午前七時、俺はスマートフォンで設定したアラームの音で起床した。
九月に入った今日も夏休みは続いているが、寝すぎはよくないため遅くても七時には起きるよう目覚ましの設定をしている。
「熟睡してるな」
隣りで眠る一之瀬はアラームの音がまったく聞こえていないようで、すやすやと穏やかな寝息をたてている。
(今日は午後から仕事と言ってたから、もう少し寝かしておくか)
昨晩も俺たちはセックスに明け暮れた。
ベッド周りには大人の玩具が置かれている。
ボールギャグをはじめ、バイブ、ローター、ニップルクリックなど性的興奮を高めてくれる道具が散らかっている。
(まさか自室がアダルトグッズだらけになるとは……)
そう。
ここはラブホテルでも、一之瀬のアパートでもなく、俺の部屋だ。
(初めて俺んちに来た一之瀬の反応は面白かったな)
二週間前の出来事を思い出し、笑みが浮かんでしまう。
俺は新築で10階建てマンションの最上階に住んでいる。
一之瀬は俺が高級物件に住んでいるとは思っていなかったようで、エントランスに入ってからずっと驚いていた。
一介の学生が住むには不釣り合いな高級マンション。
この物件は父親が買い与えてくれた物件である。
鈴木健太というごく平凡な名前の俺だが、その人生は波乱万丈と言っても過言ではないと思う。
俺の母親は銀座高級クラブのホステスだった。
20歳から働き、30歳で俺を生んで引退したらしい。
その後は俺の幼稚園卒業を機に、母の長年の夢だった海外への移住を果たした。
最初に移住したのは大国アメリカだった。
ただ母親は飽き性で、いろんな国を転々とすることになる。
カナダ、オーストラリア、イギリス、アイルランドなど地域を問わず、いろんな国で暮らすこととなった。
そんな母親が亡くなったのは、オランダに移住した直後、俺が14歳の時だった。
現地でできたボーイフレンドとドライブ中に、交通事故で帰らぬ人となってしまった。
俺は天涯孤独の身となってしまった。
そんな俺を救ってくれたのが一度も会ったことがない父親だった。
母親が亡くなった翌日、20代半ばくらいの女性が俺の下にやって来た。
女性はとある政治家の秘書で、その政治家の指示で俺の面倒を見ることになったと説明してくれた。
その話を聞いて、その政治家が俺の父親だとすぐにわかった。
母親から俺は愛人の子だと説明を受けていた。
別に父親がいないことに不満はなかったし、母親から愛情たっぷり注いでもらっていたので、すんなり受け入れることができた。
ちなみに父親はホステス時代の客だったようで、ずいぶんと母に入れ込んでいたらしい。
立場上離婚することは出来なかったので、母親は愛人としての立場を受け入れ、父親と関係を続けたようだ。
なお、母親が俺を妊娠したときは認知はしなかったようだが、たんまりと養育費を頂いたと聞いている。
そんな父親が、母の訃報を聞いて、秘書を俺の下に寄越したわけだ。
母の遺骨とともに俺は七年ぶりに帰国した。
帰国後は中学を卒業するまでは秘書と二人で暮らした。
進路は担任と秘書と相談したうえで、高度育成高校に進学することになった。
高校の卒業の日。校門を出ると秘書が待っていた。
そのまま車で移動させられ、着いた先が、今住んでいるマンションだった。
今後はここに住むように指示を受け、大学の費用は父親が全額支払ってくれたことを秘書から聞いた。
そして、このマンションは手切れ金代わりに買い与えたこと、今後は一切面倒を見ないことも説明された。
その話を聞いて、俺は父親に怒りが沸くことはなかった。
むしろ認知していない愛人の子のために、ここまで面倒見てくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。
