「まさか一之瀬と再会するなんてな」
行きつけの食堂で夕食を済ませてから帰宅した俺はリビングのソファーでだらけていた。
20歳になった記念に吉原にある高級ソープ店に来店したところ、指名した風俗嬢が高校時代のクラスメイト――――一之瀬帆波だったのだ。
一之瀬はクラスの学級委員長で、みんなから慕われており、学年でもトップクラスの美少女だった。
そんな彼女が風俗嬢になっていたとは、世の中は何が起こるか分からない。
「とりあえず一之瀬の売り上げに貢献するか」
スマホを操作して風俗店の情報サイトに接続する。
このサイトでは全国各地の風俗店及び風俗嬢の情報が掲載しており、ユーザーが体験レポートや評価を投稿できる仕組みになっている。
俺が一之瀬が在籍するお店で予約したのも、このサイトでの評価が高かったからだ。
「俺以外のお客さんもたくさん投稿してるな」
一之瀬の源氏名である結衣で検索すると、数多くの体験レポートが投稿されていた。
レポートには嬢の名前と年齢、身長とスリーサイズ、推定年齢、似ている芸能人、ルックスなど項目ごとの評価などが掲載されている。
「どれどれ」
みんなの投稿を見ると、どれもルックスやスタイルの評価はSばかりだった。
客観的に見ても一之瀬は抜群に可愛いので当然の結果だろう。
テクニックはAやBが多く見受けられる。
個人的にテクニックもSだと思うが、ベテランの方たちにとっては物足りなかったのかもしれない。
プレイについては、爆乳を使ったご奉仕が高評価だ。
やっぱりみんなおっぱいが好きなんだね。
パイズリからのひょっとこフェラは、一之瀬の18番のようで、数多くのリピーターを獲得しているようだ。
なお、スパンキングなどのSМチックなプレイの投稿は一切なかった。
「今思うとよく予約取れたな」
俺が予約した日時は、木曜の16時から18時まで。
一之瀬ほどの人気嬢をすんなり予約できたのは、相当ラッキーだったのかもしれない。
ページをスクロールすると一之瀬の系統(ルックスや性癖)が箇条書きで掲載されていた。
さらに下にスクロールすると「備考」の項目がある。
そこには
・非喫煙者
・傷あり
と記載があった。
傷あり。
そう。一之瀬の左手首には――――複数の切り傷があった。
恐らくリストカットの傷跡だろう。
ファンデーションをすれば隠せそうな薄い傷跡であったが、ソープでは何度も身体を濡らすことがあるので、客に隠し通すの無理だ。
現に「可愛いのにリスカあって萎えた」「スタイル抜群なのにメンヘラはちょっと……」など酷評まではいかないが、残念がるコメントが多数ある。
「はぁ……」
投稿を済ませると、思わずため息をついてしまう。
一之瀬と再会できたのは嬉しかった。
さらにそんな彼女と身体を重ねられて最高の気分だ。
だが、それはあくまで風俗嬢と客の関係。
一之瀬から渡された名刺を財布から取り出す。
裏側にはLINEのIDが書かれている。
最初は営業用の連絡先かと思ったが、それは一之瀬が必死に否定していた。
彼女は風俗嬢の結衣ではなく、一之瀬帆波として俺と繋がりたいのだろう。
「さて、どうするか……」
頭の中で一之瀬の現状をまとめてみた。
・風俗嬢
・性癖はドМ
・多額の借金あり
・情緒不安定
・自傷癖あり
完璧に地雷である。
いくら一之瀬が絶世の美女でも関わらない方がいいだろう。
彼女と深い仲になっても、ろくなことにならない。
一之瀬にメッセージを送るべきではない。
そんなことはわかっている。
考えるまでもない。
なのに……
「あー……」
名刺を捨てようとすると、別れ際の彼女の切なそうな顔が思い浮かんでしまう。
あの顔は、学校でも一度だけ見たことがある。
