「ねえ、今って平成何年なの?」
「ヘイ……セイ? なんだい、それは」
ジェントルーが首をかしげる。ドリームも反対側に首をかしげた。
「えっ? えっと……元号だよ。ほら、和暦」
「ゲンゴウ? ワレキ? 知らない言葉だ」
ジェントルーは、クールで澄ました女の子だ。銀色の髪だから外国人なのだと思うが、頭が良くて、
「えーっと……じゃあ……西暦だと何年?」
「セイレキ? それも分からない」
「えぇ……なんで……?」
ドリームは混乱するしかなかった。この世界は、自分が生まれた世界とは違うのだろうか。そんな疑問が湧いてくる。
「……正確には分からないけど、今は西暦……1万5000年くらいじゃないかしら」
そう言ったのは、イースだった。この子も銀髪でクールな雰囲気を出しているが、今はどことなく体調が悪そうだ。
「……1万5000年かあ。1万3000年も経ったんだ。それじゃあ、平成って言っても通じないよね」
ドリームはショックだったが、それでも驚きはしなかった。一度は消滅した自分が、こうやって姿を持って話せているのだ。それくらいの時間経過があっても不思議ではない。だが、次の言葉には驚いた。
「イース、セイレキとはなんなんだ。私にも分かる言葉で説明してくれ」
「西暦は、地球滅亡前の紀年法よ。今じゃ考古学の論文にしか出てこないものだから、知らなくても無理ないわ」
「チキュウ……メツボウ……?」
ドリームは息を呑んだ。チキュウとは、もちろん太陽系第三惑星の地球だろう。しかし、滅亡という言葉の意味するところは。
「まさか、あなたたち宇宙人なの!?」
「えっ?」
「宇宙……人……?」
「だって、地球が滅んだって!」
イースとジェントルーは、揃って肩をすくめた。
「アンタ、やっぱり地球が滅亡するより前の時代から眠ってたんだ。そりゃ驚くわよね」
「私にも理解できた。つまり君は、超古代の生き証人なのだな。考古学者が飛び上がって喜ぶだろう」
「えっ……えっ……どういうこと……?」
ドリームは戸惑うことしかできなかった。
自分の一時的な死から、およそ1万3000年が経った。それはいい。時は流れるものだ。
その間に、地球は滅んでしまった。悲しいが、永遠に続くものはない。そんな事も起こるだろうと納得できる。
でも、目の前の彼女たちは地球人にしか見えない。少なくとも、オリジナルが見ていたSF映画の
「さ、猿の惑星なの?!」
「誰が猿よ。私達は地球人。地球滅亡の時、異世界に避難した生き物がいたの。私達はその子孫」
そこまで言って、イースは肩をすくめた。
「まあ、アンタが知ってる地球人と同じかまでは知らないわ。とにかく、私達の祖先は別世界に逃げたの。そして、そこで子孫を増やして、また地球に移り住んだ。それが今の私たち」
「へ、へー……」
(やっぱり猿の惑星だ)
ドリームは困惑した。イースの話は荒唐無稽だが、辻妻は合っている。それに、嘘をついているような雰囲気でもない。
「まあ、信じられないだろうな」
ジェントルーも苦笑いしている。彼女は続ける。
「我々もどこまで本当なのかは分からない。今となっては神話の類だ。いや、君から見れば未来の話なんだろうがね」
「そっか、未来人か……」
ドリームは腕を組む。考えれば考えるほど不思議な話だ。例えば、
「ほら、その辺にしておきなさい。目的地までもう少しかかるわ」
イースが手を叩く。
「ドリーム、しばらくはレシピッピの再生を頑張ってもらうわよ。ユージからも頼まれてるし、それくらいは謝罪の証として協力してもうらわ」
「分かってるわよ。私は間違ったことをしたんだから、最初はお詫びをしないといけないもんね」
ドリームはぐっと拳を握った。頑張ろう。ここが未来でも、自分が超古代人でも、そんな事は関係ない。
「レシピッピたちを助けてあげて、それからユージやイースと友だちになる。ジェントルーともね」
「一応言っておくが、私も君に対して怒っている。ユージを汚されたからな」
そうは言うが、ジェントルーの表情は柔らかい。彼女は右手を腰に当てて、左手をドリームに差し出した。
