ユージの妻となったシャロンは、世界征服を企み、『妖星ギードラ』の力で周辺国家を次々と侵略していた。その途中、世界三大国家であるパルミエ王国において、シャロンは
多忙を極める中、久しぶりに夫婦の時間を満喫するユージとシャロン。そこに突然現れたジェントルーは、篭絡された意趣返しとばかりに二人の結婚指輪を盗んでみせる。不実を謝罪して指輪を取り戻したユージだが、妻の意外な人間的弱さにも触れることに。
ジェントルーの本題は、食べ物の『味』を元に戻すには、『プリキュア』が必要だという情報だった。『プリキュア』が何かを知らぬまま頭を捻っていたユージ・イース・ジェントルーは、勢いで3人での性行為に耽り、それぞれの男女関係を晒し合う。
その様子を、『鏡の国のクリスタル』がじいっと見つめていた。
1/4 (エロ無し)
煌めきが、まぶたを通して入ってくる。イースはゆっくりと目を開いた。
「……どこなのよ、ここ?」
イースは辺りを見回した。
前にはイースが見える。右にもイースが見える。左にもイースが見える。下を見れば、足元にイースがいた。見上げれば、上にもイースが見えた。
「鏡……鏡の迷路?」
壁・床・天井、周囲の全てが、鏡で覆われていた。光の反射具合から見て、密室ではなさそうだ。
イースは衣服を確かめる。いつもの軍服姿だった。
覚えている限り、イースはジェントルーと一緒にユージと抱き合っていたはずだ。
(服、脱いだわよね。なんで着てるの?)
抱き合った感触も覚えている。ユージの熱も匂いも、本意ではないがジェントルーの舌使いや指の動きだって、全て鮮明に思い出せる。
それなのにどうして服を着て、こんな場所にいるのだろうか。ふと思い立って、自分の頬をつねった。痛い。夢ではないようだ。
「ユージ? どこに行ったのよ? 出てきなさい」
返事はない。
「ジェントルー! 出てきなさいよ! 隠れてるつもり!?」
やはり返事はなかった。イースの声が反響して消えていく。
イースは、舌打ちしながら立ち上がった。何にせよ、ユージの所に帰らなければならない。彼の隣こそ、イースの居場所なのだから。
一歩足を踏み出す。当然、鏡に映るイースは動き出し、彼女と同じ道を歩き始める。
「何なのよ、コレ……。まるで意味がわからない」
道は迷路になっていて、周囲は鏡ばかり。歩きにくいことこの上ない。
「ちっ……鬱陶しいわね」
行き止まりだ。イースは立ち止まり、苛立たしそうに舌打ちをした。すると、目の前の自分も同じように舌を鳴らす。
(……私って、こんなに刺々しい表情をするのね)
別に、鏡を見るのが初めてなわけではない。特に、ユージと関係を持ってからは毎朝毎晩鏡を覗き込んで、身だしなみを整えている。今日の化粧はユージに引かれないかなとか、髪の毛はちゃんとセットできたかなとか……そんなことを考えながら。仕事の忙しい日も、二人で会える日も、どんな時でも。
今、鏡の中の自分が自分でないように思えるなら、それはつまり。
「ユージがいない時の……いや、ユージに抱かれる前の私、か。こんなだったかしらね」
イースは苦笑した。最も身近な男性から想いを寄せられていたのに、全く気づきもせず、気づいても諦めさせようとして、そして。
「ぽっと出の悪魔みたいな女に、一番大事なものを持っていかれた馬鹿な子……ふふっ」
『……そうね。少し前の貴方はそんな感じ』
背後から、声をかけられた。イースは驚いて振り返り、さらに驚愕した。
「わ、私……?!」
そこに立っていたのは紛れもなく自分自身……いや、少し違う。
まず髪の色が違う。濡れたような黒髪で、毛先まで丁寧に手入れされている。瞳はとび色で、イースにはない優しさを宿しているように見えた。肌は薄っすらと日焼けして、すらりと引き締まった体をお洒落な白いブラウスとジーンズが飾っている。パルミエ王国あたりで売っていそうな、まだシャンティアでは手に入らない着飾るための衣服である。
それほど違うのに、ひと目見て
『はじめまして、イース。私のことは、「せつな」と呼んで』
♡プリキュア♧じゃない彼女たち
と
◆世界を征服する話◆
第4話 かがみよかがみ
「……どういう意味?」
