千夜一夜物語外典~シェヘラザードになった藤丸立香~ 作:不夜城のキャスター
シャフヤリールの元へと向かう道中のこと。
藤丸立香…もといシェヘラザードの頭の中には様々な考えが浮かんていた。
この世界は特異点なのか。それとも下総の時のような並行世界なのか。
だったら一体何故、自分はこのような形でこの時代に飛ばされてしまったのか。それともこの世界はシェヘラザードが作り出した世界なのか。それとも、この世界は自分が見ているだけの夢なのか。
とにかく、確認をしないといけないことは山程ある。
そのためにはまず、カルデアへの連絡方法を探し出さなければならない。
まずは魔力がありカルデアからの連絡等を受け取りやすい場所を探そう。
しかしカルデアにいるみんなは、この時代に自分がいることに気付いてくれるのだろうか。
レイシフトは、観測者がいることにより過去への時間跳躍が成り立たせている。
カルデアのスタッフが絶えず藤丸達の存在証明をしているおかげで、藤丸は過去の時代に存在することが出来るのだ。観測者がいなくなる。つまり存在証明を行う者がいなくなると、藤丸の意識は跡形もなく消滅してしまうらしい。
しかし下総の時は、藤丸は観測者がいないにも関わらず消滅することはなかった。
今回も下総の時と同じようなパターンなのだろうか。
しかし今回はあの時とは状況が違い、全くの別人の姿でこの時代に飛ばされている。
たとえ藤丸が元の時代で昏睡状態だったとして、まさかカルデアの職員も藤丸がシェヘラザードの姿で過去の時代に転移しているなど思ってもいないだろう。もしかしたら、気付いてもらえないかもしれない。
ふと藤丸の意識は、自身の左手の手の甲へと向いた。
「…そりゃあ、ないよね。シェヘラザードさんの体だし。」
当然ではあるが、シェヘラザードの左手の手の甲に令呪はなかった。
この肉体はおそらく、紀元8世紀の時代をを生きるシェヘラザード本人の肉体だろう。
そんな彼女の肉体に、令呪などあるはずもなかった。
自身とカルデアという組織を繋げる、ある意味で『証』と言っても過言ではない令呪。
いつどの時代にいるときも、不安になった時に藤丸は手の甲の令呪を見て自信を鼓舞してきた。
しかしその令呪は、影も形もない。
とにかく、これらの疑問もこの時代のことについて調べれば解消するかもしれない。
そのためにはこの時代について深く知る必要がある。
シャフヤリールのいる部屋までの道を歩いていると、シェヘラザードはふと自身の体に向けられる視線を感じた。
ふと周りを見渡すと、すれ違うたびに周りの男たちが舐めるような視線を自身の肉体に向けていることに気が付いた。
(うっ…なんかヤな感じ…。なんだこの視線…。)
男だった頃の藤丸がシェヘラザードの肉体に性的な視線を送っていなかったかと言われれば、嘘になる。しかし藤丸の意識は、自身の肉体へと向けられる周りの男性達の欲望の視線に、ひどい嫌悪感を覚えていた。
すれ違う男達はほぼ全員が、自身に鼻の下を伸ばしている。
中には布越しでも分かるほど勃起している者もいた。
「きっと彼らの頭の中では、自分に対する陵辱の限りが尽くされているのだろう」という考えがシェヘラザードの頭の中に浮かんだ。
先程から、歩くたびに胸が揺れている。それに何か肌寒い。
それもそのはずだ。シェヘラザードの着ている服装はほぼ下着といってもよいほど露出が多かった。
胸を押さえながら歩かないと、歩くたびに胸の揺れが気になって仕方がない。
(うう…なんだか恥ずかしくなってきた…。)
周りから向けられる視線に意識を向けないようにしながら、シェヘラザードは足早に目的の場所へと向かった。
◇
「…ここか。」
ドニアザードに教わった通りの道を進んでいると、その先には一際豪華な扉があった。赤と黒と黄金の装飾で彩られ荘厳な雰囲気を放っている。床には煌びやかな刺繍が施された絨毯が敷かれていた。
おそらくここがシャフヤリール王の寝室なのだろう。
部屋の両脇を見ると、見張りの兵士が二人立っていた。
見張りの兵士の身長はシェヘラザードの頭二つ分ほど大きく、彼女の頭を見下ろすように見ていた。
おそらく彼らに組み伏せられれば今の藤丸は一たまりもないだろう。
見張りの兵士の二人はシェヘラザードが来たことに対しなんの違和感も持っていない様子だ。シェヘラザードは常日頃からこの部屋に出入りすることを許可されるほどの人物なのだろう。
(うう…、緊張するなあ…。)
この扉の向こうに、おそらくシャフヤリールはいる。
シェヘラザードは緊張しながらも、その大きな扉をゆっくりと開けた。
女性の肉体だからだろうか。
もしくはこの肉体が生身の人間だからだろうか。
