──下院議員のデービット・ガルシア氏、何者かの襲撃を受けるも、プロハンターの特殊な治療により一命を取り留める。
このニュースが夕刊や夕方のネットニュースに掲載された。懇意にしている某総合病院のVIPルームで、気に入った看護師を相手にハッスルしているとかいないとかいう噂も流れている。
夜の九時過ぎ、俺は一人でその総合病院のVIPルームにいた。内装は高級ホテルと
頭おかしいわ。俺の八畳のワンルームがいかに貧乏人用の部屋であるかがよく分かって悲しくなるよ。
ベッドサイドのテーブルには〈各種サービス〉と銘打った冊子が置いてある。いろいろと魅力的な(性的)サービスがあるようだが、俺の目的はこれではない。いや、広い意味で捉えたら間違いではないのだけども、とにかく直近の目的は違うのだ。
ふかふかのベッドに腰を下ろす。
〈デービットさんは今日も元気に乱交パーティーに興じてる作戦〉とは、簡単に言えば暗殺者ホイホイである。
デービットさんの死亡が定かではないと思わせる状況を作り出し、暗殺者の追撃を誘い、待ち伏せした俺がそれを返り討ちにしてやろうというのだ。
いろいろとお粗末な偽装工作であったとはいえ、警察に自殺認定をさせるには十分な犯行であったことからそういった裏の仕事を生業とする人間の仕業と読んだ俺は考えた。
そういう人間が暗殺に失敗したとなれば信用問題になる。つまりは、今後の仕事、収入に影響が出る。裏家業の人間にとって信用とは堅気のそれよりも重い意味を持つことが往々にしてあるのだ。〈失敗=死〉又は〈失敗=死よりも苦しい生き地獄〉という状況が頻繁に形成される世界だからこそ、結果だけがシビアに求められる。そして、一度失った信用はそうそう取り戻せない。
となれば、だ。
何者かに依頼されていた暗殺者は速やかにデービットの死を確実なものにしようと──ニュースが罠である可能性に半ば気づいていたとしても──このVIPルームを訪れざるを得ないはずなんだ。
太もものレッグホルスターに収まる相棒をそっと撫でる。
今夜も頼むぜ。
──しょうがない人ね。わたしがいないと本当に何にもできないんだから。
とでも言うかのように妖しくオーラが揺らめいた──オーラは物に宿ることもあるのだ。
そして、一時間が経過し、一時間半、二時間と退屈な時間を過ごして、気がつけば深夜の十二時になっていた。
暇だから一発抜いておくか、とベルトに手を掛けた──次の瞬間、滅多にお目にかかれない濃密なオーラが唐突にドアの向こう側に出現した。ドア越しでも分かる鋭く刺すようなオーラ。
どうやらお客さんが来たようだ。出迎えてあげなきゃな、と挑発がてら体内にあるオーラを
ドアが弾け飛んだ。敵が強烈な蹴りでぶち破ったんだ。
そこには一人の美女がいた。後頭部やや高めの位置で結られたピンク寄りの妖艶な紫の髪。薄手の生地で作られた露出の多い和服。そして、勝ち気な瞳。
幻影旅団──強キャラ仲良し盗賊団──のNo.3、マチ・コマチネその人だ。
「あんたね、妙な噂を流したのは」マチは開口一番そう言って非難の眼差しを向けてきた。
「そういう君はデービットさんを絞殺
「はんっ」マチは鼻を鳴らした。「知らないね。妄想でも植え付けられたんじゃないかい?」
ちらりと壁際の床に視線を送る。〈
まるで糸で絞められたかのように細い形状の索状痕を見た時から、もしや、と思っていた。わざわざ糸を使って
舌打ちが聞こえた。「どうやら間抜けではないようね」
「初見の相手には
もちろん嘘だ。ちなみに、〈凝〉は身体の一部にオーラを集める技術だ。目に集めると〈隠〉を見破れる。
「戯れ言を!」マチは眉を吊り上げた。「あんた凝なんてしてないじゃないか!」
ご名答。俺のオーラ量ならばただオーラを練り上げて全身に留めるだけで、全身に凝をしているのと類似の状態になる。神様印のチートに慢心せずに性欲を──性欲を我慢して鍛え続けてきた成果だ! 性欲を! 我慢した!! 成果だぁ!!!
