キールのダンジョンをアクアと攻略した俺は何とも言えない気分で酒場でぼんやりとしていた。
身分違いの愛の逃避行、その顛末を聞いて、俺は良いなぁと羨ましい気持ちを抱いた。
あの様子だと幸せな大往生を迎えたに違いない。
そんな相手、俺にもできるだろうか。そんな事を思ってしまう。
今思えばあの幼馴染との関係はBSS、僕が先に好きだったのに、みたいな浅いものだったように思える。
好きな人、そう思い描いて脳裏に浮かぶのは……おんおんさんの笑顔だった。
「……待て待て俺。また同じ事やらかそうとしてないか? 俺に優しくしてくれた人を好きだと勘違いしてないか?」
そんな自問自答を呟いて項垂れてしまう。
今の俺には幼馴染に抱いていた想いが恋心だったのか分かりはしなかった。
結局俺は非モテの陰キャ童貞に過ぎないのだと改めて思うのだった。
……けれど、あの頃と同じかと言うと違う気がするんだよな。
きっかけはおんおんさんを守るだけの力が欲しいって理由だったが、今はランニングや筋トレをして自分の成長に繋がってるのを感じている。
頑張っているカズマくんは格好良いよ、か。
現金な話だが、浮かれてしまっているんだろうな俺は。
「よぉ、カズマ。なーに辛気臭い顔してんだよ」
「……ダストか。ちょっと感傷に浸ってただけだよ」
「嘘つけ、絶対女関連だろ」
「なんで分かるんだよ、キモいな」
「はんっ、女の居るパーティのあるあるなんだよ。どうせおんおんさんに惚れちまったんだろお前」
「は? なんで分かっ、お前ぇ!?」
こいつこっちの反応見てから笑いやがった。
十中八九カマかけじゃねーか。くそ、面倒な奴に知られちまった。
「てめぇ、人を揶揄ってる隙があるならリーン口説いてからにしろや」
「はぁー!? 余計なお世話なん、てめぇ!?」
意趣返しにやり返したら当たってしまったようだ。
やはり俺は運が良いな。これでイーヴンだ。
お互いに言葉の剣を首に突き付けているもんだ。
……くっだらないことしてるな、と正気に返り溜息を吐く。
ダストも似たような事を考えていたのか同じタイミングで溜息を吐いた。
「「……はぁ」」
「おーけー、無駄な争いは止めよう」
「……だな。無駄に疲れたぜ」
ダストが隣に座り、シュワシュワを頼んで一息吐いた。
「まぁ、悩みは分かるぜ。好きな女の事を考えながらサキュバス店に行くのが疚しく感じるんだろ?」
「って事はダストもか?」
「……へへっ、言うまでも無いな。カズマ、一つアドバイスをくれてやる。現実で童貞捨てるまでは夢の中で挿入しない方が良い」
「と、言うと?」
「仮に恋が実った時としてだ、比較、しちまうぞ」
「!?」
ダストの言葉に雷撃を食らったかのような衝撃を受ける。
お前、既にリーンと致してんの!?
俺の疑問を察したのだろう、シュワシュワで口を潤したダストが遠い目で語る。
「……売り言葉に買い言葉って感じでな。童貞童貞うるせぇからお前で卒業してやろうかって酒の席で宣ってその流れで……。けどあいつ泥酔してたのか憶えて無いでやんの」
「……泣いて良いぞ」
「下手な慰めは止めろ。で、だ。落ち込んでる時にギースにあの店を教えて貰った訳よ。夢で抱いて、気がついちまったんだ。夢の方が気持ちいい、いや、気持ち良すぎたんだ。……んで、一気に冷めた訳よ。何言ってんだ俺、ってな」
「それでさっきの助言か」
「おうよ、割とガチだぞ。だから、その日から俺は本番無しで抜いてる。できるだけリーンらしさのある感じでな」
「そっか……。ありがとうな、参考にするよ」
「あぁ、そうしてくれ。恥晒した甲斐はあったみたいだしな」
なんだかんだこの屑と距離を置かないのはこう言う一面を知っているからだ。
にしても、マジで脱童貞してたのな。いやまぁ、チラチラ見える地の良さと言うか、厳格な下地があった雰囲気を偶に見ているので良い奴ではあるんだよなこいつ。
ただ、羽目の外し方が下手くそと言うかガキ大将めいた子供染みさが浮き彫りになってるから屑って言われるんだよなぁ。
シュワシュワを口にして喉まで上がってきていた悪態を飲み込む。流石に助言貰って扱き下ろすのもアレだしな。
「で、店にはあれから通ってんのか?」
「ん、いや、あの一回だけだな。今は鍛えるために色々しててムラムラはしてない日が多くてさ」
