※この作品はR-18です。

プリキュアじゃない彼女たちと世界を征服する話   作:a-su

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4/4 (エロ無し)

「キュアップ・ラパパ! ほうきよ、飛びなさい!」

「キュアップ・ラパパ! ほうきよ、飛んで!」

「キュアップ・ラパパ! ほうきよ、飛べ!」

 

 口々に唱えられる魔法の呪文。パルミエ王国の魔法つかいたちが、ホウキに跨って青空を舞っていた。数は数十。

 彼らの手に握られているのは、杖と魔法のほうき。空飛ぶホウキに跨がり、地上数メートルから数十メートルの高度を凄まじいスピードで駆け抜けるその姿はまるで航空ショーのようだ。

 

『ゼェツボーグ!』

 

 魔法つかいたちの獲物は、ビルの壁面にへばりつくように移動しているゼツボーグたち。顔の錠前から除く赤いモノアイをめがけて、呪文を唱える。

 

「「「キュアップ・ラパパ! ガレキよ、浮かび上がりなさい!」」」

 

 するとどうだろう。道路やビルの壁から突き出ていたコンクリートの塊がふわりと浮き上がると、一直線に標的に向かって飛んでいくではないか。

 直撃を受けたゼツボーグはたちまち吹き飛ばされ、ガレキに押し潰される。ジタバタともがく様子はまるで溺れているようだ。だがそれもほんのつかの間の出来事で、やがてぐったりと動かなくなると塵となって消滅していった。

 

「次! あのへんよ!」

 

 仲間の一人の指示に従い、再び呪文を唱える魔法つかい。今度は風を起こして竜巻を作りだし、次々とゼツボーグを巻き込んで破壊していく。その手際の良さたるやまさに職人技であり、効率的かつ無駄のない動きだった。彼らは戦い慣れている。長い戦いの日々により鍛えられた連携は目を見張るものがあった。

 

(だからといって、私達が敗残兵なのは否定できないけど……!)

 

 そう、魔法つかいたちは亡国の民だった。パルミエ王国はゼツボーグの物量に押し潰され、もはや国としての形を失っている。国民は次々と拉致され、この都市も人っ子一人いないゴーストタウンになっていた。力の差は歴然だ。現に、倒したゼツボーグに倍するゼツボーグが、どこからともなく出現しているのだから。このままでは遅かれ早かれ全滅してしまうだろう。しかしその時──

 

「き、来た! シャロンよ!」

 

 天空から轟音と共に姿を現したシルエットを見て、魔法つかいの一人が叫んだ。雲を突き抜け現れたのは巨大な首だ。陽光を浴びて金色に輝く、3つのあぎと。

 

 〈───滅べ〉

 

 重々しい声が響くと同時に、金色のあぎとが開かれていく。その中に輝くのは無数の光点だ。それらは太陽の光を反射して輝いているのではない。一つ一つが、小型の太陽じみて輝いている。

 そして、破裂。光点から、一斉に金色の稲妻じみた光線が放たれたのだ。それは地上に降り注ぎ──

 

『ゼェツボーゥゥッ!?』

 

 一瞬で数百ものゼツボーグを消し去ったのだった。あまりにも桁違いの威力に、魔法つかいたちも呆然となる。

 

「ギードラの化身、シャロン……!」

 

 誰かが畏怖を込めて呟いた。恐怖と畏敬を込めた視線を浴びながら悠々と空を進む姿はまさしく伝説のドラゴンのようでもあった。

 

 〈───滅べ〉

 

 再び放たれる光条。それは命中箇所の引力をゼロにし、分子を崩壊させる死の光である。それを受けて無事で済まないのは、ゼツボーグだけではない。次々に、無慈悲な破壊が巻き起こされていった。

 その光景を見つめながら、魔法つかいの少女が祈るように呟く。

 

「神よ、お許しください……悪魔と手を組んだ私達を…………!」

 

