週の始まりは月曜日。ここでこなす仕事の如何によっては、一週間を乗り切るモチベーションが大きく変わってくるだろう。
今日も今日とて、朝から事務作業漬けだった俺は、日が暮れた今になっても、事務所のデスクに釘付けになっていた。
「さて、そろそろ出かけるとするよ」
同じ部屋で仕事をしていた先輩のプロデューサーが、ぐっと伸びをしながら言った。
彼は、俺よりも前に283プロへ入社した人で、年齢も俺の一つ上と近い。それでも頼れる兄貴分として、色々と世話になっていた。
誰にでも気さくに話しかけられる社交性を持ちながら、仕事に対する真摯な姿勢や真面目な性格には好感を持てるし、事務所に所属しているアイドルたちからの信望も厚いようだ。
そして受け持っているアイドルの人数は、283プロの中で一番多い。彼と、はづきさんの存在が、283プロの屋台骨を支えていると言っても過言ではないだろう。
「分かりました。自分は、もう少しだけ残っていきます。キリのいいとこで、終わらせたいので……」
「ははっ、そうか。手伝ってあげたいんだけど、明日に地方での仕事が、入ってるもんでね……。前乗りするために、今から移動しなきゃいけないんだ」
申し訳なさそうな表情を浮かべる先輩に対し、俺は首を横に振った。これは俺自身の問題だし、それに彼は、俺以上に激務をこなしているのだ。あまり負担をかけたくない。
「まあ、あんまり根詰めすぎないようにな。アイドルもプロデューサーも、体が資本なんだから」
「ははっ……」
「じゃあ戸締りのほう、よろしく頼むよ」
最後にそれだけ言い残すと、先輩は荷物をまとめて出ていった。しかし、ワーカホリックな人に言われても、まったく説得力のないアドバイスだと思う。
「ふう……」
事務所の中に、静寂が訪れる。
社長は言わずもがな、事務員のはづきさんも別の仕事があると言って退勤してしまったため、この場にいるのは俺だけだ。それに平日ということもあり、学生が多いアイドルたちも各々帰っていた。
一人きりになった室内で、俺は凝り固まった肩をほぐしながら、視線を周囲に向ける。
窓の外は、すでに暗くなっており、街灯やネオンサインなどの明かりが、眩しいくらいに煌めいていた。
「今日は、徹夜になりそうだなぁ……」
思わずそんな独り言が漏れてしまうほど、視界に広がる書類の山は、減っているように見えない。まだまだ先は長かった。
ふぅっと息をつくと、デスクの上に置いてあるマグカップを手に取る。しかし中身は、ほとんど空になっており、底の方にほんの一口分のコーヒーが残っているだけだった。
「……もう一杯、追加するか」
そう思い立った俺は、椅子から腰を上げ、マグカップを片手に給湯室へ向かった。
給湯室といっても、それは名ばかりで、実際は小さなキッチンのようなものだ。部屋の中央に四人がけのテーブルがあって、簡単な調理器具ぐらいなら一通り揃っており、冷蔵庫の中だって充実している。飲み物や、ちょっとした軽食などを入れるのにも困らない。
ただ、283プロのアイドルみんなが利用するため、デザートなんかは自分の名前を書いていないと、すぐになくなってしまったりする。差し入れは共有の物だからだ。
「さてと」
棚からインスタントコーヒーの粉が入った容器を取り出し、マグカップに入れる。そこに電気ケトルの湯を注ぎ込み、スプーンでよくかき混ぜてから口に含んだ。
疲れ切った身体に染み渡るような苦味が心地よい。コーヒーは、やはりブラックに限る。熱い温度と、カフェインによる覚醒作用も手伝ってか、少し疲労がとれたような気がする。
子供の頃は、砂糖やミルクを入れなければ飲めなかったものだが、今ではすっかり大人になってしまったものだ。仕事中に飲むこの一杯が、至福の時だった。
「ん……?」
一息ついて自分の席へと戻ろうとしたところで、ポケットに入れていたスマートフォンが振動していることに気付く。取り出して画面を確認すると、千雪からのメッセージが表示されていた。
内容は、今から通話できるかと訊ねるものだった。わざわざ事前にトークアプリで連絡してきたのは、俺が残業中かもしれないということ、それに昨日の出来事があったせいだろう。
昨日の俺は、たがが外れた千雪に散々絞られた挙句、糞尿を身体にかけられて、彼女に顔面騎乗されながら失神するという、情けない姿を晒す羽目になった。人生においては、あまりにも稀な経験。
それでも、邪魔者のいない二人きりの空間で、愛し合っている男女が何をしようが自由だとは思うのだが、さすがの千雪もやりすぎたと感じたらしい。俺が意識を取り戻したときには、涙を流しながら意気消沈していた。
正直、気を失う前の記憶が曖昧だったので、途中から何をやっていたのかは、詳しく覚えていない。その後、お互いに気まずいまま別れてしまったのが気がかりだった。
そういうわけで千雪は、俺に対して遠慮がちな態度をとっているのだろう。別に俺は気にしていないけど、今まで過剰だった彼女のアプローチが、多少なりとも控えめになるのなら僥倖といえる。
このまま催眠が解けるまで大人しくしていてくれれば、俺としても嬉しい限りなのだが。
とはいえ、あんなことがあってもなお、こうして向こうから連絡してくるということは、何か話したいことがあるのかもしれない。
しかし俺は勤務中なので、プライベートな用事であれば、今は忙しいから後日にしてほしいと伝えるしかなかった。