イースは眉をひそめた。「せつな」と名乗った「イース」は、にっこりと微笑みかける。声も同じだが、自分と比べて高く、そして柔らかい印象を受ける。
『そのままの意味よ。私はイースであっても貴方じゃない。何にでも名前は必要でしょ? 「私」じゃあ呼びづらいしね。だから私は「せつな」。どう?』
「……」
警戒しながら立ち上がる。途切れた記憶。鏡の迷路。突然現れた「自分」。異常としか言いようがない状況に、さすがのイースも混乱していた。
「お前……誰なのよ? 一体、何を企んでるの?」
イースの質問に、「せつな」は目を細めて答えた。その瞳には悪戯っぽい光が灯っている。
『何も? 今の状況は事故みたいなものよ。別に悪意があるわけでもないわ。強いて言えば、『ユージくん』の話がしたいだけ。だから安心して、私は敵じゃない。むしろ味方よ』
「ゆ、ユージ
イースの顔がひきつった。「せつな」はクスリと笑う。
『そんな顔しないで。貴方にとっては恋人かもしれないけど、私にとっては他人だもの。言葉遣いに気をつけるのは当然でしょ?』
イースは唇を噛んだ。「せつな」は、今のイースよりも少し大人っぽく見える。精神的にも成熟していて余裕がありそうだ。
(こいつ……気に食わないわ。私が嫌がることを知ってるみたいに喋ってる……)
しかし、このまま黙っていても仕方がないので、渋々口を開く。
「恋人じゃないわよ。ま、まだ」
『ええ〜……おっぱいもアソコも触られて、おちんちんを舐めてあげたこともあるのに? それでも違うっていうの? うーん……ユージくんが聞いたら悲しむと思うけど』
「う、うるさいわね!」
思わず自分の胸を両腕で隠すように抱え込む。
「べ、別に、恋人とかそういうんじゃなくて……! あ、あんなのは、ただの性欲処理よ! ユージは私のもので、私のためなら命だって差し出しちゃうくらい愛してくれてて、だから私はユージに応えてあげないといけなくって、ユージのことを心の底から信頼してるだけで、だからユージの望むことを何でも叶えるの! それだけよ! それ以上の感情なんてないし、これからもないわ! 絶対!!」
イースは顔を真っ赤にして叫んだ。自分自身と感じるからか、言わなくてもいいような事までペラペラと喋ってしまう。
案の定、「せつな」は満足げに微笑んでいる。
『うんうん、そうね。それ以上の感情なんて、この世にないわよね。ユージくんは、イースのことが大好き。イースもユージくんのことが好き。お互いがお互いを世界で一番大事だと想っていれば、もう恋人と言っても良いのよ。それで十分。たとえ世界が許さなかったとしても、ユージくんは貴方を絶対に手放さないでしょうしね……♪』
好き放題に言うと、「せつな」はイースに向かって微笑んだ。
まるで天使のような慈愛の笑顔に一瞬見惚れてしまったが、ハッとなって我に返る。
「見透かしたように笑わないで、虫唾が走るわ!」
『その口癖、今のうちに直した方が良いわよ? そのうちユージくんに嫌われる原因になるかも』
「せつな」は肩をすくめると、ゆっくりと歩き出した。イースも慌てて後を追う。
「ちょっと待ちなさい! ユージはどこなの? なぜ私だけがここにいるの? ここはどこなの?」
『慌てなくても大丈夫よ。すぐユージくんに会えるわ。それより、先にカンニングしておかない? この先で何が起きるのか。それがわかれば、対策が立てられるでしょ?』
「カンニング?」
『そうよ。第1問。あのシャロンさえいなければ、貴方はとっくにユージくんと結ばれていた。これは正しい?』
「……」
イースは沈黙する。しばらくして、絞り出すような声で言った。
「……そうとは限らない。私はメビウスに洗脳されたまま、永遠に操り人形として生きていたかもしれない」
『正解。それじゃあ次、第2問ね。この先、ユージくんがシャロンを捨てる可能性はある?』
「ない」
即答だった。イースは迷いのない口調で言う。
「ユージにとって、あの女は私と同じくらい大切な存在。忌々しいけど、それが事実」
『ふうん? まあ、貴方がそう言うならそれが正解なんでしょうね』
「ふん」
イースが鼻を鳴らすと同時に、二人は迷路を抜けた。
