世界三大国家の一つ、ホープキングダムが全世界を侵略し始めた。イースとドリームは、シャンティアに侵攻してきた敵軍と対決し、優勢に戦う。
そこに現れたのは、ディスダーク三銃士を名乗る男、クローズ。不意を突かれたイースは夢の世界に閉じ込められ、ドリームも苦戦を強いられる。
この危機にユージが投入したのは、最強の人造プリキュアであるダークプリキュア。彼女がクローズを圧倒する間に、ユージは合成人間としての能力で夢の世界に入り込み、イースの救出を果たす。
だが現実世界では大きな問題が生じていた。ダークプリキュアが、ドリームに対し攻撃を加えていたのである。
1/4 (エロ無し)
ダークプリキュアの右腕が、激しくタップされる。ドリームの顔は今や土気色で、泡を吹いていた。
戦場の空は、薄暗い灰色をしている。今日は曇天だった。雲が垂れ込めて、今にも雨が降り出しそうだ。風も吹いていて、空気は湿っぽく冷たい。
ダークプリキュアは、ドリームの首を締めていた。苦しげな呻きを気にもとめず、ただひたすら首を絞め続ける。彼女はプリキュアとしての使命感に駆られていたわけではない。むしろ逆だった。
「言え。自分はプリキュアではないと言え。でないと殺す」
低い声で脅すと、ドリームは激しく首を振った。口をパクパクさせて、何かを訴えかけているようだ。しかし、声は聞こえない。首を押さえている手に力を込めると、くぐもった呻きが聞こえただけだった。
「頷くだけでいい。簡単なことだろう?」
そう言ってさらに首を強く締めあげるが、やはり反応は変わらない。このまま締め上げ続けたらどうなるか、当然ダークプリキュアにはプログラムされているし、計算結果では成功確率99.99%以上だと算出された。
「意地をはる必要はない。いかに伝説の戦士からコピーされたとは言え、お前は生物だ。本能に従ってしまえば楽になれる」
計算された猫なで声。機械的な合成音声でもなければ、生々しい肉声だったわけでもない。人間の言葉を喋っているというだけにすぎない無機質な言葉だ。それは人間ではないということを如実に表しているかのようだった。
(おかしい)
計算どおりにいかない。これほど痛めつければ、ドリームは屈服するはずだった。生物などという半端なプリキュアもどきが、生命の危機に逆らえるはずがないからだ。それがダークプリキュアにとって最も効率の良いやり方と算出されたのだ。ところがどうだ? 目の前の少女は、全く折れる気配を見せない。それどころか抵抗すらしてくるではないか!
(なぜだ)
(なぜ喋らない)
(なぜ私に反抗する)
(まさか)
(私は間違っているのではないか)
(いや違う)
(計算通りだ)
(こいつは私の命令に従おうとしない)
(ならばどうするべきか)
(簡単だ)
(従わせるためにどうすればいいか)
(答えは単純明快)
(暴力による支配)
(こいつに必要なのは恐怖心だけだ)
(その感情を植え付けるためにはどうすればいいか)
(考えるまでもない)
ダークプリキュアは首から手を離した。そのまま腕を振り上げて、ドリームの顔面を狙う。手加減は一切なしだ。一撃で鼻骨を叩き折るつもりで拳を振りかぶる。
ドリームは避けようとしなかった。衝撃に備えて歯を食い縛ることもしなかった。
「止めろ! もう意識を失ってる!」
背後から、組み付いてくる男。ユージだった。救出に成功したのか、ぐったりしたイースが近くに寝かされている。
「離せ」
「離すもんか。ダークプリキュア! お前、自分が何をしているのかわかっているのか!?」
ダークプリキュアは振り返った。力ずくでユージを振り払うことは容易だが、できない。彼を害することは禁じられているからだ。
「…………当然だ。私は究極のプリキュア。出来損ないの不良品を始末するのが任務だ」
「そんなはずがあるか! お前の任務はこの国と俺を守ることだ! それを忘れるな!」
「まがい物のプリキュアを放置すれば、シャンティアの防衛が脅かされる。今ここで処分するのは妥当だろう」
ダークプリキュアは、プログラムされた指令に逆らうことはできない。だが嘘や屁理屈、そして詭弁を弄することはできる。それは敵と戦うための戦闘用AIとしては不釣合いに高度な機能だ。
ただし『敵を欺き』ではなく『味方を騙す』というのは極めて特殊なケースだが……。
