例に漏れずエロなしなのでご注意ください。
伝説の始まりは唐突なものだった。凄いライブがあって、それを感じた人達が後に口を揃えてその凄さを語り継ぐ。そんなライブに魅了され背中を追う、白石杏という少女が居た。
ある時からひたむきに夢へと進む彼女の姿は、幼い頃から輝いて見える。それは今でも変わらずに写っていて、輝きは増す一方だった。特に相棒であるこはねさんが現れてからは、導かれるように伝説への階段を駆け上がっている。
僕も僕なりに音楽を始めて、バンドを組みプロへのチャンスを掴みかけた。しかし、その大一番で見過ごしていた亀裂を元に瓦解。バンドそのものは空中分解した。幼い頃から見続けていたその姿はいつか遠いものになり、幼馴染みという肩書きも形だけのものとなっている。
「ねえ、またギターやらないの?」
「人前じゃやらないよ」
開店前のWEEKEND GARAGEのお手伝い。思ったより早く準備が終わり杏が詰め寄ってきた。バンドが解散してからも一人で黙々と続けている。自分の意志で始めたことであり、好きなことでもあったから未練タラタラというわけでもない。ただ彰人が知ったら怒りそうだなとも思う。
「じゃあさ、私だけならいいよね。何回も聞いてるわけだし」
踵を返して椅子を表裏逆に座る彼女は、背もたれに腕と顎を乗せてこちらを見つめている。スカートの中が見えそうな座り方でも背持たれが鉄壁のガードを誇っている。いかにも観客ですよ、という期待に満ちた彼女は断るとうるさい。過去に何度も根負けして聞かせているのも相まって、断りづらい状況が出来ているのも向かい風だった。
「別に俺は構わないぞ」
「……わかった。でももう開店だからただ一曲だけ」
「大丈夫、開いてもすぐにお客さんなんてこないから!」
店に勤めてる者としてどうかと思うが、奥に控えている謙さんも止めることはない。結局は僕が折れて披露することになる。そんな流される自分に少し腹が立っていたからか、選曲も尖ったもので奏でる旋律は荒々しい。伝説を越えることは「無理だ」と言われ続けながらも進み続ける彼女に向けた「無視」の名を冠した曲。そんな曲を歌っていても、彼女は終始楽しそうだった。
Side 杏
可愛い見た目に反して歌う曲も演奏も激しくて心を掴んで放してくれない。ギャップだけなら何度も聞いて慣れておしまいだけど七緒の演奏は毎回そうだった。父さんはそういう才能が七緒にはある、って言ってたけどまだ私にはそれがわからない。
それでもそんな彼の姿、演奏、歌を全部私だけが知ってるのはとっても心地よかった。幼馴染みだからの特権って言うのもあるし、落とし方も知ってる。頼まれたら断れない性格だから、期待だけで見つめてしまえばイチコロ。ただそれがプロを諦めたその日から続く呪いだっていうことも知っている。
そう、誰にも知られたくない私だけが知ってる七緒の秘密。父さんはノーカンだけど、こはねにだって教えたくない、私の大好きな……
一番が終わった頃に混じってカランカランと音がする。いつの間にかオーバーしていた開店時間に入ってきたのはこはねだった。
「こんにちわ、あっ……」
「──っと。こはねさんこんにちわ」
曲を中断して七緒が後片付けを始める。やっぱりというか、他の人が来たらすぐにやめてしまうのは変わらなかった。そんな私達だけの空気が壊れて少しモヤモヤする。
「ごめんね杏ちゃん、邪魔しちゃったかな……」
「ううん、こはねならいつでも大歓迎!」
「ひゃあ! もう、杏ちゃんってば」
演奏の邪魔をしたことをこはねもわかってしまったみたいで申し訳なさそうにしてる。けど最高の相棒にそんなモヤモヤしたのは嘘だと決めつけて抱きついた。小さくて可愛くて、柔らかくて、こはねって感じがして心地いい。
「ほら杏、いつまでも抱きついてないで席に案内しろ。いつものでいいか?」
「はい、お願いします」
「じゃあそこの席空いてるから座って。私が淹れてくるよ」
「ありがとう。あ、七緒君ちょっといいかな」
席に案内した後厨房に下がる。七緒の事を呼んでた気がするけど、きっと別の注文とかそのくらいかな。こはねも七緒が私の幼馴染みだって知ってるし、ちょっとした世間話かも……
「さっきの演奏凄かったね。ちょっと早く来ちゃって外で待ってたけど、時間忘れるくらい聞いちゃった」