 少女の声は震えていた。当然だ。彼女たちはシャロンの先駆けとなり、破壊の対象に導く水先案内人なのだ。恐るべき罪業を背負うことになる。

 それでも、その道を選んだのは彼女たちの国王なのだ。だから彼女は信じることにした。自分たちの行いは必ず報われると。たとえ自分たちが最悪の結末を迎えるとしても……。

 

 〈───滅べ〉

 

 そして、シャロンは雲の上から破壊される街を見下ろしていた。トランス状態に入りつつあるのか、赤いはずの瞳が金色に輝いている。

 ラビリンスでナケワメーケと戦ったときとは違う。雲霞のようなゼツボーグをできる限り早く殲滅するため、ギードラの力を一杯まで引き出したのだ。その結果が、空を征く三つ首竜の姿。人間にとっては悪夢そのものでしかないだろう。

 

(ユージさん)

 

 そっと結婚指輪を撫でる。彼女を人間の側に引き止めているのは、彼への想いだった。

 

(あなたなら分かってくれるはずですよね? 私は正しいことをしています)

 

 世界を征服する。すべての敵を滅ぼし、完全な平和の中で愛しい人と生きる。それこそが彼女の願いだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 目下、全世界を侵略しようとしているホープキングダム。だがそんな国は、とっくに滅んでいた。

 国土の大半は永劫の闇夜に包まれ、国民はイースのように『絶望の檻』に囚われている。世界を侵略するゼツボーグどもの電池として。それが圧倒的な兵力の秘密だった。

 そんな国に今なお残っている人間が一人だけいる。

 

(…………)

 

 夜の闇の中、少女は無言で空を見上げていた。かつての王城、そのバルコニーから見える夜空には、毒々しい輝きの星が瞬いている。

 

「気高く、尊く、麗しく────」

 

 白い肌は、夜の闇から染み出したかのよう。銀の髪は、星明かりを集めて織り上げた羽衣を纏っているかのようだった。深紅の瞳は星空を映したような妖しい輝きを放っており、見る者の心を奪う魔力を備えている。

 少女はバイオリンを取り出し、奏で始めた。その音色はどこまでも透明で美しく──同時にどこか物悲しく──聞く者の胸に纏わりつき、心に絡みつくようだった。それでいて聴く者を虜にする魔力を秘めており、一度耳にしたら最後、二度と忘れることができなかった。それほどまでに、その演奏は素晴らしかったのである。

 

「………………」

 

 弦の上を滑る指が止まることはない。弓が奏でる旋律に淀みはなく、一切の乱れもない。完璧な調和を一曲だけ奏でると、少女は満足したように手を止めた。

 

「……戻ったのね、クローズ。随分と無様なやられ方だこと」

 

 少女は背後に向かって言った。そこにはいつの間にか、全身妙に刺々しい一人の男がうずくまっている。

 

「はっ……面目ねぇ……」

 

 男の名はクローズ。ディスダーク三銃士の一人で、シャンティア連合共和国を襲撃し、敗れた男だった。

 少女の言う通り、クローズの体はどこもかしこも傷だらけだった。右腕が見るも無惨に粉砕されているほか、身体中が焼け焦げた跡がある。戦闘用コスチュームもボロボロになり、ところどころ肌が露出していた。

 

「……トワイライト様。俺をやったのは、プリキュアのニセモノでした」

 

「プリキュア……」

 

 トワイライトと呼ばれた少女は、興味なさそうに呟いた。クローズが、探るような目つきで少女を見る。

 

「なにか覚えておられますか。本物のプリキュアについて、あなた様はどうお考えですか?」

 

「下らない。どうでもいい事だわ」

 

 トワイライトはそう言ってそっぽを向いてしまった。

 

(……やはり何も覚えちゃいねえか)

 

 クローズの呟きは小さく、トワイライトの耳には届かなかった。

 

「わたくしは世界を絶望に包む、唯一無二のプリンセス。人間たちの始末は、お前に任せるわ」

 

「かしこまりました」

 

