トラックに
転生後の名前はハンツ・ホワイト。至って普通の家庭に生まれた表面上は普通の男だ。
意識が明確になった二歳ころ、まずは瞑想にてサクッと念を目覚めさせた。瞑想時間は十秒くらいだったと思う。
念というのは、この世界特有の魔法あるいは超能力のようなもので、理屈っぽいルールの下、オーラという魔力的なエネルギーを使っていろいろできるオカルト能力のことだ。
念覚醒後は念や身体を鍛えたりして死なないように力をつけながら健やかに成長していった。そして、十八歳になった今現在まで童貞を守らされてきた──いや、誤解しないでくれ。決してモテなかったわけではない。仕方ないのだ。
この世界で俺の野望を叶えるには圧倒的な力が要る。そのためにはゴールデンエイジと言われる幼少期や若く成長効率のいい時期は、性欲は
さて、俺の野望をここに宣言しておこう。
〈海賊王に俺はなる!〉ではなく、〈原作に登場したかわいいキャラとヤりまくる!〉だ。
低俗だって? ああ、もちろんそれは自覚している。だが、人間なんてそんなもんだろう?
さぁ、始めようか。今この瞬間から俺の覇道は始まるのだ。
そう決意して大きく頷いた俺は、来週から開業する〈何でも屋ハンツ〉の事務所の掃除をそそくさと開始した。
窓から外を見ると、春らしい柔らかな日射しが降りそそいでいた。
「なるほど」俺は依頼人第一号の話を聞き、呟いた。
開業初日に訪れたのは、与党のベテラン議員の秘書を自称するインテリ風の、眼鏡の中年男だった。ここはワガママボディの美人秘書が来るべきだろう、と内心の不満を少しだけ顔に出しつつ話を聞いたところ、そのベテラン議員──デービット・ガルシア(64)が議員事務所の執務室で首を吊っていたらしいのだ。部屋にはスライド式の鍵が掛けられており、机には自筆証書らしき遺書があったという。
事務所を閉める時間になっても部屋から出てこず、返事もなかったため、何かあったのではないかと不安に駈られた秘書──イザヤ・アンダーソンはドアに体当たりをして部屋へと入った。すると、密室で首を吊っていたというわけだ。
ただ、イザヤには気になる点があった。
まず一つはデービットには自殺の動機がなかったこと。一つは遺書の筆跡が本人のものとは微妙に違って見えたこと。そして、最後の一つは遺書の内容──民放テレビ局との癒着に罪悪感を覚えて──が事実と相違していたこと。
これらから何者かが何らかの手段を用いて密室殺人を実行したのだと直感的に理解したそうだ。
ただ、ここで問題なのは警察実務上の傾向だ。
つまり、
「このままではデービット先生は自殺として処理されてしまいます」
イザヤは悔しそうに顔を歪めて、そう吐き出した。
「あー、まぁ、たしかにその可能性は高いっすね」俺も頷かざるを得ない。
この世界の犯罪捜査では、密室の首吊り、さらに遺書と来ればほとんど自動的に自殺とみなされてしまうのだ。ミステリー小説では、頭のおかしい探偵がちんこをおっ
だが、現場の状況は明らかに他殺だと物語っている。だからこそイザヤは警察に通報する前に俺のところに来た。
「あなたの噂は聞いています」イザヤは真剣な眼差しで言う。「『星持ちプロハンター以上の実力の少年がいる』。真しやかにささやかれているのを以前耳にしました。あなたと同じ、右目の泣き黒子が特徴的な黒目黒髪の少年です」
「……たまたまかもよ」
「いいえ。それはありえません」イザヤは確信しているようだった。
「なぜ?」
「わたしには分かるのですよ」イザヤは、からくりは分かりませんが、と置き、
「わたしには、人間の命の値段が見えるのです」
と言い放った。
「!?」ポーカーフェイスとは程遠い俺は驚愕に目を見開いた。
「普通の少年なら平均的な生涯年収程度の値段にしかなりません」しかし、とイザヤは続ける。「ハンツさんの値段は──」
「ちょっと待ったぁ!」俺は慌てて止めた。「そんなもん聞きたくないって。なんか自分の限界を知るみたいでやだ」
危ない危ない。人生のネタバレなんて御免
それにしても、命の値段が見える、か。発だとすると確実に特質系だな──発というのは念の必殺技みたいなもので、特質系や強化系などの六つのタイプに分かれている。
一つ試してみるか。
俺は顔の前で人差し指を立てて、オーラで『69』を形作った。普通の人ならオーラは見えないから数字も読めない。一方、念に覚醒しているならば読める。
だから、「何が見えますか?」と尋ねた。
「え?」イザヤは困惑を顔に浮かべた。「何が、とはどういう意味ですか?」
じっとイザヤの瞳を見つめる。黒目に揺れはない。瞳孔に不自然な点もない。身体から垂れ流されているオーラも変化なし──白だな。嘘はついていない。
