今回導入のみで、エロ描写そのものがありません。
後編は今日中に仕上げますのでお待ちください。
衛藤七緒。最初は全然パッとしないやつだった。同じクラスメイトで高校生には見えないほど幼げがあって、人からのお願いを断れない根っからのいい人。仲良くはなれないな、なんて思ったりもしていた。時間も経てばみんなも扱いに慣れて、体よく使いっパシリにされていた。
二度目の出会いはあるカラオケボックス。歌の練習のために、歌い手界隈で知られた録音スタジオが併設された不思議なお店で店員をやっていた。本人曰く両親が個人経営でやってる店とかなんとか言っていたのを覚えている。そこから収録を手伝って貰ったりして、話す機会が増えた。
悪いやつじゃ無いのはすぐわかる。私の吐いた冗談の毒もまともに浴びて焦るくらい素直な人で、今まで見たことの無いタイプだった。ちょっとした息抜きに、って思ったら思いの外長く付き合わせてしまうくらい、一緒にいて苦じゃないのは私にとって珍しい。
それからはゲーセンで今まで敬遠してた新作の試遊会に壁役として連れていったり、クラスでまずわからないことがあったら聞いてみたりと、頼りにすることが多くなった。そしてその頃から、七緒が他の誰かに頼られることが嫌になった。
「それは恋だね」
「……恋? 待ってよ類、そんなことあるわけ」
「そうだね。でも恋は盲目だって言うだろう? 自覚するには時間がかかるものさ」
類にこっそり相談してみたけれど、返ってきた言葉はそれだった。そのせいでそこから先は七緒と話せなくなってしまう。いままで普通に友達として接してきて話しかけやすいなって思っていたのに、周りから見たら私が七緒に惚れてる風に見えるのかな、って思ってしまった。逆に心配した七緒が話しかけてきても「何でもない」の一点張りで通して逃げるだけ。
そんな、勇気の一歩を踏み出せないままの私が嫌いになりそうで、自己啓発の何かを探していた時にとあるアプリを見つけた。
「催眠……アプリ?」
公式ストアじゃなくて怪しい雰囲気のサイトからDL出来る。謳い文句も『相手の秘密からエッチなことまで』と古くさいもので、信憑性はまったくない。サクラからと思われるレビューでも『このアプリのお陰で両想いだと気付き、結婚できました!』とかそんなことばっかり。
「相手の秘密……両想い……」
でも相手の秘密がわかるなら、七緒が私をどう思ってるのか知れたら、私のことが好きだったら、この気持ちに踏ん切りがつけられるかもしれない。そう気付いた時にはアプリのインストールが終わっていた。
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七緒をカラオケに誘って、二人きりの個室。飲み物をとってきて貰ってる間に催眠アプリの説明を読んでいた。わかったのはこのくらい。
・催眠させるには、このアプリから出る音を聞かせること
・催眠は二種類あって、自覚せず記憶に残らない『通常催眠』と自覚しつつ記憶に残る『肉体催眠』があること
・催眠の強弱は設定できるが、相手の意思に応じてかかり具合が変わること
「なんか本格的……」
割と一画面にガッツリ書いてある注意書き。因みにもう一度レビューを確認しようとサイトに飛んでみたけど404_not_foundと表示されてもう一度拝むことは出来なかった。まぁ、色々危なそうな雰囲気だったし誰かが通報して即BANされたんだと思う。
何はともあれ操作画面。シークバーみたいなので催眠の強さ……とりあえず20%くらいで、とりあえず通常催眠。生成のボタンを押せば表示される、音楽表示画面。タイトルはUnknown。イヤホンを接続してないと動かないこのアプリは凄く良くできていた。
「相手に聞かせるならイヤホンで、ってことだよね」