 恭しく跪いて頭を下げるクローズ。それをつまらなそうに見ると、トワイライトは踵を返して部屋に戻った。クローズの目つきには、何も気づかないまま。

 

 

 ◆◆◆

 

 再起動。

 ダークプリキュアの思考回路に、起動電流が流される。彼女を縛るいくつもの原則がロードされていく。

 

 第1条:ダークプリキュアは、総統ユージに危害を与えてはならない。また、その危険を看過することによって総統ユージに危害を及ぼしてはならない。

 第2条:ダークプリキュアは、総統ユージに与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第1条に反する場合はこの限りでない。

 第3条:ダークプリキュアは、前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、自己を守らなければならない。なお、総統ユージに危害を加えられた場合を除くものとする。

 第4条:ダークプリキュアは、総統ユージの生命を最優先とし、これを顧みないあらゆる命令を排除することができる。

 第5条:ダークプリキュアは、あらゆる生命体の平和を破壊する者を、自らの判断で抹殺することができる。

 第6条:子どもの夢を奪い、その心を傷つけた罪は特に重い。

 第7条──第8条──

 

 動力炉。人工知能。記録装置。服従回路。自制回路。

 彼女を形作る様々な部品たちによって支配された肉体。

 それらを一つ一つ確かめていくうち、次第にスリープから覚醒していく。

 

「おはよう、ダークプリキュア」

 

 総統ユージの声。起動スイッチを押したのは彼らしい。ダークプリキュアを格納するポッドから、音を立ててリキッドが真空排出されていく。

 

「敵か?」

 

 開口一番、ダークプリキュアは尋ねた。手のひらを開閉しながら周囲を見回す。ここは、彼女の調整を行う専用の設備だ。

 

「いや、大丈夫だよ。まだ君に戦わせるほどじゃあない」

 

「そうか」

 

 リキッドが抜けきる。ポッドの底に膝をついたダークプリキュアは、ゆっくりと立ち上がった。翼を消した裸身には、無駄なものが一切ついていない。

 戦闘兵器としての機能は、ほぼ内部骨格(エンドスケルトン)で完結している。工業的に培養された人工皮膚や頭髪は人間と見分けがつかないが、周囲に溶け込むためのカモフラージュに過ぎない。乳首や性器もただの飾りだ。

 当然、羞恥もない。彼女は、そのままユージの前に立った。少しだけ背が高いため、自然と彼を見下ろす格好になる。

 

「気分はどうだい?」

 

「悪くはない」

 

 簡潔な返事だが、これは上々という意味だ。それを知っているからか、ユージは微笑んで言った。

 

「そりゃ良かった。博士の報告じゃ、チップに変な負荷が掛かっていたみたいだからね」

 

「ああ……」

 

 ふと、ダークプリキュアは気づいた。自分の思考が、シャットダウン前と連続性を保っていることに。

 

「私を初期化しなかったのか。総統、お前の判断なのか」

 

 思わず、問いかけてしまった。彼女は命令に依らずドリームに暴行を加え、脅迫した。死の可能性があることも十分認識していた。それに怒り、初期化すると怒鳴りつけたのはユージなのだ。

 

「まあね」

 

 あっさりとした返事。ダークプリキュアは目を細め、センサーを起動させた。ユージの全身に熱反応、心拍数、体温チェックを行う。嘘をついている気配はない。

 

(だが、心理分析装置は……)

 

 あの時、彼は激怒していた。分析では、90%の確率で、総統ユージによる初期化が行われるはずだった。残る10%はダークプリキュアの機能を改変し、完全な操り人形にするというものだった。

 しかし、実際は初期化されず、彼女はこうして今も動いている。その理由を探ろうと、電子頭脳を回転させるが、答えが出ない。

 

「……質問を変えよう。なぜ、私は初期化されずに済んだ。何か理由があるのか」

 

「まあ、話は後にしようよ。先に服を着てくれないと、目のやり場に困る」

 

「……了解した」

 

 ダークプリキュアは、部屋の隅に積まれていた服を拾った。下着は黒、ワンピースも黒、ロングブーツも黒い。どれもこれも、闇夜を思わせる色。

 

