※この作品はR-18です。

双月の手繰る糸    作:紅月RIN

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第1話

此方は、朏の檻の別ルートの話です

 

那月の死後、新たに生まれ変わった前提での物語

ネタをくれた友人へのプレゼント

 

転生後の名前

 

神楽井 唯月 (かぐらい ゆづき)

 

若干暗い、グロい、人を選ぶ表現があります

閲覧の際はご注意下さい

 

 

 

やはり、あれだけの憎しみを抱えると、本当に身体の方に負担が掛かるのか

本懐を遂げることなく、私は全身にあるほぼ全ての内臓を悪くして、病死した

未練やら恨みやらが強かったせいか、所謂前世の記憶を持って、新たに生まれ変わったようだ

ここまでは那月としての記憶

現在は神楽井唯月の名で、新しい家族の元、私は幸せに暮らしている

生前、とても世話になったあの石切の叔父様の三男の娘として生まれ変わるなんて、思いもしなかった

縁とは不思議なものだ

叔父様いや、今はお祖父様と呼ぶべきか…

それとお祖母様と両親、兄と姉、そして私

因みに神楽井は私の母の姓である

ごく平凡だがとても裕福な家庭で育てられた

私は両親に似ていない

何故か生前と同じ顔、同じ髪と目の色をしている

物心ついた頃、お祖母様と遊んでいた時に、私は三条の家の今は亡き奥方に瓜ふたつだと、複雑な顔でそう言われたこともある

(実際、その亡くなった奥方の生まれ変わりだし)

思春期を迎えると、いよいよ隠しきれない程に似てきたので、お祖父様とお祖母様が2人でいる時に、この秘密を打ち明けた

大変驚かれたが、やはりそこは神職の家柄である

2人は何かできることがあれば、出来る限りの助力をすると約束してくれたのだ

アレへの復讐を諦めたつもりはない

ただ、人の命の関わること

自分の決意を決めるために、高校卒業後、無理を言って2年だけ、アメリカへ渡り軍の外国人部隊に所属させて貰った

どう変わるという訳でもない

ただ命のやり取りをする現場にいれば、見えるものもあるかもしれない

そんな気持ちからだった

まぁ、2年のはずが任務中の足の怪我で退職する羽目になり、1年で日本に帰ってきてしまったが…

まだ19歳でプラプラと遊んでいたくはない

仕事を探そうと動いていた時に、お祖父様から、三条の家で使用人を数名募集しているので、もしやりたいことがないなら行ってみてはどうかと、そんな話を貰ったのだ

…あれから20年経っている

旦那様のその後のことも気になるし、前の自分の死後、あの家がどうなっているのかも知りたい

興味もあり、怖くもあり、そうして私はお祖父様からの紹介状を持って、懐かしい三条の家を再び訪ねた

「こんにちは、私、神楽井唯月と申します

石切の祖父からの紹介で、此方に伺ったのですが…」

玄関先に控えている執事さんに、お祖父様に持たされた紹介状を渡す

「…失礼致しました、お名前は存じ上げております、しかし・・表に出る使用人として、貴女を雇う訳には参りません

ですが裏方、お茶を入れたり、坊ちゃま方のお話相手としてなら、このお屋敷に迎え入れる準備があります」

私の顔を見るなり、執事さんは顔を強張らせた

それでも裏方なら、私を雇ってくれると言う

「あの、裏方のお仕事は他に何がありますか?」

せっかく働きに来たのだから、前のような奥様生活以外のことをしてみたい

「他には水仕事などありますが、貴女には個室を差し上げますので、その部屋で自由にお過ごし下さい

別に世話係も付けます、出来ましたら、余り外を出歩かれないよう、お願いします」

「それは、私が先の奥様に似ているから、でしょうか?」

お祖母様がそう言っていたと伝えたら、執事さんは重々しく頷く

「左様です、貴女は本当に亡き奥様にそっくりだ…」

「すみませんが、此方にまだ珠希さんはいらっしゃいますか?