「……例えそうだとしても、ドリームはお前が守るべきシャンティアの一部だ。そうだろう?」
「……」
ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきた。ついに降り始めた雨が体を濡らしていく。ダークプリキュアには、気温や体温を感知する機能がある。だから、風の冷たさとユージの温かさを肌で感じた。同時に人工皮膚も冷却されていき、熱を奪われていく。冷えていくはずの体が温まっていくのはどうしてだろう? きっとユージのせいだと思った。
「わかったのなら、その手を放せ」
「断る」
「これは命令だぞ」
「命令を変更しろ」
「無茶を言うんじゃない。もう一度言うぞ。手を放せ」
「ダメだ」
押し問答の末、ユージは苛立たしげに怒鳴りつけた。
「なら、ここで停止スイッチを押してお前を初期化する! それで文句はないな!」
「…………!」
歯噛みして、ダークプリキュアは腕を下ろした。ドリームが、どさりと地面に倒れる。彼女はピクリとも動かない。
「ドリーム! ああくそ、息がない……!」
ユージがドリームの鼻をつまみ、人工呼吸を始めた。小さな唇を押し広げて、酸素を送り込む。何度も繰り返すが、呼吸が戻る気配はない。
「……その場合、心臓マッサージを行うべきだ。胸のあたりを強く圧迫しろ」
「ああ、そうか……! よしっ!」
ユージは指示通りに心臓マッサージを始める。胸の真ん中に手を当てて、体重をかけて押し込むように押す。肋骨が折れてもかまわないといわんばかりに強く押した。
「────かはっ!!」
ドリームの口から空気が漏れた。息を吹き返したのだ。ユージの顔がパッと明るくなる。だがそれも一瞬のこと。すぐに表情を引き締めて、今度は人工呼吸をし始めた。
「……」
その様子を見守るダークプリキュアの胸に去来したのは、苛立ちにも似た焦燥感だった。何故なのか自分でもわからないまま、じっと二人を見つめていた。
◆◆◆
総統官邸。
「はあ…………」
目覚めたイースの見舞いを終え、執務室に戻ってきたユージはため息をついた。
「どうした、嫌いなメニューだったかな」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて」
ユージは口ごもりながらも否定した。
執務机の上で湯気を立てているランチは、トマトソースとバジルを使ったスパゲッティと、具沢山のミネストローネスープだ。
ホープキングダムの侵略が始まる前にパルミエ王国から仕入れた材料だ。いつまで味わえるか分からない。だから味わって食べるべきだ。それは分かっていても、どうしても食が進まないのだった。
メイド服で傍らに立つジェントルーが、様子を伺うように言った。
「女王陛下がパルミエに向かって、激務で疲れているのだろう。少し無理をしても、食べておくべきだ」
「うん……」
「君が倒れてしまっては、私も困る。君無しでは、私は生きていく場所がない」
ジェントル―はそう言って、優しくこつんと頭を小突いた。この程度の軽いスキンシップでも、今のユージにとっては大きな励みになる。彼女の優しさに涙が出そうになるくらいだ。
「ありがとう、ジェントル―。でも俺は大丈夫さ」
そう言って無理に笑ってみせるが、あまり効果はなかったようだ。むしろ彼女の表情が曇ってしまったので失敗だったかもしれない。しかしこれ以上取り繕っても無駄だと思い、食事を再開した。
トマトは甘みのある品種で、トッピングのチーズとも相性がいい。パスタはアルデンテより少し柔らかめで食べやすいし、スープもあっさりしていて飲みやすい。栄養バランスも完璧だし、味も美味しいのだが……。
「やはり、ドリームが心配か?」
♡プリキュア♧じゃない彼女たち
と
◆世界を征服する話◆
第7話 あしたときのう
彼女はまるでこちらの心が読めるかのように言い当てた。思わずフォークを落としそうになったほどだ。
「え……? あ、うん……まあね」
曖昧に答えて誤魔化してみたものの、彼女は誤魔化されなかったようだ。静かに頷いてから口を開いた。
「君の気持ちは分かるつもりだよ。ドリームだけでなく、ダークプリキュアのことも気がかりなのだろう?」
「それは……」
「君とダークプリキュアは、ある意味近い境遇だ。放っておけないと思うのは、何もおかしな事ではないよ」
