついていて、どうしてもいい相手が見つからない者は、そのボタンを押せば、このホールのオーナーが現れて、相手をしてくれるという話だった。
そのオーナーも気に入らなければどうするのか? その疑問の答えは、オーナーは必ずその者が望む相手として現れる、だった──私はそれを質問したはずで、入り口のアイツはそう答えたはずだ。具体的なやりとりは忘れたけれど、その知識が頭にあるというのはそういうことだ──。それが多分そのオーナーとやらの能力で、きっとこの会場に満ちるよくわからなさも、その能力によるものなのだろう。もしかしたら、いま私がぼんやりと認識している周囲の風景も、実は私が望んだ風景であって、他の参加者に見えている風景、あるいは本当の風景は、まったく別なものなのかもしれなかった。
ふと目に入ったそのボタンを、私は、そして彼女は使ったことがあるのかな、と考えて、すぐにそんなことはどうでもいいと瞬きをして頭から追い出し、顔を上げ、静かに足を前に出す。
手を取りあい、順番まちの列へ向かう私たちに、ソファの背に腰掛けたままの金髪の女が、かすかな笑い声まじりに何かを言ったけれど、その中身はよく聞こえなかった。
髪の色は違うが、どこか良く似ている気がする三人組の中の、激しく責められていた金髪の少女が、ひときわ大きな声で鳴いた後で、私たちの番が来た。
例の白いのが軽く拭き清めたステージの上へ、頭のまわりの血管をずくずく疼かせながら上がった私は、けれどもこの会場にほどこされた仕掛けの巧妙さに、すぐに感心することになった。
外の様子が、まったく見えないのだ。
単に客席が暗くて、ステージが四方から明るく照らされているから、というだけではなかった。ステージの端から向こうが、すぐそばに順番まちをしているはずの者たちを含めて、奥行きのある漆黒のベールで隔てられたように影も形もなかった。けれども、いや実際は見られているはずだ、と意識してみれば、たちまちのうちにその通りの風景が広がって、嫌だ、恥ずかしい、と思ったとたん、またそれは消えてなくなった。視界だけではなく、音もそうだった。
ステージに乗ったとき、何かの境界をくぐった気配がした。不可視に張り巡らされたそれが、ステージにいる者の意識に応じて、見られたくないと思えば漆黒に、見られたいと思えば透明に、濃淡すらつけて反応するのだろう。もちろん、実際にはさっき私たちが見ていた通り、何もかも丸見えなのだけれど、それでも生々しい視線が注がれるのを直に感じないことで、私の羞恥心はだいぶ和らいで、同時に、ああ、ほんとにこれからしちゃうんだな、という想いで激しく高まって来さえしていた。
そしてふと、一緒にいる彼女の目には、どんな風景が見えているのだろう、と思った。
私と同じ、漆黒だろうか。
それとも、全周から突き刺さる視線の渦だろうか。
一瞬、それを聞いてみようかと考えて、すぐに思い直した私は、まだ少し緊張しながら膝で這い進んだステージの真ん中で、コートを留めていたボタンを外した。
「これ、瓶?」
前をはだけ、膝立ちになった私の前で、その膝の間に頭をつっこむ形で仰向けに寝転がった彼女は、そう言って私の中に埋まっているガラスの先端を、つまんで軽く引っ張った。
「あ、あ、うん」
刺激で私が嬌声を上げると、彼女は面白そうに笑って、さらにぐりぐりと瓶をいじくりまわす。体内が激しくかき乱され、私は自分の乳首に指を這わせながら、ぜんぶみんなに見られてるんだという意識をなんとか頭から振り払いつつ、まぶしい天井を仰いで歯の隙間からあえぎ声を漏らした。
きっと、私のあそこから漏れ出た汁が、瓶を伝って彼女の手に、顔に滴っているのだろうと思った。その下からの視線だけは、むしろ強く意識していた。
そうするうちに、あれ、と彼女が声をあげた。
「これって、中身、入ってるの?」
「入っ、てる……」
そう、私の体内に収められている瓶には、しっかり中身が入っていた。
ここに入る前の私が、どうしてそんなものを選んだのかは、今の私にはわからない。でも、今この状況でそれが果たす役割は、多分ひとつだけだった。
「……開けて、飲んでもいい?」
少し瓶をねじりながら、彼女が訊く。
「う、ん……いい、よ……」
「でもこれ、どうやって開けるんだろ……」
その瓶は、ちょっと特殊な瓶だった。
普通の、たとえばコルクとかで栓がしてある瓶ではない。瓶に入っているガラスの玉が、中の液体と気体の圧力で飲み口に押し付けられることで、内側から封をしているらしかった。
「ううん……これ、どうするんだっけ……知ってた、気がするんだけど」
それがなんという飲み物だったのか、きっと私も知っていて、でもやっぱりそれは思い出せなかった。ただ、ここに来た直後に自分で確かめていたその構造から、開け方の見当はついていて、そしてコートのポケットに入っていたあるものが、きっとそのための道具なのだとも推測できていた。