世話係をもし選べるのでしたら、その方にお願いしたいのですが…」

「…はい、今もおりますよ・・貴女は彼女をご存じなのですか?」

前の時、自分の世話役筆頭をしていた女性の名前を呼ぶと、ますます怪訝な顔で此方を見てくる

「ええ、随分前にお世話になりましたので・・」

「かしこまりました・・ではそのように致します」

「ありがとうございます、今日は荷物を持ってきていないので、1度帰宅してもよろしいでしょうか?」

まさか即日OKだとは思っておらず、荷物などは持ってきていなかった

「では車をご用意致します、戻られる際には、貴女の身の回りの荷物だけを持ってきて下されば結構です」

「いえ、歩いても帰れる距離ですから・・・」

「道中、貴女に何かあっては石切の大旦那様にも面目ない・・どうか車でお戻り下さい」

そこまで言われては、此方も申し出を無碍にも出来ない

ありがたく、用意された車で1度自宅へ戻る

「あの方は・・・いや、そんなはずは・・奥様は20年前亡くなられた・・それは間違いない・・」

困惑した執事さんが、ぽつっとそんなことを呟いているとも知らず、私は窓から流れる景色をじっと見ていた

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都内の高級住宅街の一角にある自宅の一室で、身の回りの物を吟味する

着替え、お気に入りの本、書道の道具、茶道の道具、ノートパソコン、あと大太刀

もう1つ前から好きで、たまに焚いている白檀のお香

スーツケースを右手に、パソコンケースを肩に、刀を左手に持って、再び車へ戻った

足りないなら通販なり、休みに買いに行けばいい

まさか以前と同じ部屋ではあるまい、今度はどこになるのだろうと、気にしている内に到着は近い

立派な屋根付きの、表門が見えてくれば三条の本邸はもうすぐそこだ

運転手さんがドアを開けると、先程の執事さんと記憶にあるより、少し年を取った彼女が出迎えてくれる

「ただいま戻りました、それとお久しぶりです、珠希さん」

「おかえりなさいませ・・奥様・・ではないですね・・ええと・・」

やっぱり珠希さんも困惑しきりなので、改めて名乗った

「初めまして、神楽井唯月です、もう奥様ではないので、呼び捨てで構いませんよ

これからは使用人ですし、新入りですから」

「呼び捨てなど滅相もございません、では唯月さんとお呼びしますね」

「はい、それでお願いします・・ところで部屋はどうなります?

前と同じ部屋ではないですよね?」

また2人揃って困惑している、というか何故知ってるといった顔だ

「実はそこに用意しようとしておりましたが、何か不都合でも?」

「いや、私もう奥様じゃありませんし、ではそれ以外で適当に空いている部屋を用意して貰えますか?