確かあれは卒業式の日だった。
一之瀬は、誰にも別れの挨拶をせず、卒業式を終えるとひっそりといなくなってしまった。
恐らくDクラスで卒業したことに責任を感じていたのだろう。
だがそんな彼女より早く学園から去る生徒がいた。
俺である。
親しい友人もいなかったし、慰め合うクラスメイトを見るのも嫌だったので、いの一番に去ろうとしたところ、一之瀬が下駄箱にやって来た。
まさか自分より早く学園を去ろうとする生徒がいるとは思わなかったのだろう。
下駄箱から靴を取り出す俺を見て、数秒ほどフリーズしていた。
『一之瀬も帰るのか?』
『う、うん……』
『そっか。じゃあな』
『……ばいばい』
一之瀬は寂しそうな声で手を振りながら俺を見送った。
「あんな顔をされるとな」
Aクラスで卒業することに執着しなかった俺は積極的にクラスに関わることはなかった。
しかし、一之瀬のあの顔を見ると、もう少し協力してもよかったのかもしれない、と思ってしまう。
彼女の名刺を捨てられないのは、その罪悪感からなのか、それとも彼女と肉体関係を結べるかもしれない、という邪な気持ちからなのか。
「うーん……」
一之瀬と繋がりを持つか、持たないか。
俺はじっくりと考え、そして決断した。
「よし」
この時の決断が、俺の今後の人生を大きく左右することになる。
***
「今日も疲れたなぁ……」
仕事を終えた私――一之瀬帆波は、テレビを見ながら夕食を食べていた。
今日のメニューは総菜屋さんで購入した野菜炒めとおにぎりだ。
妹と一緒に暮らしていた時は平日でも自炊していたけれど、一人で暮らすようになってからは休日以外は自炊しなくなった。
仕事で疲れているのもあるし、何より自分一人のために料理する気力がない。
事務員のまま働いていたら仕事がある日でも自炊したかもしれないけど、ソープは身体を使うプレイが多いから体力を消耗させてしまう。
なので帰りの電車で寝てしまうこともしばしばある。
駅前の総菜屋で夕食を購入し、重い体を引きずりながらなんとか自宅に辿り着く。
帰宅して部屋着に着替えると、すぐにクレンジングをする。
今までも美容には気を使っていたけれど、風俗嬢になってからはより美容に気を使うようになった。
そして夕食にありつけるのは21時半くらい。
「佐倉さん、今日もテレビに出てる。凄いなぁ……」
人気グラビアアイドルの雫こと佐倉愛里さんは私の同級生だ。
ある特別試験で高度育成高校を退学してしまった彼女だけれど、半年ほどで芸能界に復帰したらしい。
しばらくは地道にグラビア活動をしていたけど、とあるクイズ番組で珍解答を連発したところ、それがお茶の間にはまったようで、佐倉さんの人気は急上昇した。
今ではテレビでは見ない日がないくらいだ。
高校を卒業してから同級生の顔を見るのは、テレビ越しの佐倉さんだけだった。
私が通っていた高度育成高校は、希望の進学・就職先にいけるのがうたい文句だったのだけれど、その恩恵を受けられるのは上位の一クラスのみだった。
私は上から二番目にあたるBクラスに入学したのだけれど、最終的に最下位に当たるDクラスで卒業を迎えてしまった。
学級委員長というクラスのリーダーの立場であった私はクラスメイトへの申し訳なさから、卒業式を終えてすぐに学園を去ってしまった。
連絡先も交換しなかったので、卒業後は同級生と一切会わなかった。
―――今日までは。
「まさか鈴木くんと再会するなんて」
3年間同じクラスだったけれど、挨拶以外で彼と話したのは片手で数えられるくらいだ。
そんな彼と再会した。
風俗嬢とお客さんという立場で。
ボーイさんから案内をされた彼を見て私は固まってしまった。
まさか勤務先でクラスメイトと再会するなんて……。