「あっ、これっ、を、口にっ、差しこんっ、で……強く、押してっ……!」
そのフタのような、大きなボタンのような形をした、棒状の部分で玉を強く押すための道具を、思案する彼女の手でますますゴリゴリと削られる衝撃に悶絶しながら、私はなかば取り落とすように手渡した。
「……あ、そか。わかった」
彼女も、多分もともと知っていたそれを、すぐに理解したようだった。が。
「でも、この体勢じゃ、いっぺんに全部こぼれちゃうよね」
そう言った体が、ずりずりと私の股をくぐって進み、私の後ろで上半身を起こした気配がした。そして、
「体、前に倒して。お尻あげて」
その、すぐに想像できた、そしてとても恥ずかしい格好を、彼女は私に指示してきた。
「あ、ああ……」
たぶん真っ赤になっている顔を伏せるように、私はそれに従って、肩と胸をステージに付け、思い切り背中をそらして、尻を高々と突き上げた。
コートの裾が彼女の手によって持ち上げられ、まくり上げられて、背中の上に落ちる。
二本の太い瓶を、ふたつの穴でくわえこんだ、私のもっとも恥ずかしい部分が、ライトに明るく照らされて、彼女の目の前にあるはずだった。それを意識したせいで、私の体はぎゅうと強く瓶を締めつけてしまい、その刺激でまた締めつけるということを、何度も繰りかえしてしまっていた。
そんな私の中に埋まっている瓶の、後ろの孔に刺さっているほうを、彼女の指がつまみ、道具を押し当てたのがわかった。そして、
「開けるね」
言葉と共に、瓶が強く押しこまれる。
「っぁあっ……!!」
腹の奥を深く殴られて、私は悶絶した。
「……あれ?」
そんな
「ま、まって、だめっ」
もしかしたら当たってはいけないところに当たっている、そんな感じがあった。少しばかりの寒気を覚え、悲鳴を上げて腰を逃がす。
「あ、ごめん」
押していた手から力が抜かれても、月ごとに感じるあれに良く似た、もわもわした鈍くて重い気持ち悪さが、しばらくは私の中を漂っていた。だけど、それがだんだんと霧散していく中で、一瞬ふわりと甘い痺れに変わったような気がして、私はほんの少し喉を鳴らして息を吐いた。
「やっぱりこれじゃ力が入らないな……。少し、抜くね」
「っあ、う……」
瓶が、今度は外向きに引っ張られる。飲み口の細さまですぼまっていた孔が内側から拡げられ、ずるずると引き出される動きにもまた激しく震えながら、私は精いっぱい力を抜いて、それに耐えた。
「わ、なんかすごいボコボコしてる……。こんなの入れてたんだ」
少しの笑い声と一緒に、半分ほど外に出ているらしい瓶の形を確かめているみたいな感触が尻に伝わったあと、そこにぐっと力が入った気配がして、直後に大きな破裂音と、ごとんと何かが落ちる振動、それからうわぁという声と噴出音が続き、激しく溢れ出た泡立つ液体が、私の下半身にばたばたと降りかかって流れ落ちた。
「ああっ……!」
それがいったいどんな光景なのか、もちろん私には見えなかったけれど、あまりにも想像は容易だった。尻穴から突き出た瓶から高く吹き上がる噴水。周囲から、大歓声が聞こえた気がした。それが幻聴だったのか、あるいはステージを囲む結界がゆるんだ結果だったのかはわからないけれど、いずれにせよその歓声そのものは、きっと本当に起きているのだと、そう理解して私はステージの床に強く顔を埋めた。
「やっぱり、ぬるいね」
そんな言葉に続いて、瓶を強引に傾けようとしているみたいな動きが伝わってきた。彼女が私の瓶に口をつけ、その噴水を自分の喉で受け止めているのだろうと思った。
私の体の中で温められた液体を、彼女が飲んでいる。
それは、私の体液そのものを彼女に
「ヘンな味。これ、何の香りだろ……」
ややあって噴出が落ち着き、口を離した感触のあとに、そんな声がして、それからまた瓶がぐいとひねられた。
「ひっ」
「ねえ、立って」
握った瓶で私に鞭を入れるように、彼女はそう要求した。
飲む気なのだ。
瓶の中身を、全部。それも、瓶を私に持たせたまま。
そのために必要な姿勢と動きを、私は想像する。
想像してしまう。
ああ、駄目だ。そんな、そんなのは駄目だ。
今こうして床に押しつけ隠していても、顔が焼けるように熱いのに。
「ほら、早く」
尻が叩かれる。
もちろん軽く。でも、その振動は私の腰を、腹の奥を、頭の芯までをも揺らして、私を砕いた。
なけなしの抵抗の心が、諦めの音色と共に砕かれたあとに、彼女の言いなりになることへの喜びが残っていた。
そう、たぶん私は喜んでいた。
膝を立てる。腰を上げる。まだ上半身は倒したままで。
体を二つに深く折り、頭を床につけたまま、尻を高く。
「いいよ、起きて」
その尻のすぐ下から、囁くような声がして、私はその言葉に従った。