「私もすねに傷のある身で、君の力を必要としている。よろしく頼むよ」
「うん、こちらこそ」
ドリームはその手を握る。彼女の手は、少し冷たかった。
ぴりりりり……
「イース、ケータイ鳴ってるよ」
「ケータイ? これは電話よ」
「いや、ケータイじゃない」
「なにそれ、古代語? ……はい、総統閣下。お待たせしました。……はい、いえ、今はドリームと……はい。申し訳ありません、少し時間を……はい。失礼いたします」
イースはケータイの向こうと言葉少なに話し、すぐに切ってしまった。それから、重い溜息をつく。ジェントルーが心配そうに声をかけた。
「ユージか。大丈夫なのか? 君は今、調子を崩しているのだから、あまり負担をかけてはいけないぞ」
「分かってるわよ。一週間後にしてもらったわ」
イースはそう答えたが、その声は弱々しい。ドリームはおずおずと聞く。
「あの……ユージがどうかしたの? なんだか辛そうだけど」
「別に。ただ会いたいって言われただけよ。だけど……はあ」
またイースはため息をつく。そして、軽くお腹をおさえた。
「……全く。女の体って、本当に不便ね」
◆◆◆
「二ヶ月ぶりですね、イース」
「はっ。女王陛下」
ジャンティア連合共和国、首都ローザシャーン、官邸の一室。ユージの執務室とは別の階にある、シャロンの公室だ。
それほど大きくはないものの、調度品は高級なものばかり。床には絨毯が敷かれており、イースの靴音を吸収している。壁際には十人以上の親衛隊員が並び、直立不動の姿勢を取っていた。
正面の壁には、金色の額縁に収められた一枚の絵が飾られている。ユージとシャロンの肖像画だった。絵の中の二人は、手を重ねて穏やかに微笑んでいる。
金細工を施した豪奢な椅子の上で、シャロンは優雅に微笑んだ。
「それほど固くならないで下さい。私と貴方は、同じ男性にかしずく仲間なのです。女同士、仲良く致しましょう」
「はい、女王陛下。いいえ、貴方は総統閣下の配偶者であり、私は部下。立場の違いがあります」
イースは扉の前で直立不動していた。その口調は固い。シャロンはくすりと笑う。
「ですが、イース。あからさまな態度をとっていては、二心ありと思われてしまいますよ」
「うっ…………」
見透かされて、イースの頬が紅潮する。それを見てシャロンはますます笑みを深めた。
「ふふ、冗談ですよ。私達は、共にユージさんを愛しているのです。ここは一つ、仲良くして頂けませんか?」
「……」
イースは目を伏せると、ゆっくりと頭を下げた。
「失礼しました。不敬をお許しください」
「構いません。さあ、ソファに。そちらのドリームさんも」
シャロンはにこにこと笑いながら、二人に着席を促した。
イースとドリームが並んで座り、向かい側にシャロンが座る。テーブルの上にはティーセットが置かれていて、既に紅茶とお菓子が用意されていたが、誰も口をつけようとはしなかった。
しばらく沈黙が続くと、やがてドリームがそわそわし始めた。シャロンは目ざとく気づき、彼女に話しかけた。
「ドリームさん? お菓子が食べたいですか?」
「えっ!? い、いや……そんなことは……」
「遠慮しないでいいんですよ。さあ、このチョコレートケーキをどうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
ドリームは差し出された皿から、小さな一切れをつまむ。だが、それを自分の口に運ぼうとはせず、じっと見つめていた。
「……? どうしたんですか? 早く召し上がって下さい」
「あ、あの……女王様は食べないんですか? こんなに美味しそうなのに」
ドリームの言葉に、シャロンは意表を突かれたように瞬きした。
「まあ……♪ ドリームさんはとても気が利く方なんですね」
「あ、は、はい……」
ドリームは顔を赤らめる。シャロンは上機嫌で続けた。
「そう、そうですわね。あの方は、『お菓子は一人で食べても美味しいけど、みんなで食べれば何倍も美味しくなる』と仰っていましたものね。では、私もご相伴にあずかりましょう。決定です♪」
(あの方……?)