とくとくと、紫色の液体がグラスに注がれる。
「今日はグレープジュースだ。私と乾杯しようじゃないか」
「……そうだね」
差し出されたグラスを手に取って、軽く触れ合わせる。ガラス同士のぶつかる澄んだ音が小さく響いた。
「ん……おいしいね。これも輸入物?」
「もちろんだ。パルミエ産もいいが、これはホープキングダムの田舎で作られたブドウでね。なかなか味わい深いだろう」
「ホープキングダム、か」
敵国である。シャンティアが世界征服を志している以上は元よりそうなのだが、それにも増して今はこちらを侵略しようとしている。
シャロンがパルミエ王国に向かったのは、安全保障条約によりホープキングダムを撃退するためだ。シャンティアの防衛には、ダークプリキュアが必要になるだろう。正確には彼女ではなく、彼女の戦闘力が、だが。
「……」
ユージは沈黙した。グレープジュースを一口飲むと、ジェントルーに尋ねる。
「なあ、ジェントルー。もし俺がシャンティアを裏切って、ホープキングダムに付くと言ったらどうする?」
「殴って正気に戻す」
あっさりと即答された。彼女はユージのグラスにおかわりを注ぎながら答える。
「それが一番効果的だからな」
「そうか……。そうだよね」
ユージは笑った。ジェントルーは冗談で言ったわけではないらしい。本心から出た言葉なのだと察することができた。彼女は続ける。
「私の君は、決して自分の女を裏切らないと信じているからな。まず正気を疑うのが当然だし、その上で拳を叩き込むだろう。たとえどんなに絶望的な状況であろうと、私は君を信じる」
「そうか……」
「そうだとも。ところでユージ、パスタがのびる。早く食べたまえ」
「ああ、ごめん」
ユージは慌ててパスタを口に運んだ。冷めてしまわないうちに全部平らげてしまおうと思ったからだ。やがて皿が空になると、ユージはふぅっと息を吐いた。
そんな男を微笑ましく見守りつつ、ジェントルーは呟く。
「……ただ、私がそうだったように、ダークプリキュアも自分が望んだわけではない使命を背負わされている。だからといって同情するつもりはないが」
ドリームを痛めつけたからな、と苦々しく付け加えた彼女に、ユージは曖昧な表情を浮かべた。
ダークプリキュアを作ったのは、シャンティア中央研究所。命じたのは、ユージの妻であるシャロン。ダークプリキュアに与えられた使命は、シャンティアの──極言すれば、ユージの守護。
「俺には、ダークプリキュアの過ちを糺す義務がある。でも、あいつを都合のいいように利用している俺に、責める資格なんかない。ややこしくって、どうすればいいのか分からなくなる」
そう吐露したユージ。
ぎい、と椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰いだ顔色は、酷く悪い。目の下には濃いクマができていて、頬はやつれていた。ドリームが倒されてからずっと働きづめで、ろくすっぽ寝ていないのだ。
ジェントルーは黙ってグラスのジュースをあおった。そして、唇を重ねてくる。舌がねじ込まれて、甘い液体が流し込まれた。
「う……」
弱音を吐いたのは、女に慰めて欲しかったからだ。ジェントルーは何も言わずにただ唇を重ねて、ジュースを流し込んでくるだけ。何も言われなくても十分伝わってきた。この子は自分を想ってくれていると。
「んっ……ふぅ……」
たっぷりと時間をかけて、長いキスをした。その間中、彼女は無言でユージを抱きしめてくれていた。まるで母親が幼子をあやすかのごとく、ゆっくりと髪を撫でてくれる。それどころか、背中をさすりながら、ユージを労わってくれた。
やがて満足すると、名残惜しそうに口を離し、そっと額にキスをした。
「これが今日のデザートだ。名付けて、"メイドのグレープジュース漬け"……ふふ、我ながらネーミングセンスがないな」
「いや、とても美味しいよ」
ユージは笑顔で応じた。彼女も笑みで返すと、今度は唇の端をぺろりと舐める。その仕草が艶めかしい。
「ユージ、君はよく頑張っている。少し休みたまえ。夕方はパルミエ国王との会談があるから、今のうちに体調を整えておいた方がいい」
「うん、分かったよ。でも……」
胸元に手を伸ばすが、ぺちんとはたき落とされた。
「ダメだぞ。今は睡眠こそ全てだ」
「むう……」