「……はやいな」
すると、その返事はすぐに返ってくる。忙しいのなら、オフの日で手が空いてる自分が、仕事を手伝うとのことだった。
アイドルなんだから、そこまでしなくてもいいとメッセージを送ったものの、彼女は頑として譲らなかった。
数回問答をしたあと『今から事務所に向かいます』というメッセージを最後に、やりとりは途切れてしまう。
「まあ、別にいいか……」
わりと強情なのはいつものことだし、事務所には俺以外誰もいないから、千雪が来ても特に問題はないだろう。人の目があるときに、仲睦まじい姿を見せるよりは、ずっとマシだ。
そう判断して、マグカップを持って自席に戻った俺は、ふたたび作業に取り掛かった。
それから、ある程度時間が経ったところで、部屋の扉が開かれる音が聞こえる。反射的にそちらへ視線を向けると、千雪の姿があった。
「失礼します……」
律儀に挨拶をしながら入ってきた千雪が、そのまま真っ直ぐ俺のところまで歩いてくる。
千雪は普段着らしく、半袖で深めのUネック白リブニットに、膝丈ほどの緑チェック柄スカートを履いていた。どちらも落ち着いた色合いだが、彼女が着ると、上品な雰囲気の中に色香を感じる。
そして、いつも通り首付近から編み込まれた長い茶髪が揺れる様は、まるで動物の尻尾みたいで可愛らしい。それに胸の膨らみは、服の上からでもわかるほど強調されており、タイト気味なせいで余計に大きく見えた。
そのせいで、俺だけが知る千雪の生乳の形状と感触が鮮明に思い出されて、つい視線が胸元へと寄ってしまう。
千雪と性的接触をするようになってからというもの、どうも俺は無意識に彼女のことを、アイドルではなく女として見てしまっているようだ。
オフの日ならともかく、今は勤務時間中だぞと自分に言い聞かせ、邪念を振り払うように頭を振る。
「あの、プロデューサーさん?」
「あ、ああ……」
ハッと我に帰ったとき、すでに目の前に来ていた千雪が、俺のことをじっと見つめていた。俺は、慌てて取り繕うような笑みを浮かべて返事をする。
「わざわざ手伝いに来てもらって悪いな……」
「い、いえ……! 私が勝手に来ただけですから、お気になさらないでください……!」
千雪は小さく首を振って答えると、恥ずかしそうな表情でうつむく。
どうにも会話がぎこちない。昨日のことがあったせいか、お互いが相手の様子をうかがっているようだった。
そのまま、しばらく無言の時間が続いたあと、千雪が口を開く。
「その……昨日は、本当にすみませんでした。私、やりすぎちゃったかなぁって……」
自身のうなじに手を当てながら、千雪が申し訳なさそうに俺のほうをチラリと見る。
話がしたいと言ったのは、やはり昨日のことか。俺は、気にしていないという旨を伝えるため、軽く笑ってみせた。
「いや、あのときにも言ったけど、気にしなくていいって。俺だって千雪に……いきなり挿れたんだしさ……。お互いさまだよ」
俺はプロデューサーという立場上、千雪を好きになっても、それを表に出せなかった。しかし、千雪もまた同じ気持ちで、ずっと悩んでいたのだという。
そんな俺たちの想いが、催眠を介して通じ合い、ようやく恋人同士になれたのだ。それまで抑圧されていた欲望が爆発しても、おかしくはない。ずっと自制してきた俺が、みずからアナルセックスを決行してしまったのも、それが要因だろう。
だから昨日の千雪の行動については、何も咎めるつもりはなく、むしろあれほどの愛情をぶつけられて嬉しいくらいだった。
「でも、これからは少し控えてほしいかな。一日に何回もするのは、辛くなるし……」
ただ、いくら千雪が本心から俺を愛してくれているとはいえ、さすがにやり過ぎではあったとも思う。失神しなければ、その後も行為を続けていたに違いない。俺にとっては怪我の功名だった。
「ええっと……はい、気をつけますね……」
俺の言葉を聞いて、なぜか頬を赤らめた千雪は、気まずそうに目を逸らす。
本当に理解してくれたのだろうか。まあ、それは追々わかっていくことだろう。
「よし、この話は、これで終わりにしよう」
「はい! ……そういえば、事務所にはプロデューサーさん一人なんです?」
千雪は打って変わって明るい声で返事をしてから、きょろきょろと辺りを見回す。
「ああ。先輩は出張に行ったし、はづきさんも帰ったからな」
「そうなんですね。はづきったら事務員なんだから、少しくらい手伝ってあげたらいいのに」
「うん……まあ、な……」
もちろん最初は、はづきさんに手伝ってもらおうとしたものの、彼女は今朝方から俺に対して冷たい態度を取るようになっていたので、結局一人で片付けることになったのだ。
それは彼女が、俺と千雪の仲を深めさせるために、先週末に休日をつくってお膳立てしたにも関わらず、俺が本番行為をしなかったことが原因なのは明らかである。
なぜなら、千雪から概略を聞いたらしい彼女から、二日も二人きりにしたのに何をやっていたのかと問い詰められたのだが、正直に打ち明けることができず、つい誤魔化してしまったのだ。それがいけなかった。
『男として情けない』
そんな至極もっともなことを言われてしまい、それ以降完全にヘソを曲げられてしまった。
しかし、彼女に催眠アプリの事情を話しても信じてもらえないだろうし、それに千雪と及んだ行為の仔細を話すわけにもいかない。健全に付き合っていると思われているからだ。