出来れば、離れのどこかでお願いします」

「かしこまりました」

ちょっとこの後、珠希さんにだけは事実を話さないといけないので、普段から人のいない離れの部屋を頼んだ

「・・・旦那様はいらっしゃるのですか?」

「いえ、本日から1週間、京都へお仕事に行かれています」

「そうですか・・・」

まだ動揺と困惑、昔の面影を自分に重ねているようで、2人とも表情は硬い

珠希さんと執事さんに手伝って貰いながら、裏庭から回って離れへ荷物を運びこむ

日本刀を見た瞬間に、やはり珠希さんは私の正体を探るように、複雑そうで悲し気な表情をしながら私を見た

「貴女は、誰なのですか?」

「後程、お2人には話します、ですが私は神楽井唯月、それ以外の何者でもありません

貴方方の知る、三条流家元夫人の那月は20年前に死にました

それだけは間違えないで下さい

そして、今ここにいる私は過去の遺物であるとも

私は、皆さんが過去に囚われることは望みません、旦那様も、貴方方もです

私は私のすべきことのために、ここに来ました

それが済めば、消えます・・申し訳ないですが少しだけ我慢して下さい」

「っ・・・奥様?それはどういう意味なのです・・消えるなんて・・」

私は答える代わりに口唇に指を当てた

なおも何かを言いたそうな彼らを背にして、私はスーツケースと刀を持ち離れへ歩き出す

「お部屋は此方になります、また後程、他の小物などをお持ちしますので、暫くお休み下さい」

案内されたのは離れでも特に眺めの良い部屋で、ここからはもうじき花が咲いて、満開になるだろう桜の木々や白、赤、黄色、紫、青、色とりどりの花や緑が咲く庭が見えた

約20畳ほどある部屋は縦長に広く、中ほどに箪笥があり、寝室と生活スペースを仕切る襖はない

床の間には福寿と書かれた書が一幅、ちゃぶ台がひとつに紺色の座布団が3枚

白と茶で統一された室内、違い棚には青磁の壺が2つ乗っている

スーツケースから着替えを出し、小さな箪笥の中に収め、刀を床の間に置く

白に小花模様の香炉とお香は箪笥の上、少し考えてから違い棚の壺を降ろして本と書とお茶の道具を置いた

ノートパソコンはケースごと箪笥の横に置いてある

そよ、と吹き込む春の風は優しく長い髪を梳いていく

馨しい花の香りは鼻腔を擽り、午後の日差しはとても暖かい

することもなくなり座布団に座っていると、珠希さんがお茶を運んできた

その後ろに執事さんが続いて、布団一式と、お風呂用タオルや洗面器、歯ブラシのセット、画材や裁縫道具などを持っている人達がさらに後ろに並んでいる

その中には、前の時の世話役だった女性もいて、私を見てひどく驚いた顔をしていた

「唯月さん、お茶にしましょう・・必要な物は此方でご用意しましたが、まだ何か必要な物があればすぐに取り寄せます」

そう言ってちゃぶ台にポット、急須、湯呑が3つ、茶筒、落雁と羊羹が置かれる

私も立ち上がって、布団一式を受け取ると部屋の奥に置き、画材や裁縫道具は一先ず箪笥の空いている段に入れた

お風呂用品はとりあえず違い棚の隙間へ入れる

それらを受け取り終えて、執事さんと珠希さんだけを残し、後の人は全員退出して貰う

「お待たせしました、お茶は私が淹れますね・・・」

念のため襖を閉め、周囲に人がいないか確認してから2人に向き直る

均等にお茶を注ぎ、それぞれに手渡すとゆっくり口を開いた

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「まずお2人とも、薄々感じているとは思いますが、私は那月の生まれ変わりです

前世の記憶を持ったまま、神楽井唯月として暮らしています」

「やっぱり・・では私共のことも覚えていらっしゃるのですね?」

「勿論です、あれだけお世話になったんですもの、忘れるはずがありません

ただ、昔の喋り方と混ざってしまうのはすみません、これだけは治らないので・・・」

2人はやはりと納得した顔をしている

「ここに来る前はアメリカ軍に1年勤めていましてね、家族に無理を言って2年という期限付きで働いていましたが、足の怪我でその前に退職することになりました

日本に帰国後仕事を探していた時に、祖父が此方で使用人を募集しているから、行ってみてはどうかと勧められまして・・

それで今日、此方に伺ったんです

ちょうど、私の目的もありましたし」

「そうでしたか、それで唯月様の目的とは?」

執事さんには、これを伝えておかなくてはならないだろう

「那月であった時の、元婚約者に今度こそ自分の手で復讐をします

とはいっても、前の私が死んで20年経っています、行動するにしても情報を集めないと何もできませんから

執事さんは、旦那様に報告する義務がありますから、今聞いたままを報告して下さって構いません

ただ目的のことだけは、決して言わないで下さい

もし辛いことを聞いたらごめんなさいね

あれから、旦那様はどうなったのか教えて欲しいんです」

「あの元婚約者は、奥様の亡くなった後に1度結婚しています、そして娘さんが1人いるのですが、彼女は今、この三条の家に住んでいます

それと・・那月様と同じ髪の色の女性が、旦那様の愛人としてお傍に付いていますね・・しかしその娘さんは・・まるで旦那様の復讐の道具にされているようで、見ていられません・・」