「ふーん、まぁ、おんおんさんを狙ってるなら当然の事だよな。元々凄かったけどベルディアの一件で名声も得ちゃったからな」
「だよなぁ。ほんと凄いよな。あんなに身体ちっちゃいのに、近所の気安いお姉さんのようにフォローもしてくれて、冒険者としての実力もあって……。はぁ、高嶺の華だよなぁ」
「ちげぇねぇ。でも惚れちまったんだろ?」
「……まぁ、な。けどまぁ、相手にされてないって感じはするんだよなぁ」
俺の言葉にダストは苦笑しながら肩を叩いてきた。
気持ちは分かるが止めろや、シュワシュワが溢れるだろうが。
まぁ、実際遊ばれている感じはある。弄ばれていると言うよりも、姉が弟を気にかけるような揶揄いが強い。
相談等はしてくれるがスキンシップは無いし、俺よかめぐみんに、……いや、ダクネス、だよなぁ。
明らかに最近二人の近さ、物理的にも精神的にも近いんだよなぁ。
ダクネスも以前の奇行めいたドMムーブをしなくなって、然も清廉潔白な騎士みたいな落ち着きを見せているし。
少し話題にしてみたら、若気の至りだ、だなんて澄まし顔で返されたしな。絶対何かあったろお前ぇ……。
「まぁ、そんな事だろうとは思ったぜ。おんおんさんに男っ気全く無いからな。王都から来たらしいイケメンソードマスターの話題も、ふーんあっそ、みたいな感じで割とガチめに興味なさげだったぜ」
「……なぁ、ダスト。まさかとは思うんだがさ」
「ん?」
「おんおんさんって女性の方が好きなんじゃね?」
「……一理あるなぁ。男性嫌いって訳じゃないし、イケメンにもフツメンにも興味が無くて、何かに必死になって向こう見ずって訳でも無く……。んー、後は年齢じゃねーの? まだ十三歳な訳だし」
「あの人勇者候補だから精神年齢は俺より上だぞ」
「マジでか。って勇者候補って何だよ? 聞いた事ねぇけど」
え、そうなの? てっきり勇者候補って代名詞は世間に知られていると思ってたんだが。
……いや、ダストだしなぁ。自分よりも凄い奴と言う括りで食わず嫌いのように聞き逃した可能性は高いな。
「勇者候補ってのは異世界からこの世界に転生してきた奴の事を言うらしいぞ。死んだ後にこっちで蘇生して貰う形でな」
「ふーん、って事は一度死んでるのか。……ん? でもおんおんさん紅魔族じゃねーか。勇者候補じゃなくね?」
「俺も初めはそう思ってたんだけど、それにしては日本の事を知り過ぎだし、人生経験も豊富な感じで、転生特典も持ってるんだよな。本人曰く、天使を言い包めて一から転生させて貰ったらしいんだが……」
口にしていて考えが浮かんでしまい歯切れの悪い切り方をしてしまった。
ふと気が付いてしまった。おんおんさんの前世の性別を聞いてない事に。
世の中には色々な転生のジャンルがあるのだが、その一つにそれはある。
……TS転生、トランスセクシャル、つまりは性転換して転生する人気のジャンルだ。
そして、そうなってしまった主人公は元男と言う一面から男心に理解のあるムーブを取る事が多く、完全に女性として生きるパターンは案外少ない。
そんな主人公が取る行動と言えば、魅力的なヒロインとの百合である。そう、女の子同士のイチャイチャである。
男なんざ添え物以下、脇役どころか土台にすらならない。百合に挟まろうとする野郎は死ぬ運命にあるくらいだ。
「おい、カズマ? 気になるだろ最後まで言えよ」
「……もしかすると、かつてのおんおんさんは男性だったかもしれない」
「はぁー? あー……、成る程? 一から産まれ直してるからか? 別に問題無いだろ、おんおんさん女の子なんだから」
「へ? でも心は……」
「いや、考えてみろよカズマ。今のおんおんさんはスレンダーな美少女だ。誰もあの人を男性として扱ってないだろ。つまり、男性として振る舞ってねぇんだよ。例え、かつて男性だったかもしれねぇが、手術で男性から女性になった訳じゃねぇんだ。身体は立派に女性なんだよ、カズマ。と言う事は今のおんおんさんは女の子として生きていると言う事だ。分かるかカズマ。その差は大きいぞ」
「お、おぅ……。言われてみれば、男性として扱えとは言ってないもんな……。精神的BLって訳じゃねぇしなぁ」
「ビーエル?」
