シャロンがホープキングダムの目前に迫った頃。ユージは妻の後押しもあり、イースへの求婚を決意する。
月明かりの下で、二人は恋人から婚約者へと、その関係を変化させる。多くの人々に祝福されながら、新居で結ばれる二人。その日はイースの危険日……いや、妊娠を期待できる日だった。
恋の頂に到達した二人を見下ろす一つの影。かつて逃亡した上級合成人間、ノーザ。そいつは、トワイライトやクローズ達〈ディスダーク〉と既に結託していた。
婚約披露のパーティで、ユージはココからプリキュアの変身アイテム『キュアモ』を譲り受ける。起動しなかったそれは、しかし、ソレワターセの襲撃からユージを救う鍵となった。必死でソレワターセから逃げるユージだったが、首都ローザシャーンは既に敵の手に落ちていた。
1/5 (エロ無し)
ユージが襲撃を受ける、2時間前。すなわち午前0時。
官邸を辞したイースは、公邸のエレベーターを降りて自室のドアを開いた。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌を歌いながらコートとブーツを脱ぎ捨てると、彼女は部屋の奥へと進んでいく。
婚約披露のパーティーは、もちろん、彼女の心をウキウキとさせた。大好きな婚約者のエスコートを受け、たくさんの招待客からお祝いの言葉をかけられた。
着飾ったユージは、総統の立場にふさわしい立派な振る舞いをしていたと思う。
ドレッサーの鏡に映る自分の姿を見る。自信を持って断言できる。美しい少女だ。シャンティアの指導者と結ばれるに相応しい、真っ赤なドレスの美少女。発育も良く、男性受けする魅惑のラインを描く、少女らしからぬ肉体。
(ユージ、本当に素敵だった……)
イースはそっと下腹部を
肩ひもを外し、ドレスを床に落とす。下着姿になると、胸のあたりに手を当ててみた。妊娠すれば大きくなるというのは本当なのだろうか。
「お母さんになったら、形が崩れたりしないかしら。ユージの好みじゃなくなるなんて事になったら嫌ね……やだ、もう私ったら何考えてるのかしら……」
頬が熱を持つのが分かる。鏡を見ると、自分の頬は真っ赤になっていた。その顔を見てますます恥ずかしくなる。誤魔化すようにベッドへと飛び込み、枕に顔をうずめる。
幸せだった。浮かれていた。
だから彼女は気付かなかった。攻撃されている事に。
『人の不幸は蜜の味。フフフ……』
「誰!?」
イースが振り向くと同時に照明が落ちた。真っ暗な闇が部屋に降りる。一瞬の後、部屋の壁一面に映像が流れ始めた。それはここ数か月の間のものだった。
最初の夜──ユージとシャロンに弄ばれた時のこと。
執務室で、自分の意思でユージを射精に導いた時。
ジェントルーと共に、ユージに絡みついた時。
ユージがドリームを
そして、ユージと身も心も結ばれた時。
それらが時系列順に流されていく様は圧巻だった。だが、なぜ、こんな映像が?
『フフフ……お盛んね』
「今すぐ消せ! 誰だ、どこにいる!?」
『ここにいるわ』
ドレッサーの、鏡の前。そこに、その女はいた。
老いた植物を思わせる、ややくすんで灰色がかった緑のロングヘア。すっと通った鼻筋の下には真っ赤なルージュのひかれた唇が鎮座しており、その口角はやや上向きに上がっている。瞳は細く切れ長で、理知的な印象と同時に冷酷な光を見て取れた。身にまとう衣服は黒を基調としたロングドレスであり、腰から下のラインを強調するデザインになっている。
その女の名は──
「ノーザッ……!!」
「ノーザさん、でしょ。お久しぶりね、イース」
♡プリキュア♧じゃない彼女たち
と
◆世界を征服する話◆
第9話 ふたりのきぼう
ノーザはにっこりと微笑むと、優雅な動作で一礼した。その姿は、あたかも上流階級の女性のそれだ。しかし彼女が醸し出す威圧感は全くもって尋常ではない。それはもはや暴力と言っても良かった。現に、イースの体は恐れで震えていた。目の前にいる女の発する圧倒的なプレッシャーに、完全に飲まれてしまっているのだ。
「い……ぃ……」
「生きていたのか、なんて、陳腐な質問は止めてちょうだいね」
「……っ」
その言葉で思い出すのは、かつてのノーザだ。忌々しいメビウスの側近、ラビリンスの最高幹部として多くの国民を踏みにじった、最高ランクの合成人間。
彼女によって引き起こされた悲劇の数々。かつて見たユージの泣き顔が脳裏を駆け巡る。
(まさか、ユージも……!)