向こうもフリーズしていたので、ボーイさんに気づかれる前になんとか彼を部屋に連れて行った。
入室してすぐに彼に謝罪をした。
せっかく来店してくれたのに、相手がクラスメイトなんて気まずいにも程がある。
もちろん私も気まずかったし、不安や恐怖も感じていた。
クラスのリーダーだった私が風俗嬢になっていたのだ。
彼になんて思われるのだろう。
少なくとも軽蔑されるに違いない。
そう思ったけど、彼は私を気遣ってくれた。
高校時代の彼とのキャップに私は思わず笑ってしまった。
それだけで気を許しちゃったのかな。
私は彼に身の上話をしてしまった。
かなり重たい話だったのに、彼は最後まで話を聞いてくれた。
さらに今の私を凄いと褒めてくれたのだ。
「嬉しかったなぁ」
自分の頑張りを認めてくれる人がいる。
それが嬉しくて嬉しくて、いつもよりエッチなご奉仕を頑張ってしまった。
最初はソープ嬢としてお相手できたと思うけれど、途中から結衣ではなく、一之瀬帆波として彼と性交しちゃった。
だって仕方ないよ。
私のことを一之瀬って呼んでくるんだもん。
「まさか潮吹きさせられるなんて……」
身体を商売道具にしてから10ケ月近く経つので、私もそれなりに経験を積んだけれど、お客さんに本気で
脳が蕩けちゃいそうなくらい気持ちよくなるなんて思いもしなかった。
彼は指摘しなかったけれど、潮吹きと同時に失禁もしてしまった。
それで吹っ切れたのかな。
私は性癖丸出しで彼におねだりをした。
乳首を噛まれたり、お尻を叩かれたりして、痛くて気持ちよかった。
「うぅ……。なんだか恥ずかしくなってきた……」
絶対変態だと思われた。
失禁しながら潮吹きして、被虐行為で絶頂してしまう女だ。
変態と思われてもしょうがないけれど、どうか体験レポートをサイトに投稿だけはしないでほしい。
相手が鈴木くんだから性癖を晒しただけで、他のお客さんに虐められるつもりなんてない。
それにしても、彼は女の子の扱いに慣れていた。
高校で麻子ちゃんと付き合ってたから、いろいろと経験したのかもしれない。
網倉麻子ちゃん。
高校時代の私の親友。勉強や運動はあまり得意じゃなかったけれど、コミュニケーション能力が高くて、人望がある子だった。
そんな彼女と鈴木くんはこっそり付き合っていた。
高三の夏休みに別れてしまったようだけど、一年以上も付き合っていたのでいろいろ経験しているに違いない。
「そっか。麻子ちゃんの元彼とやっちゃったんだ」
麻子ちゃんも彼に気持ちよくしてもらってたのかな。
私みたいに、潮を吹いて、何度も
だとしたら羨ましいな。
高校の頃からあんな経験できたなんて。
私は恋愛に関してはまったくダメだったから。
……ううん。ダメだったのは恋愛だけじゃない。
好きな男の子は他の女子に取られてしまい、特別試験は負けてばかりで、信頼していた神崎君にも見限られてしまう。
結局、私たちのクラスは最低のDクラスで卒業を迎えてしまった。
「そういえば……」
学園で最後に会った人が鈴木くんだったんだよね。
卒業式を終えて、私は誰にも気づかれないよう早々に教室を後にしたのだけれど、下駄箱には鈴木くんの姿があった。
まさか私より先に帰る人がいるなんて。
あの時はびっくりしてフリーズしちゃったな。
それこそお店で再会したときのように。
学園で最後に会った人と再会するなんて、もしかして運命だったりして……。
「いやいやいや」
我ながらお花畑すぎる思考を遮断する。
私はいったい何を考えてるんだろう。
再会して一度身体を重ねただけのクラスメイトなのに……。
それでも鈴木くんのことが頭から離れない。
彼に話を聞いてもらえて気が楽になった。