イースは怪しく思った。イースから見たシャロンは、人を人とも思わない悪魔のような女だ。冷酷非情な独裁者だ。それが、仰ぎ見るように誰かの思い出を語っている。その態度はあまりにも自然で、違和感がなかった。
イースの視線に気づいたのか、シャロンは少し恥ずかしそうに言った。
「あら、ごめんなさい。お茶が冷める前にいただきましょうか」
シャロンは自分の分のケーキを切り分けると、「いただきます」と呟いてフォークを口に運んだ。ドリームもそれに続く。
「うわぁ、すごくおいしい!」
ドリームが歓声を上げた。イースもそれを横目に、ケーキを口に運ぶ。味つけが濃くて甘ったるかったが、舌触りがよく、とてもなめらかな食感だ。ドリームの言う通り、確かに絶品の部類に入るだろう。
「…………そうね、美味しいわ」
「ふふ。これも、貴方がブンドル団退治に精を出した成果だと思っていますよ」
シャロンはにっこりと笑って言った。
「ブンドル団の撃退は、総統閣下のご尽力あってこそ。私は、その指示通りに働いたに過ぎません」
「謙遜しなくても良いではありませんか。戦闘だけではなく、ドリームさんを仲間に引き入れレシピッピの再生を成し遂げたのも、貴方の功績ですよ、イース」
シャロンはイースを手放しで褒め称える。しかし、イースは苦々しげに唇を噛んで俯いた。
ユージを奪ったこの女に評価されるほど、イースにとって屈辱的なことはない。それは手駒としての評価だからだ。
ドリームはイースの内心などつゆ知らず、無邪気に喜んでいた。
「本当? やった! 私、イースの役に立ったんだ!」
「もちろん。イースだけではなく、世界のみんながレシピッピの強奪に苦しんでいます。あなたの力が世界を救うことになるでしょう」
シャロンはドリームに微笑みかける。ドリームは照れくさそうに頭を掻いた。
「な、なんだか恥ずかしい……世界なんて大げさだよ。でも、ありがとう」
「いいえ、事実を申したまでですわ。レシピッピの喪失に苦しんでいた各国は、こぞって我がシャンティアに訪れるでしょう。『どうか助けて下さい』と。それは、シャンティアの元に世界が一つになる、その象徴となるのです」
シャロンは熱っぽく語った。
「世界が……一つに?」
「ええ。私達の力で、世界を統一する。そして、永遠の平和を創る。素晴らしいと思いませんか?」
「……はい、思います。女王陛下」
イースは答えた。ただの阿諛追従だったが、シャロンは満足そうに笑う。
「流石はイースです。力を合わせて、ユージさんの下で世界を一つにしましょうね」
「勿体なきお言葉です」
自分でも白々しいと思う言葉を吐きながら、イースは考える。
──この女は、本気で世界征服するつもりなのかしら? それとも、ユージを手中におさめるための方便に過ぎないのだろうか。どちらにせよ、イースにとっては面白くなかった。
シャロンはドリームにも問いかける。
「ドリームさんはいかがですか?」
「……うーん、ちょっとよく分からないかも。世界が一つになったら、争いがなくなるのは分かるんだけど……」
「そうですか……。いえ、いいのです。貴方はただ、人々を助けることを考えて下さい」
「うん! ……じゃなくて、分かりました、女王様」
ドリームは慌てて言い直す。シャロンはそんな彼女を愛おしそうに見つめた。
「ドリームさん、他人行儀になさらないで。わたくし、貴方と友達に成りたいと思っているの」
「えっ、と、ともだち? 私が?」
「そう。わたくしはユージさんの妻。あなたはユージさんのお友達。だから、仲良くして欲しいの。きっと、素敵な関係になれると思うわ」
「う、うん! 分かった!」
ドリームは嬉しそうに何度も首を振る。それから、はっとした顔になった。
「あ、あの、女王様……?」
「シャロンって呼んで、ドリーム」
シャロンはにこにこと笑いながら言う。
ドリームは少し迷ったようだが、すぐに笑顔を浮かべて答えた。
「……う、うん! 私、シャロンのこと、好きになれそうだよ!」
「私もよ、ドリーム」
シャロンはドリームの手を取ると、軽く握って上下に振った。
「ふふっ、嬉しい。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」
二人は楽しそうに語り合う。
「…………ちっ」
イースは小さく舌打ちする。それを見て、シャロンは穏やかに微笑んだ。
「イース? わたくしから見て、貴方は権謀術数には向いておりません。あまり下手な小細工をすると、かえってユージさんに迷惑をかけてしまうのではないでしょうか」