昨日、そして一昨日の情事は、俺の脳に鮮明に記憶されている。
チンカスまみれの汚い男根を顔に押し付け、あまつさえ処女膜越しに危険日の膣内へ中出し。そのまま本番に及ぶことなく、竿に付着したチンカスと精液を丁寧にお掃除フェラされた後、共に就寝。
翌日には、朝勃ちの愚息に激しい口淫で挨拶され、寝起きの朦朧とした意識のまま、擬似授乳手コキで甘やかされた。
それから朝食をとった後、千雪と隣合いながらAV鑑賞。その流れで胸の大きさの話題になり、他のアイドルに嫉妬した千雪によって、パイズリで強制的に精を絞られる。
その一連の情事で、ついに理性が崩壊した俺は、千雪の尻穴に欲望を挿入してしまった。アナルとはいえ、処女膜はなくとも、初めては初めてのはずだ。
それなのに千雪は、すんなりと俺を受け入れてくれた。まるで元々そのために作られた器官のように、彼女の肛門は肉棒に吸いつき、我慢汁と腸汁でぬかるんだ直腸が、きゅうきゅうと陰茎を締めつけてきた。愛ゆえに俺の全てを受け入れることができるという、その言葉通りだった。
しかし、ある種の一線を超えたことで、千雪の理性をも崩壊させてしまったようだ。
平然と俺に糞尿をぶちまけ、睦言を叫びながら獣のように身体を擦り付けてくるあの姿が、千雪の本性なのだろうか。
それを解き放ったのは、言うまでもなく催眠アプリだ。あれがなければ、今後とも千雪とはプラトニックな関係を続けていたかもしれない。
あれは催眠というより、催淫みたいなものなのだろう。催眠深度があるアプリの仕様上、相手を意のままに操ることはできないからだ。
どちらかといえば、相手の心の隙間に入り込み、無理矢理に欲望を引き出させる悪魔のような力。
それを、もともと好意を抱かれている異性に使ったとなれば、ああいう風に千雪が乱れるのも無理はないのか。
千雪は、側から見ても清楚な女性だ。肉欲など無縁に見えるほどに。そんな彼女の心に潜む欲望は、俺が想像していたよりも遥かに大きかった。
しかし、いくら千雪の本性が、淫らで変態的であっても、俺は決して嫌いになったりはしない。むしろ、そういった部分も含めて、好きになることができている。
そうなると、果たして俺の身体は、どのくらい持つだろうか。千雪に求められるがままに、昨日だけで六回も射精しているのだ。それも一回一回の行為が、濃厚なものばかり。しまいには、失神させられてしまうほどの情事だった。
催眠がかかっているから肉欲に抗えないとはいえ、毎回あんなに激しく求められては、いつかは限界を迎えてしまうだろう。
しかし俺の身体と理性は、もう千雪の色に染まっている。千雪に迫られたら、たとえどんな状況であろうと、俺は拒めない。それがわかっていた。
唯一の希望は、催眠さえ解ければ千雪の欲求も収まるだろうと願うことだけだ。催眠中の記憶は消えるらしいので、おそらくそうなるはず。
それまで俺の身体が持つかどうか。それが、一つの不安要素だった。
「でも、おかげでプロデューサーさんと、二人きりになれてますから……ね?」
千雪はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。
確かに普段、千雪と二人っきりになれる機会は中々ない。事務所には他のアイドルが居るし、仕事で外に出ても大衆の目がある。それが叶うのは、自室と移動中の車内くらいか。
「ああっ……! 我慢しなきゃいけないのに、身体が熱くなってきちゃいます……!」
千雪は頬を上気させ、自身の胸の下で腕組みしながら、もじもじと内股をすり合わせ始めた。誰の目から見てもわかる発情っぷりである。
「だ、駄目だぞ? ここは事務所だし、この前とは違って、仕事中なんだから。もう少しでバレるとこだったし……」
「……そう、ですね。私ったら、お手伝いに来たのに、つい……」
俺は、なるべく冷静を装いながら言った。
その言葉に千雪はハッとして、すぐに落ち着きを取り戻す。その辺の分別はつくようで、少し安心した。
「じゃあ、早速始めましょう。まずは何をしたらいいですか、プロデューサーさん」
そして千雪は、先程まで纏っていた色香を振り払うよう、朗らかに笑った。
「そうだな……。手始めに、この企画書の誤字脱字を確認して、大丈夫そうなら、コピーを七人分作って、ファイルにまとめてほしい」
「はい、わかりました!」
デスク上の資料を手に取り、千雪に手渡すと、彼女は元気よく返事をして、空いているデスクへと向かった。
千雪の後ろ姿を見つめながら、俺はふぅと息をつく。なんとか上手く誤魔化せたようだ。
先程は気丈に振る舞ったものの、本心では今すぐ彼女を抱きたい。昨日あれほど出したというのに、愚息が発情期の雌を前にして、臨戦態勢に入っているからだ。しばらくは落ち着くと思っていたのだが、どうやら逆効果だったらしい。
リカバリーソーダの効能かと疑ったが、今日は朝に飲んだっきりだ。だとすると、おそらく千雪と交わり過ぎたことが原因だろう。
筋肉が肥大するメカニズムと似たようなものだ。筋肉は、細胞に負荷をかけることによって成長するもの。つまり、短期間で千雪と濃密な情事を何度も重ねた結果、俺の陰嚢が常時フル回転状態になってしまったというわけだ。
通常運転では子種が足りないと言わんばかりに、精巣が精子を製造し続けているのだろう。しかし大量生産しても廃棄にならないほどに絞られるのだから、それは生物的に正しいことなのかもしれない。