そこは花園だった。暗い空に異常なほど大きな月が輝き、その光に照らされて様々な花が咲き乱れている。
「何なの、ここ……」
イースは呆然と呟いた。まるで夢の中に入り込んだかのような光景である。
『楽園よ。ユージくんは真ん中にいるわ』
「せつな」が答えた。イースは目を凝らす。確かに、花園の中心に誰かがいるようだ。イースはそちらへ歩き出そうとしたが、すぐに立ち止まった。
花園の中心で、5人の男女が激しく絡み合っていたのだ。いや、女が4、男が1。女達は全員裸で、男はズボンとパンツを脱いだだけの半端な格好だった。男の股間は激しくいきり立っており、女達もそれを求めて腰を動かしている。咲き誇る花を潰し、踏みつけながら、快楽に身を震わせている。
「…………!!!」
イースは息を飲む。男は、ユージだった。
「せつな」はイースの耳元に口を近づけると囁いた。
『第3問。あなたは何て答える? ユージくんがいない方が、貴方は幸せだったと言われたら。ユージくんさえいなければ、もっと幸せな人生を送れるはずだって言われたら。貴方はどうするの?』
◆◆◆
ジェントルーは、鏡の中に映る
「愚かな質問だな。ユージさえいなければ? ふん、そうなれば私は『怪盗ジェントルー』ではなくなり、お前に戻っていただろう。そうだろう、『私』よ」
返事はない。鏡の中の自分は、黒髪に青い目、上品な白いブラウスと紺色のロングスカートという清楚な服装で佇んでいた。今は怪盗服にアイマスクのジェントルーとは似ても似つかない姿をしている。
ジェントルーは分かっている。今の自分は、ブンドル団の洗脳によって作られた
「本当の自分ではないと分かっていても、ユージのそばにいたいと思う気持ちは変わらない。ならば私は、私の道を行くだけだ」
そう言って、ジェントルーは歩き出す。鏡の迷路の中で、迷いながらも自分の意思で進んでいく。
「『私』よ、お前に問う。ユージを愛しているか? ユージに抱かれている時、幸福か?」
鏡の中のジェントルーは、何も答えない。ただジェントルーと共に歩いている。
「その答えがイエスならば、私はお前に戻るしかないのかもしれない。誇りをもって、ユージに別れを告げよう。そして、もしノーであるなら……」
鏡の向こうの自分が、こちらを向く。もちろん、ジェントルーが睨みつけているからだ。
「ノーであるなら、『私』よ。怪盗ジェントルーがこの身体を頂戴する。覚悟しておくことだな」
鏡の中の自分は何も言わず、先導するように前を向いて歩き出す。
ジェントルーもその後に続く。
「私にはわかるぞ。ここは、あのクリスタルの中だな。『鏡の国のクリスタル』は強力な鏡のパワーを持ち、あらゆる可能性を映し出すという……。お前は今、その力によって生み出された幻影にすぎないのだ」
目の前の自分が、足を止める。そして、ゆっくりと振り返った。
その唇が、幸せ? と問いを発する。
「自分が幸せかどうかは、結果論にすぎない。大切に想う人と過ごす時間こそが、何よりの宝。誰かと笑顔を分かち合う喜びこそ、至上の幸福。私の答えはそれだ」
鏡の中の自分は、黙って進行方向を指差す。その先からは、男と女の嬌声が聞こえていた。
「……ユージめ。ここまで言わせておいて、他の女とお楽しみ中か? 全く、いい度胸だ……」
ため息をつきつつ、歩みを進める。やがて、出口にたどり着いた。
そこにはイースと、もう一人のイースがいた。
◆◆◆
時間は少しさかのぼる。ユージ達3人が、執務室で絡み合っていた時の話だ。
「……すっかり忘れてましたけど、『プリキュア』の話をしてもいいですかね……?」
ユージは、イースとジェントルーの髪を優しく撫でながら言った。二人とも、自分に絡みついてうっとりしている。
「んー? いいけど……そもそも、『プリキュア』って、何? あの赤いクリスタルがそうなの?」
イースはユージのへそに指を入れて、グリグリしながら尋ねる。痛みと性感が同時に襲ってきて、ユージはビクンと震えた。
「実はそれが分からなくて。あのクリスタルはシャロンが手に入れたものなんですが、『プリキュア』そのものではなくて……力? が宿っているだけらしいんですよ」