イースの背筋を悪寒が走る。そんな馬鹿な事があるはずがない! だが、この女の余裕に満ちた態度はどうだ!? 自分は今どんな顔をしている? いやそもそも何故このタイミングで姿を現したのだ!? いや、まさかまさかまさか!!
「こ……の……化け物が! スイッチ・オーバー!」
「もう遅い! 既に『種』は植え付けてあるっ!」
イースの変身より一瞬早く、鏡の中から無数のツタが伸びた。それらは家具を跳ね飛ばし、たちまちイースの体を捕らえると空中に持ち上げ、全身に絡みつく。
「あぁあ……くあっ……!」
ツタの間から血のような液体があふれ、黒いコスチュームを汚す。全身を
そんな姿を見上げながら、ノーザは言った。赤い唇から
「私はね、お前をずっと見ていたのよイース。お前が9362061からどれだけの物を与えられたのか、ずっと見てきた。……ああ、なんて幸せそうな、忌々しいカップルなんだろうって!」
「くっ……!」
引きずり込まれる。引きずり込まれる。イースは、あっという間に胸元まで鏡の中に引き込まれた。
「ソレワターセ、姿を現せ」
入れ替わりに鏡の中から、彼女と同じ顔をした生物兵器、ソレワターセが姿を現す。
『ソレワターセ……それ、わたせ……わたし……私がユージを寝取ってあげる……私のモノにしてあげるわ……そして……』
うっとりと頬を染める姿は、自分と同じ顔なのに気持ち悪くて仕方なかった。こいつは何を言っているんだ?
いや、意味は分かるのだが、ムカッ腹が立って仕方がないのだ。何が、私のモノ、だ。
「……ノーザァ!」
あらん限りの力で拘束を振りほどこうとするが、ソレワターセの力は強かった。万力のようにがっちりとホールドされ、身動き一つ取れない。それどころかさらに力が増して、体を絞めつける。骨がミシミシと嫌な音を立てる。このままでは内臓も破裂するだろう。それほどの力だ。
だがそれがどうしたというのだ?
「無駄な抵抗よ、諦めなさい。お前はもう一度洗脳して、次の『メビウス様』のために働かせてあげる。それとも」
ぐいと顔を近づけてくるノーザ。目も、口も、人間とは思えぬほど大きく
「両手両足を切り落として、『メビウス様』のオナホールにでもしてあげましょうか?」
「……はっ」
怒りすぎて、逆に冷静になったのだろうか。あるいは、恐怖心が一周回っておかしくなってしまったのかもしれない。ノーザに劣らぬほどに顔を歪めて、イースは笑った。脂汗を流しながら、それでも笑う。
そんな姿を見て、ノーザもまた
「あまり私を甘く見ないで欲しいわね、ノーザ。私に似せたソレワターセを使って、ユージを
イースは
「ユージは私のもの! 私はユージのもの! そんな出来損ないで何ができるか見ものだわ! 私達の間に入り込めるか見ものだわ! ハハハ……ハハハハハ!」
虚勢である事は明白だった。それでもイースは笑う。笑ってみせる。徐々に鏡の中に引きずり込まれながら、最後の最後まで笑い続けた。
やがて、彼女の全身が鏡の中に消えると、部屋には静寂が訪れた。ノーザはしばし無言で鏡を眺め続けたのち、くるりと振り返った。
「絶望のカウントダウンはもう始まっているのよ、イース…………行け、ソレワターセ」
イースに化けたソレワターセは、ぶるぶると体を震わせると窓枠から外に向かって跳躍した。夜の闇の中へと消えていくその後ろ姿を見送ると、ノーザもまたゆっくりと部屋を後にしたのだった。
◆◆◆
午前2時、ユージの別宅。ドリームとジェントルーが暮らす家だ。
「んあ……」
ジェントルーは、洗面台の鏡に唇を映して、何度も動かしてみた。鏡に映る顔はどう見てもいつもの自分だ。少し角度を変えてみたり、瞬きをしたりしてみるも、何も変わらない。銀の髪に、ワインのような赤い瞳。自分の知っている自分、すなわち怪盗ジェントルーそのものだった。
