千夜一夜物語外典~シェヘラザードになった藤丸立香~ 作:不夜城のキャスター
この世界のことについてシャフヤリールに聞こうとした、その時のことだった。
なんとシャフヤリールが、シェヘラザードの肩を抱き寄せてきたのだ。
シャフヤリールはシェヘラザードに覆い被さり彼女を押し倒そうとする。
そして彼女の唇に、熱い口づけをした。
「や、やめっ…」
咄嗟の出来事に、シェヘラザードは思わず抵抗をしてしまった。
自分の倍ほどの背丈のある男が突然、自分を押し倒しキスをしてきたのだ。
そんなことをされた経験は藤丸はこれまでの人生で一度たりともなかった。
自分の倍ほどの背丈の男に襲われる恐怖。
今まで数多の特異点を乗り越えてきたが、このようなことは今まで経験したことはない。
自分に向けられるとは思わなかったその感情に、藤丸の意識は怖気付いていた。
シャフヤリールの咄嗟の行動に驚いたシェヘラザードは、手を振りほどき抵抗しようとする。
シャフヤリールの猛攻から脱出すべく、腕をがむしゃらに上下に振る。
しかしいくら腕を振っても、シャフヤリールは腕を握る力を一層強め、一向に離そうとしない。
「は、放してっ…」
数秒間の格闘の末、シェヘラザードはなんとか手を振りほどき、よろめきながらシャフヤリールの座るベッドから逃げていく。
抵抗の際にシャフヤリールがシェヘラザードの衣服を掴むようにしれいたせいか、衣服は破れ身に着けていた装飾品の類は壊れ、シェヘラザードは全裸に近い状態になっていた。
シェヘラザードは思わず、まろび出た乳房や局部を恥ずかしそうに覆い隠した。
勢いよく振り解いたせいか、シェヘラザードはよろめきその場に倒れ込んだ。
機嫌を伺うようにし、恐る恐る、シャフヤリールの表情を確認する。
「…シェヘラザード、…貴様。」
シャフヤリールの表情は、非常に険しいものになっていた。
額には青筋が浮き上がり、シェヘラザードを睨むその目はまるで獰猛な獣のようだった。
その表情は、先ほどまで鼻の下を伸ばしていたとは思えないほど恐ろしい剣幕になっていたのだ。
するとシャフヤリールは、怒気のこもった声でシェヘラザードに問いかける。
「シェヘラザード…、貴様、どういうつもりだ…?」
シャフヤリールの怒気の入った声に、藤丸の意識は思わず身震いする。
「王たるこの儂に抵抗をするとでも言うのか…!?」
「そうか、そうなのだな…。」
「貴様もこの儂を惑わした『あの女たち』のように儂を騙すのだな…?」
『あの女達』。そうシャフヤリールは口にした。
シャフヤリールはかつて、愛した女性に何度も裏切られた過去を持っていた。その経験が、シャフヤリールを
シャフヤリールはベッドの近くにある壺に入れられていた剣を手に取ると
そしてその剣を、シェヘラザードの首目掛けて振り下ろした。
「ひっ…」
藤丸の頭の中に、カルデアで今もなお暮らしているであろう仲間たち、そして両親の顔が走馬灯のように浮かんでいく。
カルデアでは今頃、いなくなった自分の捜索がされているのだろうか。
もし自分がこの時代で死んでしまったら、どうなるのだろう。
そしてシャフヤリールはその剣をシェヘラザードの首目掛けて振り下ろした。藤丸の意識が、自分の死を覚悟した、その時だった。
「え…?」
首に目掛けて振り下ろされたその剣は、シェヘラザードの首を切る寸前のところで止まったのだ。
シェヘラザードはつい、うわずった悲鳴を上げた。
腰が抜けたシェヘラザードは、その場で倒れ込んでしまう。
「貴様が大臣の娘だろうが知ったことか。今すぐにでも貴様の首を刎ね、その体を犯し尽くした末公衆の面前に晒すことも出来る立場なのだぞ。」
シャフヤリールはこの国の王である。たとえ大臣の娘を殺してしまおうが彼の手にかかれば隠蔽することなど造作もないことなのだ。
藤丸の意識はふと、首を刎ねられ犯された想像してしまう。
たとえこの肉体はシェラザードでも、犯されるのは藤丸自身だ。
これから自分の身に起こりうるかも知れない最悪の想像に、シェヘラザードは身震いした。
「貴様の身内も同様だ。大臣の娘が王たるこの儂に反抗し惨めな姿を晒すともなれば、それは謀反や反逆に値する。貴様の親族ら諸共処刑だろうよ。」
体の震えが止まらない。このままでは、目の前にいるこの男に今度こそ首を切り裂かれ死んでしまう。
自分はこの男にとって取るに足らないひ弱な存在なのだと、シェヘラザードは心の底から理解した。
するとシェヘラザードは、シャフヤリールの前に行き驚きの行動に出た。
「…どうか許してください…。お願いします…。」
シェヘラザードはその場でうつぶせになり、土下座をしたのだ。
『土下座』。それは藤丸の故郷である日本に代々伝わる、謝罪の最上級を表す礼法だ。その歴史は古くは古墳時代まで遡る、しかし流石の藤丸もこれまでの人生で土下座したことは一度たりとも無かった。
この土下座は藤丸にとって人生初めての土下座であり、そして同時に初めてなすすべもなく、全てをして屈服した瞬間であった。
かの新宿で、新宿のアーチャーこと犯罪界のナポレオン、ジェームス・モリアーティは言っていた。
命乞いをする者は、「まだここで死ぬわけにはいかない」と考えている者だと。
(…死にたくない、…こんなところで死ぬわけにはいかない。)
自分には帰るべき場所がある。こんなところで死ぬわけにはいかない。
しかしシェヘラザードは、恐怖のあまり全身を震わせていた。
たわわに実った豊満な乳房は、体の震えに連動しぷるぷると小刻みに揺れている。
土下座の体勢上、女性器は丸見えになっており、乳房は重力に従いだらしなくぶらりとぶら下がっていた。
その姿には、藤丸立香の面影など影も形もない。
頭を垂れ這いつくばる、全裸の女がそこにはいた。
「オ…私の…、私の体なら…!お願いですから、命だけは…!!命だけはご容赦いただけないでしょうか…!?」
あまりの恐怖に、シェヘラザードは思わぬことを口走ってしまっていた。
この体はシェヘラザードのものであるにもかかわらず、あまりの恐怖に曝された藤丸の意識は、自分の肉体を交渉材料に命乞いをしたのだ。
「儂に身体を捧げるというのか、面白い、従順な女は好いておる。」
するとシャフヤリールは、そのようなシェヘラザードの態度を見て気に入ったのか、ひどく上機嫌になっていた。
しかしその視線は、艶やかなシェヘラザードの肉体を舐めとるように見つめていた。
「人はあまりもの恐怖に晒されると、恥を捨てても自分の命が助かる方法を模索するらしい。」
「表を上げよ、シェヘラザード。」
「儂に体を許せ、儂が何をしようとも抵抗するな。よいな?」
それはシャフヤリールから提示された、最大限の譲歩だった。
(ああ、やってしまった。)
自分はこれからこの「男」に肉体と心を捧げるのだと、後悔と本来のシェヘラザードに対する申し訳なさを感じながらも、シェヘラザードは少しずつシャフヤリールの元に歩みを進めていくのだった。