お金は母の遺産でたんまりあるし、むしろ父親の跡継ぎになるよう言われるか不安だったので、だいぶ気が楽になった。
(結局、一度も父親とは会わなかったな)
今後も会うことはないだろう。
別にそれでいい。
義理は果たしてもらった。
それに俺の夢に父親は必要ない。
(そういえば一之瀬に初めて夢を語ったな)
昨晩、珍しく一之瀬から踏み込んだ質問を受けた。
『鈴木くんは将来の夢あったりする?』
俺は隠す理由もないので、素直に打ち明けた。
俺の夢は母親が生前住みたいと言っていた北欧諸国に移住することだ。
母親はオランダの次は北欧に住みたいと言っていた。
理由は単純なものだった。
世界幸福度ランキングが高いから。
馬鹿みたいな理由である。
今も幸せだけど、北欧に住んだからもっと幸せになれるかもしれない。
そんな理由で、母親は本気で北欧に移住しようとしたのだ。
『鈴木くんはお母さんの夢を叶えたいんだね』
そうなのかもしれない。
でもこれは自分の為でもある。
色んな国を転々としたおかげで、途中から俺は積極的に友達を作ることをやめた。
仲良くなってもすぐに別れることになる。
なので中学生になってからは一人で過ごすことが多くなった。
母親からは、友達は作らなくてもいいから彼女を作りなさいと言われたが大きなお世話である。
一人の時間は悪くなかった。
特に異国の地を独りで散歩するのは楽しかった。
あの楽しい時間を大人になっても味わいたい。
そう一之瀬に語ると、彼女は素敵な夢だと笑顔で言ってくれた。
(そういえばこの話をしたのは一之瀬が二人目だったな)
一人目のあいつは何をしているのだろうか。
父親と同じく、そいつとは二度と会うことはないだろうが、元気でやってくれてると嬉しく思う。
なにせ高校で関わった数少ない人物の一人なのだから。
***
九月二週目の土曜の夜、俺は憂鬱な気分で居酒屋に入店していた。
憂鬱な理由は相手が一之瀬ではなく、初対面ばかりの男女ばかりだからだ。
(まさか合コンに参加させられるとは……)
きっかけはひと月だけ参加したサークルの先輩に道端で出くわしたことだった。
先輩は俺を見るなり合コンに参加するよう懇願してきた。どうやら参加者の一人が急病で来れなくなったらしい。
面倒なのですぐに断ったのだが、先輩は俺の足にしがみつきながら必死にお願いをしてきた。
道端でそんなことをされたら当然目立つ。
恥ずかしかったので、無理矢理引き剥がそうとしたが、先輩の執念は相当なものだった。
結局、会費を先輩が出してくれるとのことで渋々承諾した。
(サークルを辞めるときに少しお世話になったから恩返しだと思えばいいか)
先輩が手助けしてくれたおかげで、俺は円滑にサークルを脱退できた。
「鈴木、もうすぐで女の子たち来るからな!」
「はい。確か隣の外語大学の女子でしたっけ?」
「そうだ!」
「俺は人数合わせだから大人しくしておきますよ」
「おう。それとわかってると思うが……」
「はいはい。間違っても茶髪のパーマの子には手を出しませんのでご安心ください」
先輩が必死に俺を合コンに誘った理由。
それは意中の相手をこの飲み会でゲットするためだ。
なんとこの合コンをセッティングするのに三ヶ月もかかったらしい。
その努力を就活にも活かしてもらいたいものだ。
(しかし合コンなんて初めてだから何を話せばいいのやら)
人数合わせとはいえ、それなりに会話をしないと空気が悪くなる。
やはり複数人での飲み会は面倒だ。
時間になったらすぐに帰るとしよう。
そう心に決めた直後、女子たちがやって来た。
今日の合コンは五対五なので、当然相手の女子は五人だ。
その五人とも美人と言える容姿をしていた。
しかも一之瀬と匹敵するほど可愛い女子が一人いる。
ていうか俺の知り合いだった。
(なんで七瀬がいるんだっ!?)