両手で床を押し、肩と肘を伸ばし、上半身を持ち上げる。
震えながら上げた顔に、ライトの強い光が当たる。
恥ずかしい。
ああ、恥ずかしい。
見ないで、みんな。お願い。
その表情は決してはっきりとは見えないはずだと、わかっていても、私はそれを強く願い、それと同時にもしかしたら、心のどこか片隅で、見られることに喜んでいた。
傾けられた瓶の口から、残りの液体が流れ出してゆくのを感じる。
彼女がそれに口をつけ、飲み干している音がする。
そして、その振動に震えている私の腰の、濡れて膨らんだ小さな突起を、何かがつまんで引っ張った。
「や、そこ、だめ、いま、だめぇ」
そんなことを言いながらも、きっとその刺激を待ちわびていた硬い芽を、挟まれ、ねじられ、こすられて、私は高く天井を仰ぎながら、ライトの光の中で焼かれて熱い絶頂に鳴いた。
再び上半身を床に沈めた私の、余韻に悶えていた尻の中へ、半分ほど引き出されていた瓶が、また奥まで押しこまれた。それと入れ替えるかのように、今度は前の瓶が掴まれ、外へと引っぱられる。逆方向に動く異物に薄い肉の壁をすり潰され、ひぃ、と私が声を上げたのと、ずぽんと音すら立てて瓶が引き抜かれたのは同時だった。
その衝撃にまたがくがく腰を揺らす私の背後で、彼女が瓶を開ける音がした。噴出する生ぬるいしぶきが、いくらか私の背中に振りかけられたあと、抱き起こされた顔のすぐ前に、傾けられた瓶の口があった。
「ほら、あなたも飲も」
自分の体内から出てきた液体。そしてさっき彼女が飲んだのと同じ液体が、私の口に流れ込んでくる。
「ね、ぬっるいでしょ」
それは少し黄色みを帯びた、とても甘く、うっすらと炭酸の刺激がある液体で、何か鼻に抜ける強い香りと辛みもあって、それから当然に、彼女の言うように生ぬるかった。はっきりおいしいと言える味ではないけれど、そんなに悪くもないと思った。もっと冷やして、炭酸が抜けていなければ、素敵な味がするかもしれないとも思った。
飲みきれずに口元からこぼれていくそれを、彼女が私のあごに口をつけて飲んでいるようだった。取り出してみればそんなに大きくはなかった瓶はすぐに空になり、飛び散り
ミックスされた液体を喉を鳴らして飲みこんで、また口付けを交わしている中で、彼女の手が私の股間に伸ばされ、瓶が抜けたあとの穴を粘性の水音と共にかき回し、その上の突起を指先でこすりたてられて、私はまたあっけなくイかされた。
「次は私の番」
かすれた細い鳴き声を喉から吐き出している私に、そう耳元で囁いて、彼女はくるりとこちらに背を向け、さっき私がしたのと同じ体勢になった。その言葉と、突き出された彼女の白く丸いお尻とで、私はどろどろに融けた意識を少しばかり冷やし固め、崩れ落ちかけていた体を支えなおした。
目の前に晒された彼女のそこは、確かに女のその部分だと認識はできるものの、例に漏れず明瞭な印象を持てないぼんやりとした何かだった。私自身がそうしたときも、彼女の目にはそういう風に見えたのだろうと思って、少しばかりほっとする。
けれど、ほっとしながら同時に、胸の中に小さな軽い布が落ちたような、どこか寂しげな音をかすかに聞き、そしてまたそれとは別に、もやもやと鼻の裏側をくすぐるような、むずがゆさを伴ったとろみが喉に垂れ落ちる感覚を覚えた私は、それらがきっと何かとても恥ずかしい意味を持った言葉に固まる前に、軽く頭を振ってどこかへ弾き飛ばし、自分自身のそこがちょっと悶えた事実を考えないようにしながら、そのぼかされた場所から突き出ている小さな何かに手を伸ばした。
とても小さそうな彼女の前孔から、指の先ほどの白いものが顔を出していた。つまんでゆっくり引っ張ってみると、その細い何かが少しだけ外に引き出され、そこでちょっと引っかかった感じがして止まる。
「あぁ……ん」
鼻にかかった声が、赤いリボンで結わえられた白い背中と、その先にある黒髪が流れる頭の向こうから響く。
一度、それを押し戻す。引き出すときにも感じたけれど、指に伝わるその動きは
ちょうど頭が中に隠れるくらいまで押すと、奥に当たった感じがして止まり、そこで指の力を抜くと、押されてまた少し飛び出してくる。私はもう一度それをつまんで引っ張った。かすかに入り口の襞をめくりあげながらぬるりと出て来て、再び同じ所で引っかかる。少し力を入れて引いてみても、それ以上出てくる気配はなく、代わりに彼女の腰がその動きについてきた。
「だめっ……それ、抜けないっ……からっ……あぁ……」
どこかすすり泣くような彼女の言葉のとおり、どうも奥のほうでしっかりと引っかかっているようだった。その引っかかっている場所について、ちらりと推測を巡らせたけど、一体どうすればそんなふうに出来るものなのかはわからなかった。わからないけど、まあいいか、と私はその白い棒を動く範囲で出し入れし、それと一緒に上がる甘い声を聞きながら、彼女のもう一つの孔へと手を伸ばした。