とはいえ、このままの状態で仕事をするのは、辛いものがある。餌を前にして待てをされている犬の気分だった。
いっそ千雪に頼んで、一発抜いてもらおうか。そんな邪念が、脳裏に浮かび上がる。俺の身体は、自慰だと絶頂できなくなっているから、自分では処理することも叶わない。
俺の頼みなら断らないだろうし、むしろ喜んで応じてくれるだろう。だが、みずから進んで致す度胸はない。
それに仮にできたとしても、一度味を占めてしまった千雪は、さらに過激なプレイを要求してくるに違いない。そうなればこの先、行為はますますエスカレートしていくだろう。
そんなことになったら、もう歯止めがきかない。今度は、失神だけじゃ済まない可能性だってある。
「ふんふーん。ふふふん、ふふ〜ん♪」
俺が悶々と悩んでいると、千雪は鼻歌を歌いながら、はづきさんが使っているデスクの椅子に座る。
そして自身のバックからケースを取り出し、その中から赤縁の眼鏡を手に取った。アンダーリムのそれを掛けると、彼女の雰囲気が一変したような気がした。
清楚な雰囲気に知的さがプラスされ、より大人っぽく見える。これはこれで魅力的だが、そこに豊満な肉体が加わることで、言知れない妖艶さを醸し出していた。
どう外見を変えようが、結局は千雪なのだ。千雪の生身を内外にわたり味わった今の俺には、女としての彼女の魅力を存分に感じられる。
「どうしたんです?」
じっと見つめていたせいか、千雪が小首を傾げ、不思議そうに訊ねてきた。その仕草もまた可愛らしくて、俺は思わず目を逸らす。
「……いや、なんでもないよ」
「ふぅん……?」
それから、恐る恐るもう一度だけ千雪に視線を向けると、彼女は意味深な笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。まるで、心を見透かしているかのような目つきだった。
「ぐっ……」
これ以上見つめていると、また変な妄想をしてしまいそうだったので、俺は慌ててパソコンの画面へと向き直り、キーボードを叩き始める。
催眠が解けたら、いっそのこと俺の記憶も消えてくれないだろうか。そう思いはするものの、それでは都合が良過ぎかと思い直す。
プロデューサーである以上、一時の我欲に負けた罪は償わなくてはならない。この狂おしいほどの肉欲を我慢することで、その罰とするべきなのだろう。
そして罪の意識を抱えたまま、これからも千雪と接していくのだ。それが俺の贖罪であり、283プロの皆に対する責任でもある。
俺はそう心に決め、下着の内で猛る肉棒の鈍痛に耐えながら、仕事を続けた。
それからは互いに作業に没頭して、ゆるやかに時が過ぎていった。
「おっと……」
ふと手に取ったマグカップが、空になっていることに気づいた。集中しすぎて、コーヒーを飲み干していたのを、失念していたらしい。
おもむろに壁に掛かった時計を確認すると、時刻は午後九時をまわっていた。もうこんな時間かと自覚したら、急に腹の虫が騒ぎ出す。そういえば昼以降、飲み物だけしか口にしていなかった。
一旦休憩すべきだろうか。千雪が手伝ってくれたおかげで、徹夜しなくてすむほどには捗ったから、少し手を休めても大丈夫だし。
「千雪」
「はい?」
「少し休憩しよう。根詰めるのもよくないしさ」
「わかりましたぁ。……んん〜!」
俺が提案すると、千雪は快く受け入れてくれた。それから座ったまま背筋を伸ばして、大きく伸びをする。
その動作によって、二つの大きな果実が服越しに張り詰め、俺の視線を釘付けにしてしまう。
「普段はなんともないのに、仕事場だと、ちょっとの事務作業でも、結構肩がこっちゃうなぁ……。プロデューサーさんは、いつもこんな感じなんです?」
俺の邪な気持ちなど露知らず、千雪は暢気に話しかけてくる。
Iカップの乳肉をぶら下げているのだから、男の俺よりも大変だろうと内心思いつつも、もちろん口には出さない。とりあえず、当たり障りのなさそうな言葉を選ぶのが無難だ。
「まあ、始めたての頃はキツかったけど、今は慣れたからどうもしないよ。それに千雪たちのためだと思うと、苦にならないしな」
でも、それは本音だった。千雪や大崎姉妹が、一生懸命に頑張っている姿を身近で見ているのだから、俺も頑張らなければという気持ちになる。
しかし、それを聞いた千雪の表情が曇った。何かまずいことを、言ってしまったのだろうか。
「……どうした?」
「いえ、なんでもないです。今は仕事中ですし……。そう、仕事中……。うん……今は、私たちのプロデューサーさんだもん。私たち、アルストロメリアの……」
ぶつぶつと呟きながら、千雪は何度も首を振る。なんだか様子が変だと感じたが、本人がいいと口にするなら、深く追求するのは野暮だろう。
「……そうそう、今から晩飯用に出前をとろうと思うんだけど、千雪もまだだったら、一緒に食べるか?」
「あっ……そ、そうですね。ぜひ、ご一緒したいです……!」
話を切り替えるように言うと、千雪は顔をあげて、嬉しそうに返事をした。
そうと決まれば、早速出前のメニューを確認しよう。俺はデスクの上に置いてあったスマホを手に取り、フードデリバリーアプリを開いた。
世の中は便利になったもので、電話をせずとも手軽に出前を注文できるし、短時間で指定先まで届けてくれる。ネットショッピングしかり、宅配サービスしかりだ。
