【インモラルのんのんびより】新任教師の戸惑い 作:エルサイズ
「この辺りか...?」
俺は旭丘分校に新任教員として配属された教師、田中勇太だ。
以前は都心部の学校で社会科の非常勤講師として食い扶持を繋いでいた。
まあ、社会科は全般的に勉強したが、一応、専門は地理だ。ちなみに正規採用は狙っていなかった。
というのも、他の収入の方が額が大きかったのだ。母は大学入る前に亡くなって、そこそこの資産家だった父も2年前に他界した。その際に相続した遺産がそれなりに多かったのだ。兄弟も居なくて父方の祖父母も亡くなっていた。なので俺が全て相続した。そして、遺産の中に東京の一等地に土地が有ったのだが、縁もゆかりもなかったので大手ゼネコンの営業マンである友人に相談して結構な価格で土地の賃貸契約を結ぶことができた。なんでもマンションを建てるらしい。その収入がかなり大きく、それだけでも十二分に豊かな生活が成り立つ程だ。
同じく都内に父が暮らしていたマンションも有ったのだが、俺は住んでいないのでそちらも賃貸に出している。
相続税も現金で相続した遺産で払えるほどだった。
つまり...23歳にして不労収入と遺産でそれなりに豪勢な暮らしが出来るというわけだ。
しかし、無職でダラダラと遺産を食いつぶして生活すると人として堕落していくことは分っていたので、募集していた近くの学校で非常勤講師をしていたのだ。
前置きが長くなったな。今回旭丘分校に配属された経緯としては、母方の祖父母が同じ自治体に暮らしているからというのが一番の理由だ。この地には何度も父に連れられて訪れていたので顔なじみも多い。
ちなみに祖父母は高齢だが、まだ元気に畑に出てる。だからこれと言って心配していなかったのだが、俺が両親ともに亡くしたので祖父母の方が俺を心配していたのだ。
それならばと、この地方に移り住むことにしたのだった。
役場に手続きで訪れた際に顔なじみの職員さんと世間話をしていたら、分校に教員が今1人しかいないと聞いた。
貴方も教員免許をお持ちなら是非に、という事だった。
特に断る理由も無かったし、教えるのは好きなので引き受けた次第だ。
これがここに赴任するまでの経緯だ。
そして、今日は配属の挨拶をしに来たのだが...
「誰も居ない...」
今日は授業をやっていると聞いたのだが、学舎に誰も居ない...
とりあえず車を駐車場に停めた。燃費が良くて長距離の運転が楽だからという理由で購入したディーゼルエンジンのドイツ製ステーションワゴンはこの田園風景にはミスマッチかもしれない。
それにしても長閑で良いところだ。昔はよく来ていたが、働き出してからは年始の挨拶とお盆に来る程度だった。
「一穂ちゃんとかこのみとか元気にしてるかな」
最後に会ったのはいつだったか。このみには悪いことしたから少し会いにくいな...
「あれ?かず姉、男の人がいるよ?」
「ん~?あ、忘れてた。今日は新しい先生が来るんだった」
裏の方からのんびりとした声が聞こえた。
一穂ちゃんだろう。まさか一人しかいない教員が彼女だとは思わなかった。
「忘れてたのか...」
のんびりしてるところは変わってないな。
「あれ?もしかして勇太くん?」
「そうだよ。久しぶり、一穂ちゃん」
新しく教師が来ることは連絡されていたはずだが、確認していなかったのだろう。
一穂ちゃんとは祖父母の家が宮内家と近所だったので付き合いがあったのだ。
「かず姉知り合いなの?」
明るい栗色の髪の小柄な少女が一穂ちゃんに問う
「うん、隣のおばあちゃんのところの人だよ。ひょっとして勇太くんが新しい先生?」
「そうだよ。あ、挨拶しないとね。田中勇太です。みんなよろしくね」
ああ、この子達は越谷家の子たちか。長男の卓くんはぎりぎり覚えてるかもしれないけど、この2人は覚えてないかもな。
「昔はよく来てたけど、こまちゃんも夏海も小さかったからね~」
「姉ちゃんは今でも小さいけどね~」
「うるさいっ」
賑やかで楽しそうだ。
全員体操服だけど、実習か何かだったのだろうか。
「それで、そちらの子たちは?」
身長の高い女の子と小さい女の子がいる。
「あ、こっちは私の妹のれんげ。1年生だよ」
「よろしくなん」
「よろしくね、れんげちゃん」
銀色に近い髪色が珍しいが、可愛らしい子だ。...そういえば一穂ちゃんには年の離れた妹がいるって言ってたな。
「そしてこっちが一条蛍ちゃん。この前転校してきたばかりの5年生だよ」
「よ、よろしくお願いします」
...綺麗な子だ。
少し赤い顔で緊張した挨拶をする蛍ちゃん。黒髪セミロングの可憐な少女だ。身長は一穂ちゃんと同じくらいだろうか。じろじろ見るのは失礼だが、子供離れしたスタイルには目が惹かれてしま―――
え?5年生?