七瀬翼。高度育成高校の後輩で、とある特別試験でペアを組んだことがきっかけで、それなりに親しくなった女子だ。
七瀬とは会うのは卒業して以来なので、一年半ぶりの再会となる。
彼女も俺の存在に気づいているようで、合コンが始まってからもちらちらと俺のことを見てくる。
しかも理由はわからないが、表情から察するに七瀬は怒っているようだ。
このままやり過ごそう。
俺は自己紹介をしてからは真正面に座る女子の聞き役に徹した。
たまたまその女子もアニメが好きだったようで、話はそれなりに盛り上がった。
合コンが始まって一時間が経過した。
残り一時間やり過ごせば帰れる。
七瀬には悪いが、すぐにどろんさせてもらう。
しかし、そんな俺の願いは先輩の一言で打ち砕かれることになる。
「それじゃ席替えしよっか!」
合コンには席替えタイムがあったようで、みんな意中の相手の近くに移動し始めた。
俺の隣にいた先輩がいなくなったのを見計らって、七瀬が隣りの座椅子に腰を下ろした。
「鈴木先輩、久しぶりですね」
七瀬は笑顔で挨拶してきた。
謎の圧と恐怖を感じさせる笑顔で……。
「……おう」
「鈴木先輩が卒業してからなので一年半ぶりになりますか」
「そうだな」
「鈴木先輩」
「は、はい……」
「なんで卒業式の日にすぐに帰っちゃったんですか……?」
七瀬が悲し気な表情で訊ねる。
「お別れの挨拶くらいさせてほしかったです……」
今度は俯いてしまった。
そうか。七瀬は俺とお別れの挨拶が出来なかったことに怒っていたんだな。
「あー、それは悪かった。クラスの雰囲気が嫌ですぐに帰ったんだよ」
「そんなに空気が悪かったんですか?」
「いや、傷の舐め合いをしていたのが気持ち悪くて」
「なるほど」
俺の答えに七瀬は納得してくれたようだ。
「そういえば七瀬は何クラスで卒業したんだ?」
「……Dクラスです」
「……すまない」
「謝らなくていいですよ。もともとDクラスで入学したんですし」
「でも二年の三学期にはBクラスまで上がってただろ?」
「はい。ですが宝泉くんが三年に進級して早々退学になってしまって……」
「マジか?」
「はい。宝泉くんがいなくなった私たちのクラスは、そのまま一気にDクラスまで堕ちてしまいました」
確かにあのクラスで宝泉がいなくなるのは痛かっただろう。
「じゃあ俺と同じ落ちこぼれってわけだな」
「ふふ、そうですね」
Dクラスで卒業した七瀬だが名門外語大学に進学しているし、女子の友達もそれなりにいるようで安心した。
「あの……」
「どうした?」
「よかったら二人きりで話しませんか?」
七瀬は周りに聞こえないような小さな声で俺の耳元で囁いた。
「せっかく先輩と再会したので、二人きりでゆっくり話したいです」
「二人きりか……」
「……駄目ですか?」
七瀬が潤んだ瞳で見上げてくる。
懐かしいな。高校時代もそんな顔でよくお願いされたっけ。
「わかったよ」
「ありがとうございます!」
なんかわんこに見えてきた。
見た目は少し大人っぽくなったのに、七瀬は変わっていないんだな。
俺は先輩に断りを入れて、七瀬を連れて近くのカラオケに移動した。
七瀬から静かな場所で話したいと要望があったので、防音がしっかりしていて、なおかつ飲食ができるお店に決めたのだ。
「それにしても意外でした」
隣りに座る七瀬が言う。
「なにが?」
「鈴木先輩が合コンに参加したことです」
「ただの人数合わせだよ。一人急病になったので代打で呼ばれただけ」
「そうだったんですね」
「七瀬こそ、合コンに参加するタイプじゃないだろ?」
七瀬は恋愛にあまり興味がなく、高校時代の俺との会話も英語の話ばかりだった。
「そうでもないですよ。私だってそれなりに恋愛に興味があります」
「つまり彼氏作りに来たわけか?」
「そうとも言えますね」
「ふーん」
「……鈴木先輩は彼女さんいるんですか?」
「一応、いないかな」
「一応ってなんですか?」
「複雑な関係なんだよ」
七瀬も一之瀬のことを知っているので、名前を明かすことは出来ない。
「網倉先輩じゃないですよね?」
「違うよ。麻子とは卒業してから一度も会ってない」
「そうでしたか」
「七瀬って麻子と絡んだことあったっけ?」
「……はい」
俺の問いに、七瀬のトーンが下がったのがわかった。
「もしかして何かされた?」