それから画面をスクロールし、適当に出前で頼めそうな料理を探す。麺類に牛丼、ハンバーガーにピザ。今は軽食よりも、ガッツリしたものが食べたい気分だった。
「千雪は、どんなものが食べたいんだ?」
「もちろん、プロデューサーさんと同じものがいいです!」
千雪に尋ねてみたら、即答された。ある程度予測していた答えなので、驚きはない。
なぜなら千雪は、以前から外食を共にする際、俺と同じものを頼む傾向があった。そのときは不思議に思っていたが、彼女が俺に好意を抱いていたのであれば納得である。
とはいえ、俺が外食で頼む食べ物は炭水化物が多いもので、とてもではないが女性の千雪には重い食べ物ばかりである。それでも俺に合わせようとしてくれるのは、彼女の愛の深さゆえなのだろう。
であれば、ここで変に軽食を選ぶよりは、いつも通りでいったほうがいいのかもしれない。
「そうだな……。じゃあ、牛丼でいいか?」
「わぁ! いいですね、牛丼っ! 私も丁度、牛丼が食べたいと思っていたんです……!」
満面の笑みを浮かべながら、やはり予想通りの反応を返してくる千雪。
本心か建前かは、この際どうでもいい。彼女の嬉しそうな笑顔が見られるなら、それで満足なのだ。
それから置き配の受け取り方法で、牛丼の配達先を事務所に指定する。これで準備完了だ。
「コーヒーのおかわり、いれてきましょうか?」
「ん? ……そうだな、頼むよ」
マグカップが空になっているのに気づいたのか、千雪がそう言ってきた。やはり気が利く子だと思いつつ、俺は肯定の返事をする。
すると千雪は席を立ち、俺のもとへ歩み寄ってくる。その動作を見ていると、つられて視線が胸元へ吸い寄せられてしまう。
自室に二人でいるときは、共に裸で過ごす決まりになっているので、常時見せつけられる千雪の生乳が、脳裏に焼き付いているのだ。
事務所とはいえ、二人きりになっているのだから、自然と意識してしまい、おさまっていた俺の肉欲が、ふたたび鎌首をもたげてくる。
「ブラックで、よかったですよね?」
「あ、ああ……」
千雪がマグカップを持って、給湯室へ向かっていく。その背中を見ていると、今度は尻に目がいってしまう。
千雪の尻は大きい。だが決して垂れ下がっておらず、若々しいハリがあって形よく上向きだ。その豊満な尻と胸を持ちながら、ウエストはしっかりくびれているのが、彼女のスタイルの良さを表している。
そんな極上の女体が、すぐそばにあるというのに、手を出せないというのは、まさに地獄のような時間だった。
それに慣れとは恐ろしいもので、裸でいない千雪に違和感を覚えている自分がいた。
彼女のまとっている服が、邪魔に思えて仕方がない。それほどに俺は、千雪の生身に魅了されているのだろう。
「お待たせしました〜」
しばらくして戻ってきた千雪が隣に立ち、目の前のデスクにマグカップを置いた。湯気のたつ黒い液体から漂う香りが、鼻腔を刺激する。
「ありがとう、千雪」
「いえ、お礼なんて。当たり前のことですから……」
感謝を伝えると、千雪は頬を染めながら微笑む。それから近くにある椅子を引き寄せてきて、そこに腰掛けた。
千雪が座ったことで、俺との距離はさらに縮まる。隣に感じる視線と、コーヒーに混じる甘い体臭に、自然と心臓の鼓動が高まっていく。
「ふふ、お揃いのマグ……。私、ブラックは苦手ですけど、これで飲むと、美味しく感じられるんですよ」
千雪はそう言って、自身の手元に目をやった。そこには、俺のと同じデザインのマグカップがある。察するに、中身はブラックコーヒーなのだろう。
俺のマグカップは、前に千雪と雑貨屋に寄った際、彼女に選んでもらって購入したものだ。そして千雪も欲しそうにしていたから、後日同じ物をプレゼントした。
いつになく喜ぶ彼女の姿を見て、俺もまた嬉しい気持ちになったのを、よく覚えている。
しかし今になって考えると、男女がお揃いの物を持つということは、恋人関係であることを示すような行為であり、つまり俺たちはそういう仲だと、周囲に知らしめる効果もあるわけだ。
千雪がそれを意図しているのかはわからないが、もしそうならば、なんとも大胆かつ効果的な牽制手段だと思う。鈍感にも俺は、事務所でこのマグカップを使い続け、他のアイドルたちにアピールしてしまったのだから。
「そうか……。でも、無理して合わせなくてもいいんだぞ? 誰にだって、好き嫌いはあるものだしな」
俺は自分のマグカップに口をつけつつ、千雪に声をかけた。千雪は優しい子なので、食べ物しかり俺に合わせているが、やはり我慢を強いるのは申し訳ないと思う。
「無理だなんて、そんな……。好きな人の好きなものを、私も好きになりたいって思うのは、いけないことですか……?」
千雪は少し寂しげな表情で、こちらを見ていた。まるで捨てられた仔犬のように、不安げな瞳をしている。
そんな彼女の顔を見て、俺は慌てて言葉を続けた。
「いや、そんなことは……」
「それに私、嘘は言ってないですよ。プロデューサーさんのマグで飲むコーヒーは、砂糖やミルクを混ぜたものよりもずっと甘くて、幸せな気分になれるんです……」
そう言って千雪は、自身の頬に手を当てて、うっとりと微笑む。その表情はとても色っぽくて、思わず見惚れてしまうほどだ。
そして、俺は気づく。先ほどの彼女の言葉には、おかしな点があったことを。
「俺の、マグ……?」