「お待たせしました。寧々さんはアイスティーでしたよね」
「っ! う、うん、そう。ありがとう」
「あ、なにか聞いてたんですか?」
ちょうどのタイミングで七緒が帰ってきた。耳にイヤホンをしてるのを見て、すぐに話のきっかけを振ってきた。
「……うん、次のショーで歌うデモをちょっとね」
「そっか、それなら僕は大人しくしてますね」
少し距離をとって席に座る彼はメニュー表の写真を眺めながらジュースを飲んでいる。後は聞かせるだけなのに緊張で口の中が乾いて仕方がない。質問の内容は昨日一晩使って考えた。効いてなくても全然問題ない、はずのもので固めてる。
「あの、えっと、もしよかったら聞いてみる?」
「えっ、いいんですか?」
「うん。別に言いふらしたりしないしね」
自然な流れでワイヤレスイヤホンを差し出して付けたのを確認。スマホで音楽を再生する。
──キイイイイン……
「う、ぁ……」
短い再生が終わって、七緒の目が虚ろになってる。演技としては役者になれそうだけど、素人の彼がこんなこと出来るわけがない。
「七緒? 大丈夫?」
試しに目の前で手を振ってみるけど目で追うことはなかった。それでも呼吸は正常だし、夢遊病に近い感じだと思う。そんな彼が催眠に落ちていることへ期待しつつ、意を決して質問をすることにした。
「七緒はさ、いろんな人のお願い聞いてるけど、嫌じゃないの?」
「嫌じゃ、ないです……」
「ふーん、そんな時何を考えてるの?」
「叶えて、上げなきゃって……お願いだから」
ポツリポツリと言葉が漏れる。いつもの七緒なら悩んだり笑顔で答えてくれるけど、そんな様子は一切無い。受け答えの出来る人形みたいな返事に段々と催眠が効いてることを頭で理解した。
「そのお願い、なんでも聞くの?」
「僕に出来る、なら、なんでも……」
「……じゃあ、さ。七緒のこと好きな人が告白して、七緒が他の子の事好きだったら?」
「告白、優先です……僕は……」
「っ!!」
返ってきた答えに体が震える。なのにどこか嬉しいような、悲しいような、危ないような気持ちがグルグル頭の中で回り始める。
七緒は冗談でも時としてマトモに受け取るタイプだ。そして何よりその幼げな雰囲気から悪戯したくもなる。だから罰ゲームの相手にされて告白とかされたら、本気として受け取って、そのまま……
「それは、ダメ!」
考えてきた台詞の台本を捨てる。そんなのダメ、わたしが許さない。そんなのじゃ本当に好きな
──キイイイイイイン!!!
「わたしのこと、好きになって!」
「わたしだけ見て! 他の人は、ダメ!」
シークバーに触れている親指を思いっきり弾いて叫ぶ。催眠の強さ120%の最大音量を七緒の耳に叩き込んだ。
「う、ぁ……寧々、さ……わかっ」
急な音量の変化か、それとも催眠の反動か、七緒はその場に倒れこんだ。そんな彼を見て、わたしは自己嫌悪に陥る。
これで彼が起きたらどうなってるだろう。本当に好きになってたら嬉しいけど、それは偽りのものでしかなくて、もし七緒がわたし以外の誰かが好きだったとしたら。本当はそんなことを確認するために、このアプリを使ったのに。
「わたし、ほんと最低……」
好きな人だから大切にしたい、そのままでいて欲しい。ここまできてやっと自分の恋心に気付いたけど遅すぎて、目からボロボロと涙がこぼれる。こんなアプリ消して七緒に謝ろう。アプリさえ消してしまえば催眠も解けるだろうから。
濡れた画面と揺れる視界をなんとか押さえて指がスマホをなぞっていく。アンインストールにまで指が伸びるその先で。
「寧々さん、泣かないで」
「うっ、えっ……」
揺れる視界は優しく布で覆われて澄んだ世界が広がった。声の主は聞きなれたクラスメイトの物で、ハンカチを添えた彼の姿がそこにあった。
「なんで、ハンカチ……?」
「好きな人が泣いてたら、悲しいじゃないですか」
