千夜一夜物語外典~シェヘラザードになった藤丸立香~ 作:不夜城のキャスター
ある日の昼下がりのこと。
その日はたまたま任務や特異点でのレポートの仕事が入っておらず、藤丸はシェヘラザードのマイルームで行われる朗読会に参加しようとしていた。
しかし今回は集まりが悪く、シェヘラザードのマイルームには藤丸のみしか来ていないようだった。
本来ならば、いつもここにナーサリーやジャックも来ているのだが今日はどこにも見当たらない。
二人とも子どもの姿をしたサーヴァントだ。子どものように気まぐれで来ないこともあるだろう。
「あら…、今日はマスターしかいらっしゃらないのですね…。」
シェヘラザードは今回の朗読会の集まりの悪さにひどく気を落としていた。
「大丈夫ですよシェヘラザードさん、みなさんも忙しいだけですって。」
そんな彼女の姿を見て、藤丸は彼女を慰めようとする。
「そ、そうでしょうか…。」
藤丸の言葉を聞き、気を取り直すシェヘラザード。
「すみません…ごめんなさい。」と何度も謝るシェヘラザードを、藤丸は慰めようとした。
「ありがとうございます、マスター…」
「今日は私とマスターの二人しかいませんね…。せっかくですから今日はあなただけに特別な物語をお話ししようかと考えています。未だに私が誰にも披露していない、とっておきのお話なのです。」
「特別な物語?」
どうやらシェヘラザードは、藤丸のために特別な物語を用意しているようだ。
シェヘラザードは千夜一夜物語の語り部として数多の物語を紡ぎ人理にその名を残した。そんな彼女が今まで誰にも披露したことがない話とは、一体どのような話なのだろうか。
「マスター…、少し隣に座ってもよろしいでしょうか。」
藤丸の隣に座るシェヘラザード。
シェヘラザードが隣に座ると、彼女の目と会い、しばらくの間、互いに見つめ合っていた。
(…………。…ち、近い…!!)
シェヘラザードに見つめられ、藤丸は顔を赤らめていた。
カルデアにシェヘラザードが召喚されてしばらく経つが、藤丸は未だに彼女との距離感に慣れずにいた。
「どうしたのですかマスター?こちらの方が、話しやすいと思ったのですが…、気分を害されたようなら…すみません。」
変な空気が流れ、少し気まずくなる藤丸とシェヘラザードの二人。
しかしそこ空気を隔たるように、シェヘラザードは物語を語り始めた。
「これは、ある宮廷に嫁ぎに来た女性のお話です…。」
「その女性は大臣の娘で、邪知暴虐な王の言動に困り果てていました。」
「大臣の娘であったその女性は、その邪知暴虐な王の蛮行を止めるため王妃として嫁ぐことにしました。」
シェヘラザードはある宮廷で働いていた女性の話をし始める。その女性は大臣の娘であり、とある王の蛮行を止めるために王妃として嫁ぐことにしたそうだ。
シェヘラザードの話を熱心に聞く藤丸。しかし藤丸は以前より、生前のシェヘラザードの話を書籍などを読んで知っていた。藤丸も勘が悪いというわけではない。シェヘラザードが今話している話の女性の正体が何者かを、藤丸は既に勘づいていた。
「ねえ、その王妃って…。シェ」
藤丸がシェヘラザードに彼女が語っている物語の主人公の名前を聞こうとした、その時だった。
「ゔっ…」
突然、強烈な睡魔が藤丸の身を襲う。頭が重く、頭に血が廻らず意識がはっきりとしない。目はぼやけ、視界には黒い斑点や星が見え始めていた。
藤丸はなんとか根性でその眠気を耐えようとした。
しかし睡魔は、断続的に藤丸の身を襲い続ける。
シェヘラザードの横で座りながら話を聞いていた藤丸は、ちょうどシェヘラザードの太腿に頭を預ける形で倒れ込んだ。
(あ、あれ…?どうしてこんな急に眠く…。俺…シェヘラザードさんの話を聞かないといけないのに…。)
「マ、マスター…?」
心配そうに藤丸の顔を覗くシェヘラザード。
抵抗も虚しく、睡魔とのしばらくの格闘の末、藤丸は意識を落としてしまった。
藤丸が寝る前に最後に見た顔は、藤丸の顔を心配そうな顔で覗くシェヘラザードの姿だった。
◇
まぶたに目に光が差し、意識がゆっくりと覚醒していく。
全身の細胞に神経を集中させ、体を動かそうとする。
突然の睡魔に襲われたせいだろうか。
身体が思うように言うことを効かない。
せめて目だけでも開けておこうと、藤丸はなんとか目を開こうとした。
(ここは…?)