「……ふふっ。ええ、これはプロデューサーさんのマグです。もちろん洗っていませんし、同じ飲み口に触れたら、間接キスになっちゃいますね……?」
千雪は悪戯っぽい笑みを浮かべると、自身の手に持ったままのマグカップに視線を落とした。それからゆっくりと持ち上げて、唇に近づけていく。
「んっ……」
そして飲み口を、ちろりと舌先で舐め上げた。そのまま千雪の赤い舌が、マグカップの縁に沿って左右に動く。
先ほどまで俺が口に含んでいた部分を、丹念に掃除するように、何度も往復していく。その仕草は、たまらなく淫靡な雰囲気を感じさせた。
「ふふっ……」
その光景を見つめているうちに、無意識に喉が鳴っていたようで、千雪がこちらに目線を向けてきた。
視線が合うと、彼女は目を細めて妖艶な微笑みを見せる。それからマグカップに、ふうっと息を吹きかけて熱を冷ましてから、静かに飲んでいった。
「はあ……」
そうして時間をかけながら、マグカップの中身を飲み干すと、小さく息を吐き、俺のデスクの上にそれを置いた。
「ああ……私の身体の中に、プロデューサーさんの愛が染み込んできます……。コーヒーの苦味なんて、全然感じられないくらいに甘美で、濃厚な……」
陶酔したように呟いて、千雪は自身の腹部を撫で回す。そして、どこか虚ろな瞳で俺の顔を見ると、にっこりと微笑んだ。
「くふふっ……。ほら、プロデューサーさんも飲んでください。私の愛が、たっぷりと詰まったコーヒーを……」
「あ、愛……?」
「ええ、愛です」
「……そうか」
俺は言われるままに、コーヒーを口に含む。すると、先ほどよりも多幸感が増した気がした。
おそらく愛とは、彼女の体液——唾液のことを指しているのだろう。普通なら嫌悪感を催すはずのそれも、千雪のものであれば美味しく感じるのだ。
千雪が普段使っているマグカップで飲む、千雪の愛が入ったコーヒー。それは俺にとって、最高の嗜好品だといえる。
「どうです? 美味しいですか……?」
「……ああ、なんというか、身体中に染み渡るよ」
「ふふ、そうでしょうね。プロデューサーさんが、私を愛してくれている証拠ですから……」
確かに潔癖症でなくとも、他人の唾液が意図的に入れられた飲み物など、普通は飲めないだろう。しかし俺は、千雪の愛情表現だと思えばこそ、こうして喜んで飲むことができる。
ならば、千雪がブラックコーヒーを飲むことに、ケチをつけられるはずもない。そもそもチンカスやら精液やらを、進んで摂取したがる彼女なのだ。お門違いもいいとこだろう。
しかし、マグカップがすり替えられていたという事実には、少しだけ驚いた。俺が手に持っているマグカップの底を見ると、黒文字で千雪の名前が書いてある。なのでこれは、千雪が使っているもので間違いない。
俺は普段から、取り違えないように確認してから使っているので、おかわりの名目で千雪が持っていった際に、交換したのだろう。同じデザインだから、特に違和感を覚えなかった。
もしかすると、催眠をかける前から、そうしていたのかもしれない。よくコーヒーのおかわりを勧めてくるので、気が利く子だとしか思っていなかった。
それに飲み物だけに限らず、食事にも細工されていた可能性がある。千雪の振る舞う料理や弁当に、妙な味付けや香り付けがされていることがあったのは、一度や二度ではない。
「なあ、千雪……」
次に出しかけた言葉を、俺は寸前で呑み込んだ。もしこれらの邪推が事実だった場合、自分自身の心に更なる負荷をかけてしまうと思ったからだ。
愛と言えば聞こえはいいが、度が過ぎればただの独占欲となる。その果てにあるものは、狂気でしかない。
だから答えは、かもしれないという曖昧さのままにしておいたほうがいい。わざわざ蓋を開けてまで確かめることじゃない。
「なんです?」
「……いや、なんでもない」
そう自分に言い聞かせ、俺は思考を打ち切った。そして、少しだけ余っていたコーヒーを一気に飲み干し、空になったマグカップをデスクに置く。
それから椅子を回転させて、窓側へと身体を向けた。千雪と面と向かっているのが、なんだか気まずかったから。
夜空には三日月が顔を覗かせており、星々の輝きを一層際立たせていた。
街灯りに負けじと主張するその光は、どこか神秘的な雰囲気を感じさせてくれる。モヤモヤとしていた心が洗われていくような感覚に、思わず見惚れてしまった。
そのせいだろうか。脊髄反射的に喉から上がってきた言葉を、つい口にしてしまった。
「月が綺麗だな……」
なんていう、古風な愛の告白を。そして後悔する。
ここは事務所内で、今は仕事中。しかし隣には千雪が居て、他には誰もいなくて、俺たちは恋仲だ。この状況でこの台詞は、どう考えても誘い文句にしかならないだろう。
俺は慌てて否定しようとしたが、それよりも早く、千雪が口を開いた。
「まあ……! 旦那さまから、そんなことを言ってもらえるなんて……!」
千雪は胸元で両手を合わせながら頬を赤らめ、俺の顔を見つめてくる。その声色は歓喜に満ちていて、とても嬉しそうだ。
ポエマーな一面のある千雪にとって、俺の言葉は琴線に触れるものだったらしい。彼女はそのまま立ち上がって、俺の前に回り込むと、膝の上に座ってきた。
椅子が二人分の体重を受け止めると、ギシッと音を立てて軋む。俺の心も同じように悲鳴を上げそうになった。
「旦那さまと一緒にいるから、美しく輝けるんです……! だからずっと……永遠に、そばにいて下さいね……?」