「ボーイズラブ、つまりは男性同士の恋愛の事だ」
「なんつーか、考え過ぎじゃねーの? 別に恋仲になった訳でもあるまいし、それ以前の関係だろうが」
「ぐふぅっ、そりゃそうだけどもよ……」
シャワシャワを飲み干してお代わりを貰う。
ダストの言葉に消沈していた気持ちが持ち上がる。落ち込んでいた気分が少しよくなり頭も回り始める。
「……さんきゅ、ダスト。ちょっと持ち直したわ」
「へっ、そりゃ良かったな。代わりと言っちゃなんだがカズマの食っておいたぜ。冷めるしな」
「うぉぉい!? 唐揚げ全滅してるじゃねーか!?」
「もっかい頼めば良いだろ」
この屑野郎……! ちっ、さっきのに免じて許してやるか。
追加のつまみが来るまでダストの野菜スティックを強奪しつつ、良い感じにほろ酔い気分で飲み続ける。
夕飯をおんおんさんが作ってくれているから食べ過ぎない程度にし、飲むのを増やすのがルーチンだ。
……よくよく考えてみれば好きな人の手料理を毎日食べられているんだよな。
若干感覚が麻痺してる気がするなぁ。料理の感想を伝えるとか、感謝を述べるとかしなきゃな。
ふぅ、今日はもう帰るか。ダストと割り勘してギルド前で別れ、家路につく。
酔いで火照った身体に肌寒い風が心地よい。ん、そこを曲がればサキュバス店か。
まぁ、こんなに飲んでるから行けないんだけどな。飲酒すると眠りが深過ぎて術が掛かり辛くなるみたいだ……し……?
俺は咄嗟に近くの樽の裏に隠れ、今見てしまったものを考えるべく思考を働かせる。
サキュバス店のある路地から出て来たその小柄な人物は外套を纏っていて姿を隠していた。
だが、小柄な人物が大通りに面した別の路地に入った後に、数秒後に普段の恰好をしたおんおんさんが現れたのだ。
理由は分からないがニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべていて、時折カードを見てはニマニマと表情を変えている。
……女性であるおんおんさんがサキュバス店で何をしてたんだ?
前に、こっそりと俺に屋敷に結界が貼られている事を教えてくれた事からあの店の存在を知っているようではあったが、それを知っていて店に出入りする理由は何かあったのだろうか。
……と言うか、地味にピンチなのではサキュバス店。女性に知られた訳だし……。
いや、さっきの生前男性説が正しいのであれば吹聴する気は無いのかもしれない。
……はぁ、少しだけ胸が痛い。多分、大きくなる前だったからこそ痛みが少ないんだろうな。
もしも、おんおんさんが本当に生前男性であったのなら、俺よりも長く生きた人である事から今も男性の精神性を持っている可能性は非常に高い。
そんな事を察せない俺ではない。今も男性に対してアピールもしないどころか、めぐみんやダクネスと言った女性と仲が良いあたり、きっと、そう言う事なのだろう。
「……ぐっばい、初恋。はぁ、良い夢、だったなぁ……」
諦めよう。俺が意識的に女性に恋をした経験はおんおんさんだけだった。だから、これは初恋だ。
初恋は実らない、そんなジンクスがあるくらいだ。
それに、世話になっているおんおんさんに付き纏って嫌な思いをさせるのは嫌だしな。
だから、あくまで憧れとして慕っておこう。……はぁ、元ヒキニートに恋は難しいな。
瞳から頬に掛けて零れる涙をそっと拭う。泣きながら帰って来たら変な勘違いされそうだ。
「おかえりカズマ! 夕ご飯できてるわよ! 早く席に着きなさいな!」
屋敷に帰り、二階の手摺りから上半身を乗り出して朗らかに出迎えてくれたアクアの無邪気な笑顔に少しだけ気分が晴れる。
ほんと、普段のポンコツさえなければ良い女なんだよなぁこいつ。
色気のいの字も無い奴だが、こういう時には丁度良い。
……前に買って来た少しお高めの酒でも一緒に飲むか、今日は飲んで忘れちまうのが良さそうだ。
アクアが居てくれて良かったな、本当に。
サブタイトルに内容の概要乗せ……
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る。(キャラ+番号+内容)
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ない。(キャラと番号のみ)