「あの女も知らないの? 『プリキュア』の正体」
イースはユージの乳首に吸い付いて、ちゅうっと強く吸う。
ユージは少し身をよじりながら答えた。
「は、はい。シャロンも『分からない』と言っていました。ただ、あのクリスタルがあれば『プリキュア』の力が手に入ると……だから、シャロンはクリスタルを欲しがっていたようですね」
じゃれ合いながら話す二人をよそに、ジェントルーはユージの肩に頭を乗せて、まるで甘える猫のように頬ずりしていた。
「にゃ〜ん……♪」
猫の鳴き真似までしている。
ユージはそんな彼女の頭を軽く撫でた。
「ジェントルー、『プリキュア』があればレシピッピを再生できる……それは間違いないのかな」
「にゃ〜♡ ……ごほん、そうだ。女王陛下がクリスタルを手に入れてきてくれて渡りに船、仕事ができる妻がいて良かったなユージ? ……ほら、ここが弱いのだろう?」
ジェントルーは、照れ隠しのようにユージの耳たぶを甘噛みする。ぴちゃっぴちゃっという水音が脳内に響き、ユージはゾクッとした快感に襲われた。
「ふふふ……どうしたんだ? ビクビクして。気持ちいいのか?」
「うぅっ……! ま、真面目な話をさせてくれよ……!」
「ふふっ、悪いな。つい意地悪したくなっただけだ。怒らないでくれ」
そう言って、今度は頬に軽く口づけをした。
「まあ……私も元上司から話を聞いただけだ。『プリキュア』に触れれば、レシピッピは力を取り戻して逃げてしまう。だから『プリキュア』には近づくな……とね」
ジェントルーはユージの首筋に顔を埋め、ペロペロとなめ回す。そしてそのまま、チュウッと強く吸って痕を残した。白い喉が震える。
すると今度はイースが反対側の首をカプっと噛んで、同じように強く吸い付いた。
ユージの首に2つの鬱血痕が残る。
二人の独占欲を感じて、ユージは頭の芯がジンと痺れるような快感を覚えた。
そんなユージを見て、二人はクスリと笑う。まるで、獲物が弱っていくのを楽しむ肉食獣のように。
(これは仲良くなったと見て良いのかな……?)
二人はどちらも赤い瞳をしているが、色合いは微妙に違う。イースは艶のある暗い赤色……錆びた金属の色に近いが、ジェントル―はワインのような赤紫。
イースの瞳は、情熱的で、どこか淫靡で、妖しく輝いている。
ジェントルーの瞳は、冷静で、知的で、神秘的な輝きを放っている。
しかし、今だけはその二つの視線はユージ一人に向けられ……いや、これでは話が進まない。
「ここまで、ここまでにしよう。お茶を淹れるよ」
「あん、ちょっと、ユージ、もうちょっと……」
「イース、ユージを困らせるのは感心しない。続きは明日にしよう」
「どの口が言うのよ、アンタは」
立ち上がったユージはティーポットやカップを用意し始めた。電気ポットのスイッチを入れ、沸くまでの間に茶葉を選ぶ。
「えーと、アールグレイとダージリンどっちが良いですか」
「私はダージリン」
「では、私も」
「了解」
コポコポとお湯が沸騰し始める。ユージは2つのカップにそれぞれ紅茶を注ぎ、砂糖とミルクを添えて二人に差し出した。
メイド服を身に着けたジェントルーは、ソーサーごと優雅に受け取る。
対して、タオルケットを巻き付けただけのイースは、両手でカップを持ってフーフーと息を吹きかけて冷ます。
その姿が可愛らしく、思わず見つめてしまった。
「なぁに?」
「いえ、何でもないですよ」
「ふうん?」
イースは目を細めて笑った後、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
ユージもカップに口をつけ、ゆっくりと味わう。イースが薄っすらと微笑んでいるのを見て、ジェントルーに視線をやる。
「ジェントルー、今ここにお茶のレシピッピはいるのかい」
ユージの問いに、ジェントルーは首を縦に振った。
「少し小さいが、確かにいるよ。黒っぽいのと、白とピンク……ぴったり人数分だな。我々はひとり残らず、このティータイムを楽しんでいるというわけだ」
「ふーん……意思疎通はできるワケ? 言葉とか分かるの?」
「それは無理だ。少なくとも私には、鳥の鳴き声にしか聞こえない」