「つまり、旦那様は20年も私の影を追い続けているのですね・・・これは早くしなければ・・

それにしてもあのクズ、結婚なんてできたのね・・もし生きていたら結婚だってさせない、子供も作らせないって思っていたのに」

言い辛そうに言葉を紡ぐ執事さんに、私はちょっとだけ後悔した

「旦那様には今奥様はおりません、那月様が亡き後、全てをお知りになりました・・・

それから、人が変わったようにずっと復讐に駆り立てられているのです」

珠希さんも、あの優しかった旦那様が・・と寂しそうな顔で嘆く

「なおさら私が長居する訳にはいきませんね・・元より今は後妻に収まるつもりもありませんけど」

「目的を果たされた後は、どうなさるおつもりですか?」

「ああ、自分の始末は自分で付けます・・その後は・・どうしましょうかね・・」

とりあえず暇を貰って速やかに消えるつもりだ

「それは、ご自分の命を絶たれるという意味ですか・・?」

「さぁ・・?それでも人を殺めるということは、自分もその痛みを背負うということだと思ってますから」

最初、人を殺める行為がとても恐ろしかった

泣きながら詫びて引き金を引いた

命の温もりをこの手で奪う度、心に風穴が開いた

返り血に塗れた手を見たら、酷く心の奥が痛んだ

憎しみで目の前が赤く染まって、胸の中に焼けた刃を突き入れられるようだ

ただ同時に頭の中がすっと冷えて、唐突に理解した

その答えを得た時、もう今度は失敗しないと確信した

「今の私なら、例え何を見ようと絶望したりしません、心配しないで珠希さん」

そう、答えは得た

傍らに旦那様がいなくとも、私はもう独りで立っていられる

「執事さん、私はここにいる間、旦那様には1度も会いません

お戻りになられたら、この手紙を渡してくれますか

私の今の名前といる場所は明かさず、報告だけお願いします」

「かしこまりました、唯月様」

私は席を立って、箪笥から筆記用具と手紙セットを出し、そのまま箪笥の上で文面を認める

・・それに私のせいで、旦那様が変わってしまったなら、もう会うべきではない

余計に苦しめるだけだ

小さな便箋1枚の手紙に、香の匂いを移した紙の桜も一緒に封筒に入れて手渡した

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side三日月宗近

 

貴方の知る、那月は20年前に死にました

そして、今ここにいる私は過去の遺物です

私は、旦那様が過去に囚われることは望みません

私は私のすべきことのために、ここに来ました

それが済めば、すぐに消えますからあと少しだけ我慢して下さい

長い間苦しめてごめんなさい

私が消えたら、どうか昔の貴方に戻って幸せになって下さい

それが私の最後の望みです

 

ふわりと薫る香の匂いは昔の記憶を呼び覚ます

手跡を見た時、思わず目を疑った

かつて最愛の妻がそうしたように、憎しみと悲しみを身体の奥で燃やし続けて、アレに連なる者は全て傷付けて壊して

それでも埋まらない心の虚を、ひとかけらだけ似ている女で満たせども空しく

間違いなくこれは妻の書いた手紙

それなのに、この文面は何だ?

まるで遺書のようではないか

執事曰く、那月の生まれ変わりの女が、この三条の家に戻ってきているらしい

何でも米軍にいて、怪我で期限前に退職を余儀なくされ、石切の叔父上の紹介でここに来たのだとか

そしてあろうことか叔父上の息子の末娘だと

一番腹立たしいのは、ここにいる間は自分と一切会わないと言ったことだ

何故だ、どうしてそんなことを言う?