つまり、イザヤは念に完全には覚醒していないが、何らかの要素により発だけは使える状態ということだ。特質系の能力者にはしばしば起こりうる現象だ。俺もそうだったから親近感が湧くよ。
ふっと視線を緩め、指を下ろす。
「依頼内容を確認したい」
俺がそう言うと、イザヤは幾分かほっとしたような表情を見せた。「依頼内容は、先生の自殺の真相を突き止めて、テレビ局との癒着などというありもしない汚名を被せてきた輩に報復することです」
まぁそう来るよね。正式な何でも屋としての初仕事にしてはなかなかめんどくさいが、いいよ。やってやろうじゃん。命の値段が見えるなんてかなりおもしろいし、何より政界とのコネクションになるかもしれないしな。
「分かった。その依頼、何でも屋ハンツに任せてくれ」
デービットの事務所に赴くと、金髪の巨乳美女が俺たちを出迎えた。が、彼女──エリーはイザヤの奥さんらしかった。信じられなかった。
というやり取りを経て、死体も何もかもそのままの現場に入った俺は、まずは内開きのドアに着目した。
「これは……」
俺の呟きにイザヤが反応する。「何か分かりましたか?」
「いや、大したことじゃあないんだが」と断ってから説明する。「このドア、床との間に一センチほど隙間が空いてるよね? で、このドアの鍵は心棒をスライドさせるタイプの簡素なものだ」
公衆トイレでよくあるタイプのドアが近いだろう。
「このタイプのドアだと、〈針と糸の密室トリック〉が使えるんだ」
「何です、それ?」イザヤが首を傾げる。
「めんどくさいミステリー談義は抜きにして具体的に説明するよ。心棒横の壁に刺した針に糸を通す。そして糸の先にくくりつけたピンセットなどで心棒を挟み込み固定する。その状態で下の隙間から糸が外に出るようにしてドアを閉める。で、外から糸を引くと、壁に刺した針の方向に心棒が引っ張られ、スライドして鍵が掛かる。そして、更に引っ張ると針が外れ、ピンセットが下方向に引っ張られる。結果、ピンセットは外れ、ドアの下の隙間から回収することができる」
「!」イザヤが驚いた表情を見せる。「それではやはり……!」
「ああ」頷いてから室内の壁に空いた小さな穴を指差す。「この穴がおそらくそうだろう。真犯人はちんぽ……陳腐な物理トリックを使って密室を作った可能性が高い」
次は、気になっていた首の
「遺体を下ろしてもいいか?」一応、確認する。
「ええ。大丈夫です」そう言ったイザヤは、デービットの椅子を部屋の中央──遺体の横まで持ってきた。「わたしがやりましょうか?」
「いや、いい。俺がやる。イザヤさんは椅子を押さえててくれ」
「分かりました」
椅子の上に立って左手でデービットの遺体の服を掴み、手刀の形にした右手にオーラをまとわせ、紐に向かって振るう。何の抵抗もなく紐が切断された──オーラには身体強化という使い方もある。
「っ」またもイザヤが驚く。
そんなことではこの世界で生きていけないんじゃないか、と心配になる。
遺体を床に寝かせて首の索状痕を見る。
索状痕というのは、要するに首を締めた痕のことだ。これの形状から分かることがあるのだ。
首を一周するように赤紫色の、
遺体の手を確認すると、爪に血液と肌色の微細な欠片が付着していた。
ここまで他殺を示す状況証拠が揃っていると、とてもじゃないが自殺とは考えられない。
「イザヤさん」俺は真剣な声音で依頼人の名を口にした。「デービットさんは他殺です。これは間違いない」
「……はい」イザヤは神妙な面持ちで頷いた。
「そこで質問なんだけど、デービットさんがテレビ局との癒着を公表するような形で自殺することで得をする人物や法人に心当たりがあったりしない?」
顎に手を当てたイザヤはややあってから手を下ろし、口を開いた。「はっきり申し上げて、一人や二人ではありません。政治家という商売は限られた
そうか、とささやくように応じた。じゃあどうしようか、と僅かな間、沈思黙考し、結論を出した。
不安そうにしているイザヤに、にやりと不敵な笑みを見せてやると、彼は戸惑ったような声を発した。「な、何か?」
「デービットさんが死亡したことを知ってるのは、イザヤさんと奥さんのエリーさんだけなんだよね?」
「ええ。警察に連絡されたくなかったので信用できるエリーにしか話していません。ほかの職員には『今日は内密にすべき特別な来客があるから事務所には来ないように』と伝えています」
流石、インテリ眼鏡はやることが違うぜ。
「ファインプレーだ」
「はぁ、そうですか」イザヤは頼りない相づちを打った。
しかし構わずに続ける。「作戦は決まった。名付けて、〈デービットさんは今日も元気に乱交パーティーに興じてる作戦〉だ!」
「──はぁ?」イザヤのすっとんきょうな声が、静かな事務所に響き渡った。