「あたしの勘がね、『今すぐ逃げろ! 早く逃げろ!』ってうるさいんだよ。あんた、いったい何者だい?」
なんだ。なかなか襲ってこないな、と思ったら、なんてことはない。ただ単にビビってただけか。攻撃的な口調はその裏返しかね。かわいいじゃん。
知らず知らず口角が弧を描いていた。
マチが再度舌打ちをした。「こっちにも事情があるんだよ。おとなしくあのじいさんを出しな」それとも、とマチは身を屈め、臨戦態勢に入った。「やっぱり全部嘘なのかい?」
「さぁ? 教えると──」思う? と言い切る前にマチは超人そのものの跳躍により一歩で肉薄してきた。
「死ね」
華麗なステップを踏んだマチの回し蹴りが炸裂するも、最小限の動きで回避。いくら直接戦闘の苦手な特質系といっても、規格外のオーラ量を以てすればこのくらいの芸当は可能だ。
次いで放たれる念糸のシャワーも、複雑な軌道を描きつつ回避することで、絡まらせて無力化させる。
「くそっ」悪態をついたマチが腕を振ると糸の巻きついた調度品が宙を舞い、俺に殺到する。
幾らするんだろうなぁ、と思いながら拳打で粉砕する。まるで爆発でもしたかのような破裂音。
「こっちからも行くよ」
そう言ってレッグホルスターから一本のナイフを抜き取った。ゲームの中から飛び出してきたような奇抜なデザインながら凶悪なオーラをまとったこのナイフは、〈ベンズナイフ〉と呼ばれている。マニアが見れば中期型であるとすぐに見抜けるだろう。
瞬く間に接近し、右手でナイフを突き出す──と見せかけて左手でボディブローをお見舞いする。
「っ!」咄嗟に腹部にオーラを集めて防御力を上げたようだが、衝撃は殺し切れない。ピンポン玉のように勢いよくぶっ飛び、壁に衝突。いかにも「高名な画家による名画です!」という趣の絵が粉々に砕け散った。
「かっは……!」むせ込むように息を吐き出したマチは、床に落ち、膝を突いた。肩で息をしている。相当なダメージだったようだ。あるいは、今まで全力も全力、ありったけのオーラを使って動いていたのかもしれない。
ゆっくりとマチに近づく。
彼女の戦意は未だ火をともしている。だが、覚ってもいるはずだ。この条件下では俺には勝てない、と。
だから、「降参してくんない?」と俺は尋ねた。
「ふざけんなっ」
しかし、へこたれない。辛い修行で培った精神力は並ではないのだ。
「俺の要求は二つ。一つ目。デービットを殺すよう依頼した人物の情報を寄越せ」
「寝言は寝て言いなっ」絶望的状況にもかかわらず、マチは強気な態度を崩そうとしない。
「……」
違和感があるな。
怖いもの知らずの仲良しヤンチャグループである幻影旅団が、こんなつまらない依頼を受けることも不自然だが、明らかに不利な状況なのにその依頼人を庇うような言動をするだろうか。
基本的にはしないよな。自分たち以外は利用し、遊び、壊すための道具だと考えるような連中だ。
しかし、スラム育ちとは思えないマチのきれいな顔を眺めていると、ふと思い当たることがあった。「あー、そっか」と、つい洩らしてしまった。
マチの視線が鋭さを増した。
「流星街関係? そこの長老だっけ? そういうレベルで何かある感じ? A級賞金首なのにやってることは使い捨ての鉄砲玉みたいだね」
「……あたしが蜘蛛だって、すぅ、知ってるみたいだね」
蜘蛛──幻影旅団はしばしばこのように呼ばれる。
「まぁね。俺も手広くやってるんで。噂はかねがねってな」
「あたしの発に対して何のリアクションもしてなかったから、すぅ、おかしいとは思ってた。ふぅ、実力差からナメられてるだけかとも考えたけど、すぅ、違ったみたいだね」合間合間に喘ぐような息継ぎを挟みながらマチは言った。
もしかしたら肺にもダメージがいっているのかもしれない。
「話してくれないか」膝を突くマチに目線を合わせるために俺もしゃがみ込む。「できれば手荒な真似はしたくない」
「はんっ」マチは嘲るように息を吐き出した。「随分と優しいじゃないか。すぅ、いったい何が狙いだ──」
「付き合ってください」
「……は?」鳩が豆鉄砲を食ったような、とはまさに今のマチのことだろう。
「だから、好きだから付き合ってって言ってんの。これが二つ目の要求ね」どぅーゆーあんだーすたん?
「──身体が目的ってことかい? すぅ、いやでも、そんなの勝手にレイプでも何でもすればいいだけだし、すぅ、意味が分からない……」マチはぶつぶつと独り言を呟いている。
「もちろん身体も欲しいけど、それだけじゃなくて全部」
マチは、「──ぜんぶだぁ?」と語尾を上げた。
「そう。君の全部が欲しいの」
「何言ってんだ、あんた」
「君のご自慢の勘は何て言ってる?」
「……」マチは黙り込んでしまった。
急かさず待っていると、マチはおもむろに口を開いた。「あんたの女になることで、すぅ、どんなメリットがある?」
「どんな事情があるか知らないが、悪いようにはしない」つーか、「そんなことを訊くってことは迷ってるってことだよな?」
「……」マチが複雑そうな表情を見せた。
たぶん、女の大好きな、現実的で打算的なことを考えているんだろう。
たっぷり一分は経ってからマチは大きな大きな溜め息をついた。どことなく母性のようなものを感じさせるとてもいい溜め息だ。
「分かった。あんたの好きにしな」
「おっしゃ! やったぜ!」俺ははしゃぎ、そして、マチの隣に腰を下ろした。
「今からヤるのかい?」マチは感情を窺わせないそっけない口調で尋ねてきた。
「ヤりたいの山々だけど、今は怪我してるみたいだからやめとく」
「あんたのせいなんだけど」
都合の悪いことを言われたら論点をずらせってばっちゃが言っていたので、「ところで!」と殊更に大きな声で言う。「マチの事情ってのを教えてよ」
「……名前も知ってるのね」じとっとした目を向けてきた。
窮鼠の一策は失敗に終わってしまったようだ。「あははは」と笑って誤魔化す──誤魔化せているかは不明だ。
「はぁ」再び疲れたように溜め息をついたマチは、どうやら話す気になってくれたらしく、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。