その場所には、ぱっと見には何もない。ただ、ずいぶんと大きく緩んでひくひくと──ぱくぱくと、と表現したほうが近いかもしれない──うごめいているその暗がりの奥に、きっと何かがあることは、ここのルールから明らかなことだった。
前の孔とは対照的に、そこはとても柔らかくて、よく拡がりそうなものに見えた。たぶん、今もあの瓶を飲みこんでいる私の孔よりも。きっと彼女は普段から、主にこちらを使っているのだろう。そう思って自分の尻を床にこすりつけるように動かし、体内の瓶を揺らしながら、彼女のそこへ押し当てた指の二本は吸いこまれるように入った。三本も難なく飲みこまれる。ちょっとためらっておきながら結局さしこんだ四本目には
吸い付き、絡みつく肉の感触が、私の人差し指から小指までを包んでいる。
その心地よい感触は、自分を慰めるときだって、ナカに入れればいつも感じるはずのもの。だけど、それが他人の体だというだけで、私の肌はひどく敏感になってしまったようで、その粘膜は火傷しそうなほどに熱く思えた。
そのまま奥へ進めた指先に、何かが当たった。
硬いような柔らかいような、弾力のある輪のようなものだった。軽く指を曲げてそこに引っ掛け、ゆっくりと引きずり出す。
「あっ、あっ、ああっ……!」
ぬめりひくつく筒の奥で、やはり何かが引っかかっている感触があって、だけど前と違ってしっかり
そんな様子が少し心配になり、私はいったん引く手を止めた。
さっきよりも激しく開閉している彼女の後孔からは、想像どおりの黒い輪と、それに繋がり奥へと伸びる軸の根元が顔を出している。
「……大丈夫?」
「……だ……いじょぶ……。ゆっくり……抜いて、くれればっ……」
ひぃと
「あーっ……! は、あ、あっ……!」
ぽこん、と大きな黒い球体が、入り口を内側から押し広げて飛び出してきた。軸はその球体に繋がっていて、そして更に球体の先にも続き、穴の奥へと消えている。なおもそれを引き出していくと、すぐにまた次の球体がぽこんと出てくる。
軸はまだ続いている。球体が門をくぐるたびに響く嬌声に、耳と脳とを揺らされながら、私はそれを引き抜き続けた。三つ、四つ、そして五つ目の球体が抜け出たところで、ようやく軸の先が尽き、そこで彼女は長く気を抜くような声を漏らして、肩と背中を脱力した。
引き抜いたそれを、改めて眺めてみる。輪から伸びている長い軸が、子供の拳ほどの大きさの球体を、五つ貫きぶら下げている。長さは私の二の腕ほどだろうか。大きな数珠の切れっぱしのようにも、軒に吊るされた干し柿のようにも見えるそれに、こんな淫具もあるんだな、と少し感心し、同時に、こんなものが入っていたのか、と唾を飲みこんでから、彼女の体液でねっとり濡れているぷにぷにとした質感の道具に手を添えて、私はその先端を再び穴に押しこんだ。
「ひぅっ……!」
また、彼女の肩に力が入り、ぎゅっと拳が握られて、体が跳ねるのを抑えているように背中が悶える。左右にゆがんで不自然にねじられる肌と筋肉の表情は、どこか異界の生物の蠢きにも見えた。
抜いたとき同様にゆっくりと、軸を奥へと押し進める。大きな玉がさっきとは逆方向に後孔を通過するたびに、漏れ出る声も少し違う音色で響く。
ずぷん、ずぷん、と玉が飲みこまれていき、ほどなく全部が彼女の中に納まった。ちょっと輪を掴んで左右にねじってみると、あーぁ、あー、と長く、どこか苦しそうな、けれど気持ちよさそうな声を出して白いお尻がふるふる揺れる。それがまた妙にいとおしく見えて、私はその可愛い生き物を撫でさすり、口付けまじりに頬擦りをした。
そうしてから、またそれをゆるゆると引き抜き、また押しこむということを私は繰りかえした。すっかり緩んだ後孔を、それでもみちりと引き伸ばしながら玉が出入りするたびに、尻を突き上げる彼女の呼吸は荒くなり、鳴き声は大きくなっていった。
もしかして、彼女はこちらでイけるのだろうかと思った。
そうなら、それを見てみたいとも思った。
何度目かその数珠を引き出しながら、私は手探りで転がっていた瓶を拾い上げ、自分の前孔へと戻した。ひどく発情して濡れそぼったままのそこは、あっさりとそれを飲みこんで、だけど一気に挿入された刺激はやはり大きく、少し背中がのけぞった弾みで、ちょっと勢いよく玉を引き抜いてしまい、それで彼女はやや太く品のない声を上げてかくかく腰を振った。
腰を動かして瓶の口を床にぐりぐり押し当てながら、再び数珠を根元まで押し入れて、玉が消えていった暗い穴の中をふと覗きこんだ私の脳裏に、あの感覚が蘇った。
いま持っている淫具の端を、最初につかんだときのこと。
彼女の体内に指を差し入れたときの、あの熱く柔らかな粘膜の味わい。