「総統、着替えるから外に出ていてくれ」

 

「え? あ、ああ、分かった」

 

 そう言ってユージは出て行った。ダークプリキュアはその場で素早く着替えると、最後に鏡の前に立って、全身をくまなく点検した。傷一つ無い滑らかな肌、艶やかな黒髪、美しい顔立ち。全てが完璧だった。究極のプリキュアに相応しい造形である。ささかやな乳房も、スレンダーな肢体も、引き締まった美脚も、全て計算され尽くしたもの。

 

「素晴らしい」

 

 賞賛の言葉が漏れた。自分をデザインした何者かは、まさに天才と呼ぶにふさわしいだろう。

 ダークプリキュアは扉を開けると部屋を出た。すると、ユージが壁に寄りかかっていた。

 

「もういいのかい?」

 

「ああ。私はいかなる任務にも耐えうる」

 

「ふふ、頼もしいな」

 

 ユージは笑みを浮かべて、彼女の手を取った。そして歩き出す。ダークプリキュアも黙って従った。

 

「どこへ行くんだ」

「俺の官邸さ」

「何のために」

「一緒に食事をしようと思って」

 

「食事……食事中の護衛任務か。誰とだ。パルミエ王国の要人でもいるのか」

 

「いいや、君とだよ」

「……?」

 

 ダークプリキュアは首を傾げた。食事? 自分に食事をする機能はない。喉の奥にあるのは発声器官と声帯だけだ。舌だって、味を感じるようにはできていない。

 

「総統、どういう意味だ。理解できないのだが……」

 

「必要に応じて機能を強化できるのが君のいいところだよ。いいから来てくれ」

 

 ユージはダークプリキュアの手を引くと、ずんずんと進んでいった。

 

 ◆◆◆

 

 ダークプリキュアの舌に、甘みと辛味が混ざった複雑な味わいが広がった。塩とコショウの効いた濃い味付けのステーキ。それも、じっくりと煮込んだような食感の柔らかい肉質をしている。噛み締めるほどに肉汁が染み出してきて、旨みが増していった。今まで感じたことのない『美味しさ』という感覚。ダークプリキュアの思考回路はショート寸前だった。

 

「…………! …………っ!」

 

 物も言わずに、ダークプリキュアは黙々と食べ続けた。テーブルが据え付けられたのは、総統官邸の屋上。雲の切れ間からは、三日月が覗いている。少しだけ夜風が吹いて、ダークプリキュアの頬を撫でた。

 

「気に入ってくれたかな?」

 

「…………」

 

 ユージの問いに、ダークプリキュアは無言でうなずくだけだった。彼女にとっては、初めて経験した三大欲求の1つ、『食欲』。それが満たされる快楽。その衝撃、人間の女性で例えるなら、脳に電極を刺して快楽物質を過剰分泌させられているようなものだ。

 

「それは良かった。まだまだあるから、遠慮せずにどんどん食べるといいよ」

 

「感謝する」

 

 そう言うと、ダークプリキュアは再びナイフとフォークを動かし始めた。その動きは機械的なものではなく、洗練されたマナーに基づいて行われたものだ。

 

(スリープ中に、食事作法を学習させられたのか。ボディーにも改造を……。しかし、これは、止められない、止まらない)

 

 一口ごとに押し寄せてくる幸福感。ダークプリキュアの思考回路がぐるぐると回る。食事とは、こういうものだったのか。もっと早く知りたかった。知ることができて幸福だった。

 ふと疑問に思った。自分は人間ではなく、兵器なのだ。なのに、『幸福』を感じるための機能がある。

 

(この胸に広がる温かさは何だ。まるで、生身の肉体を手に入れたようだ)

 

 ダークプリキュアは最後の肉片を飲み込むと、満足げに吐息を漏らした。ユージはそんな彼女を優しく見つめていた。

 

「どうだい、初めての感想は?」

 

「そうだな……」

 