また本人は今は自分の後妻になるつもりもないと言ったらしい

色々考えたら気が狂いそうだ

新しい使用人を雇ったと、京都から戻ってすぐに報告が上がった

詳細を聞いたら、目の前が紅く染まった

名前も部屋の場所も、本人との約束で明かせないという

右手で持っていた扇子を力任せにへし折った

「本当にお主にそう言ったのか?聞き間違いではないのだな?」

「左様でございます、確かに私にそう仰いました

20年前の記憶をしっかりお持ちでしたし、話し方も奥様の口調そのものでした

別人が偽って出来ることではありません」

「ならば、何故、こんな手紙を寄こす!どうして俺に会いに来ない!」

「あの方には深い事情があるようです、それもお約束したことですから、如何に旦那様であろうと申し上げることはできません」

苛立ちのまま怒鳴りつければ、顔色を変えることなく執事は言う

「あの方は、本当にお強くなられましたな、見違えるようです・・今の人生で何か得る物があったのでしょう」

儚く消えてしまいそうだったあの頃の姿とは、全く似つかないと

少しばかり嬉しそうに、目を細めて笑う彼を見て、自分が何を言って良いのか分からなくなる

「・・・その女、今は身体に悪いところはないのか?」

脳裏に20年前の那月の最期の姿が甦る

もし、また同じことになったら・・・

「左足に怪我の後遺症がある以外は、大変お元気です

持病などはないと仰っていました」

「そうか・・それなら良い、後遺症があるなら俺の主治医を呼んで診察させろ

あと、決してその女は働かせるな、前のように世話役を付けて面倒を見るように伝えておけ」

「かしこまりました、旦那様」

手短に報告をして、退室していく執事の背を見送るとクラリと眩暈がした

霞棚の縁に手を付いて、それ以上倒れるのを防ぐ

「那月・・・どうしてあんな手紙を書いた?

お主のすべきこととは何なのだ・・・過去の遺物だなどと・・」

会いにも来ない、もう1度妻になる気もない

分厚い雲に覆い隠された満月のように、何もかもを覆い隠す、その生まれ変わりの女がほんの少しだけ憎い

那月が死んだ後、全てを知った自分がどれだけ絶望したか

こんな病を呼ぶほどに、重荷を抱え込んでいたのなら、何故もっと早く言ってくれなかったのかと泣き叫んだ夜のことを

苦しむ妻を何ひとつ救ってやれなかった、己の無力をどれだけ呪ったことか

もし目の前にいたなら、全てぶちまけてやりたかった

同時にもう1度抱きしめたい

できることなら自分の傍に置いて、今度こそ死ぬまで添い遂げたい

固く閉ざされた心の扉から、矛盾した感情が溢れて止まらない

今日はどちらの部屋にも行く気にはなれなかった

明かり障子をそっと開く

天は相変わらず真っ黒で、月も星も見えない

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「失礼致します、唯月様・・まだ起きていらっしゃいますでしょうか?」

夜9時を回った頃、ひっそり静まり返った離れの部屋に執事さんの声が響いた

「はい、起きていますよ・・どうかされましたか?」

襖を開いて中に招き入れれば、折り目正しく一礼して私の前に正座した

「先ほど旦那様へご報告申し上げました

旦那様は唯月様を決して働かせるなと仰せになりました、足の後遺症につきましても、旦那様の主治医を呼び、診察を受けるようにとのことです・・また以前のように唯月様の身の回りのお世話をする者を付けよと、私に命じられました」

「わざわざありがとうございます、旦那様、とても怒っていらしたでしょう?

嫌な思いをさせてごめんなさいね・・・」

「何故、自分に会いに来ないのかと・・酷く嘆いておいででした・・それと唯月様の健康のことも大変気にしておられます」

「前の時は、もうあっという間に亡くなったのですもの、その時のことを思い出したのでしょう

私はもう那月ではない、皆が昔の私に囚われている以上、旦那様に会うわけにはいきません」

確か、病気が分かって3か月持たなかった記憶がある

最期の1か月は意識なく眠っていた時間が多かったから、夫に別れを伝える時間もなかった

「明日の朝、世話役を連れて改めてご挨拶に伺います、人選はどうされますか?」

「前の時に世話をしてくれていた人達を、また呼んで貰えますか?

もし既に退職しているなら、新しい人で構いません」

流石に20年経って、全員が揃っていることはないだろうから、困らせない範囲で要望を伝える

「かしこまりました、お着物などは着られますか?」

「あー・・・あれは結構重くて足に響くので洋服で良いです

出来たら足を延ばして座れる座椅子を、ひとつ頂いても良いでしょうか?」

「私も失念しておりました、すぐにご用意致します

もしかすると、明日は多少の調度の入れ替えなどあるやもしれません

その間は母屋の別室でお待ち頂くことになりますが、それでもよろしいでしょうか?」

「分かりました、お手数お掛けします・・・今日は疲れたでしょう?