「え?5年生?」
「うん。見えないよね~」
夏海ちゃんがしみじみと言う。...確かに見えない。
全員体操服なので余計にわからなかった。
「はは...よく言われます。身長がどんどん伸びちゃって...」
「あ、身長もそうだけど受け答えが大人っぽかったからもっと年上かと思ったよ」
「そ、そんなに大人っぽいですか?」
「うーん...というよりは礼儀正しい子供?不自然に大人びてなくて良いと思うよ」
安心させるように笑いかける。
この手の子は大人扱いされすぎるのを内心では気にする傾向にある。
この時、蛍ちゃんから少し熱のこもった視線を向けられていることには気づかなかった。
「あ、ウチは越谷夏海。こっちのちっこいのが姉ちゃん。こんなんでもお姉ちゃんなんだよ」
「ちっこいいうなっ!...越谷小鞠です...よろしく」
夏海ちゃんはわりとフランクだが、小鞠ちゃんには少し警戒されているようだ。
まあ、若い男が少ないからね。
「卓くんもよろしくね。俺の事覚えてる?」
「...」
無言で頷く。あ、相変わらず無口だ...
「じゃあ、せっかくだしちゃんと紹介しようか~。教室戻るよ~」
俺たちは一穂ちゃんに連れられて教室へと足を運んだ。
「では改めまして。本日からこちらの旭丘分校に配属されました。田中勇太です。専門は社会科だけど、文系科目なら何でも教えれるから何でも聞いてね」
ぱちぱちと拍手を受ける。
よかった。とりあえずは歓迎されているようだ。
「なにか聞きたいことはあるかな~?」
はい、と夏海ちゃんが手を上げた。
「はいどうぞ夏海さん」
「勇太先生はかず姉とどんな関係なの?」
いきなり来たな
どんな関係...
「うーん...ほぼ同い年の友達...?」
「そうだな。まあ、中学生の時まではしょっちゅう遊びに来てたよ」
「じゃあこのみちゃんとかも知り合いなの?」
...かつての記憶が呼び起こされる。
普段は穏やかな彼女が激情を露わにして泣き叫ぶ姿を。
「...さあ...どうだろうね」
「...このみも小さかったから覚えてないかもね」
一穂ちゃんがフォローしてくれた。
...助かった。
越谷姉妹はよくわかってない様子だったが、蛍ちゃんは何かあったことは察したのか、複雑な表情をしている。...気を付けなければ。
「他に聞きたいことあるかな?」
「はい!」
「はいれんちょん」
「勇太せんせーは結婚してるのん?」
「い、いきなり来たね...独身だよ」
「うちのねえねがおススメなん」
突然、実姉のセールストークが始まって少し戸惑ってしまった。
「あ、ありがとう...考えさせてもらうよ」
「れ、れんちょんなにいってるの!勇太くんも!」
一穂ちゃんは珍しく動揺していた。
「あ、あのっ!」
「お?蛍ちゃんも質問?」
「なんでも聞いてね」
「その...勇太さんは彼女...とか居るんですか...?」
定番の質問だな。...彼女か...