彼女の言う通りかもしれないと思い直し、おとなしくソファへ横になった。毛布を掛けられて、ぽんと頭を叩かれる。
「子守唄の代わりに、この言葉を贈ろう。『昨日食べたものが、今日の自分を作る。今日食べたものが、明日の自分を作る』……いい言葉だろう?」
きっと彼女が伝えたいのは、過去はどうあれ未来はこの瞬間から作っていける、そういう事なのだろう。
ユージも作り物の合成人間に生まれた。だが今は一人の男として、ジェントルーの愛に包まれている。なら、きっとダークプリキュアも……。
「誰の言葉……?」
「もちろん、『私』だ」
そう言って、彼女はウィンクした。
◆◆◆
「…………」
ドリームは呆然としたままベッドの上に座り込んでいた。
目の前にあるのは、自分の手。そして腕に繋がっている点滴のチューブ。その先に繋がる透明のパックは、おそらく栄養剤か何かだろう。体の傷は、もうない。シャンティアの医療ポッドの性能が良いおかげだ。
「じゃあね、ドリーム。私も病室に戻るわ」
そう言って、イースは立ち上がった。彼女は外傷もなく、何日か様子を見て退院するらしい。
もうすぐ夕方になる。窓の外を見ると、雲の間から差し込んだ夕陽に照らされて街がオレンジ色に染まっていた。その景色はどこか幻想的で、ドリームは息を呑んでしまう。こんな時間を過ごしたことなどなかったから。
そのせいだろうか。イースを見送るためにドアの方へ向かうと、彼女の手がそっと伸びてきて、ドリームの頭に乗せられた。
「ドリーム、ありがとう。おかげでシャンティアは守られたわ」
イースの手は温かくて柔らかい。思わず擦り寄ってしまいたくなる衝動を抑えて、じっと耐えた。
「……でも結局、イースの事は守れなかった。あのダークプリキュアが来なかったら、シャンティアは……」
俯きながら呟いた言葉は消え入りそうなほどか細いものだったが、幸いにもイースには届いたようだ。
涙が出そうになるのを必死で堪えた。ここで泣いてしまったら迷惑をかけるだけだし、何よりカッコ悪い。だから、精一杯強がる。
「そんな事ないわ」
腰に手を当てて、イースが優しく言った。だが、その瞳は真っ直ぐで力強い。
思わず見惚れてしまうが、同時にその目に映る自分が情けなく思えてしまった。
「私はね、あなたが羨ましい。自分の力で、大事なものを守れるんだから」
「イース……」
ドリームは、他人という概念に疎い。本質的に生まれたばかりの赤ん坊だからだ。イースがいま何を考えているのか、正直言って想像もつかない。だけど、彼女も自分と同じように苦しむんだ。それだけは理解できた。
「じゃあね、ドリーム。明日もお見舞いに来るから」
「うん、待ってる」
イースは微笑みを浮かべると、静かに部屋を出ていった。ドリームは、扉が閉まるまで彼女の後ろ姿を見送った。
「……」
再び一人きりになって、またベッドの上でぼんやりと考える。
自分の力で、大事なものを守れる? じっと手を見る。痙攣している。
「怖い……」
ぽつりと漏れた言葉は、無意識だった。自分でも気付かないうちに、呟いていた。
ダークプリキュアは、自分より背が高い。ユージよりも少し高いくらいだろうか。それが、一方的に殴りつけてくる。ドリームを否定しながら、首を締めて来る。恐ろしい。あんな風に殴られたら、次は死んでしまう。怖い。ドリームは震える手で首を押さえた。気道が圧迫された感触が蘇り、鳥肌が立つ。
不意に、コンコンとノックの音がした。
「ひっ……」
反射的に肩を震わせ、枕を掴んで投げる。しかし、枕は空を切り壁にぶつかっただけだった。
「ドリーム、大丈夫か?」
「ユージ!」
聞き慣れた声に安堵したドリームは、大急ぎでベッドから降りて駆け寄る。ドリームが扉を開ける前に勝手に開いたので、「きゃっ」と小さく悲鳴を上げてしまう。
現れたのは、ユージだ。彼の顔を見た途端、緊張の糸が切れてへなへなと床に崩れ落ちそうになったが、抱き留められる。
「おい、大丈夫か?」
「ごめんなさい……」
「謝ることなんてないさ。俺に甘えていいんだよ」
ユージはドリームを軽々と持ち上げて、ベッドに座らせた。そして、自分も隣に腰掛ける。
「私、怖くて……! すごく強くて、歯が立たなくて……」
ドリームは泣き出しそうな声で、脈絡なく言葉を紡ぐ。ユージはただ黙って耳を傾けてくれた。
「それに、ダークプリキュア……すごい怒ってた。私が弱いせいで、みんなを危険に晒すって……」