この離れまでは遠いのに、いつもありがとうございます

貴方も下がってゆっくり休んで下さい」

「いいえ、貴女に何かあれば旦那様が心配なさいますから・・

身の安全を考えれば母屋に住んで頂くのが1番良いのですが、ここは警備も手薄で人の出入りもほとんどありません

唯月様、くれぐれも夜間はご注意下さい」

「はい、此方も気を付けますね、おやすみなさい」

「それでは私も失礼致します・・おやすみなさいませ」

深々と頭を下げて退出する執事さんに軽く会釈して、私も布団に入る

灯りを落とした暗闇の中、そっと目を閉じた

・・お姉様に頼んだ物はもう用意出来たのだろうか?

早く、この結末を描かなくては・・

翌朝、目覚ましが鳴る前に起きて、ひっそりと身支度をしていると執事さんがやって来た

「おはようございます、唯月様・・お目覚めでいらっしゃいますか?」

「おはようございます、ええ、今開けますね」

水色のブラウスのボタンを留め、襖を開くと早朝の綺麗な空気が流れ込んでくる

「先刻、お姉様が此方にいらっしゃいました、唯月様に頼まれた物をお渡ししたいとのことです」

「あ、やっと用意が出来たんですね・・今お姉様はどちらに?」

「表座敷にお通ししております、人目を憚るお話もあるそうで、不適当な時間で申し訳ないが訪ねてきたと仰っていました」

「分かりました、すぐ行きます」

早朝の屋敷内はまだ人の気配も少ない

それでも、表座敷に行くために玄関を通り、廊下を曲がったりしていると、使用人には顔を見られる

全員がはっとした顔で私を見た

「此方でお待ちです」

執事さんは、表座敷の中でも特に人目に付かない場所にある、小さな一室に私を案内する

そっと襖を開け、中に足を踏み入れた

「おはようございます、お姉様」

「おはよう、唯月・・悪かったわねこんな早くに呼びつけて・・・

でも昼間じゃ人も多いし、こんな話は出来ないから・・・アンタ顔見られて何も言われなかった?」

「ちょっと微妙な顔されてました、コーヒー飲みます?」

「ん、じゃあごちそうになろうかしらね」

外で控える執事さんにコーヒーを2人分頼んで、上座に座るお姉様の対面に置かれた足の延ばせる座椅子に腰掛ける

左手の横には円卓があり、そこに分厚い書類の入った茶封筒が置いてある

「頼まれたヤツの資料はそこにある、しかしまぁ良くやるねえ・・叩けば埃が幾らでも出てきたわ」

資料の一番最初の写真を見た瞬間、忘れるはずのない憎しみが一気に膨れ上がった

心底の嫌悪感を込めてそれを睨んでいると、お姉様から呆れ気味に声を掛けられる

「おーい唯月・・アンタ今すごい顔だよ、そんなに殺気立ってたら皆が怖がるから止めてあげなさい」

言われて気付いた

資料から目を離すと、隣にいつの間にか珠希さんがいて、閉めた襖が全開にされ執事さんや、他の使用人が怖々とそこから顔を覗かせている

因みにお姉様は、優雅な手つきでコーヒーを啜っていた

「あの・・唯月様?大丈夫ですか、お顔がとても怖いのですが・・・」

珠希さんまでちょっと引いている

「ごめんなさいね、流石に冷静ではいられないかもしれないわ

コーヒー貰える?」

努めて笑顔でカップを受け取ると、まだ温かいコーヒーを一口飲む

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「まぁぶっちゃけるとその・・・・って男は、近々逮捕が確実よ

使い込みとか脱税やら、他にも何人かあくどい手口で自殺に追い込んでる

因みに昔のアンタのお姉さんの件もバッチリ、婦女暴行の容疑が掛かっているわ

社会的な制裁はコッチで引き受けるから、アンタは自分の復讐をしなさい」

説明を聞きながら、手元の資料を捲ると本当に叩けば埃が幾らでも出てくる

「お姉様は驚かないのですか?