「...居ないよ。今は仕事と趣味が恋人かな」
バイクとか車とかね。
「あ、もう一つしつもーん」
「あと一つだけね、夏海」
「勇太先生は何かやらかして飛ばされてきたの?」
「ズバリきたね...そういうわけじゃないよ。うちのじいちゃんばあちゃんが心配で越してきたんだよ」
「失礼なこと言わないの。あんたほたるんにもそんなこと聞いてたでしょ」
夏海をたしなめる小鞠ちゃん。
よかった。少し警戒は解けたみたいだな。
「ありがとう小鞠ちゃん。まあ、特にやましいことがあるわけじゃないよ」
「はいはい、そろそろ授業に戻るよ~。勇太先生は職員室で待っててね。あとで本校の教頭先生とかが説明に来るから荷ほどきとかしてて~」
はい、と返事をして職員室へ向かう。
「ここか...」
教室からすぐに職員室は有った。俺はデスクの位置を確認して、一旦車に戻った。
リモコンキーでリアゲートを開けて衣装ケースに入れた教材資料とパソコンを取り出す。
なんでも教えれるように資料は有るだけ持ってきたのだ。
汗だくで資料を運んでいたら、自治体名が書かれた軽バンが入ってきた。
「こんにちは~貴方が田中先生ですか?」
作業服姿の初老の男性に声をかけられた。
「こんにちは。はい私が田中です」
「こんにちは。私、説明に伺うと説明されていた本校の者です」
「あ、よろしくお願いします。本日からお世話になります。田中勇太です」
人のよさそうな教頭先生に一通りの説明を受けた。...明日からうまくやっていけそうだ。
一通り準備を終えて家路につく為に車に乗り込んだ。
一穂ちゃんはまだ仕事が残っているようだった。
俺は明日から仕事なので帰宅することした。
エンジンをかけて道へ出る。
田舎道は見通しが良くて走りやすい。
のんびりとした気持ちで家へと運転していると、やがてバス停が見えてきた。
あそこから子供たちは通学しているんだなと思っていたら、バス停になにやら人影が見える。
「バスはさっき行ったばかりだぞ?確かこの路線ってかなり本数が少ないんじゃないか?」
バス停の人物を見て俺は声をかけざるを得なかった。
「蛍ちゃん、バスに乗り遅れたの?」
バス停に佇んでいたのは蛍ちゃんだった。
「あ、勇太さん.........はい。実はそうなんです」
意外だ。しっかり者に見えたけど、まだ越してきたばかりで不慣れなのだろうか。
「でも次のバスは何時間も後じゃない?お迎えは頼んだの?」
「あ、いえ...携帯、通じないから解約しちゃったんです。だから、学校に戻って電話を借りようかと...」
そうだった。俺も一応持ってはいるが、ただの写真が撮れるカイロになっている。
それにしても、もう暗くなってきている時間だ。この辺りは本当に真っ暗になるから危ない。
「一穂ちゃんはまだ仕事終わりそうに無かったし...送っていこうか?」
「.......え、そんな悪いですよ」
「うーんそうだよね...確かに見ず知らずの男の車に乗るわけだしな...」
「あ、いえそんなことないですよ!勇太さんはその...信用できそうな方だと思いますし」
少し赤い頬でそう言ってくれる蛍ちゃん。
そんな可愛い顔されるとドキドキするじゃないか...
って教え子にときめいちゃダメだろ
「ちなみに家はどのあたりなの?」
「あ、国道の近くの○○の辺りです」
「○○...?ひょっとして薄紫の車が止まってる綺麗な家?」
「あ、そこです!」
「そこ通り道どころか隣だよ!隣の広いガレージの家」
あのあたりしか新築の家が建てれなかったのだ。
趣味のバイクと車の為に広いガレージ付の家を建てたばかりだった。
「ええっ!?あの大きな家って勇太さんの家だったんですか!?」
「そうそう。でもそこまで高くはなかったよ。知り合いの工務店さんに頼んだら安くしてくれたし、土地も安かったからね」
補助金も申請できるって聞いたけど丁重にお断りした。
「お隣さんだったんですね。大きな家ができてるなぁって思ってたんですけど、まさか新しい先生のお家だったなんて!」
少しはしゃいでいる蛍ちゃんは年相応のリアクションに思えて少し安心した。
「お隣さんだからご挨拶しなきゃって思ってたんだけど、ちょうど都合が悪くて行けてなかったんだよね。今日はご両親はご在宅かな?」
「あ、はい。今日はお父さんもお母さんも家にいると思います」
「じゃあ後でご挨拶に行こうかな。あ、学校まで送ろうか?」
すると蛍ちゃんは少しもじもじして上目遣いで俺を見つめてきた。
「あ、その...お隣さんなら...家まで送っていってもらっても良い...ですか?」
「えっ?」
「あ、すみませんすみません!厚かましかったですよね!すみません...」
真っ赤になって手を振る蛍ちゃん。
「いや、そんなことはないよ。帰り道はほぼ一緒なんだから。でもいいの?俺なんかの車に乗るの」
男の車に一人で乗るのは抵抗がないのだろうか...?
「いえ...その勇太さんなら大丈夫だと思うというか...そ、そのっ、先生とも知り合いみたいですし!」
なぜかしどろもどろになる蛍ちゃん。
まあ良いか。ちょうどご挨拶もできるし。
俺は蛍ちゃんを助手席に乗せて家路についたのだった。