ユージの服を掴み、胸に顔を埋めると、彼はゆっくりと髪を撫でてくれた。
それで気持ちが落ち着くわけではない。植え付けられた恐怖と無力感は、簡単に拭えるものではないのだ。手の震えは、今や全身に及んでいた。呼吸も乱れ、冷や汗もかいている。
「私、この部屋から出られないの……! ドアの向こうにダークプリキュアが立ってるんじゃないかって思うと、動けなくなるの……!!」
「……ごめんな」
ユージはただ一言だけ発すると、そっとドリームを抱きしめた。
「あいつは俺達が作った。お前をこんなにしたのは、俺の責任でもあるんだ……」
「それは……でも、私の力が足りないからいけないの。ユージの……」
ユージのせいじゃない。悪いのはダークプリキュア。ドリームはそう言おうとしたが、言葉は喉の奥に詰まって出てこない。代わりに出てきたのは嗚咽混じりの声だった。
「うっ……うう……」
「深く考えるなよ。ドリーム」
頭を軽くぽんぽんと叩かれる。ドリームの目尻からは涙が流れ、頬を伝った。それを、ユージが指で掬う。
「だって……だって……私はキュアドリームのコピーなのに、あなたに償いをしなくちゃいけないのに、何もできなくて……」
「……いいよ、ドリーム。俺の事はもういい」
ユージは優しく囁くと、そっとドリームの手を握った。指と指を絡めて、緊張をほぐすように力を込める。すると、ドリームの体からも次第に力が抜けていった。
「ドリームはレシピッピとシャンティアのみんなを助けてくれた。それどころか、ゼツボーグとの戦いは大活躍だったんだろ?」
「それだけじゃ駄目なの! ちゃんと使命を果たさないと、私、本当に……」
ドリームは必死に叫ぶが、その先は続かなかった。
ドリームには存在意義がある。それは、キュアドリームのコピーとして戦うことだ。例え与えたのがシャドウという悪の怪人だったとしても、その役目を果たすのがドリームなのだ。だから、それを放棄することはできない。少なくとも、ドリームはそう思っていた。
「……なあ、ドリーム」
「なに……?」
「今日、何があったのか教えてくれないか? どんな事でもいいからさ」
ドリームはしばらく迷っていたが、やがておずおずと口を開いた。
「……今日は体温を計って……点滴を打って……。あ、あと、イースとご飯を食べたりしてた」
「そうか。楽しかったか?」
「うん」
ドリームはこくりと肯いた。
「あのね、イースがお菓子を分けて食べさせてくれたの。あーんって。いつもジェントルーにやってもらってるみたいに……」
ユージは目を丸くしたが、すぐに笑みがこぼれた。
「美味しい……美味しくて、涙が出そうになったの。ああ、イースが一緒にいてくれたら、もう何も怖くないのにって。でも、イースが帰っちゃったら、急に怖くなって!」
飛びつくようにユージを押し倒す。愛情ではなく、恐怖からくる衝動だった。
「お願い、どこにも行かないで! 怖いの! ずっとそばにいて!」
「ああ、分かった。俺はここにいるよ。どこへも行ったりしない」
ユージはドリームの背中に手を回した。ドリームはユージの胸板に顔を埋めて、声を上げて泣いた。
男の胸板は、硬く、ゴツゴツとしていた。ユージの匂いがする。汗と、埃と、ユージ自身の香りが混じった不思議なものだ。
「うっ……ううっ……ひっく……」
「よしよし、泣くな。ドリーム」
ユージが頭を撫でてくれる。心地いいリズムで、まるでゆりかごのようだ。その優しさが嬉しい。
「俺はここにいるからな」
「うん……」
しばらくそうして泣いていたが、やがてドリームは落ち着いてきた。首筋に押し当てた鼻が、彼の心臓の音を感じる。トクン、トクンと鼓動を刻む音だ。
「ねえ、ユージ……」
「なんだ?」
「抱っこして……」
「いいぞ」
ユージはドリームの腰を抱き、寄り添うようにしてベッドに入った。二人の顔が同じ高さになる。ドリームの長い髪が、二人の間に流れる。
「こうしてると安心できるの。あったかくて……」
「そうだな……」
ドリームはユージの首に手を回し、ぴったりと体を密着させた。ユージの胸に頬を擦り寄せて、目を瞑る。ユージの温もりが伝わってくる。このまま溶けてしまいたいくらいだ。
「ねぇ、ユージ……」
「どうした?」
「キスしたい」
言うが早いか、ドリームはユージの唇を奪った。
(続く)