(ユージに悪い事を言ってしまったな……)
自分は、未だに彼に好きと伝えていない。愛しているともだ。それは、自分がいつまでジェントルーでいられるか、分からないからだ。
例えば、紅茶を
(私は、少しずつ思い出している。ジェントルーになる前の『私』、〈アマネ〉の事を。それはつまり、いつか自分が『元に戻る』という事を意味しているのか…………)
記憶が戻り始めたのは、イースと共に〈鏡の国のクリスタル〉に取り込まれ、〈アマネ〉の幻影と対面してからだ。加えて、ドリームと一緒に暮らすようになってからは、その傾向は加速度的に強くなっている。プリキュアの力が影響しているのかも知れない。
(……やはり、ユージに話すべきだろうか)
自分は、彼を愛している。彼も自分を好きだと言ってくれた。その思いに応えたいとも思う。
だが、もし今の自分が消えてしまうとしたら、どうなのだろう?
〈アマネ〉が、ユージを嫌悪したり、見下すような態度を取ったらどうだろう?
思わず、鏡に額を当てた。ひんやりとした感触が伝わってくるが、気分は晴れない。
「そんな事になったら、ユージを傷つけてしまう……」
そんなのは嫌だった。それなら、いっそジェントルーでいられる内に距離を置いたほうがいいのかも知れない。
以前、彼女はアマネの幻影に対し、「この体を頂戴する」と
「……夜食でも食べよう。明日の自分を作るのは、今日食べたものだ」
それもまた、〈アマネ〉の言葉だが。
洗面所を離れようとした時だった。不意に鏡の中から声がした。
『ジェントルー! ちょっとジェントルー! 大変なのよ!』
「……ドリーム?!」
振り返ると、そこに映っていたのは自分ではなかった。ドリームが鏡の中からこちらを
「……これは、ドリーム、君の力なのか? 一体どういう事なんだ?」
『細かい話はあと! 私達、いま攻撃されてるの! それにイースも……」
「イース!? イースがどうかしたのか! 攻撃とはなんだ! 誰が……」
その時、外から悲鳴が聞こえてきた。人間が逃げ惑う悲鳴が次々と上がり、そして次々と沈黙してゆく。
窓ガラスが割られ、部屋の中に飛び込んできたものがある。それはコウモリのような翼を持つ小さな人形──いや、小型のゼツボーグだった。数は十や二十では利かない。何十体という数のゼツボーグが、部屋の中に侵入してきたのだ。
「なっ……!?」
驚いて一歩後ずさるジェントルー。その肩を、鏡の中から伸びてきたドリームの両腕が引っ
「あっ……うわぁっ!」
『こっち来て! 今は逃げるしかないの!』
鏡の中に引っ張り込まれる直前、一瞬だけ見えたのは無数の『種』──ゼツボーグ達がばらまく、赤黒い不気味な種だった。
◆◆◆
午前2時。
ダークプリキュアは、ゼツボーグに襲われる街をじっと見ていた。彼女は今、寝蔵があるビルの屋上に立って眼下の光景を眺めているのだ。視線の先には逃げ惑う人々の姿があった。ある者は悲鳴をあげて走り回り、またある者は転びながらも必死に走り続けている。
(これ程もろい物なのか。敵に入り込まれた街とは)
もし、彼女が戦闘兵器としてホープキングダムを攻め滅ぼしていれば違う結果だっただろうか。
否、そんなことは不可能だったろう。シャロン女王でさえ、こうして出し抜かれ、後背を突かれたのだから。
「む?」
彼女の視野に、見覚えのある少年が映った。少し前、彼女にスリを働いた少年だ。
小さなゼツボーグに追われて逃げ惑い、地面に倒れてもなお立ち上がろうとする。しかし、ゼツボーグたちは容赦しなかった。
少年は人のいない袋小路に追い詰められ、背中にゼツボーグの放った種が突き刺さる。一瞬で発芽した種は瞬く間に成長を遂げ、『絶望のオリ』となった。少年はあっという間にその中に取り込まれてしまう。