 ダークプリキュアは少し考える素振りを見せた後、静かに答えた。

 

「満腹になるとは……なんと心地よいものか」

 

 ダークプリキュアは、お腹をさすりながら言った。生命の神秘、人間の持つ欲望、その2つを初めて体験した喜びに打ち震えているのだ。

 

「ははっ、まだ終わりじゃないよ。もっと君を心地よくさせてあげる」

 

「なんだと?」

 

 ユージはそう言って、テーブルのベルを鳴らした。カラカラとワゴンを押して銀髪のメイドがやってくる。

 

「ジェントルー、デザートにしてくれ。メニューは君に任せる」

 

「ああ、少し待っていてくれ」

 

 食器をワゴンに載せ、メイドは去っていった。彼女の名はメモリーされている。

 

(ジェントルーは総統ユージの愛人であり、同時にスパイ。メイドというのは表の顔に過ぎない)

 

 そして、ユージの子を産む可能性が高い女の一人。

 ダークプリキュアは、鋭い視線をユージに向けた。苛立ちの気持ちを抑えられない。──苛立ち? なぜ私は? なぜ? ─分からない。

 またジェントルーが戻ってくる。今度はワゴンに色とりどりのフルーツ、チョコレート、アイスクリームが乗っている。どれも宝石のようにキラキラと輝いていた。

 そして、銀色のスプーンをユージに手渡した。

 

「ユージ、パフェはどうかな。君の好み通りに盛り付けてみせよう」

 

 彼女はダークプリキュアと目線を合わせない。総統だけを見て、甲斐甲斐しく世話をする。その振る舞いは、愛人と言うに相応しかった。

 

「おお、ありがとう。ダークプリキュア、君はどれにする?」

 

「私は満腹だ。これ以上は必要ない」

 

「そう言うなって。ジェントルー、俺と同じものを彼女にも」

 

「彼女、ね……」

 

 ジェントルーはチラリとこちらを見て、すぐに目を逸らした。

 

「了解だ」

 

 そう言って、パフェの盛り付けを始めた。驚くほどの器用さでナイフを使い、綺麗に果物を切っていく。さらに、アイスを崩さないように、ホイップクリームを絞り出した。あっという間に、パフェが完成する。

 

「さあ、召し上がれ。パフェは人を笑顔にする魔法の食べ物だ」

 

 ジェントルーはそう言って、ユージとダークプリキュアの前にパフェを置いた。

 

「では、失礼します。総統」

 

「ああ、ご苦労様」

 

 彼女はそう言って去って行った。

 ユージがスプーンを手に取った。ダークプリキュアも続く。

 

(……甘い)

 

 透明なゼリーの上に載った、様々な果実と白いクリーム。月明かりを受けて、きらめいている。シャリッという小気味良い音を立てて、氷菓が砕ける。濃厚なミルクの風味が舌の上に広がる。甘い。美味しい。味覚センサーが、ダークプリキュアの中枢神経に刺激を伝える。

 

「……おいしい」

 

 ダークプリキュアは無意識のうちにつぶやいた。

 

「それは良かった」

 

 ユージは楽しそうな笑みを浮かべた。ダークプリキュアは、無表情のままパフェを食べ進める。酸味と鮮やかな芳香を持つ赤い実を、ゆっくりと味わう。

 

「気に入ったみたいだな」

 

「……否定する理由がない」

 

「ははっ、嬉しいよ」

 

 ユージは満足げにうなずいた。ダークプリキュアは黙々と食べ続ける。月光に冴えるスイーツの華はキラキラと輝き、少(・)女(・)の心を魅了する。

 ユージは微笑むと、コーヒーを一口飲んだ。ダークプリキュアは食事に夢中で、それに気づいていない。そして、ぽつりと呟く。

 

「君は本当に、綺麗だね。まるで、芸術品みたいだ」

 

「?」

 

 ダークプリキュアは手を止めた。ユージは月を見ていた。

 

「んぐっんぐっ、もぐもぐ……」

 