扉を開ける際、少し扉が重く感じた。
「…お、おじゃまします…。」
消え入るような小声でシェヘラザードは部屋に誰かいないかを確認する。
扉を開くと、そこは寝室だった。16畳ほどだろうか。見たところカルデアにある食堂と同じほどの大きさに見える。
その中心に、カーテンのかけられた大きなベッドがあった。
そのカーテンの向こう側には、うっすらと人影が見える。
(ここにシャフヤリール王がいるのかな…)
その部屋は、いかにも一国の王が住んでいるといえるような荘厳な雰囲気に包まれていた。
ベッドの向こう側にいるのはシャフヤリールなのだろうか。
シェヘラザードは確認すべく、シャフヤリール王の名前を呼んだみた。
「…シャフヤリールさま、いらっしゃいますか?」
自分の記憶を頼りに、藤丸の意識はシェヘラザードのことを思い出す。
シェヘラザードはどのような口調だっただろうか。
出来るだけシャフヤリールに怪しまれないように、藤丸の意識はシェヘラザードの口調や表情、仕草を真似るように心がけた。
するとシャフヤリールと思しき男はシェヘラザードの姿を見るや否や、嬉しそうな声でシェヘラザードのことを歓迎する。
「入れ。よく来たなシェヘラザードよ。今宵も待っておったぞ。昨晩の話の続きを聞かせてくれい。」
ベットの奥から男の声が聞こえてくる。その方向を見ると、大柄な体格に口髭を蓄えた男性がこちらを向いていた。
どうやらベッドの向こう側にいるのはシャフヤリールだったようだ。
もし別の人間に声をかけていたらと思うと、藤丸の意識はふと安心感を覚えた。
「シェヘラザードよ、ここに座れ。」
するとシャフヤリールは自身の横に座るようシェヘラザードに指図し、ベッドの上をポンポンと叩く。
(横に座れ…ってことか?)
そういえばこの時代に飛ばされる前、シェヘラザードも藤丸の横に座って物語を話そうとしていたことを思い出した。
もしやシェヘラザードは、生前からこのようなスタイルで相手に朗読していたのだろうか。
「…失礼いたします。」
シャフヤリールの指示に従い、シェヘラザードは彼の横へと座った
(…どうしよう、一体どんな話をすればいいんだ。)
前述の通り、藤丸は千夜一夜物語のことについて明るくない。
「アラジンの魔法のランプ」や「シンドバットの冒険」の話は以前から知っており、「アリババと40人の盗賊」については名前だけは知っていたものの「千夜一夜物語」という大枠の物語が上位世界として存在することは、カルデアに来るまで、なんならシェヘラザードと出会うまで知らなかったからだ。
ましてや千夜一夜物語が千を超える数の物語がある。
シェヘラザード本人でない藤丸がそれほどの数の物語を知っているはずもなく、藤丸の意識は頭を抱えていた。
(うう…、どうすればいいんだ…!)
するとシェヘラザードの頭に、ふと名案が浮かんだ。
そうだ、カルデアでの冒険を物語風に言えば良いのだと。
このまま黙っているのも、怪しまれる可能性があり非常に不味い。
そう思ったシェヘラザードは、シャフヤリールに提案を持ちかけた。
「…シャフヤリールさま、今宵は特別なお話をご用意したしました。」
シェヘラザードはカルデアでの、藤丸立香の冒険譚を話し始める。
オルレアンでの旅路を、ローマでの凱旋を、オケアノスでの冒険を、ロンドンでの激動を、アメリカでの大陸横断を、キャメロットでの叛逆を、バビロニアでの有志を。
もちろん藤丸立香本人や関係者の名前をそのまま出してもひねりがない。
そのためシェヘラザードは、肝心な登場人物の名前は敢えて伏せた状態で話すことにした。
「…それでは、始めます。」
「ここより遥か西方のとある国にて、ある一人の少女がおりました…。その少女は…」
シェヘラザードの話を興味津々に聞くシャフヤリール。
シェヘラザードがすべての話を終えると、シャフヤリールはシェヘラザードに対し嬉しそうに話しかける。
「…素晴らしい。今回聞いた話は初めて聞く物語ばかりだ。」
気分が乗ったシャフヤリールは、感嘆のあまり拍手を漏らしていた。
「あ、あはは…。ありがとう、ございます…?」
まるで自分が褒められたようで嬉しくて、シェヘラザードはふと笑みをこぼした。
シェヘラザードとシャフヤリールの間には、和やかな雰囲気に包まれていた。
この調子ならば、シャフヤリールにこの時代のことについて色々聞けるかもしれない。
そう思いシェヘラザードが口を開こうとしたその時である。
シャフヤリールは、藤丸の意識も想定していない予想外の行動に出た。
「どれ、シェヘラザードよ…。」
なんとシャフヤリールが、シェヘラザードの肩を抱き寄せてきたのだ。