「終わりだな。あの少年も、この国も。……総統も」
ダークプリキュアは無表情のまま、冷たい声でつぶやいた。ユージは死ぬだろう。あの少年と同じように、『絶望のオリ』に閉じ込められ、命尽きるまでゼツボーグの電池となるのだ。
そして絶望したシャロン女王が世界を滅ぼすのだろう。
「……私は」
そこまでつぶやいて、口をつぐんだ。言葉の続きを飲み込むと、小さく嘆息する。
そうだ、どうせなら、総統が破滅するところを見てやってもいいかもしれない。そうだ、そうしよう。せめてもの意趣返しだ。
「もう、美味いものも食べられそうにないしな……」
◆◆◆
午前3時。
ユージは走っていた。走っている最中に気づいたのは、これがゼツボーグによる攻撃であるという事だった。
ローザシャーンの街を覆っているツタは、ソレワターセのものではない。シャロンが戦っているはずの、『絶望の森』と同じものだ。
敵の名はホープキングダム……いや、イースの報告によれば『ディスダーク』という闇の勢力だ。
「ハァ、ハァ……畜生……ッ」
イースがどうなったのか。偽物を送り込んだ以上、本物は手中に収めていると考えるべきだろう。殺されている可能性は考えたくなかった。
(どうしたらいい? あの悪魔から、どうやってイース様を救えばいい? どうやってみんなをゼツボーグから救い出せばいい?)
酸素不足で、考えがまとまらない。足が棒のようだ。心臓が爆発しそうに激しく鼓動している。喉からは血の味がしたが、それでも止まるわけにはいかない。
走れ。
ただ走れ。
走る以外の事を考えるな。足を動かせ。腕を振れ。
そうしなければ、あの悪魔のような女からは逃げられない!
(だけど、イース様が──ジェントルーが──ドリームが──)
やがて市街地を抜けると、ユージは郊外に出た。街へと伸びるパイプラインが走っている区画だ。昼間でも人の姿は滅多になく、夜には完全にゴーストタウンとなる地域だ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
身を隠すのに丁度いい倉庫を見つけたユージは、そのドアにすがり付くようにして手をかけた。鍵開けは専門分野だ。数秒ほどで解錠に成功する。しかし中に入ろうとした直前、背後から声が聞こえた気がした。
「……っ!?」
とっさに振り向いた先にいたのは、一匹のネズミだった。
くそっ、と吐き捨てて倉庫に入る。後ろ手にドアを閉めて鍵をかけ、呼吸を整えた。肩が激しく上下するたび、肺が痛む。喉が焼けつくように渇いていた。
「はぁ、はぁ……へ、へへっ……ははは……」
乾いた笑いがこみ上げてくる。ユージはその場に膝を突いたまま、天を仰いだ。涙が滲んでくる。無力感に苛まれながら、ユージは頭を抱えて
「うっ、うう……うわあっ、あああぁ……っ!!」
涙はすぐに大粒になり、頬を伝って零れ落ちた。拭っても、拭っても、後から次々にあふれ出して止まらなくなる。腹から情けない鳴き声を上げて、ユージは泣いた。ひたすら泣いた。泣いて、泣き続けた。
「はあ、はあ、はあ……」
5分ほど、経ったろうか。ようやく落ち着いた頃、ユージはゆっくりと立ち上がった。思う存分泣いたせいか、頭は少しすっきりしていた。
「……ダークプリキュアを探そう。俺にできる事はそれしかない」
ダークプリキュアが、あんな程度のゼツボーグに倒されるはずはない。まずは街に戻ろう。そこで彼女を見つけ、代償を払ってでも協力を仰ごう。それから先は分からないけれど、少なくとも何もせずにじっとしているのは論外だ。
(俺はこの国の総統で……シャロンとイース様のパートナーだ。ジェントルーやドリームだって、俺が守らなくちゃならないんだ……合成人間でも、情けなくても、俺はあの子たちの男なんだから……!)