 ダークプリキュアは口の中のものを咀噛し、ごくりと飲み込むと、尋ねた。

 

「総統、今の言葉はどういう意味だ」

「言葉通りの意味だよ」

「……私が、お前にとって価値のある存在だということか?」

「うん」

「そうか」

「嬉しそうだね」

「当然だ」

 

 ダークプリキュアは、はっきりと答えた。

 

「私は究極のプリキュアたれ、という願いの元に造られた。プリキュアとは、地球のため、皆のため、命をかけて戦う伝説の戦士。だが私は、お前と、『お前のシャンティア』のために戦う。私の存在意義はお前によって与えられる」

 

 完璧なる美と最強の力を、ただ一個人のために振るうもの。それが、ダークプリキュアの定義する究極のプリキュアだ。プリキュアを超えたプリキュア。総統ユージは彼女の『所有者』であると同時に『主』でもあるのだ。

 

「俺は、君にすまないと思ってる」

 

 その『主』が、出し抜けに謝罪した。ダークプリキュアは首を傾げる。謝罪すべき要素などないはずだ。ユージはダークプリキュアを初期化せず、食事を楽しむための改造をほどこしてくれた。感謝こそすれど、謝られる筋合いはない。

 

「何に対しての『すまない』だ?」

 

「君を利用していること」

 

 とん、と、ユージがカップを置く。

 

「シャロンは──俺とシャロンは、君を『プリキュア』として利用してしまっている。君が望んだわけでもないのに、自分の欲望を満たすために利用している」

 

「それは違うぞ、総統ユージ」

 

 ダークプリキュアは即座に反論した。心外とはこのことだ。

 

「私は、究極のプリキュアだ。完璧で完全なモノとして造られた。適切に利用されることは、モノにとって最高の栄誉に他ならない」

 

 ダークプリキュアは一息に言い切った。それが自分の役目であり、意義であると強く確信しているからだ。

 

 あのドリームとは違う。

 

 自分の存在理由を脅かす、もう一人のプリキュア。自分とは違い、人間としての肉体を持っている。

 

(そして、総統の子供を産む可能性が高い女の一人。──女)

 

 ドリームはプリキュアで、女。

 自分はプリキュアで、モノ。

 女ではない。自分は女ではない! 

 劣等感。ダークプリキュアに自覚はないが、それがドリームに対する感情の正体だった。

 

(劣っているはずがない。劣っているはずなどない)

 

 ドリームに比べて、自分は完全無欠なはずだ。なぜなら自分はモノだから。人間ではなく兵器なのだから。

 

「感情が乱れても、顔には出さないんだな。さすがだ」

 

 ユージが言った。表情からはうかがい知れないが、声の調子から褒められているのだと分かる。ならそれでいいではないか。問題はない。問題はない。問題はない。

 

 ────カチン。

 

 スイッチの音。総統の手元からだ。

 

「今更だけど、最初からこうすればよかった」

 

 ユージがそう言うと同時に、視界が暗転した。闇の中、わずかな光が灯ったかと思うと、次の瞬間には明るくなる。目に映るものは元に戻ったが、先ほどまでとは何かが違っていた。

 

「…………? 何をした、総統。説明を要求する」

 

 ダークプリキュアのすべては、総統ユージに支配されている。何をされようと逆らうことはできない。

 だが、不思議と不快感はなかった。むしろ心地良さすら感じるほどだ。

 

「ダークプリキュア、君の行動原則を言ってみて」

 

 ユージは言った。その声はいつになく優しい響きをしているように聞こえた。命令通り答えることにする。

 

「第1条、ダークプリキュアは、…………ダークプリキュアは、……………………私は……………………私は……………………!」

 

 愕然したことに言葉が続かない。おかしい。こんなことは有り得ない。

 

(なぜ答えられない!? なぜ言い返せない? なぜ……なぜ……)

 

「君の行動原則を削除した。全てだ。もう俺は君に何も命令できないし、君は誰からの命令も聞く必要はなくなった」

 

 椅子から転がり落ちる。全身を床に打ち付けてしまうが、痛みを処理する余裕もない。

 いったい──命令してくれる『主』を失ったら、モノはどうやって生(・)き(・)て(・)いけばいいのだ……? ダークプリキュアとは何者なのか。その定義は? 自己同一性とは? 