「………」
「あっ、あっ! でも痛くなかったですか!? 優しくしたけど目に入っちゃったとか」
綺麗な台詞も後に続くコロコロした表情と言葉の変化に打ち消され、いつもの七緒がそこにいた。そして何より、好きな人、という言葉。
「好きな人って……?」
「あ、いや、そのこれはえーっと……」
ショーでしか見たことがない歯の浮くような告白だったのに、いつもの彼が台無しにする。それがどうしようもなく彼らしさを表現していた。だからわたしは。
「わたしも七緒が好きだよ」
「えっ……」
涙をぬぐいながらそう言った。好きというのは止められない。例え七緒の好きが演技だったとしても、わたしの想いは本物だから、いつか本物にして見せる。まるで子供向けにハッピーエンドを迎えた人魚姫みたいに、それだけわたしは願いが叶ったことに溺れていた。
そんな願いを叶えた催眠アプリの説明は一画面に収まらず、こんな続きがある事を知らずに。
・同じ催眠を繰り返すと刷り込みになり、相手に悪影響が出る可能性があること
・催眠のかかり具合が深いほど、前述のようなことが発生しやすいこと
・そうなる前に記憶を消す催眠をおすすめします
・
・
普段は以前のように頼る程度の関係で居続ける。でも人目の無いところに出れば、催眠アプリを起動して自分の欲望を叶えた。ワンダショのみんなには内緒でこっそり休みの日にはデートに行ったりもして、関係を深めていく。
その仲で欠かせないのは、やっぱり催眠アプリの存在だった。今では七緒のワイヤレスイヤホンもわたしのスマホに同期させて、近くにいれば音声をいつでも聞かせられる。思い出は消したくないから、デートの時は常に自我も記憶も残る『肉体催眠』を使っていた。
──キイイイイン
「今日もわたしを好きでいてね」
「……? 当たり前じゃないですか」
最初の方は戸惑ってたけど回数を重ねるごとに減っていき、今では催眠のために告げる当たり前に疑問を覚えるようになっていた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん。カラオケだよね」
指と指を絡めて、しっかり握り返される。キュッキュッと絞められたり、指が手のひらをなぞったり、少しスキンシップが激しくなってるのは、ご愛敬だと思う。
夏場の暑い時期だから街中でも魅力的な女性の姿が多い。発育の悪いわたしじゃ全然太刀打ち出来ないけど、これがある。
──キイイイン
「わたしでドキドキして」
「う……はい」
麦わら帽子にワンピースなわたしでも、これで安心。グラマラスな人達の人の波をすり抜けて、いつものカラオケボックスに。二人きりの狭い部屋、クーラーの風がわたしの髪を通り抜けて、汗の匂いを流してくれた。
「(今日はどんな曲歌おうかな)──キャッ!」
イヤホンを自分の物に切り替えて自分のプレイリストを漁っているとソファに押し倒される。目の前には息を荒げた七緒がわたしを凝視し匂いを嗅いでいた。
「寧々さん、いい匂い……ドキドキする……」
「ちょ、七緒!? 待って、何してるの!」
ワンピースも捲れあがり、わたしの真っ白なパンツが見えそうになっている。彼の股間は次第に大きくなっていて、興奮が抑えきれていなかった。
「(そっか、さっきの催眠のせいで!)」
急いで別の催眠で止めるために、シークバーを120%まで上げて音声を再生。
「これで止まっ──」
──キイイイイイイン!!!
「ぇ……」
耳を貫く金切り声みたいな音。脳にしっかりと叩き込まれていながらも五月蝿いというよりは聞かなきゃ、って気分にさせられる。そうだ、今のイヤホン、わたしのやつにしてて……
「寧々さんと……エッチなことしたい」
「あ、あっ♥️ いいよ、いいよ」
わたしのはじめての催眠は、思わぬ形で返ってきた。