「いや、ひどい演奏です。こはねさんに聞かせるほどじゃありません」
「そんなことないよ! 杏ちゃんだってそう思ってるはず」
演奏も、それ以外の凄さも知っている。それそこさっき聞いたばっかりのこはねよりもずっと私の方が詳しい。七緒だってそれはわかってるはず。
「杏はどうだろ。暇潰しくらいにしか思ってないんじゃないかな」
「えっ」
違う。そんなわけない。七緒の演奏は私が今まで聞いてきた中でもピカイチだし、一度はプロになりかけてる。それだけの実力がある演奏を、暇潰しで聞けるわけがない。好きだから何度でも聞きたいって、思ってるのに。
「あ、そうだ七緒君。今度の休み空いてるかな。少し頼みたいことがあって」
「はい、いいですよ。なんでしょう」
そこから先、こはねと七緒が何か話していたけど私の中にあるモヤモヤのせいで何も入ってこなかった。
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日が変わってとある街中。こはねの用事で練習が休みになった私は店の手伝いで買い出しに出ていた。
「これで頼まれてたのは全部かな。ちょっと遠出したし寄り道して帰ろーっと」
おしゃれなお店が立ち並ぶ宮益坂は、私にとっても素敵なものばかりで目移りしてしまう。特にアクセサリーとかはこっちの方が品揃えもいい。寄り道するにはもってこいの場所だった。
今日もまた、カップルと思わしき二人組が店の中に消えていく。低身長で可愛らしい二人は女友達にも見えるけど片方は男物だったから惑わされるところ……って。
「こはねと七緒?」
見間違えるわけがない相棒と幼馴染みの顔。女物のアクセサリーショップで二人が仲良くガラスケースを吟味している。しどろもどろしているこはねを七緒が上手くカバーして、どこからどう見てもお似合い。店員に注文までして紙袋を受け取り、こはねは嬉しそうに優しく袋を抱いている。その顔はほんのり赤く染まっていて……
「何かの間違い、だよね。うん、きっとそう!」
まだ誰かへの贈り物かもしれないし、店から出てきたところを捕まえて聞いてみよう。こはねと七緒だから正直に話してくれると思うし。店から出てきた二人の後をつけて、偶然を装い声をかける。
「こはね、七緒! 二人して何してるの?」
「あ、杏ちゃん!?」「あ、杏!?」
あくまで自然に平静を保って、二人をまるごと抱き締めるみたいに両肩を引き寄せる。突然のことでびっくりした二人は揃って距離をとった。
「め、珍しいねこんなところで……杏ちゃんはどうしたの?」
「お店の買い出しの帰りだよ。それより二人は? そのアクセサリー買いに来たの? 誰に送るの?」
「これは、えっと、その」
立て続けの質問にこはねは恥ずかしがって七緒の後ろに隠れてしまう。顔も真っ赤だし、焦ってるのがよくわかる。このままボロが出たら何かわかるかもしれない。
「杏、買い出し終わったなら早く帰らないと。ピークタイムももうすぐでしょ」
「あ、いや、でも……」
「ほら、こはねさんも困ってるし早く。謙さんに怒られるよ」
「ごめんね杏ちゃん」
「……わかった」
でも結局は七緒に丸め込まれてしまい、引き下がるしかない。時間がないのを盾にされたら私だって弱い。二人は休みだからこれからどこかに行くんだろう。
帰る途中にもう一度振り替える。二人の姿は最寄りのアイスクリームショップに消えていくのであった。
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帰ってからモヤモヤが消えない。特に七緒の事を考えたら止まらない。私だけ知ってる七緒の姿、演奏、歌。秘密はこはねに破られた。そして街中での態度。こはねは露骨に焦ってたし、七緒は私を撒くために冷静だった。あんなのじゃ二人は付き合って……
「っ! そんなの嫌!」
例えこはねであっても、七緒だけは取られたくない。だって、幼馴染みだからいろんな事を知ってるから、素敵なところもみっともないところも全部知ってて、それでも七緒が、好きだから。
このままじゃ七緒を取られる。焦った私はバーに切り替わるタイミングで店を飛び出した。一直線に七緒の家に向かって、部屋に転がり込む。そこには一人で漫画を読んでいた七緒の姿があった。
「杏っ!? うわぁ!」