◆◆◆
街中には、すっかり動くものがいなくなっていた。人は全て『絶望のオリ』に囚われ、ゼツボーグも姿が見えない。どこからか空調機械の立てる音が低く響いており、それ以外は静まり返っている。
その無人の街の中を、それでも細心の注意を払ってユージは進んでいた。建物を覆うイバラやツタが、まるで意思を持っているかのように動き始めるのを見た時は肝を冷やしたものだ。なんとかやり過ごしたものの、このペースで進んでいては辿り着く前に捕まってしまうかもしれない。
(急がないと……!)
建物へ侵入し、時には地下道を使って街の中心を目指す。閉ざされた扉があっても、総統であり鍵の合成人間であるユージにとっては無いのと同じだ。電子キーも物理キーも難無く解錠して、目的地へと向かって行く。
(もう少しだ……あと少しでたどり着ける!)
そしてついに、ユージは目指す場所に到達した。
街の中央にある広場、その傍にあるまだ解体されていない廃ビルだ。ここがダークプリキュアの寝蔵だと、イースから報告を受けているのである。人通りが多いために目立ちにくく、かつ屋台などが集中していて便利が良いらしい。もっとも、今は完全に無人の静寂に包まれているのだが。
時刻は午前5時。まだ日は昇ってこない。
「…………?」
ユージは足を止めた。ふと見えたものに気を取られたのである。ひと気のない袋小路にぽつんと一つ存在する、『絶望のオリ』。
(……助けられる、か?)
ユージの能力なら、『絶望のオリ』の錠前を破って人を助けられる。そうしないのは、助けた人間はしばらく目を覚まさないからだ。街中で助けても、放置していては再びゼツボーグの襲撃を受ける可能性が高いのである。だが一人だけ、しかも発見されにくい袋小路ならば?
(助けて、すぐに建物の中に隠す、それなら……いや、しかし……)
すべきではないのだ。ユージはダークプリキュアと交渉するためにここまで来たのだから。それが彼の役割なのだ。それは分かっている。なのに、体が勝手に動いていく。
「…………くそ」
迷っている暇はない。とにかく動かなければ始まらないのだ。ユージは思い切って行動を開始した。足音を殺しつつ、ゆっくりとした足取りで袋小路に向かう。
「頼むから、騒がないでくれよ……」
一言だけ断っておいて、ユージは『絶望のオリ』を開錠した。
中から現れたのは、褐色の肌をした少年だった。気絶しているらしく動かない。ユージを少し幼くしたような顔。同タイプの、GOP型合成人間だ。
「大丈夫みたいだな」
少年は眠っているだけだ。特に外傷もないようだったので、ユージは
これで後は逃げるなり隠れるなりすれば良いのだ。そう思って、少年を背中に担いだ矢先の事だった。
『ソレワターセ…………!』
「しまっ─────」
次の瞬間、ユージの足首にソレワターセの触手が巻き付いた。そのまま凄まじい力で投げ飛ばされ、袋小路の壁にたたきつけられる。
「ぐあっ!」
壁に亀裂が走るほどの衝撃だったが、幸い少年にはダメージがなかったようだ。ユージが全身バラバラになりそうな痛みに耐えているというのに、眠ったまま目を覚まさない。
「く、そぉ……」
『ユージ~、ダメじゃない、そんなところで油売ってちゃぁ♪』
ニタニタと笑うイースの顔。
ユージは何とか立ち上がると、敵をにらみつけた。官邸で自分を襲ったソレワターセだ。3メートル大の球根のような姿で、腹立たしいことにイースに似せた顔を股間に張り付けている。
おぞましく忌まわしくて、それでいて美しい。思わず吐きそうになるほどに気持ち悪い。
(最悪だ……!)