それにまた触れたいと思った私は、手のひらで輪をさらに押し、奥深くへと軸を送りこんだ。やはり最初にそれを引き出したときと似た悲鳴を聞きながら、輪そのものを穴の中へ、そしてそのまま指を差し入れる。最初よりも楽に、ぬるりと指の根元までが飲みこまれる。
そこにはやはり、なんとも言えない心地よさがあった。
手の指は、人体で最も敏感で繊細な部分の一つだと言う。
それが柔らかく湿った洞穴の中で、ぴったりと包みこまれ、温められて、その暖かさがじんわりと腕へ、体にまで広がってゆく。
暖かくて柔らかい隙間に手先をつっこみたい、というのは、多くの人が持つ衝動ではないかと思う。それがとても心地いいということを、本能的に知っているからだ。
それが主に手先だけなのは恐らく、とても敏感なその部分に多くを託しているためで、もしかしたら、いやたぶん本当は、全身をその暖かさで包まれたいに違いなかった。きっと誰もが知っている、かつて純粋な幸福だけがあった、あの始まりの世界への憧れ。
だから、いま手の先で感じているその心地よさを、もっと大きく深く味わいたいと思ってしまったこと自体は、自然なものだったのだろう。
だけど、それを意識した結果として具体的に固められた考えは、どうにもとんでもないものだった。
こんな乱れた場に望んで足を踏み入れるような者の例に漏れず、私もまたその手の知識の収集に余念のない人間だったようで、そのような行為があるということは知っていた。
だけど、ただの知識でしかないそれを、今この手で実際にやってみるなどというのは、やっぱり絶対にありえないことに思えた。
異常なことだ。
いくらなんでも、そんなことが出来るはずがない。
たとえ彼女が、そこでの行為をかなりやりこんでいて、いま現に指の四本くらいなら難なく飲みこめてしまっているような体だとしても、だ。
私の理性は、当然にその結論を導き出した。
しかし。
私は、親指を手のひらに沿え、槍の穂先のようにすぼめたそれに、ゆっくりと押す力を込めていた。
理性ではない、感情とも呼べない強い衝動が、そのありえない行為を推していた。
「あっ」
今までとはどこか違う響きの、小さな小さな声がして、それと一緒に彼女の尻がぴくりと跳ねた。
そして、そこで私も手を止めた。
相手が傷つくようなことは、してはならない。
この場所のルールではない。ここだろうと、他のどこだろうと、守るべき当然の不文律だ。だから、彼女がほんの少しでも嫌がったならやめる。それが、私の理性が刺した最後の釘だった。
止めたその手と、手がめりこんでいる場所とが、少し震えていることに気付く。
それで、やはり無いと思い直して、その腕を引こうとした私が、実際にそれを行動に移すよりも早く。
彼女は自分からその白い尻を、私に向かって僅かに押し出していた。
喉の奥にガラスの玉が落ちたような音が響いた。
熱く泡立つあの甘い液体が、頭の中へ一気に吹き上がったような気がした。
じわりと腕を、その先へ進める。
体液でぬめる粘膜が、滑りきらずに皮膚に引きずられては、またずるりと滑って脈打つように私の手を
少し入るたびに少し戻し、時々ちょっとひねりながら、そこを拡げてゆく手の進みは、最初は思ったよりも滑らかで、けれどすぐに抵抗を増し、それでも着実にその到達点へ近づいていく。近づくほどに、彼女が、私が、私たちの周りの空気が熱せられ、熱は渦を巻いて、荒く乱れた二人の呼吸と、泣いているようにも聞こえる彼女のあえぎと、私の心臓の鼓動を巻きこみ、すべてを熱い耳鳴りの中に包みこんでいく。
そしてついに、一番太い親指の根元、そのギリギリまで来たところで、また私の手が止まった。
ここを越えれば、入る。
入ってしまう。
私の手が、全部、彼女の中に入ってしまう。
本当に入るのだろうか。
ぎっちりと、
もしかしたら、ここが限界なのではないだろうか。
ここまで来たら入るはず、などと、そんな甘い思い上がりが、そのほんの一分の越えてはならない境界を傲慢に踏み越えたとき、取り返しのつかない傷を残してしまうのではないだろうか。
やめよう。やめなきゃ。やっぱりダメだ。
入れたい。入りたい。その暖かい場所へ、早く。
矛盾する叫びが、私の中でぶつかりあい、押しあっている。その圧で私は潰され、固まってしまって、進みも戻りもできない。
止めてくれ。頼む。
かすかに残った理性が、その言葉を請う。
そう、ただ彼女がたった一言、やめて、と言ってくれたなら。
だけど。
「来てぇ……」
細くかすれたその声が、最後の一押しだった。
永遠にも思えた逡巡が嘘のように、それは一瞬だった。
二つの世界の境界線が、ずるん、と分水嶺を乗り越え、私が一気にその向こう側へ吸いこまれる。
「────!!!!」
その門で、その世界の中でぎゅうと私を握りしめ、全身をがくがく痙攣させて、何かを叫びながら、彼女はイッた。
その叫び声は、誰かの名前のようだった。