「元彼が他の女子と仲良くしているのが気に入らなかったようでして……」
「泥棒猫とでも言われたか?」
「……はい」
「……それはすまんかった」
麻子から振ったくせに、七瀬にそんなこと言ってたのか。
やっぱり女子って怖いな……。
「いえ! 鈴木先輩は悪くありませんから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「はい。あ、何か歌いますか?」
「いや、このまま話そう。俺たちが卒業した後の話も聞いてみたいし」
「いいですよ。その代わり、鈴木先輩の大学生活のことも聞かせてくださいね?」
「わかったよ」
俺たちは一曲も歌わずたっぷりと話し込んだ。
七瀬はDクラスで卒業したものの、第一希望の外語大学に進学して、英語の勉強が頑張っているようだ。
彼女は英語が苦手だったので、高校時代にちょくちょく英語を教えていたのが懐かしい。
麻子はそれが気に入らなかったんだろうな。
そういえば七瀬と絡むようになってから、クラスの女子たちから冷たい目で見られるようになったのを思い出した。
「先輩、私が外語大学に進学したのは先輩のおかげなんですよ」
「そうなの?」
「はい。苦手だった英語を先輩が教えてくれて……私、英語が好きになったんです」
「だから外語大学に進学したのか」
「そうですよ。将来は英語に携われる仕事をしたいと思ってます」
「留学もするのか?」
「その予定です」
だから、と七瀬は続けて言った。
「また英語の勉強を教えてほしいです」
「もう教える必要ないだろ」
七瀬ほどの学力があれば、大学の授業と留学でマスターできるはずだ。
「あります! 私は先輩に教わりたいんです!」
俺の目をじっと見ながら断言する七瀬。
澄んだ瞳にじっと見つめられると変な気分になりそうだ。
七瀬の瞳は、凛としていて、それでいて幼さも残る不思議な瞳をしている。
「……わかったよ」
「ありがとうございます!」
俺って押しに弱いんだな。
でも美女の頼みは断れないよね。
英語を教えるだけだから、一之瀬に知られても怒られたりしないよな?
そもそも俺と一之瀬は恋人じゃないんだし。
そんな都合がいいことを考えながら、俺は七瀬を連れて店を後にした。
***
今日は初めて仕事帰りに同僚と食事をした。
もちろん相手はエリカちゃんだ。
出勤して部屋で待機していたところ、エリカちゃんに誘われたのだ。
鈴木くんは今日飲み会と言っていたので、私は二つ返事で了承した。
二人とも20時半にあがり、エリカちゃん行きつけの小料理屋さんに連れて行ってもらった。
お店で私たちは二時間以上も話し込んだ。
エリカちゃんが近々お店を辞めることには驚いたけど、私を気に掛ける理由を教えてくれて、なんだかすっきりした気分になった。
(鈴木くん、もう帰ってるかな?)
エリカちゃんと別れた私は駅のホームで電車を待っていた。
時刻は23時。
先輩に誘われて渋々参加すると言っていたので、二次会には参加せずに帰宅しているだろう。
早くエリカちゃんと仲良くなったことを彼に話したい。
明日はお休みだから彼には悪いけどオールで電話しちゃおうかな。
それとも彼のマンションに行っちゃおうかな。
たっぷり可愛がってもらってから、話を聞いてもらうのもいいかもしれない。
ううん。
それが一番いい。
(よし、今からマンションに行っていいか聞いてみよう)
彼に連絡するため、アプリを起動した直後だった。
向かいのホームに彼の姿を見つけた。
あいにく彼は私に気づいていないようだ。
向こうのホームに行って驚かせちゃおう。
そして、そのまま二人寄り添いながら、彼の自宅に帰宅する。
でも私はそうすることができなかった。
なぜなら―――――彼の隣に女がいたからだ。
二人は距離が近くて、とても親しげに見えた。
そう。
まるで恋人のようだ。
「なんで……」
すぐに彼の隣にいる女がわかった。
七瀬翼さん。
高度育成高校の一学年後輩の女子だ。
なんで彼女が鈴木くんと一緒にいるの?
なんで仲良く喋っているの?
なんで七瀬さんはそんな表情で彼を見ているの?
「なんで……なんで……」
気づいたら彼と七瀬さんは向かいのホームからいなくなっていた。
私は終電が来るまで、ホームに佇んでいた。
後輩は七瀬翼でした!
七瀬メインの作品ないので誰か書いて欲しい。