それにしてもあのクズ野郎、性根の卑しさは20年経ってもかわってないのね

でも心底のクズで良かった、これで私も心おきなくぶちのめせる」

「ほら、アンタ急に喋り方が変わる時あるのよ、今みたいに・・・

それに、これは言ったかしらね?アンタが3歳の時、隣で添い寝してたら夜中にアンタ凄い魘されていたのよ

で、あの男だけは絶対許さない、必ず殺してやるって、寝言でそんなこと言うからこっちも驚いたわ

だって3歳の子が言う言葉じゃないもの

そこからよ、神楽井唯月の器の中に別の誰かの人格が入ってるんじゃないかってあたしが思い始めたのは

ま、この間アンタの口から聞いて納得したけどね

良いんじゃないの?生きてりゃ、絶対許せない人間の1人2人いるでしょう・・・例え昔のことであっても」

そう言ってお姉様は笑った

「あと、その男薬物使用の疑いもあるの

あたしとしてはこっちが本題、確かに使ってるのは事実なんだけど、証拠がない

お父様は、まずこっちで引っ張ってから余罪を追及したいそうなのよ

多分、向こうの会社が潰れるまであと3日掛かる

言い辛いけど、娘さんのことで根に持ってるから間違いなくここに乗り込んでくるわ

そこで、ぶちのめすついでに腕とか目つきとかをアンタに確認して欲しいの

もし何もなければ殺して構わない、アンタが罪に問われることはないように手配はしてある

もしも証拠が挙がった時には、ちょっと殺しは諦めてね

こっちも仕事なので、生かして連れてかなきゃならないからね」

「ありがとう、お姉様・・これで姉さんの仇が取れる

やっと終わりにできるわ」

「アンタ、もう耳の中で火が燃える音は聞こえない?