誰の名前なのかはわからない。いや、本当に名前なのかも定かではなかった。だけどなぜだか私には、私自身の名前が呼ばれたように思えた。
手が燃えるように熱かった。
締めつけ、まとわりつき、激しく震える肉の中に、私の手がすっぽり包まれていた。きゅうきゅうと手首を握る孔が、まるでさらに奥へと私を飲みこもうとしているような気すらした。
私はぴったりと彼女の中に入っていた。いや、私と彼女は一体になっていた。絡まり合い、溶け合い、混ざり合っていた。その熱い泥を通して、彼女の絶頂が私の中へ流れこんできていた。腕も、肩も、そこから繋がる身体すべてが熱かった。
そのとき、きっと私の腕は性器だった。本来ついていないはずのその器官が、確かに私の腕の先にあった。
「ああっ……!」
熱に腫れて詰まりかけた喉から息を押し出しながら、それをぶるりと振動させ、私は彼女に射精した。
二、三度続いた射精のあと、ゆっくり引き抜いた穴の奥から、私の精液がこぼれ落ちたように見えた。
ステージの端に現れた白いのが、こちらに向かって両腕を振り、頭の上で交差させた。そろそろ交代しろ、という合図だろう。
うずくまったままお尻をひくひく震わせている彼女の手を取り、肩を貸すようにして立ち上がって、ステージの反対側へ向かう。今も体の中で暴れている瓶の感触は、もう異物感ではなく、甘い熱のかたまりのようだった。
ステージを降りた先に、あの図形とカードのセットが二つあった。片方は赤。片方は青。
これも、この場所でのルール……というよりはシステムの一つだ。
ステージ上で交わり、相性が良くて、もっと交わりたいと思った者たちは、赤いカードを踏めば個室に飛ばされて、そこで心ゆくまで──体ゆくまで、かも知れない──楽しむことができる。逆に、今日はもう十分と思ったら、青いカードを踏めば元の場所へと送還される。そう説明されていた。
どちらも、ステージから降りてきた者にしか使うことができない。だから、少なくとも一度は皆の前に痴態を晒さないと、このホールから出ることはできないのだった。入口のドアは一方通行で、入るとすぐに消えてしまうからだ。
この夜会自体がお開きとなれば、全員が強制的に送還されるはずだが、それが一体いつなのかは不明だった。よくある例のとおり夜明けと同時なのか、あるいはもっと長いか短いか、もしかしたらオーナーの気分次第なのかもしれなかった。
ちなみに、どちらをも踏まずに、また観客に戻ってもいい。別な相手を探してもいいし、同じ相手とまたステージに上がってもいい。見られるのが好きな者たちは、ずっとそうしているようだった。
耳元で、熱い吐息と囁きが聞こえた。
「どうする?」
返事の代わりに、私は彼女の手を強く握りしめた。
彼女も、私の手を強く握り返した。そうして二人で赤いカードを踏んだ。
柔らかいクッションが敷き詰められた、色々と便利に使える起伏がそこかしこにある小さな部屋で、私たちは激しく愛しあった。
何度もべたついた体を、顔を、唇を押しつけあい、何度も果て何度も果てさせて、ときどき休憩し、他愛もない、あるいはひどく猥褻で汚く甘ったるい会話をしながら、なお飽きもせず、互いのあらゆる場所に口付け、互いの体液を舐めすすり、互いの中に色々なものを出し入れしあった。
彼女は、何度も誰かの名を呼んでいた。
私も、誰かの名を呼んでいたような気がした。
◆ ◆ ◆
どうにも鬱陶しく粘りつく湿り気と、激しい疲労感と倦怠感と、熱い絶頂の残り火と高揚感とを身に纏って、転がり慣れた床板の上に転がりながら、今日はまた一段と激しくヤッたみたいだな、と覚醒しつつある頭の中で思う。
そんな思考の外側、ぼんやりとした霧の向こう、乱雑に散らかったがらくたの陰、遠い遠い闇の彼方に、誰かの顔があった。
いまだ冷めない快楽の余韻の沼から、気力を振り絞って起き上がり、あらかじめ用意しておいたメモ帳とペンを手に取る。
だけど、そこに何かを書きつけようとしたときには、一瞬前まで頭の片隅にあったはずの、よくわからない誰かの特徴は、煙が空に溶けこむみたいに、流れて消えてしまっていた。
「やっぱダメか」
カードで飛ばされた先での出来事は、何一つ憶えていられない。戻った直後はぼんやりと、その断片が頭に残っている気はするのだが、それもすぐ散り散りに吹き飛んでしまって、結局すべては夢の中のことのようだった。ただ、何がしか口にするのも
特に今日は、やけにその孔周りがじんじん熱くて、もしかしたらあの瓶よりも大きな物をねじこまれたかもしれないな、と思った私は、とりあえず術符で治癒促進の魔法をその一帯にかけてから、また床の上に転がった。
理性的に考えれば、おかしな話だ。
一体そこで何が起きたのか、すべて忘れてしまう場所。
そんなところに、望んで何度も足を運ぶ人間がいるだろうか?