そのままタックルみたくベッドに押し倒し、両手首を手で拘束。漫画が宙を舞ってそばに落ちた。その中身は男受けの良さそうなお色気シーン。裸の女の子に押し倒されて迫るところだった。
「七緒は、七緒は……」
こはねとどこまで行ったかは知らないけど、知らない何か私しか知らない七緒を、七緒しか知らない私を無いのなら作ればいい。焦る私はそのまま唇を重ねる。
「んちゅ、ちゅぅ……れろぉ」
「んん! んぐ、んぁ……」
抵抗できないまま、舌まで入れて無理矢理七緒の口のなかを弄ぶ。噛むわけにもいかない彼の戸惑いをそのままに、好き勝手して涎を吸い上げ飲み干していった。逃げる舌は逆に追い回したりやめてみたりして、不意を突き続ける。顔を上げればトロトロの七緒の顔があって、心を鷲掴みにした。
「ズルいよ七緒、そんな顔したらもっとしたくなるでしょ」
「杏……ダメ。こういうのは好きな人と……」
口答えする口を塞ぎ混んでもう一回。抵抗する体も体で押し返して主導権を握り続ける。元々可愛い顔してるんだからトロ顔なんて我慢できるわけがない。それだけ七緒だって気持ちいいって思ってるんだからもう私は止まらなかった。
口づけを何度交わしても心のモヤモヤは晴れない。私が七緒のことを好きでも、七緒が私の事を好きじゃなかったら意味がない。
「ねえ七緒、私のこと好きになってよ」
「杏……」
「私は七緒のことが好き。だからなんだってしてあげられる。だから私だけ……」
「それは違うよ」
否定の言葉と、七緒からの口づけ。心の中のモヤモヤが少しだけ晴れて落ち着いてくる。
「今の杏は焦りすぎ。何があったか聞かせて」
「……うん」
私は語る。昼間のよそよそしい態度で、こはねに七緒が取られると思ってしまったことを。私だけが知ってる七緒の秘密が暴かれてしまうことを。
「なるほどね。それでこんなことしたんだ」
「だって、七緒が悪いでしょ。暇潰しなんかで七緒の演奏聞いたりなんかしないし」
「ほんと、杏は優しいね。だから皆に人気なんだ」
「七緒だってこはねとすぐ仲良くなったでしょ。それで、昼のアレって結局何だったの?」
すっかりいつも通りになってベッドに座りながら言葉を交わす。この状況ならきっと教えてくれるはずだ。
「……親へのプレゼント選びだよ。お父さんにだって」
「へー、なら別に七緒じゃなくて彰人か冬弥でも良かったと思うけど」
「タイミングだよ。この前約束したから」
「えー、ホントにそれだけ? 本当はこはねと一緒で嬉しかったでしょ?」
「お願いだから何もないよ」
「ちょっと、あんなに可愛いこはねと一緒で何もないってどういうこと」
あんなに可愛くて最高の相棒なのに劣情のひとつもわかないとか幼馴染みとしてどうかと思う。こうなったらこはねのいいところを基礎から教えてわからせないといけない。
「相棒の良さは相棒が一番知ってればいいよ。取られたら困るんでしょ」
「……それもそっか。うん」
その言葉に踏ん切りがつく。なら、この気持ちは絶対に伝えるべきだ。相手の良さを私が知るみたいに、私の気持ちも七緒には知ってて欲しいから。
「なら私が七緒のこと好きってことも、ちゃんと知っててね」
「知るより先に思い知らされたわけだけど……うん。ちゃんと受け取った」
「それで返事は?」
「今言わなきゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ」
少し意地を張ってみるけどかなり恥ずかしい。あ、やっぱりダメな気がしてきた。キスまでやったのにこう面と向かって七緒の顔をみるとドキドキする。告白にしては大分あっさり過ぎたかも。いつも通り過ぎてまた幼馴染みだからー、みたいに流されて終わりとかないよね!?
「ごめん、ちょっと待ってやり直しさせ──」
「その必要はないよ」
焦ってる私の口を七緒の口で塞がれる。歌の上手い私もそうだけど七緒もそうだから舌使いはかなり器用な方だ。そうえいばのヘタを舌で結べる人はキスが上手いとか……んん! 舌入って!?
「んじゅ、れろっ、んはぁ……」
「んちゅ、ちゅぅ、はむっ……」
キスだけでトンでしまいそうな高揚感が頭に響く。歌ってるときとは全然違う快感で胸が踊って、答えを聞くまでもない行為の激しさに体が火照ってしまった。
「好きだよ、杏」
「今言うの、ほんとにズルい」
こうして私達は付き合うことが出来た。