涼しげな夜空は、熱を帯びた千雪の肉体によって塗り潰される。眼鏡越しの潤んだ瞳孔が、ゆっくりと狭まっていき、まるでブラックホールのように俺だけを吸い込んでいく。
彼女の視線から逃れることができないまま、俺の身体は金縛りにあったように硬直していた。指一本動かすこともできず、瞬きすら許されない。
「駄目だ……千雪っ……!」
「はい……わかってます……。でも、旦那さまがいけないんですよ……? 求めるような目つきで、私を見るんだもん……。女の子は、そういうのに敏感なんだから……」
千雪はうっとりとした表情を浮かべると、自身の服をたくし上げ始めた。
露わになるのは、薄い藍色のブラジャーに包まれた豊満な乳房。しっとりと蒸れている谷間が、蛍光灯の下で艶かしく照らされている。
フロントホックタイプのそれを外してしまえば、大きな双丘が解放されて、重力に従って垂れ下がるのだろう。それはきっと、男なら誰もが生唾を飲み込まずにはいられない光景に違いない。
当然俺は、食い入るようにそれを見ることしかできなかった。彼女の発情した瞳もさることながら、深い谷間にも凄まじい引力を感じる。
白い肌に浮き出た血管までもが鮮明に見えるほど、距離が近いのだ。呼吸をするたびに上下する胸に、心臓が高鳴り続ける。
「仕事中は、アイドルの千雪でいようと、我慢していましたけど……もう、無理です……。今からは、旦那さまの妻になっちゃいます……♡」
すっかりスイッチの入った千雪は、俺の耳元でそう囁くと、そのまま耳穴に舌を這わせてきた。ぬるりとした感触に、背筋がゾクッとする。
ちゅぱっと水音を立てながら、執拗に舐め回してくるのだ。それに幾度も熱い吐息が吹きかかってきて、脳みそが溶けてしまいそうになる。
「ふふっ……♡ おちんちん、おっきしちゃいましたね……?」
布越しに愚息へ触れているのは、千雪の柔尻。おそらく秘所の辺りに、硬いモノが当たっているのだろう。
「旦那さまも、我慢はやめにしません……? 苦しくて、辛いだけですよ……?」
誘惑するように、千雪は腰を前後に動かし始めた。ぐいっと押し付けられる肉厚な臀部が、弾力と快感を同時に伝えてくる。
仕事場である事務所で、担当しているアイドルと淫行に耽るなど、あってはならないことだ。しかし、理性とは裏腹に、本能は正直だった。
昨日、アナルセックスという一線を越えてしまった弊害だろう。それに以前、甘奈たちに隠れてフェラチオをしてもらったことも、背中を後押しする。
布地一枚隔てて感じている快楽が、俺から抵抗の意志を奪っていく。アイドルたちの憩いの場となっているこの場所で、こんな背徳的なことをしてはいけない。そんな常識的な思考さえも、徐々に薄れていった。
「二人きりですし、夜も遅いですから、誰も邪魔しに来ませんよ。なので、このまま最後までしちゃっても、大丈夫だと思います……。それに私も、昨日の感覚がまだ残っていて、お尻が疼いているんです……♡」
千雪の言う通り、夜遅いこの時間帯には、滅多に人は寄り付かない。つまり、俺と千雪の情事を阻む者は、存在しないということ。そして俺の愚息もビクビクと脈動し、千雪と一つになりたいと訴えていた。
「すごかったなぁ……! アナルセックスって言うんですよね、あれ。最初は少し怖かったけど、段々と気持ちよくなって、最後は病み付きになっちゃいました。赤ちゃんをつくるためじゃなくて、ただ気持ちよくなるためにする行為……。だけど、お互いに愛し合っていれば、それでもいいじゃないですか。だから旦那さまとなら、私はなんでもできちゃうんです……!」
あの時のことを思い出してるのか、千雪は顔を赤くしながら微笑んでいた。その表情は、とても幸せそうだ。
最初に見せた、しおらしい態度とは打って変わって、今はすっかり吹っ切れた様子。自分が決めた道を、真っ直ぐに突き進む彼女の姿は、とても眩しいものだった。
ただ、それが俺にとって都合が良いかどうかと言えば、決してそういうわけではない。昨日の今日でこれなのだ。今後エスカレートしていくことは、火を見るよりも明らかだった。
「ふふっ……♡ さあ、今日はどんな風にします? また私のお尻にぴゅっぴゅしてもいいですし、お口でじゅぽじゅぽごっくんするのも構いませんよ。それとも、おっぱいずりずりで、いじめられたいですか? 見つめ合いながら、手で優しくよしよしするのも、捨て難いなぁ……なんて♡ なんでしたら、全部一度にやってしまっても……♡」
指折り数えながら、千雪は次々と卑猥なプレイを提案していく。どれもこれも、男にとっては魅力的なものばかりだ。
思考も肉体も淫欲にまみれた彼女は、もう完全に俺のことしか考えられなくなっているのだろう。アイドルとしての姿は、完全に消え失せていた。
それでもアイドルの千雪、そして雑貨屋に勤めていた頃の千雪よりも、今の魔性の色香をまとう彼女のほうが魅力的に見えるのだから、なんとも不思議である。
もちろん、それは悪い意味ではない。むしろ逆で、俺は千雪にどんどん惹かれていっていた。
それはきっと、彼女の魅力の本質が、本来の自分を隠しながら作り上げられた偶像ではなく、ありのままの姿を曝け出した素の部分にあるからなのではないかと思う。
恋する乙女のような可憐な笑顔も、男を手玉に取る妖艶な笑みも、どちらも彼女が見せてくれる本当の顔。