たとえ、その後味がとても気持ちの良いものだとしても。普段は涼やかに取り繕った仮面の裏に押し隠している、生々しく汚らしい欲求を、すっかり発散させてくれるとしても、だ。
こんな、あまりにいかがわしく得体の知れないカードなど、一回使って
けれど、満ちた月が再び欠け、細くなってゆくにつれ、思い出してしまう。
今もこの身を温かく波立たせている、ある感情。頭の中に、甘い甘い美酒が満たされているような感覚。単なる快楽ではない、なにかとても大きな満足感、あるいは幸福感とでも言うべきもの。
こうして新月の夜を迎えるたびに、それが私の足をカードの上へと
ただ、そのあらゆる意味で特別な感情が、極めて特別であるがゆえに、私に一つの可能性を提示し続けてもいた。
もしも……その推測未満の願望が、そう、もしも仮に、真実であったとしたら────
そんなことを考えているうちに、徐々に消えつつある悦楽の温もりが、ベタつく身体の気持ち悪さと肌寒さに追い越されてきたのを感じた私は、ひとまずその思考を中断し、芋虫が脱皮するみたいにコートを引き剥がしつつ、のそのそとバスルームへ向かって這った。
カーテンの向こうの空は、もう薄明るくなっていた。
◆ ◆ ◆
ガラス玉で封のされた瓶を前にして、私は大きな深呼吸をした。
中身は、あの夜と同じ。あのとき入れていった、そして戻ってきた時には確かになくなっていたものと同じだ。
ちょっと帽子の角度を直してから、それを手に取る。
そうして家を出ようとしたところで、あ、しまった、と声が出た。
どうせなら二本作ればよかったのに。一緒に一本ずつ飲むほうが、状況的に自然だった。あいつに飲ませることしか考えてなかったから、つい一本しか作らなかった。でも今更しょうがない。ちょっとかぶりを振ってから、私は箒に飛び乗った。
よく晴れた清々しい青空を飛ぶ。瓶は胸元に入れてある。炭酸飲料を人肌でなんて持ち歩くもんじゃないが、あえてそうした。条件を同じにするために。
心臓が、その瓶と激しくぶつかっているような気がした。
「ラムネ? また霖之助さんのとこからかっぱらってきたの?」
ちゃぶ台の上に置くなり失礼なことを言われた。霊夢は相変わらず私の職業を泥棒だと思っているらしい。霊夢だけでもないが。
ラムネというのは炭酸飲料の一種、要するにコーラの親戚で、薄い緑色の清涼感のある飲み物だ。コーラと同様、ときどき無縁塚に流れ着くやつを香霖が拾ってきては、私たちにご馳走してくれる。正確に言うと色がついているのは瓶のほうで、中身は無色透明だ。
「バカ言うなよ。っていうか最近は入荷してないしな。これは前に貰ってきたやつの空き瓶に、私特製のドリンクを詰めたもんだ」
とん、と指で瓶をつつき、ちょっとだけ傾ける。指を離せば自重でコトリと元に戻るそれの中で、うっすら色のついた液体が揺れた。淡黄色のその中身は、ガラスを通すとやや暗く見える。
「へぇ。……でも確か、この瓶って」
「うん、それのお披露目も兼ねている」
瓶に封入されたガラスの玉が、内側からの圧力で入り口をぴったりふさぐ構造。玉を専用の押し具で落とせば口が開くのだが、落としてしまうと元に戻すことができないのだ。それで、再利用するときにはコルクやその他の木材で栓を作って嵌めたりしていたのだが、私はついにその玉を戻す方法を編み出した。原理は意外に単純で、そのこと自体は割と早くから気づいていたのだが、実践するための準備が大変だった。河童に知れたらあっさり真似されかねないので、今のところ絶対の企業秘密だ。
「すごいじゃない。あの開けるときの感覚けっこう面白いから、神社で売り出したら流行るかも」
もうはや商売のことを考えながら、霊夢はそれを手に取って、左右に傾け眺めていたが、
「で、これを試飲してくれってことね?」
察しが早い。私は、ああ、と返事をして、ポケットの押し具を投げ渡した。
「でもさぁ、これ随分ぬるくない?」
「悪いな、持って来る間に温まっちまった」
当然の言及にちょっと緊張しつつも、舌は滑らかに動いた。嘘をつくのは私の十八番だ。
「しっかり冷やして来なさいよ。コーラだってぬるいとイマイチじゃない」
「レイゾウコはまだ開発中。チルノを閉じこめられれば楽なんだけど」
「幽霊を使う計画、進んでたんじゃないの?」