「そうか……直に話ができれば、プリキュアについて詳しく聞き出せると思ったんだけど」
ジェントルーは「ううん……」と悩まし気な声を出した。
「残念だが、ユージ。今は、この3人で情報を共有することが先決だ」
「それもそうか……」
ユージはため息をついた。その時。
「け、警報?! なんのサイレンだ!?」
けたたましい電子音と共に、赤いランプが点滅し始めた。
執務室の扉が激しく叩かれる。しどけない格好の少女たちは慌てて服を着始める。
「総統閣下! すぐに避難を! 研究室のクリスタルが暴走を始めました!!」
「なんだって?!」
ユージ達は部屋を出て走り出す。廊下の向こう側からも慌ただしい足音が聞こえてきた。研究員の男は、ユージに駆け寄りながら説明を続けた。
「クリスタルの解析中に、突然計器が振り切れて……研究所どころか、この官邸全体が飲み込まれてしまいそうな勢いです。このままだと……」
「飲み込まれる?! 一体何に!」
「光です! クリスタルが急に光り出して! 光が爆発するように研究員を飲み込んでいきました!! ……ああっ、ダメだ……間に合わない……!!!」
「なっ……?!」
ピンク色の光が溢れ、視界が眩い閃光に包まれる。男の体が一瞬にして消えた。クリスタルに取り込まれたのか。
ユージは咄嵯に身を伏せて顔を覆ったが……それでもなお、強い光は瞼の裏まで焼き付くようだった。次の瞬間には、強烈な浮遊感に包まれていた。
「イース様! ジェントルー! 逃げろぉーッ!!!」
ユージは絶叫したが、その声は虚空へと吸い込まれた。
◆◆◆
「……あれ? ここは……」
ユージが目を開けると、そこは先ほどまでの官邸ではなかった。
そこは花園だった。暗い空に異常なほど大きな月が輝き、その光に照らされて様々な花が咲き乱れている。色とりどりの花々はまるで生きているかのように揺れ動き、甘い香りを振りまいた。
ユージは自分が寝転んでいたことに気づく。地面は柔らかな草で覆われており、ベッドのように心地よい感触だ。
立ち上がり周囲を見回した。遠くに人影が見える。こちらに向かって歩いてくるようだ。
「おい、止まれ! お前は誰だ?」
ユージが叫ぶと、そいつは立ち止まった。
少女だった。赤紫のドレスを着て、濃いピンク色の長い髪を風に揺らしている。顔はよく見えない。ユージの知識では、あのドレスや装飾品は「ゴスロリ」と呼ばれるはずだ。
「……貴方、こんなところで何をしているの?」
甲高いが聞き取りやすい、まるで鈴が鳴るような美しい声で尋ねてくる。
これは、クリスタルに関連した異変なのだろうか。ユージは警戒しながら答えた。
「俺にも分からない。気が付けばここにいた」
「ふーん……そう。まあ、いいわ。ねえ、私のこと好き?」
「……は?」
「だから、私のことが好き? って聞いているの」
距離が近づき、やっとお互いの顔が見えるようになった。ユージは唖然として、目の前の少女をまじまじと見つめた。
第一印象としては、化粧が濃い。紫のルージュが唇を染め上げ、アイシャドウはグレー。頬にはチークをたっぷりと入れてあるし、マスカラも大量に付いている。まるで顔の印象を塗りつぶそうとしているかのようだ。
彼女は自分の質問に対してユージの答えがないのが気に食わないようで、頬を膨らませて不機嫌そうだ。
「あの……君は、誰なんだ? 俺はユージ。君の名前は? ここがどこなのか知っているのかい? それに、どうして綺麗に着飾っているんだ? まるで……ええと、お姫さまみたいじゃないか」
「よく喋る男ね。私が誰か知りたい? 教えて欲しい?」
少女はいきなりユージの頬に手を伸ばして、撫で回すように触れてきた。花の甘い匂いが強く香ってくるが、彼女の手は氷のように冷たい。ユージは身震いして、反射的に手を払ってしまった。
「ふーん……貴方は私のことが『好き』でも『大好き』でもないみたいね。つまらない」
「当たり前だろう、初対面なのに」
少女は不愉快そうな様子を隠しもせず、ギョッとするほど近くまで顔を近づけ、眉根を寄せてユージを睨みつける。
「じゃあ……ひとりは寂しい? 貴方に『大好き』って言ってた女の子たちと引き離されて、とても悲しくない?」