俺だけが知っている、桑山千雪という女性の本性なのかもしれない。
「——はっ」
情欲に染まっていた俺の意識は、突如聞こえてきた音によって現実に引き戻された。慌てて音源に視線を向けると、そこにはデスクに置いていたスマホがあった。
ポコンっと一回だけ鳴ったのは、通知音だろう。どうやら何かメッセージが届いたようだ。
「ち、千雪……ちょっと離れてくれないか? 通知を確認したいからさ……」
「むぅ……。私よりぃ……スマホのほうが大事なんですかぁ……?」
不満げな声と共に、千雪は頬を膨らませて、拗ねたような表情を浮かべる。そのまま、さらに身体を寄せて密着してくるものだから、豊満すぎる胸がつぶれるほどに押し付けられた。
「い、いやっ、今は仕事中だし、仕事のメッセージなら、無視できないだろ……?」
「煮え切らない答えだなぁ……。そんなところも可愛いですけど、やっぱり嫌な気分になっちゃいます。まあ、今はそれでもいいですよ。後でいっぱい愛してくれれば、許してあげますから……♡ ん〜っ♡」
そう言って千雪は、俺の首筋へ吸い付くようなキスを落としてから、ゆっくり離れていった。
なんとか危機を脱した俺は、ホッと一息つく。しかし俺の意に反するように、硬くそそり立った愚息から鈍痛が伝わってくる。欲を吐き出す気でいた陰嚢も、大量の子種を製造しており、行き場のなくなった精子たちが暴れ狂っているようだった。
頭がおかしくなりそうなほどの欲求を抱えながらも、俺は必死に耐えて平静を保つ。それからスマホを手に取り、送られてきたメッセージを確認した。
なんてことはなく、それは注文していた牛丼が届いたのを知らせる通知だった。事務所の玄関先に置き場を指定しておいたので、そこへ持ってきてくれたらしい。
「……ははっ、頼んだ牛丼が届いたみたいだ。今からとってくるよ」
「あっ、はい……」
これ幸いにと俺は素早く席を立って、小走りに玄関へと向かった。
千雪の残念そうな雰囲気が、背中越しに感じ取れたものの、これ以上二人きりで隣り合っていると、仕事が手につかなくなる気がしたので仕方がない。
「これだな」
通知のとおり、玄関先にビニール袋が置かれていた。中には、使い捨ての容器に入った牛丼が二つある。俺が注文したもので間違いない。
それを持って部屋に戻ると、着衣を整えた千雪が出迎えてくれた。眼鏡も外して、落ち着きを取り戻しているようだった。
「遅くなったけど、晩飯にしようか。千雪も腹が減っただろう?」
「……ええ。それより、さっきからプロデューサーさんのスマホが、鳴りっぱなしなんですけど……」
「んっ?」
そう言われて耳を澄ますと、俺のデスクから、ブーブーとバイブレーションの音が続いていた。何とも言えない表情をしている千雪を尻目に、俺はデスクへと向かう。
そしてスマホの画面を確認すると、そこには催眠アプリからの通知が届いていた。嫌な予感を覚えながらも、うるさい通知音を消し、その内容に目を通す。
【現在、催眠深度が80%を越えています】
画面上に淡々と表示されている文字を見て、心臓がドクッと跳ね上がるのを感じた。
最近は、20%前後を行ったり来たりしていたので、すっかり油断していたが、いつの間にか崖っぷちまで追い詰められてしまったようだ。
「これは……」
「……どうか、されましたか?」
「い、いやっ、なんでもないよ!」
自分でも声が震えて、動揺しているのが分かった。千雪の問いかけに、どうにか誤魔化そうとするも、うまく言葉が出てこず、不自然な沈黙が生まれてしまった。
催眠深度は、欲求不満になることで上昇するはずだ。しかし千雪の反応を見る限り、そこまで欲求を溜め込んでいるとは思えない。それに昨日、あれほど激しい情事を交わしたのだから。
「……ああ」
俺は、一つの解に行きついた。それは、俺の身体にあった。いまだ硬度を保ち続け、我慢汁を垂れ流している、欲望の象徴。
欲求不満の対象は千雪だけでなく、使用者である俺も含まれていたのを失念していたのだ。
つまり、俺が千雪よりも、淫欲にまみれているということ。雄としての欲求——意中の雌を犯したいという本能が、現時点で満たされていないのが原因だ。
千雪をなんとかすればいいとばかり考えていたが、どうやら俺自身の問題もあったらしい。ドクドクと脈打っている肉棒が、その証拠だ。
「——プロデューサーさん?」
隣まで来ていた千雪の声にハッとして、顔を上げる。すると彼女は、不思議そうな表情を浮かべながら、こちらを見つめていた。
その表情は、どう見ても欲求不満には見えない。それに俺への呼び名も、普段どおりプロデューサー呼びに戻っている。理性がなくては、こんなにも平然としているはずがない。
ということは、やはり原因は千雪ではなく俺——もといこの愚息なのだ。
俺は、自分の股間に視線を落とす。ズボンを押し上げるようにして膨らんでいるソレは、まさに欲望の化身といった様子だった。
「食べないんです?」
「えっ?」
「牛丼。冷めちゃいますよ」
そう言われて、手に持っていたビニール袋を見る。そうだ、今から晩飯を食べようとしていたんだった。
「……むこうのテーブルで、食べようか」
「ふふっ、はい……!」
正直、性交による疲労と仕事の疲労で、思考がうまく回っていない。催眠深度をどうにかするにしても、腹ごしらえしてからでも遅くはないだろうと、いったん問題を棚上げすることにした。