ダークプリキュアと出会う前に、敵に発見されてしまった。しかも自分をつけ狙うソレワターセだ。逃げられそうにない。
(いや、こいつをオトリにすればあるいは……)
逃げられるかもしれない。少年は身代わりに死ぬだろうが、ユージはもしかしたら助かるかもしれない。
馬鹿か!
「くそっ、魔が差すってこういうことなんだな!」
そんな自分が許せなくて、悪態を吐く。少年を担ぎなおすと、必死で走り出した。もちろんソレワターセが見逃すはずもない。すぐ後ろから追いかけてくる気配がある。恐怖心と戦いながら、ただ走り続けるしかない。
(ダメだ、追いつかれる……ッ!!)
覚悟をしたその時だ。
「相変わらず非合理的だな、総統」
唐突に横から飛び出してきた何かが、ソレワターセに飛び蹴りを見舞った。爆発したような音を立てて、ソレワターセが吹き飛ぶ。
「ダークプリキュアッ!?」
いつの間にか現れたダークプリキュアは、何事もなかったかのように着地するとユージを
「はあっ、はあっ、はっ……! 何でここに? タイミングよく……まさか、俺のこと見張ってたのか?」
「…………私に質問をするな。私はもうお前のモノではない」
ダークプリキュアは少し言いよどむと、短く答えた。しかしそれで十分だった。つまり、ダークプリキュアもこの状況でユージに会うためにやって来たということだ。
「……ダークプリキュア」
「何だ」
「ありがとう。君に助けてもらえて、嬉しくてたまらない。涙が出そうだ。こんな気持ち初めてだよ……」
「……お前を助けたわけではない。たまたまだ」
「ああ。分かってるさ」
ユージは心から笑った。心の底から感謝していた。だからだろうか、こんな状況にもかかわらず妙に心が安らいでいたのだ。
しかし……それも束の間だった。起き上がったソレワターセが、大きく跳躍して飛びかかってきたのである。
『ソレワターセェ!!』
怒り狂った様子のソレワターセが突っ込んできた。
「ぼさっとするな」
「っ……!」
ダークプリキュアは少年ごとユージを突き飛ばすと、自分も横へと跳んだ。二人の前で、地面が大きく陥没する。もし直撃を受けていたら即死だっただろう。
よく見れば、ソレワターセに付けられたイースの顔は右半分が陥没していた。どうやらダークプリキュアの蹴りは顔面に直撃したらしい。
「醜いな。自分の顔の形すら保てないのか。兵器失格だ」
ダークプリキュアが
「ダークプリキュア! そいつを破壊してくれ。いつまでもイース様の顔を使われたくない」
「言われずともそうする。私もイースには借りがあるからな」
言うが早いか、ダークプリキュアの全身が闇のエネルギーに包まれ、赤い弾丸と化した。一瞬で距離を詰めると、右の拳をソレワターセにたたき込む。闇色の光が弾けると同時、怪物の体に大きな風穴が開いた。
イースの顔が弾け飛んだ。
『アッギャアアアアアァァァァッ!!!』
断末魔の悲鳴を上げながら、ソレワターセがのたうち回る。
「ハアァァァッッ!!」
拳、拳、また拳。
その巨体に次々と大穴が開き、黒い粘液と肉片が辺り一面にまき散らされた。まるで月面のクレーターのよう。
ダークプリキュアは動じることなく冷然と立っている。
『ガッ……ゴファッ……』
やがてソレワターセの声は小さくなり消えて行った。最期を迎えたのだ。後にはえぐれた地面と、無残な死体だけが残された。
「す、すごい……!」
ユージは思わず見とれていた。力もそうだが、こんなものかと事もなげにつぶやくその姿に