「……っ!?」
図星を指され、イースは歯噛みする。シャロンは余裕たっぷりに紅茶に口をつける。
「シャロン、なんの話? イースと仲が悪いの?」
無邪気に尋ねるドリームに、シャロンは微笑みかける。
「いいえ。ただ、イースはわたくしより先に貴方とお友達になりたがっていたのです。先を越されて悔しいのでしょう」
「えっ!?」
「なっ……!」
ドリームとイースは同時に声を上げる。シャロンはおかしそうに笑った。
「ふふっ、そういうことにしておきましょう」
「うぅ……」
イースは奥歯をぎりと鳴らす。ドリームは恥ずかしそうに頬を染めた。
「そっか……。私と友達になりたいなんて、思ってくれたんだ……」
「……そうね。ごめんなさいドリーム」
イースは頭を下げた。早い話、イースはドリームを懐柔してシャロンを害せないかと考えていたのである。ドリームの戦闘力はナケワメーケの比ではない。シャロンが相手でも渡り合えるかもしれない。だが、ドリームの笑顔を見ていると気がとがめて、実行には移せなかった。結果、見事シャロンに足元をすくわれたわけだ。
ドリームは慌てた様子で手を振った。
「あっ、謝らなくても大丈夫だよ! その……私も、イースのことは嫌いじゃないし……!」
「……ありがとう」
イースの表情が緩んだのを見て、ドリームは屈託なく笑う。
「でも、良かった。これで友達だね♪」
イースは毒気を抜かれた気分だった。
「……ええ。そのようね。よろしく、ドリーム」
「うん♪」
ドリームはイースに手を差し出す。イースはそれを握り返した。
◆◆◆
ドリームはシャロンとお茶を楽しんでいた。ドリームから見たシャロンは、まるで絵本のプリンセスだ。清楚で品があって、優雅で可憐で……。でも、どこか弱さを感じさせる女性だ。ジェントルーの言った通りに。
自分のことを体よく利用しようとするのは良くないが、それも政治家なら仕方ないことかもしれない。本当は優しい女の子なのだ。ドリームはそう思うことにした。
「ねえ、シャロン。ユージのどういうところが好きになったの? 私、知りたいな」
ドリームはストレートに尋ねた。シャロンは一瞬きょとんとしたが、やがて顔を赤らめる。
「あ、改めて聞かれると、恥ずかしいですね」
「教えて欲しいの! ちなみに、私はね……かっこいい所かな!」
ユージはどれほど快楽漬けにしようとしても音を上げず、逆にルージュたちを組み伏せて『幸せ』にしてしまった。
それは犯されながらも彼女たちをよく観察し、しかも優しく幸せへと導く度量があったからだ。
ユージはドリームの理想の男性像にぴったり嵌まっていた。
わくわくしながら返事を待つ。シャロンはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように言った。
「わたくしは……わたくしが悪いことをしても、優しく包んでくれるからです」
「ふむふむ」
「ユージさんには勇気があります。そして、強い意思が。わたくしはその優しさに惹かれ、その意志の強さに恋をしました。……きっとユージさんと一緒であれば、どんなことも乗り越えられると思います」
シャロンは真顔だ。一切の照れもない真剣な眼差しを向けられ、ドリームは面食らう。
「そ、そうなんだ……。じゃあさ……」
その時、ガチャンと音がした。
「イース?」
見ると、イースがテーブルに紅茶のカップを乱暴に置こうとしていた。
「どうしたの? 具合悪いの?」
ドリームが尋ねるが、イースは首を横に振る。
「なんでもないわ」
「……本当に?」
「本当よ」
イースは下腹部を押さえて、辛そうに息を吐く。
「……ちょっと、お腹が張っているの」
「もうすぐ満月ですね、イース」
シャロンが唐突に言った。確かに月は満ちつつあったと思うが、なぜそれを今言うのだろう。
「……ええ、そうですね」
イースは平静を装って答える。
「月が満ち欠けするように、女の体は周期的に変化するもの。それは自然であり、恥じるべきことでは有りません。むしろ自然の摂理に逆らうことこそ罪深いと言えるでしょう」
ドリームにはよく分からなかった。抽象的な表現ばかりで理解できない。
「……えっと?」
ドリームの反応に気づいたのか、シャロンが説明する。
「イースには月のものが来ているのです。今は女性ホルモンの作用が強くなっていて、頭痛や腹痛、倦怠感、焦燥感などを感じやすい時期。ですが、男性を受け入れられる真の女になった証でもあるのです」