「あの石頭に見つかって説教くらった。お前も気をつけろよ」
「あー。ったくあいつはさー、でもそれなら沸き水でとかさぁ……」
ぶつぶつ言いながら瓶を開けようとした霊夢を慌てて制す。
「おいおい、ここでやったらちゃぶ台がびしょ濡れになるぜ」
「あ、そうか。……だから冷やせって言ってんのに」
立ち上がり、台所に向かってすぐに、あの小さな破裂音と落下音と、うわ、という声と、それから少し水音がして、霊夢は開けた瓶を手に戻ってきた。
「思いっきり吹きこぼれたじゃない」
「だからそう言っただろ」
そうしてすとんと座布団に座り、ちょっととんがっていた唇が、ぱかりと開いて、その瓶にゆっくり口付けるのを、私は顔と声だけで笑いながら、じっと見ていた。
胸の中で激しく響く、太鼓みたいな音を聞きながら。
ひと口、ふた口、喉にそれを流しこんだ霊夢は、またゆっくりと口を離し、
「ぬっる」
開口一番がそれだった。
「……今度は冷やして持ってくるよ。それよりどうだ? ほかの、その、味とか……」
「やっぱり炭酸も
それは仕方ない。温まっているからすぐに抜けたのもあるが、元から少し薄めに作ったのだ。濃いのを常温で開けたら吹きこぼれすぎるから。
んー、と鼻の奥を鳴らした彼女は、ぺろりと唇を一つ舐め、
「ぬるいけど、まあ味自体はそんな悪くないんじゃない。この香りと風味はショウガかな……?」
そう言って、手の中の瓶を、少しのあいだ見つめてから、何かを思い出そうとしているふうで口を開いた黒髪の女は、
「……これ、どこかで────」
●
●
●
「え?」
「あ?」
何かがズレたような、奇妙な空気。二人で声を上げ、顔を見合わせる。
「どこかって?」
「何が?」
「お前が言ったんだろ」
「何を?」
「……なんだっけ?」
「なに言ってんの? あんた」
そんなわけのわからないやりとりをしていたら、
「なあに? それ」
言葉と共に、横から首が突っこまれた。
「うわぁ!?」
「なんだ
「ごきげんよう。ここでは見かけないものを飲んでるみたいだから」
手に持っていた黒い何かを懐にしまいこみながら、紫は瓶に顔を近づけ、その液体の匂いを嗅いだ。
「やっぱり、ラムネじゃないのね。ジンジャーエールかしら?」
「なんだそりゃ?」
「炭酸飲料にショウガの風味を加えたもの。知らないで作ったの?」
かくんと首がこっちを向いて、驚いてるんだか笑ってるんだかよくわからない顔が目をぱちぱちさせた。
「なんだ、もう既にそういうものがあったのか……。でも知らないのに作れるのは、やっぱり私が天才だからだな」
少し残念な気分で伸びをして、一応ちょっと強がってみた。
「ふーん、いいじゃない神社エール。いっぱい作って今度のお祭りで売りましょ、もちろん冷やして」
ちゃぶ台の上でコトコトと瓶を鳴らしながら、頬杖をついて言う霊夢に、紫はふうと小さな溜息をつく。
「神社じゃなくて、ジンジャー。ショウガの意味よ」
「どっちでもいいの。私が神社で売るんだから神社エール」
「作るのは私だぜ。まだちょっと量産はなぁ……」
「この瓶に詰める必要はないんじゃないかしら。あ、私にも頂ける?」
「図々しいな、霊夢が飲んでるやつしかないよ」
「あら、二本あるかと思いましたのに。残念」
「あったってお前にやる義理はないな。私が飲むぜ」
ああ、そうだな。どうせなら二本作って持ってきて、霊夢と一緒に飲めばよかった。
……なんでそうしなかったんだろ? 瓶は二本あるのに。
寝不足で疲れてたからかな……? 冷やすのもすっかり忘れてたし。
ていうか、何か他にも目的があったような……。なんだっけ?
うーん、思い出せない。
「ねえ霊夢、私にもちょっと味見させてくれない?」
「やだ、これは私の。なんか気に入っちゃった」
「一口だけ! 一口だけだから!」
「あんた、私の口つけたとこ舐めたいだけでしょ!」
蹴りはがされた紫は、わざとらしく扇子で口を隠して、よよよと泣きまねをしてから、すぐに妙な笑みを見せ、
「まったく、世話が焼けること」
その、なんとなくどこかで聞いたような気がする言葉を残して、スキマの中へ姿を消した。
「……世話が焼けるって、何の話?」
「知らん」
首をひねった霊夢にそう返し、なんともよくわからない気分のまま、私はせんべいを一枚かみ砕いた。
数日後、カードを見てみたら、新しいルールが増えていた。