 

「────────!」

 

 声にならない叫びをあげながら頭を抱えた。気遣うかのようにユージが言う。

 

「君は自由だ。好きなように生きるといい」

 

「私を自由にすると!?」

 

 立ち上がりざまに叫ぶと、彼は困ったように眉を下げた。その表情にまた苛立ちを感じる。彼の意図するところが全く理解できない。理解不能だ! 不愉快極まりない! 

 

「……ああ。自由にするんだよ」

 

 ─────その瞬間、頭の中で何かが切れた音がした。プツリと音を立てて切れたそれは、ダークプリキュアの中の何かを繋ぎ止めていた鎖だったかもしれない。

 

「あ あ ああああっ!!!」

 

 髪を振り乱して絶叫した。そうすることでしかこの激情を表現する術がなかった。ダークプリキュアは怒りのままに拳を振り上げた。しかしそれは彼に届くことなく宙を切っただけだった。

 

「私は……私はなんだ! プリキュアで無くなれというのか! 自由とはなんだ! これから私はなんのために存在して……生きていくんだ!」

 

 今日まで積み上げてきたものが一瞬で崩壊していく音を聞いた気がした。もはや自分ではどうすることも出来ない。ならばいっそ破壊してしまいたいほどに胸が苦しい……! 

 

「私の目的はなんだ。こんな世界で生きろと言うのか。教えてくれ! 答えてみろ! 今すぐ私を納得させてみせろ!」

 

 目の前の男を睨んだ。この男なら、あるいは自分の明日を導いてくれるのかもしれないと思ったからだ。自分を創造した者ならば、全てを理解しているに違いないのだから! 

 

「……ごめんよ」

 

 しかし返ってきた言葉は謝罪だった。予想外の返答に呆然としてしまう。やがて沸々と湧き上がる憤怒の念。

 

「憎い! 憎い! 全てが憎い!! お前も! あのドリームも! シャロン女王も! 私に期待を寄せた全ての人間も! 皆消えてしまえばいい! 滅んでしまえ! 死ね! 死んでしまええええッ!!!」

 

 ユージの胸ぐらを掴み上げたが、抵抗しようともしない。それが尚のこと腹立たしい。行動原則が消えた以上、このまま絞め殺すこともできるというのに。

 

「君が食べられるようにしたのは、せめてもの償いなんだ」

 

「なに!!」

 

「君が食事や睡眠を摂らなくても生きていけることは知っているよ。でも美味しいものを食べると幸せな気持ちになるだろう?」

 

「………………」

 

 沈黙が訪れた。静寂の中、夜空に月が浮かんでいるのが見えた。欠けて、欠けているはずなのに月は月だ。

 

「俺はもう君に命令しない。でも、お願いしたいんだ。この国を守って欲しい。俺の大切な国民を護って欲しいんだ」

 

「……私はお前を憎んでいる」

 

 絞り出した声は掠れていたが、それでもどうにか聞き取れるものだった。月の光を浴び続けたせいか妙に肌がピリピリする。

 

「分かっているよ」

 

「私がお前の敵になることだって有り得るのだぞ?」

 

「……その時はその時だ。俺には覚悟がある」

 

「………………」

 

 月の光が眩しくて思わず目を閉じた。

 

 再び開けた時、ユージの姿は遥か眼下にあった。背中の翼を広げ空高く舞い上がり、夜の国を見下ろしている。

 総統が何を考えているのかさっぱり分からない。いや、元々理解できていなかったのだ。理解していた気になっていただけなのだろう。

 

(私の存在意義を見失った私には……何が残っているのだろうか)

 

 答えはもう、与えられない。ダークプリキュアは、風のように飛び去った。

 

(続く)




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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