「そうなの?」
「ええ。それはつまり、妊娠できる体になるということですから」
「へぇ~」
ドリームは感心したが、イースは不快そうに鼻を鳴らした。自分の体の変調を言い当てられたことが、面白くなかったのだろうか。
いずれにせよ、正しい推測だったようだ。ドリームは、ああそっか、と合点した。
「イース、ユージに告白したものね、愛してるって。だからユージの赤ちゃんを産む準備をしているってことなんだ」
「……っ!」
イースは絶句する。ドリームはにこにこしていた。友達が幸せになろうとしている。こんなに嬉しいことがあるだろうか。
「ラビリンスでは、女性兵士は月経調整薬で生殖を管理されていたそうですね、イース。あなた、飲むのを急に止めたでしょう。薬は少しずつ減らすものです。それが不調の原因ですよ」
「……はい、女王陛下。お見苦しい姿を晒すことになってしまい、申し訳ありません」
「構いませんよ。女は相身互いです」
シャロンは鷹揚に言う。彼女はチリンチリンとベルを鳴らし、新しい紅茶の用意を命じた。その間、ドリームはイースに寄り添って体を撫でていた。
「シャロン、月経調整薬ってなに? どうしてイースは苦しそうなの?」
ドリームが尋ねると、シャロンは微笑んで答えてくれた。
「薬を飲んで、体を子供ができた状態に近づけるの。そうすれば、出血や痛みが抑えられるし、赤ちゃんを産む力も温存できるわ」
「そっか……イース、辛いよね。大丈夫?」
「……ええ。ありがとう、ドリーム」
イースは弱々しく微笑んでみせる。そのうち、紅茶のいい香りが漂ってきた。
シャロンは、小さな瓶から赤い液体をティーカップに注ぐ。
「これはレッドローズのシロップです。鎮痛と貧血予防に効きますから、紅茶と一緒に召し上がってください」
「あ、ありがとうシャロン!」
ドリームは礼を言うと、イースの背中をさすりながら、スプーンでかき混ぜてあげる。
「さあ、イース。これを飲んで元気になってね」
「……女王陛下。なぜ、私にこのようなものを」
イースは怪しんでいるようだった。どうしてだろう? シャロンはきっとユージのためを思ってそうしているのに。
「そうね……。イース、わたくしは貴方が羨ましいのです。ユージさんのために真の女になることを選んだ貴方が」
「……」
イースは何も言わずに目を逸らす。シャロンは構わず続けた。
「わたくしも、生娘のころは月のものが辛くて堪らなかったものです。毎月、憂鬱でした。どうして女は子供を作るために血を流すのかしらって。なんの意味があるのかとさえ思ったこともありました。でも、ユージさんに出会えてからは違いました」
シャロンはシロップ入りの紅茶を口にした。香りを楽しみ、味を堪能してから飲み込む。
「ふう……。あの方との夜は、わたくしにとって至福のひととき。この紅茶よりもよほどね。どれほど待ち遠しかったか知れません。血が流れて、ユージさんに、あなたの子供を産む準備ができましたと告げる、その時が」
一言一言、区切るように話しながら、シャロンは下腹部をそっと押さえた。
「でもね。多忙なせいでしょうか。それともギードラの化身となったせいでしょうか。わたくしには月のものがありません」
シャロンは寂しげに笑う。
イースは黙ったままだ。だが、その瞳は揺れているように見えた。
「諦めてはおりません。それはユージさんに対する侮辱ですから。でもね、貴方を応援したい気持ちも本当です。それはユージさんの望みでもありましょう」
「……」
「ユージさんはきっと、イースの幸せを心の底から願っているはずです」
イースは何かを堪えるように唇を噛んだ。それから、紅茶のカップを両手で掴み上げるようにして口をつける。
こくりと喉が鳴る音が聞こえた気がした。
「……美味しい」
「よかった。きっと貴方の体が、その味を求めていたのですよ」
(二人共、何を考えているのかな)
ドリームにはわからない。何しろ、彼女は生まれて数日で死んだ。1万3000年かけて生き返ってからも、まだ数日しか経っていない。月経どころの話ではない。
(あの子には生理があったから、きっと私にもあると思うけど。でも、あったとしても私は恋人が……うーん……)
そんなことを考えていたら、シャロンと目が合った。シャロンはくすりと笑うと、ドリームに話しかけてくる。
「ドリームはどうかしら?」
「えっ?」
「わたくしたちのように、月のものが来たら。ユージさんの子を産んでみたいと思いますか」