目を開くと、そこは知らない場所だった。
ここは一体どこなのだろうか。
自分はさきほどまでカルデアにいたはずだ。
しかし目に映るその光景は、カルデアとは似ても似つかない。
カルデアのような淡白で無機質なものではなく煌びやかな装飾が施されている。ドーム構造の作りの天井も目に入る。
その光景はまるで絵物語の中で描かれたアラビアのようだった。
しかしカルデアの施設内に、このような部屋はあったような記憶もない。
なぜ自分はこんなところにいるのだろうか。
目覚めたばかりのぼやけた頭で考えを巡らす。
(そういえば、今までも確か似たようなことがあったな…。)
以前も藤丸は、レイシフト関係なく意識のみが別の時代に飛ばされることがままあった。あれは確か、下総国の時のことだ。今回もあの時のように意識だけが別の時代に飛ばされたのだろうか。
だとすれば、今はどの時代なのだろうか。
周りの景色を見る限りでは、シェヘラザードが活躍していた時代のようにも思える。シェヘラザードの語った物語が、藤丸がこの時代に飛ぶことになった触媒にでもなったのだろうか。
とりあえず、今自分が陥っている事態を把握するためにあたりを探索しないといけない。
そう思い至り、膝を上げ立ち上がろうとした、その時だった。
藤丸はふと体に違和感を覚える。
『重い何か』が、重力に従って下に垂れるような感覚。
立ち上がろうとしたその時、胸に強烈な違和感を覚えたのだ。
それはまるで、自分の胸に乳房があるかのような感覚だった。
違和感の正体はそれだけではなかった。
藤丸が自身の手に目をやると、指は細くしなやかに、肌の色は褐色になっていた。細くしなやかな指はまるで、女性の手のような印象を受けた。
藤丸立香は日本人であり、黄色人種である。
しかし藤丸の肌の色はシェヘラザードやニトクリスを始めとしたネグロイド系を思わせる褐色肌になっていたのだ。
そして、左の手の甲にあったはずの令呪も無くなっていた。
更に手には、黄金の装飾品が付けられていた。
(ま、まさかな…)
藤丸の中で、『ある一つの疑惑』が浮かんでいた。
しかしそれが当たっていたとすれば、藤丸の姿は『あの人物』になっているということになる。
その疑惑を払拭すべく、藤丸は自身の肉体を確認しようとした。その時だった。藤丸は自身の肉体の異変に気付くことになる。
(な、なんだ…これ…!?)
下を向くと藤丸の胸部には、豊満な乳房がついていたのだ。
それも視界を覆うほどの、巨大な乳房だった。
胸より下の部分を確認しようとしたがその巨大な乳房が邪魔をし、胸から下の光景が全くと言っていいほど見えない。
そして体には、美しい装飾品に彩られていた。
煌びやかな黄金と宝石に彩られた装飾は、体全体の至るところに装飾品として纏ってあった。これらの装飾品に、藤丸は見覚えがあった。それは藤丸が気を失う前に最後に見た女性がつけていたものだ。
しかし何故それらの装飾品を自分がつけているのか。
答えはもう一つしかない。
藤丸の頭の中にあった疑念は次第に確信へと変わっていく。
藤丸はあたりを見渡して、姿が鏡のように反射するものを探していた。今の自分の姿を確認するためだ。
しばらくあたりを見渡していると、少し離れた位置に光輝くものがあるのが確認できた。
おそらくあれが鏡だろう。
重い足取りで藤丸は鏡のある方向へ向かう。
慣れない歩幅に足を取られ、大きな乳房に引っ張られ体の重心がうまく定まらない。
鏡まであと一歩というところで、藤丸はこけてしまった。
「きゃっ」
こけた衝撃で、藤丸はつい咄嗟に悲鳴を上げてしまった。
体に人格が引っ張られているのだろうか。こけた時に藤丸が出した悲鳴はまるで女性のような悲鳴だった。
藤丸は立ち上がると、鏡の前に立った。その鏡の縁は銅で出来ており、現代の鏡と比べても遜色ないほどの反射性を誇っていた。
そして藤丸はおそるおそる、鏡に映った自分の姿を確認した。
黒く艶めかしい髪、黄金に輝き宝石の彩られた装飾品、色気を醸し出す目元、
「お、俺…、シェヘラザードさんの姿になってる…!?」
鏡に写っていたのは17年間見慣れた自分の姿ではなく、先程まで隣で一緒に話していたシェヘラザードの姿だった。