ユージの背筋に震えが走る。得体の知れない恐怖を感じた。この子が言っているのは、イースとジェントルーのことに違いないからだ。そして彼女の瞳は、底なし沼のように暗く、深く、淀んでいる。
「答えて。寂しい? 『大好き』を失うと、悲しい? それは、どうして? ねぇ、なぜ? 私はそれを知りたいの」
「どうしてって…………君は、そんな事も分からないのか?」
ユージは思わず聞き返した。しかし、それが間違いだった。
少女は怒りを露わにし、ユージに掴みかかってきたのだ。物凄い力だ。そのまま地面に押し倒され、馬乗りにマウントされる。
「分からなくて悪いの! 私はそういう存在なんだ!」
叫びながら、彼女はユージの首を絞めた。
「うぐっ、うぅっ、くっ」
ユージは必死に抵抗するが、少女の力は強かった。細い腕からは想像できないほどで、仮にも合成人間であるユージがまるで及ばない。
「ほら、苦しいでしょう? 辛いんでしょう? 助けを呼びなさい! さぁ! 今すぐ! 貴方の大好きな人たちの名前を呼べば良いのよ!!」
ユージは、首を絞められながらも、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「うっうっ……よ、呼ばない……! 大好きな人を君なんかの前に呼び出さない!」
「…………!?」
ユージの首から手が離れ、少女は驚愕の表情を浮かべた。
「ご、ごめんなさい……! 私は、私はただ……私は……」
「げほっ、ごほっ、はあ、はあ、はあ……!」
「わ、私……わたしは……ああ、違うの、お願い、許して」
少女は怯えた声を出すと、頭を両手で抱え込んだ。まるで幼児退行してしまったかのような態度だ。
「独りはイヤ……! 誰もいないのは怖い! もう独りぼっちは嫌! 誰かと一緒にいたいの!」
「なんなんだ、お前は……?!」
ユージは混乱して後ずさる。意味不明な言動を繰り返す少女に、得体の知れない恐怖を感じていた。
少女の行動原理が全く理解できない。病的なほど未熟で、『大好き』という言葉に異様な執着を見せる。
それは、「赤ん坊のような」とも表現できるのだが、ここでユージの出自が裏目に出た。合成人間であるユージにとって、赤ん坊は機械で生産されるものだ。彼が生まれた時から、親というものは存在しない。だからこそ、言ってはいけないことを言ってしまった。
「お前も、合成人間なのか?」
「……えっ?」
「お前も、ひとりぼっちで、だから……ひとりになるのが怖くて、大好きな人が必要で……それで……」
「……あはっ」
ユージの話を遮るように、突然少女が笑い出した。その声はとても可憐なものだったが、同時に、ぞっとするような狂気を含んでいた。
「そうか……分かったわ……。貴方も、私と同じなのね。だから、愛を知らないの」
「な、なにを……」
「ふふふふふっ! やっぱり、私たち、似てるわ!」
少女は狂ったように笑い出した。まるで悪魔に取り憑かれたかのような禍々しい笑みだ。
くるくると、少女が踊る。赤いゴスロリドレスがふわりと浮かぶ。まるで花びらが舞っているようだった。
「だって、そうでしょ? 貴方も造られた人間。私も造り物! 同じ造り物の私たちはきっと惹かれ合うのよ! ああ! なんて素敵! 嬉しい! ずっと待っていたのよ、こんな時が来るのを!!」
「……?!」
突然、少女の周囲に4つのクリスタルが現れた。赤、黄、緑、青、4色のクリスタルが暗闇に浮かび上がり、それぞれ輝きを放つ。
「ルージュ! レモネード! ミント! アクア! お願い、私を助けて! 私と一緒にこの人を抱きしめて!!」
「「「「もちろんよ、ドリーム」」」」
クリスタルが一斉に弾けた。クリスタルと同じ色の髪をした、全裸の少女たちが、花園に出現した。胸や股間を隠すことなく堂々と立っている。
そして彼女達は一糸乱れぬ動きで両腕を広げると、ユージの体を優しく包み込んだ。
「ひっ……や、やめ……がっ!」
彼女たちは幸せそうな笑顔を浮かべているが、その目は虚ろだった。ユージは恐怖し、絶叫しながら、自分の体に絡みつく少女たちの裸身に飲み込まれていった。
(続く)