「ありがとう、ダークプリキュア。助かったよ」
「礼は必要ない。……それより、その子供は大丈夫か」
「あ……」
ユージは慌てて少年の様子を見た。特に怪我などはしていないようだが、気絶したまま動かない。不安になって呼吸や脈を確認するも、問題なさそうだ。
(良かった……)
とりあえずホッと胸をなで下ろす。もっとも、ここからどうするかという問題はあるのだが。
「ダークプリキュア、君は……これからどうするんだ? できれば、俺を助けて……」
「今更私に頼るのか? 知った事か」
ユージの言葉を遮って、ダークプリキュアは冷たく言い放った。右目を強く
「私を捨てておいて、随分と虫の良い話だ。私が必要なら、なぜお前のモノとして所有し続けなかった」
ダークプリキュアの口調には静かな怒気が含まれていた。あの日の叫び声を思い出す。
(憎い! 憎い! 全てが憎い!! お前も! あのドリームも! シャロン女王も! 私に期待を寄せた全ての人間も! 皆消えてしまえばいい! 滅んでしまえ! 死ね! 死んでしまええええッ!!!)
「それでも、俺は君を自由にしたことは間違ってないと思っている」
ユージは少年を降ろすと、地面に頭を付けた。
「お願いだ、ダークプリキュア! 俺にできることなら何でもするから! 俺の命でもなんでも差し出すから! だからどうか……力を貸してくれ!」
「……」
しばしの沈黙の後、不意に影が差した。見ると、ダークプリキュアが目の前に立っている。彼女は静かに見下ろしていたが、ふいにしゃがみこむと少年を抱き上げ、背中に乗せた。
「……なんでもか。本当だな」
「……え?」
「ウソだったら殺すぞ」
そう言って、くるりと背を向けたダークプリキュアを慌てて追う。
(あれ……?)
何だかよく分からないが、ダークプリキュアはユージを助ける気になってくれたようだ。
「ありがとう、本当にありがとう!」
「くどい」
「ごめん、なあ、どこへ行くんだ? まずはこの子を安全な場所に……」
そこまで言ったところで、背後から声がした。
「どうして助けたのかしら」
背後からかけられた声に、ユージは弾かれたように振り返った。振り向いて、そして目を奪われた。
そこにいたのは、黒いドレスを身にまとった少女。細かい特徴は認識できなかった。あまりにも、美しすぎたから。
「総統? どうし──」
ダークプリキュアの声も耳に入らないほど、ユージは
時刻はもうすぐ、午前6時。
夜明け前の
少女は神秘的な微笑を浮かべたまま、真っ直ぐにユージを見つめていた。まるで心の中までのぞき込んでくるかのような、深く濁った紅の瞳。見る者の心を
少女の放つ美しさは、ダークプリキュアやシャロンのような計算され尽くした美とは違う。あるいは、イースやジェントルー、ドリームが持つ生命が弾ける美しさとも違う。
もっと自然で、それでいて磨き抜かれた──そう、尊く、気高く、麗しくも恐ろしい何か。一言では言い表せないほどの超自然の美貌が、そこにはあった。思わず膝を付きたくなる衝動を必死に堪える。
(なんて
少女はユージを見つめている。その視線を受けて動けない自分がいることにユージは気づいた。だがそれは恐怖や威圧からではない。むしろ逆──この人の眼差しに己の存在が写っているという事実に感じてしまう確かな興奮と優越感からだった。
心臓の鼓動が加速していく。頭の芯がしびれるような感覚を認識した瞬間、ユージは自分が恋に落ちてしまった事を悟った。
(続く)