ずいぶん飛躍した話だ。ユージのことは好きだが、まだ手も握ったことがないのに。
「ううん……。よくわからないわ。私は生まれたばかりだし」
「そうね。ドリームはまだ赤ちゃんですものね」
シャロンはクスッと笑った。それから、またベルを鳴らし、小さな箱を持ってこさせた。
中にはピルケースと、ビニールに包まれたゴム製品が入っていた。
「なあにこれ? 初めて見た」
ドリームは不思議そうに眺める。
「これは、コンドームという避妊具です。それと、イースの体調を整える薬」
「ひにんぐ……」
「ええ。男性の性器に被せて、精液が膣内に入るのを防ぐもの。赤ちゃんができるのを防ぎます」
「ふぅん、そうなんだ。シャロンの?」
イースが軽蔑するような目つきをする。シャロンは苦笑いを浮かべると首を横に振った。
「わたくしも、使う意味がある身体になりたいのだけれど。これは貴方に差し上げます。もし自分の気持ちを確かめたいと思う時がきたら、これを使ってもらって」
ドリームは素直に受け取ることにした。箱ごと、ソファにかけていた上着のポケットに仕舞う。
イースが手元をじっと見つめていた。
「イースも使いたいの? コンドーム」
「へっ?! い、いえ、そういうわけじゃ……」
イースは慌てて否定する。ドリームは首を傾げたが、それ以上追求するのはやめておいた。
「さてと、わたくしは公務に戻ります。今日中に片付けなければならない仕事がまだ残っているのです」
シャロンはそう言って立ち上がった。
「じゃあね、ドリーム。わたくしのお友達。イースのことをお願いします」
「わかったわ。イースは私の友達だし、シャロンはイースの友達だから」
ドリームは笑顔で答える。シャロンは顎に細い指を当て、困ったように笑った。
「そうだといいのですけど。わたくしたちは、恋敵ですから」
「え?」
「なんでもありません。では」
シャロンは微笑むと、部屋を出て行った。
◆◆◆
「それで、避妊具をありがたく頂いて帰ってきたのか? 全く、君はすぐ情に流されるな」
そう言ったのは、メイド姿のジェントルーだった。
ここはジェントルーとドリームが住む家。正確にはユージの別宅である。合成人間の居住区にあり、それとなく親衛隊が警護している。
イースは、湯気を立てるハンバーグにフォークをつき刺した。ナイフを使わなかったのは、彼女の苛立ちゆえだ。肉汁が溢れ出すのも気にせず、口に運ぶ。
「そんなもの、まだ子供を作るなと言われたに等しいと思うが。陛下が生理不順なくらいで、コロッと同情して。君らしいと言えばそれまでだが」
「……うるさい」
イースは眉間にシワを寄せて、黙々と食べ続ける。うまい。荒目にひかれた肉のうま味と、香味油を活かしたまろやかなソースがよく合う。
「まぁ、食欲は戻ったようだからよしとするが」
悠然と言い放ったジェントルーは、自分もハンバーグを食べ始めた。彼女の好物らしく、嬉しそうにしている。
「ところでドリーム、ハンバーグの味はいかがかな?」
「え? うん、とっても美味しいわ。昔の地球であの子が食べてたのと同じ味よ」
ドリームはかなりの大食いで、食事のたびに驚くほどたくさん食べる。だが、今日は少しペースが遅いようだ。
「それは良かった。ユージの好物だが、元を正せばパルミエ王国から伝えられた料理らしい。レシピはユージが考えたものだよ。彼ときたら、私がいいと言うのに朝食にもこれを作ってきて……」
自慢気に、ユージとの生活をペラペラと喋り始めるジェントルー。イースはうんざりした気分で、コップの水をあおった。
「……んっ、ぷはっ。いちいち惚気ないでよ。それで、食後は『デザートが欲しい』とか言われて抱きしめられるんでしょ。もう聞き飽きたわ」
最近のイースは、ユージが他の女を抱いていることに嫉妬心を覚えない。ただ、彼はどんな女が好きなのだろうと考えるだけだ。
(胸は大きい方が好き? 私もシャロンも大きい方だし。でもジェントルーは小さいし。じゃあお尻?)などと想像してしまう。
「なんだ。妬いているならそう言えば良いものを」
「別に。ただユージの顔が見たいだけ……あっ」
つい本音を漏らしてしまった。ジェントルーはニヤリと笑うと、立ち上がって電話を取り出した。
「なんだ水臭い。今から呼んでやるから待っていろ」
「ちょ、ちょっと!」
「心配はいらない。私もちょうどユージの声を聞きたいと思っていたところだ」
止める間もなく、ジェントルーは電話をかけてしまった。イースはため息をつくと、椅子に身を投げ出す。もう、どうにでもなれ。
(続く)