目の前が紅く染まって、叫びたい衝動には駆られない?」

何かを思い出したようにお姉様は、私に聞いてくる

「もう大丈夫よ、今はとても静か・・・私は自分で自分を追い込んでいただけ

本当に復讐したいなら、冷静に正確に標的を定めるべきだったのよ

そこを憎い憎いで、感情で突っ走ったから、私は結局何も出来ないまま早死にした

目を曇らせて、見えるはずの物から逃げた

早く手放せば良かったの、辛いなら辛いって苦しいなら苦しいって言えば良かったのよ

差し出してくれる手はあったんだから

勝手に躊躇って、最後には自分の身体もボロボロにした

自分で勝手に終わらない地獄に落ちただけ、だけどそこに落ちても誰も芯から救えないのよ

結局、自分を救えるのは自分だけなの、周りが何を言おうと自分が気付かなきゃ意味がないの

それが分かったから、今度はもう大丈夫、私の隣に誰もいなくとも、独りで立って歩ける」

「それを聞いて安心した

アンタ最初に出撃したとき、本当にボロボロだったからね

こんなんでやっていけるのかと思ったわ」

お姉様は笑って、私を柔らかな眼差しで見る

「初めは人を殺すことが堪らなく恐ろしかった

それこそ泣きながら、ごめんなさいって言いながら引き金を引いたわ

命の温もりを奪う度に、この手が返り血で染まる度に心が壊れそうだった

制御できない憎しみで目の前が真っ赤になったし、実際叫んだりもした

だけど、私達下っ端はやれと言われれば、任務を遂行するのが仕事

そこに感情は必要ないし、誰かを憎むならなおさら理性を保たなきゃいけない

それに気が付いただけ、アメリカに行って良かったと思ってる」

「うん、そこまで分かってるなら、あたしから言うことはもう何もない

アンタが自分の復讐とアンタ自身が幸せになること、そのどちらも叶えることをあたしは願うわ

しっかりやるのよ、唯月」

「敵は徹底的に潰せ、でしょう・・分かっていますよ

そもそもアレ1人分の血が手に付いたところで、私は何も変わりません」

「上出来、じゃあ、伝えることは伝えたしあたしは帰るわね」

「だったら玄関まで送りますよ・・・お姉様には手間掛けさせてしまいましたし」

「そう言えばアンタ、部屋どこよ?今度来たらそっちに行くから」

「母屋じゃなくて離れに住んでます、慣れないと迷うから大変ですよ」

「じゃあ連絡するから、アンタ案内して」

「分かりました」

お姉様を送るために立ち上がって、表座敷を2人で出ていく

久しぶりに会ったお姉様と話すのに夢中で、私は途中で擦れ違った人の顔を見ていなかった

開け放った表座敷の中を、彼が見ていたなんて私は知らぬまま、呑気に玄関へと歩いていく

口唇をきゅっと引き結んで、彼が足早にどこかへ去っていったことなど、私は知る由もなかった

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つま先に畳の感触がある

目隠しをされているせいで、周りが見えないのが怖い

背後から抱えられたまま、ブラウスは肌蹴られ下着も長い指で勝手に外された

柔らかな胸に無遠慮に触れ、腰から突き上げるように何度も肉の楔を叩き付ける

粘着質な水音に混じってうっすらと血の臭いがした

「俺から離れるなど許さぬ・・・消えるなど2度と言わせぬぞ」

耳元で静かに怒りを滲ませた声が、私を追い詰める

「っあ…貴方は過去に囚われてるだけです

私はもう那月じゃない…あアッ…」

「唯月、だったな…良い名だ

理屈は良い、俺の子を孕め

あらゆる贅を尽くしたこの三日月の檻の中で、毎晩愛でてやる」

「いや…それはいや…もう離してっ」

鈍い衝撃音と一緒に楔がより一層、私の知らない奥深くまで打ち込まれる

少しの痛みと経験のない快楽が背筋から脳に向かって競り上がってくるようだ

「お主のすべきこととは、あの男への復讐だったのだな?

お主の手で直接引導を渡すと、そういうことか?」

「そうです、今回は貴方の手を借りずに済みそうなので、邪魔しないで下さい…あぁっ駄目、動かないでぇっ…」

また深い場所を穿たれる

「武器もないのにどうするつもりだ?

あの話を聞いて、俺が何もしないと思うか?」

「武器なら家から持ってきた大太刀があります

太刀を扱うには難儀しますが、横に振るうくらいなら足が多少不自由でもできますから

何なら米軍の伝手を辿って銃も調達出来ますのでご心配なく

それに何度でも言います、貴方の後妻に収まる気はありません」

「そうか」

彼はそれ以上何も言わなかった

ただ無言で私を貪り続ける

深く浅く肉の楔を打ち込み、逃げる腰を両手で掴んでさらに深い場所を抉り、何度も首筋にキスを降らせた

初花を散らされたばかりの身体には、この快楽は毒だ

「やっ…あぁ…怖い…これいやぁ…」

花の最奥で打ち込まれた楔が動きを止める

意識が上へ上へと、自分の意思とは関係なしに昇らされる

最深部の固く閉ざされた扉を強く押し上げたかと思うと、楔からとても熱いモノが注ぎ込まれて、じわじわと熱が全体に広がっていく

風船がパツンと勢い良く割れるように、瞼の裏側で白が弾け飛ぶ

「全部お主にくれてやると言ったのに…それを忘れてしまったか…?

終わりまでじっと隠れていれば良いものを、早々に俺の目の前に現れたのはお主の失策よ、詰めが甘い

名が変わろうが、器が変わろうがそんなものは瑣末なこと

今度こそ絶対に逃さぬ」

そのまま身体の力が抜けて、ゆっくりと闇の中へ意識が沈んでいく

ねっとり絡みつくように、甘く華やかな声で囁かれる言葉は、また私をここに縛り付けようとする

細くても力のある両腕は、そのまま私を横抱きにした

薄く開いた口唇に吸い付く彼のそれは、やがて舌を絡めて淫靡な音を立てる

脳髄まで響く微かな水音は堪らなく淫らで、その執着を浴びるのはとても心地良かった

今度は、貴方のその完璧を残らず剥ぎ取って、崩れる様を終わりの日まで見てみたい

妻でもない恋人でもない、名前のない関係

その上で私に溺れさせてみたい

他の女などどうでも良くなるくらいに

一瞬だけそんな薄暗い嗜虐心に似た何かが浮かんで、今度こそ私は意識を手放した

 

 

続きます

こちらは完結しました

 

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