彼の話も楽しくてずっと聞いていられた。
身体の相性も良かった。
できることならまた彼と会いたい。
それも風俗嬢とお客さんという関係ではなく、一人の男と女として。
そして彼に抱かれて……
「んっ……やだ。なんで……」
彼とのセックスを思い出したら、徐々にあそこが疼いてきた。
疲労困憊しているのに、性欲は別腹なんだろうか。
仕事がある日に自分を慰めるなんて一度もなかったのに。
テレビを消し、横向きになって軽く片足をあげる。
Tシャツを捲り上げ乳房をあらわにして、左手で乳を揉みしだく。
そして右手をショーツの中に侵入させ、クリトリスに刺激を与える。
「んっ……あぁ♡ あんっ……あっ♡」
壁の薄いアパートなのであまり大きな声は出せない。
なので声を押し殺して、自分を慰めなければならない。
「んん゛っ♡ ふぁっ♡ んぐっ♡」
目を瞑り、乳首をクリトリスを弄りながら彼との情事を思い出していく。
膝立ちの状態で潮を吹くまで絶頂させられた。
乳首やお尻を痛めつけてもらい被虐願望を叶えてもらった。
後ろから激しくピストンされ、動物じみた喘ぎ声を出してしまった。
「んぶっ♡ んっ♡ ん゛ぅぅぅ♡」
いつの間にか乳首はいやらしいほど硬くなり、秘部からは愛液が分泌されていた。
私は乳首とクリトリスを抓ったり、水音が鳴るほど激しくあそこを搔き乱し続けた。
「ん゛ん゛ううぅぅぅううぅぅぅっ♡」
するとすぐに
お仕事でさんざんセックスをしたのに。
家に帰ったら果てるまでオナニーをするなんて。
私はなんてはしたない女なんだろう。
「ふぅ♡ ふぅ♡ んはぁ……」
数分ほどで痙攣はおさまり、気持ちも落ち着いてきた。
ただすぐに動く気力はなかったので、濡れていない方の手を伸ばして、テーブルの上に置いたスマホを取る。
通知を見ても、彼からの連絡はなかった。
「はぁ……わたし、なにやってるんだろ……」
彼にLINEのIDを書いた名刺を渡したけれど、連絡が来ることはないだろう。
もし私が彼の立場だったら、私も関わりたくないと思う。
視線をスマホから左手首に移す。
そこには、無数の切り傷があった。
これは他人につけられた傷跡じゃない。
自分の意思で、自分の身体を傷つけている。
だって、こうしないと私は生きていけない。
もしお母さんが生きていたら、死ぬほど私を怒ったと思う。
でも仕方ないんだよ。
だって急に襲ってくるんだもん。
あの衝動を抑えるには、手首を切るしかないの。
お薬のおかげで少しはマシになったけれど、それでも止められない。
止めたら―――――――きっと私は完全に壊れてしまう。
「鈴木くん……」
左手首の傷に彼は気づいていたはずだ。
外出するときはファンデーションで隠してるけど、仕事中に隠すことは出来ない。
お客さんの反応は様々だ。
彼のように気遣って何も言わないでいてくれる人もいれば、明らかに引いてる人もいるし、中には説教をする人もいる。
風俗の大手投稿サイトに、リスカについて書かれていることも知っている。
借金ありの風俗嬢。
自傷癖あり。
情緒不安定。
一般的に私はメンヘラ女に部類されるらしい。
「こんな女と仲良くしてくれるわけないよね」
先ほどまで彼を想って自慰にふけていたのに、急激に気分が悪くなってしまう。
疲れた体に鞭打って得た快感はすっかり消えてしまった。
「あ、やばいかも」
傷跡を見ていたら、いつもの衝動に駆られそうになるのがわかった。
三日間切らないでいたのに勿体ないな。
また店長さんに小言を言われちゃうかな。
先生は怒らないでまた私の話を聞いてくれるかな。
そんなことを思いながら、愛用の剃刀に手を伸ばそうとした瞬間だった。
LINEの通知音が室内に鳴り響いた。